無職さんのデンドロ履歴書 作:リリアーナを照れさせ隊
囚人番号6409番
□■“監獄”
あなたは喫茶店のカウンターに腰掛けた。
人形じみた美貌の店員と、気だるげな店員を一瞥し、最後に洒落たグラスを磨く男に声をかける。
マスター、いつもの。
「ご利用は初めてですね」
これでも飲んでろ、と言うように水が提供される。
氷入りで冷えているがグラスは結露していない。
間違いなく【硝子職人】が手がけた器である。
駆けつけ一杯。実に憎い心配りやね。
あなたは店主のお仕事振りに満足げだ。
「……オーナー、誰よこいつ。知り合い?」
「いえ、お会いしたことはありません」
「ふーん……それでこの馴れ馴れしい態度って、ちょっとヤバい奴じゃないかしら……ここに来てから見たことないし、新顔かしらねー……」
まあいいけど、と興味を失った喫茶店<ダイス>の従業員ガーベラの予想は半分正解で半分外れている。
今日のあなたは囚人あなた。
指名手配を受けて収監された<マスター>専用の牢屋こと”監獄”にきらり輝く超新星だ。
だが決してちょっとヤバい奴などではない。
あなたは不名誉極まりない事実無根の誹りに断固として異議を唱える所存である。
ここにあなたのフレンドがいた場合、皆が口を揃えてその通りだと述べる事だろう。ヤバいのは『ちょっと』どころじゃないですからね。
ふと思い立ってブタ箱にぶち込まれたあなた。
法も秩序もへったくれもない無法地帯の洗礼を受けた後、やはりまず牢名主に“挨拶”するのが模範囚としてのスジだろうと、のこのこやってきた次第である。
最初に遭遇した先輩囚人が親切な人間だったことが幸いした。謂れのない暴力にあなたが天地流で返礼したところ、道案内を快く申し出てくれたのだ。
ありがとうバキ道ガキ丸*1。
……名前は違ったかもしれない。
ともあれ。メガ道メカ丸のおかげで、あなたは“監獄”のトップに御目通りが叶った。
「たしかに、この私が【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルです。お会いできて光栄ですよ。“
あなたは知らない通り名に眉を顰めた。
誇大広告である。あなたは何でもできる仕事人だが万能ではない。万能に相応しいのはただ一人。あなたレベルなど到底及ばない英傑であるからして。
「最も新しい<超級>が何故こちらに?」
「それは罪を犯したからでしょ……。あ、思い出したわ。あんた王国の無職じゃない。…………え? 大丈夫よね? 暴れたりしないわよねー……?」
誠に遺憾である。あなたは常識人だというのに。
ラブアンドピースを掲げる博愛主義のあなたが、なぜ飲食店で暴れる必要があるのか。
どうやらガーベラはあなたの常識人度をご存知でない。悲しみに暮れたあなたは、売上貢献のために追加でコーヒーとデザートを注文する。
なお“監獄”は
「無職の罪状、知りたいかい?」
「あんた常連の【記者】の……」
「トクダ。トクダ・ンノワールだ。で、こいつの悪さは外から仕入れてるぜ。教えてやろうか」
「アプリル。彼にコーヒーを」
「へっ、ありがてえ」
記者の男は情報料代わりの一杯を啜った。
「まずは王国の第三王女誘拐」
「オーナーと同じじゃないの」
まったくもって濡れ衣である。おそらくあなたがテレジアに変身して城の外を歩いていた事実が、捻じ曲がって伝わったのだろう。
「同じく第二王女誘拐」
「ロリコンじゃないの」
それも濡れ衣である。エリザベートの脱走を手助けした事実が、歪められて伝わったのだろう。
「【聖剣姫】と【元始聖剣】強奪、近衞騎士団副団長の籠絡、公然猥褻物陳列……それだけじゃない。皇王暗殺未遂、黄河の宝物庫侵入、【龍帝】不敬罪、違法薬物の売買、【10/1スケール新式三笠】密造爆破。ワルというワルをしでかしてやがるのさ……」
濡れ衣(略)。
ああ、なんということでしょう。
ガーベラは奇人変人イカレポンチ不道徳非常識大犯罪者を見るような視線をあなたに向ける。
ゼクスは親しみの表情を浮かべている。
より具体的には「
ゼクス率いる犯罪クラン<IF>の勧誘は丁重にお断りするとして、あなたは模範囚の勤めを果たすため、大人しく刑期が明けるのを待つことになる。
なんだかんだでお仕事である。別にウェイターをしても構わないのだろう? エプロンをお借りする。
「ゼッちゃん、ただいまなのネ」
背後の声を聞いた瞬間、あなたは殺意が漲った。
愛刀で首を刎ねる。
「……っ!?」
相手は小癪にも【ブローチ】で生き延びた。
しかし問題ない。あなたは成功者の知恵を借り、この状況を幾度となくシミュレーションしてきた。
敵の喉には短剣が突き刺さっている。
神話級武具【冷闘袴 フリーザー】のスキルで精製した氷の刃は、発声によるスキル宣言を阻害し、【凍傷】の状態異常を与えてログアウトを封じる。
