魔法少女まどか☆マギカ~After Ten Years of History~   作:イデスツッラ

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第4話「奇跡と魔法と、その代償」chapter 3

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ふぅ…」

 

タツヤを寝かした後、恭介は自分の部屋で椅子に座り背もたれに寄りかかっている。

先程の出来事の後、タツヤに特に異常はないということだったので、少し安心していた。

 

時計を見ると、恭介が就寝するにはまだまだ早い時間帯である。

 

「…」

 

ふと、恭介はタツヤが取り出した箱に視線を移す。

そこには、沢山のCDと一緒に…沢山の思い出が詰まっていた。

 

いなくなってしまった“幼馴染”との楽しかった日々の記憶と―――

 

忘れようとしても―――忘れられない、消えることのない悲しみと一緒に

 

彼女との思い出でいつも蘇るのは、あの時の病院での記憶。

自分が絶望に淵に沈んでいた時に、光を差し込んでくれた言葉。

 

『奇跡も魔法もあるんだよ』

 

その後の日々は、恭介にとってまさに奇跡といっていい…まさに天国のようなものだった。

治らない筈だった左腕が、突然完治したのだ。

 

またヴァイオリンが弾ける―――その紛れもない事実が恭介を高ぶらせた

 

それだけじゃない、クラスのアイドル的存在だった志筑仁美が自分に告白してくれたのだ。

 

嬉しくない筈が無い。

夢見心地で浮かれていた恭介は、その場で即仁美と付き合うことに決めた。

 

そう、有頂天だった

 

調子にのっていた、それこそ世界が薔薇色に見えるくらいに…。

 

だから、気付かなかったのだ。

自分が一番辛い時に支えてくれた、一番大切な人の存在が…いつの間にか、消えてしまっていたことに。

 

そして、自分の中に眠っていた“本当の気持ち”に―――

 

「僕は、まだ…」

 

そんな彼女に対しての負い目や罪の意識が、今でも恭介の心を縛り続けていた。

 

\ピリリリ…/

 

「あ…」

 

「電話が…」

 

恭介がボーッと空を見上げていると、近くに置いていた携帯が鳴り出す。

 

「え~と…」

 

電話に出ようと、椅子から立ち上がり携帯に手を伸ばす。

誰からの電話かとディスプレイを見てみると、そこには恭介もよく知っている人物の名前が表示されていた。

 

ピッ

 

「中島か?」

 

『誰が中島だ、俺は中沢だ』

 

電話の相手は、学生の頃からの友人からだった。

友人の中でも、恭介が心を許せる数少ない人物の1人で、昔から色々と相談に乗ってくれている。

 

「ごめんごめん。しばらくだね」

 

『ったく、帰ってきてるなら連絡くらいよこせよな』

 

「ははは…」

 

電話越しで文句を言われ、苦笑いを浮かべる恭介。

彼自身日本に帰ってきたのはつい最近のことで、またタツヤの事もあったためそこまで頭が回らなかった。

 

そのうち連絡しようと思っていたが、先を越される形になってしまった。

 

『どうだよ、調子は?』

 

「まあ、ぼちぼちだね」

 

『日本の天才と呼ばれるのがボチボチねぇ~』

 

「茶化さないでよ」

 

彼もまた恭介の友人であると同時に、恭介を応援している人間の1人である。

恭介の世界での活躍は、逐一彼の耳に入っていた。

本人相手にそんな冗談交じりの皮肉を言うのも、ある意味彼の楽しみの1つであった。

 

『まあ、なんだ。元気そうで良かったよ』

 

「うん」

 

恭介も彼と話すことで、改めて日本に帰ってきたのだと認識することができた。

 

『…で、いい加減決心はついたのか?』

 

しかし…そうしみじみ思っているのも束の間、彼が恭介に話を切り出す。

先程とは一転して声のトーンを落とし、電話越しでも彼が真剣な顔付きになっているのが伝わってきた。

 

「…何が?」

 

そんな雰囲気に対して、恭介は彼の言っていることが理解できないかのように振舞う。

 

自分の動揺を悟られまいと、必死に平静を装いながら…

 

『惚けるな』

 

しかし、彼にはそんな恭介の考えなどお見通しであった。

 

『志筑さんのことだよ』

 

『いい加減、籍入れる気になったか?』

 

「…」

 

彼が恭介に対して、こんなトーンで話すことなんて…1つしかなかった。

 

それは、志筑仁美との関係についてだ。

 

そして、その話題が恭介にとってふれて欲しくないものであると、彼は把握している。

案の上、彼が仁美の名前を出すと恭介は思い悩むようにして黙り込んでしまった。

 

