現代に転生した安珍様が、清姫の影に怯えたりバンドやったり気持ち良すぎだろになったりする話 作:左道
原作:安珍清姫伝説
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※この小説は『小説家になろう』にマルチ投稿しています
前世などという未練や執着に似た、余計な輪廻の記憶を持ち越さなければ。
私は少しぐらい、自分が被害者だと思えたのだろうか。
生まれた時には曖昧だった、私の前世に関する記憶は成長するに連れて徐々に喚起されるようになっていった。
それは女性への嫌悪や恐怖という、マイナスの感情によって前世の記憶が刺激されたのだ。
別段、女性という存在への偏見はなかったつもりだ。女人は僧を惑わす故に罪があるとする宗派もあるが、私が尊敬する伝教大師(最澄)によれば女人だから罪がある、修行の邪魔になる、女人は仏になれないなどという僧は己が煩悩、欲の捌け口を女人に向けて攻撃することで徳が積めると甚だしい勘違いをしたものであるとのことだ。
大師は誰とていかなる存在と雖も、衆生は仏になる素質を持っていると説いた。これを一切衆生悉有仏性と呼ぶ。ただし、自らの不道徳によってそれは阻まれるものだ。故に、間違った考えは自ら正すべきだと。
私もその教えを朧気ながら、幼子の自我が定かですらない頃合いに心がけようとしてきた。
だが、世の中は常ならないことばかりだ。
自分ではまったくそう思わないのだが、どうやら私の顔は美醜で区別するならば美であると他人に思われるようだ。
馬鹿げたことではある。私にとって美醜とは心の有り様を測るための言葉だ。目鼻の位置や大きさがどうだとか、そんな事を気にしても皮を向けば人間など血と糞の詰まった袋だというのに。
だが私がそう考えていても他人が納得してくれるとは限らない。子供の頃から、女人に褒められることが多かった。他人の子供を可愛らしいと褒めるなど社交辞令が普通なのだが、彼女らの私を見る目は欲の光を灯していた。
今にも攫って自分の物にしてしまいたいような。そんな欲だ。子供心ながら、私はその目に怯えた。
唯一その目を向けてこないのは母親だった。心優しい人だった。怯える私を落ち着かせるように抱きしめて、帽子や首巻きで顔を隠してくれた。
温かい愛情を与えてくれて、顔のことなんか一度も口に出したりしないけれど、私が幼稚園で友達ができたとか、いじめられていた子を庇ったとか、そういう他愛のない話でとても褒めてくれた。
「
そう言って、呪われた顔を持つ私を──妙に達観した前世からの記憶は無くとも精神を持つ私を、惜しみない愛をくれた。
父さんもそうだ。強くたくましい父も、普通の子供と変わらないように遊んでくれていた。川が苦手だという私と一緒に泳ぎの練習もしてくれた。
もし世界に美しい人がいるなら、母さんと父さんのことだろう。
小学校に通っていたときである。いつも通り、母と夕飯の買い物に出かけていた。
その日、私を誘拐しようと発狂した女が刃物を持って襲いかかってきた。
私は驚き、そして恐怖に竦んで一歩も動けなかった。明確な殺意と、情欲に満ちた女の悪鬼めいた表情で、吐き気と涙が出てきた。
(清姫か……!?)
その時、まさに前世の記憶が蘇った。旅の僧をしていた私を、突然慕ってきた庄屋の娘──清姫。
当然ながら僧籍にある私に彼女を娶る選択肢など存在しなく、しかし諦めない彼女に仕方無く──僧侶としては重い罪であったが──嘘をついて逃げた。
必ず貴方を迎えに行くと、そう言って待たせて旅を続けた。だが騙されたと知った清姫は、大蛇となって追いかけてきて──私を道成寺の鐘ごと焼き捨てた。
私は前世で安珍という名の僧侶だったのだ。
その清姫のような鬼気迫った表情をしていた女に、私は動くことができなかったのだ。
代わりに、母が動いた。女の前に立ちはだかり、その包丁で胸を貫かれた。
そして包丁を必死で押さえて、私にそれが振り下ろされないように……抜かれないように、刺されたまま倒れた。
女は周りから取り押さえられた。
母は助からなかった。
病院で看護婦が。
葬式で同級生の少女が。
その母親が。
親戚の女たちが。
優しさで死んだ母を悼むより、私をじつと見ていた。
まるで清姫のように。
彼女らの誰が清姫の生まれ変わりかと思うと、生きた心地はしなかった。
最澄大師は女人を厭うなと教えた。自分が正しくありさえすれば、惑わされることも無いのだから。
だから、だから。
私を見る女の人たちが邪悪なのではない。世界が間違っているのではない。
私が悪いのだ。
私の呪われた顔面が。
清姫を鬼にして、女人を惑わし、母を死なせたのだ。
葬式が終わる頃に、私はやっとそう思い至った。
大悟したのだ。
*****
死のうと思った。だが私の死体を誰にも見せたくなかった。
いっそ焼かれ死ぬことを私は選んだ。自宅から数キロ離れたキャンプ場は、シーズンオフには管理人も利用者もいなくなる。そこにドラム缶の風呂があった。
