老獣人と帰還兵   作:来海杏

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ケニーの意識は酷く曖昧な所を彷徨う。


故郷の記憶、冷たさすら思い出せる。

 雪の立てる柔らかな音、殴られた肉の鳴らす水音の混じった音。


しかし、自分の名前を追い出そうとしても靄が掛かる、自分と言う存在はどんな存在なのだろう、私は誰なのだろう、ケニー、ケニー、何度口の中で繰り返そうがどうにも意識には混じらなくなっている。

意識だけがただただ、過去へと飛んでいく




 軍営の孤児院で目を覚ました時、隣には見知らぬ男の子が居た。

 

ここはどこだろうか?冷静に周囲を観まわす、生きて来た今までの孤児院や歩き続けた路上を考えるとかなり綺麗な場所で匂いすら酷く清潔で不愉快さが一切混じって居ない。

 

 

そうして周囲を観まわした後となりに居た男の子を見つめる。

 

 

 酷く幸福そうに眠りこけている、よだれがベッドのシーツに垂れていて、ただそんな寝顔を眺めている。

 

誰だろうか?記憶を漁るがそもそも知り合いは少ない、ただ生きて、ひたすら今まで生き残って来た、死んでも良かった、それはむき出しの事実で今も手の中に残り続けている。

 

そんな手で膝上で寝てる男の子を撫でた、酷く柔らかな感触がする、知らぬ柔らかさが掌から伝わる、穏やかな時間だった。

 

死を決めた瞬間より柔らかな時間、ひたすら撫で続けて居ると撫でる相手が目を覚めす。

 

 

 目を覚ました男の子が話しかけた。

 

「よぉ!大丈夫か!なんか、大変だったみたいだなぁ!なんかあったら力になってやるから!」

 

 

てか目が覚めたのか!?驚いた様にそう聞かれ答えられなかった、ただただ困惑している。

 

 

 

「よろしくな、俺はケニーっていうんだ、お前はなんて言うんだ?まぁなんでもいいさ、お前と一緒で孤児だ、だからまぁなんだ?苗字は聞くな!色々あったからさ、兎も角仲間って事だ」

 

 

 

 目の前の男の子は酷く喋り続ける、だけれど■■■は不思議と騒々しさは感じなかった。

 

不愉快では無い、今まで周囲の敵意の中で生きて来て、虚しくても、それでも生き残れるよう野生の命を生きて来て、久しぶりに生じた悪意の無いコミュニケーションは■■■の荒れた心に優しく響く。

 

私は、私は?■■■、名前が出てこない。

 

 

 記憶はある、酷く冷えた故郷、母の口癖に劣悪な孤児院。

 

どれも覚えている、だけれど自分の名前が思い出せない、こうだと思い出すには■■■は永らく名前を呼ばれて居なかった、誰も彼もが■■■の名前を呼ばずただ殴りつける、そんな日々を確りと覚えているが名前だけはどうしても思い出せない。

 

 

「……自分は一体、誰なのでしょう」

 

不思議そうに問いかけられてケニーと名乗った少年は慌てて駆け出す、そうして白衣を着た人間や時折見かけた軍服の人間が部屋の中に入って来て、■■■の身体を手慣れた様子で検診していく、ただただ困惑だけが頭の中に有った。

 

 私は誰だろう?それだけがどれだけ考えても思い出せない、誰も■■■の名前を呼ばなかったし■■■も自分の名前を思い起こすより日々を生き残る事にだけ集中しなければ無かったから。

 

 

ともあれ、こうして軍営の孤児院の一員としての日々が始まったのであった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 どうやら軍営の孤児の中では名前の無いものも珍しくないらしい、そう言った孤児の為の手続きの一環で■■■はK2と言う名前を与えられる、個人を識別する為の物でしか無いそれもあると無いとではそれなりに便利が違う。

 

