また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜   作:Simca Ⅴ

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※ネタバレ注意
 今回は主に、アプリ版ケイエスミラクルの育成シナリオに関するネタバレが含まれています。
 その点を注意の上でご視聴くださいませ。


#25『クロススキッパー、リハビリする(チームの反省会&進路変更)

 皐月賞から約4ヶ月後、8月26日。

 

【さぁ、今年もやってまいりました夏の風物詩、新潟千直、G3「アイビスサマーダッシュ」!*1 去年はカルストンライトオがレコードタイムを記録しましたが、畑原さん、今回の注目ウマ娘は?】

【そうですねぇ……私が一番気になるのは、クロススキッパーでしょうか】

【皐月賞ウマ娘ですね】

【えぇ。中山で激走を演じた彼女ですが、ゴール直後に倒れてしまい、ウイニングライブをキャンセルせざるを得ないほどに疲弊していました。幸い精密検査により大きな異常も疾患も無く事なきを得たようですが、その影響が心配ですね】

【なるほど……オッズにもその心配が現れていますね。16番クロススキッパー、今日は7番人気、倍率は12.1倍となっています。一方で1番人気は───】

「……矢萩トレーナー。本当に姉様は大丈夫なのですか?」

「あぁ、多分……イテッ」

「こら、矢萩。そんな曖昧な答えはイカンだろう? だからこんなことになったというのに」

「そうですよ……」

「ねー……」

 

 新潟レース場からの中継を旅館の大広間に設置された大型テレビで見ているのは、チーム[ライジェル]、チーム[セントーリ]、そして、丘部率いるチーム[プロクシマ]の面々。

 旅館の看板娘をしているブエナとサムの2人もテレビに釘付けだったのだが、早速矢萩の曖昧な答え方に丘部の丸めた新聞紙によるツッコミが入り、2人もびっくりした。

 頭をポカッと叩かれた矢萩の姿に、少し呆れた様子の射手園とマヤノトップガンが疲れた顔で丘部に同意するのだが。

 

「おじちゃん、暴力はダメだよ」

「そうだよー。矢萩のお兄ちゃん、痛いの痛いの飛んでけー」

「むぅ……スマンかった」

「君たち、ありがとうな……」

 

 不穏な空気を感じ取った看板娘たちが丘部に軽く物申すと、丘部は申し訳なさそうに謝り、矢萩は2人の心遣いに感謝した。

 何故、こんな状態になってしまったのかというと、それは皐月賞がほぼほぼ原因だった───。

 


 

 ───時は遡り、皐月賞の直後。

 中央トレセン学園チーム棟にあるチーム[ライジェル]の部屋に、クロススキッパーを除くメンバー全員と、チーム[セントーリ]のメンバーたちが集まっていたが、いつもの賑やかさはすっかり鳴りを潜めて、部屋の雰囲気は静まり返ってしまっていた。

 

「ただいまぁ……」

「トレーナー、おかえr……うわぁ」

「兄貴ぃ、射手園くん、大丈夫……?」

 

 しばらくするとゲッソリした顔の矢萩と、疲れた様子の射手園が一緒にチームルームに入ってきた。

 そのあんまりな様子にパーマーとヘリオスが思わず心配して声をかけた。

 

「理事長かたづなさんにコッテリ絞られましたね?」

「両方からだよ……」

 

 そうなった原因に何となく心当たりがあったケイエスミラクルに尋ねられると、疲れた様子で矢萩は答えた。

 

「前は軽く注意された程度で済んだけど、今回はめっちゃ怒られた……」

「前って? 何のこと?」

「「……あぁ〜」」

 

 スイープトウショウが呆れたように尋ねるが、ヘリオスとパーマーは「あの事か」と思い出し、チーム[ライジェル]と[セントーリ]の古参メンバーたちは事情を知ってるので頷いた。

 ただ1人、事情の飲み込めないスイープのためにヘリオスとパーマーが説明した。

 

「……実は兄貴ったら、パマちんがクラシックの時にね、ステイヤーズステークス、有馬記念、からの、日経賞とかいう連続出走をパマちんに走らせちゃったの」

「うん……あれはまぁ私も調子に乗っちゃったのが一因だけども……」

「うっわぁ……」

 

