誰もいないから、俺が英雄になる   作:沖縄の苦い野菜

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第3話 余計なお世話

 

 決して、人に誇れる道を歩んできたわけではない。

 彼の覚悟を聞いたなら、100人の内、99人が理解しようとさえせず、頭ごなしに否定するだろう。

 

 だが、彼はたとえ人に誇れる道でなくとも構わなかった、

 誇りは振りかざすものではないのだから。たとえ、100人中100人に否定されても、ならばこそ、と彼はますます歩幅を大きくして突き進むことだろう。

 

 彼は根っから、少し天邪鬼のきらいがあった。捻くれ者ともいう。

 それでいて、これと決めたら梃子でも曲がらぬ頑固者であるとくれば、まさしく始末に負えない困った男であって。

 

 頑固者同士が顔を合わせた日には、神でも匙を投げる、そんな有様に成り果てるのだ。

 

 

 

 

「なんだって?」

 

 ピリ、と電流でも迸ったかのような、鋭い声音だった。

 男は強面というほど人相が悪いわけではなかったが、170cの身長の割に、神威もかくやの覇気を纏っている。男の冒険者にしては低めの身長にも関わらず、はるか上から見下ろされているような、圧力が降り注いでいるかのようだった。

 

「そろそろ身持ちを固めたらどうかと言っている」

 

 そんな、他人が聞いても余計なお世話だ! と言いたくなるようなことを、さも当然のように真顔で言い放つのは。

 浅緑のセミショートに、尖った耳、そして耳と同じくらい吊り上がった瞳で男を凄む、それでいて神でも一度は目を惹く美しさをもつ、エルフの女。給仕服にその身を包み、買い物籠を手首に吊り下げる姿は愛らしくも、その覇気はいっそ鎧に身を包んでいた方が様になっていた。

 

「お前、俺のことわかって言ってんのか? あ?」

「小悪党のような言葉は慎むといい。あなたの品格が落ちては、アーディが浮かばれない」

「えっ、なんで私!?」

 

 いきなり話を振られて、鈍色の短髪の少女アーディがギョッと目を開いて、素っ頓狂な声をあげる。

 いうなれば、少女は突然突っ込んできたミノタウロスに訳もわからず轢かれるような気持ちであった。まだそっちの方が笑い話にできる分、幾分かマシであったかもしれない。聴衆が思わず彼女に黙祷を捧げたことを本人が知らないのは、不幸中の幸いだった。

 

「大体、なんだ、藪から棒に。お前は俺の母親気取りか」

「誰が貴方の……そもそも、ヒューマンの一生は短い。その寿命の3割近くを過ぎようとしているなら、小言の一つも言いたくなる」

「あれ、私が巻き込まれた意味は!?」

「その小言が、よりによってそれか。……はぁ、そもそも俺は伴侶を幸せにしてやれるほど真っ当な人生を歩いてきた覚えがなくてね。俺の奥さんになる子が可哀想だろ」

「自らの品格を己で貶めるのはやめなさい。貴方の悪い癖だ」

「マジでお前、俺の何気取りなの!?」

 

 助けて! と、男の視線が巻き込まれたアーディに飛ぶが。

 

「どうして目を逸らす」

「めんどくせぇ!?」

「なっ……よりにもよって、人の好意をめんどくさい……?」

「余計なお世話だって言ってんだポンコツ」

「ぽんこ……! ……捻くれた性格は変わらないらしい。そこに直れヒューマン。その性根を、今ここで叩き直す」

「何でだよ! 大体、俺はお前の遊びに付き合ってる暇なんざ――」

 

 疾風が、彼の頰を掠めて奔る。つぅ、と薄皮が裂けて、赤色がわずかに垂れる。

 少なくとも観衆には何が起こったかわからないし、ただ空気が唸ったように聞こえたのは、なるほどこのプレッシャーから聞こえた幻聴か、などと錯覚するほどだ。

 

 だが、彼は違う。懐から取り出した果物ナイフを抜剣して、反応さえ許さず頰を掠めたその様を、確かに瞳で捉えていた。

 

 ――やべぇ、マジだコイツ。

 そう確信するには十分過ぎた。街を破壊するほど理性を失っているわけではなさそうだが、その手加減の鬱憤を全て己に向けられては堪ったものではない。

 

「逃げるぞアーディ!」

「あっ、ちょーー」

「あっ、待ちなさい! まだ話は終わって――」

 

 アーディの手を引いて走り出した彼を追おうと、エルフの彼女もまた足に力を込めたところで。

 

「何やってるんだい、馬鹿娘」

 

 その首根っこを、野太い手ががしりと掴んで離さない。勢い余って転びかける彼女は、しかし万年の大木の如くどっしりと構えたその女将によって支えられた。いや、掴まれてびくともしなかった、といった方が正しいか。

 