日々の暮らしは今までの孤児院と比べればかなり暮らし易いものとなった、決まった食事の時間に決まった作業、決まった就寝の時間。

 

食事や眠りも、そこに居る為にやるべきの仕事の量さえも決まって居なかった今までと今、どちらを選ぶかと言われれば今の生活だった。

 

 

 

 

 そうして黙々と暮らすK2にケニーは何時も熱心に話しかけて来る。

 

「よう!ここの生活は馴染めそうか?」

 

そんな調子で顔を腫らして問いかけて来るケニーに何時もただ問題無いと答える。

 

K2には何時も行われる食事の前の祈りも朝から一日を通して行われる筋力トレーニングの意味も分からない、だけれども誰かに殴られる事はここに来る迄に比べて格段に減っている。

 

何かに怯える事も誰かが意味の無い憎悪でもってK2の目を見る事もここに来てからは無かった、暖かなベッドでただゆっくりと眠れる。

 

 

 そんな内容をたどたどしく伝えるとケニーは嬉しそうにふにゃりと笑う、そんな風に二人で日々を送る内、自然とケニーと過ごす時間が増えて行く。

 

どうにもケニーはこの場所での生活に向いていない様子だった。

 

物覚えも悪く運動が得意な様子でもない、運動や罰則に命に関わるものは無いがそれでも中には雨でも行われるものがあり、そう言うと何時も簡単に体調を崩している。

 

 

 

 

 何処の孤児院にもいる、少しでも自分より弱い者から奪い取ろうと言う連中がケニーに集る。

 

その度にK2は寄って来た連中を全員酷く痛めつけた、孤児院で教えられた技術や筋肉、鍛えられた身体は暴力を容易に揮える様にさせる、何よりその全てにK2は才能があった、教えられた事をただ教えられた様にやる、それだけならばK2には何も難しい事は無い。

 

誰かに揮えと力を教わり、その全てをそうと習った様に活かす、不思議とボクシも教官も先生もケニーとK2を叱る事は無かった。

 

 

 そうして誰かが悪意を見せつけて来る度叩き返す、それを繰り返すと最初は怒りのままにケニーとK2にやり返そうとした連中もいつの間にか二人には関わろうとしなくなり、そうするとまた自然とケニーとばかり話す様になる。

 

そんな繰り返しでいつの間にか二人は本格的な軍事訓練を受ける年齢にまでなるのであった。

 

 

 

 ただ軍人としての訓練を受けるだけなら特に疑問も無い、不平不満に合わせてケニーがK2に言う。

 

「だけど、人を殺せって、それってそんな簡単に言われても困るよ」

 

 年齢に合わせ訓練の内容はどんどんと激しいものになって行くが、それ以上に思想教育や想定が完全に殺人を目的として行われる様になっていた、K2は特に気にする事は無かったが中にはそう言った想定に付いていけず、いつの間にか何処かに消えて行った連中も居る。

 

しかし、そんな中でも二人は何とか孤児院での生活を続けて居た。

 

 

向かいの席で不平不満を漏らしているケニーの顔を見る。

 

 

 傷は増えたが会ったばかりの頃と変わらぬ顔、目があったケニーはK2にふにゃりと笑いかける。

 

 

 酷くこの孤児院に不向きだったケニーも歳を重ねる内にのらりくらりと生き残るすべを覚えて行って、身体が大きくなるに合わせて生来の身体の弱さも影を潜め、物覚えも良くなって行った。

 

そうして残り続ける内、元より才能のあったK2と口の達者なケニーはいつの間にか孤児院の中でも二人一組として扱われる様になっていた。

 

 

 

ケニーの腹が鳴る。

 

 

渡された食事では足りないのだろう、腹を空かせていたケニーにK2は食事分けてやる。

 

 

貧乏な暮らしや孤児院での劣悪な生活が続いた結果か、K2は少ない食事でも求められるだけの量動くことが出来た、空腹は何時も消えないが食事が出るだけ充分で、少しでも食べられるならそれで良かった。

