魔法少女まどか☆マギカ~After Ten Years of History~   作:イデスツッラ

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少し遅くなりました。すいません。


第5話「犯した罪 科せられた罰」chapter 3

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

あすなろ市――――

 

「ありがとうございましたー」

 

「(すっかり遅くなったわね…)」

 

夜もふけ人通りも少なくなってきた頃、ほむらはあすなろ市にあるコンビニで食料を調達していた。

 

今日は仕事が長引き、帰宅時間が遅くなっていた。

その為、普段は家に帰ってから買い物に行くところを、帰宅の途中で済ませている。

 

宗一郎達には夕食を食べていけと言われたが、ほむらは彼等に悪い気がして断っていた。

以前の美佐子の事もあり、少し気まずかったのだろう。

 

「(早く帰らないと…)」

 

既に、夜も遅い。

外は完全に暗くなっており、街灯が帰り道を照らしている。

ほむらの他に通行人も殆どいない。

 

宗一郎の店からほむらの家までは距離があるため、歩くとすればそれなりに時間が掛かかる。

仕事の終わりが遅ければ、必然的に帰りも遅くなってしまうのだ。

 

魔法を使って飛んでいけば速いのだが、流石にこんな事で魔力を消費したくはない。

ほむらはコンビニ袋を手に持ち、少し駆け足気味で帰り道を進んでいった。

 

別に帰りが遅くなるのが嫌なわけではない。

普段、この時間は魔獣退治をしているのだ。

魔獣と戦いグリーフシードを回収して家に帰る頃には、日付が変わっていたこともある。

 

だから、ほむらにとって急ぐ理由は、時間が遅いからではないのだ。

しかし、これくらいの時間になると…彼女の場合、色々と不便なのだ。

 

なぜなら―――

 

「君、ちょっと止まりなさい」

 

「!!」

 

「君、未成年だよね?」

 

「駄目じゃないか、こんな夜遅くに外を出歩いちゃ…」

 

「(また…)」

 

―――こうなるからである

 

ほむらの前に立っているのは、夜のパトロールをしている警察だった。

 

中肉中背で年齢も比較的若めの人物。

恐らく、ほむらと年齢自体は大して変わらないだろう。

 

そう、年齢だけは―――

 

「家は何処にあるの?ご家族は?あれだったら連絡しなくちゃ…」

 

彼はほむらに向かって、まるで子供に注意するかのように語りかける。

 

この事に、ほむらは特別驚いてはいなかった。

彼女は…もう、こういう場面には何度も遭遇しているのだ。

 

無理もない。

 

ほむらの容姿は、あの頃の…中学生の頃のままなのだから―――

 

「お構いなく」

 

「私、未成年じゃないですから」

 

ほむらは、表情を変えずにそう言い捨てる。

 

まるで、こうなる事が分っていたような態度だ。

何故なら、それはもう何度言ったか分からないような台詞であったから…

 

「え?」

 

「あはは、大人をからかっちゃいけないよ」

 

彼は一瞬、虚を衝かれたような表情を見せる。

だが、再び直ぐに子供に対して言い聞かせるような対応を取った。

 

ほむらは、この反応も何度されたか分からない。

予想通りの反応過ぎて、彼女はもはや何の感情も湧かなかった。

 

「だって君はどっからどう見たって子供じゃないk…」

 

ス…

 

「…どうぞ」

 

ほむらは彼の言葉を遮るように、鞄からあるものを取り出し目の前に差し出す。

それは、彼女が大人であると証明できる唯一の代物。

 

「これは…え?」

 

「…免許?」

 

ほむらが彼に渡したのは、こういう時の為に取得しておいた運転免許証。

 

別に彼女は車を運転するわけではない。

だが、年齢を確認できる物を1つは持っておかないと、自分が大人だという事を中々信じてもらえない。

 

この免許を取得する時も大分苦労したそうだが、色々と試行錯誤して何とか取得することができたそうだ。

 

最終的には、ゆまの保護者である “彼女”の力を借りた。

彼女の力を借りる事は彼女にとって見れば、屈辱以外の何物でもない。

だが、ゆまの好意もあり、何より自分の為だったので仕方なく承諾したそうだ。

 

「え?…年生まれって、じゃあ君は…」

 

警察は免許証とほむらの顔を交互に見比べながら、目を丸くしている。

この反応もまた、何度も見た光景だ。

 

どうして、こうも皆同じ反応をするのかとほむらは溜息を付く。

 

「もういいですか?」

 

「いや、その…え~と…」

 

「失礼します」パシッ

 

未だに狼狽気味の警察から免許証を取り上げるほむら。

 

