老獣人と帰還兵   作:来海杏

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長くなったので前後で


幕間【メリッサ・私が愛した画家】前

三つ前の戦争の時、魔法の触媒を違法スレスレの貿易で仕入れたのがウチの家の、今となったはどうなったかも分からない生家の成り立ち、それまでは何の仕事をしてたんだったか、金貸し?

 

わっかんねぇ、一丁前に恥ずかしいのか昔の話をしたがらねぇからさぁ。

 

 

 兎も角クソだった、誰も彼もを見下して、平気な顔して誰かをゴミ扱いしやがる。

 

そんな家で生まれたもんだから寧ろ、俺の方が異常者みたいな扱いを受けてて、なんで絵を描きたいって思ったんだったか、なんだ?えーと、そうだ、たまたま何時だったかゴミ成金親父の付き添いで美術館に行ったんだ。

 

 ずっと、ずっとすっと南の街、国を問わず保養地として年がら年中観光客で溢れてる様な阿呆たちの楽園、親父は貿易の関係でそこの港をよく使っていて、その際に書類やらなんやらが滞らないよう嫌って程金をばらまいていて。

 

…あぁクソ、気分が悪い。

 

 

兎も角、大層自慢げな顔で旅行に行こうと俺を連れ出した親父が連れて行ったのはその、親父の腐った金を元手に美術館が建てられる式典だった。

 

 

 

 意味が分からねえ、思考も分からねぇがどうせ安上がりだとでも思ったんだろ、もう完全に病気さ。

 

 

 

 

 それでも、これだけは親父に感謝しなきゃいけないんだと思う、俺はあの腐った金で建てられた腐った連中ばかりの美術館で本物の芸術を知ることが出来たんだ、三つ前の戦争で遠い東で略奪されそのまま個人的にまた別のイカレ成金親父が倉庫に隠し持っていたそれ。

 

 

美しかった、ただ一人の女が描かれたその絵、言葉にすればなんて事はねぇ。

 

 

ただ、同じベッドで目覚めた女が、シーツを身体に巻いたままこちらに振り返っている、それだけの絵。

 

 

 だけど見るだけで分かった、この画家は心底この女の事が好きだったんだ、その絵は、今の俺の知識や経験でもうまく説明出来るか分からないが、女の事を心底愛している事が伝わる絵だったんだ、女を見た人間が皆愛していると感じさせる様な絵でもない、女の事を美しいと感じる様に美化して描かれた絵でも無い、ただ女の事を愛おしいと思う気持ちを一心に込めて描かれて、それがずっと後、何世紀も後に見た俺にちゃんと伝わったんだから。

 

 

これが俺の初恋だった、俺はその日から芸術ってものの女神に心底恋してしまったんだ。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

それ以来だな、正確に俺があのクソ一族からイカレてると言われる様になったのは、

 

 

 

ただただ絵を描き続けた、最初はクレヨン、その次は鉛筆でその次は手当たり次第にあの日見た絵を再現できる様な、まぁ、恥ずかしい話、真似で良かった、兎も角あんなにもすごいもの見たことが無かった、何時も身の周りにあるのはどうしようもない腐った大人とただただ謝り続けるどこかの誰か、金なんかどうでも良い、そんなもの、あんな風に俺を揺らしちゃくれないんだ。

 

 

ひたすら書いた、指が腫れようが親父に殴られお袋が泣こうが関係なかった、兎も角書いて、書いて書いて書いて、気づいた。

 

 

こんなもの、ぜんぜんあの絵に近づけちゃいない。

 

 

 俺は怒りを描きたかった、ずっと、ずっとずっと腹が立ってしょうがなかった、教会に礼拝に行ってその時は人類が平等だのなんだのって説教に鱈腹金を払っておきながら家に帰ればどうだ、同じ人間を、屋敷に勤めてくれてる使用人の事すらゴミと、平気な顔で罵倒してのける。

 

 

ダメだ、こんなのじゃダメなんだ、この世界は腐ったもので満ち溢れていて、俺の絵はそれをちっとも表現出来ちゃいないんだ、どうしたらいいんだ、どうすれば描けるんだ。

 

 

俺はあの時、嘘偽りなく死にたかった、両親たちと同じ様なクズになるぐらいなら死んだ方がましだと、本気で思ってた、絵が描けなければ俺は人生に飲み込まれちまう。

 

 

 

 そうしてどん詰まりの生き方をしてた時、お袋が一人の男を連れて来たんだ、孔雀に似た獣人の青年、どうせ下らない付き合いだの金稼ぎの為のゴマすりの一環でどこかの貴族の三男をウチに泊める事になったんだとか言ってた。

 

 

 

兎も角、これが転機だった。

 

