魔法少女まどか☆マギカ~After Ten Years of History~ 作:イデスツッラ
―――――――――――――――――――――――――――――――
そして―――
「はぁ…」
「お前何処まで行くんだよ…」
あれからタツヤは、織莉子から渡された水晶玉をひたすら追いかけていた。
彼女と別れてから、もう随分と時間が経つ。
歩き始めた頃はまだ空が青かったが、今はその空も黄金色に染まりつつあった。
それなのに、水晶玉は未だに目的地に着く様子を見せない。
少年は一体自分が今何処の道を歩いているのかさえも、分からなくなってきていた。
「って此処道ないじゃん」
とうとう水晶玉は整備された道を外れ、雑草だらけの道なき道を移動し始める。
タツヤは本当にこの先にゆまがいるのだろうかと、いよいよ不安になってくる。
この水晶玉は一体何処に向かおうとしているのか…と。
「って、ん?」
しかし、そんな事を少年が呟いていると、視線の先に何か看板のようなものを見つける。
水晶玉もその看板の方角へと進んだため、少年は一緒に近付き看板の内容を読み上げた。
「『この先私有地に付き、立ち入り禁止 美国家』」
この看板は、織莉子によって立てられた物だった。
一見すると何もないような場所だが、此処は彼女の私有地である。
この先に、ゆまがいるのだろうかとタツヤは更に奥へと進んでいった。
「この先に何があるってんだよ…」
看板の内容と水晶玉の案内を信じ、ひたすらに道無き道を進んでいくタツヤ。
暫く歩くと、次第に人が通っているような草木の生えていない場所に出る。
そこには、人が頻繁に出入りしている痕跡が残されていた。
やはり、この先には何かがあるのだろうか。
そう考えたタツヤは、水晶玉と共にその道を更に進んでいく。
「あれ?何か建物が…!!」ダダッ
その後、歩いた先に大きな建物が建っている。
ようやく目的地に着いたのかと、タツヤはその場から一気に駆け出し、その大きな建物の目の前に辿り着く。
そして、そこに立っていたのは―――
「…教会?」
―――もう何年も使われていないような…古い教会だった。
「また随分古い建物だな…」
建物自体は相当年季が入っており、様々な部分にガタがきている。
とてもではないが、人が通っているような場所ではない。
周りを見回しても他に建物は建っておらず、草木が広がっているだけだ。
そんな中、1つポツンと建っているこの教会は、何処か不思議な雰囲気を醸し出していた。
「あ…水晶が」
そしてこの協会に辿り着くと、水晶玉は役目を終えたかのようにその場から消えてしまう。
恐らく、この場所が目的地なのだろう。
「…此処にゆまさんがいるのか」
こんな建物に一体何の用があるのだろうと、タツヤは疑問を抱く。
一見特別な建物のようにも見えない、と。
織莉子は此処に来れば、魔法少女の事を知ることになると言っていた。
此処が魔法少女に関係する場所だという事は間違いないだろう。
「とりあえず、中に入ってみるか」
教会の中に入るため、タツヤは扉の前に立つ。
古い建物ではあるが、入り口付近はしっかりと整備されている。
扉にも人が出入りしている痕跡が残されていた。
タツヤは、期待と不安を胸に抱きながら扉に手を掛ける。
そのままゆっくりと、扉を開けた。
ギギギ…
「うわ、なんだ…此処…?」
扉を開けた瞬間、タツヤは教会内に広がる光景に驚愕する
なぜならそこは…教会というよりも―――
「…花畑だ」
そう、扉を開けると…
そこは確かに建物の中の筈なのに、辺り一面を埋めつくすように、花が植えられていたのだ。
どうしてこんな建物の中に、これだけの花が敷き詰められているのだろう。
タツヤは自分の周りに広がる光景に、目を見開く。
驚くことは、それだけではない。
此処の花達は室内に植えられているにも関わらず、全ての花が綺麗に咲いていたのだ。
成長に必要な日光が、ステンドガラス越しでは届かないような場所なのに…だ。
「(…ってあれ?あのステンドガラスの下に何かあるぞ)」
タツヤは視線をステンドガラスの方へと向けると、その付近に何かが立っているのを見つける。
それが何なのかを調べるため、少年は花を踏まないようにして前に進む。
段差があるところまで歩みを進めると、それが何であるかが判明した。
「…十字架?」
それは、十字架のように形作られた5つの石碑だった。
石碑の下には此処に植えてある花が飾られており、タツヤからはよく見えないが何か文字が刻まれている。
そう、それはまるで…
誰かのお墓であるかのように―――
「あ…」
「タっくん…?」
「え…?」
タツヤがその十字架に気を取られていると、彼の後ろから声が聞こえる。
その声に反応するように、少年は後ろを振り向く。
すると、教会の扉の前に人が立っていた。
誰かと一瞬思ったが、タツヤは直ぐにその自問に答を出す。
何故なら、その呼び方で少年を呼ぶ人物は1人しかいなかったから。
「どうして…此処に…」
「ゆ、ゆまさん…」
そう…扉の前には、ゆまが沢山の花を両腕に抱えて立っていた。
ゆまは目を見開き、かなり驚いている様子だ。
無理もないだろう。
この場所にいる筈のない人間が、目の前に現れたのだから。
タツヤでさえ当初は、こんな遠くまで訪れる気がなかった。
色々なところを巡りに巡った結果、こんな場所にまで辿り着いてしまった形だ。
「ゆ…ゆまs」
とりあえず、未だ棒立ち状態のゆまに声を掛けるタツヤ。
流石のゆまも、状況の把握に時間が掛かっているようだった。
彼女に自分のペースを乱される前に、此方から話を切り出してしまおうと
そう、タツヤは考えた。
だが…
「わああああああ、たっくんだぁぁぁああああああ!!!」ダキッ
「って、またかぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!」
ゆまは抱えていた花を手放し、一気にタツヤとの距離を詰めてくる。
そして、前回見滝原で会った時と同じように思いっきり抱きつかれてしまう。
これってデジャブ?と、タツヤは思わずにはいられなかった。
「どうしたの?なんで此処にいるの?というかどうして此処が分かったの?」
ゆまは抱きついたまま、タツヤに色々と質問を投げかけてくる。
「分かった!!分かったから!!!説明するから放せっ!!!!」
それを、必死に引き剥がそうとするタツヤ。
体には何か柔らかいものが当たっていたが、タツヤはそれを意識しないよう必死に気を逸らそうとする。
結局、タツヤがゆまを引き剥がせたのは…それから暫くしてからであった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
「織莉子が?」
「…えぇ」
ゆまを引き剥がしたタツヤは、彼女に事情を説明する。
織莉子のこと、此処まで来た経緯、あの記事のこと、そして魔法少女のこと。
それぞれを掻い摘んで、彼女に話した。
「あんたが俺の事色々と勝手に話してるってことも聞きましたよ?」ジトー
「あははー」のワの
「おい誤魔化すな」
色々と織莉子に言いふらしていることを指摘すると、ゆまは少年から目を背ける。
惚け方があまりに露骨過ぎると、タツヤは溜息を付いた。
まあ、悪気はないのだろうとこれ以上の追及は止めておいた。
「まあいいじゃん、細かい事はさー」
「(細かくねー…)」
全く反省の色を見せないゆま。
彼女を見ていると、段々と怒ることが馬鹿らしくなってくる。
いっそ諦めてしまった方が、余計なことを考えずに済むと思えてくるのだった。
「…で」
「此処、何なんですか?」
今はそんなことより、タツヤは目の前に広がるこの光景の事が知りたかった。
見たところ、外観は古い教会のようだが中に入ってみると、そこには沢山の花が植えられていた。
そして、奥には十字架の形をした石碑がいくつか立てられている
此処が、ゆま…更には魔法少女にとってどんな意味を持つ場所なのかが、タツヤは聞きたかった。
「ん?ああ、此処はねー…」
「私の、思い出の場所なんだ」
ゆまは周りを見渡しながら、静かに呟く。
その場に腰を下ろし、物思いに耽るように花を撫で始めた。
「思い出の場所?」
「そ、前に話したよね。私の大切な人の事」
「その人との思い出の場所なの」
大切な人―――
以前会った時、ゆまが話してくれた人のこと。
ゆまは、その人を守るために魔法少女になった。
その時は、タツヤはその人物がどういう人なのかが分からなかった。
だが、今は…
「佐倉杏子さん、ですか」
「えっ!?どうしてそれを」
タツヤがその名前を口に出すと、鳩が豆鉄砲を食らったような表情を見せるゆま。
彼女の大切な人、それは佐倉杏子のこと。
最初にゆまを引き取り、彼女に魔法少女としての戦い方を教えてくれたという人物。
佐倉杏子を守るために、彼女は魔法少女になったのだ。
「いや、織莉子さんが…その、色々教えてくれたので」
「織莉子め~、余計な事を」グヌヌ
ゆまは恨めしそうに呟き、拳を震わせる。
一見、明るく振舞っているようにも見える。
だが、少年はあまり人に触れて欲しくない事だったのかもと少しだけ心配した。