家のストーブから灯油を抜き取り、私はそこに向かった。
誰にもなにも告げなかった。だが尾行されることも考えていた。母が死んでから、誰か女が私を見張っている気がしてならない。
夜中にこっそりと、自転車でそこへ向かった。灯油と一緒に包丁もリュックに入れていた。
自殺をするために。
気分は静かだった。悟りを得た聖人は死ぬ直前でもまったく取り乱すことはないと聞く。思い上がるわけではないが、そういった心持ちだった。
キャンプ場にたどり着き、誰も居ないことを確認する。ドラム缶に入って、灯油を体に撒いた。
こうして金属筒の中で焼かれることを考えると、やはり前世で清姫に焼かれたことを思い出す。彼女もあるいは、怒りもあったが私の死体を誰にも渡したくなかったのかもしれない。余談だが、調べたところ道成寺は今、私の焼死体をモチーフにしたクッキーを売っているようだ。掟はどうなっているんだ、掟は。
なおその後、私と清姫が蛇に転生して夫婦になったとか、実は二人共仏の化身だったなどという話も伝わっているが全然知らない。もしかしたら別の安珍と清姫かもしれない。
後は火を付けて──包丁を胸に刺すだけだ。お釈迦様の直弟子でも、刃物で首を切って失血死するまでの間に悟りを開いて解脱した者がいるらしいが、それとは関係なく……母さんが死んだように、私も同じ死に方をするつもりだった。
そうしよう。私が行動に移そうとしたときだ。
「ここに居たのか、珍安」
声を掛けてきたのは父だった。寝巻きと部屋履きのまま、家からずっと離れたキャンプ場に彼は現れた。
「一緒に帰ろう」
いつも通りの顔だった。キャッチボールをしたときのような、授業参観に来てくれたときのような、母が死んで悲しいときも、父は穏やかな表情で私の隣に居た。
ゆっくりと彼が近づいてくるのに、恐怖を感じた。まさか父も清姫じゃないだろうな、と疑心暗鬼に陥った。
「く、来るな!!」
私は包丁を振り回した。違う、こんなことがしたいわけじゃない。誰かを傷つけるのが嫌で死ぬのに、父を相手に包丁を向けるなんて。
父は怒り狂うかもしれない。母が刺し殺されたばかりだというのに、その原因となった子供が包丁を振り回しているのだ。あるいは失望するか、見下げ果てるか。
それを考えると、怖くて怖くてたまらなくなった。先程まで、死ぬことだけを考えて、それはまったく怖くなかったというのに。
だが父は。
包丁を振り回す私を叩くわけでも、刃物の危険性に怯えるでもなく。
不意に当たった包丁が頬を軽く切って、それでも近づいて灯油臭い私を抱きしめた。
父は言葉の多い方ではなかった。だからか、短く告げてきた。
「大丈夫だ。怖がらなくていい」
私は、怖がっていた?
「怖がらなくて、いいんだ」
繰り返し、父はそう言った。
その言葉はストンと、私の心に落ちた。
お釈迦様の古き言葉を残した阿含経にはこう残っている。
『因縁によって生まれるすべての性質は、すべて消滅するものである』
人の関係性。心の動き。恐怖。欲望。前世の縁。妬み。恋慕。約束。ありとあらゆる、人間に係わるすべてのもの。
それらは必ず消えて無くなる、永遠などないのだと悟るようにお釈迦様は弟子に告げた。
つまりその因縁に対して心を悩ませるのは無意味であると考えたのだ。いつか、愛する者が死ぬことを悩む。自分が老いて病で死ぬことを怖がる。他人から好かれることを望み、嫌われることを恐れる。妬みや欲の感情を向けられて、疎み惑う。
そんなことを怖がっていても、なんの意味もない。悩めば悩むだけ、怖がれば怖がるだけ執着し、囚われるだけなのだから。
怖がらなくていい。
仏教の悟りとは、たったそれだけの教えなのである。
私は前世からずっと怖がってきたのだ。清姫に愛されることを怖がり、嘘をついた罪悪感に囚われ、鐘に隠れたまま死ぬことに怯えた。
今生に生まれても他人からの視線を怖がり、母親を失ったことを嘆き、そして父から嫌われることにも怯えた。
それでなにか、一つでも救われることがあったか。
なにも無いのだ。
だから怖がる必要なんてないのだと、お釈迦様は教えるのだ。
でも、それでも。
何者にも、何事にも怖がらずに生きていけるなんて超人でしかない。
だから、父が言った。
「お前が怖くなくなるまで、父さんが守るから大丈夫だ」
ああ、と私は思った。
私はまたこのままだと守られてしまう。怖がっているから、今度は父が私を守ってしまうだろう。
自分の恐怖を押し付けて、優しい人を犠牲にするのか。
それは駄目だ。私は考えた。
清姫は怖い。清姫に取り憑かれた女は怖い。清姫の生まれ変わりがいるかと思うと怖い。
だが、怖さを乗り越えて父を安心させてやりたい。
私は生きることにした。図らずも、恐怖を乗り越える悟りを得るために。
*****
その後、父と私は法要を終えると家を引っ越して、それまでの近所や親戚関係の付き合いを殆ど断った。
それから私を珍しい男子のみの小学校に転入させてくれた。
同級生にも教師にも女人がいない環境というのは、実に心安らぐ学校生活を送れるものだと感動した。
