また君と、今度はずっと 〜If you can Cross to tomorrow〜 作:Simca Ⅴ
作りが相変わらず荒くて短くて申し訳ない……。
※2022年11月17日追記……大幅に加筆修正を行なったため、再掲載しました。しおりを挟んでくれていた方々には申し訳ありませんが、ようやく自分らしい納得できるストーリーに昇華できました。
1999年5月15日。イギリス。
首都ロンドンの南西部に広がるバークシャー州。直線距離にして約47km離れているニューベリー競馬場とアスコット競馬場のほぼ中間であり、スラムステッドとホーズヒル・レイクの近辺に「シュルツ牧場」という小さな牧場がある。
日本からイギリスへと遠征にやってきた調教師の臼井寿彦はこれから二ヶ月ほどの遠征期間中にクロスクロウを預託できる牧場を探したが、イギリスにいる知り合いの牧場のほとんどが埋まっていた。
「そこを何とか」と頭を下げて回ったところ、知り合いのさらに知り合いの伝手を頼った結果、この小さい牧場にクロスクロウを預けることにした。
その馬房からは調教中の馬の姿を見ることができた、のだが、
『あれ……なんか、ガタイよすぎね?』
馬房からひょっこりと頭を出して、ボーッと目の前の放牧地を見ていた葦毛の馬、クロスクロウ。そんな彼の目を引いたのは、同じ馬とは思えないほど、ガタイの良い数頭の馬。
サラブレッドの自分がヒョロ長だとすれば、目の前で調教を受けている馬たちはまるでマッスルマンだ。……比較のためとはいえ、言ってて悲しくなってきた。
彼らは暫く走り回った後、厩務員と思われる男性が奇妙なものを引っ張って持ってきた。
「Stabil,Stabil. come over,here stop.」
厩務員に「
それはまるで、車輪のついたソリのようなものだった。
『……何だあれ?』
間も無く馬装も終わると、ジョッキーらしき人物がやってくるも、彼は馬の背中に跨らず、車輪の付いたソリに乗った。
『ちょ、ジョッキーさん、乗るとこ違うじゃん! 何だあれ』
などと一人でツッコミしていたら、
『あれか? あれは繋駕速歩競走だな』
『へぇ……って、あれ?』
いつの間にか、自分の横に、がっしりした体格の栗毛の馬がいて突然声を掛けられてクロスクロウは驚いた。
『ビックリしたぁ……いつの間に』
『君は、確か、日本ってとこから来た旅行客だな? 日本では繋駕速歩競走は一般的ではないのか?』
『いや……見たことも聞いたこともなかった』
『そう……か』
『あ、いや、でも、見ていたら何だかまるでローマ時代の戦車みたいでかっこいいかも、って思った』
『ほぅ、見所あるじゃないか。名前はなんて言うんだ?』
『俺? クロスクロウです』
『クロスクロウか……僕の名前は「ウパルティ」って言うんだ。ポーランド語で「頑強」って意味らしい』
クロスクロウは改めてウパルティをよく見ると、やはりサラブレッドの自分とは同じ「馬」でも種類が違うことを実感させられる。
怪訝な顔をしているのを気付いて、ウパルティは言った。
『君はサラブレッドだよな?』
そう問われるとクロスクロウは頷く。
『そうか、やっぱりな。僕はスタンダードブレッドだよ。今訓練してるのはスタビール。僕と同じスタンダードブレッドの血が流れてる。これから彼はルーマニアに行く』
『ルーマニアにも競馬が?』
クロスクロウが問うと、
『あぁ、あるさ当然。ついでに、あの娘は
と、ウパルティは、スタビールに続いて騎手が乗った赤茶色の牝馬に目をやりながら答えた。
『イタリアにチェコにルーマニア……か。いつかは行ってみたいな』
『イタリアはすごいぞ。あそこが無くして競馬は生まれてない。ローマ帝国さまさまだ』
そういうウパルティは、ジッとクロスクロウを見てくる。
『あの……何か?』
『……』
クロスクロウはそう尋ねるが、ウパルティは答えず、暫く見つめてから、彼はこう言った。
『……君、何か悩んでるね?』
図星だった。
『……どうしてそう思うんだ?』
『君みたいな顔をした馬を僕は数多く見てきた。どんなことで悩んでいるかも何となくわかる。例えば、君はレースの成績が悪かったことで落ち込んでいる。次に、レースをする目的を見失いつつある。その原因が自分自身にあるか、あるいは君が自分自身に原因があると思い込んでいる』
……クロスクロウはただ驚きを隠せなかった。ウパルティは的確に自分の抱えている悩みを突いてきた。
