魔法少女まどか☆マギカ~After Ten Years of History~ 作:イデスツッラ
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「うぅ…」
「…あ、熱い」
タツヤは今、瘴気の中にいる。
自分の家に帰ろうとしたあの時、少年の目の前にあの不気味な霧が現れた。
霧はあっという間に広がり、気付いた頃にはタツヤはもう取り込まれていたのだ。
「うわ、川がマグマみたいになってる…」
瘴気の中は、前回ゆまと一緒に入った時とは、また違った雰囲気を醸し出していた。
下に流れていた筈の川は、湯気が立ち上るドロドロとした液体に変化している。
他にも、綺麗だった筈の町の風景は、永遠と燃え続ける建物がいくつも並ぶという禍々しい光景に変わっていた。
とにかく、この空間には『炎』や『熱』といった現象が満ち溢れていたのだ。
そのせいもあってか、この場所は4月の夜とは思えないくらい気温が高くなっている。
何もしていなくとも、少年の額からha
汗が噴出すように溢れてくるくらいだった。
「…しっかし、どうするかな」
とりあえず、最初に川を眺めていた場所で腰を下ろすタツヤ。
此処は魔獣達の住処なのだ、危険であることは間違いない。
しかし、抜け出す方法が分からない以上、少年1人ではどうすることも出来なかった。
「なるべく動かない方が良いんだろうなぁ」
少年の言う通り、今下手に動けばより危険度が上がるかもしれない。
こういう時は、誰かが助けに来るまでその場を離れないのが鉄則だ。
「…」
誰かが助けに―――
そう考えたと同時にタツヤは自分はまた、彼女達に迷惑を掛けてしまうのだろうかと自暴自棄になる。
結局、いつも一方的に助けられてばかりだと、自分の事が情けなく思った。
「そうだね」
「おわっ!?」
そうこうしていると、タツヤ突然後ろから声を掛けられる。
少年は驚きながら、声が聞こえた方向に振り向いた。
「やあ、無事かい?」
するとそこには、先程まで居なかった筈の珍獣が立っている。
「お、お前かよ…」
キュゥべえは少年を見下ろすように眺めており、タツヤが視線を向けるとゆっくりと近付いてくる。
「(心臓止まるかと思った…)」
声の主がこの珍獣だと分かり、少年は正直安心していた。
一瞬、魔獣が現れたのかと思い身体をビクつかせていたのだ。
よくよく考えれば声で分かりそうなものだが…それだけ、内心は焦っていたということだろう。
「意外と小心者だね」
「人の心を読むな!!」
「読まなくても見た感じで分かるよ」
相変わらずの憎まれ口に、思わず拳を震わせる。
しかし、タツヤが何時魔獣に襲われるかと内心ビクビクしているのに対し、キュゥべえはそういった態度は一切見せず、いつも通りの涼しい顔をしている。
この珍獣に恐怖心というものはないのだ。
キュゥべえには、感情が無い。
感情が無ければ、恐怖なんてものは湧かない。
その事を考えると、タツヤは今までのキュゥべえの態度にもなんとなく合点がいくような気がした。
「お前、この下の川に落とすぞ」
もっとも、腹が立つことには変わりないのだが…
「いいけど、その場合君は助からないかもよ」
「あ?」
しかし、キュゥべえは臆することなく、少年にくってかかる。
それを聞いて、タツヤは珍獣に掴みかかろうとした自分の手を止めた。
「僕が一緒に居れば、外のほむら達に君の居場所を教えてあげられるけど」
「それができなければ、君はこの瘴気の中で迷い続けるしかない」
「多分、死ぬだろうね」
「う…」
淡々と言葉を並べてくるキュゥべえ。
それでも、少年はキュゥべえの言った『死』という言葉に身体を震わせた。
流していた汗が冷や汗に変わり、思わず息を飲み込んでしまう。
改めて、自分が『死ぬこと』に恐怖を感じている…弱い人間であることを思い知らされたような気がしていた。
悔しいけど、今はこの珍獣に頼るしかない…と。
「まあ、そういうわけだから少しだけ我慢してよ」
「今、ほむらがこっちに向かっている筈だから」
「あ、暁美さんが…」
ほむらが向かって来てくれていると聞いて、タツヤはひとまず安堵する。
しかし、それと同時に少年は驚きもした。
