『何という惨めな……悪夢だ……!』
そんな心の言葉を最期に、魘夢は死んだ。醜い肉の塊となり、言の葉すら紡げず、俺は全力を出せていない、やり直したいと悔恨しながら、ボロボロと朽ち果てて、この世から消え去った。
綿密に練った計画が台無しになった上に、自分がしたい事が何1つ出来ないという、本当に惨めで悪夢のような終わり方であった。
それから、どれ程の時が経った事だろうか。
「………………?」
地獄で無惨に頭を下げる筈だった魘夢は、見知らぬ場所で目を覚ました。
――――――というか、カチコチに冷凍保存されていた。何でや。
ここは何処で、自分は一体どうなってしまったのか。
とは言え、何時までもこんな所で物言わぬ氷像になっていても仕方ない。幸い力めば割れる程度の薄氷だったので、勢いで砕けてしまわぬよう、少しずつ
「――――――寒ッ!」
凍っていた時点で分かっていたが、やはり寒い。周囲の景色を見るに、何処ぞの秘境にある洞窟のようだし、早く抜け出さないと色々と拙い気がする。何か地面が不凍液でヌルヌルしてるし、卵みたいなのもあるし。
ただ、お腹は空いているので、1個くらい貰っていこう。鬼だから消化出来ないが、口寂しさを紛らわす事ぐらいは出来るかもしれない。
「……待てよ?」
比較的柔らかい岩壁(おそらく石灰岩)を凄まじい靭力で掘り進み、卵をえんむえんむと抱え運びながら考える。自分は本当に鬼のままなのか、と。
確かに暗闇でも目が視え、身体能力も高いなど、共通している部分も多いが、身体を変形させたり、血鬼術を発動させたりといった事は、感覚的に出来ないと分かる。事実さっきの掘削も拳で殴って開けただけだ。
そもそも、身体構造が結構違う。鬼は変形させなければ基本的に人間と同じなのだが、この身体は趾行性な上に手の指が4本しかない。あと耳が尖っている。明らかに人間とは別物である。
だが、それ以外は特に変わりはなく、鬼程の自由もない。まだ試してはいないが、たぶん人間を食料にする事も出来ないだろう。それに関しては一応メリットでもあるが……。
「先ずは腹を満たすか」
とりあえず、この卵を食べてしまうか。これで自分の食性も判明する。人の苦しむ顔を愉しみながら食事出来ないのは残念だが、現状は周りに誰も居ないし、ここは代用食になって貰わないと困る。
「うーん、微妙……」
柔らかそうな見た目の割に殻は硬いし、中身も中身で酸味の強い微妙な味わい。何と言うか、蟲の卵を口に入れたような感じだ。まだ人間だった頃の子供時代を思い起こす。子供って、何であそこまで怖い物知らずなんだろうか。
しかし、思わずリバースしそうな味ではあるものの、胃に溜められる事から、栄養には出来るのだろう。本格的に自分は鬼ではなくなってしまったらしい。それが良いのか、悪いのか……。
ともかく、こんな寒々しい場所に居続けるのは、人間だろうと人外だろうと危険極まりない。普通に凍えて死ぬ。さっさと移動しよう。
「というか、裸じゃないか」
移動以前の問題だった。流石に生まれたままの姿は厳しいものがある。主に本能的な意味で。
「近くに手頃な獲物は居ないかな?」
流石に十二鬼月だった頃のパワーはないが、それでもこの身体は只人とは比べ物にならない力を秘めている。ツキノワグマぐらいなら片手間で倒せるに違いない。
『ポポォ~』『モフモフ』『マンモマンモ』
「マンモスおった」
と思ったら、マンモスみたいな哺乳類がいた。鼻は長くないが、見た目は殆ど旧象である。美味しそう。3匹の親子連れだし、1匹くらいなら仕留められそうだ。
『……グルルルル』
だが、いざ不意打ちを決め込もうとしたら、崖の上から盛大な横槍が入ってきた。
『ガヴォオオオオッ!』
「な、何だ、こいつ!?」
黄色に青い虎縞が入った鱗の皮膚を持つ、肉食恐竜と翼竜を組み合わせたような怪物。その圧倒的な重量と幅の狭い飛膜で本当に飛べるのかは妖しいが、一時の滑空に使うのだろう。その代わりに走行能力は高そうで、荒鉤爪で地面を鷲掴みながら、高速で突っ込んで来るに違いない。
そんな怪物が、氷壁の頂点から降って来たのである。まさに怪獣。絶対強者の捕食動物だ。
『ゴルァッ!』
「ぇはんっ♪」
先ずは邪魔な露出狂(違う)を尻尾で吹き飛ばし、恐慌状態に陥ったマンモス擬きを次々に殺戮し、貪り食っていく。嗚呼、ご飯が……。
『グルルルル……』
おっと、怪獣がデザートを欲しそうに、こちらを見ているぞ。
『ゴァッ!』
「ノーッ!?」
ヤバい、これは死ぬ――――――と、覚悟を決めた、その矢先。
「とりゃっ!」
『ゴルァッ!?』
怪獣も降って来た氷壁から、見知らぬ少年が飛び降りてきて、怪獣の頭に強烈な一太刀を叩き込んだ。見た目こそ着物姿の普通な男の子だが、背負っている得物が意味不明過ぎる。何で身の丈以上の刃物を平然と持てるのか。こいつも人外かと思ったが、目立った違いは見当たらない。
「滅鬼刃、拾肆ノ型「待宵ノ月」! そして拾伍ノ型「満月」! さらに壱ノ型「繊月」、弐漆ノ型「有明月」、弐肆ノ型「下弦」!」
『ゴァアアアアッ!?』
さらに、自分の何倍もの巨躯を持つ怪獣を、流麗な太刀振る舞いで圧倒、そのままダウンを取ってしまった。そんな馬鹿な。あと、滅
『スゥゥゥ……バヴォオオオッ!』
「甘い! 拾給ノ型「寝待月」!」
『グガァアアアッ……!』
そして、怪獣の破壊を伴う強大な咆哮をスライドしながら斬り躱し、少年は止めを刺した。
(こいつこそ化け物じゃないか。こんな奴が、この世界にはゴロゴロ居るのか……?)
