誰もいないから、俺が英雄になる   作:沖縄の苦い野菜

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第10話 冒険の予兆

 

 彼はきっと、冒険者になるべきではなかった。

 救われた身の上で、何を偉そうに言うんだ、って指摘されるかもしれないけど、それでもこの結論だけは変わらない。

 

 ヘスティア様は優しい。

 彼の主神の女神様は、ただただ優しかった。元は神友にお会いになるため降臨されたみたいだけど。あの方は、神友の眷属に会いに来てた子どもの、ささやかな願いを叶えるために、その恩恵を授けられた。

 

 彼の初恋の人は、とても優しかったらしい。

 きっかけは些細なこと。病弱な彼女が、たまたま体調がいい日に、偶然出会って。お腹を空かせた彼と一緒に、ジャガ丸くんを食べた。いつでもいらっしゃい、と。話し相手になってくれない、と。誰にも見向きされなかった、天涯孤独の彼が、初めて人との繋がりを手に入れたと聞いた。

 

 ――惚れたって仕方ないわ。何なら私が惚れるわ!

 

 なんて美しい物語。本で読んだなら、きっと泣き腫らしてしまう。身近で、温かくて、ありふれてほしい光景。彼はきっと、初恋の人の優しさに、大きく影響を受けてしまった。

 

 ――周りに恵まれることは素晴らしいこと。でも、彼はきっと、周りに恵まれすぎてしまった。

 

 心根が真っ直ぐなのは知っていた。優しすぎて、捻くれてしまったのも、彼の優しさ。

 だって、身近な人が亡くなるのはとても辛い。泣いて、叫んで、心が張り裂けそうになるほど、辛いこと。

 でも、赤の他人なら。心は痛めても、心が張り裂けることはない。

 嫌いな人なら、きっと心もほとんど痛まない。

 

 だから、彼は憎まれ口を叩く。嫌われるために突き放す。誰かに優しくできるし、誰かに優しくされる暖かさをよく知っているから。それが裏返った時の苦痛を、誰よりも心で理解しているから。

 自分が居なくなった時、誰も辛くならないように、ずっと振る舞ってきた。

 

 ――彼は悲鳴をあげていた。心がひび割れて、その隙間から嘆きの声が聞こえてくるかのようだった。それなのに、見た目は普通だから、余計に痛々しかった。

 

 泣いていい。当たり散らしていい。怒っていい。何も聞かないことに、何も見なかったことにするから。

 聡明な自分が彼に言うたびに、彼から距離を置かれた。言えば言うほど、どんどん遠くなっていく。手が届かなくなって、声が届かなくなって、見えなくなりそうになったところで、ようやく止まった。

 

 ――あ、終わった。

 

 そう理解した時には、もう遅かった。

 彼は救うべき誰かを見つけてしまった。そうなれば、今度こそ止まらない。

 

 ――私の目の前から、気づけば彼は消えていた。

 

 彼に必要なのは、寄り添ってくれる誰かじゃなかった。

 だって、その枠にはもう、ヘスティア様がいる。

 

 手を差し伸べる誰かなんて、いらなかった。

 だって、そこは初恋の人で埋められてしまったから。

 

 彼があの時、本当に必要としていたのは。

 きっと、彼と一緒に死ねる人。

 

 ――でも、彼に必要だった人は違う。

 答えを知っていても、もう遅い。たとえその答えの通りに行動しても、意味がない。彼が聡明なアリーゼ・ローヴェルを忘れない限り、馬鹿なアリーゼ・ローヴェルしか知らない状態でない限り、決してこの声は届かない。

 

「貴方の炎は、私の正義の炎と共に」

 

 だから、せめて出来ることを。

 彼を直接救えないなら、その荷を勝手に奪い取るくらいの気持ちで行動を。

 

 ――お膳立てはしてあげる。だから、あとは頼んだわ。

 燃える剣を両手に持ち、誓いを立てる。誰よりも前に、自らを盾にするように、大きな一歩を踏み込む。

 

 正義の聖火が、燃え盛る。

 

 

 

 

 

 

「……事情はわかった」

 

 重々しく、神ヘスティアが口を開く。

 目の前で、震えながら子兎ことベルの腕を両手で握る竜女(ヴィーヴル)を見て、女神は肩を落とすと、柔らかく微笑んだ。

 

「まったく。君たちときたら……」

 