確かに、助けを期待していたのは事実だが、てっきりゆまが来るのだと思っていた。
勿論、ほむらが助けに来てくれることには感謝している。
しかし、あんな事があった手前、少年は彼女に直ぐに顔を合わせるというのは…少々抵抗があった。
彼女は、あの時―――
今にも泣きそうな表情を浮かべて、こう言ったのだ。
私は、自分だけのために戦っている
あれが本心だとは、タツヤは思いたくなかった。
あんな表情を見せられたら、誰だってそう思うだろう。
だが、それでも自分自身が彼女に迷惑を掛けていることに変わりはない。
その事を考えると、彼女に会う事が益々億劫になるタツヤ。
「それにしても、君はよく瘴気の中に取り込まれるね」
「うるせーよ…」
こっちだって、好きで取り込まれているわけではないと、少年は項垂れる。
寿命が縮む思いがするからと、どちらかと言えば遠慮願いたいくらいだった。
だが、その思いとは裏腹にこの少年は巻き込まれてしまう。
中学生になってからまだ1ヶ月も経っていないが、これで3回目。
流石に運が悪いなと思わずにはいられなかった。
「(まるで…君自身が魔獣を呼び寄せているみたいだ)」
しかし、キュゥべえはそれが“ただの悪運”であるとは思えなかった。
タツヤの中に眠る“何か”―――
それが、この状況を引き起こしているのではないか。
そんな事を考える。
しかし、肝心のその“何か”が…この珍獣には分らない。
「(でも、これは良い機会かもしれないね)」
だが、そんな事で怯む珍獣ではない。
「(この状態で、彼が魔獣に襲われそうになれば…またあの力が見ることができるかもしれない)」
「(彼の中に眠る、謎の力を)」
この機会に、タツヤの中の“何か”を解明してやろうと密かに企むキュゥべえ。
解明して、自分達の目的に使えるのであれば利用する。
そんな野望が、この珍獣にはあった。
「おい」ガシ
「ぎゅぶい!?」
しかし―――
「急に黙りやがって、何か変なこと考えてるんじゃないだろうな」ビヨーン
タツヤはキュゥべえの両耳を掴んで、上へと持ち上げる。
そのまま両端に引っ張り、珍獣の顔を横に伸ばす。
軽く悲鳴を上げるが、少年が気にする素振りはない。
タツヤはもの凄く嫌な予感がしたのだ。こういう時の彼の予感は、大体的中する。
そして、やっぱり見事に的中している。
相手が普段から何を考えているか分からないインキュベーターなだけあってか、タツヤも警戒していたのかもしれない。
「そんなことはないさ」ピョン
「本当か~?」
キュゥべえは惚けたような態度を取り、そのままタツヤの拘束から逃げ出す。
しかし、珍獣の言葉からは…全くと言っていいほど説得力が感じられなかった。
少年はこんな危険な場所にこの生き物と一緒に居て大丈夫かと、少しだけ不安になる。
「君は、そうやって誰かと会話をして怖さを誤魔化していくタイプかい?」
「やっぱ落としてやろうかてめぇ!!!」
そんな少年の不安を見透かすキュゥべえ
タツヤは本当にこの珍獣と一緒に居ないと助からないのだろうかと、早くも挫折してしまいそうになった。
だが、そうキュゥべえの言動にタツヤが振り回されている
その時だった――――
「オオオオオオォォォ…」
「!!!」
下にあるマグマに変わった川から、地鳴りのような呻き声が聞こえてくる。
それの伴い、少年の居る場所も地震が起きたように揺れ始めた。
タツヤは、身体が震えるような悪寒を感じる。
これは、以前にも感じたことがある。
そう、これは恐らく―――
ドゴォォォオオオオン!!!!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオォォ!!!!!!」
「で、出た…」
タツヤの感覚は、やはり正しかった。
もの凄い音と共に、川が噴出して中から化物が現れる。
それは、以前にも見た巨大な修行僧の姿をしている。
それは間違いなく、魔獣だった。
前回と違うところと言えば、身体の端端に炎を纏っているくらいである。
タツヤは魔獣の出現に危うく腰を抜かしそうになったが、なんとか持ちこたえる。
それでも、やはりまだ恐怖心は残っていて、その場から少しずつ後ずさりした。
「ガハァァアアア!!!」
バァァアア!!