証明もできた、もうこの人に関わる理由もない。

そうほむらは、これ以上面倒なことになる前に退散してしまおうと彼に背を向ける。

 

「あ、いやちょっと…!!」

 

警察をを振り切るように、ほむらは近くにあった路地裏に走りこむ。

そして、指輪に変化させてあったソウルジェムを輝かせた。

 

バサッ シュン

 

「って、あれ?」

 

「…いない?」

 

「…」

 

警察に見つかる前に、ほむらは魔法で自らの背中に翼を出現させ空へと飛び上がる。

そして、ビルの屋上まで移動すると、彼女はそのまま身を潜めた。

 

「夢でも見ていたのだろうか…?」

 

警察は暫く路地裏を探していたが、やがて腑に落ちないという表情を浮かべながら、その場を立ち去る。

 

「…はあ」

 

とりあえず一安心したほむらは、ビルの屋上で腰を下ろす。

 

あまりプライベートで魔法は使いたくはない。

そう悪態を付くほむらだが、あの場を切り抜けるにはこの方法しか思いつかなかった。

 

何故自分はこんな逃げるようなことしているのかと、別に悪いことをしているわけでもないのにとほむらは頭を悩ませる。

 

「いい加減疲れたわ、このやり取り…」

 

そう呟いて、ほむらは大きく溜息を付く。

 

行く先々でこんなやり取りを繰り返さなければいけないと考えれば、嫌気が差すのも無理はない。

もっとも、他に打つ手もないのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが…。

 

どうにしかしようと、以前少しだけ大人っぽい服装に身を包み誤魔化そうとした事もある。

だが、それも結局は失敗に終わっていた。

 

その時は、少し背伸びをした中学生にしか見えなかったそうだ。

自分は、そんなに子供っぽいのかとその時のほむらはショックを受けた。

 

少し憂鬱な気分になりながら、ほむらは帰路に着いた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

「…ただいま」ボソ

 

家に着き、誰もいない部屋で独り言を呟くほむら。

勿論、返事は返って来ない。

 

別に寂しいとは感じない、何年も繰り返してきた一種のルーティーンワークであった。

 

仮に返事が返ってくるとすれば、あの珍獣くらいからだ。

ほむらとしては、正直そっちの方が気味が悪かった、

 

「…汗かいたわね」

 

やっかいな人物と会いたくなかったほむらは、あの後駆け足で家に帰った。

おかげで、アパートに着いた頃にはすっかり汗だくになっていた。

 

身体がベタベタしていて気持ち悪いとほむらは表情を歪ませる。

髪の毛のせいで、首も蒸れているようだ。

 

髪の毛が長いとこういう時に不便だと、彼女は小さく呟く。

切ってしまおうか何度か考えた事があったが、リボンが付けれないと頭を悩ませる。

 

因みに、彼女も仕事の時は髪の毛が邪魔にならないように、ゆまのようなポニーテールにしている。

普段もそうしようかと、ほむらは考えを巡らせた。

 

「食事の前にシャワーでも浴びましょう…」

 

食事といっても大した物ではない、いつも通りコンビニでかった有り合わせである。

それでも、このままで居るのが嫌だったほむらは先に汗を流すことにした。

 

ほむらはコンビニで買ってきた物を冷蔵庫にしまい、浴室に向かうのだった。

 

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

 

浴室―――

 

シャー…

 

「…ふぅ」

 

「気持ちいい…」

 

シャワーヘッドから出る少し熱めのお湯が、疲れた身体に染み渡る。

 

最近は魔獣退治以外にも色々なことがあり、彼女はゆっくりとシャワーを浴びる時間も無かった。

いや、例え時間があっても…別のことに費やしてしまっていた。

そのせいか、最近は髪の毛や身体の手入れもおざなりになっていた。

 

“巴マミ”がいた頃なら、“佐倉杏子”と一緒に怒られていただろう。

 

魔法少女である前に、貴方は女の子でしょう、と…。

 

最も、今でも美佐子に似たような事を言われているのだが。

 

「…」

 

「相変わらず、成長してないわね…」

 

立ったままシャワーを浴びていたほむらは、ふと目の前にある鏡に目を向ける。

そこに写っているのは、生まれたままの姿である自分。

 

ほむらは、たまにこうして鏡で自分の身体を確認している。

少しでも成長しているのではと、淡い期待を胸に抱いて…。

 

しかし、現実は―――

 

「ほんと…中学生の時のまま…」

 

一切伸びない身長―――

 

―――女性として、発育が未熟な肉体

 

そして、昔と変わらない顔立ち―――

 

まるで、自分の身体だけ時間が止まっているかのように、何の変化もない。

 