 スイープは眉を顰めて矢萩を冷めた目で見た。

 それに対して矢萩は、弁明するどころか補足を述べてその視線を受け止めざるを得なかった。

 

「……ステイヤーズステークスからの有馬記念で中三週、さらにその三週間後には日経賞。対マックイーンに熱を上げてやらかし以来、いやもっとヤバいかも……」

「は? 対マックイーン? それってどういうことよ?」

 

 それが「メジロマックイーン」の事を指しているのはスイープにも分かったが、それが何で深夜テンションで決めたような連続出走(クソローテ)になったのかは天才の彼女の頭脳を以ってしても繋がらなかった。

 その詳しい過去の話はまた語るとして。

 今回、理事長たちはその矢萩の新人時代にやらかしたことよりも重い事態だと受け取った。

 

 それも当然だ。

 改めてチームルームのテーブルの上に並べられているものを説明するが、それは数枚のスポーツ新聞の一面。

 

『10月生まれのウマ娘、皐月賞初制覇!しかし……』

『早すぎた挑戦!? クロススキッパー、1着入線後倒れる』

『勝者不在のウイニングライブ』

 

 どの記事でも、クロススキッパーの皐月賞制覇を讃える声はほぼ同じだったが、ある記事はゴール板を越えた後に倒れたクロススキッパーを心配するものだったり、またある記事はクロススキッパーに無理をさせたとして矢萩を非難していた。

 

 そのクロススキッパーはといえば、昨日の皐月賞を先頭でゴールした時以来、病院のベットに担ぎ込まれてから目覚めていなかった。

 

 中には、クロススキッパーの差し・追い込み戦法が周りの混乱を狙ってのものだったと推測したような記事もあり、その記事の中では、「慣れない脚質と作戦を実戦でいきなり使ったことによる負荷」を、クロススキッパーが倒れた原因として述べていた。

 

「一応、僕もスキッパーちゃんのトレーニングや目標レースを知っていたから、その様子を事細かに話したんだ」

「それに、差し・追い込みで皐月賞を走らせた理由も話してきた。こうならないためのオーダーだったのにな……」

 

 矢萩はそう深く溜め息を吐く。

 そんな時、チームルームのドアを誰かがノックし、「お邪魔するぞ」と声を掛けながらやってきたのは、

 

「丘部さん……と?」

「ローヌに、ラモーヌさん!?」

「こんにちは、パーマーお姉さま」

「様子を見にきたわ。大変だったようね?」

 

 チーム[プロクシマ]のチーフトレーナーである丘部と、彼の補佐をしているメジロラモーヌ、それに、パーマーの義理の妹であり、スキッパーの実妹であるメジロシクローヌらがチーム[ライジェル]のチームルームにやってきた。

 

「あのぉ、丘部さん、一体何かご用で……?」

 

 先ほど理事長と駿川たづなに怒られてきたばかりである。

 だからその「第2ラウンド(お説教の続き)は勘弁して欲しい」という気持ちは矢萩も射手園も一致していたのだが。

 

「……一体どうしたというんだ? 担当があんな風になるなんてお前らしくない」

「丘部さん……」

 

 矢萩は中央トレセン学園に来てからしばらくの間は丘部の元で実地研修を積んでいた。

 なので、丘部は矢萩の指導スタイルやレースローテーションの組み方の癖なども理解していたつもりでいた。

 しかし、

 

「……お前は確か、皐月賞に拘りはなかったはずだ。三冠の名声にも別段興味がない。なのに、何故クロススキッパーがあんな潰れ方をしたんだ?」

 

 先輩トレーナーとして、指導教官として、人生の先立として。

 丘部は厳しい眼差しを矢萩に向けてくる。

 矢萩はただ黙るしかなく……。

 

「……」

「……答えたくないのであれば」

「い、いえ、違うんです……むしろ、()()()()()()っていうか……」

「……どういうことだ?」

 

 丘部は矢萩に対して、何故、皐月賞を勝利したクロススキッパーがゴール板を越えた直後に倒れてしまったのか。

 その理由を問い質そうとしたら、矢萩が答えを濁そうとしたように思えた……ただ、これは丘部の勘違いであり。

 丘部に対して、矢萩は皐月賞でクロススキッパーにオーダーした戦術を。射手園はクロススキッパーの練習風景や走り方などを説明した。

 

