ケニーはそうと習った様に真っすぐに立っている、肩幅よりやや狭く広げた脚、両腕を後ろ手で組み待つ。
女性の話は長いと言って居たのは誰だったか、名前は思い出せないが顔はすぐに出て来た、そうだ、同じ部隊の口の上手い男、母方に鬼人種の血が混じっていると銃弾程の大きさの額の角を良く自慢していた、今なにをしているのだろうか、良く暮らしていれば良いが。
マダムとアンナがケニーには良く分からない話をしている横でただ昔の知り合いについて考える、マダムがついて来いと言ったのだ、ケニーとしては是非もない。
特に居心地の悪さも感じなかった。
「ねぇ?ケニー、どうかしら?」
マダムが問いかけて来る、どうしよう、全く聞いて居なかった。
「あの、いや、申し訳ございません、何のお話でしたでしょうか?」
そう言ってケニーが頭を下げればアンナが何事かをマダムに耳打ちして、二人は楽しそうにクスクスと笑う、少しだけ居心地の悪さが顔を出す。
「うふふふ、あのね?庭に新しいお花を植えようと思うのだけれど、何が良いかしら?」
せっかくだし、貴方が来た記念に貴方の思い出のお花なんかがあれば、きっともっと素敵な庭になると思ってね?そう、マダムが言う。
どうしよう、花の思い出などあっただろうか?己の不自由さをケニーは良く理解している、花にまつわる思い出など自分にあったか、無ければ無いと言う他ない、そうして分からないと答えようとして、ふと、そういえばと思い出す。
「ジャガイモ、でしょうか」
ジャガイモ?楽しそうにマダムが首を傾げる、もう遠くなってしまった故郷の記憶、兎も角寒かったのをよく覚えているがそれ以上に荒れた畑の景色ばかりが思い起こされる。
雪の白や雲の灰色ばかりの残った記憶の中、ただ綺麗だと思ったジャガイモの花。全てうっすらとぼやけてしまった様な記憶だが、今それが鮮明に思い出された。
「ジャガイモの花って結構綺麗なんですよ?マダム」
「あら、そうなの?ごめんなさいねケニー、私知らなくって」
「でも」
摘んじゃう事も多いみたいですけどね、地方によっては。
そんな言葉にマダムがあら、と返して、なんだ?アンナの瞳がじいとケニーを捉えている、睨まれているのだろうか?
「なにか?」
特に何を思うでもない、ケニーは問いかけた。
「いえ、花の名前を聞かれてジャガイモを挙げる人に初めて出会ったので」
また何か間違えてしまっただろうか?しかし花は花だろう、いや、確認すべきだ。
「申し訳ございませんマダム、また何か意図に沿えない答えを返してしまいましたでしょうか?」
ケニーにも少しだけ分かってきた、マダムは人にものを教えるのが好きなのだろう、ケニーが何かを確認するたび大抵は楽しそうに教えてくれる、ケニーを殴るような事も嫌がった様子もない、ならば違和感があった時、こまめに確認した方が良い。
「いいえ、ケニー。また少しあなたの事が知れた様で嬉しいわ。けど、じゃがいものお花ねぇ、庭に畑を作ろうかしら?」
大仕事になるわね、そう言ってまたマダムとアンナは楽しそうに話し始めたのでケニーはそうと習った様に肩幅よりやや狭く脚を広げ、両手を後ろで組み待つ事にした。
マダムが楽しそうなのだ、どれだけ時間が掛かろうがケニーには是非もない。
ーーーーー
カウンターに置かれた花瓶に映った店外、誰かが車に近づくのを見て取ってケニーは何も言わず動き出した、迷いは無い、全身の筋肉をしなやかに動かし店の扉から出る。
「その車はマダムのものです、触らないで下さい」
警告の意味で声を掛け、かけ終わるまでに魔法の発動を終わらせる。
ケニーには大した魔法の才能は無い、現にケニーが発動出来る魔法は戦争には一切影響を与えない様なささやかなものでしかない、魔法の発動により右の掌から発生した炎に関しても調理用の瓦斯にすら火力と利便性で劣るだろう、しかし、敵対者の瞳を焼き視力を奪うには充分なのだ、ケニーはただ習った様にする。
「車から離れて頂きたい、どうか、お願いします」
少年が怯えた様子でこちらを見ている、見た所身体に爆弾等を隠し持っている様子は無い、しかし魔法による自爆と言う可能性もある。
前の戦争で東の砂漠で戦ったと言う男が部隊に居て、そんな事を言って居たのをケニーは覚えている。
「大丈夫よ、ケニー」
ぽんと柔らかな肉球が背中に触れて、マダムに声を掛けられたケニーはそうと習った様に真っすぐに立つ、魔法の炎は既に消えているが出力の問題だ、右の掌にはジリジリと痛みを伴う熱が宿り続けている。
「ごめんなさいね、怖がらせてしまって。可愛い車でしょう?私も気に入ってるのよ」
少年に目線を合わせる様にマダムは膝をつき、そう言って少年の頭を撫でる、マダムの柔らかな印象に少年も緊張が和らいだのか笑顔を見せて頷いた。
もしや、ケニーは思う、もしやまた何かを間違えたのかもしれない、魔法の行使を止めケニーはそうと習った様に真っすぐと立つ、ジリジリとまた居心地の悪さが身体を覆い始めている、また間違えたのか?確認するべきだ。
「申し訳ございませんマダム、何か、また私は間違えてしまいましたでしょうか?」
マダムが立ち上がりこちらを向く、マダムの後ろに少年が隠れる。
怒っている、ケニーにもそうと分かる程マダムは怒っていた。