何故なら、佐倉杏子は…もう、この世にいないのだから―――
「ゆまさん、あの…」
「ん?どうしたの?」
以前、ゆまは言っていた。
守れる力を持っていたとしても―――
必ず守れるとは限らない、と―――
この言葉には…佐倉杏子を死なせてしまったという自責の念が込められていたのではないか。
真実を知ったタツヤは、そう考えていた。
彼女を守るために魔法少女になったのに、結局守りきることができなかった。
自分だけが、生き残ってしまった。
そんな後悔が、彼女の中にはあったのではないかと―――
「…」
身近な人が死んでしまうという事は、一体どんな感覚なのだろう。
ただでさえ、仮にも実の両親だった人達を亡くしていたというのに
自分を引き取ってくれた人物まで…こんなことに…。
普段は明るく振舞っているが…彼女は、どれだけの『悲しみ』を背負っているのだろう。
人知れず、どれだけの涙を流してきたのだろう。
どんなに考えても、タツヤにそれを想像することができなかった。
「はは~ん、さてはまた辛気くさい事を考えてるんでしょ?」
「えっいや、その」
タツヤが永遠と黙っていると、何かを察したかのようにゆまが呟く。
図星を付かれてしまい、タツヤは軽く慌ててしまう。
彼女も中々に鋭い。
というより、少年の表情がもの凄く分かり易かったように見えた。
「相変わらず優しいな~たっくんは」
「いや、俺は別に…」
笑顔を浮かべるゆま。
気恥ずかしくなってきたタツヤは、思わずこの人から目を背けてしまう。
「…ありがと」
「えっ」
だが、小さくそう呟かれ少年は直ぐにゆまに視線を戻す。
するとゆまは、とても柔らかい笑みを浮かべていた。
だが、それと同時に…
少しだけ、本当に少しだけ…寂しそうな表情を浮かべていたのだ。
「でも、私は大丈夫だよ」
「いつまでも、後ろを振り返ってちゃ駄目だもんね」
「ゆまさん…」
空を見つめるように、天井を見上げながら呟くゆま。
こういうところを見ると、本当に彼女は強いのだなとタツヤは思う。
織莉子の言うような支えは、要らないのではないかというくらいに―――
それでも、織莉子の頼みを無下にするような事はタツヤは絶対にしないのだろう。
「それでさ」
「此処はね、杏子とその家族の教会なの」
その後、ゆまはタツヤにこの教会について話し始める。
此処は、神父である佐倉杏子の父親の教会だった。
佐倉杏子の父親は正義感が強く、常にこの教会で信者の人達に命の尊さについて説いていたという。
そんな父親のことを佐倉杏子はいつまでも尊敬していたのだと、ゆまは少年に話す。
「本当は、あの事件があった後、此処も取り壊しになる予定だったんだけど…」
「織莉子が土地ごとこの教会を買い取ってくれたんだ」
「家族の遺産とか使ってね」
「へぇ…」
此処に来る前に立ち入り禁止という看板が立っていたのは、そういう経緯があったからだ。
織莉子は…自らの財産を投げ打ってまで、ゆまの思い出を護ったのだ。
改めて、彼女の行動力には感嘆を覚えるタツヤ。
「でも、何でこんな花が沢山」
「それに、どうしてこんなに綺麗に咲いて…」
そう、此処の教会は普通ではない。
信者の人が座るであろう椅子などは一切なく、ただただ地面に花が植えられているだけ。
そして、室内であるにも関わらず、花が1つ1つ綺麗に咲いているのだった。
これは一体どういう事なのだろうと、少年はゆまに疑問をぶつける。
「それは…今此処が」
「私達の『終わりが始まる場所』…だから」
「え?」
問いに対して、ゆまはゆっくりと口を開く。
彼女は言った。
此処は、終わりが始まる場所だと―――
しかし、その言葉の意味をタツヤは理解することは出来なかった。
「何、それって…どういう」
「口で説明するより、実際に見てもらった方が早いかな」
「こっち来て」グイ
「あ、は…はい」
ゆまはタツヤの手を取り、そのまま教会の奥へと進んでいく。
何がなんだか分からないタツヤは、ただゆまに付いていくだけとなっていた。
そのまま教会の段差を登り、ステンドガラスの下まで足を進める。
目の前には―――例の十字架の形をした石碑が立っていた
「ほら…ね?」
ゆまは石碑の前で足を止め、タツヤにそれを見るように促す。
石碑は前方に4つ、後方に1つ並んでいた。
「こ、これって…」
改めてその石碑を確認し、そして…少年は声を漏らした。
先程は少年の位置からはよく見えなかった、石碑の文字を―――
今…はっきりと読み取ることができた。
―――SAYAKA―――
―――KYOKO―――
―――MAMI―――
―――KIRIKA―――
―――前方にある4つの石碑には、人の名前が刻まれていたのだ
そして、その名前とは…
「記事に載ってた…少女の名前」
さやか、杏子、マミ、キリカ。
ローマ字で刻まれている名前は全て、例の記事に載っている魔法少女の名前であった。
それは、まるで…彼女達の―――
「そ」
「まあ強いて言うなら…この石碑はお墓かな」
そう、お墓…のようで―――
「お墓、ですか」
「うん、魔法少女のお墓」
なんとなく、タツヤは予想出来ていた。
だが、いざこれが墓だと言われると…少年は返答に困ってしまう。
どうして、こんなところに墓を立てたのかという疑問。
佐倉杏子はともかく、どうして他の魔法少女のお墓まであるのかという疑問。
そして、そもそもこの墓は誰が立てたのだろうという疑問。
様々な疑問が少年の脳内を駆け巡っていく。
「此処のお花は…魔法少女達が寂しくならないようにって、みんなで植えたやつなんだよ」
「こんな場所でも綺麗に咲いてるのは、魔力の影響かな」
「な…なるほど」
花瓶に水を差すように、魔力を使うことで花がいつまでも綺麗に咲いているよう調整したという。
此処の花達は、魔法少女達へのお供え物だったということだ。
此処のお墓は、ゆま達によって造られたのだ。
タツヤは何故自分達でそんなものを作ろうと思ったのだろうと、再度頭を悩ませる。
「あれ?でも、だとしたら一番奥の石碑は…」
そこでふと、ある1つの疑問が浮かび上がる。
後方に石碑がもう1つあることを少年は思い出した。
仮に此処が記事に載っていた魔法少女の墓場なのだとしたら、もう1つの石碑は一体誰の石碑なのだろう、と。
他にも、魔法少女がいたというのだろうか。
だが、記事にはこれ以上の少女の名前は載っていなかった。
そんな疑問を胸に抱きながら、タツヤは後方の石碑に視線を移す。
「!!!」
しかし、タツヤは石碑に刻まれた文字を読み、思わず絶句する。
なぜなら、石碑にはこう刻まれていたのだ―――
―――MADOKA―――
「こ…これって…」
まどか―――
こんな所で、この名前を見ることになるとは…少年も思わなかっただろう。
子供の頃より頭から離れない―――とても懐かしい名前
それがどうして、佐倉杏子の教会に…
それも、他の魔法少女達と同じように石碑が立てられているのだろう…と。
「ああ、それ」
「そのお墓はほむらお姉ちゃんが立てたんだよ」
「あ、暁美さんが…」
ゆまは言う。
その石碑は、あの暁美ほむらが立てたのだと。
タツヤはその事実を聞いて、一体どういう事だと首を傾げる。
彼女が『まどか』を知っていることは、以前から分かっている。
何故、こんな所に彼女の石碑を立てたのかが少年には分からなかったのだ。
『まどか』もまた、彼女達の仲間だったのだろうか…と。
そんなことを少年は予想していたが、その予想はすぐに否定されることになる。
「うん、でも不思議なんだよねー」
「私達その『まどか』って人知らないのに」
「何でか、ほむらお姉ちゃんだけは、そのお墓を大事にしてるんだ」
「え…」
ゆまは、その『まどか』を知らないと言う。
その事を聞いて、ますますわけがわからなくなるタツヤ。
本当に、『まどか』とは一体何者なのだろうか。
ほむらが墓を立てたということは、もう死んでしまった人物なのだろうか。
そもそも、此処に墓があるということは、彼女も魔法少女だったのだろうか。
次々と疑問が浮かんでは消え、少年の頭は大混乱に陥る。
時々夢に出てきて、声を聞いたことはあるが、会ったことは一度もない。
それなのに、ずっと長い間傍に居てくれたような…そんな感覚に囚われる存在。
ほむらの『最高の友達』だという存在―――『まどか』
タツヤの周りの人に『まどか』を知る人物はいない。
そして今、ゆまも彼女の事は知らないと言っている。
ゆまが知らないのなら…恐らく織莉子も知らないのだろう。
だが、タツヤとほむらは知っている。
それは―――
この少年と暁美ほむらだけが―――『まどか』のことを知っているかのような
そんな感覚であった。
「…」
「でも、まあ…」
「実際に此処に魔法少女達が眠ってる訳じゃないから」
「その『まどか』って人のお墓を此処に立てても、何の問題もないんだけどね」
「!?」
ゆまの言葉によって、タツヤは思考の中より呼び戻される。
眠っているわけではない。
それは、此処に彼女達の遺体が埋葬されているわけではないということかとタツヤは考える。
だが、だとすれば余計にこんな場所に墓を立てた理由が分からなくなるタツヤ。
