戦争から戻ったからと言って誰に歓迎される事もない、戦争の後、幾らかの金は有ったがそれも商売女と酒代、賭博と使っていく内いつの間にか消えていき、気づけば俺の手元に残ったのはヤバい連中からの鱈腹借り入れた借金と良からぬ連中との付き合いだけであった。
さてどうしようか、戦争の内に両親は死んで兄弟も居ない俺は自由に生きる事が出来た、自由、何が自由だ、何もする事の無い自由、夢や希望など一つも無い自由。
訪れる借金取り達は大層な言葉で俺を脅して来るがだから何だと言う、死すら自分の掌から離れた戦場を一体借金取り等と言う出来損ないの仕事をしていた連中のどれだけが知っていると言うのか、そうした連中が俺を脅した所でどうして怯える事なぞ出来ると言うのか、借金取り達が訪れる度にひたすら叩き潰し気付けば周囲の普通で幸福な日々を生きて来た人達にすら敬遠される様になっていって。
後にはただ、どうしようもない日常だけが残っていた、どうすれば良かったのだろう、俺はお前達の為に戦ったのだ、それなのに何故俺をそんな眼で見るのだ、ただ状況に合わせて生きていただけだ、今も昔も、クソッタレ、俺が戦争に出たのは何故だったか。
思い出せない、だけれど、実家は酷く貧乏で、結局両親は戦争の長期化に合わせた不景気で食事にも苦しむ生活になって、そうして流行り病であっけなく死んで。
…あぁ、両親に楽をさせたかったんだ、俺は。
勝ったも負けたも知ったこっちゃ無かった、ただ、腹一杯食べて欲しかった、俺の分なんかどうでも良いんだ、そこら中に頭を下げて、何時も疲れた様な笑みを浮かべて。
とっとと死んでしまおう、戦争から遠く離れたこの土地で銃を手に入れるのは苦労するし俺には手早く死ぬ事が出来る魔法の才能も無い、だから首の一つでも括ろうかと思って居た所で。
俺はあの人に出会ったのだ、少佐、あぁ、少佐、少佐!少佐!!
あの人は新しい戦争を俺にくれると言ったのだ、遂には戦争も国家もどこか遠い所におわす神すらもしてくれなかった約束を俺にしてくれるのだ。
あの人が俺に戦争をくれると言うのなら、俺は喜んであの人の為の鬼になろうじゃないか。
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画家と別れた後、アンナとの約束の場所に向かおうとしていたケニーは奇妙な知り合いと出くわした。
「よう!久しぶりだな!戦争以来か?」
駅の方から歩いて来て、煙草を片手に陽気な声で話しかけて来て、ケニーの苗字を、ただ軍営の孤児院のその名前から取られただけの苗字を呼ぶ鬼人種の男、ケニーよりも少し身長が小さく額には銃弾程の小さな角が生えている。
誰だったか、見た顔だった気がする、しかし印象の中で思い当たる男はもっと陽気な戦場には似つかない生来の陽気さを漂わせて居た様に思える、しかし眼前の男はどうだ、目の周りが酷く落ちくぼんでいてただ眼球だけがギラギラと輝いている。
記憶の中の該当者と眼前の男はどうにも印象が合わない、ケニーは静かに右手で魔法を発動させた。
「すまない、顔は覚えているんだがかなり印象が違ったので反応が遅れてしまった、久しぶりだな」
名前を思い出せないんだが、何と言う名前だったか、同じ部隊だったのは覚えているが思い出せない、そう正直に答えたケニーに男は大して不愉快そうな顔もせず笑い声をあげて答えた。
「そうか!構わないさ!お前ってヤツは昔からそんな奴だったよなぁ!」
楽しそうにそう言った男はジョアンと名乗った、独特の発音、ジョアンとヨハンの中間の様なその名前を大して苦労もせずケニーは繰り返す、既に全身で魔法を発動している、人間程度の発音ならばケニーは正確に捉える事が出来る。
「すまなかった、ジョアン、だが久しぶりだな、一体どうしたというんだ?」
偶然出会ったにしては都合が良すぎる、そもそもここより遠く北の山脈で同じ部隊だった人間がどうしてこんな南の平和な国に居ると言うのだろうか?
