誰もいないから、俺が英雄になる   作:沖縄の苦い野菜

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第6話 行方知れず

 

 寂しさ、苦しさ、冷たさ、孤独に晒され乾き切った心。

 明確な対価を求めていたわけではない。恩を着せたかったわけでもない。貸を作って駒にしたかったわけでもない。

 

 ただ、英雄は純粋に願っていた。

 幸せで、暖かくて、笑っていて。

 ちょっと遠くから、そんな眩しい光景が目に入る。

 

 たったそれだけでよかった。

 それなのに、助けてきた誰かは気が付けば、乾き荒れ果てた砂漠の上に佇む、英雄の横に居る。

 

 お礼なんていらなかった。

 恩なんて、着せたいわけじゃなかった。

 恩返しなんて、泣いて喚きたいほどに大嫌いだ。

 

 向かう先は地獄の奥底。そんな場所に、誰かを連れまわすなんてまっぴらだ。

 連れまわすなら、死人がいい。

 一度、既に生を終えてしまって、後はこの道を進み切れば死んでも悔いのない。この世に跡を濁さない。

 

死に(ぼうけん)に行こうぜ」

 

 そう軽口を叩いて、「あぁ、逝こう」なんて。悔いなく、さっぱりと、笑顔で言い切れるような死人となら、きっとそりが合うだろう。

 極論、地獄に連れ添う相手の命に、英雄は責任なんて持てなかった。

 

 己が道半ばで潰えるなら、誰かに託してでも叶えたいことはある。

 だが、己が生きているというならば、その業を誰かに背負わせるなどあり得ない。

 

 だから、どうか見限ってほしい。

 さもなければ、一緒に死んでくれ。

 

「これは、俺の英雄覇道(ものがたり)だ」

 

 幸福な未来(ハッピーエンド)は幾らあっても足りないが。

 悲劇(バッドエンド)は、1つだけで十分だ。

 

 だから、物語の登場人物は独りで良い。

 どうか、どこか遠い場所で、幸せになってほしい。

 

「もし、帰ることが出来たなら」

 

 その時は、クソ不味い酒の一杯でも奢ってくれれば、それでいい。

 騒がれるのは苦手だから。持て囃されるのは照れくさくて困るから。酒場に溢れる笑いを肴に、クソ不味い酒を呷るくらいでいい。

 

 それこそが、彼がこよなく愛した日常だった。

 

 

 

 

 

 

 羽根が落ちてきた。

 美しい金色。先端は空色に染まり、砂浜と海の境界線のような色合い。

 

 彼の目の前に降り立ったのは、深くフードを被った者だった。一見では性別さえ分からないほどしっかりと着込んでいる。

 それは彼の隣にいるリューに一瞬、視線を向けたが、すぐに彼の方に向き直り。

 

「20階層ニ、同胞ハ確認できませんでしタ」

 

 波立たない、美しい声音を響かせた。

 聞き間違えるはずのない声。彼はしっかりと頷くと、前置きもなしに話を進める。

 

「わかった。19階層にも今のところ確認は出来ないが……とにかく手が足りない。何人かこっちに回せるか?」

「リド、レット、ヘルガが既ニ探索していまス。グロス、フィア、フォーは21階層ニ」

「わかった。ヘルガの位置は? 一度合流したい」

「ついてきてくださイ」

 

 それは……いや、フードを被ったレイは、リューに控えめに会釈をしてから、先頭に立って歩き始める。

 リューも彼女に会釈は返したが、会話にまで発展することはない。

 

 蜥蜴人のリド、赤い帽子を被ったゴブリンのレット、レットを乗せた黒犬のヘルガと合流するまで、3人の間を沈黙が支配した。

 

「リド!」

「おっ、アスっち! って、リオっちも! そっちはどうだった?」

「何もわからない。痕跡すら確認できない。少なくともバーバリアンの方はこの階層には居そうにない」

「お久しぶりです、ミスターアトラ。ヘルガに臭いを辿って貰おうとしましたが、やはり個体ではなく種族単位ですと難しく、捜査は難航しています」

「レットに、ヘルガもダメか。空から見るにしても森が邪魔だ。だが、森を破壊し過ぎたら不味い」

「なぁ、どうにかなんねぇかアスっち。何か、便利な地上のアイテムとかさ」

「あったらもう使ってる。とにかく今は、探索範囲を狭めていくしかない」

「ですが、ここまで捜していないとなると――」

 

