老獣人と帰還兵   作:来海杏

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 軍の攻勢により施設に立てこもったテロリスト達をK2が皆殺しにした、その時私は軍の高官を退避させるべくそちらに付き添っていたから見る事が出来なかったが、その成果は予算に五月蠅い中央の連中を黙らせるのに充分な結果だった。

 人は教育で兵器に変える事が出来る、素性も知れない孤児がテロリスト16人を簡単な身体強化の魔法と教え込んだ戦闘技術だけで皆殺しにしたのだ、中央は掌を返す様に予算を増やしてきた。

陰謀狂いの低能共、だが金は金だ、それに貴賤は無い。

計画を次の段階に進めるには充分なタイミングだった。

 心肺停止状態による酸欠を原因とした記憶障害、それを聞いた研究者達は喜んでK2を実験体の第一号にしようと決めた、異論は無い、本当にK2が私の思った通りの運命の相手であるのならただの人体実験程度生き残って見せる筈だ。

そうだ、そうだとも、彼は生き残れる筈だ、そうすれば誰も彼を疑わなくなる、私の人生が肯定される、全てが、全てがひっくり返るのだ。

不安は一切過ぎらなかった、

そうして

目覚めた彼に実験に関しての一切の効果は見られず、それを切っ掛けに計画の流れはどんどんと中止へと傾いて行った。

K2、あぁK2、君の中には私が居る筈なのにどうして?




 

 ケニーが目を開ける、夢を見た、夢と言うには質が違う、思い出した。

 

見覚えのある天井を見上げ、暫くケニーはまんじりともせず思考を走らせる、そうだ、そうだ、俺が殺したと言われていた、そうだと思い込んでいた、だが確かに言われたのだ、最後に生きろとケニーは言われたのだ。

 

それは今のケニーには何よりも重要な事だ。

 

 陶器の割れる音が聞こえる、上体を起こしそちらに視線を向けると酷く驚いた顔でキエラがこちらを見ていて、わなわなと、何か言おうとしてまた口を閉じる事を繰り返している。

 

「どれぐらい気を失って居た?」

 

そう問いかけ、起き上がろうとするケニーをキエラがベッドに押し戻し、医者を呼ぶからとバタバタと音を立てて階下へと降りて行った。

 

 

 結論から言うとケニーは三日程眠り続けて居たらしい、脳の研究はまだまだ進んでいないので原因については分からない、月に一度マダムを訪ねて来る医者が酷く興味のなさそうな様子でそう言う、医者が言うのだ、間違いはあるまい。

 

戦闘行動は可能だろうか?問いかけたケニーに医者は止めておけとただ一言そう答える、内臓の損傷に魔法の過剰使用、骨は罅に骨折、しかも殴打に依るものと筋力強化の過剰出力による疲労骨折。

 

 

戦闘が避けられない状況ならやればいいが、私は医者なので許可を出す事は出来ない。

 

 

そう、医者は締めくくり席を立った。

 

 

 

 部屋にはキエラとケニーの二人だけが残される、気まずそうにこちらを見るキエラ、ベットサイドには車椅子が置かれていて普段はこれを使えと、そういう事なのだろう。

 

身体を起こし立ち上がろうとして足に力が入らず倒れる、それに慌てた様子でキエラが駆け寄り支え、ケニーをゆっくりと車椅子に座らせた。

 

 

 

「マダムはどこに居る?すぐにでも避難させないと」

 

 

相手は少佐なのだ、ケニーに出来る事ならば全てそれ以上の威力と精度で少佐はやってのける、逃げ出したとしても当てがある訳では無いが何もせずここで待ち構える訳には行かない、少佐はマダムを殺せれば良いのだ、だとすれば例えこの屋敷を要塞化したとしてもケニーには思いつくだけで12通りの予測した上で回避が出来ない殺し方が思い付く。

 

 

そうして必死にキエラを見上げると、キエラはただただ申し訳なさそうな顔で言う。

 

 

「…避難はな、させられないとさ」

 

