老獣人と帰還兵   作:来海杏

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記憶とは何であろうか、人間の、内なる所から溢れるものが魔法であるとして、その魔法は現実の道理を越えた結果は出し得ない。

しかし、魔法と言うものは人間の、その人体の中に置いて様々な結果を叩きだし得るのだ。

だとすれば、人間の、その内と言うのはある種の異界と言えるのではないだろうか?


その上で考える、人間の記憶とはなんだろうか?北の科学における電気信号であろうか?我が祖国における初歩的な魔法である稲妻であろうか?


充分な観測と予想、その二つに基づいて理論を構築していく。


そうして、そうして私は人間の根幹を、見つけた、なんと呼ぼうか、魂か、命か。


個人を個人たらしめる究極に個人的な芸術。


後は、これを……




現在廃棄された軍営の孤児院、脳科学研究員兼記憶魔法専門魔法師の日記より。




 

「マイボーイ、君の中には私の記憶が眠っているんだ」

 

 

 酷く愛おしそうな様子でそんな事を少佐が口にした、それにただただケニーは怪訝な顔をする、ケニーは自分自身の、その自我と言う曖昧で確固としたものを疑った事は無い。

 

 

あくまでケニーの存在している世界は暴力と生存の世界で、この様な観念染みた話では無かった、そうだ、正気を疑っている、ケニーは少佐を敬愛しているが、この様な曖昧でイカレた話を聞いてられる程盲目でも無かった。

 

 

ケニーはハッキリと聞いた。

 

「少佐、言っている意味が分かりません、自身の正気について確りと精査しましたか?」

 

 

 

ケニーは軍営の孤児院で兵士として作られた、その後戦場でもって多くの人間的狂気に晒されたがそれでも、ケニーと言うそれは一切のブレのないまま存在し続けている。周囲の全てに興味を持つ余裕が戦場のケニーには無かった、だが今、マダムや、多くの人との交わりによってケニーはある意味正面から少佐の狂気を受け止めてしまった。

 

 

 

「少佐、貴方は狂ってしまったのでしょうか?」

 

それは、ケニーには酷く落胆する出来事であった。ケニーにとって少佐は完全で、自信の人生の、その多くである兵隊としての部分において、完全で絶対であったから。

 

 

そう、そうだ、今この瞬間にケニーは決定的に気付いてしまった、この人はイカれたのだ、戦争や、運命や、自信の抱える運命に耐えきれなかったのだ、そう言う事実に、ケニーは気付いた。

 

 

「マイボーイ、君の中には私の記憶があるのさ」

 

 

少佐が同じ言葉を繰り返す、それにケニーはただ悲しい気持ちのまま答える。

 

 

「…記憶ですか?少佐」

 

 

「そうだ、マイボーイ、人間の記憶について君はどれぐらい理解している?」

 

「なんとも、ただ曖昧に感じ、捉えているだけです」

 

 

そんなケニーの言葉に少佐は酷く嬉しそうに微笑んだ、そんな笑顔をみてケニーはただ、この人をこんな風に笑えた人だったんだなと考えた。

 

 

「人間の記憶と言うものはね?魔法で分解出来るんだよ、君が小さな努力であの機械の女の子と逃げる先を共有しなかったように、今ある技術だけでも記憶は魔法で読み取る事が出来る」

 

「道は繋がってるんだ、記憶が魔法で読み取れるならば、もう少し、もう一歩だけ踏み込んだならば魔法で記憶が作れても不思議ではないだろう??」

 

 

酷く嬉しそうに語る少佐にケニーは考える、キエラの行き先についてはどうやらバレている様子はない、だけれどきっとこの人の、少佐の事だからきっとある程度の予想は立ててキエラの逃亡先を予想しているだろう。

 

 

だが同時に疑問も沸き上がってきていた

 

 

なぜこの人はこんなにも無防備にケニーのそばに居るのだ、偽物か?しかしカンが告げる、これは記憶の通り少佐で本物だ、だとすればどうしてこんなにも危険な場所に居るのだろう?

