何故、どうしてこんな事になってしまったのだ?
幾つも疑問が頭の中に襲い掛かってくる、何処で間違えてしまったのだろう。
この国はどこか遠くの、この国の人間の殆どが見た事が無い土地の戦争の為に俺達船乗りから船を取り上げようとしている、それどころか俺達をそのまま道具の様に戦争に従事させようとしていて、俺はどうしてもそれが許せなかった。
そうして周囲の船乗り達をまとめて軍への抗議活動を行って。
その果てに、妻は襲撃を受け俺の背中で死にかけて居る。
「大丈夫だ、大丈夫だからな!大丈夫だ!」
声が裏返る、どうすれば、どうすれば、どうすれば良かったのか。
妻の体温がどんどんと失われていくのを背中で感じる、神と言うものがこの世にいるならどうか、どうか。
この後私は何をどうしたのか、その後の事は殆ど覚えて居ない、だけれど
確かな事として、私はもう二度と神に祈ったりはしないだろう。
今はただ、妻との思い出の中の言葉だけを何度も思い返している。
「この子達はきっと、立派で素敵な人生を送るわ」
そればかりをずっと、思い返している。
ゆっくりと語りだしたジンネマンの言葉が終わるまで待った後
「つまり、アンタの義理の息子を殺してくれってのか?」
そういう風にしか聞こえなかったものだから、どうしようも無く耐えられずクイントは酷く不機嫌そうにジンネマンにそんな事を問いかけた。
ジンネマンから聞いた話を纏めるとだ、彼の養子で商会の跡取りである義理の息子が何を血迷ったか特殊部隊崩れのテロリストと手を組み謀略の様な事をして金を稼ごうとしているのだと。
だから、商会にとって致命的な問題を起こす前に殺して欲しいのだと。
そう言う事を非常に遠回しな、複雑怪奇で商業人らしい言葉選びで言われて。
そうして、クイントは唾棄すべきものに対して心底怒りを覚えていた。
「そう言う事だろ?アンタの息子を殺せって、情報だの金だの利権だの、散々並べて結局そう言う話を言ってんだろ??」
何処にも届かない怒りを必死にクイントは言葉にしていた、クイント以外の全員は人を、誰かを殺す事に対して何の痛痒も抱いていない顔をしている。
それも含めて酷く腹が立った。
クイントはキエラの顔を見ようともしなかった、素性もろくに知らぬ隣のこの女はきっと人殺し程度と平気な顔で言ってのけるだろう、そんな訳は無いのにだ。
何処までも、どこまでもどこまでも腹が立って居た。
「お客様、何卒落ち着いて下さい」
ゴロゴロとした音がクイントの背後から近づいて来る、また暴力だ、獣人のメイドが背後からゆっくりとクイントの喉を爪撫でる。
断れる様な状況では無いと言いたいのだろう、だけれど知った事か。
誇らしげに父が話してくれた全てを眼前の老獣人は馬鹿にしているのだ。
「…アンタは覚えちゃ居ないんだろうがな」
そう言ってクイントは父の名を告げる、酷く皺の寄ったジンネマンの表情も、瞳の中に何かが写るのかも分かりそうには無かったが、それでも、クイントはそれを告げずには居られなかった。
「オヤジは、父さんはアンタと一緒に戦ったってそんな調子で何時も自慢話をしてた、何時もは全然話さねぇのにこの話だけはたまに、すげぇ嬉しそうに話してくれて」
「だから、俺は」
そうしてじっとジンネマンの瞳を見ようとして、そこに何も映っては居ない気がして、どうにも、クイントは全身を覆っていた怒りが萎んでゆくのを感じた。
「そうかい、そうかよ、勝手にしてくれ」
慣れた様子で打ち合わせをしていくキエラとジンネマン達の言葉が頭上を過ぎて行く、人を殺す打ち合わせだ、耳に入れるのも嫌だったが、これでもクイントは軍人だったのだ、気に食わない仕事であろうとも乗りかかった舟である以上求められた仕事ぐらいはやるつもりだった。
そうして手短に、淡々と進められて行く打ち合わせも終わったらしく、キエラがこちらを向くのをクイントは感じる。
「決まったのかよ」
「そう言う事になるな」
どうにも、不思議そうな表情でキエラがこちらを見ていて、クイントはそれがどうにも嫌でキエラに話しかけた。
「なんだよ?」
「いや、こう言うの、嫌ならやんなくて良いって言うか、無理するもんでもないんだぜ?」
キエラとしては自然に出た言葉であった、恐らくその息子とやらの所にケニーも一緒に監禁されているのであろう、それを考えればそもそもこちらから頼み込んで向かわせて貰いたいぐらいの話であったし、可能なら眼前の老獣人の願いを叶えてやると、それぐらいの腹積もりでしかないのだ。