それに、世間では行方不明扱いである彼女達の遺体は何処に行ってしまったのだろうか…と。
だが…しかし、その答えもまたゆまによって直ぐに明かされる―――
「魔法少女は、死んじゃっても死体が残らないから」
「…え?」
「何…それ…」
魔法少女は死体が残らない―――
ゆまは、確かにそう言った。
タツヤは、その言葉の意味が…分からなかった。
死んでしまった魔法少女の肉体が残らない事など、この世界ではありえない事だったから。
その遺体は、一体何処に行ってしまうというのだろうか…と。
粉々に砕け散るなんてことは無い。
かと言って、消えて無くなるなんてこともない筈であると。
「…」
「それで、一番最初に魔法少女のお墓を作るって言い出したのは…」
「杏子、なんだ」
頭が混乱しているタツヤをよそに、ゆまは再び話を続ける。
彼女は、その話題にあまり触れて欲しくないのか…
何となくあまり、深く振り下げないようにしているようであった。
それは、気を使っているというか…何かを隠しているようにも見える―――
「佐倉杏子さんが?」
タツヤはひとまず、彼女の話を聞く事に注視する。
この石碑らを立てるきっかけとなったのが、佐倉杏子であったと彼女は言う。
「うん」
「あれは…私がまだ子供だった頃…」
タツヤがその事を尋ねると、ゆまは自分と佐倉杏子さとの思い出について話し始めた。
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それは、随分と前の話―――
『よーし、これで完成っと』
まだ廃墟の色が残っている教会で1人の少女が立っている。
その少女は『教会の娘』にしては、ラフな格好をしている。
更に、彼女は長く赤い髪の毛を結び…ポニーテールにしていた。
『キョーコ、何してるの?』
その少女の周りを、うろちょろと動き回る小さな女の子がいた。
女の子は緑色の髪の毛を二つに纏め、赤い髪の少女同様動き易い恰好をしている。
そう…その女の子こそ、幼い頃のゆま。
そして―――
『見て分からないか?』
『墓だよ。さやかの墓』
幼いゆまの傍にいるその赤い少女こそ―――『佐倉京子』であった。
『さやかって、ゆまがキョーコに会う前に死んじゃったっていう人?』
『ああ、そうだよ』
杏子は自らの『友人』であった美樹さやかの石碑を立てていた。
彼女達は最初はいがみ合い、時には対立し敵対する関係であった。
しかし、彼女達は少しずつお互いを理解しあい…自分達が共通点が多い事を知る。
そして彼女達は…いつしか『親友』と呼び合う間柄になっていた。
『あいつ、行方不明扱いにされてるから墓作ってもらえないじゃん?』
『だからあたしが用意してやろうと思って』
『うーん、なかなかいいできなんじゃない?』
杏子は先に“導かれてしまった”さやかへ向けて―――
せめて墓くらいは立ててやろうと、瓦礫を積み上げ…それらしき物を作る。
彼女は完成した石碑を満足そうに見下ろして、ポンポンとそれを叩いた。
『キョーコはやさしいんだね』
『べ、別にそんなんじゃないさ…』
『でも、こうしないと落ち着かないっていうかさ』
『あたしやっぱ神父の娘なんだな』
杏子は何となく、それが自分の使命なのではと直感で悟っていた。
神父として、人々のためにと奔走し…そして、『絶望』していった父―――
その後を、彼女なりのやり方で継ごうとしていたのかもしれない。
『?キョーコのおとーさんは神父さんでしょ?』
『そういう意味じゃ…まあ、いいか』
『?』
しかし、そんな杏子の心情など、幼いゆまには分らない。
『…たく手間かけさせやがって、最後までめんどくせぇ奴だよ』
『何で死んだりしたんだよ、あんだけ魔力の使い方には気をつけろって言ったのによ』
杏子は自分が作った石碑に向かって、さやかの事を愚痴り始める。
基本的に近接型だったさやかの戦い方は、お世辞にも上手いとは言えず…常に危険が伴うものであった。
魔獣と戦う度に、その身体に傷を負い…その傷を自らの魔力で回復するという彼女の戦い方。
それは、魔力の消費が激しすぎる戦い方であった。
魔力の消費が激しければ、それだけ魔法少女の負担も大きい。
杏子はその戦い方を止めろと何度も諭したが、彼女は聞かなかった。
自分には、この戦い方しか出来ないと―――
『せっかく、友達になれたってのにさ…』
杏子はその事を後悔していた。
自分が彼女を止め切れていれば…さやかは、と―――
『キョーコ、かなしい?』
『…さあ、どうだかな』
『ただ、こういうのは思い出の問題…だからな』
杏子は少しだけ寂しそうにゆまの問いに答える。
『え?どういうこと?ゆまにも教えてよ』
『分からなくてもいいのさ、そういうことでしかないから』
そう、過去の出来事は…どんなに悔やんでも『思い出』にしかならない。
『ほんと、なんで死んじゃったかなあ…』
死んだ者は、もう戻って来ないのだから―――
『キョーコの言ってること難しくて、ゆま分からないよ…』
『神父の娘ってのはそんなもんさ』
『損な性分だって自分でも思う、なーんてね』
それでも、杏子は死んだ『親友』の事を悔やまずにはいられなかった。
神父の娘だからなのか、それとも自分が『人』として未熟なだけなのか…
それは、彼女にも分らない。
ただ一つだけ、はっきりと言える事がある。
『もう二度とやりたくないね』
もう、こんな石碑は二度と作りたくない。
もう…『仲間』には、死んでほしくないと―――
『特に、先輩風吹かせてるお人好しの寂しがりやとか』
『クール気取りの泣き虫なんかの墓なんて作ってらんない』
『ったく、あんな奴等と一緒だから何も学ばねぇーんだよ』
杏子は残っている魔法少女に対して、愚痴を零す。
しかしそれは、彼女なりのメッセージ。
『死ぬな』と―――
『あら、そんな先輩に弟子にしてくれって頼み込んで来たのは誰だったかしら?』
『あなた、さやかのこと教えてくれってクール気取りの泣き虫に泣き付いてきたわよね』
『!!!』
その事は勿論、『彼女達』も知っている。
『お…お前ら、いつからそこに…!!』
いつの間にか居た仲間達に、顔を赤らめながら抗議する杏子。
『さあ、いつだったかしら?暁美さん』フフフ
『確か、『よーし、これで完成っと』って辺りからよ』フッ
『最初からじゃねぇか!!!!』
自分とゆまの会話、というより自分の言葉が彼女達に聞かれた事に、杏子は顔を益々紅潮させる。
そんな彼女を見て、2人の魔法少女は意地悪く笑った。
2人共、彼女の性格を良く理解していたのだ。
『ゆま知ってたよ?』
『はあ!?おい、なんで先に言わないんだよ』
『聞かれなかったからー』
『キュゥべえみたいなこと言うんじゃねぇよ!』
幼いゆまもまた、彼女なりに杏子の事を理解している。
『ふふ、ゆまちゃんは将来有望ね』
『あんな珍獣みたいになられても困るわよ』
『杏子みたいになられたらもっと困るけど』
『お前ら…』
そして、杏子がこの魔法少女達にどれだけ想われているかも―――
『大丈夫よ』
『美樹さんも『円環の理』でちゃんと見てると思うわ』
『あなたの気持ちは…ちゃんと届いてるわよ』
彼女達もまた、杏子と気持ちは同じであった。
そう―――
もう、誰にも死んで欲しくないと…
『な、何言ってやがる…』
『照れたわね』
『ええ』
杏子の慌てふためく姿を見て、2人の魔法少女は笑みを浮かべる。
彼女達も、杏子の性格をよく理解していたのだ。
『と、とにかく!!!』
『もうこんなめんどくせーことはしないからな!!』
杏子は紅潮している顔をぶんぶんと横に振り、声を荒らげる。
彼女は自分の内心を知られる事を極端に嫌う性格であった。
内心とは裏腹な言葉を、口から出してしまう性格。
要するに、素直じゃないのだ。
『キョーコキョーコ』
『…なんだよ』
『ゆま知ってるよ。キョーコのそういう態度『つんでれ』って言うんだよね!!』
『』
幼いゆまも、彼女がそういう性格なのは分っている。
一体何処でそんな言葉を覚えたのかと甚だ疑問ではあるが…。
『……プッ』
『ふふっふふふ…』
『』
『?』
とにもかくにも、ゆまと、杏子と、2人の魔法少女
彼女達の間は、確かに『絆』で繋がっている。
その『絆』を形として残すために、
そして『思い出』を
『悲しみ』を忘れないために―――
この石碑は、残されたのかもしれない。
そんな、少しだけ優しくて、少しだけ悲しい昔の話―――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さやかの墓を杏子が作った事がきっかけ。
ゆまは、少年にそう話す。
その時はまだ教会の中ではなく、近くの野原に立てていたと。
杏子とさやかは、仲が良かったのかとタツヤは考える。
ゆまの話を聞く限りでは、杏子はさやかの事を友達だと思っていたのだろうと。
そして、身近な人と別れることは…やはり辛いことなのだろうと。
「それから、杏子達が居なくなって」
「この教会を、魔法少女達の墓場にするって私が言い出したんだ」
「それが始まり」
「…」
ゆまは石碑を優しく手で撫でながら呟く。