既に《魔剣》の発動準備は整っていた。
「……!」
女装の男は抵抗する。まるで無駄である。
――
「そこまで」
だが、あなたは吐血して膝をつく。
眼前の【疫病王】キャンディ・カーネイジが使役する肉食細菌か? 否、あなたは【ミスティコ】で彼と同一の肉体に変身している。散布した細菌群はキャンディ本人を蝕むことがない。
己を顧みない自爆ならやむなしであるが、性根の腐った外道にそこまでの気概があるとは思えぬ。
あなたは猛烈な腹痛に襲われた。
内臓の八割がミンチと化している。
込み上げる嘔吐感のまま、あなたは不定形の粘液を、血と肉片と吐瀉物と一緒に排出した。
うーんスライム。体内攻撃とは卑怯なり。
吐き出した
どうもコーヒーに一服盛られたらしい。
食品衛生法違反である。保健所に通報するぞ。
「すみません。キャンディさんに死なれると計画が狂ってしまいますので」
あなたは【疫病王】を嫌っている。
一身上の理由により、見かけたら躊躇なく殺害に走る程度には嫌いである。相性最悪ともいう。
邪魔をしたゼクスも同罪だ。キャンディを回復魔法で治療する彼――いやなんか性別違うな? ふーん女体化するんだ。まぁスライムってすべからくメスだし――には相応の落とし前をつけてもらうことになる。
つまりさあ、その姿【
特殊超級職【聖女】は当代の適性者から
少なくともあなたはそのように認識している。
であれば就職条件を知っているのだろう。
知っているはずだ。絶対に知っているよな?
「取引をしましょうか【失業王】」
食い気味に詰め寄るあなたを静止して、ゼクスは悪魔的な提案を持ちかける。
つまりはお仕事ということである。
あなたはカウンターの上で居住まいを正した。
「私達に手を貸していただければ、【聖女】の就職条件をお教えします。無論あなたの事ですから“血筋”という一般的な情報はご存知でしょう。しかし
【ミスティコ】は何にでも変身できる。
想像で架空の人間にすら成りすませる。
だが、特定の人物に変身するなら、イメージを固めるためにそれなりの情報が必要だ。
「こちらの条件は二つです。まず一つは計画に協力すること。そしてもう一つは……
ゼクスの論理は破綻している。
それでは、あなたがキャンディを殺せない。
国際指名手配を受ける三人はセーブポイントが使用できず、ゆえに閉じ込められている。
国のセーブポイントが使用不可能な状態でデスペナルティになった<マスター>は“監獄”落ち。デンドロのサービス開始から今日、運営の敷いたルールが破られた事実は未だかつて存在しない。
話すに値しない戯言だ、と。
あなたは肩をすくめる。
何を言い出すかと思えば夢物語だ。
どうやらムショ暮らしは稀代の【犯罪王】とて精神に堪えるようだった。
それはそれで囚人として理想的な振る舞いなのでは?と思わなくもないあなたである。
「ええ、ですから」
ともあれ。ゼクスは名高い模範囚。
刑期の都合でシャバの空気を吸う機会は二度とないだろうが、ロールプレイを楽ませてくれた。
お仕事はお仕事だ。計画とやらを聞いて、あなたは労せず【聖女】の詳細を獲得せんとする。
「『脱獄』をします」
だから気に入った。
◇◆
あなたのテンションは爆上がりした。
監獄からの大脱走、なんと素晴らしい。
まさに囚人にしかできないお仕事である。
そんなこんなで、あなたはゼクス達に同行する運びとなった。契約と情報交換は済んでいる。
(本当に連れて行くの? 私は反対なんだけど)
(珍しくガッちゃんと意見が合うのネ! こいつGODブチ殺そうとした不届者なのネ! 手出し禁止が効いてるうちに
(いえ、やめておきましょう。彼と事を構えるのはまだ早い。最低でも脱獄が成功してからですね)
リアルで報告を受けたゼクスはあなたのヤバさを知っていた。
密談する三人を尻目にあなたは浮かれている。
ゼクスとガーベラの二人に思うところはない。
脱獄するなら好きにすれば良い。
だが【疫病王】、てめーはダメだ。
キャンディを野放しにしてはならぬ。
あなたは彼を解放するつもりなどさらさらない。
脱獄するのは大いに結構。しかしシャバの空気を肺に吸い込んだ瞬間、それが冥土の土産になる。
具体的には、脱獄直後に
セーブポイントが使えないままなのでキャンディは一人“監獄”に逆戻りとなる。
それまでは人好きのする天才的なコミュニケーションで彼らの懐に入り、油断を誘うのだ。
マーベラス、実にマーベラスな作戦だ。
布石として先程【ブローチ】を削っておく神算鬼謀。あまりにぱーふぇくと過ぎる。
「で、あんた……なんでここに?」
ガーベラは時折り難しい質問をする。
なぜあなたがこの世界に存在するか。
それは実に哲学的で文学的な命題だ……
「そうじゃないわよバカなの?」
誠に遺憾である。あなたは天才肌だというのに。
