「おねえちゃん、おひめさまなんだー」
「はい! ただ、今はただの受付嬢として訪問しているので、そこの所は宜しくお願いします!」
「わかったー」
うんうん、可愛い子ですね、カルアちゃんは。
……はい、こんにちは、チッチェです!
メル・ゼナにより壊滅状態の村々を支援する為、炊き出しに訪れたわたしですが、今は戦災孤児のカルアちゃんと遊んでいます。
きちんとアルローさんの許可は貰いましたし、あくまでカルアちゃんの心を支える為の物なので、決してサボリではありませんよ?
さぁさぁ、何処へ行きましょうねぇ!?
「おねえちゃん、こっちこっちー」
「はいはーい!」
カルアちゃんに手を引かれるまま、村外れにある小高い丘を目指します。丁度上から村の全貌を見渡せる高さであり、登り切ってから振り返れば、村の惨状がよく分かります。一体、何人の村民が犠牲となったのか……考えたくありません。
「ここで遊ぶんですか?」
「ううん、このさきー」
どうやら、カルアちゃんは丘の向こう側に行きたいようです。まだ日も沈んでないのに、割と薄暗い森ですが、
「モ、モンスターとか出ませんよね!?」
今のわたし、完全に丸腰なんですけど!?
……いえ、フル装備でも戦いにならない事くらいは分かっていますが、気持ちの問題なんです。玉の小刀みたいなものですよ!
あれ、それって渡しちゃいけない物であって、お守りとかではないんでしたっけ?
「だいじょうぶだよー」
カ、カルアちゃんがそう言うなら間違いないですね。だって地元民ですもん。
『ホーホー』『キチキチキチキチ』
……やっぱり怖い!
初めて行った密林とは別ベクトルで恐ろしいんですけど!
あそこは明確な狩場だから最初から覚悟してましたが、ここは何の情報も無いから、心の持ちようが無いんですよー!
「ついたよー」
「わぁ……!」
しかし、森は案外と早く抜けられて、その先に待っていたのは、奇麗な花畑でした。どれも赫々しく、妖艶な美しさを持っています。全て同じ種類のようですが、
「……これ、フィオレーネにくれた花ですよね?」
「そーだよー。ここでつんだのー。きれいだから、おかあさんたちとよくきてたんだー」
「そうなんですか……」
そんな大切な思い出の場所を見せてくれるなんて……優しい子ですね。
「あのおねえちゃん、びょうきになったんでしょー? だから、こんどはちゃんとははなたばをあげようとおもってー」
「なるほど、それは良いですね!」
……あれ? わたし、カルアちゃんにフィオレーネの容体を話しましたっけ?
ま、良いか。それより、折角ここまで来たんですから、彼女の言う通り、今度は満開の花束をプレゼントしてあげましょう。きっとフィオレーネも目を覚ましたら喜びますよ!
ではでは、摘み方始めー!
「それにしても、本当に甘い香りがしますねー」
こうして間近で嗅ぐと、よく分かります。お城で出て来たどんなお菓子よりも甘く香しい、脳を蕩けさせるような匂いです。
そう、とても甘美で……腐った果実のよう、な……ぁ?
「あ……ぇ……あぅ……?」
「どうしたの、お姉ちゃん? 大丈夫?」
「ぃえ、だいじょ……ぅぶ……」
でもないかもしれません。
えっと、あれ、わたし、どうしてこんなに……?
「何か苦しそうだよ? 脚に力が入らないんだね?」
「あ……」
きづくと、わたしはひざをついていて……あ、ひじも……じめんが……、
「大丈夫、私が手を貸してあげるよ、お姫様♪」
そういって、てをさしのbEてくれRu、KaLmaちゃNは、みdOりいroにかがや衣手、
――――――ボフッ!
「……って、臭ぁっ!?」
瞬間、わたしの意識はクリアになりました。この黄色い煙と猛烈な臭気は……「こやし玉」ですね!?
な、ななな、何でやねーん!
「ぐぅぅぅぅぅっ!」
当然、一緒に食らってしまったカルアちゃんも臭いに鼻が曲がって、
「……えっ? カルアちゃん、その光は……?」
何時の間にか、カルアちゃんの周りを――――――否、カルアちゃんへ纏わり付くように、緑色の発光体が飛び交っています。よく見るとそれは小さな虫で、丁度翔蟲とよく似ていました。
「………………!」
すると、カルアちゃんは「しまった!」という顔になり、何処かへ行こうと走り出しましたが、
「何処へ行こうというのかね?」「おいおい、マジかよ……」
突然、翔蟲で飛んで来たザギさんとアルローさんに行く手を阻まれます。アルローさんはまだ分かりますが、何故ザギさんがここに?
