「なんか最近、時間の経ち方がおかしい気がする……」
「そう? こんなもんでしょ」
うに、と変な切り方をする姉にはツッコまず私は無視する。これは構うと付け上がる、出来る限り小ボケは相手したくない。
にしても、だ。こないだ卒業して海外行って帰ってきたと思ったら、もう夏が近づいている。忙しくしてるせいかもしれないけど、なんか計算が合わないような。
と言うかなんだろう、卒業して以来なんだか色んな事が噛み合ってないと言うかなんと言うか。
ボケるには早すぎるんだけどなぁ、うーん。
「それよりさぁ雛ちゃん、晴人の応援行くよね? お姉ちゃんと一緒に」
「いや何でよ、どっちにしても何でよ」
行くとしても一人で行く、この歳で姉妹連れ立って出掛けてどうすんだ。それもこんな歩く災害みたいな厄種と。家族でなかったら関わりたくもないんだから、あんまりグイグイ来ないでほしい。
男バドの地区予選の日は確かにもうじきだ、労ってやろうかなくらいには思っている。とは言え余計なことを考えられても困るから、その辺をどうにかしないと。
8月のインカレに集中するためにも、私はただの先輩でいたい。これ以上面倒を持ってこられては困る。
どうも晴人にはペースを乱されがちだ、嫌いではないけど扱いが難しい。どうしたもんだろうな、千夏先輩くらいの技量があればいなせるんだろうか、でもあんな魔人にはなれないしなぁ。
……などと一つの事を考えてばかりいると、他所から別角度であれこれ飛んでくるのが人生というものだ。うちの姉なんて、どんなに警戒してもその斜め上を飛んでいく。なんだあれ。
「よう雛」
「あ、大喜」
しかし奇遇も奇遇だ。休日に町をブラブラしてて、まさか大喜にエンカウントしてしまうとは。晴人でないだけマシか、不意打ちで来られると厄介だよあれは。
別に特別避けていたとは言わないけど、御互い違う道を歩んでいる身だ。同じ町にいるとは言えそんなにしょっちゅう出会しはしない、でも会う時は数日続いたりするから不思議。
それはそれとして、やはり少しだけまだ気まずい。一年以上経ってもこれだ、やっぱり時間の経ち方がおかしいんじゃないかな。体感ではもっと短い。
あの日叩き潰された心はどうにか組み直したし、引っ掻かれたような傷痕も瘡蓋さえ乾いて剥がれ、すっかり治りきった。あれだけ泣いて、あれだけ絶望して、それでも時間が薬になってくれた。もう全部振りきった、すっかり諦めた。あの頃の私を動かしていた感情の残滓もすっかり流れて消えて、跡形もない。……筈だ。でも出合い頭は毎回こうなってしまう、もう条件反射かもしれない。
まあ、すぐにその辺は解決するのだけれど。とりあえず近場の喫茶店なんかに入ると、昔のような空気が戻ってくるから。
適当に座って適当に頼んで、向かい合って。いつも始まるのは、とりとめの無い雑談。栄明にいた頃の、まだこじれる前の私たちに戻って笑いあう。あの日のバカ二人がここにいて、なにも変わっていないようにさえ思える。
――ああ、良いな。恋愛を意識しないと、こんなに楽なのか。結婚してる間ギスギスしてたけど離婚したら仲良くなった、みたいなのは本当なのかもしれない。自分の気持ちから必死で逃げていた頃よりもずっと、心が軽い。
まるでただの友達みたいに、バカな話で盛り上がれる。ずっとずっと、こうなりたかったのかもしれない。
でも、だけど。一回大喜を好きにならなかったら、こんな距離にはなれなかった。全く面倒だな、人間って。
「……と、そろそろ行かなきゃ。ごめん大喜、んじゃ又ね」
ふと気が付けば陽は大分傾いている、さすがにこのまま呑気にしていられない。オフの日もリズムを崩さない姿勢、大事です。プロフェッショナルであるべし、私は栄明のスターオブスターズオブスターズだった蝶野雛様なんだから。
立ち上がって伝票を持とうとした私の手を大喜が制し、良いよ良いよといつものやり取り。……かと思ったけれども、今日は少しだけ大喜の表情が固いのに気付いた。
まあ長い付き合いだ、こいつの考えはそこそこ読めている。そうだろうな、そうだろう。こうして出会したんだ、あの話はするだろうと思っていた。
「あのさ、雛。今度の――」
「分かってる。一応顔くらい見せてあげるよ、先輩としてね」
名前は出さない、具体的に何処で何をとも言わない。でもま、分かってる分かってる。
色恋沙汰は面倒だ、人を好いたり好かれたりはもう沢山。
でも他ならぬ親友の頼みは、聞いてあげないといけないからね。
「あーでも私が行くと、負けるかもよ?大喜の時みたくさ」
「それ俺たちが一年の時の話だろ、よく覚えてたな」
そりゃ覚えてますともさ、好きだった人の事だもの。なんてジョークに出来るくらいには、私の気持ちは安定している。もう大喜を好きにならない、なれない。そんな疲れることは、もうしたくない。
だからこれは、単なる趣味の悪い冗談。私たちは、こういう事も言える気楽な間柄だ。
「先輩がいないからって浮気すんじゃないわよ、バカ大喜」