魔法少女まどか☆マギカ~After Ten Years of History~ 作:イデスツッラ
誰かが言った―――『希望』と『絶望』は互いにバランスを取り合い、差し引きゼロであると
『希望』を求めるだけ『絶望』は生まれる―――どちらかが勝る事などありはしない
かつて―――願った『希望』の代償として生まれる『絶望』に苦しみ続ける少女達がいた
しかし―――1人の少女の『希望』の力によって―――それらは打ち消される
世界は創り変えられた―――少女自らが彼女達の『希望』となることで
彼女達が自分の願った奇跡によって『絶望』しないように
『希望』を『絶望』で終わらせないように
この世界では―――少女達が『絶望』に飲み込まれることはない
それでも―――世界には『絶望』が生まれ続ける
誰かが『希望』を抱く分だけ―――同じくらい何処かで『絶望』が生まれる
光を照らせば―――そこに影が生まれるように――――――
『希望』と『絶望』―――どちらかが勝ることなどない
どちらかが打ち消されることなど―――ありはしない
第1話「あれから10年...」 chapter 1
希望を願い、呪いを受け止め、戦い続けた者達が居る
それが―――魔法少女
奇跡を掴んだ代償として、戦いの運命を課された魂
その末路は―――消滅による救済
この世界から消え去ることで、絶望の因果から解脱する…
いつか訪れる終末の日に、“円環の理”の導きを待ちながら
私たちは、戦い続ける―――
悲しみと憎しみばかりを繰り返す、この救いようのない世界で
あの懐かしい笑顔と再びめぐり合うことを夢見て―――
「…」
「あれから、もう10年…か」
―――夜も更け、誰も居なくなったビルの屋上で、少女はあの日の事を思い出していた
ワルプルギスの夜を倒し、彼女にとっての『最愛の友人』がこの世界を作り変えたあの日を・・・
「随分、長い間戦ってきたのね…」
「そうかな?僕にはそれほど長く感じないんだけど?」
「貴方達のような珍獣と私達人間じゃ、時間の感じ方が違うのよ」
ビルの屋上では、淡いグレーの衣装に身を包んだ少女と、白い不思議な生き物が会話をしている。
少女は白い珍獣を冷たくあしらい、その綺麗な髪の毛を溶かすように片手で靡かせた。
「相変わらず酷い言われようだね…。でも確かに、ほむらは魔法少女としては息が長い方だと思うよ」
「10年経っても魔法『少女』なのよね…私」
少女は、そう言って溜息をつく。
思えば・・・友人の為に魔法少女になって・・・同じ時間を何回もやり直して・・・今は友人が作り変えたこの世界で魔法少女として戦っている
あの頃から10年間、ずっと―――
「そりゃそうさ。それにこの10年間、君の容姿は変わっていないし、身体能力だって衰えていない。何年経っても君は少女のままだよ」
「…私も、もう人間じゃ無いわね」
―――そう、彼女の『時間』は・・・あの日から止まったままだった・・・
「生身の人間より今の方が絶対便利だと思うんだけどな~」
傍にいる白い生き物は言う。
年を取ることで、体力や身体能力が落ちていく人間に比べれば今の身体の方が戦闘には適している、と。
それは、『感情』を持たないこの生き物らしい言葉であった。
「貴方も相変わらずよね」
「まぁね」キュップイ
「…そろそろ行きましょう」スウ
―――呪いを生む前に消える宿命の『魔法少女』
「うん、今日も魔獣達があちこちから沸き出て来ているよ」トテトテ
「ええ、そうみたいね」
少女は思う。
―――自分が何時…消えてしまうのか分らない
「早く終わらせましょう」
「頼りにしてるよ。『ベテラン』魔法少女・暁美ほむら」ペシペシ
「・・・そうね、まずは貴方から葬ろうかしら?」チャキ
「・・・それは止めてもらえると嬉しいかな」シュン
だが…それでも、自分がこの世界に存在するうちは戦い続ける
それが、この世界を救った最愛の友人との『約束』であり―――
『人間』ではなく『魔法少女』として生きると決めた彼女『暁美ほむら』が己に科した使命なのだから―――
彼女がそんな決意を胸に抱いた次の日の朝の出来事である。
――・・・て――
「ん・・・うぅ・・・」
――・・・ぇ、起きて――
「ふぇ・・・?」
――朝だよ・・・起きて・・・――
「んにゅ・・・あと5分・・・」
――・・・駄目だよ、今日入学式でしょ・・・――
「まぁだ・・・大丈夫・・・ンニャンニャ」
――・・・起きなさい!!!――
「はぁう!!は・・・はい!!! 」
「あ・・・あれ?」
「夢・・・?」
「・・・確かに誰かに呼ばれたような?」
「(んー・・・誰も居ないよな?)」
「・・・起きるか」モソモソ
少年は、誰かに叩き起こされる夢を見る。