彼女が墓を立てようと思ったのは、杏子の意思を受け継ぐためなのか、それとも単に寂しさを紛らわすためなのか…それは、分からない。
だが、どんな理由があるにせよ…この場所が、ゆまにとって大切な場所であり
此処の石碑が、彼女の強さを支えているのだということは十二分に伝わったようだ。
「ゆまさん」
ただ―――タツヤには、1つだけ気になる事があった
「まあ…結局は無いよりはって感じなんだけどね」
「…ちょっと、ゆまさん」
「…ん?」
それは、今の話の中に出てきた1つの言葉について―――
「『円環の理』って」
「…なんですか?」
「!?」
円環の理―――
その言葉を、少年は聞いたことがなかった。
聞いたことのない…言葉の筈なのに、何故か妙に頭に残る響き。
他人事とは思えないような…そんな感覚だった。
そして、この感覚は―――『まどか』に感じるものと同じであった
「さやかさんが、円環の理で私達を見てるって…どういうことですか?」
「魔法少女は死体が残らない、って話と何か関係があるんですか?」
さやかは死んでもういない筈なのにと、タツヤは疑問に思った。
それは…ただの言葉の綾かとも考えた。
しかし、この不思議な感覚が…そんな単純な話ではないと彼に伝えているようであったのだ。
「それは…」
珍しくゆまが、少年に目線を合わせない。
言葉の歯切れは悪く、酷く狼狽しているように見える。
まるで、何かをタツヤに隠しているかのようだった
タツヤは彼女の姿を見て、直感で理解する。
自分には…他人には言えない―――魔法少女だけの秘密がそこにあるのではと…
「役目を終えた魔法少女は…」
「『円環の理』に導かれるのよ」
「え?」
ゆまの言葉をタツヤが待っていると…突如、入り口の方向から声が聞こえる。
少年は慌てて視線を扉の前へと移した。
内容が気になった事もある。
しかし、何よりその声が…知っている人物のものだったから―――
「力を使い果たし、使命を全うした魔法少女が還る場所」
いつの間にか、教会の扉の前に立っていたのは…
「それが円環の理」
「あ、暁美さん…」
暁美ほむらであった。
「ほむらお姉ちゃん…」
「僕もいるよ」ピョコ
「…」
「え~と、あの…」
後ろには、例の白い珍獣もいたが…タツヤの視界には入っていなかった。
ほむらが鋭い視線でタツヤを見ながら、黙って彼に近付いてきたからだ。
怒られるのかと、少年は何か言い訳しようとしどろもどろになる。
だが、上手く言葉が見つからないまま、ほむらは少年の目の前まで来てしまう。
視線は未だにタツヤを捕らえていた。
少年は怒られるのかと、思わず身構えた。
「…相変わらず、私の忠告は聞いてはくれないのね」ハァ
「え?」
「…なんでもないわ」
ほむらは溜息を1つ付き、他人には絶対聞き取れないような小さい声で呟く。
とりあえず、怒っていないとタツヤは安堵の表情を浮かべた。
しかし、ほむらから感じる脱力感に…呆れられたかと軽くショックを受ける。
「そ、それよりも魔法少女が還る場所って何ですか?」
「魔法少女が導かれるって何なんですかっ!?」
怒られないことにひとまず安心したタツヤは、暁美さんに発言の真意を問う。
魔法少女が還る場所…円環の理。
円環の理に、魔法少女は導かれる。
一体どういうことなのか、タツヤには何一つ理解できなかった。
それと同時に…例えようのない不安感に襲われる。
この織莉子と会って以降、度々感じる嫌な予感は何だと少年は息を呑む
「…」
「此処の人達って、魔獣との戦いで死んじゃったとかじゃないんですか?」
そう、タツヤは例の記事に、此処に石碑が立てられている魔法少女達は…魔獣との戦いに敗れて死んだのだと思ってきた。
だが、それは―――大きな間違いだった
ほむらは、直ぐにはタツヤに応えず…ただただ黙っている。
その数秒間の沈黙が、少年にはどうしようもなく長く感じた。
「半分正解、かな」
「!!」
その沈黙を破ったのは、先程まで黙っていたゆまだった。
ゆまは…いつもの彼女とは比べ物にならないほど、暗い表情をしている。
その表情とゆまの不明瞭な発言が、更にタツヤを不安にさせた。
「此処にお墓がある魔法少女はね…」
「みんな…魔法少女の女神様によって円環の理に連れて行かれたの」
「…え?」
「女神…様?」
連れて行かれた。
円環の女神様、に…。
タツヤは、思考がまとまらない。
ゆまが何を言っているのかが、少年は理解できない。
連れて行かれるとは…円環の理とは、一体何なのかと。
「魔法少女の証であるソウルジェム」
「この宝石が穢れを溜め込み、黒く染まり切った時」
「私達は、円環の理に導かれるんだよ」
「…は?」
ゆまは自分のソウルジェムを取り出し、抑揚無く呟く。
ソウルジェムが、黒く染まる。
魔力を消費していくと、少しずつ黒くなっていく宝石。
負のエネルギーが溜まっていくのだと、キュゥべえが以前話していた事を思い出す。
つまり、ソウルジェムが黒く染まり切るってことは魔力を使い切るということ。
それは、負のエネルギーがソウルジェムに限界まで溜まるということだ。
「…」
「簡単に言えば、ジェムと身体ごと魔法少女の天国みたいな場所に連れていかれるの」
「まあ、あくまでも伝説でしかないんだけどね」
魔法少女の天国…それが、円環の理。
天国、要するに死ぬということ。
力尽きた魔法少女はみんな、その円環の理という場所に連れて行かれるのだとタツヤは理解した。
「嘘…」
「でも、魔法少女の身体が消滅するのは本当」
「だから、死体は残らない…」
ソウルジェムが黒く染まった、負のエネルギーを溜め込んだ魔法少女は、この世界から消滅してしまう。
つまり―――死を迎えるということ
それが、どういう事を意味するかというと―――
「…え?でも、黒くなったソウルジェムは…グリーフシードを使えば…」
そう、ゆまが彼に以前言っていたこと。
魔力を消費してソウルジェムが黒く染まれば、グリーフシードで回復すればいいと。
穢れを取り払って、ソウルジェムを元通りにすれば…そんな事態にはならないはず。
だが、そう少年が慌ててゆまに訴えかけると―――
「ソウルジェムにも…いずれ限界が来る」
「グリーフシードじゃ、穢れを取りきれなくなるのよ」
ゆまの代わりに、ほむらがその考えを否定する。
その言葉を口にしたくないように、下唇を噛み締めながら…
「そ…そんな…」
何回も充電し続けていれば、そのバッテリーが弱くなっていくように
グリーフシードによる回復力も、弱くなっていくのだと、ほむらは言う。
つまり、魔法少女は魔力を消費し続ければ…いずれ―――
「でも、ほらっ!!魔力を使わなければソウルジェムにも穢れは溜まらないんじゃ」
「残念だけど、普通に生活するうえでも魔力は少しずつ消費していくんだよ」
「な…!!」
キュゥべえの言っていること、それはつまり…
魔法少女は、魔獣と戦おうが戦わまいが…結局最後には“そういう結末”になるということ。
そんな馬鹿な話があるのかと、タツヤは憤りを隠せない。
話を聞く度に血の気が引いていき、自分の顔が青ざめていくのが分かる。
ほむらやゆまが言い辛そうにしていた理由が、なんとなく理解できた。
「でもでも、暁美さんやゆまさん、織莉子さんはまだ生きてますよね!!」
「ちゃんとソウルジェムを管理しとけば、普通には生きられるんですよね!?」
それでも、話の内容には納得することができないタツヤ。
嘘であって欲しい、冗談であって欲しい。
いや、例えそうではなくても、何らかの救済措置があって欲しい。
タツヤは心の底から、そう思った。
「私達が珍しいだけよ…」
「…‼」
だがその悲痛な想いも、無残に崩れ落ちていく。
ほむらやゆま、そしてキュゥべえによって次々とタツヤの考えは否定されていく。
「まあ普通は魔法少女になって10年以上生きてられるのは珍しいんじゃないかな」
「君達の言う寿命で言えば、魔法少女は通常の4分の1もないと思うよ」
「な…そんな、ことって…」
キュゥべえの言葉を最後に、タツヤはその場に膝から崩れ落ちる。
ずっと心の奥に抱いていた不安感が、今目の前に現れてしまった。
それは―――
魔法少女の―――悲しすぎる真実という形になって
「みんな、知っていたのか…」
「まあ、大体はね」
この中で、今まで知らないでいたのはタツヤだけであった。
魔法少女にそういう秘密があるという事を知らずに、今までを過ごしていた。
織莉子が言っていた事を、今になってようやく理解するタツヤ。
確かに、自分はあまりにも魔法少女のことを知らなさ過ぎたと。
だが、それを気にするなと言われてもこの少年には、無理であった。
「そうなるって知ってて、どうして…なんで…」
魔獣との戦いでさえ、命がけだというのに…
例え生き残ったとしても、その先に待っているのは…やはり、『死』。
何故、自分の命を縮めるような真似をするのか、タツヤには理解出来なかった。
どうしても、理解出来なかった。
「例えそうなったとしても」
「叶えたい願いが、あったから」
「…!!」
しかし、それでもほむら達から帰ってくる答えは…いつも同じ。
―――叶えたい願いがあったから
