誰もいないから、俺が英雄になる   作:沖縄の苦い野菜

8 / 15
第8話 今昔話

 

 ――『流星の射手』とやらに、一度は会ってみたかった。

 

 7年前、オラリオで起こした『死の七日間』の中で、終ぞ姿を見せることのなかった英雄。

 数多の闇派閥を流星の如き光の矢で貫き、誰よりも戦場にちょっかいを出した男。

 

 名前を知ったのは、全部終わった後だった。

 所属を聞いた時は、なるほど、とどこか納得する己が居た。

 

 覆した死の数は、きっと百や二百ではきかないだろう。

 あの時代、誰もが目撃した光景のはずなのに、英雄のことを追える者は、誰一人としていなかった。

 

 ――慢心があったことは認めよう。追跡しなかった怠慢に、弁明の余地はない。

 

 されども、ヴァレッタ、オリヴァス、ヴィトー。闇派閥幹部の三人からの追跡で、足取りさえ掴ませない手腕は、まさしく本物であったことに間違いない。

 たった一人。自分の味方たる主神を常に背後に庇い、隠しながら、英雄は戦場を駆け抜けていたのだ。その上で、誰よりも人々を救った実績を積み上げた。そして、主神の存在を最後まで隠し通し、守り切った。

 

 ――刹那よりも短い隙。その虚を突かれて、数秒の空白を作られたとき。何人の冒険者がその命を拾ったことか。

 

 後になってのこと。最後の最後に、アルフィアの前に姿を現したと聞いた時には、「おぉ!」と声を上げた。噂された憶病者ではなく、正しく英雄は冒険者だった。それでいて、「よくわかって」いた。

 

 ――当然の判断だ。たかだかレベル4如きがレベル7を前に何ができる。

 

 英雄というには、身の程を弁え過ぎたその行動。

 それこそが、神々の思惑さえも超越してみせた。

 

 最終局面。まさか、逃げ場のないダンジョンの方に向かったと、誰が予想できるというのか。

 己が命と実力を弁えた行動をし続けた英雄は、最後の最後に「冒険」してみせた。まさしく「とっておき」をもって、もはや逆転はあり得ないほどに、戦況を傾けてみせた。

 

 誰の思惑に乗った行動でもなかった。

 たった一人の「単独行動」が、真に、盤面(ボード)を掴み上げた挙句、引っくり返した。

 

 ――あんなバカが居るなら。一度だけ、未来(きぼう)を信じよう。

 ――覆らない筈の運命さえも超越させてみせた、最期の冒険に、敬意を表そう。

 ――そしてもしも、それをもって尚、終末が覆らないというのであれば。

 

 

「もう一度。……いや。死に損なったこの命を、『最後の英雄』の糧にしよう」

 

 

 立ちはだかる数多の英雄。

 最強(ゼウスとヘラ)からの洗礼と、最後の試練を。

 そして願わくは、全てを乗り越えたその先で、『英雄』なんてものに至らんことを。

 

 もっとも、そんな心配は無用だろうと。

 その口元を綻ばせ、白い兎の後ろ姿を見送った。

 

 

 

 

 

 

 程よく抑えられた喧騒と、陶器がわずかに擦れる音が耳に馴染む。

 カフェテリアの角の席。伊達メガネをかけた暗色の短髪のヒューマンは、本を片手にコーヒーとケーキに手を付ける。

 

 ごくごく一般的な風景だ。何も不自然なことはなく、穏やかな日常の一幕。

 ヒューマンも、エルフも、獣人も、小人族(パルゥム)も。唯一、ドワーフだけが寄り付きにくい、少しこじゃれた街中のカフェ。冒険者も、一般人も分け隔てなく、ただ好みに合うからと利用していく。

 

 だから、その男が来店したときも、大きな騒ぎが起きることはない。

 猪人(ボアズ)の巨漢だ。その男は店員の案内を短く断ると、角の席に座る彼のもとに進んだ。

 

「……相席、いいか」

「いいぞ」

 

 みちり、と椅子を軋ませながら、巨漢は座る。

 メニューを渡そうとしてきた店員を手で制し、短く「コーヒーを」と注文する。無骨で、不愛想な男だ。

 

「……」

 

 じっと、巨漢はしばらくの間、対面に座る彼のことを見つめた。探るように、無遠慮に視線を向けている。

 一方で、彼はそんなこと気にした素振りもなく、マイペースに本を読み、コーヒーをしばく。半分ほどなくなっていたケーキをフォークで切り分け、口に運ぶ。

 

「……お前は、変わらないな」

「故人が変わるかよ」

 

 いつものように「死人」とは使わない。周りの視線が集まっても面倒だと、彼が自分のために言葉を選んだだけだ。

 

「いいのか。会わなくて」

 

 この男、今や都市最強と名高いレベル“8”――オッタルは、あまりに口が少ない。

 主語を省くな、と呆れたような視線を向けながら、彼はソーサーにカップを置き、首を横に振る。

 