その“誰か”は会ったこともない筈なのに…何故か、懐かしいという印象を与える存在であった。
そう、この少年にとってその“誰か”とは―――
―――――――――――――――――――――――
「やあ、起きたかい?タツヤ」
「ん、おはよう父さん・・・」
「ねえ父さん、俺を起こしに部屋に来たりした?」
「・・・? いや、パパはタツヤの部屋には行ってないよ?」
「そう・・・」
「(じゃあ、あの声は一体・・・?)」
少年は父の言葉に首を傾げながら、途方に暮れる。
確かに、誰かに起こされるようにして目を覚ました事は間違いないのだ。
頭を抱える少年は…ふと、頭の中で浮かぶ“ある名前”を口にする。
「・・・まどか?」
まどか―――
その名前は、この少年にとって子供の頃から頭から離れない名前だった。
『まどか』なんて名前の人、この少年は見たことも聞いたことのない筈なのに、何故か…どこか懐かしい響きがする名前だった。
そう、この少年…10年前と比べると逞しく成長した『鹿目タツヤ』にとって、その名前はいつも頭から離れない不思議な名前だったのだ。
少年は昔、自分の父や母に聞いたことがある。
『まどか』とは、一体誰なのか――――
しかし、両親は2人揃って「そんな名前の人は知らない」と言うばかりだった。
更には、『まどか』という人はきっと少年が幼い頃に遊んだ子供
あるいは…人形か何かの名前なのだろう、と軽く受け流されてしまう。
だが、少年はそうは思えなかった。
何故かは分らない。だが、何となくだがその名前の人物との関係は、そんな曖昧なものでは無いと…。
そう、他人とは思えないくらいに…いつも傍にいたような、そんな印象を少年は受けていた。
「(…それに)」
それに、過去に一度だけ少年は『まどか』の事を知っているような人物に会ったことがあった。
少年が大分幼い頃だった為、その頃の記憶は曖昧であり、もう顔も思い出せないという。
ただ、その人物の髪に結ばれた赤いリボンと…
「そっくりだよ」
と言われたことだけを、少年は鮮明に覚えていた。
「あー、タツヤ。起きて早々悪いんだけど、ママを起こして来てくれるかな?」
「・・・母さん、まだ寝てんの?」
「はは、そう言わずに頼むよ」
「いつもの事とは言え、しょうがないなぁ・・・」
少年は夢のことや『まどか』のことを気にしつつも、父に言われた通り自分の母が眠る寝室に向かう。
「(・・・まぁ夢のことも、いつもの事といえば…いつもの事、か)」
そう、少年がこうした夢を見るのは今回が初めてでは無かった。
時々こうして誰かに声を掛けられたり、誰かと会話していたりする夢を少年は見ていたのだ。
その度に、少年はその誰かと『まどか』を結び付けようとするのだが、結局このようにして出口の見つからないまま…なあなあになってしまう事が殆どだった。
そして、少年の頭に残るのは…いつも『まどか』という懐かしい響きのする名前だけだった。
タツヤの母である詢子の部屋は、1階の奥にある。
1人部屋としては少し広めの部屋には余計な家具等は置いておらず、ベッドと仕事用のデスクの他には、彼女の好きな日本酒やワインが飾ってあるだけ。
いかにも、さっぱりとした性格の彼女らしい部屋となっていた。
「おーい、起きろー。母さーん」ユサユサ
少年は母の寝室に到着すると、真っ直ぐに母の眠る真ん中のベッドへと向かう。
未だ熟睡しているであろう自分の母親の身体を揺すり、彼女に起床すうよう促した。
「んにゅ~まららいじょおぶだお~」ゴロゴロ
しかし、母は言葉では表現しづらい声を上げ、少年から逃げるように転がりながら布団に包まる。
詢子は朝が苦手だった。
そのため1人では起きることが出来ず、毎日こうして息子に起こしに来てもらっている。
だが、それでも彼女が起きるまでには若干の時間を要した。
「大丈夫じゃないから起こしに来てるんだぞー」バサ
少年はベッドの下から離れ、閉め切っていたカーテンを開ける。
すると、気持ちのいい朝の陽ざしが入り…あっという間に部屋が明るくなった。
朝日を浴びた詢子は、眩しいと言わんばかりに身体を捩じらせ寝返りをうつ。
「んや~まらねむぅい~」
だが、それでも詢子は起きようとしない。
朝日を避けようと、彼女は更に布団に包まりまるで芋虫のように顔すらも布団の中に隠してしまった。
「…やれやれ」
その光景を見て、少年は溜息をつく。
「…しかたない」
時計を見ると、既に7時を過ぎている。このままでは、自分まで遅刻してしまうかもしれない。
そう考えたタツヤは、ふうと1つ息を吐くと…再び母の眠るベッドへと向かった。
そして―――
「・・・起ぉぉぉきろぉぉぉぉ!!!クソババァァァァァァ!!!」バッ
「ぎゃっ!!!」ゴロゴロ ドスン!!