―――命を掛けてでも、叶えて欲しい願いがあったから
少女達が中途半端な気持ちで魔法少女になっていないことなど、タツヤでも今までの話で充分理解している。
だが、それでも…理解は出来ても、納得は出来なかった。
「彼女達は…幸せだった筈よ」
「…自分の願いを叶えて、魔法少女としての使命を全うして」
「願った『希望』が『絶望』に変わる前に…」
「みんなが憧れる魔法少女のまま…逝くことができたんだから」
「円環の…女神様に、よって…」
ほむらは、居なくなった魔法少女達の気持ちを代弁するように話を続ける。
『希望』が『絶望』に変わる前に―――
まるで、そのまま魔法少女達が生き続けたら…不幸が起きるような言い方だった。
不幸になるくらいなら、その前に死んだ方が幸せだろうと。
「そんなの…」
「そんなの、死んじゃったら…幸せも何も無いじゃないか…」
「なんで…そんな、ことに…」
確かに、そう考えればそうかもしれない。
皆の憧れ…正義のヒーローのまま死ねれば、彼女達は本望なのかもしれない。
だが、タツヤは思う。
それはあくまでも本人達『だけ』の幸せなのだと。
そう、それはあくまでも本人だけの―――
「仕方ないよ」
「それが彼女達の『運命』だったんだ」
「…!!!」ギリッ
「ふざけるなっ!!!!!」
キュゥべえの言葉に、思わず大声で反応するタツヤ。
タツヤは許せなかった。
キュゥべえの、インキュベーターのあまりに他人事のような台詞が
簡単に言葉だけで済ませようとした、この珍獣の態度が…
少年は、どうしても許せなかった。
「人の命を…!!」
「人の命を、そんな『運命』って言葉だけで片付けるなよ!!!!!」
現実は、漫画やゲームのようにはいかない。
死人を蘇らせたり、リセットして初めからやり直せたりなんて出来ない。
人は、死んだらそれまで。もう、戻っては来ない。
『運命』なんて言葉だけで片が付くほど、人の命は軽くない。
「タっくん…」
「…」
「そういう勝手やらかして周りがどれだけ…!!」
「テメェ独りのための命じゃねぇんだ!!!」
タツヤはたかが外れたように、心の中に留めておいた想いをぶつける。
人の命は、軽くない。
何故なら、その命は…その人だけの物じゃないから―――
「…」
「死んじゃったら…」
「その人が突然居なくなったら…」
「悲しむ人が…」
『…彼女が、遠くに行ってしまったから、かな』
「今でも悲しんでる人が、居るんだぞ!!!!」
タツヤの脳裏に、さやかの話をしている恭介の姿が過る。
恭介は、未だにさやかの事で後悔し続けている。
さやかから受け取ったCDを大切に保管し、
そして、さやかのために書いた曲を彼は今でも残している。
恭介だけではない。
ゆまも、織莉子も、そして…ほむらでさえ―――
あれほど、寂しそうな表情をしていたというのに…
「その人達の気持ちは…どうなるんだよ…」
本人にとって、それが例え幸せな死だったとしても―――
その人を大切に思っていた人物にとって、それは不幸な出来事でしかない。
何故、それが分らないのかと…少年は叫びたかった。
「何が…何が、円環の理だ…」
「何が魔法少女を導く女神だ…」
魔法少女達にとっては、自分達を天国へと連れて行ってくれる存在でも、その人の帰りを待っている人にとって見れば―――
「やっている事は、死神とおんなじじゃねぇかっ!!!!!」
その女神様がしていることは―――大切な人をその人から奪っているに過ぎない
タツヤは、そう思わずにはいられず…見境も無くその場で叫んだ。
だが、そう叫んだ―――次の瞬間
バチン!!!
「…!!」
タツヤの視界が、突如として歪む。
一瞬…何が起こったのかが分からなかった。
あまりに突然の出来事過ぎて、思考が追いついて来ないタツヤ。
気付いた時には身体が宙を舞い、そのまま後ろに吹き飛ばされていた。
尻餅を付いた状態で、タツヤは前を見る。
「ハァ…ハァ…」
すると、いつの間にか少年の目の前には…ほむらが立っていた。
それを確認したと同時に、タツヤは左頬にジンジンとした痛みを感じる。
そこでようやく気付いた。
自分はほむらに思いっきり頬を叩かれ、その拍子に後ろに吹き飛んでしまっていたのだと。
「暁美…さん?」
ほむらは右手を握りしめ、その場で震えている。
顔が前髪のせいで隠れており、タツヤの位置からでも表情が見えない。
タツヤは目の前のほむらを見上げ、恐る恐る声を掛けた。
「…事、…で」
すると、ほむらは震えた声で何かを呟く。
最初はその声があまりに小さく、タツヤには聞こえていなかった
しかし、次第にほむらの声は大きくなっていく。
「勝手な事言わないで!!!」
そして、この教会全体に響き渡るような声を、ほむらは少年に向けてぶつけてきた。
タツヤは怒っているのかと思い、再度彼女の表情を伺う。
だが…
ほむらは―――今にも泣き出しそうな…そんな表情をしていた
「あなたが何を知ってるというの!?」
「何が分かるっていうの!?」
「あの娘(こ)がどれだけ悩んだか、どれだけ苦しんだか!!!」
「何も知らないくせに!!!あの娘のことを、何も覚えてないくせに!!!!」
「勝手なことばかり言わないでよ!!!!」
ほむらは、普段からは想像も出来ないような取り乱し方を見せ、感情をぶつけてくる。
出会ってからまだ間もないが、こんなほむらを見るのが…タツヤは初めてだった。
「暁美、さん…」
そんなほむらを、タツヤはただ見つめることしか出来なかった。
ほむらのこの取り乱し様を見て…少年は、何か言ってはいけないことを言ってしまったのかと混乱する。
触れてはいけないものに、触れてしまったとでもいうのだろうか…と。
しかも、ほむらは…今―――
「ほむら…お姉ちゃん?」
「ど…どうしたんだい、ほむら。君らしくもない」
驚いているのはタツヤだけでは無かった、ゆまやキュゥべえも似たような反応を見せる。
普段から彼女のことを知る人達から見ても、今の反応は予想外だったらしい。
冷静沈着な性格で、どんな事態にも決して動じない印象を受けるほむらの違う一面を見たような気がした。
「…」
「…」
勿論、その事でもタツヤは驚いていた。
しかし、少年はまた別のことで頭が一杯になっていた。
ほむらが言っていた言葉が、何故かずっと頭に引っかかり続けていたのだ。
“あの娘”とは、一体誰だ…と。
そして、ほむらは少年に言った。
“何も覚えていない”と―――
タツヤはその言葉を頭の中で反芻させ、脳内がぐるぐる回るような感覚に囚われる。
「俺は」
「…俺は、何かを忘れている…?」
この感覚は何だと、タツヤは混乱を隠せない。
自分は、何か重大な事を…覚えていなければいけないことを、忘れている気がすると。
だが、それが何なのかが、少年には分からない。
トクン… トクン…
混乱する頭を他所に、タツヤの心臓が…やけに五月蝿く音を立てる。
それは、だんだんと少年の身体を熱くさせ―――
「っ!!ち、違う!!あなたは…」
―――ズキッ
「ガッ!!」
ほむらの慌てたような声とほぼ同時に、タツヤはあの頭痛に襲われる。
まるで、ほむらの言葉によって…何かを思い出そうとするタツヤに反応するように…。
鈍器で頭蓋骨を直接叩かれているような鈍い痛みが、少年の頭を駆け巡った。
「タっくん!?」
「また…頭が…!!!」
タツヤは痛みに耐え切れず、その場で頭を抱えながら蹲る。
ゆまが血相を変えて駆け寄ってきたが、呼びかけに応えられる余裕が今の少年には無かった。
もう何度目になるか分からないくらい、この頭痛に襲われているタツヤだが…今まで経験してきた中で、今回の頭痛が一番酷かった。
この頭痛が起きる度に、状態がどんどん悪化していくようであった。
「あ…!!が…!!」
頭痛は一向に治まる気配を見せず、痛みはどんどん酷くなっていく。
少年の額からは大粒の汗が流れ落ち、視界が歪み始める。
あまりの痛みに―――意識が、何処かに飛ばされてしまいそうであった
『自分だけ…そう、自分だけが死にたくないって卑怯で、我侭な願い…』
そして、タツヤの脳内には―――見たこともないような光景が、次々と流れ込んでくる
『呪ってやる!あたしはこの世界の全てを呪ってやる!』
まるで何かの映像でも見ているかのように―――場面が次々に切り替わっていく
『じゃあ、あんたが戦ってよ!』
その全てが―――少女達の顔が絶望に歪んでいく場面で
『ただの同情で人間やめられるわけないもんね!』
どれもこれも…記憶にない、筈なのに―――
『私…』
『『魔女』にはなりたくない…』
どうして、こんなに生々しく、脳内に流れ込んでくるのか―――
「う、うわぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!!」
気付けば、タツヤはその場で悲鳴を挙げていた。
それがきっかけとなったのか、ようやく頭痛が収まっていく
タツヤは前方に倒れこむように、そのまま崩れ落ちた。
額からは汗が滝のように流れ落ちていて、真下の地面を濡らしている。
「タっくん、大丈夫!?」
「…は、はい」ハァハァ
そう尋ねながら背中を摩るゆま。
