それから俺は彼女の家で暮らす様になった。
最初の何日かは体調が良くなるまで、それが言い訳として使えなくなったら彼女の絵を描きたいからそれが終わるまで、そうして何日も何日も彼女の家に居て、少しづつ俺達は愛し合う様になっていた。
運命の相手から離れるのが嫌だったから、だから最初は言い訳だったんだけれど絵を描いていたのは本当で、今までの全てを注ぎ込む様に俺は彼女をキャンバスに収めていく、美しい人、余りにも綺麗な人、俺の感じた全てを使いそこに彼女を描く。
季節はどんどんと変わっていく、夏が過ぎ秋が来る、冬の寒さにはただ二人で温めあって、ただただ流れ星の様に時間が過ぎ去って行って。
幸せだった、だけど、あの日々は本当に大切な話だからここでは話さない。
あの日々は一生俺達だけのものだ。
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その日だけのつもりだったのに画家さんは何時までもいつまでもウチに居続けた。
名前はメリッサ、可愛い金髪に何時も体中から香る絵を描くための沢山の何かの匂い、不愉快ではないそれらが段々と生活に馴染んで行って、毎日、ちょっとだけ幸福な気持ちになれる時間が増えて行く、今日はどんな料理を作ろうか、彼女は、メリッサはどんな絵を描いているだろうか、両親が死んでからただただ毎日生きて行くだけだった人生がどんどんキラキラする。
何をする訳でもない、毎日をただ絵を描いて過ごす彼に私は食事を作ってたまに絵のモデルになって。
そうして、幸福な三年が過ぎて行った。
冬の初めの頃だったと思う、ある日軍服を着た連中が街の公民館を借りて住民達の魔法適正を測るのだと言い出した。
また戦争が始まるのか、皆嫌気がさしていたけどしようがない、同盟国との複雑な力関係はこの国を否が応でも戦争に巻き込み、この国の場所のせいで北の同盟国と完全に関わりを断つわけにもいかない、酒場に来るオジサン達の受け売りだけど、それでも酒場の皆の顔を見ればまた何か大きな影みたいなものが覆ってきているのが分かる。
戦争、戦争は嫌だ、私の両親をどこかに連れて行ったそれがまた訪れる。
別に何か難しい事を考えていた訳では無い、ただ検査を受けに行って、魔法の才能があるのだと分かって、一番最初に思い描いたのは彼女の事だった。
彼女じゃなくて良かった、戦争は辛いし、戦場ではきっとメリッサが絵を描く時間が無いだろうから、だから、才能があったのがメリッサじゃなくて良かった。
おめでとうございます、と検査を担当した白衣を着た軍人さんが淡々と口にして、私はそれにただぼーっとしながら、ありがとうございます?と、曖昧にそう答える。
茫然したまま家に帰る。
「ただいまー」
家に帰って、メリッサの為に料理を作る。
彼女は絵を描くのに集中すると一日中何も食べない事もあるから、ムリにでも何かを食べさせないといけない、話を聞くに三日三晩絵を描き続けた事もあるらしくて、その時は心配で彼女の頬を抓ってしまったぐらい、胸の中の、良く分からない場所が痛んだ。
メニューはどうしよう?お店で作るのとはまた違う、簡単なパスタとサラダ、それから少しだけ手の込んだスープと?それ位でいいか、皿洗いはいつもメリッサの仕事だ。
なんと無く茫然としたまま、たまたま漁港で手に入った大きなアサリとお店で出た鶏肉の端材を使ったスープを作り上げていく、我ながら財布に優しくて美味しいものが出来た、メリッサはなんて言うだろう、喜んでくれるだろうか?自家製のドレッシングをしゃかしゃかと振りながらアトリエ代わりにしている父の書斎だった部屋に彼女を呼びに行く。
ビックリさせようと途中から音を立てない様に歩いて、そーっとそーっと歩いていったら。
私がそこにいた。
別に美化して描かれているのかと言われたら分からない、自分の容姿なんて客観的に言い表せる人間がどれだけいるのよ?
ただ、分からないけど、すごく、すごく優しい絵だった、誰かを好きだって気持ちが一心に込められたすごく綺麗な絵、何時もシーツを被せてメリッサが隠していたそれが目の前にあって。
「愛してる、メリッサ」
駆け寄るようにして後ろから彼女を抱きしめた、両親が死んでから、人生がずっと真っ暗な気がしてた、それが彼女が現れてから一変してどんどんと彼女の筆に合わせて色づいていく、生きてる、今日も生きてる、明日はこんな事がしたい、今は無理でも何時かこんな事をメリッサとしたい。
そんな気持ちが溢れて、彼女が現れてから人生の時間ってものがちゃんと連続していって、その全てを込めてただ必死に彼女を抱きしめて。
「…危ないだろ?」
「ごめんね?でも、凄く……凄く綺麗な絵で、私」
愛してる、もう一度言葉にした後、私は恐る恐る彼女にキスをして、そこからは、その、あんまり人に話せる様な話では無いかも。
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戦争が始まった。
メリッサはいつも通りの顔で過ごして居るが、時折絵を描く手も止めてどこか遠くに意識を飛ばしている。
酒場に関しても戦争が始まってからはどうにも売り上げが伸びない、皆が戦争と貧乏を記憶していて、お酒を飲むにしても酒場より酒屋の売り上げばかりだ伸びて行く、お墓に備えるもの、戦死した誰かを思ってただひたすらに自室で呑み続けるもの、そんな意図でばかり売り上げが伸びていってただただ街からは笑顔が消えて行った。
どうしようか、思い悩むのは何時も私にあると言う魔法の才能と戦争の事だった。
真っ暗な世界の中、メリッサだけだ何時もと変わらぬ様子で絵を描いていて、それでもそんな彼女すら戦争は何かの影を心に落としていて。
ただ過ぎ去るのを待つ様なものなのだろうか?嵐や、冬の寒さの様にただ耐えて、戦争が終わるのを待ち続ける、それで良いのだろうか?