 リド、レット、アストラムの三名が情報をすり合わせていく中、三歩ほど下がった場所で、レイとリューは対面していた。

 

「お久しぶりです」

「……ええ。貴方の方は、何か変わったことはありましたか」

「特にハ。ですが、この件ガ終わったなら、25階層ニ彼ヲ誘うつもりです」

「そうですか。しかし、何故そのことを? 彼と貴方の逢引に、私は関係ない」

「私ハ逢引とは一言も言っていませン」

「では、素材収集? それとも魔石でしょうか。彼と貴方なら、深層にも潜れる筈ですが」

 

 リューは至極真面目に、真剣に考え込むように、少し視線を下げて考えている。

 この場に輝夜が居たのであれば、「恋愛レベルがミノタウロス以下のポンコツでございますね」と、それはもう盛大な批判を飛ばしただろうが、当然この場には居ない。

 

 尚、ミノタウロスはレベル2相当のモンスターではあるが、決してリューの恋愛レベルが2相当という意味ではない。レベル1の駆け出しにもなれていないのだから当然だ。

 リューの恋愛レベルとは、冒険者で言うところの、まず神様に恩恵を貰おうとファミリアの門を叩いている状態だ。そして門前払いを食らうアルミラージのような状態だ。

 思い人(もくひょう)に一直線な分、まだミノタウロスの方がずっとマシというのも、残念ながら当然の結果である。

 

 余談だが、それが全てブーメランになって自分に返ってくることは考えないものとする。

 

「彼ハ嫌いですカ?」

「何を」

 

 馬鹿なことを。言外にそう含ませながら、リューは即座に首を振った。

 

「尊敬できるヒューマンです。乱暴な態度に物言いには呆れるばかりですが、本質的には変わりません。……何より、彼の正義に、私たちは救われた」

 

 まだ話し合っているアストラムの方を、リューはまなじりを下げて見た。

 

「彼には、返しても返しきれない恩がある」

「……彼ハ、恩ヲ着せるつもりなんてなかったト思います」

「それでも、この恩は返さなければならない。私自身が、彼に恩を返したいと思っています」

「彼ガそれヲ望まないとしても?」

「お節介を焼きます。私のワガママとして」

 

 この場にライラが居たなら、「おいおい、ちゃっかり通い妻宣言かよ!」などと揶揄い半分に茶々を入れただろうが、彼女もこの場には当然居ない。

 尚、リュー・リオンというエルフが本気で通い妻になろうものなら、むしろ仕事が増える大惨事になることは、他者から見れば火を見るより明らかであった。

 

「彼ニ必要なのハ、帰りヲ待ってくれる。そんな存在だと思います」

「全くもって、その通りかと。身持ちを固めるように、と再三指摘はしていますが、彼自身、あまり乗り気ではないようで」

 

 溜息を一つ。当事者というには落胆した様子はなく、呆れているといったところか。その様子は仲間を心配するような感覚に近いように見える。

 

「リオンさんハ、どうなのですカ?」

「……? どう、とは?」

「彼の番ニなろう、と考えたことハないのでしょうカ」

「彼の……?」

 

 真剣に、そして芯の通った、どっしりと構え話しているアストラムの方を見ながら、リューは考える。

 

 彼のことを好意的に思っているのだろうか。

 ――嫌いではなく、尊敬できる相手であることに間違いない。

 

 彼と手を繋いでいる姿を、ふと想像する。

 ――振りほどくことはないだろう。今更、不快感もあるはずがない。

 

 冒険者としての素質は十分どころか、抜きん出ているといって差し支えない。収入の面でも、他者からすれば魅力的に映るはずだ。

 一方、先立たれないかどうかの心配は……リュー自身がエルフであることを加味すれば、考えても仕方のないこと。寿命より早く亡くなることは……身持ちを固めれば、解消されそうな気はしている。

 

 思想は悪くない。贅沢を言えば、もっと手を広げて色んな人を助けようとする正義漢であったなら、公私共に、それこそ四六時中一緒になれただろうが……などと考えが脱線したところで、リューは首を振る。

 

 そもそも、伴侶とは夫と一緒に何をするものなのか。

 彼女がパッと思いつく限りでは、やはり家事と育児といったところだろう。子どもを産むための行為については、リューの頭の中で無意識に除外されていた。

 

 そうなると、やはり家事。家事、なのだが……。

 

「……私に、彼の妻が務まるのでしょうか」

 