『はあ、その様子じゃ…まだみたいだな』

 

「…ごめん」

 

中沢が懸念していたこと、いつまでも二人が中途半端な婚約関係でいること。

 

恭介と仁美の関係は他人から見れば完全に夫婦そのものなのだが、肝心の結婚を二人はまだしていない。

仁美の苗字が未だに『志筑』のままであることが、その事実を物語っている。

 

学生時代から、何かと二人の関係をサポートしてきた中沢にとって、それはもはや他人事ではなかった。

だから、こうして度々恭介や仁美に結婚の話を持ちかけるなど奮闘している。

 

『まだ、美樹のこと引きずってんのか?』

 

「…」

 

二人が結婚に踏み切れない理由、それは中沢自身も理解していた。

 

それは、恭介の“幼馴染”である『美樹さやか』の存在。

 

彼女は中学の頃に突如として行方不明になっていた。

そして、それは当時入院していた恭介が退院してから…わずか、数日後の出来事だったのである。

 

恭介も…仁美も、さやかが居なくなったのは自分のせいではないかと考えていたのだ。

 

仁美は、自分がさやかから幼馴染の恭介を取ってしまったからだと・・・。

 

そして、何より恭介の場合は―――

 

『気持ちはわかるけどさ、お前の責任じゃないだろ?』

 

彼から見れば、恭介が何故そこまでさやかに遠慮しているのか、いまいち理解できなかった。

 

幼馴染だからといってそこまで自分を責めることはないと、彼は今でも恭介を慰め続けている。

 

「でも、僕は…」

 

しかし、そんな彼に感謝しつつも…恭介は、後一歩を踏みきれずにいた。

 

そしてそれは、仁美も同じである。

 

『今のお前を美樹がみたら…怒鳴られるぞ』

 

「はは、かもね」

 

中沢は特にさやかと親しかったわけではないが、性格はなんとなく分かる。

だからこそ、恭介に訴え続けていた。

 

今の恭介達を見て、さやかが喜ぶはずがないと。

 

もっとも、彼は結局恭介を励ますために自分の憶測を言っているに過ぎないのだが。

 

『まあ、俺が口を挟めることじゃないんだろけどよ』

 

『志筑さんのことも、ちゃんと考えてやれよ』

 

仁美のことを考えろ、それは彼なりの恭介へのメッセージ。

 

前を見ろ―――

 

―――過去に縛られるな―――

 

―――現実を受け入れろ

 

厳しいかもしれないが、それでもお前は前に進まなければいけない。

 

 

そう、中沢は暗に示していた。

 

『じゃないと…きっと、美樹も悲しむぞ』

 

「そう、だね。ありがとう」

 

そのことは、勿論恭介にも伝わっている。

 

恭介自身も頭では分かっているのだ。

いつかは、答えを出さなければいけないということを…。

 

だがしかし、恭介にとって…その答えを導き出すには、もう少し時間が掛かりそうであった。

 

『へっどうだ、俺も大人になっただろ?』

 

「そうかな~?」

 

『おい』

 

口ではそう言うが、中沢は確かに彼は大人になった。恭介もそれは感じている。

彼が居なければ、恐らく仁美とも今の関係を続けられなかっただろう。

 

もっとも、美樹さやかの件でギクシャクしていた二人の関係を修復する『最大のきっかけ』になったのは、既に客間で眠りについている少年なのだが…それはまた別の話である。

 

「ははは、それで、そっちの方はどうなんだい?」

 

「仕事は順調?」

 

ようやくいつもの雰囲気が戻ってきたところで、今度は恭介が中沢に仕事のことを聞き始める。

 

『いやいや、お前と違って俺は普通のサラリーマンだからな』

 

『毎日、おっかな~い女社長に怒鳴られてばっかりだよ』

 

中沢は普通の大学を卒業した後、某企業で事務として働いている。

一般的に言えば、男性は営業職の方が多いのだが、営業は彼の性には合わなかったらしい。

 

おかげで、中沢は就職活動にだいぶ苦労したそうだ。

 

「社長と直接話せるなんて、凄いじゃないか」

 

「確か、早乙女先生の親友なんだろ?」

 

「(それに、確か…タツヤ君のお母さんだったね)」

 

そんな中沢が今の職に付くことができたのは、中学時代の恩師である早乙女和子のおかげである。

彼女が自身の友人であり、タツヤの母である鹿目詢子に彼を紹介してくれたからだった。

 

そのことを確認する度に、恭介を思う。

自分のことより彼本人のことをもっと気にするべきなのでは…と。

 

