老獣人と帰還兵   作:来海杏

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亡霊と帰還兵


 街中をケニーはひたすらに駆ける、腕の中の画家、メリッサの命がもう無いのは分かっていた、魔法を発動させたまま走っている、その魔法が感知している。

 

これはもう死体だ、頭の中から声がする、分かっている、だけれど従いたく無い。

 

 

 

命の奪い方を零から習ったのだ、命が無い事は理解出来る、だけれど。

 

だけれど。

 

 

ゼーハーと呼吸が荒れる、魔法の域を超えて身体が悲鳴を上げる、それでもケニーは足を止めなかった。

 

 

 死なないで欲しい、まだ絵を習ってる途中なのだ、死なないで欲しい、死んで良い人間じゃあ無いのだ。

 

 

ケニーはただ走る、必死に駆ける、どこに行けばいい、交番か、どこに行けば魔法使いや医者が居る、今まで覚えた全てが彼女が死んで居るとケニーに告げている、魔法を通して得た情報の全てがコイツを捨ててマダムの警護に行くべきだと告げている。

 

 

ケニーは全てを無視した。

 

 

 

 

 交番に駆け込み医者を呼んでくれとケニーは頼む、そうして医者が来て、そこに至るまで必死にケニーはそうと習った蘇生法を全て試して。

 

ただ、訪れた医者は淡々と画家の身体を見て、特に焦りもせずどこかへ引き取るだけで、事情を聴かれ必死に説明するうちケニーは気付けば拘束され、留置場へ入る事となったのであった。

 

 

 

 

 ただ一本電話をマダムにケニーは掛けた、焦った様子のマダムにただケニーは知りえた状況を説明する、軍隊時代の仲間が会いに来た事、マダムの話をした時あからさまに異常な反応を返した事、撃ち合いになり殺してしまった事。

 

 

兎も角逃げてくださいと懇願する、画家の生死はどうだろう、マダムに電話している時、特にケニーは気にはしていなかった、ただただ必死にマダムに安全な場所に逃げる様に伝え、不安なまま留置場で横になる。

 

マダムはただ必死に説明するケニーに、分かった、大丈夫よこっちは心配しないでと言って、そうして電話を切って、そこでやっとケニーは画家の事に思考割く余裕が出て来て、身体が震えを感じ出すのを感じる。

 

震えが止まらない、思考を落ち着けなければならない、だがどうやって?こんな状況での対処法は習わなかった、心を乱したものは孤児院から消えて行って、戦場なら死んだ。

 

 

兎も角今はマダムの安全が第一だ。

 

 

 逃げ出してしまおうか、どうしようか、簡単に逃げ出すことが出来るだろう、だけれどきっとここから逃げ出しても迷惑をかけるだけだ、誰に?いままで関わって来た全ての人達に、だろう。

 

 

落ち着かない思考に、今まで少しづつ得て来た何か、震えも止まらないがそれでもケニーが決断を下すより早く、月に一度会いに来る鬼人種の男がケニーを迎えに来た。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 幾つか話をしただけでケニーは解放され、高級そうな以前見た車に乗せられる、車内ではケニーを挟む様に鬼人種の男と小柄な女が座り、特に合図も無く運転手は車を発進させた。

 

 

走りだした車内で沈黙が続く、誰一人何も話さなかったがケニーは耐えきれず聞いた。

 

 

「あの人は、メリッサさんはどうなりましたか?」

 

 

分かっている事を聞いた、分かっている事をそれでも聞きたかった。

 

 

 

 分かっているだろう、ただ男は一言そう言って、それ以上ケニーは聞かなかった。

 

 

 

 屋敷への道を車が走って、坂を上りきった所で見慣れた屋敷が見えて来て、マダムが心配そうに玄関に立って居るのが見える。

 

どうして逃げて居ないのだ、誰かが、何かが確実に起きている、ケニーには予測しきれない状況が始まっているのだ。

 

 

どうしてまだ逃げて居ないのか、早くマダムを連れて逃げてください。

 

 

 鬼人種の男はただ鬱陶しそうにこちらを見て、お前には分からない理由があるのだ、と、それだけ言って車を降りて屋敷に入る様に促した。

 

 

 

車を降り、マダムに逃げる様に促すより早くマダムから強く抱きしめられる。

 

なんて弱い力なのだ、何時もなら感じる言葉に出来ない居心地の悪さの様なそれよりも、そんな言葉が思い浮かぶ。

 

 

 

 居心地の悪さは無い、胸に湧き上がるのは恐怖だ。

 

 こんなにも脆い人が死んでしまったなら、銃や魔法や、それよりもっと多種多様な暴力に狙われてしまったなら。

 

 

 

 逃げなければ。

 

 

 ケニーは死に怯えた事は無い、だから戦場で生き残れた、だけれどそれは今までこの街で知った沢山の事を知らなかったからだ、今はもう違う。

 

 