 いやそもそも、誰の嫁に出ても恥ずかしいぐらい、このポンコツエルフは料理が苦手であった。

 料理をすれば何を作っても食材が炭になる。実のところ掃除や洗濯に関してはまともに出来るのだが、彼女はポンコツである。意識しだした異性の下着などを洗い、またその匂いの染み付いた布団を洗う……それを平然とやってのける姿を、想像することが出来るかどうか。

 

 尚、リューが自覚しているのは料理下手だけであるというのも、また性質の悪さが極まっていた。

 

「嫌ではないト?」

「……少なくとも、不快感はありません」

「でハ、同じ住処で暮らすなら?」

「…………賑やかになる、とは思います」

 

 リューの頭の中には、【アストレア・ファミリア】の面々に弄られる自分とアストラムの姿ばかりが浮かんでいた。弄られるという立場はどうにも同じで、「あぁ、いつも以上に騒がしくなる」ということだけは、簡単に予想することが出来てしまう。

 

「そもそも、彼にはアーディが居ます。掠め取るような真似は――」

「アーディさんニ、その気ハないと思いますガ……」

「アーディは事あるごとに、私に彼の話題を振ってきます。それこそ尋問のように、根掘り葉掘り彼のことを聞いてくる。……それに、アーディは彼に二度も救われています。彼女が彼に惚れてしまうのも、当然の帰結です」

 

 盛大な勘違いである。

 リューの言ったように、アーディは確かに事あるごとに「彼とは最近どう?」「前にギルドからのクエストで一緒だったんだけど――」「ねーねー、リューは彼のことどう思ってるの。素直に吐いた吐いた」などと、聞いてもいないアストラムの情報を話したり、あるいはリューが彼についてどう思っているのか、などと聞く。一ヶ月に最低二度は、こんな会話が繰り広げられる。

 

 この一件に関してだけは、必ずしもリューがポンコツだとは言い難い。それは彼女なりの親友への気遣いであり、親友の恋愛の行方末を案じての、お節介を焼いているだけで。その気遣いはリューの美点であることに違いない。

 だが、致命的にその前提を間違えているから、他者から見るとポンコツに思えてしまうだけなのだ。

 

「仮ニ、アーディさんガ彼ヲ友人として好きなだけなら。リオンさんハどうします?」

「……どう、ですか?」

「彼と番ニなろう、と思う者ガ、誰もいないとしたら」

「まさか。彼ほどの人物、そんなことあり得るわけ――」

 

 ふと、リューは言葉に詰まる。

 彼の交友関係、その面子を頭の中に思い浮かべる。少なくともリューが知る限り、【アストレア・ファミリア】の中に、そういった雰囲気はない。アリーゼは外から囃し立てるだけで、輝夜は厭味を口に揶揄うばかり。ライラはそもそも相手がいる。ネーゼやノインたちは、「色恋」というより、「憧れと尊敬」という、偉人として好意的に思っている側面が強い。

 

 他と言えば【ガネーシャ・ファミリア】との交友だが、彼と深く交流があるのはシャクティとアーディ、そして主神のガネーシャくらいだ。シャクティはもとより戦友として接しており、そもそも芽がない。そこで、アーディまで彼に「色恋」の情を向けていない、となると。

 

「……彼は、一生独り身のままでは?」

 

 このポンコツエルフ、まるで絶望でもしたかのような表情で、失礼極まりないことを呟いた。

 彼女の仲間がこれを聞いたなら、「お前もだよ!」と総スカンを食らったことだろう。

 

「それはいけない。彼を支える者は絶対に必要だ。しかし、アーディにその気がないというなら、私には心当たりがない……!」

 

 リューは一人で頭を抱えてぶつぶつと何事かを呟き始める。どこか必死に、絞り出すように次々とこぼれる言葉。それは近くに居たレイにも、聞き取ることの出来ないほど小さな声だった。

 

「彼は恩人だ。私だけじゃない。私たち全員が、アーディに至っては二度も救われて。そんな恩人を見殺しにするような真似は出来ない。だが彼の伴侶になろうとしている者に心当たりなどない。それでは彼は向う見ずなままだ私も四六時中一緒に居られるわけではない他人任せに出来ないなら私が……今更彼に優しくしろと? 無理に決まってる絶対気味悪がられる病人と思われるのがオチだ……!」

 

 声にならない呻きを口から漏らし、頭を抱えて俯く様が痛々しい。取り返しのつかないことをしてしまった、とでも言いたいような重たい空気が、彼女の周りにへばりついているかのようだ。

 