彼女が傍に来ていた事に気付いてはいたのだが、少年は上手く返事を返すことが出来ない。
それくらい、今のタツヤは…心身共に疲れきっていた。
あの頭痛によって、体力を根こそぎ奪われてしまっていたのだ。
「大丈夫?痛いとこあるなら治そうか?」
「い、いや…大丈夫ですから」
「ほ…ほんとに?」
心配そうな表情を向けるゆまを、タツヤは右手で制しそのまま何とかして立ち上がった。
時間が経つにつれて、意識が徐々にはっきりしてきたタツヤは、自分の身に起きた奇妙な現象を思い返す。
さっきの光景は…一体なんだったのだろうかと。
次々に浮かんできたのは―――絶望に堕ちていく少女達の表情
あれは、タツヤの知らない世界での出来事―――
知らない…いや、覚えてない…
いくら考えても、その事が分からないタツヤ。
考える度に、また頭が痛くなってきそうであった。
「…」
そんなタツヤのことを、ほむらはただ黙って見つめているだけだった。
怒っているのか、驚いているのか、あるいは心配しているのか。
いくつもの感情が入り混じっているような表情で、ほむらその場に立ち尽くしていた。
「…ごめんなさい」
「ちょっと、混乱しちゃって…」
タツヤは、そんな彼女に頭を下げる。
冷静になり、先程の件は少し言い過ぎだったかもしれないと思ったようだ。
「…」
「そう、だよな…」
「部外者の俺が・・・何か言える立場じゃ、ないよな」
ついこの間魔法少女を知った奴に、自分達の神様のことを否定されれば、誰だって怒るに決まっていると反省するタツヤ。
ほむらにとって見れば、魔法少女の気持ちも何も知らない奴が綺麗事を抜かしているように見えたのだろうと。
いや、実際…少年が言ったことは綺麗事に過ぎないのかもしれない
結局のところタツヤには、たった1つの願いの為に―――命をかけることなんて出来ないのだから
そんな覚悟も何も持たない…傍から自分達を見ただけの人間に、好き勝手言われたくないと思うのは道理だろう。
「タっくん…」
少年の後ろからゆまの心配そうな声が聞こえる。
だがしかし、申し訳ない気持ちになっていたタツヤは、彼女の方へと振り返ることが出来なかった。
「…」
一方のほむらは、下を向いたまま黙り込んでしまっていた。
何かを考えているようだが、先程と同じように…前髪のせいで表情が見えない。
タツヤはそのまま、ほむらの事を静かに待った。
「…そうよ」
「え?」
暫くして、ほむらから返ってきた言葉は―――
「私達に口を出せるのは同じ魔法少女達だけ」
「あなたは部外者」
「部外者にコレ以上首をつっ込まれると」
「正直、迷惑なの」
タツヤに対しての―――皮肉に満ち満ちた言葉だった
「ほむらお姉ちゃん!!それはあんまりじゃっ」
「あなたは黙ってなさい」
「っ!!」
ゆまからの非難の声を、鋭い視線と言葉で一蹴するほむら。
そして…その鋭い視線は、再びタツヤに向けられる。
「…」
肝心のタツヤはというと、ほむらのその冷たい言葉に驚き…そして、若干怖気づいていた。
彼女が向ける鋭い視線に怯み、思わず後ずさりしてしまっていたのだ。
何故、こんな事になっているのか…。
ほむらが怒っていることは、分かっていた筈なのに…
いや、タツヤは心の何処かで・・・期待していたのかもしれない。
ほむらが、『そんなことない』と慰めの言葉を掛けてくれることを―――
「魔法少女の事を知れて満足したでしょ?」
「もう私達に関わらないで」
ほむらは何処までも冷たい言葉を、タツヤに向けてくる。
汚物を見るような…蔑んだ視線と一緒に―――
「…でも、俺は」
それでも、タツヤはほむらの言葉に『はい』と返すことが出来なかった。
確かに、これ以上は関わらない方がお互いのためなのかもしれない。
だが、ここまで魔法少女の事を知ってしまった以上…知らないふりは出来ないと。
それに、自分は織莉子に頼まれたのだと―――
ゆまの…支えになって欲しいと。
それはきっと…魔法少女である彼女を支えて欲しいという、織莉子の願い。
だからこそ、こんな所で素直に引き下がるわけにはいかない。
そうタツヤが思い、後ずさりしていた身体を奮い立たせ、前に一歩踏み込んだ
しかし、次の瞬間――――
ピュン
チッ
「っ!!」
タツヤの左頬を…何かが掠り、過ぎ去っていった。
その何かは、そのまま教会の壁へと突き刺さる。
そして、タツヤの左頬からは―――どろりとした赤い液体が流れ出した
「…な!!」
「うわ」
ゆまとキュゥべえの悲鳴染みた声が聞こえる。
視線を向けると、顔を青ざめさせたゆまがタツヤを見ていた。
何が起こったのか分からないタツヤは、改めて前方に視線を移す。
「まだ分からないの?」
「はっきり言葉にしてあげましょうか?」
「…目障りなのよ」
すると、そこには…弓を持つほむらの姿があった。
タツヤは、ようやく理解する。
自分の左頬を掠めていった物は、ほむらが放った矢で―――
自分の頬を流れるこの生暖かい液体は―――自分の血液なのだと
あまりに突然のこと過ぎて…タツヤは頬が傷ついた痛みすら、感じていなかったのだ。
「暁美…さん」
「…次は外さないわよ」
ほむらは、何処からともなく紫色に輝く矢を取り出す。
そして、弓を構え…矢を少年へと向けた。
だがタツヤは、ほむらの行動をただ呆然と眺めているだけになっていた。
自分にとって、危険な状況な筈なのに…
「ちょっと…何してるの!!ほむらお姉ちゃん」ガバ バン
「可笑しいよ!!だってこの子はほむらお姉ちゃんが助けた…」
ゆまが凄い形相でほむらに詰め寄り、弓と矢を取り上げ地面に叩き付けた。
そのまま胸倉を掴む勢いで、ゆまは彼女に抗議する。
「あんなの、ただの気まぐれよ」
それでも、ほむらが怯むことはなかった。
目の前に立つゆまを無理矢理どかし、再びたタツヤの前に立つ。
一方のタツヤは、未だに棒立ちのままほむらを見つめている。
頬からは血が流れているのに、それを拭おうとも…手で押さえようともしなかった。
「いい、鹿目タツヤ」
「私は、あなたが思っているほど優しくもないし、強くもない」
「あなたを助けたのも、その場の成り行きよ」
「私はいつでも自分だけの為に戦ってる。他の事なんてどうでもいいわ」
「だから、これ以上私に関わらないで」
「私は…『あなた』を見てはいないのだから」
ほむらの冷たく低い声が、教会に響き渡った。
あの夜の出来事は、偶然でしかなかったのだと―――タツヤの命は、たまたま救われたのだと
そう言う彼女の鋭い視線が、タツヤに容赦なく突き刺ささる。
でも、何故だろうか―――
何故か、その視線にタツヤが怯むことはなかった。
目線を逸らしたり、後ずさりしようとも少年は思わなかった。
それは、彼が放心状態でいたことも原因なのだろう。
だが、恐らく一番の理由は――――
「暁美さん…」
「…」」
ほむらのその鋭い視線の奥底に、
一瞬だけ…今にも泣き崩れてしまいそうな、弱々しい彼女が見えたからだと…。
「…俺、帰りますね」
それだけ言い残して、少年はほむらから目を逸らす。
そして、そのまま教会の段差を降りていった。
…もうこれ以上、彼女の顔を見ていることが出来なかった―――
「あ…たっくん、頬の傷…」
「あはは、大丈夫ですよ。これくらい」
ゆまが駆け寄ってくれるが、タツヤは心配させまいと頬を押さえながら笑顔を作る。
正直言うと、結構な痛みが少年にはあった。
痛覚が機能していなかったのは最初だけで、今では左頬の傷がジンジンと痛んでいた。
だが、これ以上迷惑を掛けるわけにはいかないと、少年は痛みを我慢する。
自分なんかの為に、魔力を使って欲しくなかったのだ。
「…それじゃ!!」
「あ、待っ!!」
タツヤはゆまや暁美さんに背を向け、扉へ向けて走りだす。
少しでも早く、この場を離れたかった。
ほむらの表情を見て以降…タツヤは自分がどうしたらいいのか、分からなくなっていた―――
そのまま勢い良く扉を開け、少年は自分が来た道を無心で駆けていく。
左頬の痛みがいつの間にか消えていたことに…気付かぬまま―――
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
一方、その頃―――
「(気になって来てしまったけど…)」
「(あの子、大丈夫かしら…?)」
織莉子は何か嫌な予感がしたのか…タツヤの事が気になり、自らも教会へと足を運んでいた。
茂みの中を歩き、真っ直ぐと教会へと向かっていく。
そして、そんな中―――
「…」ダッダッダッ
視線を前方に移すと、タツヤが自分に迫ってくるように走って来る。
「(あら、あの子って…)」
「ちょっと貴方…」
織莉子はどうしたのかと思い、少年に声を掛けようとした。
「…」ダッダッダッ
「あ…」
しかし、タツヤは織莉子には目もくれず…彼女の前を通り過ぎてしまう。
顔を伏せていたため、彼女からは少年の表情が分からなかった。
「…?」
織莉子は一体何があったのかと、首を傾げつつも…少し足を速めて、教会へと向かっていくのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そして―――
ガチャ!!バタン!!