 

 

「それでもやるしかないだろ」

 

 

 

 淡々とそう言うと周囲を警戒しながらケニーがK2の渡したパンを急いで食べる、不平不満も誰かに食事を分ける事も見つかれば厳重に指導を受ける。

 

何度かの指導の後二人は見つからずに分け合う事を覚えた。

 

 

「まぁ、それもそうか」

 

 

何も無かったかの様に二人は訓練に向かった、兎も角毎日は続いていく、訓練さえ済ませれば何も問題無く毎日は進んでいくのだ

 

 

 

 

 

近接戦闘に体力錬成、座学は各兵科において必要となる学問に思想教育。

 

その他多くの訓練を問題無くこなして居たが、定期的に行われる魔法の才能の開発、これだけはK2には才能が無かった。

 

 

 大体の事は言われた通りにこなせばいい、だけれど根本的な部分で魔法使いの感覚を必要とするこれだけはK2にはさっぱり理解が出来ない。

 

普段は殆どの事をこなすK2であったからこれには教官も先生も寧ろしょうがないと言った顔で見るだけで、これにK2は居心地の悪さが身体を覆うのを何時も感じていた。

 

 

逆に孤児院の中、同じ年頃の連中で一番魔法の才能があるのはケニーであった。

 

 

 

 

どうすれば良いのかと聞くと何時もケニーは困った顔で曖昧に言うのだ。

 

 

 

「いやぁ、分かんね、なんか歩くってどう言う感じ?って聞かれても困る、じゃん?」

 

 

 そう言われるとK2には聞きようが無い、出来ない事があるのは酷く居心地が悪かったがともあれ毎日を無事に過ごすのが日々の重要事であった。

 

 

 

 

 

 そうして、日々軍事訓練を受ける内、軍の高官が孤児院を訪ねて来る事が決まった。

 

 何処の誰とも知れないがボクシや教官や先生よりももっと偉い地位に居るらしい、ケニーがこそこそとそんな事をK2に言って来て、忙しそうに動きまわる大人たちが色々な役割を全員に割り振って行く。K2の役割は高官のコートを受け取り、飲み物を出し、何か非常事態があれば高官の盾となる事であった。

 

 

日々の訓練に加え行儀作法の指導が加わる、酷く皺だらけで背筋だけが真っすぐに伸びた老婆がどこからか来て、K2と選ばれた何人かを指導してまた何処かへ帰って行く、どこの誰かも分からぬ老婆であったがこれもまたK2には特に問題無くこなせるものであった。

 

 言われた事を言われた通りにこなす、覚える迄の何回かは怒られ指導を受けるが一度覚えてしまえば後は怒られない、そうして忙しなくしているとケニーと話をする時間は減ってしまったがK2は特に何も思わなかった。

 

 

 食事と寝る前の僅かな時間にだけケニーには会える、酷く浮かない表情をしていて何か、K2と同じ様に新しい指導が増えたのかと、そんなを事を考えるが日々の生活の中ではどうしようも無い。

 

 

生きる事最初にあるのだ、無事に毎日を過ごすのが日々の重要事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 そうして高官が来る日、テロが起きた。

 

 

 だれがどんな思いで襲撃したのかK2には知る由も無いが兎も角言われた事を言われた通りにしようと努力した、大規模な爆発に飛び交う銃弾、高官の身の安全を第一に盾となるべく動きまわった結果K2は死にかけていた。

 

 

体重が増える程撃ち込まれた銃弾に爆発から庇った際に千切れかけた右腕、まだ意識があるのが奇跡であった、だけれどそれも構わないK2はそうと言われた様に高官を安全な場所に逃がす事が出来た、その内外から軍が制圧に駆けつけるだろう。

 

 