『お前な、人事だと思って…本当に怖いんだからな?』

 

『まあ、でも…良い事もあるけど』ニヤ

 

そこまで言うと、中沢は何かを思い出すようにしてニヤニヤし始める。

その様子、電話相手の恭介にも何となく伝わってくる。

 

今の状態は、恐らく人に見せられるような代物ではいのだろうと、その時の恭介は思った。

 

「へ…へえ、一体どんな?」

 

あまり聞きたくはなかったが、一応確認しておこうと恭介は続ける。

 

『いや~、社長の秘書さんがマジ女神で…』

 

しかし、彼が気持ち悪い笑みを浮かべながら理由を話し始めた瞬間(とき)だった―――

 

『中沢ぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!!!!!!』ドコイキヤガッタアノガキャァァァァアアアア!!!!

 

彼の後の方で電話越しでも聞こえる程の…物凄い怒号が聞こえる。

 

そして、その怒号は…中沢に対するものだった。

 

『』ビクッ

 

「い…今、凄い声が電話越しに…」

 

当の本人はというと、その声を聞いた途端に顔を青ざめさせ、ガタガタと身体を震わせる。

 

先程も言った通り声は電話越しでも響いており、恭介もその声を聞いた瞬間思わず身体をビクつかせた。

何事かと思い、恭介は恐る恐る中沢に状況を尋ねる。

 

『…悪い、実はまだ仕事中でな』

 

暫く固まっていた中沢だが、ようやく口を開く。

どうやら中沢は仕事先から恭介に電話を掛けていたようだ。

 

つまり、彼は仕事をサボっていたということである。

 

「それは流石にマズイよ、中村」

 

『俺は中沢だ…はあ、悪い…切るわ』

 

「う…うん、頑張って…」

 

一気にテンションが下がる彼の声を聞いて、色々苦労しているんだなと思う恭介であった。

 

「ああ…今度暇な時にでも飲みに行こうぜ」

 

「僕、お酒はちょっと…」

 

『何女々しいこと言ってんだよ』

 

「まあ、おいおい…ね」

 

『約束したぞ、じゃあな』プッ

 

一方的に約束を取り付けられ、電話を切られる恭介。

強引に誘ってきた彼に対して、恭介は一つ溜息を付いた。

 

だが一方でたまに帰ってきた時くらい、親友の愚痴に付き合うのも悪くない。

 

そう笑みを浮かべる恭介であった。

 

「…」

 

「…さやか」

 

電話を置き再び静かになった自分の部屋で、彼は幼馴染の名前を呟く。

 

彼女が居なくなって、もう随分と年月が経つ。

警察どころか…彼女の両親でさえ、彼女の捜索を諦めてしまったくらいに―――

 

だが…どんなに月日が経とうとも、恭介の心にぽっかり開いてしまった穴が埋まることは無かった。

 

「…今でも少し思うんだ」

 

「僕の腕が治らなければ…君はいなくならなかったんじゃないかって…」

 

自分の左手を見つめながらそう呟く恭介。

そんな話、非現実的だと相手にされないかもしれない。

 

しかし、恭介は本気で思っていた。

 

自分の左腕と引き換えに、彼女はいなくなってしまったのではないかと―――

 

『奇跡と魔法』を手に入れる為の『代償』―――それが…彼女だったのではないかと。

 

「こんな僕をみたら…君は、やっぱり怒るかな」

 

「…駄目だよね、仁美もいるのに」

 

中沢の言う通り、仁美と今の関係を続けるのは良い事では無い。

そんなことは恭介だって分かっている。

 

最初は仁美の片思いによる告白で始まった関係だった。

だが、今では恭介自身も仁美のことをちゃんと愛している。

 

そして、彼女を幸せにしたいという気持ちも勿論あった。

 

だが…それでも、さやかのことを考えると…どうしても一歩が踏み出せない。

 

恭介は、怯えているのだ。

自分が結婚して幸せになれば…自分はさやかのことを忘れてしまうのではないかと。

 

そして―――自分だけが、幸せになっていいのか…と。

 

「…本当に、僕は最低な人間だ」

 

さやかに恩返しすることができない。

 

かといって、仁美を幸せにすることもできない。

そんな中途半端な自分に恭介は嫌気が指す。

 

何が日本の天才だ、と恭介は小さく呟いた。

 

そして、今日は眠れそうにないなと心の中で思うのであった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

とある会社内にて――

 

「中沢ぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 

「はいぃぃいい!!!」

 

「てめぇ!!この書類ミスだらけじゃねぇか!!何やってんだ!!!」

 