「ば、挽回の、挽回の術は……私でダメなら、輝夜をけしかける? いや、アリーゼに彼を推せば……! いやでも、アリーゼは彼のことを男として見ていなかったような……」

 

 彼女の思考回路はとっくに限界を迎えていた。自分で動くのか他に任せるのか、それさえ曖昧なまま、訳の分からないことを呟いている。

 

「……そうだ。貴方なら、彼の伴侶にもなれるのでは!?」

 

 終いにはこのポンコツ、必死に縋るような表情でレイを見るものだから、始末に負えない。しかもこれを本気で言っているのだから、レイが思わずため息を吐くのは当然だった。

 

「ハァ……私ガその気でも、彼ハ私の愛ヲ受け取らないでしょウ」

「な、そんなことは……本気で愛しているのなら、それを無下にするようなヒューマンでは――」

「私たちハ皆、今もなお彼ノ庇護下ニあります。守るべき者、守らなければならない者。私たちハ、彼ニ恩義ヲ感じる立場。彼ハ純心故ニ、立場ヲ利用したような愛ヲ受け取りませン」

「なんて面倒な意地を……!」

「……貴方ガ言いますカ」

 

 レイのどこか冷めたような、呆れたような視線に、しかしリューはすぐに俯いてあぁでもない、こうでもない、とすぐに独り言に夢中になって気づかない。

 

「いけない、そんなことあってはいけない。しかし今更私が態度を変えたところで何になる絶対に馬鹿にされる頭がおかしくなったと思われるどうにもならないならいっそのこと彼を襲ってしまった方がまだ勝算が――」

「なぁにが襲うだこのポンコツクソエルフ」

「――っ!?」

 

 弾かれるように顔を上げた先には、アストラムの心底呆れた、と言いたげな顔があった。

 まさか今の支離滅裂な独り言を聞かれたのか、とダラダラと冷や汗が流れる。

 

「……いつから、聞いていた」

 

 リューは虚勢を張った。見開いてどこか遠くを見ていた瞳は、今や敵愾心のようなものを纏わせ、鋭利なナイフを思わせる迫力で彼のことを睨みつけている。事と次第によってはと、右手を自身の武装の柄に当てながら。

 

「……」

 

 アストラムは一瞬、レイの方を見るが、彼女は首を横に振るだけだった。それを見て、彼は深く、それこそリューの耳に確実に届くほど大きなため息を吐いて、踵を返した。

 

「はぁぁあああ……今は迷子捜しだ。遊んでないでさっさと行くぞクソエルフ」

「遊んでなどいない。私は、真剣に未来のことを考えて――」

「おう、未来? じゃあ人生長きエルフ様の未来設計図とやらを聞いてもいいんだろうな?」

「っ、そ、それは。そう、まだ悩んでいる段階で!」

「……お前、真面目にやる気あるの?」

「私は至って真剣だ!」

「ぶっ! つまりポンコツエルフ様は人様を襲おうと真剣に考えているということで」

「貴方のことではない! 闇派閥の残党襲撃について――」

「俺は一言も、俺の事だとは言ってないが?」

「……揚げ足取りもそこまでにしなさい。これでは貴方の品格が疑われる」

「別にどうでもいいけど、そもそも男を襲う度胸も覚悟もない口だけ達者なむっつりエルフ様に、品格どうこう言われても――」

 

 リューは彼の横に並んで言い争いを始めた。まるでそれが当たり前のように、彼女はアストラムの隣に立って、彼と共に進んでいく。

 

 

 

「……」

 

 レイはその様子を、どこか眩しそうに見送った。彼がレイの名前を呼ばなかったのは、そういうことなのだろうと。

 間も無く、リドとレットとヘルガがレイのもとに集まった。

 

「アスっち、モテるみたいだな」

「……いえ、彼女だけでしょウ」

「なら、リューっちがライバルってわけか。オレっちはもちろん、レイを応援するぜ」

「気持ちだけ受け取りましょウ」

 

 ――ルミノス・ウィンド!

 ――っぶねぇ!? 何しやがるこのクソポンコツ!

 ――こんな辱めを受けたからには、貴方を殺して私も死ぬ!

 ――自分の命くらい大事にしろやボケがァ!

 ――貴方にだけは言われたくない!

 

「……ライバル、だよな?」

「そう、願いたいものですガ」

 

 19階層適正レベルの冒険者では一瞬でミンチになりそうな喧嘩を繰り広げる二人を見て、その場にいる異端児たちは大きく溜息をついた。

 

 

 

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