さらにウパルティは……突然、牧場のすぐ外にある木を鼻先で示して、クロスクロウに尋ねた。
『例えば、あそこにあるラズベリー。実が成っているが、君には何色に見える?』
『そりゃ、もちろん赤だろ?』
『やはりか……ということは、僕に見えているものも間違っていないな』
『何が見えるって?』
すると、ウパルティは再びクロスクロウをジッと見つめる。
その黒い瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えるクロスクロウだったが、
『……君には背後霊のようなものが見える。だが、それは守護霊ではない。……君の前世の姿か』
『え……!?』
いきなりオカルトじみたことを真顔で言われたものだから、クロスクロウは尻尾の毛を思わず逆立てて、鳥肌まで立った。
『僕には見える。君の背後にはヒトの青年が立っている……つまり、君の前世は人間だな?』
『な、なんでそれを……!?』
『やっぱりか』
『あ……』
『その記憶を背負い、君は苦しんでもいる。そうだな?』
途端にクロスクロウは、気味の悪さを感じると同時に、心の中で錆び付いていた扉のようなものが自然と開き始めている解放感のようなものを感じ始めていた。
『……どうしてそこまで当たっているんだ?』
『僕は色んな経験をしてきたからね。君という存在がどこか異質なのは目を見ただけで分かる。例えば、君には「虹」がちゃんと見えるんだろう? それは前世が人で、尚且つその記憶を保持している者にしか起きない現象だ』
通常、人間の視覚は三原色を判別出来るが、馬の視覚は二原色しか識別できない、つまり、青と緑は認識できても、赤は認識出来ないのだ。
ということは、普通の馬ならば実の成ったラズベリーを見たところで、「赤」ではなく「茶色」と答えるはずだが、クロスクロウはやはり違った。
『君の落ち着きのない様子や、気持ちに安定を持てない原因や、勝ちに拘る強迫観念……その根底には、君は親の愛情というのを受けたことがないことが見え隠れしているな。前世でも、今世でも同じく。今世では君は母親にすら会ったことがない』
『……』
文字通り、この奇妙な馬に、クロスクロウは全てを見透かされている。隠し事は無理だと分かったクロスクロウは渋々ながらも認めた。
『……全部、当たってるよ』
『やっぱりな』
『……』
『……』
『……なぁ』
『なんだい?』
『あんた、いつもこうなのか?』
『いつもこう、とは?』
『だから……心の全てを透けて見て、それを相手に暴露するようなことを、だよ。そんなことをして友達なんているのか?』
『……』
思わずウパルティは顔を逸らした。
『わ、悪い、無神経なことを言った……』
慌てて謝るクロスクロウ。
そうして振り返ったウパルティは、目が涙ぐんでいた。
『ご、ごめんなさい……!』
『いや、いいんだ……何でもない』
『何でもないわけ……』
『まぁ、いい、ワケはまた後で話してあげるさ。逆に聞くが、君には友達がいるのか? ヒトでもいい、馬でもいい』
『……あぁ、いるさ』
『そうか。なら、その友達を大事にしろ。悲しませるようなことをするな』
『別に俺なんて……』
『こら。「俺なんて」などと言うものではない』
キッパリと、ウパルティは言い切った。
『馬にもヒトにもイヌやネコにも、生きとし生けるもの全てには魂が宿る。それらは大いなる自然の中で、生まれて生きて何かに影響を与えてそして死んでいく。僕たち馬はこの広い世界の中では矮小な存在に過ぎない。しかし、出会えば顔を合わせ、その反応に愉快・不愉快な思いもすれば、話が合えば「また明日」と言って別れて、また出会うものだ。クロスクロウ、君もここに来るまでに周りに影響を与えてきたのではないか? それも、これからキングジョージ6世&クイーンエリザベス・ステークスに挑もうとしているんだ。日本から来たのであれば、それなりに実力が高く、多くのライバルとぶつかり合ってきたはずだ。そうだろう?』
『……』
ここまで言われて、クロスクロウは気付く。
『……あぁ、そうか、俺……』
「誰かに認めて欲しかった。それも、「自分がここで生きてっていいんだ」と言って欲しかったこと」を。クロスクロウはこれまで漠然とした不安を心の奥底に抱えてきた。
でも、その正体を知るのが怖かった。
そして、その正体を知っても……。
『俺のせいで……俺のせいで……』
ただただ、クロスクロウの目には涙が溢れていた───。
───話は数時間前に遡る。
場所はバークシャーのニューベリー競馬場。