「す、すいません!!」

 

怒り狂った詢子に書類を投げつけられる中沢。

社長室にいるにも関わらず、詢子の声は社内全てに響き渡っている。

しかし、社内にはまだ仕事で残っている社員が結構いる筈なのに、その怒号を聞いて慌てる者はいなかった。

 

「何回同じ間違いすりゃ気がすむんだ!!今すぐやり直せ!!」

 

「は、はい!!!」

 

全員考えることは、一緒だったのだ。

 

また中沢か…と。

 

「うぅ、くそ~」カタカタ

 

「コーヒーどうぞ」

 

「あ、どうも」

 

自分のデスクに戻り、パソコンを睨めつけている中沢に1人の女性が近付く。

女性は彼のデスクまで近付くと、淹れたてのコーヒーを置いてくれた。

 

中沢はその女性にお礼を言おうと、視線を移す。

 

「って、うぇっ先輩!?」

 

「ふふ、大変そうね」

 

「は、はいぃ」

 

コーヒーを持ってきてくれたのは詢子の秘書を務める美国織莉子であった。

織莉子は年齢でも入社した年でも中沢の1年先輩に当たる。

 

やたらと詢子に絡まれ、もとい怒られている中沢に何かと世話を焼いてくれている。

中沢自身も、そんな彼女に信頼を寄せており、ちょっとした好意も寄せていたのだ。

 

オイ、ミクニサントナカザワガハナシテルゾ

 

ナカザワノクセニナマイキダ

 

キョウモウツクシイゼミクニサン

 

オレニモコーヒークレーミクニサン

 

マタオトコドモガハナノシタノバシテル

 

ソンナニムネノオオキイコガイイノカコノヤロー

 

織莉子がオフィスルームに来たことで、社内に残っている社員の視線が一斉に集まる。

社内No.1の美貌とスタイルを持つと言われている織莉子は、男性社員達の中ではアイドル的存在だ。

逆に、そのせいで女性社員の評判はあまり芳しくなく、中には陰口を言っている女性社員も少なくない。

以前、織莉子が給湯室で聞いた話がまさにそれである。

 

「お前ら仕事しろー!!!!!!」カッ!!

 

「「「げえぇ、社長ー!!!」」」

 

社員達が仕事そっちのけで織莉子達を見ながら談笑していると、いつの間にかオフィスルームに来ていた詢子に怒鳴られる。

社員達はそれを聞いて、大慌てで自分の持ち場に戻っていった。

 

詢子はそんな社員達をチェックしながら、織莉子達に近付いていく。

 

「織莉子、こんなところにいたのか」

 

「何かご用ですか?」

 

「ああ、~の資料もうできてるか?」

 

「ああ、それでしたら既に纏めてありますから、後でお持ちしますね」

 

中沢の席の近くで、織莉子は詢子に仕事の進行状況を報告する。

 

秘書である織莉子の仕事は、主に詢子のサポートだった。

仕事に使う資料の作成は勿論、スケジュールの管理や詢子や取引相手の送迎など彼女の仕事は様々である。

その全てを、織莉子は1人でそつなくこなしていた。

 

「さっすがー、出来る秘書がいて助かるよ」

 

「ふふ、いえいえ」ニコ

 

「中沢に爪の垢でも煎じて飲ましてやりてーよ」チラッ

 

「すいません…」

 

仕事のできる織莉子と仕事のできない中沢を交互に見つめ、詢子は溜息をつく。

中沢にも織莉子ほどまではいかずとも、せめて普通の仕事くらいミスなくこなして欲しいと彼女は頭を痛めていた。

 

「はあー…早く片付けちまえよ、終わったら飲み行くからな」

 

「えっまたっすか!?」

 

詢子に飲みに誘われて、思わず悲鳴を上げる中沢。

誘うと言っても、平社員の中沢にとって見ればほぼ強制であり、拒否権なんてものはない。

最近では結構な頻度で飲みに連れてかれており、その度に詢子の愚痴や説教を聞く羽目になっていた。

 

「今日は早く帰らなくていいのですか?」

 

「ああ、うちの息子も今日は知り合いのところに泊まりだしな」

 

タツヤは恭介宅に泊まり、家には知久が居たが、「楽しんでおいで」というメールを貰っていた。

なので、今日は特に時間を気にせず飲みにいけるというわけだ。

 

「つーわけで悪いが車頼むわ」

 

「分かりました」

 

詢子が飲みに行く時は、ほぼ毎回のように織莉子が同伴している。

車の運転や、詢子が泥酔した時の介抱などをするためだ。勿論彼女はお酒を飲まない。

織莉子自身、そこまでお酒が飲めるというわけでもないので、むしろ都合であった。

 