「うわあ!!」ザッ
「ひ、火出しやがった、あの化物っ」
魔獣は視線をタツヤに向けると、口のような場所から炎を吐き出す。
それを少年は間一髪で避けるも、そのまま倒れゴロゴロとその場に転がっってしまう。
少年は自分が居た場所に視線を向ける。
すると、魔獣が吐き出した炎のせいで道がドロドロに溶けてしまっていた。
アレをまともに受けてしまえば、並の人間なら骨まで解けてしまうだろう。
「タツヤ、上着がっ」
「え?」チラ…
溶けた道を見ていると、少年の後ろから慌てたようなキュゥべえの声が聞こえる。
その声に反応して、タツヤは恐る恐る自分の上着を確認した。
背中に、妙な違和感を覚えながら…
ボゥ…
「うわっ熱っ!!」
背中を見てみると、上着の端っ子の部分が燃え始めていることが分かった。
どうやら、倒れた拍子に火の粉が降りかかっていたようだ。
…と、冷静に確認してる場合ではない。
「早く脱ぐんだっ」
「あわわわ」
火は徐々に上着全体に広がっていき、少年は身体へと迫ってくる。
タツヤはこれ以上火が燃え広がらないように、キュゥべえの言うとおり慌てて上着を脱ぎ始めた。
「冗談じゃ…」ガサゴソ
「ねえっつの!!」ブン!!
Tシャツ1枚になったタツヤは、火の付いた上着を川へと放り投げる。
上着はメラメラと燃え続けながら、川にまで落ちていった。
そして、川に落ちた瞬間…上着は蒸発するように一瞬で全焼してしまう。
どうやら、川の中も今は危険な状態のようだ。
落ちてしまえば、ひとたまりも無いだろう。
「オオオォォ…オオォォォォ!!!!」
「ちっ、どうする…!!」
魔獣は再びタツヤに視線を向け、そのまま迫ってくる。
あのような攻撃、ただの人間である“筈”の少年ではいつまでも避けられない。
しかし、逃げようにも肝心の逃げ場所がない。
所謂、八方塞がりという状態であった。
「(さあ、鹿目タツヤ)」
「(君の力を見せてくれ)」
近くに居たキュゥべえは身の危険を感じる反面、心を躍らせていた。
タツヤが追い詰められた時に見せる“その力”を目の当たりに出来る、と…。
「その必要はないわ」
だが―――
「ふぇ?」
少年が壁際まで追い詰められ…もう駄目だと思った時、何処からともなく声が聞こえる。
そしてそれは、少年が聴き慣れた声―――
ピュン!!グサ!!
「ウガァァァァアアアアアアアア!!!!」
次の瞬間、紫色に輝く矢が魔獣の頭に突き刺さる。
攻撃を受けた魔獣は悲鳴を挙げ、そのまま下の川へと沈んでいく。
「た…助かった…」ヘナヘナ…
目の前の危機を乗り越えることができ、タツヤはその場に崩れ落ちる。
どうやら緊張の糸が切れてしまったようで、直ぐには立ち上がれそうに無かった。
「…」フワ…ストン
「あ…」
「あ、暁美さん」
座ってしまったタツヤの目の前に、魔法少女の衣装に身を包んだほむらが空から降りてくる。
地面に着地すると背中の黒い翼は消え、彼女は少年を見下ろした。
「全く何回魔獣に襲われれば気が済むのよ、あなた」ハァ
「…ごめんなさい」
ほむらが大きな溜息を付いてから呟く。
それも、仕方無いのかもしれない。
1回や2回ならまだしも、流石に3回も魔獣に襲われている姿を見れば、誰だって溜息の一つや二つ付きたくもなるだろう。
それでも、助けに来てくれたことはいくら感謝しても足りない位、有難いことだとタツヤは思う。
教会では、自分はそんな優しくない、助けたのは気まぐれだとか言っていたほむら。
だが、タツヤにはやはりほむらがそこまで悪い人だとは…どうしても思えなかった。
「…まあ、あなたのせいではないでしょうけど」チラ
「は、はあ…」
ほむらはそう言って、視線を逸らす。
逸らしたというより、別の何かに視線を移したようだった。
その視線が気になったタツヤは、追うようにして目を動かす。
すると、視線の先には…
「…」キュップイ