というか、何でカルアちゃんに武器を構えているんですかね?
「ちょ、ちょっと皆さん!?」
「お姫様。アルロー教官の傍に。決して離れないように」
「え、えっと?」
「早くしろ!」
「は、はいぃぃいいいいいっ!」
何か凄い剣幕だったので、大人しく従っておきます。
「おい、ザギ! 流石にお姫様を“囮”にするなんて聞いてないぞ!」
しかも、何故かアルローさんがザギさんにご立腹。どういう事なんでしょう?
「さてね。
「ぐっ……!」
対するザギさんは皮肉たっぷりで、アルローさんが苦い顔をしています。
いや、ちょっと、あの……意味不明なんですが。ここまでされて、気にするなとか言いませんよね!?
「あ、あのー、そろそろわたしにも分かるように説明して頂きたいのですが?」
「ああ、まだ居たのか姫さん。早い所、アルロー教官と下がった方が身の為だと思いますけどね」
「ガーン!」
もしかしなくても、わたし、ザギさんから嫌われてます?
「……おっと、そんな暇は無さそうだぜ?」
と、アルロー教官が、追い付いて来たガルクにわたしを乗せながら、カルアちゃんを睨み付けます。DAKARA~!
「――――――ちょっと! ザギさんがわたしを嫌いかどうかはどうでも良いとして、何でカルアちゃんに武器を向けるんですか! その子は戦災孤児なんですよ!?」
「ああ、
「……は?」
ちょっと、ザギさんが何を言っているのか分からないんですが?
「ああ、もう、面倒臭いな! いいいから早く行けって――――――」
と、その時でした。
『何処へ行こうというのかな~?』
「………………!?」
知らぬ間に、カルアちゃんが背後に居ました。
……いえ、カルアちゃんはまだザギさんの前に居ます。そ、それじゃあ、このカルアちゃんは……!?
「あ、あなたは一体……何!?」
『アトラル・カ~♪ ……キシャァアアアアアッ!』
その瞬間、カルアちゃんの顔が縦に割れ、見事に御開帳しました。
「クソッタレが!」『オギャヴヴヴヴヴッッ!』
「………………!」
咄嗟にアルローさんがガードしてくれたおかげで、ガルクから転げ落ちるだけで済みましたが、これは……何?
白金色に輝く甲殻を持つ、派手派手な螳螂型のモンスター。閣螳螂「アトラル・カ」によく似ていますが、ずっと小型で、何故か翅まであります。たぶん、近縁種なのでしょう。
だけど、どうしてカルアちゃんが居なくなって、代わりにこんなモンスターが……?
『グヴヴヴヴッ!』「正体を現したな!」
さらに、向こうのカルアちゃんも同じ姿のモンスターになって、ザギさんを襲っています。
……ねぇ、ちょっと、待ってよ!
「何なんですか、これはぁ!?」
「……まだ分からないのか! こいつらは、“カルメン・ゴード”って子供の生皮を被っただけのモンスターなんだよ! “カルア”なんて人間、最初から存在してないんだ!」
「何ですか、それは……?」
意味が分からない……分かりたくない!
「こいつらは悪螳螂「サバエナス」! かつてカムラの里を半壊させた、アトラル・カの異形種だ!」
「サバエナス……」
そう言えば、前にロンディーネからの手紙で読んだような気がします。
カムラの里には、子供を殺して成り代わり、コミュニティを内側から食い破る悪魔が居ると。
「話していて、殆ど違和感が無かっただろ? こいつらの擬態はそれ程までに優秀だ。……何せ、生きたまま皮を剥いで、脳髄を啜って人格ごとコピーするんだからな! オラッ、死ね! この悪魔が!」
『ギャアアアアアアアアアアッ!』
「お前もだよ!」
『ギギャァォオオオオオオオッ!』
ですが、歴戦の英雄たるザギさんやアルローさんには悪魔も敵わず討ち取られました。
『助けて、お母さん!』『死にたくない!』
「ふざけるな! 成り代わってから最初に食い殺した癖に!」
『『ぎぃぃあああああああああああっ!』』
最期に酷過ぎる断末魔を遺して。
「ああぁ……」
全てが終わり、わたしは先程のように、ガックリと膝を付きました。こ、こんな事って……!