 高度に政治的な問題なのだと、要約するとそんな話をキエラにする、ケニーには政治は分からない、戦争の実情と他人の殺し方と、後はこの街に来てようやく学び出した幾つかの物事しか分からない。

 

 

だけれど、政治等と言うものが人の命より重要な訳が無い事は分かる。

 

 

「少佐がやると言ったのなら確実にマダムの事を殺しに来るだろう、どう対応するつもりだ?」

 

 

 

静かにケニーが問う。

 

 

 

「さぁな、連中の事は随分前から捕捉してたが肝心の実態は把握出来て無かったんだ、それを捕まえるか情報を得るかするチャンスが出て来た以上、ウチも軍もある程度の死者は必要経費だと考えてる」

 

 

 

 冷酷な言葉をキエラが吐く、本心だろうか?違うのがケニーには分かった、これが本心だとしたらこんなにも辛そうな表情で言葉にはしないだろう、今のケニーにはそれが分かる。

 

ケニーはただキエラの顔をじっと見た、それにただキエラはケニーの顔を見て困った様に眉尻を下げる。

 

 

「…なんも言わないのかよ」

 

 

「言うべきだとは思うが、上手く言えるか分からない」

 

 

だけれど

 

 

「お前は悪くない」

 

 

 

 それにキエラは酷く動揺した様子で目を逸らした。

 

 どうすれば良い?ケニーは考える、優先されるのはマダムの命だ、だけど、どうすれば?なにが最善だ、ケニーは兵士として必要な全ての教育を受けたがこの状況は教育を越えた視点を持つ必要がある、ケニーは兵隊として作られたのだ。

 

 

 薄く魔法を発動して全身の状況を確認する、戦場で使われる身体強化の応用のそれが医者の言った事が何一つとして間違って居ない事を再度感覚としてケニーに知らせた。

 

この状況で一体どうすれば良いのだろう、ほんの僅かな魔法の使用すら普段では有り得ない程の疲労感を伴ってケニーに襲い掛かる、酷く眠いがゆっくりと横になる訳にはいかない、少しの時間すら惜しかった。

 

 

 

 

「どうすれば良いと思う?」

 

 ケニーは先ず頼れる人間としてキエラに問い掛ける、ケニーには少佐がどんな作戦を取るのか、状況から推測する事が出来る、少佐がケニーを兵士に作りあげた。

 

だが同時に分かっているのだ、問題はそこではない、少佐の作戦に対してケニーは現状対抗手段が無い事だ。

 

 ケニーはキエラに話す、兎も角情報が必要なのだ、状況を、推測を補強しなければ少佐に対して有効打を仕掛ける事は出来ないだろう、少佐がマダムを殺すと言った以上絶対に殺すだろう、だけれどそれは何時でも良いのだ、ただ待つだけならば絶対にこちらはマダムを守る事が出来ず、間抜けにも防御を固めているその間に一体何人が死ぬだろうか?

 

 

 作戦が必要なのだ、ケニーには分かる、目標の達成に必要な哲学、数学、論理についてケニーに教えたのは少佐だ、少佐は戦争と国の現状の話はしても決して自身の未来や今後の自身については語ろうとしなかった。

 

生き残ろうとしていないのだ、そんな人間が人を殺す為に最適な行動を起こしたなら一体どれほどの事が出来るか。

 

 

 

「…テロリストに期待なんてしてねぇが、それでもアイツはこっちの国で勲章を受けた英雄なんだろ?そこまでの事するか?」

 

「間違いなく、一度で組織自体に致命傷を与えるか少佐を殺さない限りやるだろう」

 

 

 

 

協力が必要だ、マダムを囮にするにしても入念に罠を張り巡らし準備を行わなければ。

 

 

「鬼人種の男はそれなりの地位にあるのだろう?」

 

 

 

話をしたい、連絡を取ってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 ケニーの言葉を受けキエラは難しい顔をし、出かける少し待てと言って部屋から出て行く。

 

 ケニーはただベッドの上で待つ、車椅子に乗れば二階に作られたトイレまでは間違いなく行けるだろうし風呂に関してはケニーは戦場に居たのだ、思考にすら上らなかった。

 

