早起きを苦にした事はないというか、私の朝は家族とのジョギングから始まるわけだから自分が他所より早起きしているという認識の方が無かった。
だからそう。まだ風も冷たさが混じる三月末の朝に体育館へ駆けていくのも、大した負荷ではない。
もうじき進級するタイミングで朝練したって意味無い気もするけれども、けれども引退までは続けていきたい。
私だって春からは最上級学年だ、後輩たちに示しがつくような先輩でいたい。
大喜先輩は、卒業直前までやっていたわけだし。
まあ私は大喜先輩にとっての鹿野先輩みたいな人はいない、いるのは腐れ縁くらい。毎度毎度先を越されてちょっと悔しい、でもさらに出る時間を速めようとは思わない。その程度の対抗心だから、私はパッとしないんだろうなぁ。何処かに都合の良いライバルとかいないもんかな、課金したら錬成出来ないだろうか。
いやそれもうライバルじゃないし、なんだよ都合の良いライバルって。我ながら何考えてるんだか。
内心で溜め息を吐きながら開けた鉄扉の向こうは、予想通りというかいつも通り。
「お。あかり」
「おはよ、晴人」
絶賛練習中の晴人を一瞥し、私は着替えの為に用具室へと滑り込んだ。
晴人との付き合いは長いような短いような。なにしろ中学が別で、三年も離れてたから幼馴染みという感じがしない。お兄ちゃんの所に来て練習する事もあまり多くなくて、だんだん疎遠になっていった。
まさか栄明で再会するとは思わなかったな、うん。あれもあれで思うところがあって内部進学を蹴ったんだろうけど、私としてはあんまり会いたくもなかった。……ちょっと気まずいんだよ、同い年男子の幼馴染みってさ。
とは言え特に何事もなく日々は過ぎて、もうじき私たちは三年生。ここに来るのも、もう一年もない。
晴人は栄明に来てずっと、蝶野先輩の影を追っている。全く一途なことだ、……私と違って。
私は一時期、大喜先輩を好き――になりかけていた。お兄ちゃんが認めるくらいバドに一直線で、私みたいなミソッカスにも優しい先輩。だからちょっとだけ、ちょっとだけ恋をしそうになっていたんだろう。お兄ちゃんもお兄ちゃんで『猪股なら良いぞ』とか言うし。……なんていうかお兄ちゃんこそ、大喜先輩大好きなんだよなぁ実際……。
まあ大喜先輩には女バスの鹿野先輩がいたし、私なんか相手にもされなさそうだったけど。
蝶野先輩にも言われたんだよね、無理に気持ちに名前をつけなくて良いって。私は大喜先輩は良い先輩だと思うし実際好い人だ、でもそれは恋愛感情にまでは行かなかった。それだけのこと。
多分蝶野先輩からしたら、晴人もそんな感じなんだろうな。……早く気付いて身を引いてくれないと傷が深まるだけなのに、晴人バカだからなぁ……。
「……なんだよ」
「あーいや、なんでもない」
なんか察したっぽい晴人を受け流し、私は練習へと戻る。せめて後輩たちに追い抜かされないくらいにはなっておかないと、私の顔が立たない。
そう、余所見をしている暇はないんだ。
「ちょっと休憩~」
「俺もそうするか。あかり、水とって」
そんなもん自分でやれ、と言いつつもボトルを引き寄せて放り投げてやる。まあ、これくらいはね……と思ったけれど。
その軌道は予想よりかなり低く、晴人は苦笑しなからそれをひょいっと受け止めてくれた。
まだそんなに疲れるほど動いてはいないつもりだけど、やはり多少は消耗している。朝練の後で迎える一限目はさすがに少し眠いだろうな、今はまだ春休みの最中だけど。
その内それにもなれてくる、だけどそうなる頃には引退かもしれない。結局私は、大した結果も残せそうにないかも。
でもまあ、それで良い。人から見たら無様で無為でも、私は私に満足できるから。
私なりに勝ったり負けたりして、呑気にやっていく。隣に誰がいようがいまいが、そんなのは知った事じゃない。
きっとどうにかなる、なるようになる。ならないようになったなんて話、聞いたこと無いし。
「晴人はさ、目標とかある? 三年生の」
「とりあえずはインハイだな、毎年の事だけど」
まあそうか、晴人はそうだろう。お兄さんも大喜先輩もいなくなったけど、それでも晴人は晴人。いつだって一気通貫だ、目の前しか見えてな――
「そしたら今度また、雛先輩に告白しようかなって」
「あ、……ふーんそうなんだー……」
……そっかまだ諦めないか、去年それで袖にされた癖に。
実はあのインタビューの時、野次馬気分で見に行ったんだよね私。まさかあんな雑に『インターハイ行けたら付き合ってください』なんて言うか普通、段階踏みなよ。そして笑顔で斬って捨てられておいて、それでも折れないとか心が超合金か何かなのかそれとも心臓が毛だらけなのか。
なんにせよやっぱりこのバカ重症だ、打つ手上げる手は勿論付ける薬も無い。一回こっぴどくフラれて目を覚ますまでは、これは止まらない。
もう私が色々口出さない方がいい、飛び火してきたら困る。
――そろそろ他の部員たちも練習に来る時間だ、先輩風の一つも吹かせてみようか。
なんて思いながら立ち上がった先には、春のアオい空が広がっていた。
前途洋々、と行くかどうかは知らないけど。でもまあ、気分が良いから一応言ってやろう。
「精々頑張りなよ、晴人」