タツヤはシーツを引っ張り出し、詢子をベッドから転げ落とした。
詢子は布団に包まったまま床へと落ち、鈍い音と共に呻き声を上げる。
布団がクッションになったのか、幸い怪我等はしていなかった。
「・・・おはよう」
タツヤは落ちた拍子に布団から顔を覗かせた母に朝の挨拶をする。
「・・・タツヤ、あんた最近あたしの起こし方乱暴じゃない?」
「起きない母さんが悪い」
そう言うと、タツヤはリビングへと戻っていく。
毎朝起こしに来るこっちの身にもなってくれと、悪態を付きながら…。
その姿を追う形で、詢子もしぶしぶ寝室を出ていくのだった。
「いやータツヤも今日から中学生かぁ」
洗面台の前に立った詢子とタツヤは、自分達の身長の何倍もある鏡の前で顔を洗う。
詢子は既に歯磨きを終え、鏡に映る自分を見ながら化粧をしていた。
彼女のその姿は毎日見ている光景なのだが、何故か今日はいつも以上に気合が入っているように見える。
「いいのかよ。息子の入学式なんかの為に会社休んだりして」
それもその筈だ、今日はタツヤの見滝原中学校入学式なのだから。
詢子は1人息子の晴れ舞台に恥ずかしくない格好をと、当の本人以上に張り切って望んでいたのだ。
今日の為に、何か月も前からスケジュールを開け無理矢理有給を取ってしまったくらいに…
「何言ってんの!愛しい息子の晴れ舞台よ、会社なんかに行ってられるかってんだ!!!」
「おい社長!!!」
因みに、詢子はこう見えて大手企業の敏腕女社長をである。
もともとはいち社員だったのだが、ふと「自分が社長になったほうが楽」と思い至り、会社を乗っ取ってしまった。
詢子が元々優秀だった為か、彼女の社長昇格は周囲も割と賛成多数だったという。
それでも、一部の人からは反対されたそうだが、なんとか丸め込み現在に至っている。(一部の人間は詢子によって毟られたらしい・・・)
そのおかげもあってか、タツヤの家庭は普通の家よりも裕福であった。
子供も1人しかおらず、学費など出るお金も最小限で済んでしまうのだろう。
そう、鹿目家には子供はたった1人しか居ないのだから――――
「大丈夫よ。仕事は部下に頼んであるし、今月はそれほど忙しい月じゃないわ」
「いいのかよ、それで・・・」
そう言って、詢子はタツヤに軽くウインクする。
確かに彼女が社長になってから、その会社の業績も上がっていた。
彼女を取り囲む社員が優秀な為、最近では彼女の仕事もあまり無いという。
特に、彼女の秘書を務める女性社員は詢子も一目置く程の実力を持っているという話だ。
「っていうか、化粧濃くない?」
「これくらい普通よ」サラサラ
しかし、詢子の台詞とは裏腹に洗面台には何種類もの化粧品が置いてある。
詢子はその全ての化粧品を巧みに扱い、自分の顔にメイクを施していく。
そして、年齢によって生まれてしまった小皺などを次々と消していった。
「そんな見栄張らなくても・・・」
「馬鹿ね、女は外見で舐められたら終わりなのよ」
そうは言うものの元々が美人な為か、化粧無しでも彼女は十分人に見せられる顔をしている。
決して見栄を張っている訳ではない。
ただ、人前に立つというのであれば…それ相応の姿形を示さねばならない。
そんなプライドみたいなものが、彼女をそのような行動に走らせたのだろう。
「自分の年齢考えろよババa
「あ゛あ゛ぁ゛ん?」
イヤイヤ トテモ オキレイデスネ オカアサマ・・・」
最も…そのような理由を先日まで小学生だったこの少年に気付けというのも、無理な話なのだろうが…
「ん、宜しい♪」パタン
「・・・」ティヒヒ…
自分の母親の迫力に、タツヤは思わず苦笑いをする。
そんなやり取りをしている内に詢子は化粧を終え、自分の化粧品をケースにしまう。
化粧を完璧に施した詢子は、中学生の子供がいる母親にはとても見えなかった。
こういう面でも、彼女の『敏腕』っぷりが垣間見えるようであった。
「二人とも、そろそろご飯食べないと危ないよ~」
彼女の準備が整ったと同時に、リビングで朝食の準備をしていた知久が顔を出す。
2人に急ぐよう促し、直ぐにリビングへと戻っていった。
その様子を見て、タツヤと詢子もいそいそとリビングへと向かうのだった。
「制服、少し大きくないか?」
リビングに付くと、タツヤは今日から着る見滝原の制服に袖を通す。
一般的な学ランとは少し違い、薄い肌色を基調としたチャック式の近代的なデザインをしている。
このデザインが人気のようで、公立の中学校にも関わらず他方からの入学希望が後を絶たないらしい。