その瞬間、魘夢の中の何かが折れた。例え己が鬼のままであっても、こんな化け物が闊歩するような世界では、自分などすぐにでも討伐されてしまうだろう。生前のような愉しい悪夢など、振り撒けよう筈がない。
唯でさえ激しい悔恨により弱っていた彼の心に、その事実は厳し過ぎた。
「ふぅ……あんた、竜人族か? 何で裸なんだ?」
と、怪獣を片手間で退治してしまった、本当の怪物である少年が話し掛けてくる。竜人族とは……?
「何だ、何も覚えてないってのか? まぁいいや。そんな恰好で「寒冷群島」をうろついてたら、風邪を引く……というか死ぬぞ。……身寄りが無いってんなら、カムラの里に来なよ。ちょっと怪しくても、里長ならガハハと笑って許してくれるさ」
「………………!」
まさしく渡りに船だった。そっとマンモスの鞣し皮(おそらく既に収集していた物)を被せてくれるし、自分が女だったら絆されそうだが、生憎と男だし、何より同性同士で絡み合うような趣味はない。
「なら、宜しくお願いするよ~」
「おう。おーい、ガロ。この人を乗せてやってくれ。ギャレオンは先に戻って、報告を頼む」
『ウォン!』『了解だニャー』
その後、何処からか現れた少年のペットと思われる狼の背に揺られ、「カムラの里」なる場所へ向かう事と相成った。
◆◆◆◆◆◆
「……で、それからは里に滞在しつつ、ハンター稼業に勤しみながら、この世界の事を学んでたのさ。この子は、その少年から譲られた卵から孵ったんだよ」
『バギィッ!』
そう言いながら、手持ちのバギィを撫でるエンピール・M・トーマス――――――略して「エンム」。
なるほど、よりにもよってカムラ人を目の当たりにしちまったのか。そりゃあ心も折れるわな。住人の殆どが柱みたいな連中だから、下弦の鬼ではどう足掻いても敵わない。英雄級などは言わずもがな。それこそ流星刀を手にした縁壱を相手にするようなものだろう。
しかし、何故カウンセリングなどしているのかは分からない。以前の彼は悪夢を見せて愉悦に浸るような糞野郎だったなので、凡そ正反対の事をしている。
「それはねぇ……そうするしかなかったからだよ。ハンターの朝は早いからねぇ。それに忍者の里では娯楽も限られてるから、せめて自分が楽しい夢を見ようと思ったのさ。折角眠れる身体になったんだから、そこは有効活用しないとねぇ。睡眠薬は、その過程で出来た物だよ。で、噂を聞き付けた人たちに譲ったりしている内に、腕も上がったんだ。特にアヤメさんやクスネさんからの要望が大きかったねぇ~」
「そうなのか……」
何か過去や腹に一物抱えてそうな奴に人気だな。その後はクスネ氏にでもくっ付いて回って、エルガドまで来たって所か。辻褄は合うな。
だが、それでもカウンセリングに繋がる理由にはなっていない。果たして、その心は?
「いやぁ、皆気持ち良いくらいにグッスリ眠ってくれるからねぇ。見ていてこっちまで清々しい気持ちになれるよ。あの無防備な姿……それを俺が齎しているのかと思うと、実に
「なるほど……」
結局は変態じゃないか。人の寝顔を見るとそそりたつとか、特殊過ぎるだろ、それは。何処まで行っても、こいつは相変わらず変態なのが分かって、安心してしまう自分にもちょっと引く。
「ともかく、要観察だな」
「おや、ここまで聞いて見逃してくれるのかい? てっきり、地獄の果てまで追い掛けて、頸を落とすのかと思ったけど」
「流石に長男でもそこまではやらんよ」
つーか、今の俺は長女だし。
「便利な物は何でも使う。それだけの事だ」
それに根っこの部分は変わらずとも、人当たりぐらいは環境で変化する可能性だってある。
ならば、こいつが王国にとって益となるか、じっくりと見極めさせて貰おう。
「――――――それはそれとして“望んだ夢が見られる薬”とかはあるかね? それか“夢見を良くする薬”とか」
「君も案外俗物的だねぇ、王国騎士筆頭様」
「喧しい」
良いじゃんか、それくらい。王国騎士筆頭は忙し過ぎて、ロクに夢も見られないんだよ!
◆ティガレックス
ご存じ絶対強者。別名は「轟竜」。所謂「ワイバーン骨格」の飛竜種で、飛ぶよりも地べたを走る方が得意。飛竜種とは。
ティラノサウルスの如く恐ろしい顔立ちからも察せられるように肉食性で、餌を求めて各地を放浪する為、決まった縄張りを持たない。時には大好物のポポを求めて、苦手な寒冷地にまで赴く。
リオレウスのような飛び道具は持たず、もっぱら突進や尻尾の薙ぎ払いによる物理攻撃を主体としているが、最大の特徴は別名の由来にもなっている破壊的な咆哮。何とこの咆哮、ダメージ判定があるのだ。おそらく指向性の衝撃波のような物だろうが、それでも発声だけで物を壊せるのは凄い。
今回の個体はポポを楽しみにきた普通のティガであったが、偶然出会ったハンター見習いが強過ぎた。