この日注目のレースは、G1のロッキンジステークス。
長さは芝直線1609m(8ハロン)のマイル戦だが、洋芝に慣らすステップを踏む意味でも挑戦者がいる。
このレースでも白い馬体の馬がまさしくチャレンジャーだった。
【みなさんお待ちかねのG1、ロッキンジステークス出走の時間が迫ってまいりました。今回の注目株はズバリ、日本から参戦のクロスクロウ。このレースで日本馬が参戦するのは初めてですね】
【そうですね……果たして日本馬にとってイギリスやヨーロッパの芝が噛み合うかどうかがこのレースの鍵を握ってると言っても過言ではないです。それも、クロスクロウは、タイキシャトル、シーキングザパールのようにアメリカやアイルランドで調教を受けたことがない、完全な日本産馬。これがマイナスに働く可能性もあります】
やんわりとボロクソに言われてる。
クロスクロウの背中に跨り、返し馬の最中にいた生沿はそれを何となく理解していた。
しかし、生沿の気掛かりはもう一つあった。
「クロス。本当に大丈夫なのか?」
「……」
クロスクロウは反応しない。
生沿が気掛かりなのはまさにこの「無反応」だ。
正確には「無反応」というよりは「反応が遅れる」、つまりは「ボーッとしている」というべきかもしれない。
「クロス? おーい?」
「……ブルルッ!?」
ようやっとクロスクロウは反応した。
側から見れば、騎手からの問い掛けにクロスクロウが嘶いて答えているような異様な光景であるが、幸か不幸かここが日本でないお陰でこの2人───正確には一人と一頭の静かな会話を聞かれても正確に理解できる者はいない。
「……何だか最近君の声が聞こえない。一体どうしちゃったんだ……?」
生沿はまるで「馬の話していることがわかる」と言わんばかりの呟きをする。……普通なら「何言ってんだこいつ」と思うかもしれない。馬は人の言葉など喋れないからだ。
だが、生沿にとっては確かに「馬の声」は聞こえる。
厳密に言えば、その声を正確に聞き取れるのは今のところ愛馬である「クロスクロウ」からのみだが。
こうなったのは、去年の日本で行なわれた第118回天皇賞・秋(G1)からだ。
どういうきっかけだったのか、それは生沿もクロスクロウもよくわかってない。が、まるで「互いの心が繋がった」かのようで、互いの言いたいこと、言ってることがわかる、まさに以心伝心というか、それをさらに一歩踏み越えたものだった。
レース中の生沿はその感覚をとても心地良いと感じていたし、それはクロスクロウもそうだったはずだ。
ところが、イギリスに来る前から調子がおかしい。
前はクリアに聴こえていたクロスクロウの「声」に、時々ノイズが入る。
「調子が悪いなら無理して走らなくても……」
『……ッ! そういうわけにはいかないぜ! ここを勝って、プリンスオブウェールズとかキングジョージ……何ちゃらっていうレースも勝たなきゃ、凱旋門に行ったエルに示しがつかない。あいつと凱旋門で決着をつけるって約束したんだからな!』
返し馬でグルグルしている間、二人の会話は続いた。
が。
『Hey Japanese Boy! Noisy!』
『If it's a fight, do it somewhere else.』
『What are you overthinking? in the way!』
『so,sorry……』
周りの馬たちからブーイングが飛んで来ているなど、騎手の生沿は気付くはずもない。
何を言ってるのかはクロスクロウもよく分かってない。ただ、怒られてることは何となくわかったので、発音の怪しいカタコトの英語で謝るしかなかった。
そうして、返し馬も終えて、ゲートに入り、出走に至るのだが……。
【スタートしました!】
『あ、ヤベッ……!』
クロスクロウは出遅れた。
「ちょ、おい、クロス!?」
『クッソー! 負けるわけにいかないのに!!』
さらに悪いことに「掛かって」しまった。
「ま、まて、クロス! 落ち着け!!」
『うるせー! ここを勝たなきゃならないのに、こんな醜態晒して負けるなんて絶対に……!!』
「待て、落ち着くんだ!」
【おや、クロスクロウ出遅れて最後方からのレースになった】
【わかりません、作戦かもしれませんよ?】
それでも直線1609mを走り切るものの……結果は、
【今ゴール! 一着は
【クロスクロウ、そのままポツンと一頭、今最下位でゴールしました】
その光景を馬主席から見ていた宮崎雄馬と調教師の臼井は明らかに失望した顔を見せていた───。