稀に酔っ払った詢子が織莉子にお酒を飲まそうとするのだが、その度にやんわりと拒否している。

 

「…」エー

 

「お前、今露骨に嫌な顔してただろ?」

 

「えっいや、そんなことは…」

 

中沢は二人のやり取りを眺めながら苦笑いを浮かべている。

これからのことを考えて憂鬱になっている内面が顔に出てしまっていた。

 

中沢が恭介を飲みに誘ったのも、偶にはゆっくりと気ままにお酒を飲みたいと思ったからなのかもしれない。

 

「はぁー、さっさと終わらせろよ」

 

「間違ったところ直すだけなんだから、1時間以内な」

 

「は、はい」

 

そう言い残して、詢子は社長室に戻っていく。

 

マタナカザワガギセイニ…

 

ガンバレナカザワ

 

デモミクニサンモイッショナンダロウラヤマー

 

ヤメトケシャチョウトイッショジャソレドコロジャナイゾ

 

アノフカフカナムネデカイホウサレタイ

 

「仕事しろって言ってんだろ!!!!」

 

「「「はいぃぃぃぃ!!!!!!!」」」

 

手を止めている社員達に、一喝していきながら…。

 

「うぅ、何でいつも俺ばっかり…」

 

「さあ、どうしてかしらねぇ」

 

中沢が泣き言を言いながら、再び自分のパソコンを睨め付ける。

そんな彼を見て惚けたことを言う織莉子だが、本当は何となく分かっていた。

 

恐らく、詢子は少しでも早く、中沢に一人前になって欲しいのだ。

親友の早乙女和子を通じて雇い入れたのだから、尚更その気持ちが強いに違いない。

 

そう、織莉子は考えていた。

 

「先輩~」

 

「あらあら…」

 

後は彼のこういうところが、詢子がイジり倒したくなる原因なのだろうな…とも。

 

恐らく、本人は自覚していないだろうが…。

 

「(だが先輩も一緒・・・これはこれで役得だな」

 

「何が役得なの?」

 

「んあ!!??いいいや何でもないっす!!」

 

心の声をその場にいた織莉子に聞かれてしまい、中沢はひどく慌ててしまう。

 

後半の部分がしっかりと声に出てしまっている辺り、中沢らしいといえば中沢らしい。

幸い織莉子に聞こえたのは最後だけだったので、何とか言い逃れすることが出来たようだ。

 

「?そう、じゃあ私は仕事に戻るから」

 

「え…あ、はい」

 

織莉子は先程詢子に頼まれた仕事を片付ける為、自分のデスクに戻ろうと中沢に背を向ける。

 

ポトッ

 

「ん?」

 

しかし、その拍子に織莉子のスーツのポケットから何かが地面に落ちる。

中沢がその音に気付き、視線を床に移すと小さなキーホルダーが転がっていた。

織莉子の物かと思い彼女に視線を向けるが、彼女はそれに気付かずそのまま歩いていってしまう。

 

「先輩、何か落としましたよ?」

 

「え…」

 

「(なんだこれ、キーホルダー?)」

 

中沢が織莉子を呼び止めながら、床に落ちている物を拾う。

 

確認してみると、それは―――可愛らしいぬいぐるみのキーホルダーだった。

 

「中沢君、それ…!!」

 

「え?」

 

振り返った織莉子は、中沢が持っているキーホルダーを見た瞬間…目を見開く。

その後、自分のスーツを手で確認し、”それ”が無いことに気付いた。

 

すると、彼女はサーッっと音が出るかのように顔を青ざめさせていく。

 

「か、返して!!」

 

「いや、先輩?」

 

「早くっ!!!!」

 

「いっ!?は、はい!!!」

 

ツカツカと一気に距離を詰め、見たこともないような形相で中沢に詰め寄る織莉子。

普段の温厚で落ち着いた雰囲気の彼女とは別人ではないかと思ってしまうくらい、今の彼女には鬼気迫るものがあった。

 

そんな彼女の雰囲気に気圧され、中沢は何がなんだか分からないまま、そのキーホルダーを織莉子に渡す。

 

「ハア…ハア…」

 

「ごめんなさい、中沢君」

 

キーホルダーが手元に戻ると、織莉子は我に返るように落ち着きを取り戻していく。

そして、傍で驚いている中沢に頭を下げた。

 

「いや、別にいいんすけど…」

 

「なんなんすか、それ?」

 

