SEVEN’s CODE二次創作小説【オレンジの片割れ】第二部   作:大野 紫咲

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ムラサキがSOATから消えたと知り、大混乱のヨハネとSOATだったが、ヨハネは隊長として、冷静に隊員達に指示を下しながら捜査の手を進める。
そして……


1-3 誘拐

「はあァァァッ!?!? ムラサキがいなくなったってッ!?」

 

 一斉にオフィスで仕事中の隊員たちが振り返るのにも構わずボクがそう叫んだのは、その日の午後のことだった。

 いつもの訓練中、ムラサキを探している途中で、ちょっとしたトラブルに見舞われたボクは足を止めていた。印刷機が壊れたとか、そういう些細な理由だったと思う。呼び止めた隊員たちの手助けをして、かくれんぼ(と呼ぶのは不覚だが)の再開が少し遅れてしまい、再び彼女の後を追い始めた時には、植能の痕跡はかなり薄くなっていた。

 逆に、難易度的には丁度いいかもしれない。そう思ったものの、辿れたのは寮の洗濯室までで、そこから先の行方がいくら探してもとんとわからない。

 ムラサキの携帯に何回連絡しても返事はなく、まさかここ最近負け越しなのを根に持って勝手に帰ってしまったのでは、とボクはいささか憮然としながら仕事に戻ろうとしたんだけど、少し時間を置いて冷静になれば、彼女がそんなことをする人じゃないことはすぐにわかる。ああも子どもっぽく見えて、意外と感情の機微には繊細な大人なんだってことを、ボクは知ってる。

 

(まさか、何かあった……?)

 

 あまり信じたくはない事態だったが、念には念を入れて、待機中の班を全稼働してSOATの敷地内の捜索に当たることにした。ボクだけでは見落としている場所も他の人なら気付くかもしれないし、たった一人の人数のためにこれだけの人員を割いて、見つからないというのは考えにくい。どこか隙間に挟まって動けなくなっていたというような、そんな迷子の飼い猫みたいな笑える結末であることを期待して……散らばっていた各班の班長から聞いた結果は、無慈悲なものだった。

 ムラサキは、どこにも見つからなかった。SOAT本部内の、どこにも。

 

「念の為、詰所の方にも連絡を取っているんですが、今のところどこからも見つかったという報告は……」

「くそっ、一体どこへ……!」

 

 いよいよもって、事態がきな臭くなってきた。

 ムラサキが持っている子宮(ウーム)の力を保護したいと考えているのが、何も自分たちだけだとは限らない。今までに何度か起こった事件で、エレメントに憑かれた者、もしくはエレメント本体は、執拗にムラサキを襲ってきている。その理由はわからないが、まだ誰も所持したことのない珍しい主要植能を、狙っている勢力がいても不思議じゃない。

 事務方に出入場の記録を調べてもらったところ、ムラサキがログアウトした形跡はなかったらしい。つまり、システムエラーでない限り、彼女はまだこの世界のどこかにいる。判断するには早急かもしれないが、もし彼女が自分から姿を消したのでないとすれば……

 

「……誘拐、の線があり得るよね」

「なっ……こんな時間帯に白昼堂々と、ですかっ!?」

「昼間だから、っていうのは逆に犯人にとっては有利かも。こんな明るい時間帯に誘拐なんて、想定しなさすぎて誰も気付かないだろうっていう盲点を突ける手があるんだとしたら、警備も楽にすり抜けられるかもしれない」

 

 顎に手を当てて呟いたボクの傍で、仲間の隊員たちは不安げな顔を見合わせる。

 とりあえずカシハラ達に連絡は入れたけど、実働部隊としてはボクが中心になって動くことになるだろう。一応、今のところ人一人が消えただけで、街中で重大事件が起きたという知らせも入っていない。

 まずはコントロールルームに行き、定番ながら監視カメラの映像をチェックした。既に監視と下調べを行ってくれていた隊員たちの話では、怪しげな者は映っていなかったという。

 

「ま、そりゃそうか……見るからに怪しいですって主張してるような見た目の奴がカメラに映ったら、その時点で普通に気付くよね。訪問客や業者の、通行許可証の記録は残ってる?」

「はい。基本は事前に申請があった者しか通れませんから、正門と裏門からの入場時に、ネットでの申請内容と発行した許可証の照らし合わせを行っています。今日、現時間までに通行した者は、皆身元がはっきりしていました」

「てことは、外部からの人間にも怪しい者はいなかったってワケか……」

 

 進展なしか、と顎を引いて黙考していると、薄暗いコントロールルームに着信音が鳴り響いた。敷地内を捜索していたミカからの全体通信だ。

 