彼女の身体の時間は、文字通り“止まって”しまっていたのだ。

そう…あの時から―――

 

「…」

 

初めてほむらが自分の体の異変に気付いたのは、高校に入学した頃だった。

高校生になり、周りの人達の身体や顔つきが徐々に大人へと近付いていくのに比べて、自分だけがあまりに変化がないと疑問を抱き始めた。

 

勿論、世の中には成長が遅い人間が沢山いる。

彼女も身体の発育は、あまり良い方ではない。

 

だが、月日が経つにつれて…ほむらは自らの身体の状態が、そのようなレベルの話ではないことに気付く。

成長が遅いのではなく、成長そのものが止まってしまっているのだと―――

 

身長どころか、体重すら一切変わらない。

3サイズだって、どんなことをしようと…1ミリも変化することはなかった。

 

彼女の身体が、どうしてこんな風になってしまったのかキュゥべえですら理解することが出来なかった。

こんな事は初めてだと、珍しく動揺していた珍獣の姿をほむらは今でも覚えている。

 

だが、ほむらには自分の身体がこうなってしまった原因として、思い当たる節が一つだけあった。

 

そう、それは―――

 

「時間遡行の反動、か…」

 

時間遡行―――

 

それは、ほむらが“彼女”を救う為にと何度も繰り返してきた行為であり―――

 

“彼女”を苦しめることになった最大の要因、そう…彼女は考えていた。

 

“彼女”の絶望の運命を変えようと、ほむらは同じ時間を繰り返し続けた。

それはもう数えるのが嫌になるほどの数を、彼女はやり直し続けてきたのだ。

 

結果的にその行為が、“彼女”に因果を集中させることになるとは気付かずに…。

 

今のほむらに、時を戻す力は無い。

あの能力は元々“あの”一ヶ月間限定の能力であり、この世界での彼女の能力はまた『別物』であった。

 

しかし、それでも…自分の身体には、時間遡行の影響が残ってしまっていると彼女は思う。

それはまるで、“彼女”を『人』として救うことの出来なかった自分への―――

 

―――科せられた罰であるかのように

 

「未だに僕は信じられないけどね」

 

「君が『今の世界』じゃない場所で、時間遡行を繰り返してきたなんて」

 

自分はそうだと納得しているものの、当然だが周りの人達は誰も信じてくれない。

 

この珍獣にしても、また然りである。

 

「あなたが信じなくても、事実よ」

 

とは言うものの、以前の世界の事を覚えていない彼女以外の人達にとって、その話は夢物語でしかない。

 

そんな事はほむらも分かっている。

だから、彼女はこの話を積極的にしようとは思っていない。

 

ゆまにすら、詳しいことは話していないのだ。

 

「確かに、そう考えた方が君の身体のことは納得できるけどね」

 

「まあ、いいじゃないか。魔法少女としては身体が若いままの方が色々便利なんだし」

 

「それはそうだけど…」

 

確かに、戦闘に関して言えば今の状態は願ってもないことだ。

元々身体能力が高くないほむらにとって、年齢による衰えがない事は正直有難かった。

 

色々不便なことはあるが、キュゥべえの言う通り魔法少女として考えれば悪いことばかりではないのかもしれない。

 

そう、このインキュベーターの言うとおり…

 

「…」

 

そこで、ようやくほむらが気付く。

 

いつの間にか、この白い珍獣が自分のすぐ後ろにいた事に―――

 

「どうかしたかい?」

 

そう、目の前…つまり、浴室の中にキュゥべえは入ってきていた。

 

更に言えば、ほむらは現在シャワーを浴びている。

先程も話した通り、彼女は今生まれたままの姿だ。

 

そしてキュゥべえは今、裸の彼女の後ろに立っている。

つまり、彼女の裸はこの珍獣に丸見えというわけだ。

 

そして…それらの事から、彼女が導き出す答は――――

 

「…」パン

 

「」パタン

 

―――これである

 

「…銃で撃つのは止めてくれといつも言ってるじゃないか」キュップイ

 

「何処から沸いた」

 

「それを僕に聞くかい?」

 

ほむらは人のモラルというものが通用しないキュゥべえに、魔法で取り出した拳銃を向ける。

一匹は仕留めたものの、案の定すぐに別の珍獣が涼しい顔をして沸いてきた。

 

いつの間に入ってきたのかと、ほむらは内心驚いていた。

普段はこの珍獣の気配にすぐ気付くのだが、シャワーを浴びていたせいか完全に油断していたのだ。

 

「…時と場所を考えなさい」

 

「裸を見られたことを気にしているなら心配いらないよ」

 