 

 

もしかしたら、どうだろう、だけど、どうしたら。

 

「ぼくの中に記憶が少佐の記憶があると言うなら、何故今私は私なのでしょうか?」

 

 

その言葉に酷く嬉しそうに少佐は微笑んだ。

 

 

ーーーーー

 

 

「とてもいい質問だよ、君は本当に柔軟になった」

 

 だけれど、柔軟過ぎるのも困るんだ、そもそもそんなモノは君の容量を圧迫する余計な、邪魔なゴミでしかないんだ。

 

ことことと少佐は壁にもたれかかったケニーの周囲を、縄張りを見回るかの様に歩き続けている、ケニーはただそれを眺めている事しか出来ない。

 

何か隙が生まれれば、とケニーは考える。

 

 菌糸の様に魔法を操るそれを応用し、一瞬でもってケニーは外れた四肢を素に戻すことが出来る、北の山脈、硬い戦場の凍った地面や街中の舗装された道路に通すのとは訳が違う、己の肉体の中ならば大して消耗しないし少佐の隙を突く事も出来るのに。

 

そんな事をケニーは考える、だが、少佐には隙がない。

 

 一人の人間の記憶をまた別の人間に書き写すのだと言うが、そんな事が可能だろうか?ともあれ話させ続ける他ない、手はあるのだ、あと必要なものは運と機会と時間だ。

 

 

「…ゴミですか?少佐」

 

 話続けて居た少佐の言葉が止まる、そうしてゆっくりとケニー方へと少佐は視線を向ける。

 

良かった、時間を稼げた、何時でも関節を嵌め直せる様に、じりじりとケニーは体内に魔法によって生み出された菌糸を伸ばしていく、物理的な力の弱いそれも入念な準備を行えば充分な力を生み出す、後は少佐に気づかれない様に出力を絞らねば。

 

にいまりと少佐が笑顔を浮かべて、ケニーの頬を撫でた。

 

「そうだ、ゴミだよ」

 

「マイボーイ、君には、いや、あの孤児院に居た子供達には殆ど私と同じ経験の記憶しかない、幼い頃から過酷な環境に身を置き、名前すらなく、何度も死にかけた」

 

「実際可能であっても記憶を誰かに書き写すと言うのはね?かなりの危険を伴うんだ、元の記憶と私の記憶がぶつかり合い、変に融合を起こしてしまっては私と言うそれは完全に消えてしまう、そうなっては元も子もないだろう?」

 

「その点君たち孤児院の子供達は素晴らしい、若く才能に満ちた身体、私と言う人間のバックアップとしては十分だ」

 

そうか、なんとも呆れた話だ、ケニーはわざと肥大化させた結論を口にした。

 

「永遠の命が可能になると?」

 

パチパチパチ、と、船倉に少佐の拍手が響いた。無感動にケニーを見下ろす目、そうか、そうか、だから。ケニーの中で幾つかの出来事に合点がいくが、最たるところとして何故少佐がこうもケニー拘っていたのか、その部分に合点が行く。

 

 

「疑似的にではあるがね、君の言う通りだよマイボーイ、下らない社会実験を隠れ蓑にしてどの国の法に照らし合わせても違法となるような国際的な批判を免れない人体実験を行う、あの孤児院はその実験場だった」

 

疑似的とは言え、永遠の命をチラつかせれば議会の老害どもは喜んで計画を承認してくれたよ。

 

「少しは不思議に思った事は無いかい?本当に訓練だけでこんなにも強力な兵士が生まれるのか、本当に教育だけで孤児達を無敵の兵士に作り上げる事が出来るのか」

 

「答えはもちろんノーだ、教育したとしても魔法の行使はセンスでしかない、扱える魔力の多寡にこそ才能が関係するが多く人間は生まれ育ちに関係無くそのセンス!そう!センスを得る事無く死んで行く!」

 

だが最初からそのセンスを、魔法を行使したという感覚を言語化や視覚情報、全ての手間を超越して刷り込むことが出来たなら?

 

「少しは不思議に思った事が無いかい?戦場の第六感、何か言葉に出来ない危険を肌で感じ実際に生き残った事は?第六感、下らない、ナンセンスだ。経験の発露だよ、多くの死線を越えた記憶、多くの経験則、それが表層的な発露として第六感と言う形を取っているだけだ」

 

選別だ、最初に私の記憶が、そうして生き残った者の記憶を次の世代へ、それを何度も繰り返す事によって北の連中が魔獣と呼んで震えあがるような兵士達を作るに至ったんだ。

 

「分かるか?マイボーイ、私の研究はこの国を救う筈だったんだ」

 

 あの日、北の山脈で終戦を迎えたケニーならその言葉にう頷いて居ただろう、少佐の理想と、少佐を裏切った国家への復讐のため喜んで命を賭しただろう。

だが、今のケニーは多くの事を知っている。

 

ケニーはもう充分に理解していた、目の前の人はもう、ただの狂人でしかないのだ。

 

「…少佐、それは嘘でしょう」

ぐい、と少佐がケニーに顔を寄せる、顔からは笑いは消え、ただ落ちくぼんだ薔薇の葉っぱの色をした瞳がケニーを見ている。

 

