「――なんでアンタがいるのよ」
そりゃこっちの台詞です、と返しつつどうにか動揺を圧し殺す。なんで守屋マネがここに、しかも笠原先輩まで連れて。
俺はただ、雛先輩のお姉さんに誘われて来ただけなのに。他に来るとしたら雛先輩だろうと踏んでたのに。
これじゃ二年の時の部活中じゃないか、全く。
笠原先輩も笠原先輩で麦さんとは初対面なのか割とぎこちない、この人大抵そつなくこなすからこういうのはめずらしいかも。
「あー……蝶野さんそういや末っ子だって言ってたな……」
「はいはい、蝶野家のリーサルウェポン麦ですよ。妹と後輩がお世話になって、って君も後輩だねヨロー」
麦さんは相も変わらずこの通りだけど、なんか説明ほしかったな。まあ期待するだけ無駄か、この人だもん。
さてま、とりあえずは呑気な休日が始まるわけか。
本当はインターハイに備えて練習にあてたいが、あれからちょいちょいお世話になってる麦さんからの誘いじゃ仕方ない。少しくらい息抜きしても良いだろ、大喜先輩だって彼女いたんだから。それでも俺や柊仁に勝ってインターハイだもん、人間紺を詰めすぎてもダメなのかもしれない。でも俺はあの人を越えないといけないんだ、もっと気張るべきかそうじゃないのか。どうしたものか俺にはわからないけど、折角だし今日は楽しもう。
誘われて仏頂面してたら、さすがに周りを不快にしてしまう。
俺は黙ることを覚えたのだ、だから大人しくしていよう。
……………
………
…
そしてそれから、小一時間が経過して。最初は四人一かたまりだった俺たちはコンビ二組に分かれていた。
何を考えているのかやっぱり分からない麦さんが『組合せ変えるのも良いでしょ』と笠原先輩を連れて行ってしまい、俺はなんとなく守屋マネと二人きり。
いや、なんだよこれは。守屋マネと笠原先輩のデートに割り込む為に俺を呼んだのか、ほんと何考えてるんだか。
「良いんですか、笠原先輩ほっといて。て言うか麦さんと二人にして」
「んー、別にそこは気にしないかな。むしろ麦ちゃんに色々探ってほしいし」
色々あんのよ、と笑う守屋マネは前とちっとも変わって見えない。人間ちょっとやそっとじゃ変わんないんだな。
いや、変わってはいるのか。笠原先輩と付き合いだしたって聞いて、またすぐ他所に行くのかなーとか思ってたけどそうならなかった。前は気が多いというか優しすぎるというか、常時蛸足配線だったらしいけどすっかり改まっている。
良い変化ってこういう事を言うんだろう。
「そっちこそ、雛っちに相手にされないからってジェネリックに手を出すとかどうかと思うけどね」
予想外の言葉に、一瞬身体が強張る。「……は?」なんて一つ息を絞り出すのが精一杯。
相手にされていない、は事実だ。雛先輩にとって俺は後輩の一人でしかないんだろう。あの時柊仁と話してた時みたいな顔を見せてくれた事なんかそうそうないし、ひらひらとかわされてばかりいる。
でも、ジェネリックって。……俺が雛先輩の代わりに、麦さんを好きになろうとしてるとかそんな風に言いたいんだろうか。
「いや、俺は……俺が好きなのは雛先輩なんで……」
「そうなのかな、なんか距離感があれなんだよね。まあ麦ちゃん割かしその辺バグってるし、そう見えるだけなんだろね」
あまりそういう事を言えた義理でもない気がするけどな守屋マネ、言わないけどさ。勘違いして数日付き合って即フラれたバド部員がどれだけいるかって話だ。
――ジェネリック雛先輩、か。雛先輩と似た容姿で雛先輩みたいに俺を振り回して、でも……でも。俺に対して好意的……な気がする人。からかわれてるのかどうなのか、今はそれさえ分からないけど。
もし、もしも。俺が先に会ったのが、麦さんだったら。俺は――。
「……そう、ですよ。そんなんじゃない、です」
沸き上がりかけた気持ちを無理矢理抑え込んで、守屋マネに笑って応える。考えるな、そんな事は。
俺は雛先輩を好きになった、他のだれかを好きになった事はない。だから似ていようが近かろうが、代わりになったりはしない――筈だ。
最近の俺はどうも、何て言うか……揺り動かされている。故意なのかどうなのか、それはともかく。少なくとも以前の俺は、どう言われても揺らぎはしなかっただろう。そういう考えさえ、出来なかった。でも今は考えてしまう、僅かずつ気持ちが削られていく。
麦さんは頼れるし雛先輩の事も話してくれる、俺としては傍にいて損はない。でも麦さんからしたら、何があるのか。妹にちょっかいかけてる男子を、あの人はどうしたいのか。
分からない、本当に分からない。
深いんだか浅いんだか、真意があるのか無いのか。あの赤い髪が、全て覆い隠してしまう。赤毛の美しい女、か。あの人はもしかしたら俺が思うよりずっと、怖い人なのかもしれない。
春の風を浴びながら、血が出るほど唇を噛み締めて。怪訝そうな顔をする守屋マネを振り返りもせず、ただ俺はうつむくばかりだった。