「……なるほど。確かにクロススキッパーは皐月賞までは逃げで走っていたな。だが、スプリングSでネオユニヴァースと競り負け……1800m以上での逃げ切り勝ちが難しい。そうお前が判断したんだな?」

「正確にはクロススキッパーが、ですが」

「……あの娘が、か?」

「はい。あいつは逃げで、先頭を走るのが好きな奴なんです」

「……そうだったんだな」

 

 かく言う丘部も、早くても来年にクラシック期を迎えるメジロシクローヌの走るレースと、クロススキッパーがぶつかる可能性があることを加味して、これまでのクロススキッパーのレース映像を時間がある時に大雑把ながらも分析していた。

 それらのレースを見ていて丘部も気付いた。

 

(ネオユニヴァースに負けて、サクラプレジデントにすら先着を許したにも関わらず、クロススキッパーの顔は……)

 

 思えば、彼女のレース人生(公式記録)で初の黒星だったというのに、クロススキッパーはそれまでのレースと変わることなく、笑顔を見せていた。

 

 それはつまり、

 

「……スキッパーは逃げで走るのが好きで、拘りを持っていた。それを捨ててでも皐月賞を勝ちに行った。つまりはそういうことなんだな?」

 

 その丘部の問いに、重く頷く矢萩。少し遅れて射手園も肯定した。

 

「しかも、スキッパーは、実は逃げだけでなく、先行に差し、追い込みも一応出来る。特に差しは……矢萩の助手の直伝か」

 

 ここで丘部の言った矢萩の助手とは、当然、宮松明美こと、フレアカルマを指している。

 

「スプリングSでの惜敗と、高崎での2日間の外泊と特訓、それにこれまで逃げしか使っていなかったことを利用して周りを驚かせてペースを崩させる、さらに、逃げで2000mの先頭を走り切れるか自信が無かったことによる、脚を温存するための敢えての差し起用……戦術の変更にはそれらは確かに筋は通るが……」

「はい、だからこそ、俺たちには()()()()()()()()んです」

「そうか……」

 

 矢萩と射手園、それにチーム[ライジェル]と[セントーリ]のメンバーたちの話を纏めると、「クロススキッパーが倒れた理由が結局のところ全く分からない」ということだ。

 レースローテのことは気をつけていたし、出走する前のチェックで脚や心肺に異常は無かったし、そもそも脚を残す=スタミナ不足を補うための差し戦法であれば、勝敗はともかくとして倒れることは考えられないだろう。

 そもそも、レースに耐えられないような身体であればG1という大舞台には立てないだろうし、矢萩はクロススキッパーの「皐月賞に出たい」、「皐月賞で勝ちたい」、その思いを受け止めて、この1年間を準備に費やしてきた。

 

 しかも、矢萩と射手園は口を揃えて言っている。

 「クロススキッパーがウマ娘競技者として走り始めたのは小学5、6年生の頃からだった(らしい)」と。

 通常、G1に出走してくるようなウマ娘というのは、10歳になるより前から地方レース場でも、公園でも、あるいは山や野原や峠でも何でもいい、走り回れるところは幼い頃からとことん走り回っていたという場合が多い。

 その過程で自然とウマ娘らしい走り方というものや、力の制御の仕方というものを体で覚えていき、足腰を鍛えていく。

 

 ところが、クロススキッパーの場合はその過程をすっ飛ばしていたという。

 

 それで中学1年生から(本格化の兆候が出ていたためにやむを得ないとはいえ)ジュニア期デビュー。

 この履歴を外部の……それこそ、他トレーナーとその担当による活躍を妬ましく思うような人物やウマ娘が見れば、間違いなく嫉妬の的としたり、怒り狂ったりすることだろう。

 ……尤も、そのようなトレーナーやウマ娘がいれば私は叱責すると思う。

 

 実際、10歳を超えてから自分の足で走り始めてウマ娘競技者を目指すというだけでも中々にハードルが高い。

 例え、病弱というハンデを背負っていないにしても、そして、()()クロスクロウの従妹としてその才能の半分でも受け継いでいたとしても、たったの2、3年でクラシックG1の一角を手にするのは並大抵の努力では辿り着けないだろう。