「僕達に性別の概念はないからね」

 

事態を把握しているのかいないのか、キュゥべえは言い訳にすらならない見当違いの事を言ってくる。

 

既にこの珍獣とは長い付き合いのほむらだが、こういう部分に関しては未だに馴れなかった。

もっとも、馴れてしまったらそれこそ終わりなののだが…。

 

「…はあ、もういいわ」

 

「何か用?」

 

念の為、浴室の近くにあったハンドタオルで素肌を隠し、ほむらはキュゥべえの前に立つ。

 

キュゥべえが来たということは、自分に何かしら用があるということだとほむらは分かっていた。

 

「一応、君に報告しておこうと思ってね」

 

「『彼』がさやか達のことを調べ始めた」

 

「!!」

 

『彼』…それは勿論、タツヤの事だ。

ほむらほどではないが、姉である『彼女』のことを微かに覚えている少年。

 

彼がさやか達のことを調べたと聞いて、ほむらは目を見開き驚きの表情を浮かべる。

何故、彼が彼女達の事を…と。

 

「先に言っておくけど、今回僕は特に干渉してないよ」

 

ほむらはこの珍獣がまた何か吹き込んだのではと考えたが、それはあっさりと否定される。

 

少年はどうやってさやか達のことを知ったのだろうと、ほむらは疑問を抱く。

 

「学校の先生に聞いたみたいだね」

 

「後は、上条恭介にも話を聞いたようだ」

 

「…」

 

彼女の心を読んだのか、タツヤがさやか達のことを知った経緯を話し始めるキュゥべえ。

自分の考えをこの珍獣に見透かされ、ほむらは少しだけ眉間に皺を作る。

 

学校の先生…もとい早乙女先生のこと、そして上条恭介。

タツヤの周りにその2人が居るということを、彼女は失念していた。

 

その2人からどんな風に話が流れたのかをほむらは知らない。

だが、さやか達のことは新聞記事にもなった為、ある程度の情報はタツヤの耳に届いただろうと彼女は結論付ける。

 

そして、恐らくタツヤは気付いたのだろう。

自分達魔法少女が、その事件に関わっているということに…。

そう、ほむらは考える。

 

「そう」

 

「あまり驚いてないね」

 

「何となく、予想はしてたわ」

 

ほむらも、多少は驚いていた。

同時に、あれほど魔法少女に関わるなと言ったのにという憤りも感じている。

 

だが、彼女も心の何処かで予感していたのだ。

あの少年であれば、“あの事件”のことまで辿り着いてしまうのだろうと―――

 

あの少年は…『まどか』の弟なのだから―――

 

きっとこれも、あの少年の『運命』なのだろうと珍しく彼女は納得していた。

 

しかし、ほむらは思う。

それが例え『運命』だったとしても、あの少年を危険に晒させるわけにはいかない。

あの少年だけは自分が守る…と。

 

「そうかい」

 

「まあ、話はそれだけさ」

 

「用が済んだのなら出て行ってくれる?」

 

話が終わったにも関わらず、キュゥべえは一向に浴室から出て行こうとしない。

 

そのせいでまともにシャワーも浴びれないと、不満を顔を出すほむら。

 

「何故だい?」

 

「…」

 

先程は自分の考えていることが分かっていたのに、どうしてこの時だけ理解出来ないのかと苛立ちを隠せないほむら。

 

そう考えるとどこぞの変質者よりも、ある意味この珍獣の方がタチが悪いような気がしてくる。

 

ほむらは、魔力を使ってでも無理矢理追い出そうかと考える。

しかし、こんなところで魔力を使いたくないと彼女は頭を悩ませた。

 

「あ、身体のことを気にしてるのかい?」

 

しかし―――

 

「女性はいつもそうだね。自分の乳房の大きさを常に気にしている」

 

「…」

 

「あんな物ただの脂肪の塊じゃないか。どうしてそんなに大きさにこだわるんだい?」

 

「……」

 

「ほむらくらいの方が動きやすくて戦う上では有利な筈だよ」

 

「………」

 

「ゆまも最近また大きくなったって嘆いていたよ。肩が凝りだしたとも」

 

「…………」

 

…………………プチン

 

ドッドッドッドッドッドッガッガッガガッガッガッガッガッガッガッガッバンッバッバンッバンッバンッバッバンッバンッ

 

「」

 

「…さて、浴室から出ましょう」

 

ほむらはキュゥべえを亡き者にした後、ハンドタオルで身体を軽く拭き浴室から出る。

本当はもう少しシャワーを浴びておきたかったようだが、シャワーヘッドを壊してしまった為…浴びるに浴びれなかった。

 