「み、ミア母さん……」

「で? あの鼻垂れ坊主にちょっかいかける暇があったってことは、買い出しはもう済んだんだろうね?」

 

 だら、だら、と嫌な汗が額から流れ、背中に浮かぶ。

 当然、買い物カゴの中は軽かった。ガマ口財布は重かった。気分はもっと重たいが。

 

「……まだ、何も」

「人におせっかいかける暇があるなら、まずは自分のことやってからにしな!!」

 

 怒号轟き大地が揺れると、それと同じくらい大きな音を立てて、エルフの女、リュー・リオンの頭に拳骨が落ち、彼女は飛び散る星を幻視しながら、決意を固める。

 

(次会った時こそ、覚悟しなさい、アストラム)

 

 この頑固なポンコツエルフ、全く懲りていなかった。

 

 

 

 

 

 

「はぁぁ……あの、ポンコツがぁぁぁ」

「あ、あはは……リオンも悪気があったわけじゃないから。ね?」

「余計にタチが悪い!」

 

 くそったれが、と悪態を吐く彼、アストラムの反応は当然のものと言えた。なまじ実力が高く無駄に行動力に富んでいるせいで、街中で因縁吹っかけてくるチンピラよりも厄介なのが、リュー・リオンというポンコツエルフだ。

 

「というか、別にアーディとは惚れた腫れたの仲でもないってのが、見てわからんのか」

「えー。こんなに容姿端麗、品行方正、人懐っこくて家事も得意! 実力もそこそこ、【ガネーシャ・ファミリア】団長シャクティお姉ちゃんの妹で、ファミリアの幹部! そんな美女の相手なんて、光栄だーって思わないかなー?」

「え、普通に嫌なんだけど」

「……あっ、今日は急用思い出しちゃったかも」

「嘘、嘘! わぁー、うれしいなー。くそったれ」

「せめて最後の罵声出ないようにできなかったの……?」

「親友を異性として見ろって、そりゃ拷問と同じだ」

「えぇ?」

 

 相変わらずよくわからない価値観と頑固な考え方の彼に、困惑の声を上げるのは仕方のないことだった。しかし、それもすぐに切り替えて、その口元ににやにやと笑みを浮かべる。

 

「ほんとリオンとそっくりだよねー、そういうとこ」

「新手の罵倒か?」

「親友の名前を罵倒に使うわけないじゃん」

 

 小首を傾げて、心底不思議そうなものを見る目で見つめられて、これには堪らずアストラムは視線を切った。

 

 

「俺にとっては罵倒だ」

 

 

 そして、減らず口を叩く。

 彼にとっての「リュー・リオン」とはポンコツの代名詞である。その名前で似ていると言われれば、君もポンコツだね、と言われているのと同義なのだ。

 

「ほんと、リオンと仲良いよね」

「目と耳腐ってるのか?」

「ほら、親友っていってる私にもその憎まれ口。つまり、同じ対応というか、それ以上に憎まれ口をたたき合える二人は仲良しってわけ」

「やめろ、やめろ。ほら見ろ、鳥肌立っちまった」

「わっ、ほんとだ。そんなに嬉しかったの?」

「お前もお前で頭おかしいのか!?」

 

 まるで話の脈絡を解さないアーディに、アストラムは頭を抱えて声を上げる。ここまでくると、もはや何を言っても無駄なのだろう。そう察した彼は、深く、心底といった様子で溜息を吐いて。

 

「はぁぁぁ……もう、行こう。日が暮れる」

「はーい」

 

 にこにこ、人懐っこい笑顔を浮かべながら、さっさと歩く彼の横にピタリと並んで歩幅を合わせる。歩いている間、彼女はそんな顔のまま、彼のことをじーっと見つめる。

 

「……なんだ」

「何でもないよー」

 

 あ、でも――と、彼女はふと思い出したように、続けて口を開く。

 

「実際どうなの?」

「何が」

「結婚。そろそろ決めないと、ほんとに婚期逃しちゃうよ」

「阿保か」

 

 まさしく一刀両断。羽虫を払うよりも気軽な様子で、彼は言ってのける。

 

「俺は、7年前に死んだんだ。幽霊の花嫁なんて、どんなロマンスだ」

「足はついてるよ」

「五体満足で幽霊やってるんだ」

「それで、本音は?」

「何が本音だ、何が。俺は最初から、帰る場所は決まってんだ」

「え、つまりヘスティア様が本命?」

「恋愛から離れろ」

 

 そう言いながら、彼は目的の店に入っていく。あ、もう着いたんだ、とアーディもまた、その後に続く。

 