───そんな数時間前にやらかした失敗を、クロスクロウは赤裸々にウパルティへと明かした。
『宮崎のおっさん……つまり、俺の馬主も調教師もガッカリしている顔を俺は見ちまった。俺がヘマしたことで生沿……つまり、俺の騎手が怒られてて……』
『なるほどな……だが、さっき君が言ってた「俺のせい」っていうのは、このことではないんだろう? もっと深い問題だな?』
『……』
もはや、何でもお見通しか。意を決して、クロスクロウはこう言った。
『……俺、仲間を殺しちまった』
『……何だって?』
『新馬戦……もうあれも2年前になるのか……ウパルティ、あんたも言ってたろ? 俺の前世が「人間だった」って。俺が人間だったところでは、「クロスクロウ」なんていう馬は影も形も存在しなかった……多分』
『……続けてくれ』
『あぁ……そう、そのせいなんだよ……元々この世界に生まれ落ちるはずじゃなかった俺のせいで、フレアカルマくんは新馬戦を勝てなかった』
『誰だい? そのフレアカルマというのは』
『新馬戦で仲良くなった馬だよ。でも、俺がそれを勝ってしまったせいで、彼は馬肉にされてしまった。それを知らずに俺は呑気に、「次はいつどこでまた一緒に走れるかな」なんて考えていた自分にも腹が立つ……』
『……あのなぁ。そんなに自分を責める必要はないぞ』
『だって……!』
『そもそも人間が馬を馬肉にするサイクルを考えたのは君か? そのサイクルを君一人で食い止められたと思うか?』
『でも、俺が負けていれば……』
『負けていたら君はここに立っていなかった。それは君自身が気付いていることだろう?』
『!!!』
『それにだ。……こう言ってはあれだが、親友や家族をいっぺんに失うよりは遥かにマシだろう?』
『それはそうだ、そうだがな……!』
『それでも自分自身を許せない、か。では聞くが、君は妥協せずに生きることと、そうせずに死ぬこと。どちらが馬鹿だと思う?』
『そんなの、妥協して生きるほうが馬鹿じゃないか!』
『分かってないな、君は』
『ふざけんな!』
クロスクロウ、ついにウパルティに怒った。
『あんたに何が分かるって言うんだ!?』
『さぁな。わからん。経験したこと以上のことは僕には分からないさ。その経験を聞いた上で、怒るなら怒ればいい、罵ればいい。さっき、僕が泣いていた理由。それを君は知りたいはずだ。そうだろう?』
『……』
そこまで言われると、クロスクロウは押し黙るしかなく、渋々頷いた。
『……これは、僕が経験した話。今は昔、このヨーロッパで戦争があった時のことだ───』
───僕はかつて、とある軍馬大国の栄光ある陸軍の部隊に元々いた。
その名は、ヴォルィーニ騎兵旅団。
僕の仕事はこの旅団で砲兵さんたちのために砲塔を運ぶ馬車馬だった。
しかし、僕の国はある日突然、隣国に攻められた。
それも、東の国と西の国の両方から攻められて、あっという間に僕の国は滅びた。
僕のいた部隊も最前線に送られた。
でも、気付けば、生き残ったのは、僕だけだった。
僕と一緒に砲を運んでいた友達も、僕の世話をしてくれた人間さんも、みんな死んじゃった……。僕だけが部隊で唯一生き残ったんだ。
僕の部隊がいた村は既に敵軍の攻撃で廃墟と化していた。
誰も生き残っていない。物言わぬ姿となった亡骸や焼けた家、飛び散ったガラスや粉々になった瓦礫の山……。絶望的な姿だった。
でもそんな時。僕の耳には誰かの啜り泣く声が聞こえた。
その声に呼び寄せられるかのように歩いていくと、そこにいたのは、破壊された炊事用の荷馬車と、それを曳いていたと思われる馬。
馬は荷馬車と同じように爆弾で吹き飛ばされたようだった。
その馬の遺体に、一人の男が泣きながら寄り添っているのが見えた。
僕は恐る恐るその男に近付くと、男もそれに気付いたのか、銃を手にこっちを振り返ってきた。
そのヘルメットや軍服で、僕はすぐに気付いた。
彼は、僕の国を攻めてきた西の国の兵士、つまり敵兵だとすぐにわかった。
でも、男は僕の姿を見るなり、銃をすぐにしまった。
さらに、男がもう片手に持っているものに、僕の目は釘付けになった。
男は、干し草の小さい束を持っていたんだ。
きっと彼は、これをその馬にあげようとしたのかもしれない。
一方で僕はその日、何も食べていなくて、お腹が空いていた。
男もそんな僕の視線に気付いたのか、男はちょっと躊躇した後に、その干し草の束を僕にくれた。