しかし、そんな人気の制服でもタツヤのそれは彼の体系より一回り大きく、御世辞にも着こなしているとは言えなかった。
「男の子はすぐ大きくなるからそれ位で良いのよ」
「そうかもしれないけどさ・・・」
タツヤは体系に合わない制服を無理矢理合わせようと、といあえず袖を折って手を出そうとする。
そして、ふた折りしてようやく自分の手を対面することが出来た。
確かに、いくら相手が成長期の男の子だとしても少し大きすぎるようにも見える。
「はは、でも似合ってるよタツヤ」
「さ、朝食にしよう」
タツヤの制服姿を見て、笑みを零しながら話す知久。
料理の入った皿を両手で持ち、そのままテーブルに置く。
リビングのテーブルには、食欲をそそられる知久特性の手料理が並べられた。
「うん、いただきまs…」
「って多っ!!父さん、朝からこんなに沢山食べれないよ!!」
しかしタツヤの言う通り、テーブルに並んだ料理の数はレストランのフルコース並みだった。
とてもではないが3人で食べられる量ではない。
「いやぁタツヤの中学入学祝いだと思って、パパはりきり過ぎちゃった」ニッコリ
そう満面の笑みで言ってのける知久。
確かに、テーブルに並べられた料理は和食から洋食、中華と様々だ。
この量をたった1人で朝食の時間までに作り切ってしまったことが、ある意味…知久の本気度を示している。
それでも、やりすぎなことに変わりはないのだが…
「お祝いは夜で良いじゃんか!!!」
「ごめんごめん。我慢できなくてつい」
「・・・」ウェヒヒ・・・
そう言って、知久はもう1度満面の笑みを浮かべる。
その笑顔の前では、タツヤは何も言えなくなってしまいただ苦笑するだけとなってしまった。
今更であるが、タツヤの父知久は専業主夫をしている。
詢子が会社で働いてる間、家で掃除、炊事、洗濯などをこなすことが彼の仕事だった。
今の時代主夫というものも珍しくはないのだが、それでもごく稀に近所のおばさん達から
「草食系」、「女々しい」、「働けよニ○ト」
と噂されることがあるという。
だが、タツヤも詢子も家事が得意で優しい知久の事を尊敬し、そして家族として好きだった。
彼らにとって、一見地味な家事等を完璧にこなす知久の姿こそが、一家の大黒柱として立派な姿であると思えたのだ。
因みに、噂をしてたおばさん達は、翌日ガタガタと震えながら鹿目一家のこと見ていたという。
誰が何をしたのかは定かではないが…。
「それよりタツヤ、あんた時間いいわけ?」
「へ?だってまだ時間・・・」
詢子の言葉に首を傾げ、リビングの時計を確認する。
時計は7時ちょうどを指していた。
「・・・は?7時ちょうど?」
そこで、タツヤはある違和感に気付く。
自分が母を起こしに行った時も、確か7時ちょうどだった…と。
そのことに気付いたタツヤの背中に…嫌な汗が流れる。
「あ、ごめんタツヤ。リビングの時計止まってるんだったよ」
「…っ‼」
父のその一言とほぼ同時にタツヤは自分の携帯を確認する。
すると、実際の時刻は…既に8時を過ぎてしまっていた。
「ちぃぃぃぃぃこくだぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
「いやーそういえば電池を入れ替えるの忘れてたよ」テヘッ
「てへっ、じゃないよ!?
こんなに料理作ってる暇があったら電池換えててよ!!!」
知久は料理に気合を入れすぎたのか、リビングにある時計の電池を変えることを忘れていた。
タツヤへ向けて、舌を出し自分を軽く小突きながらそう伝える知久。
その年齢に不相応な行為に、タツヤは全力でダメ出しをする。
知久も詢子も、しっかりしているようで何処か抜けている部分があった。
そういう面では…この2人は似た者同士なのかもしれない。
「と・・・とにかく俺もう行かなきゃ!!」
「えー料理食べていかないの?」
「食べていかないよ!!!」
何を言ってるんだこの人は、とタツヤは驚き呆れる。
そして、来ている制服を整え形態をポケットにしまい、大急ぎで学校に行く準備をし始める。
「ほら、行くなら早くいきな。間に合わないよ。あたし達は後で行くから」
あたふたしながら準備を進めるタツヤに、ポイっと鞄を投げてくる詢子。
タツヤはそれを床に落とさないように何とかキャッチする。
誰のせいだよ、と悪態と溜息を付きながら…。
「じゃあ行ってきます」
「和子に会ったら宜しく言っといて~」
「ん、分かった」
タツヤはキッチンからパンを一枚取り出し、口に含みながら応える。
そのままリビングを出て玄関へと急ぎ、スリッパから新品のローファーに履き替えた。