「俺は、人に恩を売るのも、恩を返されるのも大嫌いなんだ」

「うんうん。無理して恩を返してくれるより、ありがとう! って言葉の方が嬉しいよね」

「……はぁ。それで、モンスターの世話に詳しいアーディ様に、翼のケアについてご教授いただきたく」

「うん、良い心がけだね。その丁寧な態度、ほんの少しでもリオンにしてあげられない?」

「お前は火の精霊に水に潜れって言うのか?」

「照れ屋さんだなー」

「で、ご教授の方は?」

「んー、リオンにロマンチックに花束とか渡してくれる場面見せてくれるなら」

「さっさと帰れクソアマ」

「冗談、冗談だって。んー、翼ってことはレイだよね。それなら――ん?」

 

 商品を物色しながら、ふとアーディは何か思い出したように、視線を上の方に向けた。

 しかし、それも瞬きの間に、いつの間にか商品の選別に戻っている。

 

「んー、ちょっとプレゼントに櫛はよくないかも」

「そりゃまたどうして」

「持てないじゃん」

「……あっ」

 

 そうだった、と彼は下を向いて頭を抱えた。

 視線を向けずとも、彼の周りの空気が少し、重くなったことがわかった。

 

「……最低だ」

「ほら、落ち込まないの。それに、それって同族と変わらない接し方をしてたってことでしょ? あの子たちにとっては、とっても嬉しいことだと思うよ」

「それを特別だと、俺自身が自分を正当化したら、そりゃどうしようもない屑だろうが」

「うーん、やっぱリオンとそっくり」

「……クソが」

 

 言い返す余地はどこにもなく、ただ悪態しかつけなかった。その悪態も、彼女に向けたものではない。

 しょうがないなー、と微笑ましいものを見守るように。あるいは、ちょっと母親然とした様子で彼を見守りながら、アーディは「こほん」とわざとらしく咳ばらいをする。

 

「そもそもの話だけど、翼のケアってあの子たちが自分でどうやってやってるか知ってる?」

「……いや、何も。見たことないな」

 

 まぁそうだよね、とアーディはひとつ頷きながら、教鞭をとるかのように人差し指で宙をくるくると掻き始める。

 

「基本的には鳥と同じだよ。自分の口で整えるんだ。翼には脂肪を塗って防水して、ふかふかにするために羽毛の間に空気を含ませる。君が見なかったのは、恥ずかしかったんじゃないかな? 人間でいうところのお化粧やお風呂みたいなものだし」

 

 彼の顔が、説明していくうちに青くなっていく。あっ、やっちゃった? と、アーディが察するには十分すぎた。

 

「待て。その例え方。もしかして、俺が翼を手入れするのって……ヤバいのか?」

「……私は別にいいと思うよ? レイが翼の手入れを受け入れているなら、それはあの子からのアピールだよ。信頼されているんだ」

「いや、でも、男が女のそれをあれこれやるって……」

「いいの。普段通り接してあげて。急にやめたら、それって、今まで普通に挨拶してくれた人が、急に自分のこと無視するくらい悲しいことだからね」

「……そんなにか」

「今の口ぶりからして、かなり頻繁にやってるでしょ。なら、最低でもそれくらい。……で、実際どれくらい前から、どのくらいの頻度でやってるの?」

 

 切り替えの早い女だった。私、とっても興味あります! とズイと彼に顔を近づけ、きらきらと何かを期待するような瞳で彼のことを真っ直ぐ見つめる。

 

「……9年前から、会うたびに」

 

 正直に言わないと長そうだ。今までの経験から確信した彼は、観念したように、言葉を絞りだす。

 対して、それを聞いたアーディは。

 

「……」

 

 ぽかーん、と口を半開きにした間抜けな顔で、しばらく放心していた。

 その彼女の反応を受けて、彼は思わず後退り身構える。いや、それだけの警戒では足りない気しかしないのだが、今の彼にはそれが精一杯であった。

 

「…………」

 

 嵐の前の静けさというものか。無駄に長く維持される沈黙に、彼の警戒心はこれ以上ないほどに上がっていた。

 

「……よし、じゃあこうしよっか!」

 

 そして、肩透かしを食らった。

 それはもう、ゴライアスに向けて全身全霊の一撃を振り下ろしたと思ったら、突如露となって消えてしまい空振りしたような、勢い余って肩が外れそうなほど、盛大な肩透かし。

 

 アーディはにこにこと、人懐っこい笑みを浮かべながら、提案を口にしていく。なるほど、と思わず納得に唸るほどのものもあれば、それは本当にお礼なのか、と思わず疑ってしまうものまで。

 一体、どこからが本気で、どこまでがお遊びなのか、付き合いがそこそこに長いといえども、彼にはわからなかった。

 

「……と、思いつく限り、こんなところかな。流石に一度にはできないから。まず、どれからやるか決めないとね」

「……オイルと、新しい櫛の調達だ」

「わかった。それじゃ、まず翼用の櫛だけどね」

 

 そこから先は、教諭アーディによる授業が開幕した。彼も真剣に、そして疑問を持てばすぐに質問を投げ掛け。

 

 時間はあっという間に過ぎ去った。

 

 

 

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