「――――――つまり、わたしは最初から騙されていたんですか?」
「そうだな。フィオレーネを餌にして、君を誘き寄せて成り代わろうとしていたんだ。この悪魔の花束をエルガドに……いや、王国へ違和感なく届けさせる為に!」
ですが、ザギさんは容赦しません。わたしの心をザックリ抉りつつ、花畑に火を放ちます。
『キュァアアアッ!』『ギャアアアア!』『ギキィィイイイッ!』
花は燃え上がり、キュリアとしての正体を晒しながら、虚空へ消えていきます。ああ、だからフィオレーネは倒れたんですね。
「……終わったな」
「ええ。ですから、さっさとその子を連れて帰って下さい。邪魔です」
……そんなに言わなくても良いじゃん。
「――――――ん?」
ふと、目の前を緑の羽虫が飛んで行きます。これ、さっきカルアちゃんに纏わり付いていた……、
「………………!」
「よせ、
嫌な予感に苛まれ、わたしは思わず駆け出しました。普段からは考えられないスピードで短い森を抜け、小高い丘の上に登り切ったわたしの目に飛び込んで来た物は、
「……嘘よ、こんなの」
再び火に包まれる村々と、そこら中に行き渡る緑色の光群でした。これはつまり、
「……もう手遅れだったんだよ。だから、見せずに帰らせたかったのに」「そういう事かい……」
「ザギさん……」
そういう事でした。
◆◆◆◆◆◆
結果から言うと、メル・ゼナが襲撃を行った村は、全て壊滅していました。
――――――否、住民全員がサバエナスに成り代わられていました。最初から守るべき人など居なかったのです。
何時からそうだったのか、キュリアを利用してどうするつもりだったのかは分かりませんが、救えたと思った命が真っ赤な偽物だった事実は、騎士団や調査隊の心を完膚なきまでに痛め付けました。
特に叩き上げの騎士などには、これらの村が故郷だった者も多く、PTSDを発症し再起不能になった者が続出しました。無理もありませんね。
「ガレアスさん……わたしたちは、人間は、存在してはいけないんでしょうか? 生きたいと思うのは間違ってるんでしょうか? 何で……どうして……うぁあああああああああああっ!」
「チッチェ姫……」
帰った後、わたしも泣きました。ガレアス提督の胸の中で号泣です。彼には心労を掛けたかもしれませんが、そうせずにはいられませんでした。
そして、弱り目には祟り目が付き物です。
「姫様、ご迷惑をお掛けしました。長い夢を見ていたようで……実に不徳の致す所です」
「フィオレーネ……!」
泣き疲れ果てた丁度その時に、フィオレーネが目を覚ましました。彼女が元気になったのは良い事なのに、今は素直に喜べません。
「しかし、もう大丈夫です! これからは己の命も省みて、二度とこんな不覚は取りません! あの花と、それをくれたあの子にも誓って!」
「………………!」
しかも、この憑き物が落ちたような表情で……!
「そう……ですね!
「おお、現地に向かわれたのですね! というか、カルメンちゃんと言うんですね、あの子。……それで、彼女は元気でしたか? 笑顔とまでは言いませんが、暗い顔はしていませんでしたか?」
「……っ、ええ、とても元気でしたよ!」
「そうですか! 良かった……本当に!」
――――――言えない、どうしても……!
「それでは、私はガレアス提督やザギたちへ挨拶へ行って参りますので」
「はい。でも、無理はなさらずにね」
「もちろんです!」
わたしは、喜色が隠し切れないフィオレーネを、見送る事しか出来ませんでした。
「何をしているのよ、わたしは……!」
こんなすぐにバレる嘘、吐いてどうするのよ……!
ですが、どうしようも、ありませんでした。
どうしようも、無かったのです……本当に。
◆サバエナス
かつてカムラの里を半壊させた恐るべきモンスター。
闇黒螳螂「ハバエナス」の配下であり、人間の生皮を剥いで癒着する事で他人に成りすますという、悪魔のような能力を持つ事から“悪螳螂”と呼ばれている。彼女らの役目はコミュニティの破壊工作で、ハバエナスの侵攻を手助けする事である。
ちなみに、子供を優先して狙う習性を持つが、これは「大人は子供に手を出す事を躊躇う」事を知識としてインプットしているからで、殺す時は“生きたまま皮を剥いて、内臓から食べる”のを種族的なモットーとしている。
また、一見すると真社会性の昆虫を思わせる生態をしているが、実際は単為生殖であり、例えハバエナスが死んだとしても、サバエナスが長期間生き延びていると、次なる女王となる特性がある。
王域の村々に潜んでいたのもこの特性によると思われるが、肝心の女王個体が見つかっておらず……?