後で魔法を使って直しておかないとと、ほむらは溜息を付く。

 

「…わけがわからないよ」

 

ほむらを怒らせるとどうなるか、この珍獣も分かっている筈なのに…この台詞である。

特に身体の事は禁句だと何度も言っている事なのだ。

 

この珍獣は『感情』がないため…そんな事は無駄な事なのかもしれない。

だがそれでも…もはや、この珍獣はワザとやっているのではと思ってしまうレベルであった。

 

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

 

浴室から出た後、バスタオルで身体を拭き寝巻きに着替えるほむら。

 

寝巻きと言ってもいつも着ている服より少しラフな格好というだけで、別に特別なものを着ているわけではない。

何時魔獣退治の為に外に出ることになるか分からないからだ。

 

「僕は君のフォローをしたつもりなのに…」

 

「黙りなさい」

 

いつの間にか復活していたキュゥべえを一蹴しつつ、ほむらは冷蔵庫から適当に飲み物と食べ物を取り出す。

だいぶ遅くなったが、これから夕食である。

 

彼女からしてみれば、日付が変わっていないだけマシであった。

 

\♪~/ \♪~/

 

しかし、ほむらが食事に手を付けようとした時、近くに置いてあった携帯が鳴り始める。

彼女は止まるまで待っていたのだが、予想に反して中々鳴り止まない。

どうやらメールではなく電話のようだ。

 

「ん?ほむら、君の携帯が鳴っているよ」

 

「あなたに言われなくても分かってるわよ…」

 

キュゥべえに指摘されるまでもなく、ほむらは鳴り続けている携帯に手を伸ばす。

 

こんな時間に誰だろうと、彼女は相手を確認するため携帯のディスプレイに視線を移した。

 

「…!!」

 

しかし――――

 

ほむらは、相手の名前を確認して…思わず目を見開く。

携帯を操作しようとする手を止め、喉まで出かけていた言葉を思わず飲み込んでしまう。

 

「…」

 

そして、彼女はディスプレイを見つめたまま…その場で固まってしまう。

 

電話に出るわけでもない、かといって電話を切るわけでもない。

ただただほむらは、手に持った携帯を見つめ続けるだけとなっていた。

 

\♪~/ \♪~/

 

\♪~/ \♪~/

 

「どうかしたかい?」

 

「…」

 

「出ないのかい?」

 

そんなほむらの異変に気付いたキュゥべえが、不思議そうに首を傾げてくる。

どうして電話に出ないのか、何故携帯を見つめたまま動かないのか、とほむらに向けて言葉を並べた。

 

そんな珍獣の減らず口を叩かれても、なお彼女は電話に出ることができない。

 

なぜなら、電話の相手は―――

 

\♪~/ \♪~/

 

\♪~/ \♪~/

 

静かな部屋の中で響き続ける携帯の着信音が、五月蝿く聞こえる。

それほど大きい音ではないのだが、ほむらには…まるで巨大なスピーカーから流れているように聞こえた。

 

「ほむ…」

 

「五月蝿い」パン

 

「」ドサ

 

苛立ちをぶつけるように、彼女はキュゥべえに銃を向け発砲する。

 

電話は未だに鳴り続けており、止まる様子はない。

ほむらは流石にそろそろ出ないとと、気まずい表情を浮かべる。

 

彼女にとって、この電話の“相手”に出ることは正直気が進まなかった。

 

「…」

 

それでもほむらは鳴り続ける電話に出る為、ゆっくりと携帯を耳元へと近づけた。

 

ピッ

 

「…もしもし」

 

電話に出ると彼女は無愛想に言い放ち、そのまま無言で相手の反応を待つ。

永遠と電話を鳴らしていたわりには、いざほむらが出ると相手は何も言わずに黙り込んでしまう。

 

しかし、そんな事が起きてもほむらは驚かなかった。

 

仕方ないのかもしれない。

『あの人』は、そういう人だから、と――――

 

そう…ほむらは、この電話の主のことを知っていた。

 

恐らく、誰よりも―――

 

『やっと出てくれたわね…』

 

『ほむらちゃん』

 

なぜなら、電話の相手は―――

 

「何か用?」

 

「…母さん」

 

―――彼女の…母親だったのだから

 

『え…と、その…ね?』

 

「用がないなら切るわよ」

 

『あ、ま…待って!!』

 

『げ、元気にしてる?』

 

語尾を強くするほむらに、怯みながら話す母親。

電話越しでも、ほむらはビクビクと体を震わせながら受話器を持っている自らの母の姿が手に取るように分かった

 