マダムの料理が美味しいと言う事、アンナの笑い声で胸に湧き上がる暖かさの事、ジャガイモの成長の楽しみな事、料理の楽しみ方、四季の移り変わりの胸を揺らす美しさ、絵の描き方。

 

 

マダムはただ、お腹が空いたでしょう?と、ケニーを何時も通りの様子で食卓に座るように促すのだった。

 

 

ハンバーグなんだけどね?冷めてしまったから煮込みハンバーグにしちゃったわ、今温め直すから少しだけ待っていてね。

 

 

 そう言ってキッチンに行こうとするマダムをケニーは引き留めて逃げましょうと、そう言う、得た情報からそうと習った様に思考をまとめて行く。

 

軍隊時代の仲間に会った事、どう考えても偶然では無い事、その態度に確かな訓練の跡がみられ、誰か確りとした後ろ楯のある者が訓練を施したのは間違いないであろう事、マダムの話を聞いた時反応を返した事、恐らくそれなりの組織に貴女が狙われている事。

 

 

 

 逃げましょう、再度そう言ったケニーにマダムはただ柔らかに微笑んで。

 

 

 

「話は食事を食べ終わってからにしましょ、ケニー、あなた身体が冷え切ってるわよ?お腹も空いているでしょう?そんな時に難しい事なんて考えられないわ」

 

 

ただ、そう言った。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 何時もの様にテーブルで、止まらない震えに耐えながらケニーはマダムを待っている、そうすると帰ったと思っていた鬼人種の男が小柄な女を引き連れて家の中に入って来て、マダムはどこだ、と聞いた。

 

ケニーがマダムはキッチンに居ると言えば男だけがそのままキッチンに向かい、女はただケニーと男の間に立ちふさがる様に此方を睨む。

 

 

 

 マダムは男を友人だと言った、ならば何か間違いがあるとは思えない、だがケニーはそれを判断できる状況には無い。

 

ケニーはそうと習った様に全身に魔法を発動し、そうと習い、そうと期待された戦闘の為の全てを発揮するのに十分な準備を整え椅子から立ち上がる。

 

 

「何か?」

 

ただそう問いかける女にケニーは何も答えない、どうとでも殺せる、だけれど殺したくない、どうする、そう考えているとケニーの魔法で強化された聴力がきしきしとした異音を女の身体から聞き取る。

 

 

「…機械化兵か」

 

 

 小さく呟いたケニーの言葉に女が不愉快そうに片眉を吊り上げ、眉間に深々と皺が現れる。

 

戦場で何度か出会った事がある連中、身体に機械を埋め込んで魔法で強化するのと同等の性能を発揮する技術、戦争は終わった、なのにまたこんな連中がいる、マダムの命を狙っている。

 

 

「獣の分際で人の事を機械呼ばわりか?魔獣野郎、誰が味方かも判断がつかないのは洗脳教育の弊害だな、流石連合の実験動物だ」

 

 

馬鹿にした調子で女がそんな事を言う、ケニーは獣では無い、ケニーには心があるのだ。

 

 

「そこを退いてくれ、もう誰も殺したく無いんだ。北の山脈でお前等は散々相手にしてきた、機械化兵だろうと殺せるんだ、退いてくれ」

 

「牧場じゃあ喧嘩の売り方を習わなかったらしいな、やってみろ獣野郎」

 

 

ケニーの耳が女の身体から鳴る音がきしきしとしたものからぎゅるぎゅるとした、魔法を抜きにしても聞き取れる音に変わって行く。

 

 

誰も殺したくない、だけれど、獣呼ばわりは酷くケニーの神経を逆立てた。

 

 

 

 

「はーい、お待たせ、煮込みハンバーグ出来たわよー?」

 

 

 

キッチンからマダムと男が出て来る、マダムがハンバーグの入った大皿とパンの入ったバスケットを、男が大皿に入ったサラダを持ってきて。

 

 

女とケニーはどちらからとも無く席に着いたのだった。

 

 

 

 ケニーが言っていた鬼人種の男は死体すら見付からなかった事、画家の女は助からなかった事。

 

食卓に着くと男がそんな事を話す、それを聞いてケニーはただ小さく、ボクシや、戦場で聞いた遠い何処かを思う、彼女はそこに行けただろうか、行くために手伝える事があるのなら手伝いたい。

 

男の話が続く。

 

 

 ずっとマダムには監視と護衛がついているのだと言う、ケニーが訪れるずっと前からそうで、ケニーの事も使用人として働きだしてからは監視していたと。

 

 

 ケニーとしては特に不愉快も無い、監視が付いていた事には多少驚いたが、それもどうでも良かった。

 

 それならば、どうしてメリッサの事を止めてくれなかったのか、メリッサが、画家があの場所に来る事の無いよう手を講じる事は出来なかったのか、ケニーには怒りが良く分からない、心と言うものもまだ良く分かっていない、だけれど、悲しさと言うものは今は良く分かる。

 

 