中学、高校と男子校を父が勧めてくれたこともあって、充実した暮らしを送っていた。同級生の男子などは「女が欲しい」と日課のように呟いていたが。
学校だけではなく日常生活でも困らないようにと父はサングラスや帽子を買ってくれて、出歩く時はそれで顔を隠していた。
また、顔がいいから調子に乗っているとか、サングラスで不良ぶっているとか因縁を付けられて喧嘩になることもあったため、体も鍛えていた。
特に逃げる際に重要だと前世からの経験で考えていたため、長距離走と水泳は県大会で優勝するぐらいに得意になった。
これで清姫に追いかけられても地の果てまで今度は逃げられるだろう。
父が子供である私に行ったのは、あらゆる困難、試練に耐えうる超人的な悟りを得ることではなく。
現実的な範囲で、平凡に生きていけるだけの処世術や生活環境の選択、技能や知識の習得を促すことであった。
父の助けもあって私は学生の間、前世がどうであるとか、清姫に狙われているだとかをあまり悩まずに、普通の子供のように笑って過ごすことができた。
母が死んで悲しかったことも乗り越えて、人並みに暮らせたのだ。
お釈迦様は「賢者には教えも経も必要ない」と阿含経に言葉が残っているが、父は悟りも不要で恐怖を乗り越える方法を導いたのだろう。
あるいは、彼も子供に苦悩の姿を見せないだけで、きっと悲しい思いも心配事もあったはずだ。それでも私を平凡に生きさせてくれた。毎日恐怖に震え、死を選ぶような真似をしないでもよくしてくれた。
だからそんな父の努力と愛情に報いるためにも、私は幸せになり、更に人のためになろうとも思った。
大学は仏教学を学べるところに進学した。やはりここも、男女比は男が圧倒的に多い。
そこで友人を作っているうちに、なんと私と同じく前世の記憶を持つ者が見つかったのだ!
「拙僧の今生での名は
「同じく法然様の弟子だった前世がある、
「いやあ……僕は僧侶未満だったんですが、江戸の正仙院で寺小姓をしていた記憶がある、
そういった彼らに私は驚きと共に名乗った。
「おお……私は清姫に焼き殺された記憶がある珍安です!」
「ビッグネームが来た!」
「なるほど、たしかにイケメンだ!」
「いや二人共顔面偏差値がめっちゃ高いでしょ……」
などと向こうからも歓迎された私達の集まりは、大学のマイナーなサークルであった。
その名も『前世で女人絡みで酷い目にあったサークル』というまんまな内容で、彼らがたまたま似た境遇で巡り合ったため、仲間を呼ぶために立ち上げたのだという。
法然上人の弟子であった蓮住(前世の名は住蓮)と安楽は、前世だと良い声と容姿で講話するのに女性貴族によく呼ばれ、ガチ勢の女官である鈴虫、松虫と言う娘たちから「この人達に剃髪されたい!」と頼まれて説得したのだが聞かず、やむを得なく出家させたらブチ切れた後鳥羽上皇に斬首されたそうだ。教えはどうなっているんだ、教えは。
江戸時代の生まれな庄助(前世の名は庄之助)は、まったく身に覚えが無いのだが火事の際に寺へ避難してきたお七という町娘から一方的に惚れられ、なんとそのお七が「火事になればまたあの人に会える!」と放火を始めたそうだ。幸い、大火事にはならなかったがお七は罰で火炙り。彼も原因が庄助とあって周りからつらく当たられ、病になって死んでしまったらしい。可哀想すぎるだろう。
そして今生でも、各々が子供の頃から女人絡みで痛い目にあっているという。
「拙僧はバレンタインになると異物混入したチョコが山ほど送られて……」
「愚僧は中学高校と女子が隣の席の取り合いを初めて学級崩壊して……」
「僕は軽いんですけど、縦笛とか私物とか盗まれることがしょっちゅうで……」
「おお……皆さん苦労したんですね。私は母が発狂した女に刺し殺されました」
「「「重いよ!!」」」
そんなわけで私達はすぐに仲良くなった。
仏教学部のあるとはいえ、年若い青年らが集まる大学だ。実家が寺だというのに、合コンだのオフ会だのと盛り上がっている者はたくさん居たが、私達はそういった女人絡みの遊びはやらず、勉強や健全な運動、芸術などの趣味を共有して充実した大学生活を送った。
そして私達に共通しているのは、実家が寺とはまったく関係がない生まれだということだ。つまり大学を卒業しても、継ぐべき寺などは無い。
就職活動をどうしたものかと皆で相談しあった。
だが、大学生活で出会った彼らとの楽しい時間は、手放すには未練や執着があるようになってしまったのだ。それは彼らも同じようだった。
長い歴史の中、同じ時代に、女難にあった境遇の僧が、前世の記憶を持ったままこの広い日本で出会ったのだ。あるいは神仏の導きかもしれない。
いっそこの四人でなにかやってみるか、と言うことになり、趣味でやっていた音楽などどうだろうとなった。
今の時代はどうか知らないが、昔の天台宗は唐国から持ってきた楽器を広めるために演奏技術を持つ者が多かった。かの有名な琵琶法師も天台坊主である。私は元より、蓮住と安楽の師である法然上人も元々は天台宗で学んだため演奏の技術を彼らも前世から持っていた。
