誰もいないから、俺が英雄になる   作:沖縄の苦い野菜

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第2話 親の前では童心に

 

 コインの裏表のような関係だ。

 彼は本来、和解などあり得るはずのない怪物。異端児(ゼノス)たちの味方をすると決めた日から、日陰者になる覚悟は決まっていた。

 

 それはたとえ、己が二度と冒険者としての名声を手に入れる機会を失おうとも。一生涯、陽を浴びれない立場になろうと。怪物趣味と罵られようが、他の冒険者から執拗な嫌がらせを受けようとも。それら全てを踏み越えて、必ず英雄になると、超硬金属(アダマンタイト)もかくやの意思であった。

 

 しかし、たった一度。

 可愛い後輩が死にかけようが、理不尽に罵られようが、他の神にちょっかい掛けられていようが、頑なに表舞台に姿を現さなかった彼が一度だけ、再び姿を見せたことがあった。

 

 そんな出来事も、少し前のこと。

 それがきっかけで、とあるファミリアが戦争遊戯にて、襤褸雑巾のようにしばき倒されたのは余談というものだろう。

 

 

 

 

 

「それでさ、ベル君ったらまーた女の子連れてきちゃったんだよ!」

「そんな目くじら立てなくても。将来有望な後輩で、俺としちゃ鼻が高いってものですけどね」

「甘ーいッ! 砂糖菓子のように甘いよアトラ君! ヴァレン何某に懸想したと思ったら、すぐ女の子引っ掛けて、まーた女の子引っ掛けて!」

「でも、そりゃ後輩君の人が好かったからでしょう? なら、神様的に誇ってあげてほしいって、俺は思いますけどねー」

「うっ、そりゃそうだけども! そうだけども! 違うんだよッ!」

「全く、眷属のことになるとすぐ冷静さを失うんですから。これさえなければなぁ……」

 

 なにおう! と、彼と机を挟んだ神ヘスティアが、烏の濡れ羽色のツインテールを振り回して声を上げる。

 いつもの光景だった。今は閑散とした廃教会の地下室。しばらくは使わなかった密会の地に、久方ぶりに両者が揃う。

 

「にしても、もうレベル3とは。これなら、2年以内に肩並べて、一緒に冒険できますかね」

「いや、流石のベル君でも……あり得るかも」

「ははっ、そりゃいい! そうなれば、60階層どころか、70階層にだって行けそうだ」

「……アトラ君も、あまり無茶しないでくれよ? 独りで50階層より深くなんて、ロキのところだってやってないんだから」

「オッタルなら出来るでしょうよ。それに、今は独りじゃない。あいつらも、強くなってます」

 

 暗にやめるつもりはない、という彼にヘスティアは「やれやれ」と首を振る。

 

「君はいつもそうだ。ボクがどれだけ言ったって、あの日から聞きやしないんだから」

「……謝りませんよ」

「その代わり、悩んでたり、辛かったり、何かあったらちゃんと、素直に言ってくれよ? ボクだって神様なんだ。眷属(こども)の悩みを聞くのも、良き(おや)の務めってやつさ!」

「あー、ならちょっと悩みを聞いてもらいたいんですけど」

「いいよいいよ! ドンと来いっ!」

 

 ドン、と自身の豊満な胸を叩いて任せろ、とふんぞり返るヘスティアに、彼は苦笑をこぼす。昔からこんな神様だった。言葉を飾らずとも、遠慮せずとも、(おや)として答えてくれる。そんな確信が、安堵の言葉となってこぼれ落ちる。

 

「女性にプレゼント贈るなら、櫛とオイルのどっちがいいと思います?」

「き、み、も、かーッ!」

 

 うがーっ! と髪を振り乱して乱心するヘスティアに、彼はけらけらと笑い声を返す。それがますます気に障ったのか、彼女の声は大きくなるばかりだった。

 

「ぜぇ、ぜぇ……」

「落ち着きました?」

「だ、誰のせいだと思って……こほん。ま、アトラ君も今考えると、二十後半だもんね。ボクとしても、確かに孫の顔は見たいかなー、って思ったり」

「いえ、そもそも勘違いというか。別に惚れた腫れた、って話じゃないですよ。ただ、またダンジョンアタックするので。毎回、レイは付き合ってくれますし、感謝の贈り物くらいしたいじゃないですか」