「罪状は先程の記者が挙げていましたが……私としても収監された経緯が気になりますね」
実に良い質問だ、とあなたは頷いた。
「……いや黙ってないで喋りなさいよ!?」
会話の間という趣深さをガーベラは理解しない。
これから語るも涙、聞くも涙、感動の壮大スペクタクルが幕を開けるというのに。かの【犯罪王】と比べたら恥ずかしい経緯ではあるのだが。
あなたが収監された理由は簡単だ。
なにせセーブポイントが全滅している。
というのも、在野の有識者が持つ<エンブリオ>で遊んでいたところ、うっかり登録履歴が消し飛んだ。
直近のセーブポイント……王国と皇国は無事だったのだが、追い討ちで両国から制裁代わりの指名手配(期間限定)を食らい、この様である。
つい先日の事件で暴走したあなたに非があると言えば致し方ない面がある。それでもあんまりな仕打ちに、あなたは涙が止まらない。
少し皇都に出稼ぎしただけなのに。
アルティミアに変身してクラウディアと会食するだけの割の良いお仕事だったのに。
解釈違いで揉めた皇女殿下、コスプレのため【聖剣】を拝借した第一王女の両名からお叱りを頂戴している。リリアーナとリンドス卿の胃は死んだ。
「バカなのネ」
おかげで【聖女】の情報を得られた。
怪我の功名だ。ポジティブあなたである。
そんな本日の恩人ゼクスが訪れたのは、“監獄”にある神造ダンジョンだ。名前はまだない。
仕事しろ運営。呼びづらいにも程がある。
「もう【災菌兵器】はいないから、引きこもりに会うのネ? どうせ何しても出てこないと思うゾ」
「遠からずですね」
物騒な名前を口走るキャンディの隙を窺いつつ、あなたは連れられて奥へと進む。
外の神造ダンジョンと比べて広いマップは“監獄”のキャパを懸念した結果だろうか。犯罪者の待遇を改善するより、犯罪者を減らす方向性で努力してもらいたいものだ。これだから野盗PKが後を絶たない。
あなたは運営への不満を募らせた。
「ではそちらを覗いていただけますか」
言われるまま進んだ部屋では、蹲った少年と正体不明の人型がいるばかりである。
ここであなたは天才的なひらめきを得た。
さては彼らが脱獄を手助けする最後のピースだな。
あなたはスプーン片手に意気揚々と話しかけた。
へい男子ぃ、抜け穴掘ってる?
「…………」
返事がない。まるで屍のようだ。
ゼクスの助け舟を期待して振り返ると、なんということでしょう。三人は忽然と姿を消していた。
小首を傾げたあなた。はぐれたのかな?
迷子の大人達とは情けない、とあなたは踵を返そうとして……愛刀を振るう。
手応えがない。何もない。
否、
違和感を覚えて十数秒。違和感を察知したあなたは、飛来した透明な矢を見事に切り捨てた。
麻痺毒に塗れた鏃に鼻を鳴らし、数多の修羅場を潜り抜けてきた直感に従って身構える。
同時にアバターの輪郭が崩壊する。
まるでゲームのバグが侵食するように。
あなたは自分の存在を保てない。
異質なテクスチャに覆われた肉体は次いでポリゴンに置き換わり離散する。
わけもわからず、あなたは死んだ。
死の間際あなたは殺意が漲った。
さては騙したな。脱獄を謳い、罠にかける。
華麗な裏切り。到底許してはおけぬ。
おのれガーベラ。その顔覚えたぞ。
◇◆◇
「いやいや……はぁ? 必殺スキルで攻撃前に気付かれるってどういうことなのよ……ねえオーナー。おかしいわよね?」
「そうですね。考えられるのは、以前に痛覚で感知されたのと同じ方法です。ガーベラさんが感知できない感覚はアルハザードのスキルでも隠蔽できませんから」
「じゃあないわよ。痛覚オンだし」
「殺気。いえ、リソースでしょうか。一部のティアンは経験値の変動を感じる技術を持つと聞きます」
「ちょっと何言ってるかわかんない」
「無駄にはなりません。きっと今後役に立ちます」
「オーナー? 目が怖いわよ?」
「今日から地獄の特訓その二です」
「いやぁああああああああ!?」
・主人公
指名手配が解除されて無事復活。
この後【疫病王】脱獄の報を拡散する。
・ゼクス
強化クエスト。
この世界線では変身先が追加される。
・ガーベラ
強化クエスト?
天地の修羅でも感知できなくなる、かも。
・フウタ
レベル0の<超級>。ダンジョンに引きこもり中。
世界をバグらせる能力を持つ。
【唯我六尊 アルハザード】
ガーベラの<超級エンブリオ>。原作参照。
ガーベラ以外の六感、魔法・科学的な感知、センススキルさえも無効化する隠蔽特化のガードナー。融合するとガーベラ本人にも隠蔽能力が付与される。
・バベヲタ
本作58話初登場。一般通過<マスター>。
主人公をブタ箱行きにした元凶の一人。
<エンブリオ>の能力は「登録済みセーブポイントへのファストトラベル」で第三者に対しても使用可能。消費コストは登録履歴のセーブポイントを一時使用不可能にした時間で賄う。