蓮住と安楽は声が凄くいいのだが、それが原因で死んだため歌いたがらない。庄助は供養のために鐘を鳴らす──つまりドラムがやりたいということで、私がボーカル兼リーダーになった。
「では……言わずとも皆、理解していると思うが……私たちのバンド活動は、チャラチャラしたモテだの女受けだの、あるいは金儲けだのそういったこととは無縁のものだ。仏の教えを歌にして、それが衆生に伝わり一人でも救われることを願ったバンドにする!」
私の宣言に皆は頷きながら言う。
「俺たちはモテのためにやるんじゃねえ! って世間のパンクやロックバンドの6割ぐらい言ってそうだよな」
「いやまあ、実際モテたくはないよな、拙僧たち」
「マイナーなインディーズ系で食っていければそれでいいってことにしましょうよ。お布施とか托鉢だと思って」
故に、私達のメンバーは全員剃髪し、サングラスで目も覆った。ただのスキンヘッドサングラス集団だ。モテることなど無いだろう。
こうしてブッディストメタルバンド『アンチェイン』は活動を開始した。
輪廻や、因果、執着に煩悩といった鎖に縛られず、解き放つが故に『アンチェイン』。
世間に受けなくてもいい。世界の誰か一人でも、経を元に作った私達の歌と音楽が届いて救われればそれでいい。
女難の呪いを受けて他人を悲しませてきた私達は、それで人々を助けたいのだ。
*****
「どうしてこうなった」
私達はライブ会場の楽屋で頭を抱えていた。
ブッディストメタルバンド『アンチェイン』……ドチャクソにブレイクしてしまった。
最初は公民館だとか、母校の学園祭だとか、地元の夏祭りだとか小さなところでライブをしていたのに一年足らずで噂が広まり、メジャーデビューした。
しかもファン層は女人がワチャクソに多い。イケメンボンズバンドとか言われて週刊誌で特集されまくっている。ラジオで私達の曲を聞かない日は無い。
仏教を金儲けにしている、などと批判的な宗教関係者もいるが基本的に私達のライブは生活に必要最低限な収益以外、すべて募金していることを公表している。
私生活も質素なもので、食事の殆どは当番制で典座(料理係)を立てて自炊していた。まあこれは、私達が誰かの作った加工食品を余り信用していないこともあるが。
他に載せることもないのでインスタに毎日の食事をアップしているのだが妙にバズっている。なにが受けているかはわからない。
「それで救われる人がいるなら……いやなんで女人はこんなに盛り上がってるんだ?」
「顔隠してるのに……」
「拙僧たちも声はいいけど、ヤスも声良すぎたから……」
「ライブに集まってくる女の人たちにお七が混ざってないか不安になる……」
そうなのだ。庄助の悩みはメンバー全員が抱えている。清姫、鈴虫、松虫、お七といった前世で関わりのある女性が転生して現れるのではないかと不安に思っているのだ。
いやまあ、他の三人はいいぞ? 人間だもの。
でも清姫は大蛇ぞ?
火を吹くし。なんだあいつ。怖い。蛇って火吹いたっけ?
いかんいかん、怖がらずに生きて行けというのは父との約束だ。
「……そもそも、熱狂的な人気というのは必要ではない気がしないか? 私達に夢中で、経の内容が頭に入ってこないのでは意味がない」
大体、歌の内容は「煩悩を克服することが幸せ」だとか「世に常はなく人は去る」だとかそんな事を歌っているのに、通じていないのではないか。
「それな! 前世でもそう思ってたわ。なあ安楽」
「ああ。講談に行ったのに愚僧の家族構成だとか、好みの女子の特徴だとかいらん質問受けたりとかで……」
「いっそ嫌われてみませんか?」
と、意見が一致したので次のライブで好感度を下げることが決まった。
世間では傲慢だとか、ファンをないがしろにするとか叩かれるかもしれないが、熱狂を止める必要がある。
ライブ会場に満員で集まった女性ファンに私たちはマイクを持って告げた。
『一つ言っておく──私達は貴方がたのような、騒がしい女人は大嫌いだ』
『フン……馬鹿女どもが。黙っていろ』
『勘違いしてはいけませんよ、皆さん。貴女たちに聞かせるために小生らはライブをするわけではないのですから』
『えーとえーと、女なんか嫌いだぞー!』
それぞれがそう告げた。代表して私だけが言おうとしていたのだが、それでは悪いと言うので各々が冷水を引っ掛けるように言ったのだ。
他人の悪口を言うのは仏教で言うところの不悪口戎を破ることになるのだが、このまま彼女らが無駄に私達へ熱狂しては、いつ大蛇に変身したり、上皇から首を切られるかわからないだろう。その前に坊主である私達が、死後裁きに合うことになっても止める必要があった。
会場は私達の悪言にシンと静まり返った。
そして、
『きゃあああああああああー♥♥♥』
盛大な悲鳴に、まさか誰か大蛇に変わったり刀を持った上皇が来たのかと思って身構えたぐらいだ。
だがどうやら──意味の分からないことだが、ファンの女人たちはなんか喜んでいる様子だった。
なんで?