新品なだけあってローファーはまだ固く、履く時に擦れたような痛みを感じたが、今そのようなは事を気にする時間は無かった。
「タツヤ~せめて一口だけでも・・・」
そんなタツヤの後ろ姿を名残惜しそうに見つめながら、知久が声をかける。
両手には自分が作った料理の皿が乗せられている。
「食 べ な い!!!!」
しかし、タツヤは知久へは一切振り返ろうとはせずドアを開け、そして勢いよく閉めてしまう。
そして、再度時間を確認すると8時を少し過ぎたばかりだ。
幸い、新入生の集合時間は在校生よりも遅めに設定されている。
寄り道せずに急げば、まだ十分に間に合う時間であった。
タツヤはパンを咥えながら擦れた痛みを感じる足を動かし、急いで見滝原中学校へと向かうのだった。
「うぅ、最近のタツヤは冷たいなぁ・・・」
「反抗期かしらね~」
息子の姿を見送りながら、そんな会話を繰り広げる二人。
小さい頃は自分達にべったりだったタツヤが、こうして少しずつ大人になっていく。
その事は両親にとっては、嬉しいことであり…同時に少しだけ寂しい事でもあるのだ。
それでも、どんな形であれ子の成長を見守れる事は親にとって幸福なことなのだろう。
そう、子供の存在すら忘れてしまうよりは…ずっと―――――
見滝原町―――
元々何の特徴も無い町だったが、数年前に近代化が図られた。
今ではすっかり『町』というよりも『都市』と呼んだ方が違和感が無い程の立派な町となっている。
電力は町の所々に設置されている風車による風力発電や、ダムの水を利用した水力発電で賄っている。
公園や歩道なども綺麗に整備されており、早朝はその美しい景観を求めてジョギングをする人やペットの散歩に来る人も多い
「ング、ゼェ・・・ゼェ・・・」
しかし、今のタツヤにそのような景色を眺めている余裕など無かった。
その口にパンを咥え、額から流れる汗や暴れる心臓を無視して必死に走り続けていたのだ。
「す・・・少し休憩するか・・・」
「いてて…足が…」
大体10分程走った後だろうか、タツヤは見滝原中学の近くにある公園まで辿り着き、そこで園内のベンチに腰掛けた。
いくら男の子とは言えタツヤもまだまだ子供だ、全速力で走ってそうそう息が続くわけがない。
それに、新品のローファーに無理矢理足をねじ込みそのまま走ったものだから、ローファーの中では靴擦れが起きており、その痛みでこれ以上の全速力は無理だったのだ。
「でも、なんとか遅れは取り戻せたかな・・・」
学校に近くという事もあり、タツヤは公園の前を通る見滝原の生徒を何人か確認することが出来た。
時間にも多少の余裕が生まれ、入学日に遅刻という事態は避けることができそうだった。
その事に安堵しつつ、タツヤは暴れる心臓を鎮める為、ベンチに寄りかかり休息を図る。
「あら、タツヤ君?」
しかし、そうしてタツヤがベンチでぐったりしてると、彼の後ろから声が聞こえる。
タツヤはベンチからひっくり返るようにして、後ろに居る人物を確認する。
すると、そこに立っていた人物は―――
「・・・仁美さん?」
「クスッ ごきげんよう、タツヤ君」
そこに立っていたのは、かつての魔法少女達の友人であった…志筑仁美であった。
タツヤにとって、仁美は近所に住んでいる年上のお姉さん的存在だ。
子供の頃によく遊んでもらい、普段から何かと面倒を見てもらっている。
「・・・おはようございまーす」
「仁美さんこんな所で何してるんですか?」
タツヤは気怠そうな声で、仁美に応える。
何故この人がこんな所にいるのだろう、と彼は首を傾げた。
「早朝のお散歩ですわ」
「あー散歩ですか・・・」
仁美の言葉に、タツヤは頭だけひっくり返ったまま頷く。
こんな朝早くから散歩とは、仁美らしいと言えばらしい。
「あらあら、どうしたのタツヤ君?随分疲れてますわね」
そう言って、仁美はその柔らかい笑顔をタツヤの顔を覗き込む。
すると、タツヤは顔を背けるようにして前に向き直ってしまった
中学校の頃に比べると、幾らか背も伸び…女性らしく成長したその身体から伸びる手足はすらりと長い。
ウェーブのかかった薄い緑色の髪の毛は腰まで伸び、あどけなさが残っていた顔立ちはすっかり大人の“それ”へと変わっていた。
「あ、あはは。ちょっと色々ありまして・・・」
今の仁美は、この見滝原でも3本の指に入るほどの美人であろう。
「こんな所でパンなんか持って・・・
ま、まさか!!『パンを咥えながら走っていたら曲がり角で女の子とぶつかって、そこから二人の甘酸っぱい恋物語が始まる』なんていう事を期待して実践してみたら失敗したので落ち込んでいるという事ですの!?