いつの間にか安全な所まで避難していた、あの白い珍獣が立っていた。
『…』
『…なんだい?』
『…別に』
ほむらは鋭い視線で珍獣を睨み続ける。
キュゥべえも、最初はいつも通りの涼しい顔でテレパシーを送り、彼女の事を受け流していた。
しかし、次第にばつが悪くなったのか、ぷいっと視線を逸らしてしまう。
その様子を見て、タツヤはやはりキュゥべえが何か企んでいたのかと再確認する。
「鹿目タツヤ」
「は、はい!!」
キュゥべえを見ていると、少年は突然ほむらに名前を呼ばれる。
タツヤは大慌てで向き直り、その場で立ち上がって返事をした。
「分かってると思うけど、此処は危険よ」
ほむらは鋭い視線を変えずに、注意を促す。
タツヤはその言葉を聞いて、改めて危機感を募らせた。
「幸いにも、この瘴気は出現してまだ間もないから、まだ間に合う筈…」
「一緒に付いていってあげるから、今すぐ此処から脱出しなさい」
今すぐ脱出しろ、そうほむらは語尾を強くして言う。
確かに、此処を抜け出せるのであれば、この少年にとっては安全だろう。
ほむらも、タツヤがいなくなってからの方が魔獣を退治しやすいに決まっている。
ここはほむらの言う通りにする事が賢明だと、誰が聞いてもそう思うだろう。
だが…
「え、でも…」
何故かタツヤは、ほむらの提案に難色を示していた。
理由は、正直この少年にもよく分からない。
ただ、このままほむらを1人にすれば、彼女が大変な目に遭うのではないかと…そんな予感がしていたのだ。
だが、だからと言ってタツヤが何か出来るとは到底思えない。
それでも、このまま放っておくわけにはいかないと、少年の中の何かが訴えていたのだ。
「…」キッ
「うっ」
しかし、ほむらは視線を更に鋭くさせてタツヤを睨みつけてくる。
黙って自分の言う事を聞けと、暗に示しているようだった。
ほむらの視線の鋭さに、思わず少年もたじろいでしまう。
やはり余計なお世話なのだろうかと、思わず考え直してしまうくらいに。
「それはあまり得策ではないよ、ほむら」
「え?」
だが、そんなほむらに再び難色を示したのはタツヤではなく…キュゥべえであった。
「瘴気の広がり方が予想よりも早い」
「それに空間が捻じ曲がっていて、元の世界とは…もう完全に切り離されてしまってるよ」
「この子を脱出させるのは、ほぼ不可能にだろうね」
キュゥべえはタツヤとほむらの間に割り込むと、今の状況を説明し始める。
この珍獣が言うには、今の現状は厳しいものだという。
前回はそこまで強力ではなかったが、今回はそうもいかないらしい。
タツヤが感じた嫌な予感とは、こういう事なのだろうか。
「…」
「今は、君の傍に置いておくのが一番安全なんじゃないかな」
「…」
キュゥべえの提案に対して、ほむらは黙り込む。
一緒に居れば確かに安全だ、タツヤ自身も願ってもないことだろう。
だが、ほむらといえども…人の事を気にしながら戦う事は厳しいかもしれない。
「あ、あの」
「俺、暁美さんの迷惑にはなりませんから」
「いざって時は…自分の身は自分で守ります!!」
タツヤはそうほむらに宣言する。
タツヤは、ほむらの邪魔をしてしまうのなら流石に申し訳ないと、
迷惑の掛からないように、自分のことくらいは自分で何とかと話す。
「無理に決まってるでしょ」
「うっ」
しかし、タツヤの言葉はほむらによって一蹴されてしまう。
よくよく考えれば確かにそうだ。
そんな力があれば、そもそも守ってもらう必要もない。
逃げ回るとしても、それでは迷惑を掛けている事と一緒である。
これでは、結局ほむらの足手まといにしかならないのではとタツヤは項垂れてしまう。
やっぱり、自分は何も出来ないのだろうかと―――
「…はあ」
そうタツヤが下を向いていると、ほむらが溜息を漏らす。
パァァァアア…
次の瞬間、急にタツヤの目の前が光り始めた。