見たところそれほど高価な物ではなく、どこにでもありそうな市販のキーホルダーだ。

 

中沢はどうしてそんな物のために、彼女があそこまで取り乱したのかが分からなかった。

そして…そのキーホルダーが、彼女にとってどれだけ重要なものなのかも―――

 

「…」

 

「私の大切な物よ」

 

「命よりも、大切な・・・」

 

そう、そのキーホルダーは――――

 

『織莉子』

 

『このキーホルダーは私の宝物にするよ!!』

 

―――以前、彼女が最愛の友人にプレゼントした物

 

そして、今は―――その友人の『形見』にあたる物になっていた。

 

ゆまが杏子の髪飾りを肌身離さず持ち歩いているように、織莉子もそのキーホルダーを持ち歩いていた。

彼女がいない寂しさを紛らわせるために…そして、彼女との楽しかった日々を忘れないために――――

 

「へ、へぇ…」

 

「ありがとう、拾ってくれて」ニコ

 

そんな事など知る由もない中沢に、今の彼女の言葉を理解することは出来なかった。

一方の織莉子はそのキーホルダーを握り締め、満面の笑みを浮かべる。

 

「(さながら天使のようやで…)」

 

「や、別に感謝される程じゃっ」

 

その笑顔を見ることが出来ただけで、キーホルダーの事などどうでもよくなってしまう中沢。

 

「ふふ、何かお礼しなきゃね」

 

「じゃあ仕事を」

 

「手伝わないわよ?」

 

「」

 

最も、こんな性格だからいつまで経っても仕事を覚えないのだが…。

 

「それとこれとは話が別よ」

 

「そんな~」

 

「ふふふ…」

 

結局、中沢が書類を無事に提出したのは、それから2時間後のことで再び詢子の雷が落ちたのは言うまでもない。

中沢が詢子の説教から開放されるには、もう少しだけ時間が掛りそうだ。

 

因みに中沢が詢子にボロボロにされるのを、織莉子は満面の笑みで眺めているだけだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

翌日、見滝原中学―――

 

「英語なんて言語が無くなってくれたら」

 

「それはとっても嬉しいなって」

 

「思ってしまうのでした」

 

「物騒なこと言うんじゃありません」

 

放課後、殆どの学生が帰宅するか部活動に参加している中、タツヤは教室にいた。

自分の机に座り、英語の教科書と電子辞書を広げている。

そして電子ボードの前には、母親の親友であり英語の先生でもある早乙女和子(独身)が立っていた。

 

「勘弁してよ~和子さ~ん」

 

「学校では先生と呼びなさい。あなたが英語の小テストで赤点取るからいけないんです」

 

見滝原では先日英語の小テストが行われた。

そのテストで、タツヤは成績が思わしくなかったのだ。

 

因みに、少年はそのテストの答案を鞄の中にグチャグチャにして閉まっている。

 

「29点じゃないか~1点くらいまけてくれても~」

 

「駄目です」

 

「ケチ~」

 

テストで30点未満を取ると赤点扱いとなる。

見滝原では、ペナルティーとして放課後の補習を受けなければならない。

このルールは中間や期末だけではなく、授業中に行う小テストとかでも適用される。

 

その事について学業面が割と厳しいなと、タツヤは愚痴を零す。

因みに、クラスで補習を受けなければいけなくなったのはこの少年と―――

 

「ふっ、たかだか小テストでこの程度とは・・・まだまだお前も甘いな、タツヤ」

 

―――この男・板垣大輔である

 

「…0点のお前に言われたくない」

 

因みのこの男の点数は、タツヤの言う通り0点である。

言うまでもないが、クラスの中で最も成績の悪い人間だ。

 

「馬鹿野郎!!中途半端な点数取るくらいなら正々堂々諦めた方が男らしいだろ!!」

 

「諦めた時点で男らしいも糞もねぇよ!!」

 

しかもこの少年、小テストを白紙で出したという。

授業中にその事で問い詰められると、この少年は―――

 

自分、日本人ですから。

 

と、はっきり言い切ったのだ。

自分のしたことが、あたかも当然であるかのように…。

その一部始終を見ていたタツヤは、本当にコイツは馬鹿だとある意味尊敬するのだった。

 

「はいはい、喧嘩しないで二人とも」

 

「じゃ、補習始めますよ」

 

「先生!!俺は将来ぽすてぃんぐでも海外えふえーでもめじゃーに行くつもりは無いので英語は必要ありません!!」ショウガイベイスターズデガンバリマス

 

「ごめんなさい。先生、あなたが何を言ってるのか全く分からないわ…」

 