「どうした? ミカ」

『ねえ、ちょっと。妙なモノがあるのよ。これ見てくれる?』

 

 音声通話がビデオ通話に切り替わり、コントロールルームの大型スクリーンに、映像が映し出される。建物の際の雑草と土、それに白壁が映っていた。寮の外壁の一部だろうということはわかったが、その他に取り立てて変わったところはない。

 

「妙なモノだって? 一体どこに……」

 

 そう言い掛けて、ズームされたカメラの映像にボクは目を細めた。

 かなりズームしないと分からない程度の、微かな違和感。モノではなく、じぐざぐと線を引いたような微かな痕が、壁に残っていた。輪郭自体がかなりぐしゃぐしゃとして判別しにくいが、線で囲まれている大きさは、丁度動物か子どもが通れる程度だ。たこ糸ぐらいの細さの線で、色もほぼ壁に同化してしまっているので、よほど目を凝らさないとわからないだろう。

 

「なんだ、これ? 壁の模様の一部とかじゃなくて?」

『アタシもそう思ったけど……なーんか引っかかるのよ。叩いてみた感じだけど、ここだけどうも脆くなってるっていうか?』

「それホントか?」

 

 見た方が早い、と言わんばかりに、グローブを付けたミカの拳が、ノックするように線の境目を叩く。すると、構造物の異常が発生している時にだけ現れる、プリズムのようなノイズとエラー画面が、叩いた箇所に浮かび上がった。

 

『エラーコードはA11468……これも妙ね。これ、キャッシュが溜まりすぎて動作不良の時に出てくるエラーじゃなかった? 大体は自動ドアとか認証システムとか、容量の溜まりやすい場所に出てくるモンでしょ? こんなところに出るなんておかしいのよ。

おまけにこのノイズの出具合、多分だけど見た目からじゃ分かんないぐらいボロッボロにされてるわ。とりあえず、一旦調査チームを寄越してもらえる?』

「わかった。すぐに行かせるから」

 

 壁に残った謎の形跡。ムラサキの誘拐の件と関係あるのかは分からないが、人手を割いた方がいいと、ボクの直感がそう告げていた。

 今の報告を受けて、ボクはセキュリティ担当の隊員に尋ねる。

 

「ムラサキが最後に確認されたのは、寮の中だった。万が一、あの壁に穴が開けられていた場合……その時は、寮のセキュリティチェックを通過しなくても、不審な人物が出入りできるってことだよね?」

「え、ええ。けれど、システムの外壁や構造物に損傷を与えた場合、すぐにこちらのアラートが鳴って損害箇所の特定もできますし、あっという間にバレちゃいますよ。たとえ穴を開けられるだけの技術を持っていたとしても、犯人は一体どうやって、我々に感知されずにそんなことを……」

「ううむ……」

 

 脆くなっていたというミカの報告から、こっそり壁に穴を開けられている線を疑ったのだけれど、謎が謎を呼ぶばかりだ。

 

(それに、たしかあの穴の大きさは、動物か子どもが通れるぐらい……人一人を運ぶには、どう考えても小さすぎる。だったらいっそ、怪しまれずにムラサキを敷地の外まで運ぶ方法を先に考えてみるか)

 

 視点を切り替えて、ボクは考え続ける。

 今、とっさにムラサキが気絶して攫われた前提で考えてしまったけど、もしムラサキに意識がある状態なんだとしたら、たとえば彼女を脅して着替えさせ、目立たないような服装に変装させて、連れを装いながら外に出ることも可能なわけだ。なんせ、ムラサキの袴は目立ちすぎる。

 ……変装? ふと、頭に中に光が瞬いた気がした。

 

「ねえ。そういえば、今日来た業者の具体的な種類って?」

「ああ、はい。今出しますね。事務用品の納入が一件、カーテンの業者とリフォーム業者、それにガラスの専門業者が一件ずつ……」

「通用口を通った時の、監視カメラのアップの写真、出せる? 彼らが制服を着てるかどうかを見たい」

「制服、ですか……?」

「あと、寮と研究室の方に来てた業者も、できれば」

 

 まあ、寮に来てる担当業者なんて飲食物か清掃関連か設備点検が主だろうし、そんな人間が何か怪しげなことを企んでいるとも思えないけど、念の為にというやつだ。調べられるところは、重箱の隅をつつくようにして徹底的に調べ上げる。