わからない……本当にわからないんだ。
とりあえず決められたライブは終わったのだが、後で会場のスタッフからファンが失神したり失禁したりして対処が大変だったと愚痴られた。すまない。なんで?
翌日の週刊誌には私達の暴言が取り上げられて──なんか世間のファンの殆どが喜んでいるような書かれ方をしていた。
You Tubeにも罵ってるシーンだけアップされて再生数が十万を一日で突破していた。ファンサービス扱いをされていた。
わからないことだらけだったが、人気が落ちたわけではないということだけは理解できて、また四人で頭を抱えた。
本当になんで?
*****
音楽活動は──異様な人気はともかく──充実していた。
ライバル的なアイドルユニットも出てきて対比されることもあった。
『ロードシスターズ』と名乗っている女子高生の尼三人組だ。彼女らの正体は私たちに名乗ってきたので判明している。
長女の
次女の道 ヒヨリは江戸時代に大奥の女性らを女犯していた延命院の美形住職、日道が生まれ変わり。
この二人はまさに悪女といったもので、アンチからは「メスブタを超えたメスブタ」などと呼ばれているが、妖しい色気で男性人気が凄まじい。
淫蕩な活動のなにが悪いのかと言わんばかりに公言しており、数多くの社会的な立場が高い者を惑わしているようだった。
彼女らのストッパーになっているのが三女の道
まだ法子は十六歳だが、柔道の国体で優勝してオリンピック強化選手になるぐらい強い上に姉を容赦なくしばき倒すため、悪女二人が自由に行動できなくなっていた。
そんな三姉妹がアイドルユニットとして活動しつつ……仏教系アイドル(私達もそうらしい)として並べられることがあったが、姉二人はこちらにコナを掛けてこようとする論外の連中なので好感度は最悪だ。
彼女らを対バンの場などで痛烈に罵ってやると、それはそれで何故か私達の人気が上がるのが謎だ。
ただ妹の法子ちゃんだけは真面目で強くて、前世は化け物退治の有名人なので素直に尊敬している。彼女も前世の男としての意識が強いらしく、私達を変な目で見ないから実に落ち着いて話ができる。
物語に伝わる道場法師は僧侶にしては珍しいパワー型の闘士で、寺に忍んでいた鬼の髪を掴んで壁や床に叩きつけまくって退治するという必殺技が有名だ。
もし清姫が大蛇となって現れた際には道場法師の生まれ変わりである彼女が退治してくれるかもしれないと思うと、仲良くすることに損はない。いやそんな打算的な考え方抜きでも好感の持てる人物だった。
しかしながらなぜ今世では、過去の僧侶が生まれ変わってよく現れるのだろうか。
そんな、ライバルも出来てバンドをやっていたとある日のことである。私は清姫の影に戦慄していた。
それはネットで流行っている、一つの動画に彼女の影を感じたからだ。
その動画は『安珍』に対する──つまり私の前世に関する動画だった。それがやたらと世間でバズって流行している。
見たくもないのだが、何度も確認してしまう。恐れと共に。スマートホンの動画再生ボタンを押した。
妙なリズムと共に歌が流れセリフが語られる。まるで私を糾弾するように……
『なんで坊主が嘘ついてんだよ!
教えはどうなってんだ教えは!
僧侶が禁じられた嘘を平気で使ってんじゃねえか!
わかってんのか!?「大蛇」が生まれたのは
安珍が嘘をついたせいだろうが!
鐘被るのかよ!? くそったれ!(火炎放射)
安珍の
珍珍 気持ち良すぎだろ
安珍の珍珍 気持ち良すぎだろ
気持ち良すぎだろ!
珍珍 気持ち良すぎだろ!』
絵巻物や漫画ゲームで登場する様々な清姫と、ついでに焼け焦げた安珍の絵姿が動画で音楽と共に乱舞している。悪夢のようだ。
動画の下の方には、
『真砂庄司 娘 清姫被告
「安珍様が嘘をついた」と大激怒
道成寺の鐘へ放火、焼殺
清姫
「きちんと寺院の裁きを受けてもらいたかった」』
などとテロップも付いている。お前!ってツッコミを入れる気力も沸かなかった。
私は怯えのあまりに吐き気をこらえながら崩れ落ちてた。
「清姫だぁ……! もうおしまいだぁ……!」
「ヤスゥー! 落ち着け!!」
「絶望するな! なんの関係もない安珍動画かもしれない!」
「なにも関係ないやつがこんな安珍の動画作る方が怖いだろ!」
「それはまあ……」
「どこかで生まれ変わってると気づいた清姫がこの動画で私を糾弾するつもりなんだ……!」
なんで安珍の動画がネットミームになるぐらい流行しているんだ!? 教えはどうなっているんだ、教えは!
しかも空恐ろしいことにこの動画の歌は、私の歌っている音源を加工して作られているのだ! 勝手に使われてる! っていうか私が安珍の生まれ変わりだと知ってて使っているに違いない!
大体、私は今まで公式の場で「安珍」なんて言わなかった。それを「アンチェイン」から無理やり合成しているのだから、確信犯的な行いだ。
今ではGoogleで「安珍」って検索したら「安珍 気持ち良すぎだろ」って出るぐらいになってしまった!