私にはメリッサとしたい沢山の事がある、だけれど、もし戦争が両親の様にメリッサを奪い去って行ったら。
二人でベッドに横になり、私だけが夜明け近くまでただ不安にまんじりともせず耐えている。
決定的な出来事があった。
ある日、鳥獣人の夫婦がうちを訪ねて来たのだ、軽快な黄緑色の羽に小さな嘴、夫婦二人とも小柄なその夫婦は夫が戦争に行くからその前に二人で描かれた絵を描いて欲しいのだと、メリッサに依頼しに来た。
彼女は少しだけ辛そうな顔をした後、いいですよと、そういって夫婦を描いていたのだが、その日から彼女は毎晩酷くうなされる様になった。
酷く汗をかきながら時折誰かの名前を呼んでいて、私が手を繋ぎ抱きしめるとそれでやっと落ち着いて眠る。
そうか、メリッサもまた誰かを戦争に連れていかれたのだ、彼女もまた私と同じように、ともすれば私よりずっと強く戦争に何かを奪われて傷を負ったのだ。
そんな日々が一か月程続き、夫婦の絵を描き上げ、それでも彼女の悪夢が止まらなくて。
そうして、私は戦争に行くことを決意したのだった。
「私、この港町が大好きなの、貴女も小さかっただろうけど、前の戦争の時を覚えているでしょう?この町がまた戦争でめちゃくちゃになるなんて絶対に許せない。魔法の才能があるんだって、私。故郷のために戦いたいのよ。大丈夫、絶対帰ってくるから、そうしたら二人で家を買いましょう?海の見える場所で暖炉の上には貴女の書いた絵を飾るの、そうして貴女は一日中絵を書いていて、私はきっと戻ってくる頃には沢山恩給が出るだろうから貴女の絵のモデルになったり、貴女の為に料理を作ったりして一日を過ごすの」
嘘ばかりの言葉に彼女はただ、難しい顔で頷いて、そうして私が戦争に行くための手続きがどんどんと進んでいく。
嘘だよ、本当は貴女の為に行くんだよ、身勝手でごめんね、でも貴女のせいじゃないし、貴女のせいだと悩んで欲しくも無いんだ、だから、こんな嘘をつくんだよ。
この国がどうなったって構わない、この街が無くなったってどうでも良い、ただ、私が生きて帰ってこれたらきっと貴女は二度と悪夢にうなされる事も無くなるだろうから、だから行くんだよ。
本当は彼女のそばで一緒にただ戦争と寒さと貧乏に耐えたらいいんだろうけど、その勇気が無い私を彼女は、メリッサは許してくれるだろうか?
彼女は私が戦争に行くと言った日からずっと絵を描いていて、私はただ彼女の為に沢山の料理を作って。
最後の日、私は酷く悲しそうな彼女に海から帰る、と、だから海で待ってて、とそう言って駅に向かって。
そうして、私はメリッサから遠い北の戦場で死のうとしている。
砲弾に詰められた破片が私の身体をぐちゃぐちゃにして、私はただゴツゴツとした山の岩肌に横たわって、寒い、寒い寒い寒い。
どうしてこんな所に私は居るんだろう、私が死んだら彼女はどんな顔をして泣くんだろう、どうしてこんな事をしているんだろう、彼女の手にもう一度触れたい、彼女の体温をもう一度感じたい、彼女の笑顔に彼女唇の柔らかさ、彼女の声をもう一度聞きたい。
嫌だ、死にたくない、どうしよう、どうしたら良いんだろう、もう彼女に会えないの?嫌だ、嫌だそんなの嫌だ。
会いたい、会いたいよ、メリッサ。
貴女が居てくれるだけで私は、
私は!
あぁぁ…………
……………
ーーーーーーー
ある日、仏頂面の軍人が手紙を届けに来て、俺がこの家の住人の恋人だと言ったら酷く怪訝な顔で、それでも俺の目の前でその手紙を読み上げて。
それ以来、この街の多くの連中と同じ様に酒が手放せなくなった。
クソッタレの軍人が言う事なんて信じない、どうせ連中は俺達の事なんて考えずに好き勝手国の為にと言ってのけるのだ、俺は信じない、絶対に信じない。
彼女は海から帰るといった、それなら俺は海で待ってればいいだけだ。
何年、何十年かかろうが彼女は絶対に帰って来るんだ。
ただただ酒を飲んで彼女を待つ、何か絵を描ける様に、遠くから見た彼女がすぐに俺と分かるように絵を描く準備をして彼女を待つ、何も書けないまま彼女待つ、ずっと彼女を待つ。
それからずっと時間が経って、彼女がいなくなってから俺は一枚も絵を描けないままで、酒を止められないまま俺は彼女を待ち続けていた。
マダムの友人達の紹介で新たな同居人が増える、小柄でふわふわとした髪で綺麗なオデコの不思議な女、マダムの護衛だと言う、ケニーの監視だとも言う、敵が来るのだと彼女が言ってのける。
戦争は終わったと皆が歌う、なのにこんなにも沢山の人達が戦争に取り残されている。
春が来る、ケニーはもう、戦いたくない。
次回、新章【亡霊と帰還兵】