 

 特に、矢萩は心肺機能の強化を目的とした有酸素トレーニングをクロススキッパーに対して重点的に行なってきたというではないか。

 

「……トレーナー。矢萩トレーナーの話は事実のようね」

「そうだな……」

 

 矢萩も射手園も、この場にいる全員が、クロススキッパーがあのような倒れ方をした理由を知りたがっていた。

 その矢萩に、クロススキッパーがチーム[ライジェル]に加入してからの週間レポートのノートを求めたら、すぐに彼はそれを自分のデスクの引き出しから持ってきて私に見せてきた。

 それをメジロラモーヌと共に見直していたところだが、そのレポートに記録されたデータを確認すればするほど、皐月賞で倒れた原因が私にもわからなくなってきた。

 

 そんな時だ。

 矢萩の携帯(スマホ)の着信音が鳴った。

 

「あぁ、宮松か……え? 本当か? ビデオ通話できるか? ……わかった。おーい、みんな注目」

 

 矢萩に呼ばれて何事かと思ってチームルームに置かれた長テーブル前までやってきてみれば、

 

「……宮松からだ」

 

 矢萩はそう言ってチームルームのテーブルに自身のスマホを置くと、スピーカーをオンにした。

 

「もしもし?」

『もしもし、トレーナーさん!?』

「スキッパーはん!」

 

 電話口の向こうから聞こえた声と、見えた映像にダイタクヤマトとアローキャリーが即座に反応した。

 

「大丈夫なんか?」

「スキッパーちゃん、起きて平気なの?」

『は、はい……正直何がどうしてこうなったのか……』

『チーフ。スキッパーは一応大丈夫みたいです』

「本当か?」

『はい。検査の結果はどこにも異常なし。これから理事長にも報告するところですが、その前にスキッパーがチームのみんなが気になるって言い出したので』

「そうか……」

『トレーナーさん。僕、勝った……んですよね?』

「一応……な。詳しい話は退院してこっちに戻ってきてから話す。宮松、理事長には俺が報告に行くから、今日はもうゆっくり休め」

『え、ですがチーフ』

「中山でレースを見守って、それから24時間、病院へ付き添ったり手続きしたりでクソ忙しかっただろう? 2時間あれば迎えに行けるが……」

『だ、大丈夫ですチーフ。スキッパーなら明日には退院できるってお医者様も太鼓判を押してくれたので。このまま病院に泊まっていきます』

「……そうか。分かった。じゃぁ、明日病院を出る時になったら教えてくれ、車で迎えに行く」

『よろしくお願いします』

『トレーナーさん、射手園さん、ご心配お掛けして……』

「そうよ、お姉様」

『え、ラン……? 何でそこに?』

「私が連れてきた」

『丘部トレーナー?』

「お姉様、本当に心配しましたわよ! あんな無茶して……」

『ご、ごめん……チームの皆さんにもご心配をお掛けしました……』

「うちらのことは気にせんでええ」

「そうだよスキッぴー!」

「それよりも今日はゆっくり休んでね」

「何もなくて安心したよ」

「そそ。私たちは大丈夫だから」

「えぇ。しっかりとご自愛なさってください」

「スキッパーちゃん、また明日一緒に走ろうね?」

「そうよ。また倒れたりしたら許さないんだから!」

「……デュラン?」

 

 ヤマト、ヘリオス、ミラクル、アイルトンシンボリ、パーマー、ダイイチルビー、マヤノトップガン、スイープらが労いの言葉を次々に掛けると、まだ一言も発していないデュランダルに何かを言おうとしたアローキャリー。

 すると、デュランダルは重かった口を開いてこう言った。

 

「スキッパー。……良くやったぞ」

『……デュランさん?』

「皐月賞で見せた追い込み、最終直線での加速……ははは。俺が教えたことをしっかり吸収してちゃんと活かせたじゃねぇか。だからな……」

 

 デュランはスマホの前で拳を作って画面に軽く押し当てて、

 

「……今度は実戦の俺に食らいついて来い。それまでにちゃんと元気になれよ?」

『……はい!』

 