絶対この動画作ったやつ清姫だろ! 私を焙り出すつもりか! 鐘を焼いたように! もしくは道成寺の関係者か!
大体お前、私の珍珍を受け入れたこと無いだろ!
と、言いたいところだが私が調べたところ安珍清姫伝説は無数にあって、中には私が清姫に手を出した挙げ句に捨てて逃げたとか、道成寺の寺小姓とホモホモしい関係だったから断ったとか、そういった私の名誉がかなぐり捨ててある伝説もあるようだ。
当然ながら私は嘘はついたものの手を出していない。そもそもあの嘘も、観音様に祈って清姫から逃してもらったのだから仏公認でセーフだと思う。
他にも死後、清姫と共に仏になったとか、蛇に生まれ変わって夫婦になったとかいう話も残っているようだが生憎とそういった記憶はない。清姫ではなく髪長姫と絡んだ的な話もあるが、それも知らない。
ひょっとしたら別の安珍が居たのだろう。仏教の教えでは、無数の世界や宇宙があることは当然だ。梵天様が朝に目覚めてから夜に眠るまでの時間を
「ま、まあまあヤスさん。ほら、コメントに不謹慎だって怒ってる人もいるじゃないですか」
庄助が動画のコメント欄を確認しながらそう告げてきた。
確かに、言ってみればこの動画は被害者で焼かれた安珍を冒涜しているものだ。コメントの中には酷評しているものもあった。
『HK 一時間前
早く動画を消してください通報したのに一向に消されません教えはどうなっているんですか教えは。
この動画は特定個人を侮辱しています。あなたは侮辱罪で訴えられます。覚悟してください』
「ふむ、このHKというハンドルネームの人は確かに怒っているが……」
『HK 二時間前』
『HK 三時間前』
『HK 四時間前』
「ひっ! なんかこの批判してる人、一時間置きにブチ切れコメント出してるんだけど! キレすぎてコメ欄が炎上してる!」
「そこはほら……熱心な安珍信者なんじゃないですか?」
「熱心な安珍信者とか半分ぐらい清姫だろもう!」
この動画は不気味だが、言ってみれば変なリズムで愚弄しているだけのただのクソ動画だ。
気に入らない人もいるだろうけど、そういう人は「ばっかでー」と言ってもう見ないだけで終わるはずである。
でもブチ切れてコメント欄を荒らすほどなのは、逆になんでこんなクソ動画に真剣になっているのかと不安になってしまう。
まさかこっちのキレてる方が清姫じゃないだろうな、と疑心暗鬼になってきた。HK……ヒメ・キヨの頭文字では……とか不安になる。
一度疑いだすと誰もが清姫に見えてくるのは悪い癖である。不必要に物事を恐れることが悟りを遠くする。子供の頃に悟ろうと誓って十数年、まだ怖いものは怖い。
私が清姫の影に何日も怯えていると、メンバーの皆が説教をしてきた。
この場合の説教とは叱り飛ばすことではなく、法話や経を引用して真理を語り聞かせることだ。全員、仏教学部卒業であるのでお手の物のようだった。
「ヤス、お前は目に見えないものに対して恐怖を感じ、それに縛られている」
「お前がやるべきなのは毎日を怯えて無為に過ごすのではなく、恐れを克服するべきだ。修行なり瞑想なり供養なりやり方があるだろう」
「とりあえず動画製作者を訴訟しません? スカッとするかも」
やたら庄助のは具体的だったが、滾々と皆から説かれて私もどうにか行動する気力が湧き上がった。
いい仲間を得たものだ。昔は自分を守ってくれるのは父だけだったが、今は同じ境遇の友人たちがこうして助けてくれる。
煩悩に打ち勝つのは一人では難しく、私のような凡人には彼らのような助けがありがたい。たとえこの世に常はなく、いずれ人は去るとしても。
******
色々と相談した結果、皆で和歌山県の道成寺にお参りに行くことにした。
私がそもそも清姫を恐れている理由とはなにか? を皆で討論してみたのだ。
果たして、大蛇という化け物が恐ろしいのだろうか。
ストーカーじみて追いかけてくる女の妄執が怖いのだろうか。
鐘に隠れ炎に焼かれた熱さと痛みが思い出されるのだろうか。
そういったこともあるのかもしれないが、一番の理由は「私が嘘をついてしまったことで、少女を死なせ悪鬼にまでした罪悪感」があるのではないかという結論に至った。
そうか、と私は腑に落ちた。
これまで理不尽な酷い目にあった、嘘はついたがそこまで酷い事をされる謂れはない、清姫キレすぎて怖いなどとずっと思っていた。
あのときの嘘も、少女を傷つけないためであったとか、観音様も助けてくれたのだからセーフだとか、「嘘も方便」という言葉はそもそもお釈迦様が由来だからなどと言い訳をしていた。
だが違ったのだ。
しっかりと清姫に慕われたときに、納得するまで説得して諦めさせてやればよかったのだ。何日でも掛けて、絶対に結ばれることはないのだと伝えればよかった。