いけませんわタツヤ君!!その話は都市伝説ですのよ!?」
昔からある斜め上に飛んだ妄想癖は…相変わらずのようだが…。
「違いますよ!!!」
仁美のとんちんかんな物言いを全力で否定するタツヤ。
思わず座っていたベンチから飛び出し、背けていた顔を仁美に向け言葉を荒らげた。
仁美のこのような発言には、その都度タツヤも困らされている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あら、そうでしたの・・・私ったらてっきり・・・」
「いや、別にいいんですけどね・・・」
その後、タツヤは朝の出来事からこの公園に来るまでの経緯を簡潔に話す。
仁美の惚けた反応に、タツヤはぐったりしながら応える。
休憩の為に公園に寄った筈なのに、何だか余計に疲れた気がする。
そんな事をタツヤは思うのだった。
「ふふ、それにしてもタツヤ君ももう中学生なんですね。月日が経つのは早いですわ」
ふと、仁美はタツヤの制服姿をまじまじと見つめながら感慨深そうに話す。
「はは、まだあんまりしっくりこないんですけど」
そう言って、タツヤは笑いながら長すぎて折りたたんでいる長袖を引っ張る。
自分の身丈に制服が合っていないことを、恥ずかしそうにアピールした。
「そんなことありませんわ。とても似合ってますよ」
「あ、ありがとうございます・・・」
「そうですわ!今度うちでタツヤ君の中学校入学のお祝いパーティーをしましょう」
仁美は思いついたとでも言うように手を叩き、タツヤにお祝いをしようと提案する。
現在仁美は親もとから離れ、この見滝原で花屋を営んでいる。
彼女自身が美人な事に彼女に元々美的センスがあった事も重なり…その花屋は見滝原の中でも割と有名な場所だった。
仁美は彼女の家でもあるその場所で、タツヤの入学記念パーティーを開こうと言うのだ。
「恭介さんももう直ぐ帰ってくることですし」
そして…そんな仁美の口からは、ある人物の名前が出る。
「恭介さん日本に帰ってくるんですか?」
「ええ、先日連絡がありましたの。スケジュールに空きができたから一旦日本に帰ってくるそうですわ」
恭介、本名を上条恭介という。
10年前…天才ヴァイオリニストという言葉を欲しいままにしていた少年は現在、日本を代表する音楽家として立派に成長していた。
音楽関連の大学を卒業した後、数々の有名な音楽家達と共に世界の各国を飛び回っている。
そして、仁美とは現在婚約しており一緒に暮らす仲となっていた。
彼女が家を出たのも、元々は恭介と暮らすためである。
大学生時代に婚約するという話になった時、仁美の両親からはかなり反対されたそうだ。
音楽家なんて得体の知れない職業の人物に、娘は嫁がせられない…と。
しかし、恭介が世界で活躍するようになり、誰もが1度はその名前を聞くようになった頃には、彼女の両親も婚約を認め、今では後押しまでするようになったという。
「いや、でも久しぶりに二人っきりになれるのんだし・・・俺が邪魔しちゃ悪いですよ。お祝いパーティーならうちでもやりますし」
勿論、タツヤも恭介の事はよく知っていた。
音楽家の部分はあまり分っていないようだが、それでも彼にとって恭介が尊敬できる人物であることに変わりはなかった。
仁美が面倒を見てくれるお姉さんなら、恭介はそのお兄さん的存在だった。
「遠慮することはありませんわ。恭介さんもきっと喜ぶと思いますし」
「いやでも、仁美さんはいいんですか?恭介さんとイチャつきたいでしょ」
「えぇ!?そ、そそそそんなことは・・・!!!」
タツヤの言葉に、仁美は酷く動揺し顔を真っ赤にさせる。
その姿を見たタツヤは「図星か…」と小さく溜息をついた。
「・・・あぁ、確かに久々だし・・・手を繋いだり、肩を寄せて・・・キャッ、だ、駄目です恭介さん、そんな事まだ私達には早いですわ・・・」
「おーい、帰ってこーい」
仁美はそのまま真っ赤になった顔を両手で押さえながら、体をクネクネと動かす。
その動きは一見すると可愛いように見えるが、少し残念なようにも見える。
タツヤは彼女の目の前で手を振るも、仁美がそれに気付くことはなかった。
「そ、そういえば仁美さん達も見滝原の卒業生なんですよね」
「やっぱりその頃から付き合ってたりしてたんですか?」
タツヤは何とか話を逸らそうと、仁美達の中学時代の事を話題に出す。
仁美達も元は見滝原中学の生徒だ。
中学生の頃、2人はどうしていたのだろうと…彼はちょっとした好奇心で聞いてきた。
そう、あくまでも…ちょっとした好奇心で―――
「・・・!!!」
しかし、タツヤがその話を出した瞬間―――――その場の空気が一瞬にして変わる
「そ、そうですね・・・その頃から、ですわ。付き合い始めたのも・・・」
仁美は先程とは違い、表情を強張らせ…話しずらそうな態度を見せる。
「・・・ひょっとして何かマズい事聞いちゃいました?」
「い、いえ、そんな事は・・・」
しかし、そう言う仁美はタツヤから顔を隠すように後ろを向く。
その時、タツヤの方から一瞬だけ見えた彼女の表情は…
「ただ・・・その頃は、色々ありましたから・・・」
