老獣人と帰還兵   作:来海杏

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 ここはどこだろうか?ケニーは考える、潮騒、海鳥の声、暗く湿った部屋の中、鎖で吊り下げられたケニーの三半規管は地面が揺れるのを盛んに捉えて居る、海の上だ、そこまで陸上から遠くは無いだろう。

 

 

 

 ケニーは教育を受けた訳では無い、だが幾つかの記憶は現状を理解するのに深く役立った。

 

アンナと話した記憶

 

「海鳥ってね?基本的に渡り鳥なんですよ、季節に合わせて大陸の沿岸を北へ南へ自由に移動するんですけど、基本的にこの大陸に居る種類の海鳥は陸地の見える所より遠くには離れないんですって」

 

漁師のおじさん達が言ってました、ギャリギャリとケニーを吊り下げる鎖が音を立てる、アンナの笑顔を思い出すと自然と笑顔と笑いが漏れて来て、ここに至るまで散々に痛めつけられた身体から咳が漏れた。

 

そう、そうだ、海鳥の声が聞こえる、ある程度の強硬に脱出すれば泳いで陸地まで戻れるだろうか?全身がボロボロだ、旅の間散発的に襲撃があった、殆どはキエラが対処したがそれでもある程度はケニーも動かざる終えず、動いた分だけ回復はどんどんと遅くなる。

 

ある程度動くには問題無い、だが、現状のケニーの出力は最大時の三割と言った所だった。

 

 

 

「……いけるか?」

 

 

 

 ケニーは身体を強く振り、恐らく船倉であろう壁に鎖で縛られた足をぶつける、戦場で習った技だ、身体強化と魔法による振動の強化、教えた軍医が言うには戦場で塹壕を掘るために作られた打診の延長線上にある技術らしいが、ケニーにはどうでも良い話だった。

 

兎も角、厚さに剛性、その向こうにある喫水線の合わさった全ての数値がここを蹴破る事は現状のケニーには不可能であると言う事を教えた。

 

「…無理だな」

 

 

正式な数式を学んだ訳ではない、だがそれでも感覚として不可能な事が理解出来る、これを突き破る力は今のケニーには無い。

 

 

 同じ要領でケニーは精査を行っていく、手を縛る鎖はどうか?壊せる、足を縛る鎖はどうか?こちらも壊せる、だが肝心の出口が無い以上タイミングはよくよく選ぶべきであろう。

 

恐らく、目視でしか無いがここの出入口も壁と同じ様に現状のケニーには蹴破れはしない、と思う。カンでしかないが、従うべきカンと言うものも世の中にはあるだろう、そう言うものだと戦場でケニーは覚えた。

 

 

 

 どうするか、どのような経緯でここに連れてこられたのか、思い出しながらケニーは全身に少しづつ魔法を発動していく。何時も通りとは行かない、身体の限界は誤魔化せない、根性で毛細血管の強度は変わらないのだ。

 

 

 

「キエラ達は無事だろうか?」

 

 

ケニーは口にした言葉に合わせて思考が回るのも感じる、戦争の香りがケニーの身体に纏わりついていくのを確りと感じる、そうだケニーには故郷など無いが彼はこの世界で生きる為に人生の全てを調整されたのだ、彼の思考は今、故郷へと帰ってきた。

 

 

 

 全身に雨垂れのように遅々とした魔法が行き渡る、思考が駆け抜けて行く。一先ずケニーは目を瞑った、今ケニーは殺されていない、何時かは殺されるかもしれないが今では無い、誰か、ケニーを殺そうと言う人間が入って来た時がチャンスだ、その時には扉は開いているのだ。

 

 

 

 ケニーは目を瞑り前日までの出来事に思いを馳せた、どうしてこうなった、何処から敵の戦術の中にあった?マダムの館を出た後、確かに可能性としては何時でも有り得たが、元々ケニー達は少佐の一派に対する餌として今回の和平交渉の旅に出たのだ。

 

マダムは何か、考える事があるのか交渉の場には同席しようとはしなかったが、そもそも皆が戦争には辟易していてそれでも今回の作戦は上手く行っていた。

 