 画面の向こう側のスキッパーもこれに同じように答えた。

 それは、デュランダルにとっての励ましであり、激励であり、宣戦布告でもあった───。

 


 

 ───デュランダルは、サブトレーナーの宮松ことフレアカルマと共に新潟レース場の観客席の最前列で、アイビスサマーダッシュの始まりを今か今かと待ち侘びており、それと同時に無事に走り切ることをただただ祈っている所だった。

 

「パドックどうだった?」

「……スキッパーのやつ、皐月賞の時に比べれば落ち着いていたよ」

「そう……それは良かった」

「大丈夫だ。皐月賞をギリギリとはいえ勝ってるんだ。あいつならこれぐらい大したことないさ」

「……」

 

 デュランダルは心配そうな表情を浮かべているフレアカルマを励まそうとする。

 だが、とても今は「気楽に行こう」とは言えない空気だったため、それ以上に言葉は掛けなかった。

 

『去年は13人のウマ娘が集まり、今年のアイビスサマーダッシュは16人のウマ娘たちによって競われます。ゲートイン完了。新潟の直線一気……スタートしました! 先頭を切っていったのは───』

 


 

 ───再び時間を遡り。

 クロススキッパーが病院から退院したその日の放課後。

 

「それで……今ある資料を全部出して調べたが、結論だけを言おう」

 

 再び、チーム[プロクシマ]の丘部トレーナーが、メジロラモーヌとメジロシクローヌを伴ってチーム[ライジェル]のチームルームにやってきた。

 もちろん、射手園率いるチーム[セントーリ]のメンバーも全員集まっている。

 丘部は、これまでのクロススキッパーのトレーニング内容や、矢萩が事細かに書き残していたメモやノートやレポートを参照した上で、クロススキッパーが皐月賞勝利後に倒れた原因を述べようとしたが、

 

「結論……分からん」

 

 その答えは、何も知らない者が聞いたら思わずコケそうになるだろう。

 だが、矢萩も射手園も含めて、両チームのメンバーほぼ全員が「あぁ、やっぱりか」と言わんばかりの落胆した表情と、お通夜のような雰囲気が漂ってきて、とても笑えない。

 

 それも当然だ。

 主に矢萩と射手園の2人に、丘部がヘルプに加わる形でクロススキッパーのトレーニング内容の記録の再検証をあれからほぼ徹夜で調べたのだが、結局のところ、クロススキッパーが倒れた原因は見つからず仕舞い。

 精々関連する事象といえば、クロススキッパーの従姉を襲った悲劇ぐらいであるが……それにしたって、実際には無関係だった。

 

 これは実に困った事態だ。

 何故なら、

 

「これから、どうトレーニングさせ、どう走らせるべきか……分からなくなっちまったよ……」

 

 矢萩はすっかり自信を喪失したような声を漏らす。

 

「ちょ、兄貴ぃ! 兄貴はスキッぴーのトレーナーでしょ!?」

 

 実妹のヘリオスがバッと立ち上がって、矢萩に声を上げた。

 それに対して矢萩も返答した。

 

「当たり前だヘリオス! それを一日として忘れた事はない!」

「じゃぁ何でそんなこと言うの!?」

「倒れた原因が分からない、見つからないからだよ!」

「……!」

 

 そう言われてしまうとヘリオスは押し黙るしかなかった。

 ……すると、ケイエスミラクルは、こんなことを呟いた。

 

「……何だろう……まるで、()()()()()()()だ……」

「「「!」」」

 

 その場にいた内の半分が、ケイエスミラクルに注目した。

 

「え? どういうこと?」

「……あれか……あれも厳密には原因不明だったのに、その後、ケイくんには何も起きてないしなぁ」

「え? 何があったの?」

「あ、あぁ、何と説明して良いのか……」

 

 尤も、これは矢萩も断片的にしか知らない話である。

 

「オレ……クラシック期の時に一度倒れてるんだ」

「倒れた、ってどういうことだ?」

「……私もその話、初耳なんですけど?」

「私も」

 

 スイープだけでなく、チーム[ライジェル]所属のデュランダルとアローキャリーにとっても、その話は寝耳に水だった。

 