何処か寂しそうな表情をしていた―――
「だ、大丈夫ですか…仁美さん」
タツヤはその一瞬だけ見せた仁美の表情が気になり、彼女に声を掛ける。
中学時代に何かあったのかと、少年は問わずにはいられなかったのだ。
しかし…
―――キーンコーンカーンコーン
「・・・・・・あ」
次の瞬間、近くにある見滝原中学のチャイムが鳴り響いた。
そこでようやく、タツヤは自分の本来の目的を思い出す。
自分は、学校に行く途中だったのだ…と。
「ま、まぁ大変!!タツヤ君、チャイムが鳴ってますよ!!急がないと遅刻ですわ!!」
すると、仁美は再びタツヤへと向き直り…早く学校に行くよう急かしてくる。
その様子からは、先程一瞬だけ見えた寂しそうな表情は見受けられない。
「え、で、でも・・・」
「でもではありませんわ!!さぁ早く行きなさい」
そう言ってタツヤの背中をグイグイと押してくる仁美。
「は、はい、分りました。それじゃ、行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」ニコッ
そして、仁美の表情は普段の柔らかい笑顔に戻る。
タツヤはその表情を見て、先程の表情は自分の思い過ごしだったのだろうかと首を傾げた。
だが、今はこれ以上詮索しない方が良いと判断し、彼は再び学校へとのびる通学路を歩み始める。
せっかく間に合ったと思ったのに・、完全に遅刻だな・・・と、タツヤは少し憂鬱になりながら、再び学校に向かって走り出すのであった。
――――――――――――――――
「・・・行きましたか」
仁美はタツヤが走り去った後も…その場に立ち尽くしていた
何をするでもなく、何処に向かうわけでもなく、ただじっとその場所で…
「・・・本当に月日が経つのは早いですわね」
そして、仁美はその場でゆっくりと空を見上げる
「もうあれから10年も経つんですね・・・」
先程、タツヤに一瞬だけ見せた…
寂しそうな表情で…
「私は・・・幸せになって良いんでしょうか・・・」
そのまま仁美は、誰にも聞こえないような小さい声で…そっと呟く
「・・・・かさん・・・」
ある…人物の名前を――――
――――――――――――――
「(ま、間に合った・・・)」
あの後、全力で走ったタツヤは何とか見滝原中学に到着していた。
校門の近くでクラス分けを確認し、教室に向かう途中で体育館に向かうクラスメイト達と合流する。
因みに、担任の先生であろう人にはやんわりと怒られたらしい。
タツヤがクラスメイトと合流した後、入学式は無事に始まりお決まりとなっている校長先生の長くて眠い話も終わったところだった。
「それでは、続きまして1年生の学年主任である早乙女先生のご挨拶です」
そして、司会を務める教師が次のプログラムへと進める。
「え・・・皆さん、本日は我が見滝原中学に入学おめでとうございます」
「(あ、和子さん1年の学年主任だったのか・・・)」
早乙女和子、長年この見滝原中学校で教員を務める詢子の友人である。
担当科目は英語、そして今はクラスの担任を務めることはなく、主に学年の主任を務めている。
今年はタツヤ達新入生の主任を務める事になっていた。
因みに年齢は非公開らしいが、詢子と同じである。
「…コホン」
「え~学園生活を送るにあたって皆さんに伝えておかなければならないことがあります」
ステージに上った途端、真剣な面持ちで話を始める和子。
その様子に体育館はざわつき、教員達ですら驚き慌ててしまう。
和子はその眼鏡をくいっと上げ、レンズを光らせ…続きの言葉を言い放った。
「目玉焼きに付ける調味料なんて醤油でもソースでもどっちでも良いんです‼‼」
ざわ・・・ざわざわ・・・ざわざわ・・・
<アノセンセイナニイッテンノ・・・
エ?メダマヤキ?>
<ワケワカンネ・・・
マヨネーズイッタクダロ>
「(あー・・・また駄目だったんだ・・・)」
1つ、和子の事で言い忘れた事がある。
早乙女和子、独身。
本人自身は結婚願望があり詢子に色々と協力してもらっているのだが、中々上手くいかず…こんな状態になっている。
最近までは彼氏がいたようだが、ご覧の有様になってしまったようだ。
和子自身はまだまだ諦めていないのだが、周りでは少しずつ、婚期が・・・という声が聞こえ始めていた。
「大体、目玉焼きなんかでギァーギャー喚くような男なんて駄目なんです!!女子生徒の皆さんはそんな男とはお付き合いしないように!!男子生徒h」
「・・・ゴホン、えー早乙女先生」
「・・・はっ!! い、いやとにかくですね!!1年生の皆さんには規則正しい学園生活を送って…」
校長の咳払いでようやく和子の暴走が止まる。
そして、和子は主任としてもっともらしい挨拶を述べ始める。
挨拶が終わる頃には体育館に集まった人々も落ち着きを取り戻し、和子の挨拶は最初を覗けば滞りなく終了した。
タツヤ達の入学式は、その後も特に問題なくスケジュール通り進み、最後は体育館での大きな拍手の中で無事に終了するのだった。
――――――――――――――――――
「今日は色々と疲れたよ・・・」
