戦争を始めよう、その為にはあの子を手に入れたい、嫌、そうじゃなきゃ嫌なのだ。
だけどどうしよう、逆らったら?あの子は長く部隊から離れすぎた。
K2、手を噛んだ犬は殺処分しないといけなくなっちゃうのよ?
翌日、何時もの様にケニーが朝目覚めるとベッドサイドに置かれた椅子にキエラが座ってケニーを見ていた。
何を見ている、問いかけたケニーに対して楽しそうにキエラはただ、どう殺そうかって考えてただけさ、と答えて何が楽しいのかケタケタと笑うのである。
ケニーの私物であるツナギ服を着てそんな事を言う、そうだ、ケニーの服だ、そのツナギは。
「それは俺の服の筈だが」
「アタシだって嫌だけどよぉ、しょうがねぇだろぉ?全裸で降りてったらあの人が妙に迫力のある感じでヒラヒラした服着せようとしてくんだからよぉ」
なるほどそれは困るだろう、キエラからはまだ戦場の匂いがする、ともすれば彼女の感じている事を、同じで無くともケニーにも理解出来る気がした。
だが、それはそれだ。
「脱げ、服なら予備がある、それを貸してやる」
戦場で使っていたものだ、キエラも愉快では無いだろう。
「別に個人的にはこれで良いんだけど」
「戦場で使っていたものだ、愉快では無いだろう、気にならないなら任せるが」
その言葉にキエラは顔をしかめて、いそいそと服を脱ぎだす、別段ケニーも慌てはしない、戦場では性別より先に生死があった、自身を殺そうとして来る人間に男女の別は無い。
服を脱ぎ全裸をになったキエラに背を向け、苔緑の背嚢から服をスラックスとインナー、白のシャツを取り出し投げる様にしてキエラに渡した。
兎も角、朝の作業は三十分程で終わるし、その後は朝食を食べた後に庭仕事がある、一度ついた土の汚れは中々落ちない、出来れば庭仕事はスラックスではやりたくない。
キエラが着替える、着替える内にどうしてもサイズの違いでもたつくが、それを何も言わずケニーは手伝った、何か意図する事があった訳では無い、ケニーには記憶にも無いほど昔妹が居た、その時の肉体の記憶が折々で残り続け、今にも同じように表出しただけだ。
ケニーのシャツが大きく、ボタンも開けないまま着ようとした結果キエラがシャツの中でうごうごと藻掻く、それをケニーが手伝う。
「あの女、大事な人だったのか?」
シャツの中から声がして、ケニーは最初誰が何の話をしているのか分からなかった、あの女、メリッサの事、ようやく思考が追い付くとそれに合わせてキエラがシャツから顔を出し、シャツの袖を捲くる。
何と答えたら良いのか、大事な人、少しニュアンスが違うのかもしれない。
「絵を、絵を習っていたんだ、」
その答えにスラックスを履く手を止めてキエラが此方を見る。
「絵を、お前が?」
酷く愉快そうにもう一度キエラが笑う、そんなにおかしな事だろうか?疑問が顔に出たケニーにキエラが言う。
「報告書呼んだぜ?魔獣の失敗作、お前、記録に残ってるだけでも相当殺してるじゃねぇか」
殺した、数えては居ないし全てを覚えている訳でも無い、だけれどそうだ、殺した。
「あぁ、おかしいだろうか?」
ケニーの問いかけにキエラが黙り込む、何度か口を開こうとしてまた閉じて、そうして幾らか繰り返した後、ただ一言。
「…可笑しくない、多分」
不機嫌そうにそう言って、服装を整え一回に降りたのだった。
ーーーーーー
何時もの様にマダムと約束した仕事をして三人で食事をとる、簡単なサンドイッチに目玉焼き、何か、ケニーには分からない生き物のチーズをたっぷりと掛けたベーコン。
何時もの様に席に着き、何時もの様に食事をする、何時もの様に美味しそうな食事、しかし、どうにも少し吐き気がして食事を進める手が遅い。
「どうかした?ケニー」
何と言おうか、マダムの問い掛けに言葉が詰まる、どういえば伝わるのか、何と言えば分かって貰えるのか、ケニーには分からない、これが心であると言うのなら。
酷く、心が重たい。
「今まで、多くの人を殺してきました、それはどうしようも無い事なのだと、決まってしまった事なのだと考えています…受け入れるしかない、しかし、その為にはどうしたら良いのか分からない、どうした良いのか分からないんです」
マダムは黙ってケニーの言葉を待ち、キエラは不愉快そうにケニーを睨んでいる。
「メリッサが、その、昨日の戦闘に巻き込んでしまった女性の事が頭から離れないんです、今までこんな事は無かった、死んで良い人間と守るべき人間、死ぬべきじゃない人間だけを判断すれば良かった、だけれど、今はもうその違いが分からない、きっと、きっと今まで私が殺して来た人間も」
「うるせぇなぁ!!テメェはよぉ!!」
酷く激昂した様子でキエラが食卓に拳を叩き付ける、小さな拳がぎゅるぎゅると音を立て皿が宙に浮かび、サンドイッチが食卓に落ちた。
目の色が違う、此方を睨むキエラの瞳にケニーは思う、鳥の羽にも似た茶色が怒りに合わせて輝きを孕んだ空色になって居る、ケニーはそうと習った様に魔法を発動しマダムを庇う、全身に魔法が漲り戦闘に充分な能力を生み出す。
