中略
この条件とデータから私は提案する、もし人間が殺人への忌避感を完全に無くした条件で、充分な数を揃えて運用した場合、戦況に対して強固で確定的な影響を与える事が出来るのでないのであろうか。
また、この実験における安全装置として参加する人員全てが今次戦争において、確実に戦死する必要がある事を一面、社会学者として要望するものである。
「K2、君は絵画が好きになったのかい?」
キエラが全身からガンガンと音を立てて風の様に少佐に殴りかかる、それを少佐は振り返りもせず指先だけで壁に叩き付けた。
魔法と言うものは孤児院で才能を見出された頃からずっとケニー身近にあった、故に見逃す事は無い筈だった、しかし少佐は、教官は魔法の糸口すらケニーに分からせないままケニーの前に存在し続けて居る。
二度と現れない、死んだ筈のそれが目の前に現れた、ケニーは押し黙る他ない、そうと習った様に真っすぐに背筋は伸び只管に黙り込む、許可なく喋るなと、目の前の人物にそうと習った。
「K2、東方の絵師が描いた絵があってね?」
東方の連中は独特の宗教を信じていてね、死んだ人間は天国に行った後もう一度人間として生まれるらしい、そしてそのシステムを司る存在をホトケと呼ぶんだと。
少佐が指先を振る、そうするとその指の動きに合わせてめり込む程壁に押し付けられて居たキエラが今度は地面に叩き付けられる、対応すべきだ、助けるべきだ、そう考えてもそうと習った様にケニーは動けない、上官の指示無く勝手に動くなと、痛みと共に目の前の人物にそうと習った。
「その中の一枚に妻を亡くした男が描いた絵があるんだ、必死に祈る赤子をそのホトケが助ける姿が描かれた絵でね」
ゴリゴリと音を立ててキエラが無理やり立ち上がる、ケニーにも原理が分かって来た、戦地での経験が理解させた、少佐は魔法により空気を固めそれを使って抑えつけている。
原理としては原始的な魔道砲に使われている簡単なそれを単身で、補助的な道具も無く揮っているのだ。
出力が違う、孤児院で感じていた居心地の悪さに恐怖が重なりケニーの全身を覆った。
「…鬱陶しいな、なんだ?君は?」
キエラの全身を抑えつけて居た力が強まる、十字に貼り付けにする様に再度キエラを壁に叩き付け少佐はつかつかとキエラに近づいていく、何者だ?君は、その音、北の機械化兵だろ?覚えが無いがどこかで恨みでも買っただろうか?
その問いに血を吐く様な声でキエラが答えた、喉か身体の何処かがやられたのだろうか、声には湿気た音が混じり、瞳だけがその全身の傷と相反してギラギラと空色に怒りが混ざり輝いていた。
「…恨みはある、だけど仕事だテロリストがッ」
テロリスト、テロリスト?ケニーの知る限り少佐は熱心で愛国心に溢れた軍人であった、それをテロリストと呼ぶ理由は一体?
ケニーの身体は動かない、動けない、そうと習ったから身体は動かせない。
ふっ、ふふふ、ははは、ハハハハハッ!!
少佐が大声で笑い始める、こんなにも大声で笑う少佐をケニーは見た事が無い。
「テロリスト?テロリストぉ?良くもまぁそんな事をお前達が言えたものだ、戦争中は散々殺し合わせといて!その間人の事を散々持て囃しといて!戦争が終われば用済みとばかりにテロリスト扱いか!よくよく分かって来たよお前らのやり口が、ハハハハハ」
まぁ良いさ、死ね。
少佐がケニーにも分かる程濃厚に魔法を発動する、魔法を抜きにしても感じ取れる程少佐の体臭が変化していきキエラに向けた手の中に空気が集められ光が歪む、魔法のみで作られた空気のサーベル、ケニーならば人間の骨に弾かれ致命傷を与える事等出来ないであろうそれも少佐の出力で作られたそれならばきっと、キエラを殺すだろう。
ケニーにはそれが良く分かる、人を殺す為に必要な幾つかをケニーは習い、それを活かして戦争を生き残って来たのだ、機械化兵を殺すならば何処にサーベルを刺せば良いか、経験と解剖学に基づく知識からそれがケニーには正確にイメージ出来る。
ケニーはそうと習った様に様に真っすぐに立って居る、そうと教えた人がケニーの目の前で人を殺そうとしている、ケニーは人を殺す為に訓練を受け実際に多くの人を殺して来た、ケニーはもう人を殺したくない。
皆が誰かにとって大事な人間なのだと、世界はとても素晴らしいものなのだと、ケニーは少しずつ理解して来た。
きっとどこかにキエラの絵を描く人が居るのだ、キエラの帰りを待ってずっと港で待ち続ける人が居るのだ。
