「はぁ……」
その日、わたし……ルーチカは、何時も通り騎士団指揮所の大型クレーンの上で、大好きなうさ団子を食べていた。
しかし、量は何時もの比ではない。軽く5倍は食べている。そうでもしないと、やっていられないからだ。所謂、自棄食いという奴である。
――――――フィオレーネさんが亡くなった。
メル・ゼナの襲撃より数時間後。疲れて休んでいた所へ唐突に舞い込んだ訃報に、わたしは思わず言葉を失った。そんな馬鹿な、絶対に嘘だ、と思いたかったが、遺体安置所で冷たくなった彼女を見て、それがどうしようもない現実だと知った。
……フィオレーネさんは、変わり者であるわたしとも狩場へ来てくれるし、至らぬ所があればしっかりと教えてくれる、とても良い人だ。叩き上げで提督の副官にまでなった人物なので、現場への理解と愛情が深いのだろう。
そんな彼女が、死んだ。それもうさ団子を食べている最中という、あまりにも勘違いを招くような状況で。
結論から言うと、メル・ゼナから打ち込まれた毒に身体が侵され、症状が出た時には既に手遅れとなっていた、との事である。
だが、そんなのどうでもいい。フィオレーネさんは、もうこの世に居ないのだから。
そして、このてんこ盛りなうさ団子は、気持ちの整理をする為の贄。幾ら辛く悲しくとも、暮れている暇など無い。メル・ゼナによる被害は多大な物であり、その復興と爵銀龍の動向調査は、我らが騎士団の役目。王国の安寧の為にも、休んでいる暇など無いのだ。
だから、せめて今だけは、ね……。
「行かせて下さい!」
「いえ、幾ら姫様の願いと言えど、聞き入れられませんな。クエストは発注されたのですから、吉報をお待ち下さい。それが受付嬢の役目です」
――――――と、眼下の騎士団指揮所から、何やら言い争いが聞こえて来る。声と台詞からして、チッチェ姫とガレアス提督がぶつかっているようだが……何があったのかしら?
「……どうなされたのです?」
ボーっと盗み聞きするのもアレなので、わたしはスルリと着地して、今にもエルガド・ファイト・レディゴーしそうな2人に訳を尋ねる。絶対にロクな理由じゃ無いでしょうけど。この2人、付き合いの長さと年齢のせいか、お爺ちゃんと孫みたいな漫才を繰り広げるのよね。
「あ、ルーチカ! 貴女からもお願いします! わたしは、テロス密林へ行かなければならないのです!」
「えぇ……」
突然、何を言い出すのか、このお姫様は。自分の立場、分かってらっしゃいます?
「フィオレーネを救う為に、タドリさんという方を探さなければなりません! それも、24時間以内にです!」
「えぇっ!?」
突然、何を言い出すのか、このお姫様は!?
「ど、どういう事ですか!? 話が全く見えて来ないのですが!?」
まるで意味が分からんぞぉ!
「死んだと思っていたフィオレーネだが……実はバハリの誤診でな。外見上は完全に死んでいるが、内部は死ぬ寸前で留まっている、所謂“仮死状態”だったのだ」
「えぇ……」
誤診はヤバいでしょ、バハリさん。
「ちなみに、明日に火葬する予定だった」
「危なーい!」
マジでヤバい奴じゃん。よく気付いたわね、チッチェ姫。
「ああ、えっと、わたしが見抜いた訳ではなく、過去に同様の症状を見た事があるという、カムラの里の雑貨屋さんのおかげでして」
「なるほど……」
まぁ、そりゃそうか。幾ら努力出来る天才のチッチェ姫とは言え、流石に初見の病気を正確に見抜ける筈も無いか。
「そうですか……!」
ともかく、これで一抹の希望が見出せた訳ね。
だが、それとさっきの喧嘩は……ああ、そういう事か。
「それでですね――――――」
「……駄目ですよチッチェ姫」
「何でですか!?」
「貴女に狩場は無理です……」
志が高いのは良いけどね、物理的に無理な物は無理なのよ。
「………………」
「納得出来ない、という表情ですね。では、わたしのこの「王国騎士重弩プライド」を持ってみて下さい」
言っても分からないなら、現実を見せてあげましょう。
「お、重っ……!」
ほんの僅かでも浮かせるのは凄いけど、それじゃあ駄目ね。何せ騎士やハンターはこれをブンブン振り回しているんだから。