 

少佐の側にあるアドバンテージをマダムの名前を使った和平交渉による制限時間の設定で奪う。全ては上手く行っている筈だ。今回のようにケニー達を攫ったなら必ずその場には証拠が残り、そこから少佐たちに対する致命的な一撃へと繋がって行くだろう。

 

 

それはそれとして、ケニーが殺されるとしても、だ。上手く行って良かった、最後の交渉相手であるジンネマンに会いに行く道中襲撃を受けマダムは傷を負ってしまった、だがそれでもそれが致命傷では無い事はケニーには即座に判断出来たし、敢えて事前に場所を決めずケニーはキエラへ襲撃等があった時はマダムを安全な所に連れて行く様に指示を出していたのだ。

 

 

例えケニーの脳を切り分け魔法による記憶の精査を行った所で答えは無いのだ、そうなればケニーと同等のパフォーマンスを発揮できる機械化兵の、その一員であるキエラをただの帰還兵である少佐一派が捕まえる事等絶対に出来ない。

 

 

あとはこの街から離脱し、元々居た名前も無い諜報組織に帰り鬼人種の男の下へ行くだけだ。

 

 

 

 ケニーは絶対に譲れない部分において既に勝利を手にしていた、後はそうだ、生きてこの場を脱出するだけだ。

 

 

 

 

 

 脱出後の行動を明確にさせる為ケニーは襲撃までの経緯を思い出す、顔も思い出せない両親や色すら曖昧な故郷とは違い明確に思い出せた。

 

 

そうだ、記憶は酷く明確だ、戦場で覚えたものだろうか?違う様に思う、酷く鮮明に全てが思い出せる。しかし、幼少の頃の記憶はモヤが掛かったように曖昧だ、魔法による効果だろうか?違う、その様な副次効果は孤児院では教わらなかった。では、何故?

 

 

 

 頭痛がする、忍耐強くケニーはそれに耐える、時間だけは幾らでもある、そうだ、大丈夫だ。ケニーは頭の中で何度も繰り返す、そうと教わった様に、洗脳と薬剤による記憶の混濁に対処するための手法。

 

 

孤児院での軍事教育の中、突出した才能は無かったものの全てにおいて一定の成果は残せたケニーは教育の一環として潜入工作員としての教育も受けており、その中でケニーは一定以上の洗脳と薬剤の耐性を得ている。

 

自身の最も国家において有用な状態を設定し、その状態に自身の肉体を保つ。精神と肉体の両方においてその状態を保つのだ、そうだ、そうと習った、そうと覚えた様にケニーは記憶を思い出そうとする。

 

 

 

 

 だが、そもそも有用な状態とはなんだろうか??

 

 

 思い出さねば、酷く頭痛がしてケニーは必死に思い出そうとする、何を、何があるのだ?ケニーには名前と測れるもの以外に己の事で確信を持てるものは無い、そして今やケニーは軍人ですらない、ケニーの名前を柔らかく呼んでくれる人がいる、ケニーの名前を呼び手を振ってくれる人が居る、だがケニーはケニーではない、名前すらケニーにものでは無いのだ。

 

 

 

何かがおかしい。

 

 

ケニーは自身の身に異変が起きている事に気づいた。

 

 

 

 

 目を開き周囲を見渡す、部屋の一部が不自然だ、部屋の暗さに気づくのが遅くなったが空気の層の様なものに何か、ズレがある。

 

 

魔法による迷彩だ、誰かいる。

 

襲撃を仕掛けるか?鎖を引き千切ろうとケニーが力を込めた所で、部屋の中にパチパチと拍手が響き渡った。

 

 

 

 

「K2、これが試験なら落第だよ、君は」

 

 

 

 

魔法による迷彩が解ける様に消えて行く、どんどんとケニーの頭痛が酷くなっていく。何てことだ、ケニーは手足の鎖を引き千切り、落下の衝撃に合わせて後転し拍手の主から距離を取った。

 

 

「少佐!」

 

 

 

「マイボーイ、一先ず抗ってみると良い、その後大事な話があるからね」

 