男の名前はカール。下の名前はシュルツとか言ってた。
カールは僕をそのまま自軍に連れ帰って、炊事用の荷馬車を曳かせるつもりだったみたいだ。
最初こそ僕も複雑な気分だったけど……*1炊事車を曳く僕たちのことをカールの仲間の兵隊さん達は喜んでくれた。
カールが作るご飯と、それを運ぶ僕。カールのご飯を食べて喜んでくれる兵隊さんたちを見て、僕も次第にこの仕事にやり甲斐を覚えるようになったんだ。
色んなところに行った。
たまに最前線に行く羽目になったこともあるけど、僕とカールはあの廃墟と化した村で出会ってから5年間ずっと一緒だった。
5年後。
カールのいる国は、劣勢になっていった。
僕はその状況に喜びも悲しみも特になかった。カールと一緒に仕事が出来ればどこへでも行くつもりだったから。
そんなある日。
ついにレンゴウグンがフランスのノルマンディーに上陸してきた。
その前作戦で、レンゴウグンはラッカサン部隊?というのでフランスに降りてきた。
運が良いのか悪いのか、そのラッカサン部隊の一人がカールと僕の目の前に現れた。
なお、カールはご飯を炊いている途中だった。
僕もカールも、レンゴウグンの兵士が目の前に現れたことに驚いたけど、またこれも幸か不幸か、カールは手元に銃を持っていなかった。
しかも、お腹が空いて何故か冷静になれた。
ラッカサン部隊の人は、そんな僕らを見て呆気に取られていたけど、カールは気にする様子もなく、出来立てのご飯を食べ始めた。
僕も草を食むことにした。
暫くするとラッカサン部隊の人もお腹が減ったらしく、カールは自分のご飯を彼に分けてあげた。
その後、彼は仲間を僕らの元に呼び寄せたが、カールや僕を別にどうするでもなかった。
結局、カールはトウコウして、僕と離れ離れになってしまった。
でも、その後僕は「ヴォイテク伍長」のいる部隊にやってきた。
そこは、僕の国の兵士たちの生き残りが作った部隊だった。
ここで組んだ相棒はスタニスラフ。
彼もカールに負けず劣らず、良い腕の料理人だったよ。
ちなみに、彼の従兄弟の名前はエウゲニウシュで、当時は空軍少佐だったとか。
「ウパルティ」という名前をくれたのもエウゲニウシュだった。
それに、普段は無愛想なスタニスラフだったけど、エウゲニウシュと一緒に僕のことをとても大事にしてくれた───。
───気付けば、辺り一体が暗くなっていた。
『結局、戦争はレンゴウグンが勝った。でも、カールはそのうちの一つ、この国に亡命して、エウゲニウシュのツテもあって、彼はこの牧場を作ったのさ。だから、つまり……おや?』
そこまで話すと、クロスクロウはいつの間にか船を漕いでいた。
その様子にフッと軽くため息を吐いたウパルティ。
『もう遅いから寝ようか』
『う…ん……』
ウパルティがそう提案すると、クロスクロウも馬房に引っ込んだ。
だが、クロスクロウが完全に眠りに落ちる前に、ウパルティはこう言った。
『つまりだ。生き続ける限り何が起きるかはわからないし、皆何かを学ぶ。自分を虐めすぎるなよ、クロスクロウ』
それが聞こえたか聞こえなかったか、曖昧な境界でクロスクロウは眠りに落ちていく。
『……もう一押し、必要かもしれないな』
そんなウパルティの呟きは、もうクロスクロウには聞こえなかった───。
───ここではない、どこか。
一面には緑のカーテンが広がり風に揺れていて、天には青空に白い雲が浮かぶ。
そんな草原の真ん中で、一人の少女が目覚める。
しかし、普通の女の子ではない。
頭からは、馬のような耳が生えていて、お尻からは馬の尻尾のようなものが生えている。
髪と尻尾は、雪のように真っ白で、毛先は黒い。
目を見開くと、ルビーのように赤く、吊り目は少し勝気な雰囲気を思わせる。
「ここは……どこ……?……!?」
少女は驚いて飛び起きた。
「え……あーっ、あーっ、あーっ……え?これ、俺の声……なのか……!?」
まるで発声練習のそれをするかの如く、先ほどからのソプラノの声量の出所はどこか。確かめていた少女は、その出所が、自分自身からだと漸く気付いた。
「やっと来たね」
自分がどこにいて、恐らくは自らの体の変化に状況が追いつけない状態の白髪の少女に、背後から声を掛けたのは、もう1人の少女。
「……誰?」
頭の上には、白髪の少女と同じく馬の耳が生えており、お尻からは尻尾。
髪の色は栗毛というか……似ているがより暗く、全身の赤褐色が特徴の毛色である。
だが、その毛の色に、白髪の少女には見覚えがあった。
「……」