「…」
少年が、教会から出て行った後
ほむらは、その光景を―――ただ見ているだけであった
「ほむらお姉ちゃん!!今のはいくらなんでも…!!」
タツヤが居なくなった後、ゆまが再度彼女に詰め寄ってくる。
だが、今の彼女の視界に、ゆまの姿は入っていなかった―――
「…」ダンッ!!
ほむらは―――無言で地面を思いっきり踏みつける
「っ!!」ビクッ
「ほむら…お姉ちゃん?」
ゆまが驚いている姿を他所に、やっぱりその姿も彼女の視界には入っていなかった。
「~!!」ダンッ!!
「~!!~!!!!」ダンッ!!ダンッ!!
「~~!!!~~~!!!!!!!!」ダンッ!! ダンッ!! ダンッ!! ダンッ!! ダンッ!!
何度も…何度も何度も…何度も何度も何度も…その動作を繰り返す。
ほむらは今になって、自分のした事を後悔していた。
自分は、さっき何をした?
一体何をしてしまった?
逆上して、少年にとって意味の分からない事をわめき散らした挙句―――
少年を、傷つけた。
少年を守ると心に決めたのは誰だ?
危険に晒させないと誓ったのは一体誰なんだ?
自分自身があの少年を危険な目に合わせてどうすると、ほむらはひたすらに自分を責める。
あんな事、するつもりなんか無かった。
だが、少年を巻き込みたくないという気持ちが空回りしてしまったと…。
「(…)」
だが、彼女は―――
「(…いや、そうじゃない)」
色々な理由を考える自分を、直ぐに否定する。
そのような綺麗な思考、あの時の自分は持ち合わせてなどいなかったと―――
―――私は『あなた』を見てはいない―――
あの時自分が発した言葉が、その全てを物語っている。
そう、彼女は『鹿目タツヤ』という人物を見てなどいなかった。
『鹿目タツヤ』を通じて感じることの出来る―――『鹿目まどかの幻影』だけを見ていたのだ
だから、あの時の彼女は取り乱してしまった。
『まどかの幻影』に―――『まどか』の願った祈りが否定されたような気がしたから
彼女の中に『鹿目タツヤ』を守ろうなんて気持ちは、最初からありはしなかったのだ。
だが…
だからと言って、あんな事をして良い理由にはならない。
自分は、本当に何をやっているのだと、ほむらは改めて自分を責めた。
そして、改めて自分が罪深き存在であることを思い知らされる。
いくら悔やんでも悔やみきれない。
軽率な行動を取った自分が、彼女はどうしても許せなかった。
「…」
「…ハァ…ハァ…」
「ほんと、ほむらお姉ちゃんってさ…」
「不器用、だよね…」
ほむらの様子を見て、ゆまが呟く。
その表情に哀れみの感情に満ちていた。
「・・・」
ほむらは、ゆまの言葉が何を指しているのかが理解出来なかった。
いや、理解しようとも思わなかった。
恐らく彼女も自分の愚かな行動に、軽蔑の目を向けているのだろうと思っていたのだ
だが、実際ゆまはそんな事など思っていなかった。
むしろ、何処までも優しい視線を…彼女に送ってきていた。
その時のほむらには、そんな事知る由も無かったのだが―――
キィィイイ
「ゆま」
暫く沈黙が続いていると、突然教会の扉が開く。
扉の先からは、ゆまの保護者である織莉子がお供え物の入った籠を持って現れる。
「あ、織莉子」
「あの子、走って出て行ったわよ」
「何があったの?」
織莉子は、不思議そうな顔をしてほむらとゆまを交互に見つめる。
ほむらは一番会いたくない人間が来た事で、ますます調子を悪くしていく。
何故来たのかと、思わず理不尽な八つ当たりをしてしまいそうになったが、流石にと彼女も我慢した。
今この場所は織莉子の私有地なのだから、居ても不思議ではないのだと。
「え~と…」チラッ
「…」
ゆまが言葉を詰まらせ、ほむらに視線を送る。
だが、織莉子と話したくないほむらは、視線を外し無視するように黙り込むのであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「…」
あの後、タツヤは帰り道にある橋からぼーっと川を眺めていた。
見滝原と風見野の間には、2つの都市の境界線となるように大きな川が流れている。
その川に掛かる大きな橋を渡る事で、それぞれの街を行き来することが出来る。
その橋のちょうど真ん中に位置する場所に、少年は立っている。
夕陽はすっかり沈んでしまい、橋に備え付けられている歩道灯がタツヤの居る場所を照らしていた。
「考え事かい?」
そして、後ろにはキュゥべえが立っていた。
タツヤが駆け足であの教会を出て行った後、この珍獣はこっそり後を付いてきていた。
暫くしてからその事に気付いたタツヤは、追い払おうとしたのだが…上手くはいかなかったようだ。
そして現在、こんな状況になっている。
「話しかけるな、珍獣」
キュゥべえに視線を一切合わせることなく、タツヤは言い捨てる。
今、少年はこの珍獣とは一言も話したくはなかった。
「やれやれ、これでも弁明に来たつもりなんだよ?」
「魔法少女がこの世界にとって、どれだけ素晴らしい存在なのかを」
それもその筈だろう。
今回の一連の出来事…そもそもの原因を作ったのは、この珍獣―――インキュベーターなのだから
キュゥべえが、人間に魔法少女の事を言い出さなければ…こんな事にはなってなかったと。
もっともその場合、この少年はゆまやほむらに出会ってなかったのだが…。
「…お前の話は、もう聞きたくない」
「はあ、困ったものだね」
キュゥべえの言葉を無視して、今日の事を思い返すタツヤ。
円環の理―――魔法少女にとって天国とも言える場所
この世界とは、また別の世界・・・
そんなものが本当にあるのかなんて分からない。
だけど、それが魔法少女にとって避けられないものであることは間違いない。
タツヤは知ってしまったのだ。
願いを叶える代わりに払う、大きすぎる代償を―――
知ってしまった上で…タツヤは、悩む。
自分なんかに、果たして出来ることがあるのだろうか…と。
「暁美さん…」
タツヤは…ほむらの表情に耐えられず、逃げ出してしまった。
弓を向ける冷たい表情に対してもそうだが、
何より一瞬だけ見えた…あの泣き出しそうな表情を見て…。
そんな自分に、一体何が出来るというのだろうかと。
・・・あの時、タツヤはあれ以上あの場に居てはいけないような、そんな感覚に囚われていた。
あのまま自分が居続ければ、ほむらを傷つける事になるのでないかと―――
そう、タツヤは直感で感じていた
今更になって、少年は思う。
あの時見えたほむらの表情、あれは何だったのだろう…と。
その前に取り乱した時も、似たような顔をしていた。
あれは、本当に彼女だったのだろうかと思うほどに、ほむらに抱くイメージからはかけ離れたものだった。
冷たい表情のほむらと、一瞬だけ見せた泣き出しそうな表情のほむら。
何方が、本当のほむらだったのだろう…と。
そう、いくら考えてもタツヤの中で、答えは見つからなかった。
「(暁美さんの矢で付いた傷…痛かったなぁ…)」
タツヤは先程起きた出来事を思い出し、ふと傷つけられた左頬に触れてみる。
「…あれ?」
だが―――そこでタツヤはある違和感を覚える
なぜなら、傷付いていた筈の左頬から…
「傷が…消えてる?」
傷が、綺麗さっぱり消えていたから―――
タツヤはこの状況に戸惑いを隠せない。
確かに、いつの間にか頬の痛みは消えていた。
だが、あんなに血が出ていたというのに、傷が残っていないとは…どういうことだと。
顔に受けた傷は、そんな簡単に治るものではない筈だから。
「ま、いっか…」
だが、タツヤはそこまで深くは考えず済ませてしまった。
自分にとって悪いことではないし、別にいいか…と。
そこまで酷い傷ではなかったのかもしれない、あるいは、こっそりゆまが治してくれたのかもしれないと楽観視していた。
仮にゆまが治してくれたのだとしたら、今度お礼を言わなければななどと、その時のタツヤは思うのだった。
「何処に行くんだい?」
「帰るんだよ、もう遅いし」
タツヤは、今日は色々なことがあり過ぎた。
そして、沢山のことを知り過ぎた。
正直、色々詰め込み過ぎて頭がパンクしそうになっていた。
少年は、少し頭を整理して考える時間が欲しかった。
その上で、改めて自分に出来る事は何なのかを見つけたかった。
織莉子との約束もある、そして…やはりほむらの事も放ってはおけない。
自分で首をつっ込んでしまった以上、無責任に放り投げることなんてタツヤには出来なかった。
なにはともあれ、今日は家に帰ろうと。
恐らく父親も待っている筈だと、少年は帰路に着く。
「そうか…」
「!?」
「タツヤ!!」
しかし、見滝原市方面に歩き出そうとしていた時、突然キュゥべえに呼び止められるタツヤ。