 軽快なキーボードと電子音と共に、次々とモニターに上がる写真を、ボクらは手分けして眺めた。

 事務用品とリフォーム関係の業者は、みんな男物のスーツだった。低身長のムラサキが着こなすには無理がある。パンの納品に来ていた業者も、白い帽子と割烹着の姿だったが、着ている人間の体格が随分とムラサキと違っているから、これを着せても不自然な感じになるだろう。あとは……

 

「隊長。このクリーニング業者も、制服を着ているようです」

「クリーニング業者?」

「うちの寮のリネンとか洗濯物を、纏めて担当してくれてるとこですよ。ほら、この」

 

 一枚の写真が、画面に大写しになる。業務用の軽バンを運転する人間が、そこに映っていた。

 たしかにこの制服、見たことあるような気がするが、寮で仮眠する時はだいたいくたくたに疲れ果ててるから、誰が寮の維持管理に関わってくれているか、まともに気に留めたこともなかった。背中にロゴの入った青いブルゾンのようなパーカーと、帽子を目深に被った顔を眺める。ハンドルを握る手と上半身を見る限り、すらりとした体格だが、髪は纏めてパーカーの内側に入れ込んでいるようで、この画像だけだと男か女か判別はつかない。

 

「ふぅん……? ちょっと、守衛室の警備員に話を聞いてみてもいいかな」

 

 すぐさま通話を繋いでくれた隊員から、ボクは端末を受け取る。よく寮の外に出る時に挨拶を交わす、恰幅のいいおじさん警備員が電話に出た。

 

「もしもし? あのクリーニング業者って、いつも決まった曜日とか時間に来てるの?」

『ええ。普段はもう少し早い時間なんですよ。時々ここに寄って立ち話をするんで、よく覚えてます。けど、今週は新人研修の都合で一時間遅れさせてくれって、急に電話があって。許可証の内容に齟齬はなかったんで、通しましたけどね』

「新人研修?」

『今日来たのも、その新人さんって子だったんですよ。搬入口や洗濯室の場所なんかを聞かれてね。洗濯物のカートを押してるところもここから見えたんで、ちゃんと仕事はしてたと思いますよ』

 

 申請書類の名前を見ると、たしかに過去のデータにあった男性の名前が、今日の分だけ別人の名前に変わっていた。新島(ニイジマ)八重子(ヤエコ)

 つまり、あの監視カメラの映像に映っていたのは、女性ということか。通話を切りながら、ボクは傍にいた隊員に、半分独り言を言うようにして尋ねかけた。

 

「……この人間が、例のクリーニング業者に本当に在籍してるかどうか確かめる方法って、ある?」

「へ? そ、それは、業者に直接問い合わせればすぐわかると思いますが……」

「じゃあ、電話して聞いてみて。それから、今日本当に、SOATを担当してる社員が会社を時間通りに出発したのか、その後無事に戻ってきたのか、確認して欲しい」

 

 端末を渡しながら、真剣に問いかけたボクの表情と声音に押されたようにして、驚き顔の隊員がこくこくと頷く。

 それからふと、会話の一端を思い出したボクは、もどかしいような気持ちでもう一度守衛室に電話を掛け、勢い込むように尋ねた。

 

「さっき、洗濯物を運んでるところ見たって言ったよね!? どんな感じなの?」

『ええ……? どんな……と言われましても、特に変わったところはないですよ。専用のカートに乗せて、それをバンに移して運ぶだけです』

「カート……じゃあ、そのカートをバンに乗せるところ見た!?」

『え!? いやあ、すみません。こっちも仕事があるもんで、ずっと凝視してるわけじゃないですから、今日直接確かめたわけでは……』

「そ、そっか」

『ああ、それに、カートは直接バンには乗せないですよ、隊長さん』

 

 年配の警備員は、電話口のボクにのんびりした口調でそう教えてくれた。

 

『乗せるのは洗濯物の中身だけで、カートはうちの敷地に返すんです。何せ、あれはうちの備品じゃなくてクリーニングの業者から一括で借りてるもんなんで、下手に敷地内から出したり入れたりすると、数が合わずに遺失物扱いになることがあって。うちも業者も管理が面倒なんでね、あんまり使いたがらないんですよ』

「……! じゃあ、そのカートは敷地内の運搬にしか使わないんだね?」

『ええ。よっぽど大掛かりな洗い物が出りゃあトラックに乗せてカートごと運ぶこともありますが、そんなのは年に一度見るか見ないかって感じなんでね。普段の洗濯量だったら、多少多くても余裕で乗りますよ。業者の方も、前そんな風に話していたと思います』

「ありがと! それだけ分かれば十分だよ!」

 

