君を見た時全身に電流が駆け抜けた、チープかもしれない、でも真実だ。あまりにも美しい人、表面上の美しさじゃあ無い、それはきっと個人個人に合わされた、そう、言うなれば個人的な奇跡ってものが私には、、、違うな私達にはちゃあんとあったんだ。あぁアルコールでもって世界が裏返る。
やっと私の中から美しい記憶が消えて行ってくれる。
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マダムに言われて以来ケニーは散歩するのが習慣になっていた。
別に何か意図するところや求めるものがあるわけでは無い、それでも歩いていく内に見つかるものや思わぬ何かを見つけたりする、それが小さく何時も嬉しい。
今日も歩こう、そう思いながらケニーは歩く。アンナと約束があるがちゃんとマダムの館にあるずんぐりとした黒い電話でもって彼女に連絡した、あとはそう、日が暮れるまで歩くだけだ。
街中、歩いているといろんな発見がある、警察官には何とも複雑そうな表情で見られ、街の人にはマダムの所に新しく来た使用人として声を掛けられる。
不快ではない、ただ何を答えるべきか分からずケニーはその問いかけの多くにただ頭を下げて答えていた。
山と海を比べるとケニーは海の方が好きで、散歩の最後には何時も海に行く。そうすると何時も例の画家が居て、最初はただ遠巻きに眺めるだけだったケニーも徐々に近づき色々な事を彼女に問いかける様になっていた。
絵は描かないのか、どうして何時もお酒を飲んでいるのか、この前の彼女とはどういう関係なのか。
殆ど彼女は答えない、ただ海を見つめている。
一度だけ彼女が答えたのは、ただ、あの子は海から帰るからと言ってたと、それだけ。
お互いに何かを言う訳では無い、ただ海を眺めて何かを描こうとする彼女を眺めている、ケニーはこの時間が好きだった。好きと言うには誤解があるかもしれない、焼けた油に砕けた石、知らない匂いを徐々に知っていく、ケニーの手の中に言葉があったならこれを好奇心と言っただろう、だがケニーの手の中にはそんなに多くの言葉は無い。ただ心の生み出すむず痒い何かに任せて今日もただ画家のそばにいて静かに立っていた。
「飽きないのか?毎日毎日俺の事を眺めてて」
振り向きもせず画家に問われて、ケニーは酷く驚いた。なんと言うべきだろう、伝えるべき漠然とした言葉はちゃんとある、だがそれを形にするには自分の中の言葉が足りない気がする。ケニーは慎重に言葉を選んで画家の問いかけに答えた。
今マダムの庭でジャガイモ育てている事、小さかった時いつも酷く飢えていた事、今は飢えて居ない事、だからただ育つさまの為にジャガイモを育てて居る事、きっと貴女が絵を書いた時に完成した絵だけを見るのは、何と言うべきか分からないが知らない間に大きく育ったジャガイモだけを食べるような、そんな気分になる気がすると言う事。
そんな支離滅裂で、たどたどしく編まれていく言葉をただ画家はぐびぐびと何口かお酒を口に含みながらただ聞いている。ケニーは思った程自由に言葉にする事が出来なかったと居心地が悪くなる。
止めておけば良かったかもしれない、きっと言葉にしないより下手くそに言葉にする方が良くない事も多くある、彼女を不快にさせたかもしれない、何より怖いのは、ケニーには誰かを不快にさせたとしてそれを察したり上手く対処することが出来ない。
「俺の絵はジャガイモかよ、流石、軍人なんか大嫌いだぜ」
そういって画家が立ち上がる、ついて来いよ、その言葉にケニーは何となく彼女についていった。
歩く、ただただ歩く、重そうな絵を書くための色々を抱えながらその上で画家は軍人の様にテキパキと歩いて行って。ケニーはただ黙ってそれについていく。
荷物を持つべきだろうか、マダムに教わった、男性ならば女性の荷物は持ってあげなさいと、だが画家の抱える多くをどう扱えば良いのか等ケニーのは分からない。最近に習慣となったそれに従い問いかけた。
私は君の荷物を持つべきだろうか?