ほむらの母は、とにかく臆病な人だ。

近所に住んでいた小さな犬に吠えられただけで、逃げ出してしまいそうになる人であった。

 

それにしても、自分の娘に怯えてどうするのかとほむらは心の中で溜息を付いた。

 

「元気かと聞かれれば、元気よ」

 

相変わらずの母にぶっきら棒に答えるほむら。

だが、普段はこんな感じの彼女の母でも昔はCAとして働いていたそうだ。

 

CAとしての彼女の母は以外にも人気があったらしく、一部には隠れファンもいた。

 

彼女の母は、ほむらでも一瞬見とれてしまいそうになるほどの綺麗な黒髪。

そして、残念なくらい控えめな胸…。

 

更に、一昔前の世代が掛けるような地味な眼鏡が特徴であった。

 

そんな彼女の健気に仕事に取り組む姿が、男性客には評判だったそうだ。

父親とも、出会いは機内であったとほむらは聞いている。

 

そんな彼女もほむらが入院していた頃は、国際線に乗りあちこちを飛び回って必死にお金を稼いでいた。

ほむらの心配が無くなった今では、現役を退き専業主婦として夫を支えている。

 

『そ…そう…』

 

「話はそれだけ?」

 

『え?いや、あの、その…』

 

再び、彼女の母は口籠り…何かを言いたそうに電話越しに呟いている。

 

惚けてはいるが、ほむらは母が自分に電話を掛けてきた理由を大体は理解していた。

 

幾度も“その話”で電話が来たことがあるのだ。

そのため、今回もそのことなのだろうと彼女はたかを括っていた。

 

『…お金、またこっちに送ってきたのね』

 

「…」

 

しばらくして、彼女の母がゆっくりとした口調で本題を切り出す。

話の内容は、やはり彼女の予想していたものであった。

 

そう、それは彼女が行っている“仕送り”の話―――

 

『ねえ、ほむらちゃん?いつも言っているけど』

 

『お金のことなら、気にしなくても…いいのよ?』

 

ほむらは宗一郎の店で稼いだお金の殆どを、両親の下へと送っている。

生活できる最低限の金額だけを彼女は手持ちに残し、後は全て両親に渡していたのだ。

 

そうやってほむらがお金を送ると、きまって母から電話が掛かってくる。

どうしてこんなことをするのか、と…。

 

その答は、色々とあった。

だが、彼女にとって最大の理由といえば…やはり―――

 

『あなたは、自分の入院費のことで私達に迷惑を掛けたと思っているんでしょうけど…』

 

母にも見透かされている通り、一番の理由は彼女の…かつての治療費である。

ほむらが魔法少女になる前は、とにかく身体が弱かった。

元々心臓の血管が細く発作を起こしやすい体質だった彼女は、小さい頃から病院の入退院を繰り返してきた。

 

その度に彼女の両親は、金銭面で相当の負担を強いられてきたのだ。

それでも、二人が共に一生懸命働いて稼いだお金で、何とかやりくりすることができていた。

 

『私達は、あなたの事で迷惑だと思ったことなんて一度もないのよ?』

 

「…」

 

『自分の娘のことですもの』

 

本来温厚である筈のほむらの母が、珍しく強い口調で訴え掛けてくる。

しかしそれでも、いつも彼女を包み込んでくれる…母の優しい声は、変わっていない。

 

『あんなに病弱で、何人ものお医者さんに見放されてきたあなたが…』

 

『今でもこうやって、生きていてくれる』

 

『それだけで、私達は幸せなの』

 

「…」

 

ほむらは、そんな母の言葉を…黙って聞き続けることしかできなかった。

 

『だから…だから…』

 

「勘違いしないで」

 

しかし、ほむらは今にも泣きそうな声で続ける母を遮るように声を荒らげる。

 

まるで、これ以上母の言葉を聞きたくないと言うように…

自分には、その『資格』が無いと言うように―――

 

『え?』

 

「私は、別にあなた達の事を思ってお金を送っているわけじゃない」

 

「全部、自分の為よ」

 

「私はあなた達にいつまでも両親面されたくないだけ」

 

「変な誤解されても困るわ」

 

冷たく、どこまでも冷たく―――ほむらは本心には無い言葉を続ける

 

先程からほむらは胸の辺りがチクリと痛むのを感じる。

それは、心臓が悪かった時とは…また、別の痛み。

 

こんな事、彼女は本当は嘘でも言いたくなかった。

いくら感謝してもし切れない両親に対して、こんな仕打ちみたいな真似をするなどあり得ないと…。

 

だが、それでも彼女は続ける。

 

ごめんなさいと、言いたい気持ちを必死に抑えながら…。

 

そう、自分はもう―――

 