 

 

少佐が言い終わるより早くケニーは殴りかかる、状況を整理しろ、思考は回っている、戦争だ、戦場に居るのだ。

 

全力の稼働は出来そうも無い、だが一瞬なら、一瞬なら充分に少佐を殺せるだけの動きが出来る。

 

 

 

戦場で言われた言葉を思い出す。

 

 

前の戦争で東の砂漠で戦ったと言う男、尋問官として従軍していた中でソイツが敵対勢力の戦闘員から聞いたという自爆の方法。

 

 

 

 

壁に押し付ける様にケニーは少佐に抱き着いた、普段なら魔道砲兵として使っている空気に干渉する魔法を発動する。それを少佐はただ愉快そうに眺めている。

 

 

 

「それでどうするんだい?マイボーイ」

 

 

 

空気の中から必要な部分だけを取り出していく、魔道砲兵としてケニーは必要最低限の教育は受けている、空気でライフルを作り、空気の圧によって発射する魔道砲兵、それに加えて魔法でもって着弾点や爆発のタイミングを調節する以上、多人数で作業を行う兵科とは言え知識だけはケニーは知っている。

 

取り出して集めて、集めて集めて集めて。

 

 

充分な量のそれを用意する。

 

 

「地獄まで、お供いたします少佐」

 

 

 

ケニーは魔法による火焔を手に発動させ、充分な量のそれをつかみ取る様に手を伸ばす。

 

 

そうして、ケニーと少佐は爆発に包まれ、

 

 

 

 

 

 

無かった

 

 

 

 

 

 

 

「落第だよ、マイボーイ、」

 

 

 

 少佐がケニーの拘束を力任せに振りほどく、たたらを踏んだケニーの顎を少佐が蹴り上げ、仰向けに倒れ込んだケニーの胸を少佐は強く踏みつけた。

 

 

「どうしてこんな愚かな手段が通じると思ったんだい?こんなものはテロリスト共が民間人を殺す為に使うから意味があるんだよ?同じ魔法使い同士の戦いで、しかも狙いがハッキリとしているなら通じる訳が無いだろう?」

 

 

「次にだ、魔法と言うものは私達がどれだけ干渉してこの世に捻りだしたとしてもだ、先ずもって大前提としての物理法則を越える事は無い、何度も教えた筈だろう?」

 

 

 

私達魔法使いを殺すなら肉体と銃弾を使うんだ、その為の教育はちゃあんとしただろう?

 

 

言葉に合わせ少佐が何度もケニーの身体を蹴り上げる、態と手加減されたそれにケニーは意識を失う事も出来ず、反撃の為に魔法を発動しようとする度先んじて少佐の魔法がそれを封じる。

 

 

少佐の傍の空気中からケニーが作り出したそれが消えて行き、清涼な空気が作られた。自爆の選択肢は完全に潰えた、自爆の直前、ケニーが発動させた魔法は少佐が調整した空気に阻まれそれを掴む直前に消えてしまっていたのだ。

 

 

 

「それじゃあマイボーイ、私の番だね?お話を始めようか?」

 

 

 

少佐は人形の様にケニーの身体を起こし座らせる、少佐が接近するにタイミングに合わせ身体強化に任せて素手のまま少佐の喉、眼球、鼓膜を狙った攻撃を行うが、少佐は甲殻類の節を折る様にケニーの両腕を肩から手首まで順に脱臼させ何事も無かった様にケニーに微笑みかけた。

 

 

「脚もやる?」

 

 

ケニーは飛び上がり両足でもって少佐の首を締め上げたが、少佐は幼子をあやす様にケニーを高く持ち上げ床へと強く叩き付けた。

 

 

そうして少佐はケニーの足を膝、足首と脱臼させ立ち上がる。

 

 

 

「マイボーイ、君はとっても弱くなった」

 

 

ケニーを見下ろしながら言う、もはや這いずる事すら出来ない。

 

 

 

「それじゃあもう一度言うよマイボーイ、君についての大事な話をしようか」

 

 

そうして少佐は話を始めた。

 

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