「今だから分かるけれども、あの時のオレは異常だった。あの年のスプリンターズSに出走したい、そこを勝つことがみんなへの恩返しになるんだ、って信じて疑わなかった。けれど……」

「……あぁ、あの時か*2。あまりのクソローテに俺がキレ散らかして、代わりにマイル路線のG1をぶっ込みまくったローテを渡した時の……」

「えぇ……矢萩さんのお陰でオレ、桜花賞と安田記念に出走して勝てたし、NHKマイルカップも2着でした。でも、その後、オレが9月にスプリンターズSに出走しようとしたら……」

「……何故か倒れたんだよね」

「はい……」

 

 内容が内容なだけに、部屋の中を重い空気が支配していた。

 

 その当時のことを知る両チームのメンバーたちの話を纏めるとこうだ。

 

 最初にケイエスミラクルが射手園に提案したローテは、クラシック期の5月後半からほぼ1ヶ月に一度の頻度で短距離レースに出走、そして7月から9月後半のスプリンターズSまで、何と短距離戦が6レースも予定を埋め尽くしていたという有様だった。

 

 その頃の矢萩は、メジロパーマーを天皇賞・春で何としても勝たせるためにと組んでしまった連続出走ローテのことと、その件で理事長たちに厳重注意されたこと、そこで言われて初めて、愛バに無理をさせていたことに気付き、深く反省していた時期だった。

 で、その矢萩がケイエスミラクルが組んだ無茶なレースローテを見たら、「レース経験をどうせ積むなら〜」ということで、マイル戦中心のレースローテを代わりに提案し、これにより、ケイエスミラクルはマイルG1でレース経験を積みつつ、本命のスプリンターズSに向けて着々と夏のレースに参加。

 G3の函館スプリント、G2のセントウルステークス、と、レース間隔を適度に広げつつ、グレードも少しずつ上げていき、そして、いざ本番のスプリンターズSに出走!……という時に。

 

「……あれは突然でした」

 

 出走する前日。

 最後の追い込みということで、ルビー、マヤノらと併走トレーニングをした矢先。

 突然にケイエスミラクルは、意識を失ってしまった。

 それがベンチに座っていた時なのがまだ幸いだったが、当初は熱中症の疑いがあり、慌てて病院に担ぎ込まれた。

 

 しかし、体温は平熱で、脱水症状のようなものも見られず、ショック状態でも無かった。呼吸も浅く、ただただ眠っているだけにしか思えなかったが、そのまま3日近く目覚めなかった。

 

「……結局、3日間寝ていただけで、その後は何事もなく競技生活を送れてる」

「高松宮記念ではミラクルんにやられたぁ」

「えぇ……とても速かったです」

「でも、あの時の診断結果も原因不明……それから再発はしていないけれども」

「うーん……?」

「……」

 

 そこまで話を聞いて、丘部は何か思い当たるものがあり、矢萩はそのリアクションから、丘部が何か知ってることに気付く。

 だが、丘部は内容が内容だけに、口に出すのを躊躇い、その代わりに、話の方向性の修正に入った。

 丘部は矢萩に問う。

 

「……矢萩。一応聞いておきたいんだが」

「はい?」

「クロススキッパーのレースローテだが、皐月賞の後はどこに行くつもりだった?」

「え、えぇっと……」

 

 皐月賞でクロススキッパーがあぁなってしまったので、口にはし辛かったが、問われたのならば、答えるしかない。

 

「問題が特に無ければ、このままクラシック路線へ行かせるつもりでした」

「つまり、皐月賞から日本ダービー、そして秋の菊花賞で、クラシック三冠に挑むつもりだったわけか」

「はい」

「ところで、()()()()()()()と言ってたが? その問題ってのは何だ?」

「えっと……その……」

 

 矢萩は宮松とクロススキッパーに目配せをして、2人からアイコンタクトで了承を取り付けてから、続きを答えた。

 

「その……スキッパーが皐月賞の距離適正や芝に合わないと判断した場合は、日本ダービーに行くのをやめて、NHKマイルカップからのマイル路線、もしくはユニコーンステークスからジャパンダートダービーに行き、今年の最終目標をチャンピオンズカップとするダート路線にと」