 

 

 ソイツが家に来る事は知ってたが、その時俺は殆どイカレとして幽閉同然に部屋に閉じ込められていて、それが無いと暴れるからと与えられたクレヨンと画用紙で必死に絵を描いていた。

 

いや、ホントに当時はイカレてた、自分のクソで絵を描いた事があると言ったらどんな人間もヒクだろう、引かなかったのは彼女だけだ。

 

 

そんなもんだから部屋の鍵が開こうがどうでも良かった、必死に書いて、書いて書いて書いて、そうするといつの間にかそいつが俺の絵を除き込む様に隣に座り込んでたんだ。

 

美しい瞳を連想させるド派手な尾羽に高そうなスーツ、深々とした深海色の瞳。ツヤツヤとよおく手入れされた嘴。

 

振り向いた俺にそいつはただ一言

 

「凄まじい怒りだ、何にそんなに怒りを感じてるんだい?」

 

 

 

 

 

そう言ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 あいつは今どんなところに居るんだろう、分からない、でもきっと幸せな所なんだろう。

 

 そうあって欲しいと思う、あれが俺って人生の致命傷だった。

 

 

 描いたものが、それに込めたものが通じた、こんなに幸福な事は無い、普通の人生なんか知らないさ、それでも、こうと決めて、そうと必死に生きて、そんな人生の中で通じるものが有ったんだ、俺の怒りを言葉にしなくても誰かが理解してくれたんだ。

 

 

「なんで?」

 

どういったかなんて正確な所は覚えてないさ、それでも茫然とそんな様な事を聞いて、聞く頃には俺は涙を流していた。

 

 

通じた、通じた!

 

 

 

 

必死に色んな事をソイツに縋り付いてわめいた。

 

 

これじゃダメな事、幾ら沢山絵を描いてもちっとも良いものが描けない事、どうしたら良い、どうしたら良いの!?分からない、でも描きたい、そうじゃなきゃ、それが出来なきゃ私が壊れる。

 

 

 ただただソイツは俺を柔らかに受け止めて、ソイツのスーツと羽毛からは何か、柔らかな甘い香りと少しトゲトゲした果物の青々しい香りがして、そのまま俺は気を失った。

 

 

 

 

 

 酷く汚い床の上、膝を突いて倒れ込んだ俺を抱きしめたまま、目覚めた俺にソイツは言ったんだ。

 

 

「絵の描き方を教えるから、少しだけ君の両親に合わせて、耐えてくれないか?」

 

 

って。

 

 

俺は昔に見た美術館の絵を、ここがこうで、こんな風で、みたいに必死に説明して、そうするとソイツはこんな絵だろう?と答えて、そうして俺は絵に対する情熱を隠す代わりに普通のふりをする契約をソイツと結んで、幾らかの苦労の末に幽閉されていた部屋から出たのだった。

 

 

ーーーーーー

 

 

 戦争がまた始まる、今から二つ前の戦争、それに今じゃ名前も上手く思い出せないソイツも徴兵されて、俺はまたこの守銭奴達の館で孤独になった。

 

絵の描き方は客人の、孔雀の鳥獣人のあの人に習った、だけれど、それでも何にも自分の心を揺らせる様なものは描けない、そのまま時間ばかりが過ぎてまた戦争が起きて。

 

また、無事で帰って来たら絵の描き方を教えてね?と、そう言おうとして涙が出てきて、玄関先で鼻まで垂らして大泣きしてしまう、怖かった、死なないで欲しかった、代わりに差し出せるなら右手でも左手でもこの何も生み出せない五指でも良い、なんだって差し出すから死んでほしくなかった。

 

 

何ヵ月だとかは覚えてない、おそらくだけれど半年位か?あの人はウチに住んでいて、そうなった理由は想像するだけで不愉快だから考えないとして、それでも一番便利な窓口であった母が夕食の時に何事も無かった様に言ったのだ。

 

 

「そういえばあの獣人、死んだらしいわよ、いやぁねぇそんな話わざわざお世話までしてあげたのに知らせて来るなんて」

 

 

 

俺と言うものの完成がその時訪れた、俺はそこから三日三晩寝ずに絵を描いた、状況に合わせた生き方はソイツが、彼が教えてくれた。ただ必要な全てを両親に求めて、その上で悲しみを描いた。

 

ただそれらしい生き方だとか、そんなものどうでも良かった、悲しかった、どうしてそんな風に平気で死ねるんだ、俺を一人ぼっちにできるんだ。

 

 

 

そうして半死半生で一つの絵を描き上げて、それをゴミの様に扱われて、俺は耐えきれず両親に直談判した。

 

 

 

「俺はお前らみたいな腐った生き方はごめんだ、画家になりたいんだ」

 

