黄金の樹年代記~ある家に伝わる家系史あるいは妄想に満ちた偽史 作:フォン・セテム
フォン・シュヴァンガウ家の一族には家訓のようなものとして、元少年兵パウル・フォン・シュヴァンガウの記した回想録が伝えられた。
彼は「ゲルマニア生存戦争」の敗北による民族共同体意識の衰退と、戦後の貴族制度の撤廃により没落したゲルマニア貴族階級のあるべき誇りと、遙か過去に行われた三十年にも及ぶ宗教戦争の惨禍から復活し帝国を築いたゲルマニア民族国家「ドイッチェラント」の興亡を主に独自の史観に裏打ちされたゲルマニア民族の歴史とゲルマニア民族共同体のあるべき姿を交え回想録に記す。きっかけはある報道機関によるインタビューだったが、発表された時に偏見と嘲笑に満ちた観点で出されたことに元少年兵パウルは憤慨し、真意を伝えようと回想録を執筆した。
戦後の体制における民主共和制への論理的な批判と、古代ギリシアのある哲学者によるような賢人政治の理想を記した同著は一般には退けられたが、パウル・フォン・シュヴァンガウ著による「黄金の樹の一族の年代記」はフォン・シュヴァンガウ家に伝えられていく。どの時期まで伝えられていたかは不明であるが、大まかな内容を記した冊子は後の世にも伝えられた。
ゴールデンバウム家に伝えられたとされる同書も上記のような冊子である。
長い年月で失われた記憶もありゴールデンバウム家や、当時の銀河帝国における歴史学者の了解として、西暦時代のゲルマニア帝国の政治体制の詳細やアドルフ大帝の人となりも大まかにしか伝わってなかった故に、銀河帝国の皇帝専制体制やルドルフ大帝の先駆者として語られているのは非常に興味深い。
二大国の冷戦構造の中でフォン・シュヴァンガウ家は西部ゲルマニア国家の国防軍の中で名門の軍人家系として一部には知られていたが、反軍的な戦後の体制においては忌み嫌われていた。当のフォン・シュヴァンガウ家のものも反軍的な思想を受け入れた異端のものもいたというが、概ねフォン・シュヴァンガウ家はそう言った反軍的な思想を敵視していた。
一部の右派勢力はアドルフ大帝以下の将帥を称揚するようにパウル・フォン・シュヴァンガウも英雄視していった。帝都陥落まで銃をとり最後まで戦いやむを得ず捕虜に甘んじ、戦後の時代での苦境に同情する言説もあったが社会的にはごく少数であったと言う。
これらの反動をはねのけ万全と思われていた冷戦構造による歪な平和は、東西両勢力の傲慢な欲望と権力欲により崩れ去り、人類全体を殺し尽くそうとするかの戦乱により破られた。
後の世に言う「13日戦争」の勃発によって。