「ダート路線に戻すつもりもあったのか」

「はい……そもそも兵庫ジュニアグランプリからの全日本ジュニア優駿というルートも、スキッパーの脚への負担を考えてのサブプランでした」

「サブプラン? メインは?」

「朝日杯かホープフルを狙うつもりでした」

「なるほど……そこまで考えていたか」

 

 尤も、このサブプランへの舵取り自体は、クロススキッパーが熟考の末に矢萩に申し出たものであるが、それは一先ず黙っておく。

 

「はい。ただ、スキッパーの長距離適正だけは怪しかったので、菊花賞の代わりにマイルCSか、天皇賞・秋も検討していました」

「……なるほど」

 

 しかし、スキッパーとしては従姉と同じように日本ダービーを走りたい、従姉が走れなかった菊花賞を走りたい、という淡い夢を捨てきれず。咄嗟に口を挟んでしまう。

 

「と、トレーナーさん、僕は大丈夫ですから……」

「今回は、な……スキッパー」

 

 そう。今回は運が良かっただけだ。

 倒れてほぼ丸一日意識が戻らず、ウイニングライブも出来なかったが、精密検査をしたところ、何処にも異常がなかった。肺や気管支、呼吸器系統にも疾患はなく、クロススキッパーは至って健康体だった。

 

 ところが、倒れた原因が分からないと、また同じことが再発しかねない。

 それらを踏まえた上で矢萩は、

 

「……すまなかった」

「え、と、と、トレーナーさん!? 何で謝るんですか!?」

「お前に無理をさせちまったからだ。今のお前に中距離以上はまだ早かっただろうに、お前を止められなかった。トレーナーとして俺が至らなかったばかりに……」

「矢萩。一旦そこまでだ」

「……はい」

 

 矢萩は誠心誠意クロススキッパーに謝罪をしていたが、このままでは矢萩が謝り倒すだけで終わってしまいそうだったので、丘部がそれを止めさせた。

 そして、丘部トレーナーはこう言い出した。

 

「……アイビスサマーダッシュはどうだろうか?」

「「「「……え?」」」」

 

 突然に丘部の口から出たレース名に、矢萩、射手園、フレアカルマらトレーナー陣と、クロススキッパー本人が困惑の声を漏らした。

 

「矢萩。お前のレポートを読んでいたが、お前はクロススキッパーをスプリンターか良くてマイラー向きだと分析していたな?」

「え?」

「あ。はい、一応は……でもそれ1年前のメモ書きですよ? あれよりもスキッパーは成長していますし、マイルも……中距離以上も走れるようにと距離延長に努めてきました」

「だが、素質はそっち寄りだと考えていたのだろう? なら、一旦その原点に立ち戻ってみよう」

「あの……トレーナーさん、つまり僕はこれからどうなるんでしょうか……?」

 

 自分の手が届かないところで話が勝手に進んでいく様子に不安を感じたクロススキッパーは恐る恐る尋ねようとするが、

 

「……お姉様をこれからスプリンター路線に放り込んで鍛え直させる……ですよね、おじさま?」

 

 メジロシクローヌはいち早くその答えを知っていて丘部に確認すると、丘部は頷き、

 

「半分その通りだローヌ」

「半分? もう半分は?」

「もう半分はそうだな……リハビリ、と言うべきだろうか」

「リハビリ……」

「いいか、クロススキッパー。今のお前に必要なのは「加減」を知ること、あるいはその感覚を思い出すことだ。楽しく走ること、勝つこと───これといった目的はモチベーション維持には必要なことだ。だが、それ以上に、長く走れることを意識して走りなさい。そのための新潟千直だ。曲がり角はなく、小細工も効かない。それだけに、速度をどれほど出せるかが試される。逆にいえば、どれほど抑えが効くかも測れる絶好の機会だ───」

 


 

『───スタートしました、先頭を切って行ったのはトーセンオリオン! 好スタートから3番マルターズスパーブ、外ラチ沿いへ行く、そして10番ゴッドオブチャンスも続く体勢、残り800を通過。上空からの映像です、横一列の隊列が徐々に崩れていきます、200mの通過タイムは11秒7!』

 

(去年よりも速い……?)