或いはそれをしても、諦めない清姫が私を火炎放射とかで殺したかもしれないが。
少なくとも間違いは何一つ無かったと、来世まで罪悪感を持ち越すことはなかったかもしれない。
思えば一度も、清姫に対して嘘をついたことを謝った覚えはなかった。
故に私は道成寺に来て清姫を供養することにしたのだ。それで完全には前世の過ちは消えたりしないが、それでも。
メンバーの皆も道成寺まで付いてきてくれた。
なお最近では出かける際に、剃髪しているというのにカツラを被って髪の毛を偽装しなければならない。袈裟を着て剃髪にサングラスという私達のスタイルが有名になりすぎて目立つのだ。帽子を被っても無駄になってきたので、仕方なくカツラにしている。
正体バレするとかなりの確率で女人に囲まれてしまうため、安全も保証できない。あまりチャラチャラした格好はしたくないのだが。
道成寺の近くで名物品なども見た。
「ヤスさん! この釣り鐘型の饅頭って……」
「……私が入って焼き殺された鐘だろうか……それを饅頭にするってどういうセンスなんだ……」
「ま、まあでも美味いぞ。拙僧思うに、中の餡も程よい甘さで」
「でもこれヤスが入ってた鐘ってことは、愚僧思うにこの餡はヤスを見立ててるんだよな……」
「止めてくれ」
他にも恋愛成就のお守り(道成寺非公認)なども売られていた。私と清姫を当てこすっているのだろうか。成就しないだろそれ。効果があるのか? しかし売れているようだ。
道成寺駅(寂れていた)から道成寺の参道までにはゆかりのお土産屋が幾つもあり、安珍と清姫も多く取り扱っている。
境内に入り拝観して回った。安珍塚などを自分で見るのはなんとも奇妙な感じがして、また私が鐘で焼き殺された場所も残っていた。
絵巻を使った安珍清姫伝説の講話も予約をしていて見ることができた。庄助が「清姫の変身がアマゾンズみたいだ」とかコメントしていたが全然違うと思う。
それから寺の住職が、
「道成寺モノという分類になりますか、安珍清姫伝説などを元にした演劇は今でも毎年のように行われているのです」
そう説明したので私は疑問を尋ねた。
「……しかし、何百年も昔の話だというのにどうしてそう人気があるのでしょうか。それに、嘘をついた安珍、恐るべき蛇になってしまった清姫などを幾度も記憶に蘇らせてしまうのは、彼らの供養のためになるのでしょうか」
そう聞いたら住職はわかっているとばかりに頷いて応える。
「忘れ去られることが供養ではないのですよ。この物語は、後悔と寓意が見られます。安珍にも清姫にも、道成寺の者にもそれぞれに瑕疵があり、それ故に優しい結末にはなりません」
「待て、和尚。拙僧が見たところこの絵巻物では、最後に安珍と清姫が熊野権現と観音菩薩の化身だったと描かれているはずだが?」
蓮住がそう疑問を呈した。確かに絵巻物ではそうなっているが、そしたら私は熊野権現か? いや全然違うんだが……
「後付けで無理やりハッピーエンドにしたんです」
「ぶっちゃけた!?」
確かに唐突すぎるが、ぶっちゃけすぎだろう。そもそも、両者が神仏だったなら地上で旅の僧と庄司の娘のコスプレをした挙げ句に痴話喧嘩をして、道成寺も巻き込み大暴れする理由がない。
はっきり言って熊野権現や観音菩薩に失礼だろうとも思う。
住職は気にしないとばかりに話を続ける。
「嘘をついた。逃げた。僧に女犯を迫った。身を滅ぼすほどの執着を持った。鐘の中に隠すなどという曖昧な救済をした。話を寺の箔付けにした。そういった多くの過ちがある話です。恐らく長い歴史の中では、もっとわかりやすい話にしたり、安易なハッピーエンドにしたりといった改変する流れもあったのでしょうが、それでも今に残っています。
わたしが思うに、安珍も清姫も成仏、往生はしなかったのでしょう。強い煩悩を感じる行いで、当時の道成寺でも供養の仕方に難点があったようです。
それ故に、法供養として彼らの物語を仏教説話にし、衆生へこのような過ちを犯さないように語るという利益を与えることで、彼らの冥福を祈っているのです」
私は思わず、目に浮かんだ涙を拭った。
この時代に生まれ変わり、安珍清姫伝説について軽く調べただけで様々な話が出てきた。
日本昔話としてアニメにもなっていたし、軽く触れるだけでも複数の漫画が存在していた。ゲームでも私こそ居ないが清姫が出てくるものもたくさんあった。
どうしてこうまで、前世の失敗談が広まっているのかと陰鬱になり深く考えてこなかったのだが。
なるほど、供養であったのか。安珍と清姫は今なお、こうして物語の中で間違った行いを人に伝え、救われんとしているのだ。
「なのでわたし的には、最近流行りの『気持ち良すぎだろ』も安珍清姫伝説の知名度上げとしてはセーフです」
「いや和尚それはアウトにしてくれ!」
知ってるのかよ! ネットミームを!