和子は大輔の訳の分からない宣言を聞いて、頭を抱える。

ついこの間までギターで天下を取ると言っていたのに、とタツヤは内心つっこむ。

 

因みにその後の和子の補習は、主に大輔向けの内容で進んだ。

大輔の英語力があまりに酷かったからだそうだ。

 

一方のタツヤは和子からプリントを渡され、自分で辞書を引きながら解くこととなった。

どうしても分からない部分のみ、和子に質問するという形で彼の補習は進んでいく。

 

だが、大輔の相手で和子が四苦八苦していた為、あまり質問出来なかったようだ。

 

「はい、今日はここまで」

 

夕方になり部活動を終えた生徒達が下校し始めた頃、ようやくタツヤ達の補習は終了する。

 

「燃え尽きたぜ、真っ白によ…」

 

そして、大輔は何故か全身真っ白になりボロボロになっていた。

自慢のリーゼントですら崩れて前に垂れ下がっている。

その姿を見て、一体何と戦っていたんだろうとタツヤは呆れかえった。

 

「板垣君、お願いだからアルファベットくらい順番通り覚えてね・・・」ハァ

 

「先生は俺に日本男児を辞めろと?」

 

「そんな事言ってません」

 

これだけ長い時間掛けたというのに、結局大輔はアルファベットすらまともに覚えることが出来なかった。

和子が何回も教えたというのに、一度もAからZまで言い切ることが出来なかったのだ。

 

タツヤでもそれくらいは当然言えるというのに…。

和子も大輔のせいで相当疲れている様子であった。

 

「さてと、1日ぶりに家に帰るか」

 

タツヤは朝は恭介の家から直接来たので、家に帰るのは昨日ぶりになる。

知久から来たメールによると、昨日鹿目家は詢子がかなり泥酔して帰ってきたそうだ。

 

家に着いてからも部下に対しての愚痴を零していたという。

タツヤは一体何をしているのだと、そのメールを見て自分の母親に溜息を付いた。

 

「そう言えばタツヤ君、昨日は上条君の家に泊まったんですって?」

 

「それ、母さんから聞いたんすか?」

 

タツヤが帰り支度をしていると、電子ボードの片づけをしていた和子が声を掛けてくる。

和子と詢子は今でも親交が深く、よく二人で飲みに行くそうだ。

 

詢子曰く、和子は知久以外で弱音や悩みを打ち明けることができる唯一の人物だという。

しかし、タツヤにとってあの強気な母親が弱音を吐く姿など想像出来なかった。

 

「そうよ~、上条君元気してた?」

 

「はい、元気そうでしたよ」

 

和子は恭介や仁美が生徒だった時から、この見滝原中学で教師をしている。

更に、二人の担任も務めていたことがある。

 

今でも、二人とは頻繁に連絡を取っているという。

 

「昨日は色々お世話になりましたし」

 

「何ぃ!?貴様!!何故俺を誘わない!!!」

 

「無茶言うな!!!」

 

お前あの二人と面識ないだろうと、タツヤは大輔の物言いを一蹴する。

 

昨日、タツヤは恭介達に本当に世話になった。

中学入学の祝いのパーティーをしてもらい、自宅に泊めてもらった。

 

しかし、そんな事よりもタツヤは恭介にいらぬ心配をかけてしまった事を気にしていた。

今朝方恭介達はタツヤを見送る際、彼の身体の心配をしていた。

昨日のタツヤの様子を見れば、それも仕方ないだろう

 

そう、タツヤは昨日恭介の曲を聴いている途中で…例の頭痛に襲われたのだ。

 

だが、正直なところ昨日の夜のことをタツヤはよく覚えていなかった。

恭介が自分の為にヴァイオリンを引いてくれたところまでは覚えている。

 

しかし、頭痛が起きた事は何となく分かっているようだが、その後のことは全く覚えていなかったのだ。

 

「とりあえず、上条君に私も応援してるって伝えといて」

 

「あ、うん…じゃなくて、分かりました」

 

和子も、恭介の活躍には注目している。

元担任だという事もあって、思い入れも強いのだろう。

 

そして、そこでタツヤはあることを思い付く。

 

「和子さん」

 

「先生、でしょ」

 

「…先生って、恭介さんの担任だったんですよね?」

 

「ええ、そうよ?」

 

「じゃあ、暁美ほむらさんって知ってます?」

 

そう、タツヤはほむらのことを和子に聞こうと考えたのだ。

昨日、ほむらも恭介達もお互いの事をクラスメイトだったと言っていた。

 

二人の担任だった和子もほむらの事を知っているかもしれない、と…。

 

