ハイ、皆さん、こんにちは!
わたし、「チッチェ」と申します!
一応、故郷では王女の立場ですが、この「エルガド」では単なる受付嬢なので、そこの所は宜しくお願いしますね!
そして、ここエルガドは王国が管轄する観測拠点であり、主に王域生物の生態調査をしています。
あっ、王域生物というのは、“王国が管轄する領域に棲息している生物”の事で、基本的にどれか1種のみを指す言葉ではありません。
しかし、剛纏獣「ガランゴルム」、氷狼竜「ルナガロン」、爵銀龍「メル・ゼナ」の3体は特に強力な種族であり、「王域三公」と大別しています。他の生物も然る事ながら、彼らの動向を具に観察し、王都への侵攻を阻止するのが、エルガドの最大目標ですね。
ちなみに、拠点設置を主導したのは、我らが提督、ガレアスさんです。
彼の故郷は50年前メル・ゼナによって滅ぼされており、今では「城塞高地」と呼ばれています。
メル・ゼナは王域各地の大穴(旧い呼び方で「サン」と言うそうです)を定期的に移動しながら暮らしているようで、つい最近になって、50年前に開いた方の大穴(今のエルガドがある場所)付近で姿が目撃された為、わたしたちはそれに対抗している訳ですね。メル・ゼナが現れるとモンスターの暴走や謎の疫病が流行ったりするから、絶対に阻止しないと!
ですが、今のわたしたちは決定的に力不足です。度重なるモンスターのスタンピードや王域三公の襲撃に対処する為に多くの騎士が命を落としてしまい、慢性的な人手不足なのですよ。
なので、王国は方向性を転換し、世界各地の人材や技術を取り入れる事にしました。
特にかつて親交の盛んだった「カムラの里」には王国騎士を何人も送り込み、最悪の場合は力尽くでも戦力を補給するつもりだったと、お母様は言っていました。
もちろん、それが両者に深い溝を生んでしまう事を知った上です。それ程、王国は切羽詰まっていました。
まぁ、結果的には“里の英雄たる「猛き焔」のエルガドへの招待”と“ハモン氏の下にミネーレさんを弟子として派遣する”という、非常に穏便な形で済んだのですけれど。策や力ではなく、信頼によってここまで漕ぎ着けた、ロンディーネには感謝しかありませんね。フィオレーネは「まったくあの子は……」と嘆いていましたが。
しかし、良い事ばかりではありません。遂に恐れていた事――――――王域生物の異常な縄張り変化が齎す被害が出てしまいました。それもカムラの里近郊にある「大社跡」に、ルナガロンの侵入を許すという、大失態です。
責任感の強いフィオレーネは、予定よりも大分早く自らカムラへ出向き、猛き焔であるザギさんと共闘し、一緒にエルガドへ帰還しました。
ザギさんは数奇な星の巡りの下に生まれたようで、彼が来てからという物、様々な出来事が起こり、遅々として進まなかった調査が大変に捗りました。
さらに、全ての元凶たるメル・ゼナが使い魔と共に降臨、何度も刃を交えており、その度に謎が徐々に解明しています。
全てはザギさんの活躍があってこそ。まさに英雄譚、ですね。
それに触発され、塞ぎがちだったエルガドも活気付き、皆にも笑顔が戻って来ましたし、本当に彼には感謝してもし足りません。
そんな中、とても悲しく、恐ろしい事が起こってしまいました。
――――――フィオレーネが、突然倒れてしまったのです。
「………………」
「………………」
エルガドの霊安室で静かに横たわるフィオレーネ。倒れた直後は酷い有様で、わたしも血塗れになったのですが、今は拭いて貰ったおかげで奇麗な顔で眠っています。声を掛けて揺すったら、直ぐにでも起き上りそうです。
だから、本当に信じられません。
彼女が、既に死んでいるだなんて。
「フィオレーネ……」
氷のように冷たい身体。死後硬直は終わっているのか、肌は軟らかく滑らかで、しかし動く事は決してありません。その事実が重く圧し掛かって来ます。
……わたしが小さい頃から騎士として活躍し、時に失敗や挫折を重ねながらも、直向きに努力し続ける事でガレアス提督の副官にまで昇進した、叩き上げの鑑のような人物、それがフィオレーネです。
当然、わたしとも長い付き合いであり、わたしにとってはお姉さんのような存在でした。
そのフィオレーネが、死んだ。
それも、うさ団子をドカ食いした直後という、非常に混乱を招きそうな状況で。初めは何かの冗談かと思いましたし、まさか若い美空でお婆ちゃんみたいな事故を起こすだなんてとも考えましたが、バハリさんによれば、これは毒による物なのだそうです。
むろん、うさ団子が原因ではありません。モンスターを狂暴化させ暴動を招き、これ以前にもフィオレーネの命を脅かした、許し難い毒物――――――そう、メル・ゼナの使い魔が出す分泌物です。バハリが寝る間を惜しんで解き明かした謎の答えが、これでした。
バハリさんによれば、あの奇怪な生物……ギルドが「キュリア」と名付けた生き物は、他の生物に食らい付き、傷口から精気を吸い取るのですが、その際に獲物を弱らせる毒を注入するのだそうです。モンスターであれば狂竜症のように暴走するが、人間に打ち込まれた場合は体内で毒が増殖して、一定量に達すると一気に身体を蝕み、死に至らしめるのだろう、との事です。
しかも、回収されたメル・ゼナの血液にも同じ毒が含まれており、どちらの攻撃を受けても同じ症状に侵されてしまうそうです。元々の持ち主がどちらなのか、それとも共同合作なのかは不明ですが、何れにしろメル・ゼナは生きる劇薬と言える存在ですね。
ですが、それが分かった所で、意味はありません。フィオレーネは、死んでしまったのですから。
「これは大変な事になりましたね」
「きゃわぁあああああああああ!?」
独り悲しみに暮れていると、突然後ろから声を掛けられて、思わず素っ頓狂な声を出してしまいました。何事……いや、というか誰ですか、この覆面を被った人は!?