 

『さぁ内には4人、イシノグレイスがいて、ティエッチグレース、サダムブルースカイ、イルバチオ。ユーワファルコンがハナを奪って進む、600を越えて2番手にはタイキトレジャー、中団ですがサーガノヴェルが行って、さらにはショウナンタイム、さらにはエイシンコジーン、ゴッドオブチャンスここにいた、ヨイチキナコは中団後方というところで、間も無く400の標識を通過します』

 

 ラストスパートに入り、観客席のボルテージも上がっていく。

 出走してるウマ娘たちの競り合いを心配そうにフレアカルマが見守り、その片手をデュランダルが握り、ただただ無事にクロススキッパーが走り切ってくれることを願う。

 

『さぁ、各ウマ娘ラストスパートに入り加速していく! 前を狙っているタイキトレジャー、歓声とともユーワファルコン、徐々にポジションを上げていくイルバチオ、最内からはイシノグレイス、その外からはティエッチグレース、そしてトーセンオリオンたちが競り合う中、残り200m!前はトーセンオリオンか、イルバチオか、いや、纏めて交わして16番のクロススキッパー、クロススキッパーが先頭でゴール! 1着クロススキッパー! 今年も凄かった内から外まで広がった大混戦。勝ったのはクロススキッパー! ダートに芝にと渡り歩いた風来坊、皐月の次は新潟千直を制した!』

 

「……やった」

「えぇ、確かに……デュラン」

「……何だ?」

「あなたが今、凄く嬉しそうな顔をしているけど、その理由を当てましょうか?」

「……やめてくれよ、わかってる癖に」

 

 デュランダルはやや照れ臭そうにそっぽを向く。

 だが、ちょうどそこでレースを走り切ってスピードを緩めたスキッパーと目が合うと、スキッパーは笑顔で手を振ってきた。

 その姿に思わず、デュランダルとフレアカルマも笑顔になり、手を振り返した。

 

「……あぁ、サブトレーナー。そうだよ。あいつと競うのが今凄く楽しみなんだ」

「じゃぁ……」

「あぁ……明日からスプリンターズSに向けての特訓を始める。今日からマイルCSまで、俺とあいつはライバルだ。遠慮はいらないぜ」

 

 残暑とは思えない灼熱の新潟。

 しかし、デュランダルの宣言と共に舞い込んだ風からは、微かに秋の匂いが漂ってきた。

*1
現在では主に7月中旬〜後半の時期での開催となっているが、創設された2001年から2005年までは8月後半の開催だった

*2
詳しくは『閑話・北の偉人が残した言葉』より




 長らくお待たせしました。
 皐月賞の展開を書き上げてから燃え尽きていました。

 アイビスサマーダッシュだけを描くつもりでいたんですが、困ったことに、2003年のアイビスサマーダッシュは映像がないわ、いざ代わりに某年のアイビスサマーダッシュのレース実況を書き起こしてみたら尺が足りないわで、結局のところ、皐月賞後のグダグダとか、アイビスサマーダッシュ以降の計画を話し合う展開まで描く方針に落ち着きました。

 今回言及されているクラシック期のケイエスミラクルの話はアプリ版の育成シナリオが原型で、閑話での話も織り交ぜたものになっています。
 育成シナリオではセントウルステークスの前にキーンランドカップへ出走しないといけないのですが、初見ではそのままスプリンターズSまでの3連続出走という状態だったため、当時の自分は「おいおい、マジか……ついにTS以外で連続出走が当たり前になっちまった」と、嬉しい反面心配にもなりました。ところがいざ蓋を開けてみれば……。(詳しくはケイエスミラクルを育成してみて確かめてください)
 従って、今回言及されたものは、上記の育成シナリオよりはだいぶマイルドなローテになっているかなと。

 ラストで「もう夏が終わる」ような雰囲気ですが、次週はまた夏真っ盛りに戻る予定です。

ハルノウラワのエピソードはどの媒体をベースにしたものが見たい?

  • アプリ版(中央トレセンへ入学か転入)
  • 漫画版(ずっとさいたまトレセン所属)
  • 実馬編書けよオラァ
  • その他(活動報告にコメントお願いします)
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