全く、どうして寄りに寄ってこうなるのか。
絶対面倒な事になるから、この人にだけは関わってほしくなかったんだけど。
「いやぁ、まさか雛ちゃんにあんな後輩がねぇ」
ニヤニヤするその顔に腹を立てる余裕もなく、私は溜め息を一つ。こういう時感情的になると向こうの思う壺、受けながせ私。
我が姉は、とにかく厄介な人間だ。想定できる最悪を考えてもその斜め上を行く、何をやっても話を変な方向へと動かしてしまう。
蝶野一族の特異点にして特級の厄種、それが蝶野麦という女。
人の思い通りになるのがとにかく嫌い、なにをやらかすか分からない。血管に血の代わりになんか妙なものが流れてそう。良くも悪くも規格外で、天性のトリックスター。
そして――なんでも出来る癖にすぐ飽きる、ろくでもない女。ミソッカス扱いなのは性格のせいで、万能ではあるんだこの人。悔しいことに。
こっちが何年も命がけで新体操やってんのをアッサリ追い越しておいて『やること無くなって飽きた』と投げ出してくれた時は、さすがに殴ってやろうかと思ったわ。産まれたときからずっとこれの妹やってるけど、正直劣等感ばっかり植え付けてくれるから嫌いだよ本当。
才能溢れるやる気ない姉と、才能はともかく努力する妹――なんて対比されたり。私だって親譲りの才気はあるつもりだ、あっちが規格外過ぎるだけで。
あとはそう、本気でこれは人のいうことを聞かない。天の邪鬼どころじゃない、♪お前が求める私なんか全部壊してやる、くらいの意気込みであらゆる期待を粉砕する。……まあ逆に言えば好き勝手やらせておけば余程運が悪くない限りそれほどの被害はもたらさないから、今は一族総出で全力をあげて放置してるんだけどね。
まあ、それはそれとして、だ。
「別にどうでも良いのよ、只の後輩だから。お姉ちゃん年下って好きなの? じゃあ口説いてみたら良いんじゃない?」
とりあえず気にしないふりだけはしておこう、これ以上好奇心を刺激されては厄介極まる。
それに私としては、晴人が誰とどうなろうが本気でどうでも良いのだ。私は今の所、色恋沙汰に耽る気がないから。なにしろもう、あんな想いは沢山なのだ。大喜には苦労をかけたよ、うん。勝手に好きになって脈があると勘違いして、一途なふりして振り回して。振り返れば、片想いを拗らせるってあんなにも厄介なんだと気が付いた。
もしかしたら晴人は、昔の私みたいになってるのかもしれない。好きになんかなれない、と言っても引き下がらない辺りとか特に。
大喜は私を嫌いじゃない、でも「好き」の質が違う。千夏先輩への「好き」とは、根本から違いすぎる。
私は晴人を嫌いじゃない、でも「好き」とは違う。目に入れたら痛いだろうけど、それなりにかわいい後輩ってだけだ。
このままでいても平行線だ、話を動かすためには劇薬が必要になる。多分きっと。
その為にこの愚姉を上手いこと使えたら、と思いはするんだけど……ねえ。
ホント余計な事ばかり立派にやりとげるんだよなぁ、この人。無意味な天才というかなんというか。
「んにゃー……でもにゃぁ。妹の彼氏寝取るとか、さすがに外道でしょうよ」
「寝てないし彼氏でもないからね」
そしてあんたは普通に外道だよ、そして下道だよ下の下だよ。
生産性のない会話を切り上げて、私は夜練へと向かう。気を抜いてはいられない、身体髪膚全てを十全な状態に持っていくには日々の鍛練が一番だ。頭の先から爪先まで神経を巡らせ、いつでも一瞬の遅滞もなく動けるようにしておく。オーバーワークは害だけど緩んでも良くない、過不足ない「適当」で「良い加減」を保たなければ。
蝶野雛は折れない曲がらない、見よ超強力のみなぎるパワー。瞬く間に最高潮向かえば敵無し、不死身の身体と不屈の闘志で挑み続ける。私は蝶野雛、赤毛の美しい女なんだから。足りないものは気合いでおぎなえ、胸を張れ、前を向け。虚勢でもなんでも良い、敵を萎えさせ自分を奮い立たすために、なにがあっても笑って言ってやれ。『面白くなってきたじゃない』と。
目指す先は、遥か高みにある。それはずっと変わらない、私はこれからも新体操の道を進んでいく。
まだまだやることは多い、そして時間はいつだって足りなすぎる。
この頃とても人生を色々と計画しだしている私にとって、恋愛を楽しむような季節は遠い先だろう。
それでいい、それがいい。
お姉ちゃんほどの才能があれば、大喜のような直向きさがあれば、私はもっとスムーズに生きられたんだろうか。まあ気にしても仕方ないけど、さ。
とりあえず今は細かい事を考えず、ただ自分のやるべき事だけやっていけばいい。どうせお姉ちゃんは死ぬほど飽きっぽいんだ、すぐ晴人の事なんか気にもしなくなるだろう。まあ晴人だって、その内飽きて私に構わなくなる日が来る。きっとそうだ、うん。
そんな事より夏のインカレに備えてもっともっと練習しよう、高校レベルのままで埋もれてしまうわけにはいかないんだ。
後輩たちの為にも格好つけないと、先輩としての面目が立たない。
なんてふと思った私は何故か、千夏先輩の後ろ姿を思い出していた――。