だが、間違いの無い所として危険は伴う。
だからキエラは聞いた。
「こういうどうしようも無いお遣いでだな、死んじまう様な危険な目に逢おうって、普通は嫌がるもんなんだぜ?」
ぎっと、クイントがキエラの眼を見た、それは確かにそうだ、こんなもの知ったことかと帰ってしまってそのまま暫く何処か遠くの港で仕事に掛かれば良いのだ、そうして何もかものほとぼりが冷めるまで適当にのらりくらりと過ごして、そうしてまたいつも通りの人生に戻って。
そんな事を考えて、クイントは夜の海に映る星空と、父の歌う、まともな歌詞も無いハミングの様な歌が頭をよぎった。
「…そうかも知れないけどよ、乗りかかった舟だよ、ここできっちり終わらせとかないとよ、どうにもいつも通りに舟の上って気分じゃ居られ無さそうなんだわ」
そんなクイントの言葉にキエラはどうにも少しだけ、クイントの見間違いで無ければ本当に少しだけ。
柔らかな笑顔で笑ったのだった。
兎も角、打ち合わせによるとこの屋敷に作られた通路から個人用の係留所に繋がって居て、そこに痕跡の追えない様にした最新式の舟が置かれているらしかった。
目標の義理の息子と言うヤツは、多少の工作をして見せても愚かな事に商会の大型船をそのまま使っているらしい、その手の工作に関しては海の上でジンネマンに叶うヤツは居ないのにだ。
位置も座標も誰が乗船しているかもすっかりとバレていて、ジンネマンの情報をもとにすると一個小隊五十人ほどが船の中に乗っているらしい、とそんな話をなんでもない事の様にキエラはクイントに言った。
「大丈夫なのか?」
クイントは多少鍛えた相手なら一対一の殴り合いすら怪しい、テロリストになろうなんて言う連中の五十人や事情を知らないとは言え鍛え上げられた船乗り達を相手に戦える自信は無い。
だから、慣れた調子でひょいひょいと船を発進させる準備をさせながらクイントはキエラに問いかけた。
「…それはまぁ、やり方次第だろ」
クイントが作業している横でキエラは船に乗せられた荷物を見分しながらそう答える。
「なんだそれぇ、曖昧だなぁ?」
そう言ってクイントが答えると何事か、キエラは積み荷を覆う帆布の覆いをがぱりと外して、そうして外された覆いの下には大量の爆薬が見えた。
「前言撤回だ、何とかなるぜぇ?これはよぉ」
なんでこんなもの積んでいるんだか、クイントは戦闘の類は殆ど経験した事は無かったがそれでもそれには見覚えがあった。
軍事工作用の爆薬、坑道や塹壕を掘るためのそれが何故だか船に積まれている。
つまりはまぁ、使えと言う事なのだろうが、それにしたってこんなもの。
不平の一つか悪態か、何か言おうとしてクイントは止めた、それをどう使おうって言うんだ?言葉に出せずにちらりと盗み見たキエラの表情が酷く獰猛な笑顔を浮かべていたからだ。
「ま、乗りかかった舟だわな」
クイントの腹の中もまた、酷く怒りが渦巻いて居たから、大きな爆発と言うのも気持ちの良いものの様な気がして。
「ま、乗りかかった舟だ」
二度、同じ言葉を繰り返してクイントは準備を進めて行った、先程よりはよほど。いい気分になれそうな気がした。
そうしてクイント達が襲撃の準備を行っている頃、クイントの船の中、マダムがゆっくりと身を起こした。
マダムの耳に多くの声が届いている、誰かの声、どこかの声、そう言う声の中にケニーの危険を知らせる声があった。
「…そう、分かったわ」
血の多くが抜けた筈のその身体で、驚く程確りと船倉のベッドから立ち上がる。
大きく切り裂かれた筈の傷は驚くほど綺麗に治癒していて、処置の後が無ければそこに傷があった事すら分からない程であった。
声が教えてくれる、ケニーはあちらに居るらしい、ゆっくりと船倉から出るとマダムの周囲をぼんやりとした光が覆う。
風や海、月の光、全てが少しづつマダムの味方をしてマダムをケニーの場所へと導いていく。
風により緩んだロープがゆっくりと船に備え付けられた脱出艇を海面に着水させる。
甲板から飛び降りたマダムをふんわりと風と月の光が支え、マダムが脱出艇に降り立つのに合わせて風が艇をゆっくりとケニーのもとへと運んで行った。
マダムには声が聞こえた、獣、殺し合いの声、それはマダムがずっと耳を塞いで来た声だった。
むかしむかし、ある所に一人の少女がいた。
幽閉され、神への供物として捧げられる為に生きて来ただけの一人の少女
アンリア・リア・アリア
国家変革を志す男と出会うまで一人雪深い孤城の中で生き続けた、孤独な少女であった。