しばらく考える。
……そして真っ先に浮かんだのは、
「……!!」
嘘だ。嘘であってほしい。
そう思うと途端に顔から血の気が引くのを感じた白髪の少女。
「……うん、君の考えてる通りだよ。クロスクロウ」
「……まさか、お前……」
「そうだよ。オイラだよ。……フレアカルマだよ」
……嫌な予感が的中した。
新馬戦でクロスクロウと対決し……クロスクロウが負かした馬。
あの時、クロスクロウはフレアカルマが別の未勝利戦に出て勝ち上がってきて、またどこかで当たるかもしれないと期待していた。
……しかし、その期待はあの日突然に崩れ去ってしまった。
『サクラニク、って言ってた!!』
名前は聞きそびれた、いや、あるいはその「証言」に俺が激しい衝撃を受けてしまって忘れてしまったかもしれないのだが、そう言ってたのは、「フレアカルマのお隣さん」。
……考えたくなかった。
『サクラニク』ってことは、つまり……。
「……うあぁぁぁぁっ……!」
俺が知ってたフレアくんは、馬肉にされてしまったという、辛い現実を知ってしまった……。
俺だって分かっていた。
俺も、もし新馬戦で勝てなかったらと思うと、自分が馬刺しにされていたかもしれないということを。
でも、フレアくんにはまだチャンスがあった。あったはずなのに……。
「俺が……殺したも同然だ……」
その事実のみが、俺に再びのし掛かった。
「……謝って済む問題じゃないのは分かってる、でも……!」
俺はフレアくんに謝ろうとした。
……が、
「よしよし……」
「へ……?」
「よしよし……きゅうむいんさんが、オイラが落ち込んだ時はこうしてなでてくれたんだ」
フレアくんは、俺を軽蔑するでもなく、恨むでもなく、頭を下げた俺の頭を優しく撫でてくれた。
「それにだよ? 君はオイラのことを「自分が勝ったせいでお肉になってしまった」って思ってたみたいだけど、それって、かなり失礼なことだって、三女神さまに教えてもらった」
「三女神さま……?」
「オイラがこれから行く先の世界を管理してる人たち……人?っていうべきなのかな……」
……待て待て待て、今、フレア君、なんて言った?
「三女神」だって?
そんな単語が出てくる世界と、俺たちがこのような姿でいる理由とか……心当たりが多すぎる……!
……しかし、そんな余計なことを考えていたせいか、ウマ娘フレアカルマくんはムッとして言った。
「そんなことよりも。クロスクロウ。そんな風に考えるのって、自分が負かした相手に失礼だと思うよ」
「でも、事実だと思ってるし……」
「バカだなぁ。……例えば、人間もオイラたちも、ご飯を食べる時になんて言うと思う?「いただきます」っていうじゃないか。それって、オイラたちの糧になる食事が元々は命あるものから出来ていて、「いただきます」は「その命をもらう行為」だって、ばんぶつに感謝すること?だって三女神さまは教えてくれた。勝負事に勝つのも同じこと。頂点に立てるのは、同着?みたいな奇跡が起きない限りは一人だけなんだって教えてくれた。クロスクロウが頂点に立ったのに、それを君自身が否定してしまったら、じゃあ、オイラたちは何のために走ってたんだと思う?」
「……」
「三女神さまに聞いたよ……。確か、スペ……スッペンペン……じゃなくて……あーもう!とにかく、スペとかグラスとかセイとかと、クロスクロウは同じレースで走って、彼らに勝ったんでしょ? 自分が勝ったことを誇れないと、みんなから怒られちゃうよ?」
「う……ぁ……」
「それに……クロスクロウ、君がいなかったら救えなかった命だってあるじゃないか。例えば、サイレンススズカとか、オースミキャンディとか。オイラたちがお肉になってしまったのは事実。だけど、君が君自身の存在を否定したら、救った彼らの命だって無意味になるんじゃないの?」
「スズカに、キャンディさん……」
天皇賞・秋で予後不良になるか拓勇鷹さんが落馬して命を落とすかを迫られてでも騎手の命を救って逝く運命だったサイレンススズカ。
厩舎の火災で命を落とす運命にあったはずのオースミキャンディ。
……何で今更思い出すんだろうか。
彼らの運命を変えてしまったのは他ならない俺だったことに……。
「それにね……クロスくん……オイラは君のことを恨んじゃいないよ。そもそもオイラがお肉になっちゃったのは、君のせいじゃないんだ」
「けど、俺がもしあの時二着で、フレアくんが一着だったら……!」
「どの道、長くは走れなかったと思う」
「……え?」
どういうこと?