ケニーはそうと習ったように魔法を発動させ、ただ、じぃと相手を捉える、見ていると知られてはならない、警戒していると感づかれてはならない、相手に事実を隠す余地を与えてはならない、それには笑顔が好都合だったが、ケニーはこの笑顔と言うものが酷く不得意であった。
「いやな?見ての通り戦争が終わってこの方ずっと暇してるもんでよ!戦争が終わったからってせこせこ急いで働きだすのも馬鹿らしいからよぉ!折角だし戦友達に会いに行ってまわってんのさ!」
魔法で見透かす、特に血流や心拍数に音の変化は見受けられない、しかしどうだ?孤児院で習った所として鬼人種は遠くこの大陸より更に向こうの東の島で生まれ、その成り立ちからして古くから嘘と諜報に長けた人種であったという。
実際そんなものは遠い昔の伝説染みたものでしか無いが、兎も角、鬼人種は嘘と裏切りが得意だと言うその話の通り、常としてどうにも度胸が据わった連中であった覚えがある。
であるならば、きっとこれも嘘であると考えた方が良い。
「そうか、今日泊まる所は決まっているのか?もしまだならそこの交番にいってどこか良い所を教えて貰うが」
特に変化は見られない。
「いいや、一応宿はもう決めて有ってな、駅前にあるあそこ、なんて言ったかな?」
心当たりを伝えるとそうだそこだと楽しそうにジョアンが答える。
筋肉の動きが違う、よくよく魔法を使ってようやく判る程巧妙な作り笑顔だ、どうだったか?そうだ、ジョアンには魔法の才能が無かった、スポッターや計算手として部隊に所属していた筈だ。
であるならばこの巧妙な作り笑顔は後天的な訓練に依るものなのか、だとすればかなり強度のある訓練を行っていた筈だ、もしくは生来のものか、それは無い、記憶の中に居るジョアンは楽しそうに故郷の話をして、何時も魔法の様に誰かを褒めてのける言葉の持ち主だった、終戦間際まで同じ部隊に居たがそこは記憶にある限りそこまで大きな変化は無かった。
「そうか、明日は予定が空いてるか?使用人の仕事が終わってから一緒に食事でもどうだろうか?」
「いいねぇ!丁度俺から誘おうと思ってた所さ!駅で待ち合わせしよう!」
使用人の仕事と言う言葉に反応はない、そうか、知っているのか、誰に聞いて知った?
「使用人の仕事は何時頃終わるんだ?」
使用人とジョアンが口にした時少しだけ心拍が乱れる、自身のミスに気付いたのだろう、ケニーは見なかったふりをする。
ジョアンから発せられた問いに、ケニーはそうと習った様に実際に駅に到着できるであろう時間から三十分遅い時間を答えた。
「お、そういえば今は使用人として働いてるのか?」
そうだ、と、短く答えたケニーにじゃあまぁ明日の時間はそれで行こう、そう答えたジョアンはそのまま海を見に行こうと歩き出す、それにケニーは先約があるからと答え、幾つか問答をした後、ジョアンと別れ、ケニーは約束をしているアンナの店へと歩き出した。
アンナの店に向かいながらケニーは考える、そうと習った様に手に入った事実を考える。
別れ際の問答の内容は大したものでは無かった、約束の相手は誰なのか、アンナと言う人で最近知り合った女だと言う事、言葉の使い方や表現の使い方を習っていて今から会う約束をしている事、またジョアンに変化は見られ無い。
今度はケニーから問いかけた、今はマダムと呼ばれる人の下で働いている、何時か機会があれば紹介する、と、もし仕事が見つからなかったのならマダムの下で一緒に働かないか、と。
「考えとくよ」
そう答えたジョアンの血流と心拍の音を、肌に起きたそこから生まれる波をケニーは良く知っている、あれは上手く行った音だ、魔法を見出された時に受けた教育、決して見逃すなと言われた印。
ただ仕事を探しているならそれでいい、だが、もしヤツがマダムに何かするつもりなら。
戦友である事を思えば少し残念だが、殺さねばならないだろう。
そんな事を考えながらケニーは遠くに見えたアンナに手を振るのであった。