それに男は淡々と答える、過去、最盛期であれば充分な人員が居りこの様な状況に至る前に対応出来ただろう事、今は最盛期の十分の一も居ない事、そんな事を告げた後、それでも、と言葉を区切り。

 

 

申し訳なかった、と、小さく頭を下げるのであった。

 

 

 謝られたならばケニーには何も言えない、答え方が分からない、分からないままケニーは黙り込み、ケニーが黙り込むのに合わせて男は話を続けた。

 

「お代わり」

 

「はーい、用意するから少しだけ待ってて、貴女、沢山食べてくれて嬉しいわぁ」

 

 

じっとりと男が女を見て、女は何だよ、しょうがないだろ燃費が悪いんだよこの身体、そう言って不貞腐れた様子でまたパンとハンバーグを食べだす。

 

 

「皆もほら、折角こんなに沢山の人がいるんだから先ずは食事を楽しみましょ?」

 

 

マダムのそんな言葉に、今度こそ全員で食事を食べ始める。

 

 

 

 食べ続ける内、どうしても遠い所にいる画家の事がケニーの頭から離れない。

 

 

死んで欲しく無かった、だけれど、そう思う度にケニーは今まで殺してきた多くの人間の事も少しだけ頭をよぎる。

 

死んで欲しくない人間と、死のうと構わない人間の違いはなんなのだろうか?

 

ケニーは間違いなく後者である、ケニーの命に価値は無い、そうと習ってここまで生きて来た、だけれど何度もマダムやアンナと話す内、ケニーが死んだ時、彼女達が涙を流す姿が思い浮かぶようになった。

 

 

ぐるぐると頭を回る思考に合わせて食事の手が止まる。

 

 

 

兎も角食べないと、震えは止まった、だけれど今度は少しだけ吐き気がして、ゆっくりとケニーは食事を飲み込むのだった。

 

 

 

 

 女の名前はキエラと言うらしい、吐き気に耐えながら話を聞く、彼女を護衛として館に住まわせるとマダムに言い、ケニーに対してもあまり出歩くことの無い様にと男が言う、それに曖昧にケニーが頷いて、男はたっぷりと食事を食べ終わってからケニーを見て、何か言いたそうな表情で帰って行く。

 

 

男を見送った後、マダムは何時もの様子で食事の片付けをしながらケニーにキエラを案内する様に申し付けた、それに従いケニーは館を案内して、ここを使ってくれと言われた、二階にあるケニーの向かいの部屋へとキエラを連れて行く、キエラは食事の後もあってか酷く機嫌のいい様子で部屋の中を見回して、ベッドに飛び込んだ後、もぞもぞとブーツを脱いで放り投げる。

 

 

 これにはたまらずケニーが声を掛けた。

 

 

「部屋は綺麗に使ってくれ」

 

「あーん?ウルセぇなぁ、眠いんだよ後にしてくれ、それに気になるんだったらお前が掃除すりゃあいいだろ?使用人なんだからよぉ、アタシは護衛、アンタは使用人、お互い必要な仕事をしようぜ?」

 

 

 

そう言ってまた、もぞもぞと動き出してベッドの中に潜り込みキエラはケニーに背中を向ける、取り合えずこの家のルールについて説明しておかなければ、そうして使用人として働きだした初日に聞いたルールを説明しようとしたケニーにシャツやスーツの上下、下着を投げつけ、洗っておいてくれ、一言そう言って、ケニーが反応するより早くキエラはスースーと寝息を立てる。

 

 

 

魔法で強化し確認するとキエラの寝息が本当に眠ったものだと分かり、ケニーは少し驚いた、同じ部隊にはこうも寝付きの良い人間は居なかったが、教官には寝れる時に寝る様にと何度も言い聞かされていて、中にはこう言う人間がいるのだと習ったから。

 

 

 何とも言いづらい妙な感動を感じて、ともあれキエラの言う様に確かにケニーは使用人だ、話した道理におかしな所は無い、そう考えケニーは使用人としての仕事を果たすべくキエラの服をまとめ、一階へと持っていく。

 

 

 

 

 

 一階、階段を降りた所で、丁度キッチンからマダムが出て来て、ケニーが手に持ったキエラの下着に見た事の無い表情をする、この頃にはマダムの表情がケニーにもかなり判断出来る様になって居たので、マダムのその見た事の無い表情にケニーは少しだけ、居心地の悪さを久しぶりに感じる。

 

 

「着替えが無い様で、用意しておかねばならないかもしれません」

 

 

「分かったわ、ありがとうケニー」

 

 

マダムはそう答えるとケニーの手からキエラの、軍隊時代からそのままであろう女性用の下着の上下とスーツを受け取り、次からは本人に持ってこさせないとダメよ?ケニー。

 

そう言って兎も角今日は眠る様に、ケニーに言うのであった。

 

 

 




次回

二人で庭仕事をする、三人で食卓を囲む。

死を悼む為に人は葬儀をする、メリッサを悼む人はいるのだろうか?

寒さがどんどんと厳しくなる中、ケニーは死を思う。
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