ケニー問いかけにただ画家は黙ってろとだけ言って黙々と歩き続ける、そうして歩みを進める内に徐々に街の西の方に歩みは進んで行く、ケニーはこの辺りには近づかない様にしていた、マダムの言うところではこの辺りでは戦時中民主主義を掲げる連中のテロがあったのだと、それで殆どの人が居なくなって以来酷く治安の悪い場所になっていると、そんな場所なのだ、戦争は終わった、ケニーはもう人を殺したくない、そういう色々の果てにケニーは街の西側には近づかない様にしていた。
「どこに向かっているんだ?」
そう問いかけながら身体強化の魔法をかける、大きな問題になる前にトラブルの類は処理してしまうべきだ。ケニーは習った様にそれを達成するに十分な準備をする。細い首だ、片手で包んでしまえるだろう、魔法の類はどうだろうか?どれだけごまかしても身体強化を使えば体臭の変化は隠せない、怪しい匂いは無い、今の画家はそのまま目の前に立って居る、問題はあるまい。
ケニーは周囲の建物を見回す、狙撃はどうだろうか?足はただ画家についていく。そこまで高い建物はあるまい、道路の幅は狭い、きっと銃撃があればそれより早く耳がその音を拾う、銃弾が届くまでの僅かな時間があれば身体強化を使っている今のケニーはきっと致命傷を受ける事は無い。生き残らなければ、日没後にアンナと約束している。
殺意は無い、ケニーはただそうと教えられた様に静かに画家についていく、道行く建物、二階から不安そうに異国の女が眺めている、方側だけに角が生えた獣人の女、ケニーはそちらの方を見たりはしない、道は荒れており大きな瓦礫すら置かれたままになっている、投げつければきっとあの獣人の頭蓋骨を砕けるだろう、十分に殺せる。
逆側の建物、その窓から鬼族の中年男性がケニーを見下ろしている、弛んだ身体が窓枠から出ている僅かな上半身だけで分かる、殺せる。
そうしてケニーは道を歩きながら殺せるか、殺すには工夫が必要かを区分していく。前を行く画家は路上に座る老人に挨拶したりをしながら迷いなく歩みを進めて行く。二、三人工夫は必要な相手が居たが殆どは殺せるだろう、ケニーには小さな達成感がある、ケニーに自覚は無いが、ケニーにとって周囲の脅威を排除できると言う事は誇るべき事だった。実際、まだ孤児院に居た頃、軍部の要人を狙った連中を皆殺しにすると褒められた事をケニーは想起している。あれがきっかけでケニーは魔法の才能を見出され特別な軍人教育を受けた。ケニーとっては数少ない誇らしい記憶だった。
「ここだ」
そう言って画家は大きな木造の、マダムの屋敷の車庫の様な場所の前で立ち止る。ここに何が?そうケニーが問いかけるより早く画家は倉庫の鍵を開けに掛かる。
「来いよ」
そういって画家は迷いなくガラガラとシャッターを開けて倉庫の中に入る、どうしようか、迷うより早く倉庫の奥にある美しい絵画がケニーの目に入る。
美しい人が描かれていて、絵の中からこちらを見ている、素晴らしい絵だ、何も言えずただそれをぼうっと眺めている内その人がこの前画家が見せてくれた人物だと気づく。
ケニーは無防備にそれを眺めている、如何様なものであれケニーは純粋に芸術として受け止めた事は無い、野生の人として寒々しい命を生きて来たケニーには芸術が理解出来ない、だが、生きる命として美しさに心が充満していく。愛を感じた、どうあらわすべきかも分からない、ただただ美しいと思った、だけれどケニーにはそのもっと奥にある言葉が表現出来ない、命と命のかかわりをただ生殺与奪としか教えられていない、ケニーには薔薇の繊細でいっそ我儘な美しさと人間の作り出すそれの違いが分からないし感知も出来ない、言葉にする事すらケニーは人生に許されていない。
ただ声も出さず涙を流して、初めて見たそれに慌てたように画家が近寄って来たのだった。