『ほむらちゃん…』

 

『で…でもね、あれだけの大金を毎月…』

 

『ほむらちゃん、ちゃんと生活できてる?将来のために貯金はちゃんとしてる?』

 

自分は…もう、人間じゃないからと―――

だから、貴方達の娘であった『人間』暁美ほむらはもういない。

 

今いるのは『魔法少女』暁美ほむらだけ―――

 

「止めて」

 

「今更…親の顔しないで」

 

だから、こんなにも…酷いことが言えてしまう。

 

『 !! 』

 

『…ごめんなさい』

 

『そうよね…今更過ぎるわよね…』

 

ほむらの声を聞いて、彼女の母の声のトーンが一気に落ちていく。

謝ってくる彼女の声は、今にも泣き出してしまいそうなほど弱々しいものであった。

 

『あなたがそんな風になるまで放っておいたのは…』

 

『…私達、だものね』

 

母の言葉に、ほむらは違うと無言のまま否定する。

貴方達が放っておいたのではない。

 

自分が―――貴方達から離れたのだと

 

彼女の両親は、今まで何度も彼女にまた一緒に暮らそうと言ってきていた。

でも、その度に彼女はそれを拒絶し続けてきたのだ。

 

両親に…自分の秘密を知られてはいけないと。

もし、知られてしまえば…自分の両親を戦いに巻き込んでしまえば…。

 

自分は、今度こそ自分の運命を呪ってしまうと。

そして、『あの娘』が築いてきたこの世界を…嫌いになってしまう、と。

 

だから、貴方達のせいではない。全ては自分の責任だと…悪いのは自分なのだと…。

 

「…用事が済んだなら、切るわよ」

 

ほむらは、心の底からそう叫びたかった。

だが…それでは、意味がないからと彼女は必死に自分を押し殺す。

 

そして、ほむらは母を冷たくあしらった。

 

『ちょ…ちょっと待って』

 

ピッ

 

そして、話していられなくなった彼女は、母の言葉を聞かずに電話を切る。

 

これ以上は…恐らく、自分自身がもたないと――――

 

「…」バフ

 

電話を切った後、ほむらは携帯を机に置きそのままベッドに寝転ぶ。

 

話しただけにも関わらず…彼女はどっと疲れたような感覚に襲われる。

用意していた食事にも、手を付けることが出来なかった。

 

今日はこのまま寝てしまおうかと、ベッドの上でグッタリしてしまう。

 

「良かったのかい?」

 

ほむらがベッドから天井を見上げていると、突然カーテンが揺れ、そこに珍獣のシルエットが浮かび上がる。

そこから現れたキュゥべえは、ゆっくりと彼女へと近付いてきた。

 

「何がよ…」

 

「今のは君の親という奴なんだろ?」

 

ベッドの下から不思議そうにほむらを見上げてくるキュゥべえ。

 

話を聞かれていたことに、彼女は最早何の感情も沸かなかった。

何故こんな奴に自分の親のことを言われなければならないのかと、少し苛立ちはしたが。

 

「良いのよ」

 

「あの人達は…もう私の家族じゃない…」

 

「だから…」

 

そう、これで良い…とほむらは自分に言い聞かせるように小さく呟く。

普段から両親達と距離を取っておけば、例え自分の身に何かあったとしても両親達にも迷惑を掛けることはない。

 

親不孝者が馬鹿をやっただけで済まされる筈だから…と。

 

「そうかい」ピョン

 

ほむらがそう言うと、キュゥべえはベッドの上へと飛び乗る。

 

そして、何故か彼女の顔を覗き込む。

 

その顔に、酷く不思議そうな表情を浮かべながら―――

 

ほむらはその姿を見て、自分の顔がどうかしたのかと不満を顔に出した。

 

「じゃあ、どうして君は電話の最中ずっと」

 

「涙を流していたんだい?」

 

「…え?」ツー

 

ほむらの顔を目の前にして、キュゥべえが呟く。

彼女は、慌てて自分の頬に手を当ててみた。

 

そして―――彼女は、初めて気付く

 

彼女の頬に、何か“暖かいもの”が流れていたことに―――

 

「僕には君の言動とその涙が酷く矛盾しているように思えるよ」

 

「人間は、悲哀の感情を涙で表す種族だろ?」

 

「…」

 

ほむらは唖然となる。

いつから、自分はこれを流していたのだろう。

必死に親への想いを断ち切って、非情になろうと決意していたのに、

自分の身体は…それを無意識の内に拒絶していたというのだろうか…と。

 

『お母さん…』

 

「(!!)」

 

そう、彼女が自身の変化に混乱している時だった―――

 