「そっちは危険だ!!」
「あ?何言って…」
コイツは何を言ってるのだはと、タツヤは気にせず進もうとする。
しかし―――
タツヤは視線の先にある筈だった見滝原の町並みが、全く見えない事に気付く。
そして、その代わり少年の目の前に現れたのは――――
橋全部を覆うような―――“あの時”と同じ…濃い霧
「おわっ!?」
気付いた頃には既に遅く、タツヤはその霧に飲み込まれてしまうのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
一方、教会では―――
「はあ」
「悪い予感が当たったみたい」
「…ごめん」
「…」
ゆまが織莉子に状況を説明する。
聞き終わった後、彼女は頭を抱え一つ溜息を付いた。
ほむらはというと、2人とは距離を取り教会の隅に立っている。
織莉子と顔を合わせたくないというのと、彼女自身が先程の事の尾を引いてしまっていた。
「ついこの間まで小学生だった子相手に、少し大人気ないわよ」
「暁美さん?」
ほむらに向けて、そんな皮肉染みた言葉を吐いてくる織莉子。
お前に言われなくてもそれくらい分かっていると、ほむらはイライラを募らせる。
「…五月蝿い」ボソッ
「…はあ」
ほむらの返しに、織莉子は再び溜息を付く。
その態度が、ますますほむらをイライラさせた。
ほむらも、分かっってはいた。
悪いのは全て自分だ。あの子には何の非もない…と。
ただ純粋に思ったことを言っただけ、さやか達のことも上条恭介の事があったから調べていただけ。
全ては、子供故の好奇心によって生まれたもの。
それなのに自分はそんな子に中途半端に感情をぶつけてしまった。
そう、ほむらは自分を責めた。
「身体も子供のままだけど…」
「心まで子供のままなのね」
そんなほむらに、傷口を抉るような事を言う織莉子。
「っ!!あなたなんかにそんな事!!」
一番気にしている事を織莉子に指摘されたせいか、ほむらのイライラは頂点に達する。
逆上している事は百も承知だった。
だが、ほむらにとって織莉子は魔法少女としての使命を投げ出し、普通の人間の真似をしているような人物である。
そんな奴にそんな事を言われる筋合いはないと、ほむらは織莉子に詰め寄った。
『ゆま達、いるかいっ!?』
「!!」
しかし、詰め寄ったところで、いつの間にか居なくなっていたキュゥべえからテレパシーが届く。
「ど、どうしたの、キュゥべえ?そんなに慌てて」
酷く慌てている様子のキュゥべえに、ゆまは慌てて反応する。
この珍獣が慌てるなんて珍しい、一体何があったというのだろうか…と。
『大変なんだ。直ぐに来てくれ』
『彼が、タツヤが…』
『魔獣の瘴気の中に取り込まれた!!』
「なっ!!」
「えぇ!?」
タツヤが瘴気の中に取り込まれた。
その事実を聞いた瞬間、ほむら達の間で緊張が走る。
それと同時に、ほむらは「しまった」とも思った。
最近は魔獣が大人しかったせいか、油断していたのだ。
しかし、今は言い訳していても仕方がない。
直ぐに助けにいかなければ、あの少年が危険に晒されてしまう。
そう、ほむらは思ってはいるのだが―――
「大変だ、助けにいかないと!!」
「…」
「ほむらお姉ちゃん!!」
彼女の足は、一歩も動こうとはしなかった。
ゆまがいくら呼び掛けても、ほむらはそれに応えることができない。
何故…どうして、とほむらは軽く混乱してしまう。
「…」
だが、その理由を見つけるのは簡単だった。
ほむらはタツヤに後ろめたさを感じているのだ。
あんな事をしておいて、一体どの面を下げて助けに行けというのだろうか。
そのような思いが、無意識の内にタツヤを助けに行くことを拒否しているのだ。
つくづく自分の事が情けなく思うと、ほむらは下唇を噛む。
『どうしたんだい、早くしないと…』
「あなたが行きなさい、ゆま」
どの道こんな状態の自分が行っても、あの少年を助けられるか分からない。
最悪の場合、タツヤをもっと危険な目に合わせてしまうかもしれない。
だから、今回はゆまに行ってもらおう。
今の彼女の実力なら、1人でも充分だ。
そう、ほむらは自分の中で決定付ける。
「…」
「ゆま…」
「…うん」
ゆまは少し考える仕草をした後、小さく頷く。
その様子を見て、タツヤを助けに行ってくれるのかとほむらはは安心した。
だが―――
「ごめーん、キュゥべえ」
「私行けないや~」
「っ!!」
ゆまの発言に、ほむらは一瞬固まる。
彼女は、タツヤの救出を拒否してきた
何を言っているのだろうと、ほむらは混乱する。
「ちょっと!!ゆま…」
「いやー実はさー、ソウルジェムの穢れ取るのすっかり忘れてて」
「今結構魔力ピンチなんだよね~」
どう聞いても棒読みにしか聞こえない台詞を、ゆまはわざとらしく笑いながら吐く。
当然、ゆまの魔力がピンチなわけがなかった。
タツヤの傷を治そうとゆまが駆け寄った時、彼女のソウルジェムは穢れなど無く…輝いていたのだから。
一体何を考えているのかと、ほむらは頭が痛くなってくる。
『…』
『そうか、それなら仕方ないね』
ゆまの台詞を聞いて、何故かキュゥべえも納得してしまう。
どうしてあのようなバレバレな嘘を信じるのか、ほむらには理解出来ない。
いつもだったら、こんな言葉軽く受け流すような存在なのだから。
『ほむら、来てくれるかい?』
「わ、私は…」
ゆまが行けないと言ったせいか、依頼の矛先はほむらに向けられる。
ほむらも、正直に言えば助けに行きたかった。
だが、今更どんな顔をしてあの少年に会いに行けば良いのかほむら分からなかった。
こんな中途半端な気持ちでは、タツヤを助けるどころか魔獣とまともに戦うことだって難しいだろうと。
だが、それでも…
「ほむらお姉ちゃん」
心の中でぶつぶつ呟いているほむらに、ゆまが駆け寄って声を掛ける。
「謝るなら、早い方がいいよ?」ボソ
ゆまは、彼女の耳元で小さく呟く―――
それは、ほむらの気持ちを全て把握しているかのような台詞であった。
ゆまは、何もかも分かっていた。
ほむらがタツヤの事で悩んでいる事も、彼女の本当の気持ちも・・・
だからこそ、わざわざあんな嘘を付いたのだ。
人の気持ちを察して行動できる程に、彼女は成長していた。
謝るなら…。
それで済むような問題ではないと、ほむらは思う。
しかし、タツヤを助けることが…自分がしてしまった事の償いになるのなら…。
彼女は不思議と気持ちが軽くなっていくような気がしていた。
「…」
動かなかった足は、今はちゃんと動いていた。
これなら、タツヤを助けに行けるだろう。
完全にではないが、ゆまのおかげで気持ちの整理も付いたようだ。
彼女は、とにかくタツヤに謝りたかった。そして、償いたかった。
例え、許されないことだったとしても…それが、当然の報いだと思ったから。
「…ありがとう、ゆま」ダッ
グリーフシードを回収する良い機会だった筈なのに、それを譲ってくれたゆま。
彼女に一言お礼を言って、ほむらは教会を出る。
急がなければ手遅れになってしまう。
魔獣にタツヤを襲わせたりなんかさせない…と。
自分は、魔法少女なのだ。
自分が生きている内は、魔獣に好き勝手などさせない。
そう、ほむらは胸に強い思いを抱く。
何故なら、この世界は―――『彼女』が守ろうとした世界なのだから
ほむらは猛スピードでキュゥべえの下へと向かった。
「あはは、お礼言われちゃった」
「…貴方も中々のお人好しよね、ゆま」
「さーて、何のことだかー」
織莉子の言葉に対して、ゆまは何を言っているのか分からないと惚ける。
あくまでも、ほむらのためではないと言い張るゆま。
そのような言い様から見ても、彼女の成長が見て取れるようだ。
ゆまは再び、教会の墓の手入れを始めるのであった。
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「…はあ」
「全く、相変わらず人間の行動は理解に苦しむよ…」
救出依頼のテレパシーを終えたキュゥべえは、彼女達のやり取りに一つ溜息を付く。
勿論キュゥべえには、彼女達の本心が分かっていた。
感情のないこの生き物にとって、グリーフシードの譲り合いをする彼女達のやり取りが酷く滑稽に見えたのかもしれない。
「それにしても、この瘴気の濃さ」
しかし、キュゥべえが今一番気になっていた事は…その事ではなかった。
「恐らく、ここの魔獣は…」
「…」
「ほむら1人じゃ、ちょっとまずいかもしれないね…」
キュゥべえは、ある一つの“懸念”をその小さい身体に抱き、ほむらの到着を待つ。
そして、少年が危険な事をしないように傍に向かうのだった。