言われた事を言われた様にこなす事が出来た、それにK2は絶えず全身を薄く覆っていた居心地の悪さが薄れて行くのを感じる、言われた事を出来て良かった、兎も角良かった、もう良いだろう。

 

 

 

ただゆっくりと横になりたかった、起きなくてもいいやと目を閉じて

 

 

 

 

「おい!大丈夫かおい!死ぬな!死ぬなよぉ!!」

 

 

 

 自分を酷く揺さぶるケニーの声にK2はまた目を開けた、死なないでくれと、目を開けたK2に何時もそう笑う様にふにゃりと笑いながら涙を流すケニーが見える。

 

 

「大丈夫だ、絶対助けるから、こんな風には終わらないだろ俺達は、もっと、もっと良い所に行くんだ、死ぬな、死なないでくれ、まだ本当の名前も分かんねぇのにこんな所で死なないでくれッ」

 

 

 必死にK2に呼びかけて来る声と共に魔法が流れ込んでくる、これが魔法だと、K2はこの時にようやく理解する、魔法は使い過ぎれば死ぬ、先ず最初に教わる魔法についての事。

 

魔法の才能が無いK2にも分かる、ケニーは完全に魔法を使い過ぎている、このままでは絶対に死ぬ。

 

K2はケニーを押しのけようとするが身体に力は入らず言葉も掠れる様に漏れるだけだ、しかも何を言ってもケニーはK2を置いて逃げなかっただろう。

 

 

それでもケニーに逃げて欲しくてK2は話した、言葉に血が混じりながらも話し続けた。

 

 

 本当の名前など忘れてしまった事、ただ言われた事だけやって生きて来た事、もうゆっくりと横になってしまいたい事、良い所などK2には想像も付かないからきっと行けない事。

 

 

何処か安全な場所に隠れる様にケニーに言う、力なくケニーの胸を左手で押すがその左手に落ちたケニーの涙すら感じられないのだ、もう死ぬ、やっと死ぬのだ。

 

 

 

「嫌だ、絶対嫌だ、死ぬなよ、死なないでくれよ、頼むから死なないでくれ」

 

「ただ言われた事を守って生きて来ただけだって言うなら、俺から言うよ、命令してやるよ!!」

 

「死ぬなよ、殺してでも死ぬなよ!絶対死ぬなよ!俺の代わりにどっか良い所を見つけてくれ!!」

 

 

 

 途切れる事無く魔法がK2の中に流れ込んでくる、ケニーの身体から生命力が失われて行くのを感じる。

 

 

「…ずっと嫌だったんだ、親友が番号で呼ばれてるのがさ」

 

「親友、親友だよな、俺達…」

 

「もう…俺達は一人じゃないんだ、ずっと…一生一人じゃないんだ」

 

 

 

ケニーの身体がK2の上に倒れ込む、K2は死から逃れられた訳では無い、だが孤児院の外では軍が突入しテロリストと戦闘を始めたのだろう音が聞こえて来て、かすれた視野の中でケニーがふにゃりと笑ったのがK2には見えた。

 

 

 

「…俺の名前をやるからさ…だからもう死のうとなんかするなよ、生き残ってくれよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

ケニーから送られ続けていた魔法が途切れる、K2の心臓が止まる。

 

 

 

 

 

 

 

 暫くすると重なった内一人がフラフラと立ち上がった、心肺停止による脳の酸欠状態、それによる脳の損傷で酷く全てが曖昧ではあったがケニーにはそうと習った事とそうと言われた事は良く分かった。

 

 

自分の名前はケニーである事、生きなければならない事。

 

 

 

そうだ、生きなければならない、ケニーには習った技術があるのだ。

 

 

 

 

ケニーに右手に熱が宿る、軍に追いやられたテロリストが孤児院の中に逃げ込んで来るのが見えた。

 

 




戦争は終わった、生きねばならないのだ。


そうだ、ケニーは生きねばならないのだ。



漸く思い出す、ケニーが目を覚ます。
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