「え…」

 

そう、少年は軽い気持ちで聞いたのだが―――

 

「ど、どうしてあなたが暁美さんのことを…」

 

和子はほむらの名前を聞いた瞬間、驚いたような表情を浮かべる。

 

そしてそれは、昨日の恭介達と同じ反応であった。

 

「え、いや…ちょいと色々ありまして…」

 

タツヤは、どうしてほむらの名前を出すとみんな同じ反応するのだろうと疑問に思う。

まるで、自分がほむらの事を知っていることが意外そうな顔であると…。

 

実際、何の接点もない筈なのだから驚かれるのは当然だろう。

しかし、タツヤは彼女達の行動に何となく違和感を覚えていたのだ

 

「そう…」

 

「暁美さん、元気そうだった?」

 

「え?え…えぇ、まあ」

 

「なら、良かったわ」

 

タツヤが答えると、和子は胸を撫で下ろすように安堵の表情を浮かべた。

 

昨日も同じこと聞かれた気がすると少年はデジャヴを感じる。

何故、みんなそんなにほむらのことを気にするのかと疑問ばかりが増えていった。

 

「あの…暁美さんって学生時代に何かあったんですか?」

 

「え!?ど、どうして?」

 

「いや、昨日も恭介さん達に似たような反応されて…」

 

恭介といい仁美といい、そして和子といい…昔からほむらを知っている人間は、皆同じ反応をする。

 

彼女は今はどうしているのか

彼女は元気にしているか

 

そんな事を何度も聞かれたら、どうしても…彼女の過去に何かあったのかと考えてしまう。

ほむらが他の人とは違う事はタツヤも知っている。

恐らく、色々あったのだろうと少年は思っていたが、それでもやはり気になった。

 

「…」

 

「和子さん?」

 

タツヤがほむらの事を尋ねると、和子は黙ってしまう。

少年が顔を覗いてみると、何故か彼女は暗い表情をしていた。

 

やはり、何かあったのだろうかとタツヤは不安になる。

 

「あれから、もうどのくらい経ったのかしらね…」

 

「え?」

 

暫く黙ったままだった和子が、まるで何かを思い出すかのようにして静かに口を開く。

そんな彼女の表情は何故か悲しみに溢れていて、視線は何処か遠くを見つめていた。

 

タツヤはこの表情に見覚えがあった。

そう、恭介や仁美…そして、ゆまがしていたものであった。

 

少年は、そんな違和感を覚えながらも和子の言葉を待った。

 

「タツヤ君はまだ幼かったから知らないだろうけど」

 

「昔ね、この見滝原で…」

 

「女の子達が次々と行方不明になったことがあったの」

 

「え?」

 

しかし、その言葉に―――タツヤは思わず声を漏らした

 

今、和子が言った言葉―――それは、女の子達が…

 

『その『奇跡と魔法』を手に入れるためには…』

 

 

「私のクラスの生徒も含まれてたから、よく覚えてるわ」

 

「その子達は、結局見つかからなくてね」

 

「警察も、捜査を打ち切っちゃったんだけど」

 

 

『それ相応の『代償』を支払わなければいけないってね…』

 

 

タツヤは昨日の恭介の言葉を思い出す。

何故、その時その言葉を思い出したのか…少年には分からない。

 

ただ…何となく、嫌な予感がしたのは確かだ。

 

「その子達が行方不明になった事件全てに関わっていたのが・・・」

 

「暁美さん、なのよ」

 

「…」

 

「…………え?」

 

そう、この時のタツヤは―――まだ知らなかったのだ―――

 

魔法少女達の抗うことのできない『運命』も―――暁美ほむらという魔法少女の『悲しみ』も―――

 

―――たった一つの『奇跡』の対価として支払われる―――

 

大きすぎる。『代償』も…

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

\♪~/ \♪~/

 

 

ピッ

 

「…」

 

「もしもし」

 

『…』

 

「…何」

 

『…』

 

「大丈夫よ、心配しないで」

 

『…‼…っ』

 

「…切るわよ」

 

ピッ

 

「…」

 

「…ごめんね」

 

 

「お母さん」

 

 

第4話「奇跡と魔法と、その代償」  fin

 

 




【次回予告】



「私は、あなたが思っているほど優しくもないし、強くもない

 あなたを助けたのも、その場の成り行きよ

 私はいつでも自分だけの為に戦ってる。他の事なんてどうでもいいわ
 
 だから、これ以上私に関わらないで

 

  私は…『あなた』を見てはいないのだから」


第5話「犯した罪 科せられた罰」
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