「……分かりましたか? なら、諦めて下さい。……キツい言い方をするようですが、貴女が狩場に出て来ても足手纏いになるだけです。仲間を危険に晒したいのですか?」
「………………」
これはフィオレーネさんから口酸っぱく言われている事である。なるべく意識するようにしているが、それでも未だに治り切っていない自覚がある。そのせいでザギさんとフィオレーネさん以外にチームを組んでくれないのは、まさに自業自得としか言い様がない。
わたしみたいな人間と組んでみたい、と言ってくれるチッチェ姫に嫌われるのは悲しい事だが、彼女には真っ直ぐに育って欲しいので、ここは心を鬼にするとしよう。
……独りぼっちは寂しいわよ、本当に。
「――――――では提督、その捜索クエスト、わたしも参加させて欲しいのですが」
「安心しろ。既にザギ殿が盟勇としてお前を指定している。存分に力を発揮し、ザギ殿の探索を手助けして来るといい」
「了解しました……」
「………………」
嗚呼、これは完全に嫌われたな。足手纏い呼ばわりした傍から、置いてきぼりにしようってんだからね。だけど、それでチッチェ姫が無事で済むなら、わたしはそれで構わないわ。嫌われるのには慣れてるし。
わたしは踵を返し、ザギさんが居るであろう中央広場の出入り口へ向かった。
「ふぅうううううううん!」
すると、後ろから物凄い声が。
「……これで……連れて、行って……貰えますよね……っ!?」
驚いて振り向けば、どうにかこうにか王国騎士重弩プライドを構えるチッチェ姫の姿があった。その足元には、鬼人薬グレートなどの強化薬剤の空瓶がコロコロと転がっている。
……この子、あのクソマズい薬液を全部一気飲みしたの!?
「どうしてそこまで……」
「……フィオレーネは、わたしにとって姉のような存在です。……それをこんなにされて、黙って待っているなんて、幾らわたしでも出来ません! ……わたしは、彼女に、絶対に救ってみせると、誓ったんです……!」
「………………」
これは……わたし1人が嫌われるだけじゃ、済みそうも無いな。
「ガレアス提督……如何致しましょうか?」
「……はぁ」
と、ガレアス提督は溜息を付いて、
「――――――ならば、誓って下さい。少しでも危険を感じたり、2人が逃げろと言ったら、
「………………!」
「王族というのは、そういう物なのです。そして、今の貴女はあくまで受付嬢。どちらにしろ、狩場に立ってはいけない存在なのですよ」
「……分かりました」
「ついでに、もしも手傷を負ったようなら、護衛失格としてルーチカを処罰します。流石にザギ殿にそこまでは出来ませんが、何かしらのペナルティは与えねばならないでしょう。貴女がしようとしている事は、それ程の重責が伴う“我儘”なのですよ。そこは理解して頂きたい」
「……はい」
物凄くとばっちりだけど、仕方ないわよね。だって、何処まで行っても貴女はお姫様なんだもの。否応なしに、その自覚と責任感を持たねばならない時が来るわ。それが少しだけ、早まっただけ。
「それでは、行きましょうか。くれぐれも無茶や無理は止めて下さいね。わたしの首が物理的に飛びそうなので」
「は、はい……宜しくお願いします、ルーチカ……」
最後にちょっとだけ意地悪をしてから、
◆チッチェ姫
フィオレーネたち騎士団が仕える、王国の第一王女様。家族や家臣の反対を跳ね除け、試験も見事にクリアして見せた、割とアグレッシブなお姫様である。
騎士団ではフィオレーネと特に仲が良く、ガレアス提督とはお爺ちゃんと孫のような関係を築いている。他の拠点メンバーからも慕われており、エルガドのアイドル的な存在となっている。
ちなみに、自身の小柄さ故にハンターになれない事を自覚しているが、憧れはあるようで、「もし誰かと一緒に狩猟に行くなら、いつでも冷静沈着なルーチカがいい」と言っている。どうやら、人を見る目は無さそうだ。
本作での彼女は芯が強過ぎると言うか、若干ながら意固地であり、時折融通が利かない場面も見受けられる。特にフィオレーネ絡みに多い。