「どの面下げて。いや、マジで。本気で墓場に叩き込まれる。死ぬ。殺される。嫌だ。無駄に死にたくない」

「……殺されはしない。半殺しだろう」

「嫌だ。俺は知ってる。うちの後輩君が何千回と限界超えさせられたって知ってる」

「……俺が報告に行ってもいいが」

「だとしたらオッタルてめえ、安心して眠れる日が来ると思うなよ」

「日が経つほど、バレた後が怖い」

 

 思わない正論に彼は押し黙る。まさしくその通りだった。あの女王とも呼ぶべき暴君が、素直に再会を喜ぶ筈もない。

 思えば。主神から後輩君が出来たという報告を聞くと同時に、保護者の名前を聞いたその時から。嬉しさよりも恐怖が勝り、主神に泣きながら「言わないでくれ」と懇願したこともあった。

 

「……いや、やっぱ嫌だ。せめて、ダンジョンを完全攻略してから……」

「何年先の話をしている」

「……そこは何十年先じゃないのか」

「いや。何年、あるいは十数年だ」

「だったら変わらねえよ。あっちだって7年、オラリオから離れてたんだぞ」

「……俺は包み隠さず、問われたことに答えるぞ」

 

 思わず唸る。自分も同じ立場ならそうするだろうと、よくわかるからこそ、反発することが出来ない。

 

 しばらくの沈黙の間に、オッタルの注文したコーヒーが運ばれた。手持無沙汰な猪は、それに口をつけて、空白を凌ぐ。

 

「てめえに、わかるかよ」

「何のことだ」

「初恋の相手の姉に死んだと思われていたけど、実は生きてましたー、って会う気まずさ」

「………わからん」

「だろうな」

 

 溜息をひとつ。持っていた本を閉じてテーブルの隅に置くと、「それよりも」と話を進める。

 

「本題はなんだ」

「そんなものはない」

「……はぁ?」

「強いて言えば、偶然見かけた知己との世間話だ」

「てめえが?」

「そうだ」

 

 困ったように、アストラムは頭を掻いた。時折目の前の巨漢は、本当に猪らしい突撃をしてくる。女神至上主義の中に、一滴だけ混ぜられた我というものに、どうにもペースを乱される。

 

「そうかい。じゃあ今夜にでも、『豊穣の女主人』に行くか。ミアさんにも、ここのところ……まぁ、ポンコツエルフがだが、迷惑かけっぱなしでな。挨拶と、昔話に花咲かせるには、ちょうどいいだろ」

「あぁ。それでいい」

「なら、ここでは最近の話でもしようか。……とはいっても、俺は人様に誇れるような人生は送ってない。話せないことが多すぎる」

 

 怪訝そうな視線を向けられようと、アストラムは特に気にした素振りもない。

 前置きもほどほどに、そうだ、と彼は思い出したように口を開く。

 

「覚えてるか? 少し前。アポロンのクソがちょっかいかけたこと」

「……あれは、……酷かった」

「あぁ、てめえでもそう思うか。だよな、うん。いや、皆殺しにされないだけ、マシだったけどな」

 

 話題を振ったはいいものの、お互いに渋面を浮かべてしまう。

 あれほど大人げない蹂躙もない。レベル差は5か、それとも6か。最低でも4は離れた蹂躙は、見ているだけで思わず震えあがるほどだった。

 

 主に、自分の未来を暗示しているようで、本当に震えあがった。

 

「魔法使ってないだけマシだったけど。あれ、どれくらいバレたと思う?」

「……【ロキ・ファミリア】は気づいている筈だ」

「やっぱそうなるか。特に目立つような変化はないけど、実際はどうだった?」

「ギルドは動いていない。表立ってはな」

「……アレに勝てる?」

「………………フレイヤ様の、命令ならば」

 

 オッタルはカップを持ち、コーヒーでのどを潤す。その手が若干震えているが、彼はそっと視線を逸らして見なかったことにした。

 

「いや、あのさ。バレたら何だが」

「断る」

「まだ何も言ってない」

「俺もそこまでバカじゃない」

「お? 今喧嘩売ったか? 売ったよな?」

 

 コーヒーをゆっくり味わう素振りで、巨漢は彼のことを無視した。

 そんな繊細な舌持ち合わせてないだろ脳筋、と恨みがましい視線を向けながら心の中で罵倒する。

 

「……いや、アレだ。共闘してもし勝てれば、ランクアップ出来るかもしれないだろ」

「正気か?」

「いや……うん。すまん」

 

 はぁ、と誰の溜息かわからないが。その一角の空気は、とにかく重たかったのは言うまでもない。

 憐憫のまなざしを向けてくる猪を、いつかしばき倒す、と心の中で彼は決意しながら、「やめだやめ」と手をひらひらと振った。

 

「考えると気が滅入る。それより、てめえの方は――」

 

 話題を切り替える。いつまでも嫌な未来を想起させる話をしても仕方ないと、今度は相手のことを聞き出す。

 案の定、オッタルは口下手で、面白い話とは到底言い難い。まさしくあまりに無駄な世間話が繰り広げられる。

 

 

 アストラムは口数少なく相槌を打ちながら、そんな話に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。