それはきっと、そうと習った事よりも平和なこの世界では重要な事だ。
全身に発動させていた魔法の出力を上げる、筋肉や骨格、その他人体の重要な器官が損傷するかもしれないが構わない、一時的に消えた様に見える程の速度で少佐とキエラの間に割り込んだケニーは少佐に対して速度を殺さず裏拳を鎖骨に叩き込もうと振りぬいた。
少佐はニヤリと笑いながらそれを上体を倒すだけで避けた、ケニーの暴力は基本的に全て少佐から習ったものである、出力も練度も全て少佐が上回っているのだ、勝てる訳がない、そんな声がケニーの頭の中に響いている。
だけれど、だけれどだ、それ以上にケニーは怒っていた。
怒りと言うものはケニーには良く分からない、幼少から今まで世界はどうしようも無いもので、ケニーには解決の出来ない事が殆どで、状況に合わせて生きて来たのだ、ましてや戦場では怒りなど何の意味も持たなかった。
しようがない、しょうがない。
頭の中ですら曖昧な母の声を繰り返して生きて来たのだ。
だけれど、世界は美しいのだ、きっと世界を作る花も海も人も、全部美しいから世界は美しいのだ。
「少佐、戦争は終わったんです、人は殺すべきでは無い」
「部隊から離れすぎたな、マイボーイ!!」
下段から突き刺す様に突き出されたサーベルを体勢を下げて避ける、左肩を掠ったそれに肌だけで無く肉までが千切れ飛び散る、痛みは無い、戦場で覚えたやり方でケニーは痛みを遮断している。
「ハハハハ、我が子の成長は嬉しいものだな!!」
少佐の言葉を無視して身体ごとぶつかる様に少佐にタックルし、壁にぶつかるまで走り続ける、少佐ごと壁を突き抜け路上に二人で飛び出す、兎も角遠くへ、キエラが死なぬ様に。
「ハハハ、殺処分と再教育どっちが良い!」
少佐の動きが止まる、石畳を蹴り砕く程の速度で踏み込んでいたケニーすらものともせず、力んだ様子の一切ないまま止まった、恐らく魔法だ。
ケニーには見えないが空気を固めているのだろう、理解するより早く少佐はケニーを抱える様に膝蹴りし後頭部に両手で握った拳を振り下ろした、それに対しケニーは少佐を突き飛ばし勢いそのままに後ろ向きに転がり少佐から距離を取る、ケニーは転がりながらそのまま対人戦闘の為の魔法を発動する。
視界が歪む、痛みは魔法で遮断しているがかなり強い力で殴られたのだろう、だけれどケニーには諦めるつもりが無かった、限界を超えた全身の強化に加え右手に炎を生み出す、殺せるイメージが一切湧かない、だがケニーは少佐を殺すつもりだった。
「悪い子だ、私は君を迎えに来たんだよ?どうしてそんなに反抗するんだい?マイボーイ」
「少佐、だとすれば着いていきます、なので人を殺すのは止めてください」
少佐が笑っている、時折ケニーに向けた笑み、何時だったか?最初は初めて人を殺した時だった気がする。
「君は一体、どうしてそんな事を言うんだ??しまったなぁ、科学者ども、売国奴だからと皆殺しにしたが幾らかは手元に置いとくべきだったか?」
リボルバーを持ってくるべきだった、そんな事を考えながらケニーは少佐の魔法を真似して手の中に細身のナイフを魔法で生み出した、ケニーの出力ではこのサイズが人を殺せる限界のサイズだ。
「どうしてそんなに反抗するんだ?本当に不思議だよ、心底あの売国奴どもを殺すんじゃ無かった、連中なら喜んで君を再調整しただろうに」
山から吹き下ろしの風が強く吹き抜けて行く、動けない、ケニーから動けばその全ては対処されるだろう、ケニーが少佐を殺すには相打ちを狙って後手を打つ他ない。
ケニーの口から漏れる様に言葉が出る。
「何故テロリストと呼ばれているのですか、少佐」
敵国の工作だよK2、そう答えた言葉にケニーはただ答える。
「ならばもういいじゃないですか、戦争はもう終わったんです少佐、私を迎えに来たのなら共に行きます、だから、誰も殺さないで下さい、戦争は終わったんです」
身体は殺すに適した構えのまま二人とも動かない、人を殺す為に習い、成長してきた頭の中の全てがケニーにただ自由に会話する事すら許さない、少佐はそんなケニーを見てただ微笑みながらサーベルをだらりと下げている。
「戦争が終わった?違うさ、またすぐに始まる、それは分かってるだろ?こんなもの次の戦争の為の準備期間でしかない、だからね?マイボーイ、次の戦争がより良いものになる様に、もっと素晴らしいものになる様に!国内の工作員達を皆殺しにするべきなんだよ、戦争が終ろうがそれは戦争の準備期間が訪れたという事でしかないんだよ」