入学式終了後、タツヤは教室で今後の事について簡単な説明を受け下校となった
「何だかんだで、もう夕方になっちゃったな」
そう言ってタツヤは空を見上げる。
彼の言う通り、空は既にその色を黄金色に変えており、昔ならカラスでも鳴いていようかという時刻になっていた。
学校自体はお昼過ぎに終わったのだが、その後タツヤはクラスの友達と遊んんでいた為、すっかり夕方になってしまっていた。
更には、その友達の買い物に付き合っていた為か、朝通ってきた通学路とは全く違う道を歩く羽目になってしまったのである。
「あ、此処って・・・・」
タツヤはその足を止め、ふと周りを見渡してみる。
彼が歩いていたのは、偶然にも昔よく両親と遊びに来ていた河川敷であった。
「懐かしいな・・・。よく此処で『まどか』の絵描いてたっけ・・・」
子供の頃、タツヤは両親にこの場所に連れられて来る度に、道端に『まどか』の落書きを描いていた。
あの頃のタツヤは、ただ無邪気に自分の中に存在している彼女を地面に記していたのだ。
両親達に優しく見守られながら、ただ純粋に…『まどか』という存在を求めて…
「え・・・と、そうそう、ちょうどこんな木の枝を使って・・・」
彼が地面に視線を向けると、絵を描くには手頃な木の枝が1本転がっていた。
その枝を眺めながら、タツヤは子供の頃の事を思い出す。
同時に、今朝の不思議な夢の事も思い出していた。
それは、誰かに呼ばれたような夢…
結局、誰だったのかは分らなかったが…その声は、いつも傍で聞いていたような・・・・そんな懐かしい声だった―――――
「『まどか』・・・か・・・。久々に描いてみるか」
懐かしさに感化されたのか、あるいは今朝の夢のことがあったからなのか
タツヤはその木の枝を徐に拾い、子供の頃のように『まどか』を描いてみることにした。
「ん・・・と、確かこうやって・・・此処がこうなってて・・・」カキカキ
タツヤは近くに落書きをするのに手頃な場所を見つけると、その場所に座りみ込み地面に落書きを始める。
「おー案外覚えてるもんだな」
タツヤは特に苦にする事無く、『まどか』を描き上げていく。
だいぶ昔の事にも関わらず、彼は子供の頃に描いていた落書きの内容を鮮明に覚えていたのだ。
まるで、昨日まで本当に『まどか』に会っていたかのように―――
「会ったことなんて・・・ない筈なんだけどな・・・」
それなのに、この懐かしい気持ちはなんなんだろう…そう、タツヤは不思議に思う。
しかし、今やその感情は彼自身しか感じる事が出来ず、その答を見つけられそうになかった。
その事にやきもきしながらも、タツヤは『まどか』の絵を描き続ける。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「よーし出来たー!!まどかだー!!」
暫くして、タツヤは周りを気にすることなく声を上げる。
最後に落書きの隣に『まどか』と名前を書き込み、絵を完成させた。
髪の毛を二つのリボンで縛り、ヒラヒラとした可愛らしいドレスを着ている『まどか』
一見すると・・・こんな服着た人なんて居ないように思える。
だが、それでもタツヤには…どうしてもただの妄想だとは思えなかった。
「・・・そっくり・・・ねぇ」
落書きを描き終えると、タツヤはまた少しだけ昔のことを思い出す。
小さな頃、今と同じように『まどか』の絵を描いていた時、偶々その場を通りかかった女の子に言われた一言…
そうだね、そっくりだよ――――
タツヤは子供の頃のあやふやな記憶を必死に呼び覚まし、その女の子の特徴を思い出す。
「その人は、確か赤いリボンを付けてて・・・」
「そうだ、長くて・・・綺麗な黒髪――――」
――――ドサッ
しかし、タツヤが自分が描いた『まどか』を眺めながら…記憶を辿っている時だった。
彼の後ろから、物を落とす音が聞こえたのは―――
「え?」クルッ
タツヤは音に気付き、その場からすくっと立ち上がり後ろを振り返る。
―――――――すると、丘の上に一人の女の子が立っていた
「・・・・・・嘘・・・」
その人物は、綺麗で長い黒髪に赤いリボンをしている。
彼女はタツヤの顔と地面の絵を交互に見つめ、何故か驚いたような表情をしていた。
タツヤは、自分が怪しい人物だと思われたのかと・・・挙動不審になる。
確かに、中学生が地面に落書きしているのは珍しい光景だろう。
しかし、彼女の雰囲気はそういったものの類ではなかった。
「あ、あははは・・・あの、こ、こんにちは~」
その事に気付かず気まずくなってしまったタツヤは、描いた絵を自分の体で隠してしまう。
顔は引きつり背中に嫌な汗を流していたが、どうにかしてこの場をやり過ごそうと彼は必死になっていたのだ。
「・・・・・・・」
しかし、その女の子はタツヤの言葉に応えることなく、ただジッと彼の事を見つめてくる。
まるで自分の中を見透かされているようで、タツヤは思わず視線を逸らしてしまった。
「・・・・・まだ、覚えて・・・・」
そんなタツヤの事を見つめながら、少女はポツリと小さく呟く。
その声はあまりにも小さかったせいか、タツヤは上手く聞き取ることが出来なかった。