「実はね……オイラ、あの後、みしょうりせん、だったかな。それを2回ぐらいやったんだ。でも、3回目に挑もうとして練習していたらね……」
フレアくんはそう言いながら、左手首を見せてくる。
そこには包帯が巻かれていた。
「足を折っちゃったんだ……」
足を折った……骨折ということだ。
「あぁ……そんな……」
足を骨折する、というのは、馬にとっては致命傷も同然だ。
馬の体というのは、胴体にある心臓だけでなく、4本の足が、第二の心臓の役目をする。足を骨折、それも、予後不良ともなれば、歩くことはままならなくなる。
歩けなくなる・走れなくなるということは、体の中を流れる血液が循環できなくなるということであり、骨折した足も壊死して腐っていき、待っているのは安楽死処分しかない。
そのまま死に直結する。
安楽死させられた馬が桜肉になってしまうことは珍しい話でもない。
どの道、競馬の神様というのがいるのであれば、そいつは性悪だと俺は思った。
「だから、クロスくんは悪くないよ……」
「うぅぅぅっ……」
そして、俺はただただ、涙が溢れて止まらなくて、ウマ娘姿になったフレアくんに肩を借りて涙が枯れるまで泣き続けるしかできなかった……。
あれからどれだけ時間が経っただろうか。
「落ち着いた?クロスくん」
「……うん……何とか……」
フレアくんに慰められ、しばらく抱えていたモヤモヤは少しは晴れたように感じる。
……でも、どうしても考えずにはいられないのは、フレアくんの他にあの新馬戦で一緒に走ってた馬たちのことだ。
「アークレイズ」
「!」
「コスモネビュラ、キリエルビト、ペンダコペンダ、ペンタゴニウム、セイカツヒカケルに、アイアムアイアン……オイラたちと一緒にあの時走った馬たちの名前だよ」
「フレアくん……」
「勘違いしないでほしい。みんな、クロスくんのことを恨んではいないよ。それに、みんながみんなオイラみたいになったわけじゃないんだ」
そうだ……冷静になって考えろ俺。なんでその可能性を否定しようとしていたんだ?
「コスモネビュラくんもね、南関東に移籍してから未勝利戦勝った、って言ってたんだ」
「言ってた、ってどういうこと?」
「彼もここに来たんだ。ここは不思議な場所でね、この世とあの世ではないまた別の世界との狭間にあるんだ。ここでは何故か、オイラもネビュラくんも女の子になってた。クロスくんもそうだし」
さっきフレアくんが言ってた「三女神」という単語。
それに、「あの世ではないまた別の世界」。その存在に、俺は心当たりがあった。
「ウマ娘のいる世界……」
「ウマ娘?」
「……実は、俺はその世界をちょっと知ってるかもしれない」
「本当に!?」
「う、うん」
「教えて。オイラがこれから行く世界について」
「そ、そうだなぁ……」
といっても、俺が知ってるのはアニメとアプリで見たウマ娘世界だ。
……今更ながら思う、俺……正確には前世の俺や、その他のトレーナーたちは、「ウマ娘」というアプリゲームをやったことこそあれど、その世界の歴史的背景とかは断片的で全く知らない。
……でも、一つだけわかることがある。
「……ウマ娘のいる世界では、ウマ耳と尻尾の生えた女の子でも、人間たちと一緒に支えながら生きてるんだ」
気付けば俺は、ウマ娘の世界について知ってることをポツポツと喋り始めていた。
「ウマ娘って、人間に近い姿の種族だ。だから、
それを聞いたフレアカルマくんは、ハッとしたような顔をした後、泣きそうな顔で笑顔を向けてきた。
やめてくれよ、こっちまで泣けてくる……。
「ホントに……!?」
「うん……」
───ロウ、
「?この声は……」
「君を呼んでいる声だ」
……クロウ、クロスクロウ?起きてくれよ。
「生沿……」
「……もう時間だね」
「時間って……!?」
「オイラがこの世界に留まれるのはここまでが限界なんだ」
「え……!?」
「君やコスモネビュラくんと最期に会いたい。神様が最後の我儘を聞いてくれたんだ。オイラが会いたかったのは君で最後。願いが叶ったからには、オイラも、もう行かないといけないんだ」
「待って! 待ってくれよ、そうなったらフレアくん、君は? 君はどうなるんだ!?」
「オイラはこれから輪廻の輪ってところに行くみたい」
「輪廻の輪……!?」
「うん。だから、ここで会えるのはこれが最期なんだ」
「そんな……折角会えたのに……!!」
「大丈夫……向こうの世界でまた会おう?」
「約束だぞ」
そう言ってクロスクロウは右手の小指を立てた。
「それって……?」
「指切りだよ。……人間の約束事を誓う時にする、習慣みたいなものだ」
クロスクロウは、ウマ娘姿のフレアカルマの右手を掴み、同じように小指を立てさせて、その小指に自身の小指を結び、
「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます、指切った」
そうして「約束事」を結んだ。
「ゆびきりげんまん……ふふ、なんだか不思議な呪文だね……」
そうこうしているうちに、栃栗毛の少女の背中には白い翼が生える。
気付けば、もう一人。背中に同じく羽を生やした別のウマ娘が立っていた。
そのウマ娘は軍服からウマの尻尾を生やしており、古い型の軍用ヘルメットを被っていた。
その軍服を着たウマ娘が差し出してきた手を取って、ウマ娘フレアカルマは一歩、また一歩と足を進めていく。だが、そこでふとフレアカルマがクロスクロウに振り返った。
「最後に一つだけ。まだ君は走れる。君は必要とされている。君が帰ってくるのを待ってる人がいる。それを忘れちゃダメだからね!」
そう言い残して、翼の生えたウマ耳の少女は、軍服姿のウマ娘と共に、あっという間に、空へと高く高く飛び立っていった。
それを見送ったクロスクロウの視界は、少しずつ色彩を失い───。
───クロス?クロスクロウ?