「私の研究はこの国を救っていた」

 

「いいえ、少佐、それは嘘です」

 

ごうと少佐がケニーを蹴り上げる、ごりごりとした音がどこかの骨から聞こえるが、構わずケニーは話し続けた。

 

「では何故少佐は私と接触したのですか?本来なら私やマダムを監視していた連中に気づかれず一撃で、痕跡も残さず皆殺しにするのが正しかった筈」

 

「ですが少佐、あなたはそれをしなかった、記憶の継承は失敗したのでしょう?戦闘技能に関してもどれだけ多くが少佐から実験対象に伝わった事か。新しく記憶に合わせて経験を継承させ最強の部隊を作り上げる、そんなモノはお題目でしかなく少佐、あなたは計画を通す為のものでしかなかった記憶の継承について議会から急ぐ様に求められた筈」

ケニーは気付く、全てに合点が行く。

 

なるほど、残党達が無謀な計画をもとに好き勝手に活動してきた理由が良く分かった、リーダー役の少佐は死んでも代わりが居ると死を恐れておらず、テロリストどもはそもそも命に頓着していない、全員が死について微塵も恐れて居ないなら確かにそれは間違いなく国家権力をものともしない平和への脅威となるだろう。

 

だが、それもこれまでだ。

 

「記憶の継承その成功例が、唯一私だけだった、だからあなたは何度も私に接触し、恐らく実験の成否について確認していたのですね?永遠を保証してくれる自分のバックアップがちゃんと機能しているのか」

 

 

 

答えはノーだ、ケニーは多くの物事を知らないが、これだけは確信して言える。

 

ケニーは間違いなくケニーだ、沢山の大切な事を知り、ケニーが死ねば悲しむ人達がいて、ケニーはもう薔薇の名も夕暮れの美しさも知っているのだ。

 

 

 

 

それにもう、理解してしまった。

 

「少佐、あなたに私は殺せない」

 

 

その言葉に少佐はにいまりとまた笑った。

 

 

「合格だマイボーイ、本当に君は柔軟になった、そして生意気で不愉快にもね」

 

「確かに君は殺せない」

 

だが、

 

 

君と一緒に居た機械化兵と老獣人については別だ、

 

 

 

 そうだな、あの町の花屋の女の子はどうだ?そうだ!君に関わった人間全てを殺すのも良いだろう、それでも構わないと言うのならその四肢に張り巡らせた糸でもって身体を繋ぎ直してもう一度私と戦ってみるかね??

 

 

「実際がどうであれ君に、記憶を分け与え戦い方を教えたのは私だよ?君が相手なら例え一万回戦おうと同じように一万回君を叩き潰して見せるけどねぇ?」

 

 

分かったら大人しく全て抵抗を諦めて処置を受けてくれ、何とかジンネマン商会のコネで君の頭を診れる医者を見付けてね。

 

少佐がそう、言い切るより早く船に大きな振動が走る、戦場に長く居たケニーはそれが魔法によるものとは違う、黒色火薬による原始的な爆発だと気付く。

 

 

「何事だ!」

 

ドアの外に人が居るのだろう、一瞬だけ視線が外れたのに合わせケニーは全身を繋ぎ直す。

 

「やるのかね?」

 

 鬱陶しそうにケニーが放った蹴りを避け、少佐が問い掛けた。そうだ、そうだ、とケニーは考える、長らく忘れていたことを考える。

 

園芸や、運転、絵を描いたり感じた思いを言葉にしたり、色々な事を知り挑戦してきたがケニーが一番得意で、一番深く理解している事は決まっている。

 

 

「殺す」

 

殺人と戦争。

 

 

あの町の人達が殺されるぐらいなら、そう、そうだ、そうだ。

 

殺してしまおう。

 

 

ーーーーー

 

爆発音の少し前、海上を一つの高速艇が走り抜けていった。進路上には貿易に使う大型船が停泊しており、燦々と輝く太陽の光を受けて海面に大きな影を落としている。

 

 

 

「なっ、なぁキエラちゃん?そろそろスピード落とさねぇ?」

 

 

「だぁめだ!なんとかすっから突っ込め!」

 

「い、いやぁ、でもさぁ!?」

 

 

「良いから!!このまま!!突っ込めぇ!!!」

 

 

高速艇に乗る二人、キエラとクイントは減速することなくそのまま大型船へと近づいていき、そして

 

「「アアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!!」」

 

 

 

そうして、爆発が

 

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