 ボクに奇妙な質問をされた挙句に感謝され、目を白黒させながら困惑する警備員の表情が目に浮かぶようで気の毒だったが、今は気に掛けている余裕はない。

 ボクは大声で、固唾を飲んで待機中の隊員達に尋ね掛けた。

 

「ねえ! 寮の洗濯物のカートって、どんなやつ!? どのくらいの大きさかわかる?」

「え、ええ!? よ、よくホテルで見るような奴っていうか……」

「そ、そうですねぇ、その複合機くらいの大きさはあると思いますけど……なんなら、直接見に行かれます? 寮の備品置きに、予備のがあったはずですから。廊下にも、まだ何個か設置してるはずですし」

「わかった。じゃあボクはそれを確かめに行く。君たちは事務担当に連絡して、例の業者からいくつカートを借用してるか調べてくれない? 現物と数が合ってるかどうかを、調べて欲しいんだ」

「……! 了解!」

 

 さすが、SOATだけあって頭の回転も早い。みんなボクの言いたいことが何となくわかったようで、ハッとした後一斉に担当箇所へ散らばっていく。

 ボクは、隊員たちの後についてコントロールルームを飛び出し、寮へと駆け出した。

 他の隊員達には寮の上層階のカートを数えてもらうことにして、ボクは案内された一階の備品置き場に残っていたカートを、改めて観察しながらしゃがみ込んだ。青い布地を張られた本体に、金属製の骨組みに、車輪が四つ。よく病院とかホテルとかで目にする、おなじみのランドリーカートだ。幅も奥行きも高さも、人一人が十分隠れられる。

 それを確認したところで、上の階にいた隊員たちが、バタバタと駆け込んでくる。

 

「隊長! 先程事務方のデータと照合したのですが、カート一台、紛失してることがわかりました! おそらく一階の分です!」

「みんなよくやった! これであとは……」

 

 その時。折しもいいタイミングで、通話の着信音が鳴る。さっき、クリーニング店への確認を頼んだ隊員だった。電話に出た途端、興奮したような声が喋り掛けてくる。

 

『隊長、ビンゴです! 新島なんて社員は、あの会社に存在してません! おまけに、今朝いつものルートを通って洗濯物の回収に出て行ったはずの社員が、一人戻って来てないそうです! SOATに来る前に回収に寄った他の施設では姿が確認されているそうなんで、おそらくSOATに立ち寄る前後で姿を消したのかと……!』

「短時間でよくここまで調べてくれた。ありがとう」

 

 沸き立つ隊員達に囲まれながら、ボクは一度落ち着いて深呼吸する。今更のように、額の下に汗が滲み出てくるのを感じた。

 

「これで、ムラサキが消えたルートとカラクリは掴めた。問題は、その後どこに行ったかだけど……」

『すぐ、交通管理局に連絡して街中の監視カメラを調べさせます。業者に聞いてバンのナンバーさえ割り出せれば、居所はすぐ掴めるはずです』

「向こうが他の盗難車に乗り換えてなければいいけどね。助かるよ」

 

 通話を切って、再びコントロールルームへと戻りながら、ボクはボクで居所を探すための手掛かりになるものはないかと考える。もし後手を取ってしまっていたら、車本体は見つかっても、ムラサキ達がそこにいるとは限らない。それに、おそらく犯人に襲われて制服を奪われたであろう、本物の社員の行方も探さなければ。

 そしてボクはふと、廊下の途中で立ち止まった。

 

「あれ……ことりは?」

 

 一緒に来た隊員たちも、不思議そうに周囲を見渡す。

 いつもこんな事態には、やかましくする事こそなかれ、ぴったりとボクの傍を離れずについて来そうな鳥の姿が、今日はどこにも見当たらない。たしか、ムラサキと一緒に……

 

「……待てよ。もしことりがムラサキと一緒にいるなら、まだ手はある」

 

 コントロールルームの自動ドアを開けながら、ボクは呟いた。けれど、それを使うには、ある程度の賭けに出るしかない。

 ムラサキが身に付けているであろうSOATの身分証には、発信機なんてついてないし、もし犯人と一緒なら、無理に植能を使おうとするのも危険が迫るだろう。たとえ使ったとしても、どこにいるかもわからないような状況で、ボクがその痕跡を辿るなんてこと……

 

——「大丈夫だよ。 どこに居たって、必ず見つけてくれるんでしょ?」

 

 今更のように、彼女の悪戯っぽい笑顔が脳裏に浮かんで、ボクは唇を噛む。

 絶対。絶対見つけ出す。

 だから、もう少しだけ、待っていてくれ。

 そんな思いを胸に、ボクは俯きそうになっていた顔を上げた。


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