 親心として、ちょっと不安が大きいところもあったが、何よりも嬉しいと思うところが大きかった。

 神ヘスティアの最初の眷属がやったように、次代の彼もまた、誰に言われるでもなく行動に移した。

 

 ベルは会ったことなんてない筈なのに。確かに、彼の意思は引き継がれている。それがたまらなく、神ヘスティアには嬉しかった。

 

「それで、神様。その……」

「こらこら。ベル君、君がそんな不安そうな顔をしたら、その子がもっと不安になっちゃうだろう?」

「あっ」

 

 慌ててベルは、小さな少女然としながら鋭い爪と八重歯と額に宝石を持つ少女を見て、すぐに表情を引き締めた。「大丈夫だよ」とその手をそっと握り。

 

「さて。ちょっと意地悪言っちゃったけど、実は専門家を知ってるんだ」

「……ヘスティア様。それは、その……ブローカー的なお知り合いが?」

「ボクを何だと思っているんだい!? 冗談にしたってそりゃないよ!」

 

 まったくもう、と肩を怒らせながら、ヘスティアは大きく息を吐く。

 ベルが何の事かわかっていない様子だったのが、不幸中の幸いであった。

 

「ただ……」

 

 神ヘスティアの親心が揺れる。

 こんな機会は滅多にない。安全をとるなら、間違いなく“専門家”に任せた方がいいだろう。

 

 しかし、それでは彼らの成長を妨げてしまうのではないか、という懸念もある。

 物理的な、レベル的な成長ではない。精神的な成長だ。それが出来る機会というのは、狙ってもなかなか巡ってくるものではない。

 

「その、専門家の子は……いつもどこに居るかわからないんだ」

「ダメじゃないですか!?」

 

 真実の中に、ちょっとだけ嘘を交えた。

 今どこに居るかわからないのは本当だ。しかし、連絡を取る手段は幾らでもあった。ウラノスやフェルズを通して接触をとることは出来る。【アストレア・ファミリア】に任せれば、数日のうちに連絡は取れるだろう。

 ただ、今すぐに連絡を取るというのが無理なだけだ。

 

「し、仕方ないじゃないか! だってその子、前は下水道に居たとかひょっこり戻ってきたと思ったら、今度は深層行ってきました! なんて言っちゃう子なんだぜ!? 挙句の果てには一ヶ月音沙汰ないと思ったら、オラリオの外にちょっと外出してきました、って戻ってきたこともあったし!」

「……それ、待ってる猶予ありますかね?」

「いえ、それより深層……? え、どんな御方なんですか、その人」

 

 謎の人物に対する想像が、眷属たちの間で広がり始める。これだけなら話しても問題ない。その情報の中でやり取りしていた筈、と思い返しながら、よし、とヘスティアは大きく頷く。

 

「それじゃあ、君。名前はあるかい?」

 

 そんな喧騒が、ピタリと止む。そう言えば、とその場にいる誰もが思い出したように。

 

「……なまえ?」

 

 怪物少女はしばらく悩んだ後、「ベル」と声を上げる。どうやら、「名前」という概念はわかっているが、自身に名前はないらしい、というのがすぐにわかった。

 ちょっと厄介かもしれない、と神ヘスティアは頭を悩ませながら、それならと口を開く。

 

「ベル君。君が保護したんだから、君が名前をつけてあげるといい」

 

 最初の一歩はここからだろう。

 

 しばらく賑やかになる眷属(こども)たちを見守りながら、女神はこれからのことについて、考えを巡らせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「時代が、動くやもしれん」

「そうだな」

 

 『竈火(かまど)の館』の外から、二人の傑物が、お互いに感じる変化に頷き合う。

 

「戯れに、一度立ち塞がるか? いい経験値(かて)となるだろう」

「それでベルを傷物にしてみろ。殺してやる」

「……」

 

 その一言だけで、女と男の力関係は明白だった。

 主神が主神なだけに、その関係が覆しがたいものなのは、仕方のないことだった。

 

「見ているだけ、というのはもどかしい上に、身体が鈍ってならない」

「ほう。ならば、敗北の雪辱を晴らすか?」

「……まだ早い。ただの蹂躙では意味がない」

「だろうな」

 

 しかし、動くときは思いの外、近いかもしれないと。

 二人は言葉にはしないが、お互いにそう確信していた。

 

 

 

 





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