ケニーはただそれを聞いている、全身が少佐を殺す事に集中している、そうと習った事をそうと教えた人にぶつける。
「だとしても、今この瞬間の平和を無視して良い理由にはならないでしょう」
「…なんだ?何だろうか…そうだ、マイボーイ!意識の違いだ、平和じゃないんだよこんなもの!次の戦争に対しての準備期間なんだよ!我々は死んだ同胞達の為にも、愚かであろうとも我々の指導者である皇帝の為にも!次の戦争に対して邪魔をするであろう国内の不穏分子達を処理しなければならないんだ!」
少佐がケニーに焦点が合わない、どこを見つめているのかも分からない瞳をして遠くを見つめる、誰だこれは、ケニーは目の前の人物が誰か分からなくなる、ケニーが知っている少佐はこんなにも遠くを見つめて知らない色合いの目で何かを語る人物では無かった。
「どうしたんです、少佐、何があったんです」
少佐はその言葉にただ微笑んだ。
「愛国心だよK2、たとえ国家が我々を見捨てたとしても、そんな事は我々が国家を見捨てる理由にはならないんだ」
ケニーはナイフ消失させる、ただただゆっくりと少佐に歩み寄って行く、死んでも良かった。
少佐は今、誰かが抱きしめるべき表情をしている、一歩、また一歩と少佐に近づき少佐を抱きしめる、きっと少佐にも何かがあったのだ、きっと少佐も薔薇の様に美しい何かの一部なのだ。
抱きしめたケニーの身体を少佐が抱きしめ返す、サーベルは霧散し、ただその両手でお互いがお互いを抱きしめ合う。
「大丈夫です少佐、力になります、世界は平和になったんですよ、少佐、力になります、助けます」
ありがとう、小さな声で少佐の声が聞こえる、ありがとう、ありがとう、何度も少佐はそう繰り返す。
そうして
「じゃあ、マダムを殺してきて欲しいんだ、K2」
少佐はそう言う、ケニーは少佐の顔を見る、突き飛ばそうとして少佐の手ががっちりとケニーの身体を離そうとしない事にケニーは気付いた。
「あれが何か分かって無いんだね?あれはね、先代の北の大統領の腹違いの妹でね?」
「しかも影響力があって、多くの人に支持されていて」
「おまけに外国籍でありながら反戦派だと言うじゃないか」
「より良い戦争の為にはどう考えても邪魔なんだよ、だから殺さなきゃいけないんだ、マイボーイ」
「殺して欲しい、違うな、殺せ」
力になってくれるんだろう???黒い瞳がすぐ目の前でケニーの顔を覗き込んでいる、知らない、こんなにも脆弱で弱った瞳の少佐をケニーは見た事が無い、恐怖以外の何かがケニーの身体を覆う、それを言葉に出来るなら嫌悪感がケニーを襲っている。
戦争と命だけが全てのケニーにはそれが何か理解する事が出来なかった。
「K2君はね、魔法が効きすぎているんだ、ケニーは君の名前じゃないだろう?」
何を言っているんだ、ケニーは考える、ケニーはケニーで、それは間違いない事で。
「初めて殺した人間の名前は思い出せるか?」
心配そうに言われた口調で言われたその言葉、それは、誰だったか?匂いや、手先が器用で紙ナプキンで蝶や鳥を折ってのけた事や、何時も酷く腹を空かせていたソイツに食事を分けてやった事。
俺はケニーって言うんだ、お前は何て言うんだ?
「何を、それは、いや、私は」
少佐の後ろの壁を突き破る様にキエラが姿を現した。
「よくやった、離すなよケニー」
キエラの全身がぎょうぎょうと音を立て少佐の後頭部に向けて拳を振りぬこうとする、少佐はケニーを離しただ前転してそれを避ける、振りぬかれた拳がケニーの顔に当たり振りぬかれるそのままにケニーは殴り飛ばされる。
「K2、また会おう、その時までに君の頭のプロテクトを解除する方法を調べておくからね」
愛してるよ、マイボーイ。
キエラが酷く動揺した様子でケニーに呼びかけている、ケニーはただ昔の事を思い出している。
空だけが酷く澄み渡って、真っ青にケニーを見下ろしていた。
次回
軍営の孤児院の中、目を覚ましたケニーに話しかけた男の子が居た。
「よぉ!大丈夫か!なんか、大変だったみたいだなぁ!なんかあったら力になってやるから!」
ケニーは答えられない、ただただ困惑している。
「よろしくな、俺はケニーっていうんだ、お前はなんて言うんだ?まぁなんでもいいさ、お前と一緒で孤児だ、だからまぁなんだ?苗字は聞くな!色々あったからさ、兎も角仲間って事だ」
曖昧な意識をケニーは彷徨う、初めて人を殺した記憶、忘れたかった記憶。
自分は一体、誰なのか。