 

 快適に保たれた部屋の中から窓の外を眺める、寒々とした空、空はよく見る、夏の空は青々と湿り気を感じさせるものだったが冬は青さが弱まり乾いた爽やかさを感じる。

 

ケニーは自身がそんな事を考えれる様になったのだと気づく、ケニーはもう薔薇の名前を知っているのだ。

 

 

 サイドテーブルに置かれた水差しとグラス、病人用の如雨露の様なそれにケニーは気付く、身を起こして庭仕事をしているマダムを眺めているとマダムがこちらを向きケニーに気づいた。

 

 

 何時も柔らかな印象を与えるマダムがぱたぱたと、犬獣人のそれを感じさせる様子でこちらに向かって走り出す。

 

何歳か聞いたことは無かったが、そうか、そんな風にマダムは走るのだなと、ケニーはぼんやりとそんな事を考えた。

 

 

簡単な魔法であったが身体を確認するのに使った魔法の影響が出ている、酷く眠たい、キエラは鬼人種の男を呼びに行ってるのだろうか?少しだけでも寝ておこうか、今のケニーに出来る事は無い、戦場の経験がそうケニーに告げている。

 

 

 何時少佐が殺しに来るか分からない、周囲を監視しているとキエラも鬼人種の男も言っていた、今のケニーがどんな状態であろうとも何の意味も影響も無い、だとしても起きているべきだ、盾にはなれるだろう、少佐はそれすらも計画に入れる筈だ、だとしても、だとしても、だとしても

 

 

 マダムが階段を駆け上がるパタパタとした音が聞こえる、何時も奇妙な感じがする、軍隊時代の硬いブーツの音とも違う、肉球だろうか?スリッパの立てる音のそれと合わさって柔らかな音がなる。

 

 

謝らなければ、暫く仕事は出来そうにない、この仕事は好きだしこの街もマダムも今まで知り合った全ての人も好きだ、クビにはなりたくない。

 

 

 

 

 そんな事考える内、ケニーは沈み込む様にベッドに倒れていった、眠かったただただ眠かった。

 

起きていないと、抗おうとしても目は閉じていき、目を覚ました時、ベッドサイドには鬼人種の男とキエラが居た。

 

 

 

ーーーーーーー

 

 起きたなら良かった、飯は食えるか?鬼人種の男にそう問いかけられケニーは頷く、キエラがマダムを呼びに行く、不思議と思考はクリアだった、どうすれば良いか、これが正解かは分からないがそれでも一つのアイデアがケニーの頭に浮かんだ。

 

 

 階段からマダムの足音がする、重なった少し重い足音はキエラのものだろうか?覚えておこう、ケニーはそう考えマダムを待つ。

 

 

「ケニー!!」

 

 

 飛び込む様にマダムが部屋の中に駆け込んで来る、何時もは表情を遮るその毛並みが今は乱れていて間からは酷く綺麗な冬の空の様な色の目が見えた。

 

 

 

 

 

 

 ケニーの食事はしばらく粥になるらしい、過剰な魔法の行使により全身が弱り基礎的な部分で不調が起き万全に戻るには時間が掛かる、医者の指示だと粥を持ってきたマダムの話を総合するとそういう事になるらしい、部屋の隅では鬼人種の男とキエラが椅子に座ってこちらを見ていて、マダムはそちらを気にする様子も無くケニーの食事を介助する。

 

 

「大丈夫です、マダム、腕は十全に動きます」

 

 

 食事の介助をさせる申し訳なさにケニーがそう言ってもマダムは聞こえないかの様にそれを続けた。

 

 

 腕が疲れた様子を見てキエラが介助を変わる、再度腕は動くと言ったケニーにキエラはただ黙ってろと答え食事をケニーの口元に運んだ。

 

 

ケニーは困惑する他ない、これも当たり前の事なのだろうか?この街に来て多くを学んだがケニーには分らない。

 

 

