黄金の樹年代記~ある家に伝わる家系史あるいは妄想に満ちた偽史 作:フォン・セテム
13日戦争当時でも姓名に貴族階級をあらわす「フォン」を名乗っていたフォン・シュヴァンガウ家は非常に復古主義的な家系であり時代遅れとされていた。
だが二大国間の冷戦構造による歪な平和と、貴族の誇りとはほど遠い退廃とその末の13日戦争。そして90年戦争での北米教団国家の狂信的で残虐な支配。
宗教的道徳や精神的良心を完膚なまで破壊された末世の世相の中、精神的規律と高貴さを求めるフォン・シュヴァンガウ家の姿勢は一定の評価を得た。
パウル・フォン・シュヴァンガウの回想録はフォン・シュヴァンガウ家の精神的支柱として息づいていたようだ。
そして一時、フォン・シュヴァンガウ家の伝承が宣伝され黄金樹の一族と認識され新たなる地球統一政府は北米教団国家群への正義の戦争における名将にして高貴かつ公正なる騎士たるテオドール・フォン・シュヴァンガウ改めテオドール・フォン・ゴールデンバウム将軍を英雄ともてはやす。
だが、その後地球統一政府の統治による文明復興と宇宙開発に明け暮れる好景気と新進気鋭な気風のなか戦乱とは無縁な平和な時が続き時代は流れる。
地球統一政府建国時の軍事的英雄テオドール・フォン・ゴールデンバウムは忘れられていった。
ここでフォン・ゴールデンバウム家の端緒となる「ゲルマニア生存戦争」について改めて語る。
二次にわたる「ゲルマニア生存戦争」とは西暦1914年より始まるヴィルヘルム軍艦帝の御代の旧欧州大陸での大戦より端を発する。開戦と同時の機動戦により短期決戦をのぞんだ軍艦帝と軍部は当初策定による作戦の破綻と長大な戦線での膠着によって消耗戦に持ち込まれる。その後ゲルマニア国内での反乱や対峙国双方打つ手がなくなったこともあり西暦1918年に一時休戦。
ヴィルヘルム帝の退位と15年の空位時代の後、総統を名乗ったアドルフ大帝により西暦1939年に再び再戦、アドルフ大帝の革新的な戦術と優秀な軍人、優れた装備により欧州全土を版図に治めたかに見えたが、作戦指導の硬直化と折から参戦した西方民主共和連合国と東方の集産主義国との二正面作戦を強いられ帝都陥落により終結する。
この生存戦争はヴィルヘルム軍艦帝によるゲルマニア共同体への挙国一致的な奉仕の呼びかけによる熱狂により始まり、アドルフ大帝のゲルマニア民族共同体への絶対的な帰依と、ゲルマニア民族生存圏確保による民族共同体の生存を賭けた戦争として行われたとされている。
「ゲルマニア生存戦争」を戦ったパウル・フォン・シュヴァンガウはゲルマニア民族共同体の思想を、規律と戦争と言う概念で結論づけ東方の野蛮と西方の退廃に対する処方箋としてゲルマニア民族共同体的な価値観をこそ是とし称揚していった。
その精華たる彼の回想録「黄金の樹の一族の年代記」は、戦争を前提とする規律を日常において実践することこそ、一時的な敗北と雌伏を強いられたゲルマニア民族にとって重要かつ理想的な振る舞いであるとすることが実体験にもとづき書かれている。
同書の影響は平和な時代では忌避されていたが、13日戦争と90年戦争における黙示録的な時代のなかで独自の慣習と伝統を維持した旧英国人勢力を始め一部の人間にとってバイブルとして読み継がれた。
無論フォン・シュヴァンガウ一族改めフォン・ゴールデンバウム一族の存在意義の根幹をなしていた。