「朝っぱらからうじうじうじうじ!死ぬほど飯が不味くなんだよボケが!!」
怒鳴る前に口で言え、落ち着いた様子でそう返したケニーにキエラが更に怒りを漲らせた様子で言い返す。
「人が死んであーだこーだとそんな話朝から聞きたく無いんだよタコ!!」
「良いから落ち着け、普通の生活と言うものではそんな風に所構わず暴力を振り回してはいけないんだ」
「なんで上から語ってんだテメェはコラァ!!」
取り合えず席に着け、それから食卓に落ちたサンドイッチはお前が食え、ケニーがそう言い着席を促すと不服そうにキエラは着席し直す。
そうしてマダムの方を向いて謝罪しようとしたケニーは、マダムに突然声を掛けられ少しだけ驚いてしまう、こんなにも狂暴に二人が暴れたのにマダムは様子の変わらない様子でケニーに言ったのだ。
「お葬式をしましょう、ケニー」
ーーーーー
雑草を抜く
貴方が今までどんな人生を送って来て、それに後悔しているにしても結局それに向き合う方法は自分で見つけないといけないの、ケニー。
水を撒く
それを助けてくれるものは世の中に沢山ある、だけれど、結局、自分の中で答えを探すしかないのよ、その為に先ず、お葬式をして、ちゃあんとそのメリッサさんを見送ってあげましょ。
虫を取り、薬を撒く
何故か分からないが朝食の後、私もやるとキエラが言い出し二人で畑仕事をしている、何か分からないがずっとキエラは不機嫌な様子で思い悩んでいて、それに声を掛けようにもケニーもまたマダムに言われた言葉が頭を廻っている。
葬儀、葬儀とは?聞いたことはある、見た事や関わった事は無い、孤児院では葬儀など無かった、ただ消えて行くだけだ、戦場ではどうだったか、死体は集められ焼かれる、北の山の中では死体を後方に運ぶ余裕も埋葬する余裕も無かった。
冬になれば地面は徹底的に硬くなり、墓穴を掘るのに必要な人員は塹壕を掘る為に使われる。
葬儀とは一体どんなものなのでしょうか?そう問いかけたケニーにただマダムは死者を悼む為のものだと答えた、一体死を悼むとはどんなものなのだろうか、どんな事なのだろうか、だけれど、それが画家が、メリッサが遠い所に行くに手伝いになるのならやるべきなのだろう。
冬がどんどんと深まって行く、この街の冬は北の戦場に比べたら暖かいが、それでもかなり冷える様になってきた、そんな寒い中でもキエラは悪戦苦闘する内に汗を掻いたのか、鬱陶しそうにシャツの袖で額の汗を拭く、ケニーの白いシャツに額の土埃と一緒に汗が吸い込まれて行った。
一日の仕事が終わる、そうしたらメリッサの家を訪ねよう、彼女が誰かと過ごして居る様子は無かったが葬儀をするのならきっと力を借りるべきだ、そもそもまだ、もしかしたらメリッサが死んだ事すら知らないのかもしれないのだ。
仕事を終え、道具を車庫に仕舞う、そのまま手早くシャワーを浴び、出かけようとしたケニーにキエラが声を掛けた。
「どこに行こうってんだ」
乱雑に服を脱ぎ、洗い物用の籠にキエラが服を放り込む、先ずは土汚れを手洗いで落とさないといけない、放り込まれた服をタオルで髪を拭きながらケニーが取り上げる。
「土で汚れた服は先ず手で洗え、その後洗濯しないと他の服も一緒に汚れてしまう」
「なッ、だからお前はなんでそう上から」
「それからお前の服は乾いてる、部屋にマダムが置いているから着替えはそれにしろ、この服はやるから小まめに洗濯する様に」
「アタシのお袋か!お前は!」
「意味が分からないな、洗っておくぞ」
キエラの服を別にまとめそれをケニーは持っていく、裏庭に盥が置いてある、そこでしばらく洗剤と一緒に漬け込んだ後、帰って来てから洗おう、そうして歩き出そうとしたケニーに全裸のキエラが立ちふさがる。
「そうじゃなくって、お前はこの状況でどこに行く気だ?」
新たに人員が増えた、キエラが専任の護衛だ、状況は芳しくないがほんの一時間程出掛ける分には問題が無いだろう、ありのまま伝えたケニーの胸をキエラが人差し指で突く。
「勝手な事をすんなよお前はよぉ、鬼のおっさんはハッキリ言わなかったからそう言う面ァしてんだろうがアタシの仕事にはアンタの監視も入ってんだ、どっかに勝手に行かれちゃあ困んだよ」
ハッキリと言う、正々堂々と宣言してキエラが語りだす。
マダムの事に関してはアタシは知らねぇ、それでもアタシやアンタみたいなヤツが周囲に置かれたからには誰かが狙ってるんだ、テメェは偶然ここに仕事貰ったとでも思ってんのか?偶然だとしたらアンタみたいな生まれのヤツに関してこうもハッキリ書類を集められる訳がねぇじゃねぇか。
しかも貰った情報の限りじゃあ今の所見えもしねぇ敵はアンタの古巣の魔獣連中だって話だ、なぁおい、面倒がすぎるんだよ。
「良いか?黙って大人しくしてろ、タコ」
「断る」
それとも、一緒に来るか?