兎も角、粥は上手い、ケニーには何が入っているのか想像も付かなかったがそれは酷く優しくボロボロのケニーの身体に染み込んでいく、生命力が魔法には重要らしい、だがその生命力が何かについては学術上の呼び方以上の事はケニーには分らない、そうとしか習わなかったのだ、仕方ない。

 

だけどきっと今感じているものが生命力と言うものに繋がっているのかもしれない。

 

 

 眉間に皺を作ったままこちらを見るキエラの顔を見ながらケニーはそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 そうして何杯かの粥を食べマダムが嬉しそうに食器を下げ、そこでやっと鬼人種の男が話し出した。

 

 

「話があるそうだな?」

 

 

 どう伝えようか、ケニーは兵士であるための全てを少佐から習ったが適切に目的を達成するための話し方、プレゼンテーションの仕方など知らない。

 

 

短刀直入にいう他ない、政治だけが不安だ。

 

 

 

「テロリストである少佐一派の潜伏場所に付いて幾つか目星がつけられる」

 

 

 返事は無い、どうあれケニーは必死に話す他無い、曖昧な計画ではあるが組織だった協力がなければ達成出来ないのだ。

 

 

「軍営の孤児院に居た頃訓練の一環で孤児院の連中と幾つかの軍事施設を回った、そこの情報に加えて少佐では教えられない技術を担当していた教官達の名前を憶えているし、加えて道中の補給や休憩で使った機密施設の場所や補給計画から逆算した商人に付いての情報も提供できると思う、ここまでの情報提供は少佐も想定の範囲内かもしれないがそれでも現状より更に包囲網を狭める事が出来るだろう」

 

 

 

 酷くつまらない様子で少佐はケニーの顔を見ている、キエラは気を付けのまま真っすぐとその横に立ち表情一つ変えない、まだ足りないのだ、隠すつもりはない全てをケニーは話す。

 

 

「現状狙われているかもしれないマダム以外の人物を教えてくれ、少佐の思考をある程度追いかけて次に狙われる人物についても絞れると思う」

 

 

 

 鬼人種の男は暫く何も言わなかったが、ゆっくりと目を瞑り深く息を吐くとケニーの目を見た。

 

 

 

「信用出来るかの話に付いては問題無い、君がこの屋敷で働き出すにあたって我々は君の事を調べ上げた」

 

 

 

 まぁ、キエラから既にその事は聞いていた様だが、その言葉にキエラの身体に僅かに力が入る、想定内だったのではとケニーは思う、秘密を抱えるにはキエラは激情的すぎる。

 

 

「我々としては君の協力を歓迎する、だが何故君はそこまで我々に協力してくれる?元とは言え君の指導教官だろう?しかも孤児院では君たち実験孤児達に親の真似事をしていたとも聞く、君が裏切ら無いと言える根拠はあるのか?」

 

我々としては君には大人しくしといて貰った方が都合がいいのだがな。

 

 

 魔力の放流を感じる、少佐に匹敵するかもしれない量のそれが鬼人種の男から発されている、ケニーのボロボロ身体でもそれはハッキリと感じられる、根拠、根拠か、それは。

 

 

「マダムの事を囮にする位なら」

 

不思議と、思考より先に口から言葉が出た。

 

 

 

自分がやる、罠が恐ろしいなら最初に自分が行こう、信用が出来ないなら全ての危険を請け負おう、ケニーに迷いは無い、死ぬつもりも無い、ただ少佐に対抗するため力が必要なのだ。

 

 鬼人種の男の目を見てケニーは計画を話す。

 

 

そうして話をして計画を詰め、翌朝、眠りこけて居るキエラの横でケニーはマダムに言った。

 

 

 

「マダム、旅行に行きませんか?」

 

 

 




戦乱、ただ誰かを傷付けるための何かが空を切る。


多くの疑問があれども、それ以上に大切に思う多くの物事がケニーへ脚を止めるなと激励する。


炎、怒号、銃弾。


そんな中をただ、雪猫の獣人姉弟は立っている。

二人の毛並みにただ、炎のが反射して暖かに輝いていた。

【雪猫と帰還兵】
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