「たしか、歌人鳥(セイレーン)の子だったね。うーん……」

 

 異端児(ゼノス)たちはダンジョンの中でしか行動出来ない。金銭を持ったところで、地上に出れば瞬く間に大騒ぎになるのは目に見えている。何せ、見た目は怪物なのだから。大騒ぎどころか、数多の冒険者が討伐のために駆り出されることになるだろう。

 だからこそ、彼ら彼女らにとって、地上の物品はどれも物珍しいものになるのは間違いない。その中で、特に女の子に対しての美容品、ともなれば。そもそも人類とは違う体のつくりから考えて、非常にデリケートな問題になってくる。

 

「……いっそのこと、両方プレゼントしたらどうだい?」

「それは何か、気持ち悪くないですか? やたら美容品贈る男って、めちゃくちゃ……」

「いやいやいや。アトラ君とその子は、もう十年近い付き合いだろう? なら、今更美容品のひとつやふたつで気持ち悪がられることもないさ。むしろ、女の子なら嬉しいと思うけどね」

「そういうもんですかね」

「そういうものさ。それに、人類の美容品だなんて、ダンジョンじゃまず手に入らないんだ。なら、愛用できる日用品は欲しいし、消耗品だって、試しに使ってみてもらわないと。その子たちの感覚も掴めないと思うんだよね。合う合わないっていうのが激しそうだし」

 

 言われてみれば、と彼はヘスティアの言葉に頷いた。人類だって、化粧品には合う合わないに煩いのだ。ならば、怪物の身体を持つ者にしてみれば、どんな反応になるかなど想像すらつかない。

 つまり、試さなければ始まらない。ならば少し大胆になってもいいかと、彼は納得した。

 

「じゃ、色々試してみます。羽のケアとか、ガネーシャ様あたりに聞けばわかりますかね?」

「う、うーん……ガネーシャは流石に知らないと思うなぁ……」

「そういうの、詳しそうな神様とか心当たりないですか?」

「……今下界にいる中だと望み薄だね」

 

 そうですか、と肩を落として首を捻った。どうしたものか、と彼は唸りながら。

 

「それなら、ガネーシャの眷属(こども)に聞けばよくないかい? ほら、ガネーシャのところって、モンスターのテイムとかしてるじゃないか」

「……あっ、確かに! だったらアーディなら詳しいかもしれない」

 

 ヘスティアの少し角度を変えた捉え方に食いついた。いくら【ガネーシャ・ファミリア】とはいえども、誰彼構わず聞ける内容ではないが。

 彼の交友関係は少々変わっていて、それが今回は功を奏した。

 

「目途は立ったかな?」

「はい! ありがとうございます。ほんっとに助かりました!」

「いいっていいって。君とボクの仲じゃないか。……ところで、アーディ君とも変わりないのかい?」

「……はい?」

「あ、いや。何でもないや。でも、手伝ってもらうならせめて、何かお礼はするようにね? 数少ない理解者なんだからさ!」

「そりゃもちろん。アーディには何かと、世話になりっぱなしですし」

「うんうん。良い心がけだよ。……それじゃ、名残惜しいけどそろそろお開きにしよっか。ボク、明日も早くて……ふぁぁ」

 

 送りましょうか、と彼が声を掛けるが「見送りだけで大丈夫」とヘスティアが返す。

 

「君は『死んだことになってる』んだから、ボクと一緒にホームまで歩くところなんて、見られるわけにはいかないさ。なに、寂しくなんてないよ。定期的にこうやって会えるし、今はベル君たちだって居るからね。孤独じゃないさ」

「……わかりました」

「アトラ君……いや、アストラム君。ボクは君が選んだ道を応援してる。でも、所詮は全知零能だから、君を手伝ってやることは出来ない」

 

 だけどね、とヘスティアは柔らかく微笑みながら、口ずさむ。

 

「いつだって、ボクは君の味方さ。そして君の帰ってくる場所は、【ヘスティア・ファミリア】さ。これだけは、何があっても変わらない」

「……はい!」

 

 彼、アストラムは力いっぱい頷いた。

 

 こうして、今宵の密会も閉幕。

 元ホームの廃教会に住み着く者は、今は昔の幽霊だけとなり。

 

 

 

 やがて朝日が、光をもたらすのであった。

 

 

 

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