 

両親は何も言わなかった、ただ金庫から袋いっぱいの金を持ち出してこういった。

 

 

「そうか、ようやく自分で口にしたな」

 

 

俺は袋いっぱいの金を手にして家を追い出された、あの家の連中にとっては端金だったんだろう。

 

だけど、俺にとってはそれはチャンスだった。

 

 

 

ただただそれを受け取ってワクワクした気持ちのまま家を飛び出したんだ。

 

 

海を見に行きたかった、画家になるには見るべきだと思ったし、画家ってものが今まであこがれて来たそれだと、その時には知っていた。

 

 

 

 

クソの塊みたいな家から画材をかき集めて、それを革製の旅行鞄に詰め込んでキャンパスを小脇に家を出る、見送りの無い旅路もどうでも良かった。

 

これで俺はやっと自由になれるんだ、これからは画家として生きて死ねるんだ。

 

 

 

例えどこかでの垂れ死ぬ事になったってどうでも良い、生まれ育った家から胸を張ってただ歩みを進める。

 

 

やっと人生が俺のものになる、海を見に行こう、自分ってものの心やこうしたいって衝動に従って生きて行こう、これからはそうして生きて行こう。

 

 

俺は胸を張って家を出て、一度も振り返らなかった。

 

ーーーーー

 

生活は一切順調では無かったが、それでもあの家での時間に比べれば何もかもが幸福だった。

 

 緑の青さ、空気の生ぬるさ、構うものか、全てが新鮮で美しさを持って俺の五感を揺らす、袋の中の金は出来る限り使わない様に様々な仕事をした、宿屋の小間使いに街の掃除人、苦しさはどうでも良かった、絵を描ければそれ構わなかった。

 

 

描いて、描いて描いて。

 

 時たま誰とも知れぬヤツがどうのこうのと理屈をこねて俺の書いた絵を買って行く。

 

 

 

好きにしてくれ、どうでも良い、絵を描きながら死ねたならきっと両親が献金の為に通っていた教会の、その大層高いところに飾られていたステンドグラスの神様も俺の絵に感心してくれるだろう。

 

 

クソッタレ。

 

 

どれぐらいそうしてその日暮らしの生活を続けて居ただろう?

 

 

鳥獣人のあの人が死んだ戦争の後しばらくの平和が続いて、世間も平気な顔して何事も無かった様な顔をし始めてた頃。

 

 俺は転々と海の近くで生活の拠点を変え続ける中で、彼女と出会った。

 

 

どうでも良い街だった、どこに行こうと構わない人生、それでも漠然とした海への憧れがあって海沿いから離れられない中、たまたま立ち寄った街で明日から仕事でも探そうかと入った酒場に君は居たんだ。

 

 

 

 なんて美しい人なんだろう、ただの給仕だった、ただの給仕の訳が訳が無い、君を一目見ただけで心の全てが一杯になった、俺ってものの全てが君で充満し、君への思いが溢れだして止まらない。

 

 

ただ一言、綺麗だ、と、話しかけるだけの為に何倍も酒を飲んで、ひたすらフラフラになって、フラついた俺を心配して彼女が近づいて、便所まで肩を貸そうとした彼女に俺は酒に任せて。

 

「君が好きだ、綺麗だ、絵のモデルになって欲しい、惚れてしまった」

 

 

と、そう言った。

 

 

 

 

 

朝、見覚えの無い場所で目覚めて。

 

 何にも覚えちゃいないと、そういえればいいのに全て覚えていた。

 

暖かなスープを持った君が部屋に現れて、頭が未だハッキリと定まらない俺はただ心底君の事を好きだと、酒の残った頭でまたそう思ったのを覚えている。

 

 

 

ーーーーーー

 

変な客だった、それだけ。

 

 悪いけど別になにも感動的な何かなんて無いわよ?

 

両親が死んでからずっと近所の酒屋に併設された酒場で働いて来て、お客さんに口説かれるなんて初めてじゃなかったけど、まぁ、確かに?ひどく疲れた顔で、おまけに女の子に口説かれるなんてのはこの時が初めてだったかもしれないわね?

 

 

 兎も角、女の子がゲロ吐いて汚い酒場の地面に倒れ込んで、どうしようかなって思ったのはホント。

 

このまま路上に蹴りだしてやろうか、それとも通報して後は軍人さんに任せてしまおうかって、でもね?眼かな?多分眼だろうなぁ、必死だったの。

 

縋り付くみたいに私の方を見て、それで。

 

 

…なんだろ、ふふふ、秘密。

 

 

ただね、つい家まで連れて帰ってた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 




次回 幕間【メリッサ・私が愛した画家】後
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