自分の中の奥底から―――声が聞こえてきたのは

 

「(…え?)」

 

その声に気付いた時、ほむらは周りが突如として真っ暗になるような感覚に陥った。

 

自分の部屋に居たはずなのに、気付けば―――周りには何もなくなっている

 

壁などの仕切りもなくなり、ただ暗闇が永遠と続いているような世界が彼女の前に広がっていた。

 

まるで、今いるこの場所にはほむら以外の生物が存在していないかのような―――

 

『お母さん…声震えてた』

 

『私、酷いこと言っちゃったんだよね…』

 

「(…)」

 

その暗闇の中で、ほむらは再び声を聞く。

 

それは、彼女の母同様…とても弱々しい声だ。

声を震わせながら、ほむらが伝えられなかった母への悲痛な想いを…この暗闇で響かせる。

 

『ねぇ…』

 

『心が…痛いよ…』

 

「(止めて…)」

 

尚も、ほむらを追い詰めるように響き続ける声。

耳を塞いでも、その声が止むことはなかった。

 

彼女に直接訴えかけるように、彼女の本当の気持ちを代弁するように―――

 

その声は、暗闇の中で木霊する。

 

この声を聞くと…彼女は、胸の辺りが絞めつけられているような痛みを感じる。

 

『あなたも…だよね…』

 

「(止めて…)」

 

ほむらに訴え掛けてくるように、その声は少しずつ大きくなっていく。

次第に脳に声が直接響き渡るようになり、耐えられなくなった彼女は頭を抱え、その場に蹲った。

 

しかし、そんなほむらに追い討ちを掛けるように、暗闇の中から何かが近付いてくる。

彼女のことを苦しめる…その声と一緒に―――

 

『だって、あなたは…』

 

暗闇から姿を現し、ほむらを見つめていた声の主は―――

 

『私、なんだもん…』

 

弱々しかった頃の…ほむら。

 

そう、彼女曰く…『人間』だった頃の―――自分

 

眼鏡を掛け、髪を結い、不安そうな表情を浮かべ、全てにおいて弱々しかった“あの頃”の彼女。

 

そしてそれは、彼女自身が自分の中の奥底に仕舞い込み…ひた隠しにしてきた…

 

本当の―――

 

「止めて!!!!!」バンッ

 

「うわ!?」

 

「もう…止めて…」

 

もう1人の姿が目に入った瞬間、ほむらは大声を挙げる。

 

気付けばそこは暗闇の中ではなく、珍獣のいる彼女の部屋になっていた。

 

「ど、どうしたんだい…ほむら?」

 

「…」

 

「…僕、もう行くよ」タッタッ

 

流石のキュゥべえもほむらの雰囲気に気圧されたのか、逃げるように姿を消す。

 

しかし、ほむらはキュゥべえがいなくなったことにさえ気付かず、ベッドの上で蹲っている。

自分の部屋にいるはずなのに彼女は、まだ暗闇の中にいるような感覚であった。

 

彼女は胸の奥底が苦しくなり…部屋の中の筈なのに、凄い寒気を感じた。

自らの身体に毛布を巻いても、それは変わる事はなかった。

 

「ごめん…」

 

「ひっく…ごめん、なさい…」

 

「お母、さん…」

 

自分の奥底から溢れ出る感情を抑えきれず、ほむらは搾り出すように声を上げる。

瞳からは大粒の“何か”が頬をつたって流れていた。

 

今更母に向かってそんな事を言っても、手遅れであることは彼女も分かっている。

どんなに謝ろうと―――自らの犯した罪は消えることはない

 

「寒い…」

 

そう、ほむらは小さく呟く。

 

寒い、本当に寒い…と。

 

自分で自分の身体をいくら抱きしめても…寒気が治まる事はなかった。

 

今の彼女には、この寒気の理由も…あの暗闇の正体も…何もかもが分からない。

 

彼女は、あの時からずっと…迷子のままなのかもしれない。

 

『まどか』という最大の道しるべを無くし――――

 

『仲間』という道しるべすらも彼女は失っていたのだから――――

 

彼女は思う。

“あの時”自分が『彼女』の行動を止めていれば…どうなっていたのだろう。

『彼女』が“人”のままこの世界に居てくれたら、今頃自分はどうなっていたのだろう…と。

 

その『世界』は…果たして夢のような“天国”なのか…

それとも―――

 

魔獣が現れない夜、魔法少女にとって安らぎを得られる貴重な夜。

だが、ほむらにとってその夜は―――自分を苦しめる暗闇の世界なのかもしれない。

 

今夜は、多分眠れないだろうと…ほむらは静かに悟った。

 

 

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