「ああ、申し訳ない。それがし、“カゲロウ”と申します。かむらの里で雑貨屋を営んで居る、しがない行商人ですよ」
「そ、そうですか……」
とてもそうは見えないのですが。
確かに恰好は行商人ですけど、纏う雰囲気は暗殺者のそれなんですけど……。
まぁ、竜人族の方は基本的に強者ですし、何なら雑貨屋のオボロも人には言えない秘密があるようなので、案外と商人には裏の顔が付き物なのかもしれません。偏見でしょうか?
「それで、一体どんな御用で?」
「本来はただの旅行ですよ。ヨモギ殿がえるがどに是非とも行ってみたいとの事で、やって来たのですが、何やら不穏な空気が流れていたのでね。尋ねてみれば、案の定でしたよ」
「は、はぁ……」
どうしましょう、初見イメージのせいでアサシンがスパイ活動しているようにしか思えません。
しかし、その勘は大当たりです。フィオレーネの死は、誰もが堪えていますから、分かり易かったでしょうけどね。
……自分でも馬鹿らしいとは思いますが、聞かずにはいられません。
バハリさんにも手立ての無かった猛毒を相手に、それも死後何時間も経ってしまった状態で挑ますなど、狂気の沙汰ですけれど、
「カゲロウさん」
「何でしょう?」
「この
――――――嗚呼、聞いてしまいました。
けれど、やっぱり信じたくないんですよ。フィオレーネと、こんな形でお別れになるなんて、絶対に嫌です!
「フム……どう見ても死んでますね」
「ガーン!」
そんなハッキリ言わなくてもぉっ!
「ですが、死に切ってはいないようですね」
「え?」
「呼吸は停止、体温も低くなっていますが、微弱ながらも心臓は動いています。この症状、以前に見た事があります。……あと、1日くらいは持つでしょう」
「そ、そうなんですか!?」
う、嘘ぉっ!?
フィオレーネは、まだ……死んでいない!?
「しかし、それがしには癒す事は叶いません。所詮は雑貨屋なので」
「ガガーン!」
DAKARA~ッ!
「ただし、それがしには出来ずとも、可能な人物を知っています。我が旧き友……薬師の「タドリ」です」
「タドリさん、ですか」
聞いた事があります。その昔、王国を襲った疫病を治し、救ってくれた流れの薬師が居ると。名前はまさしく「タドリ」。元々放浪癖があるようで、治療が終わるとすぐさま何処かへ行ってしまったようですが。
……これは運命を感じずにはいられません!
ここは絶対に乗るべきですよ、チッチェっ!
「ならば、その方が何処に居るのか分かりませんか!?」
「……過去の負い目からか、それがしは彼から避けられていましてね。手紙のやり取りしかしておりません。その時の居場所で良ければ、お教え出来ますが」
「お願いします! このままフィオレーネとお別れなんて、したくないんです!」
「分かりました。……手紙によれば、彼は最近テロス密林へ薬草の採集に来ているそうです。まだ3日も経っていませんし、まだ居るとは思いますが、保証は出来かねます」
「いいえ、充分です! ありがとうございます、本当に!」
わたしはカゲロウさんに頭を下げると、急いで提督の下へ向かいました。緊急クエストを発注し、タドリさんを捜索する為です。
……待っていて下さいね、フィオレーネ!
わたしは絶対に、貴女を諦めませんから!
◆カゲロウ
カムラの里で雑貨屋を営む、旅の商人である竜人族。
常に覆面で顔を隠しているという、どう見ても訳アリな人物だが、実際に“モンスターに祖国を滅ぼされ、主君の娘と共に命辛々逃げ伸びた”という、割と洒落にならない過去を持つ。この“主君の娘”こそが後のヨモギちゃんであり、同郷の生き残りとして、タドリという放浪の薬師がいる。
逃げ延びて来た当時、医者も匙を投げるレベルの重傷を負っており、それを懸命の看病で直したのが、本編では全然目立たないお医者アイルーのゼンチで、今でも雑貨屋でセールをする際は音頭を取りに来るような間柄である。
ちなみに、彼の過去を知る者は少なく、里長のフゲンやギルドマスターのゴコクなど、ごく一部の者に限られている……が、フカシギとかいうパパラッチのせいで、主人公にはしっかりキッカリとバレている。