ーーーーーー
監視は他にもついているだろう、ともすれば一時的な離脱なら問題は無い、一時間で良いんだ、死んだメリッサに誰か家族が居るのなら、彼女が死んだ事をせめて伝えたい。
ケニーのその言葉にキエラは酷く険しい顔をした後、シャワー浴びてからにしろよと、それだけ言って風呂場に消えて行く。
待つのは苦ではない、だけれど折角なら仕事は少しでも済ませておこう。
土に汚れた服を盥に漬け込みに行く途中、マダムに会い少しだけ出掛ける事を伝える、今日の晩御飯はなんでしょうか?そう問いかけたケニーにマダムは嬉しそうにロールキャベツとローストビーフだと答える、美味しそうだ、きっとキエラも喜ぶだろう。
服を漬け込み、キエラの着替えを置かなければ、また全裸で歩き回るときっとマダムも愉快では無いだろう、そうしてケニーが幾つかの仕事を済ませ、マダムに車を借りる旨を伝えると、丁度、シャワーからキエラが上がって来た所であった。
メリッサの家に向かう車中、キエラがケニーに問いかけた。
「絵なんか描いてどうするつもりだったんだ?」
運転中のケニーは視線を外さない様にしたまま答えた。
「絵を描きたかったんだ、薔薇や庭とマダムや、アンナ、その、この街に来てから知り合った女性の絵だ」
どれもこの街に来てから知った美しいものだ、自分よりも重要なものだ。
ケニーの言葉にキエラが答える、顔は見えないが恐らく酷く不機嫌に顔を顰めて居るだろう、そんな事が声だけでも分かった。
「絵なんか描いてどうにかなるつもりだったのか?アタシたちみたいなのは今まで散々殺しまくってきたんだろうが、それが絵の一枚や二枚描いただけでアンタが言う様な綺麗なものだとか重要なものに触れられる様になれると思ってんのか?」
慎重に言葉を選んでケニーは話す、キエラからは戦場の香りがする、きっとケニーもマダムと出会わなければ同じ様な香りを漂わせたまま生きていただろう。
「俺達はきっと死んだ人間や殺した人間の事を一生考え続けなければいけないんだろう、だけれど」
「俺達には心があるんだ」
「重くとも辛くとも、それもきっと心があるからなんだ」
少しずつでも生きて行くしかないんだとケニーは言う、答えはまだケニーにも分からないがそれでも探していくしかないのだと思う、なにせ。
「俺達が死んだ所で殺した人達の命と釣り合いが取れる筈が無いだろ?」
車内に沈黙が満ちる、フンと、キエラが鼻を鳴らし小さな声で言う。
「……思ってたより、アンタは怪物じゃないんだな」
と、それだけ言い目的地まで一言も、誰も話さなかった。
画家の家に着く、ケニーは全身に魔法を発動させて車を降りる。
周囲に人は居ない、ケニーの強化された聴覚はキエラの身体から鳴るぎゅるぎゅるとした音だけを拾っている。
「スラムじゃねぇかよ、こんな所に住んでたのか?アンタの絵の先生はよぉ」
音がする、メリッサの倉庫の中、誰かが居る。
「キエラ、誰かがいる」
マジかよ、そう言いながらキエラの身体から聞こえる音が高鳴る。
倉庫に近づき鍵を蹴りつける、そうして力任せに扉を引き上げると。
「綺麗な絵だね、K2、君が好きになるのも分かるよ、彼女は素晴らしい画家だった」
「…少佐殿、何故此処に居るんです」
孤児院の教官、魔法の才能を見出されてからの隊長、親代わりとも呼べる相手がそこに居た。
次回
頭の中の声が言う、指示に従え、国家の為に働け、そうと習った様にせよ。
もう一つの声が言う、誰も殺したくない、きっと今まで殺してきた人間にもケニーの様に涙を流す人間が居たのだと。
キエラが言う、信じると言う事、生きると言う事。
目を覚ませ、拳を握れ、鉄の拳が唸る。