その後、皆で安珍と清姫のために経を上げてから帰ることにした。
悩みが完全ではなく晴れてきた私は、この道成寺に来るよう言ってくれた仲間たちに告げる。
「私の前世、安珍という存在はここに──物語の中に置いていくことにした。
思うに私は前世に引っ張られすぎていた。女を見れば清姫かと怯え、前世を嘆く自意識で親にも迷惑を掛けてきた。みんなに会えたのは嬉しいことだったが。
だがお釈迦様も前世の因果に囚われることは哀れであると教えていた。善因善果、悪因悪果はあるものの、それに縛られることはまた違うことなのだ。
だから私は──私の中の安珍は、ただの前世でしかなく、今を生きる珍安の一部でしかない。その一部だけを見て、ひたすらに嘆いていた。それを終わりにする。
私は安珍ではなく珍安。両親に愛されて生まれてきた、ただの人間でしかない。前世のことは関係ない。そう思うことにする」
皆は納得したように微笑んだ。
「前からヤスは特に、前世を気にしすぎていたと拙僧は思っていたからな」
「多少は仕方ないが、ようやく大悟したか」
「ヤスさんはヤスさんですよ!」
「……ああ!」
良い両親に、気を許せる友人を持った。
まったく、私は幸せ者だ。なにを嘆く必要があるだろうか。
「よしみんな、帰ろう。そしてまずはアレをしよう」
「アレか」
「アレだな」
「アレっすね!」
私達は頷き、拳を振り上げた。
「動画作ったやつを訴訟しよう!」
「おおおおー!!」
まあ、前世は関係なく音源の無断使用は罪だからな。
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その後。
動画制作者として『ロードシスターズ』の姉二人が犯人と判明した。『アンチェイン』に対する嫌がらせの一環だったようだ。
さすがに大炎上しかけたのだが、妹の法子にボコボコに殴られた挙げ句に全裸土下座謝罪動画が発表される。
これには謝りすぎというか、ボコられすぎという同情が集まって炎上は静かに鎮静した。美少女が顔を腫らして全裸土下座しているのだから界隈は無駄に盛り上がった。
そこまで謝っているのだから許せよ、みたいな空気が作られてしまいやむを得ず私たちは訴訟を取り下げるハメになった。カガミとヒヨリの策略だと思う。
すぐさまあの二人は許されたからノーカンとばかりに活動再開してまたしても『アンチェイン』を煽るような行動を取りまくっている。
まあ、それも構わない。彼女らが私たちに絡んで自滅していく分には世のためになるだろう。
三女の法子ちゃんだけは悪名がつかないか心配だが、そもそも彼女はアイドルなんてやらずとも柔道で十分偉人になれるから大丈夫だと思う。
そうして私達『アンチェイン』今日も、大勢の前で説教ソングを歌っていく。
救われる誰かと、終わってしまった物語のために。
『それでは今日も言っておく────この場にいる女人は煩悩を捨てろ! でなければ帰れ!』
『きゃあああああああああー♥♥♥』
中々説法は上手くいかないものだが。
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少女は暗い部屋の中、『アンチェイン』ライブの映像を見て口が裂けるような笑みを浮かべていた。
残念なことに都合がつかず、毎回ライブに行くことはできないが。
それでも、いつも来ていることがバレたら警戒されてしまうかもしれないから、こうして映像で見ることで諦めなくてはならない。
少女は陶酔するように、アンチェインのボーカルを凝視していた。
「はあ……♥」
愛おしい愛おしいあの御方。
必ず手に入れるために、少女は迂遠なほど画策している。
警戒されないように接近するのは最低限に止めている。
恋心も隠し、馬鹿な姉をけしかけては助けることでむしろ彼から頼もしいと思われるような立場になることに成功していた。
次は捕まえたら逃さないよう、柔術も人並み外れて鍛えている。指一本でも握ったら簡単に押し倒せるだろう。
前世で出会ったときは若すぎたのも問題だったかもしれない。今はもう結婚して責任を取ってもらうことが可能な年齢になった。
「安珍様……♥ そろそろ狩りますか……♥」
少女は食い入るように、珍安の顔を見ていた。暗い彼女の部屋にはありとあらゆる珍安グッズや隠し撮りが置かれていた……
珍安:安珍の生まれ変わり。通称はヤス。赤ん坊の頃から目を合わせると女が狂うレベルの呪いを持つ。モテたくない。
蓮住:前世は住蓮。拙僧の方。イケメンで声が速水奨みたい。安楽とは幼馴染。法然が美少女化しているソシャゲに生活費を削って重課金している。
安楽:前世も安楽。愚僧の方。イケメンで声が森川智之みたい。蓮住とは幼馴染。法然が美少女化しているソシャゲのファンアートを裏垢でアップしている。
庄助:前世は庄之助。お七に罪悪感を持ったまま転生している。背は低く、顔つきも童顔なので坊主姿だがショタコンの女性に人気。比較的普通の感性をした若者。
道カガミ:道鏡の生まれ変わり。高校三年生。親が大きな寺を持っていて金持ちで、親も逆らえない関係。朝廷を好き勝手した話術には誰も敵わない。高校にはほぼ通っていない。処女。
道ヒヨリ:日道の生まれ変わり。高校二年生。姉ともども悪女にしてアイドル。通称「メスブタを超えたメスブタ」芸能界にも深い影響力を持つが、二人とも妹の暴力には絶対に敵わない。処女。
道法子:高校一年生にして柔道で全国制覇した猛者。邪悪なる姉二人を容赦なくボコボコにするために本人もアイドルユニットの一員になっている美少女。握力200kg。特技は火炎放射。