その問いかけに目を覚ましたクロスクロウは……。
『……ハッ!?』
顔を上げると、ここはシュルツ牧場に借りた馬房。
そして、心配そうな顔で覗き込んでくる人間たち……騎手の生沿と、馬主の宮崎雄馬と、調教師の臼井が彼の目の前にいた。
『俺……今、なんか夢を見ていたような……』
「……良かった、目が覚めたか……」
『一体どうした?』
「クロス、お前……」
「生沿、そいつに言ってやれ。3日間も寝込んだままだったってな」
『3日も!?』
「心配したんだぞ……」
「こりゃ……日本に帰るべきだろうか」
「……はぁ? 今更お前何言ってんだ?」
「クロスクロウにとって海外遠征は未知の領域だ。馬ってのは環境の変化やストレスに弱い生き物だってのは調教師のお前がよく知ってることだろ」
「だから? 今更プリンスオブウェールズとキングジョージと凱旋門を捨てられないだろう!」
「そんなもんどうした。やはりクロスクロウに無理をさせすぎたんだ」
『おいおいおい……俺が寝ている間にそんな話になってたんか!』
「とにかく……って、おい、クロスクロウ?」
俺は、宮崎のおっさんの手を舐め回した。
そして、嘶いた。
『大丈夫だ。やってやる!』
「……って、言ってるっス」
「クロス……」
『今度はドジらないぞ。キングジョージ何ちゃらでも凱旋門でも何でも走ってやる!』
「……って」
「……ホントにこいつ馬か?」
困惑する臼井調教師だが、何を今更の話である。
「クロス……わかった。お前が望むなら、やろう……っと!?」
そう雄馬が決断すると、クロスクロウは彼に頬擦りした。
そして調教を終えて馬房にいざ戻ろうとしたクロスクロウだったが、
『あ……そういえば、ウパルティさんに礼を言わなきゃ』
思い出して放牧中の馬に尋ねるのだが、
『Uparty?』
『No.I don't know』
『Oh……sorry』
英語が喋れない、わからなくても、クロスクロウが尋ねた馬たちからの反応が芳しくないことや、「
……いや、今更だけど、なんで
何故だ……?
……ダメだ、頭が混乱してきた……。
そうしてクロスクロウはすごすごと自分の馬房に引き上げて行った。のだが、
そんなクロスクロウの困惑を他所に、牧場の牧場のすぐ外では、送迎車から杖を付いた老人が家族に付き添われる形で降り立った。
彼らが向かった先には、3つの墓があった。
1つは、生年が掠れ、没年が1988年12月22日となっている「Stanisław Horbaczewski」という人物の墓。
1つは、生年が1917年9月28日、没年が1991年8月19日となってる「Eugeniusz Horbaczewski」という人物の墓。
それらの墓に花を手向けた後、最後の一つの墓にも老人は花を手向けるも、墓の前で泣き崩れてしまった。
その墓に刻まれていた名前は、「Uparty」とあり、生年はわからないが、没年は1958年。
そして、最後の一文として、
「
わざとボカシを入れましたが、どうしてもあの部分の本編を読んでると辛くなってしまって……。
読み辛かったら申し訳ありません。
※2022年11月17日追記……修正する前に比べるとボリュームがかなり増したものの、前々から自分も、きっと読んでる方々も思っていたことですが、
「クロスクロウがイギリスに行ったところで一体何が変わった、というか、イギリスで何が起きたんだ?」と疑問に感じていられたかもしれません。
この修正稿が、その疑問に対する答えになれば幸いです。
また、今更ですが、内容が暗くて申し訳ありません。
※2022年11月22日追記……ちなみに、劇中でウパルティは「(クロスクロウが)今生の実の母に会ったことすらない」と言い、それが当たっているのは、クロスクロウが母のエクスプログラーに会うという出来事の代わりに、オースミキャンディ救出をこなしていて、そのまま1998年末から99年の頭までを日高大洋牧場で越冬したためです。
今作に望むものは?
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コメディ!
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シリアス……!
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スポ根!
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哀愁……
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ハッピーエンド!
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曇らせ、鬱展開……
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