少年は驚き慌てて前を向いたが、その光はまぶし過ぎて…何が起きているのかが分からない。
「持ってなさい」ブン
「え?あ、うわっ」ガチャ
光が収まると、ほむらはいつの間にか腕に何かを抱え込んでいた。
そして、その何かをタツヤに向かって投げる。
少年が慌ててキャッチしたそれは、ずっしりと重量感のある縦長の代物だった。
「…剣?」
それは、鞘に刃が収まった一本の剣。
鞘から剣を抜くと、日本刀のように片方にのみ刃が付いている。
刃には根元に青色の模様が刻まれており、取っ手には黒色のグリップとそれを覆うように金色の金具が取り付けられていた。
今の光は、この剣を作り出す為の物。
これもまた、魔法で作られた武器なのだろう。
「一応、あなたが危ない目に合わないように配慮はするわ」
「でも…いざとなったら、それで自分を守りなさい」
ほむらはその剣を渡すと、少年に背中を向け淡々と話す。
「は…はい」
当然の話だが、タツヤは刃物を扱ったことがない。
そんな自分に、こんな立派な剣を扱うことが出来るのかと、少年は少し不安になる。
だが、自分が言いだした事なのだからと、少年は腹を括る。
ほむらに此処までしてもらったのだから、やるしかないと。
「ほむら、その剣ってさやかの…」
『余計なこと言うんじゃないわよ』
しかし、ほむらが少年に渡した剣。
それは、かつて美樹さやかが使っていたもの。
所謂、さやかの“形見”であった。
「…」
「ん?お前、何か言ったか」
「いや、別に」
その事を知る筈もないタツヤは、あっけらかんと剣を振り回す。
本来ならば、大事に扱わなければならないものなのだが…
知らないのだから、致し方ない。
「ただ君にその剣じゃ宝の持ち腐れだねって」キュップイ
そんなタツヤにキュゥべえは皮肉たっぷりの言葉を浴びせる。
その剣は今のお前には過ぎたるものだ。
そんな意味を、言葉の内々に込めながら―――
「(イラッ)」
「ふんっ」
「ちょ」グサ
「」パタリ
キュゥべえの発言にイラッとした少年は、剣を鞘から抜きそのまま突き刺す。
この剣が過ぎた物であることは本人も薄々感付いていたが、いざこの珍獣に言われるとやはり腹が立つようだ。
剣を突き刺すと、キュゥべえは動かなくなる。
しかし、タツヤはコイツは何をされても死なないだろうと最早驚くこともなかった。
「」プラーン
「よっしゃー、取ったどー!!」
キュゥべえを刺した剣を高らかに上げ、そう宣言するタツヤ。
渡された時は中々重さがあるなと思っていたタツヤだが、いざ扱ってみるとそこまで気にはならない。
片手でも充分扱える重さだ。
振り回すだけならこの少年でも何とかなるだろう。
「…何してるのよ」
「あ…」
気付くと、キュゥべえとのやりとりを見ていたほむらに哀れみの目を向けられるタツヤ。
今、彼は完全に自分の世界に入っていた。
それに気づいたタツヤは恥ずかしさのあまり顔を紅くする。
「ふざけているなら、置いていくわよ」
「す、すいません…」
ほむらは厳しい口調でタツヤを嗜めると、再び背を向けそのまま歩き始めた。
少年は刃を鞘に納め、慌てて彼女に付いていく。
邪魔にならないようにと宣言しておきながら、早速邪魔しているような気がするタツヤであった。
「空気読みなよ」キュップイ
「お前に言われたくない」
こんな状態ではほむらの足手まといになる事は、火を見るよりも明らかだった。
もう少し、気合いをいれていかないと少年は思う。
そんな新たな決意と共に、タツヤはほむらの後を追うのだった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
「…」
「…」
瘴気の中を歩き出してから、結構な時間が経っていた。
奥へ奥へと進んでいくほむらの後を追うように、タツヤは後ろを歩いている。
周りのおどろおどろしい雰囲気は変わらないが、今のところ魔獣が出る気配はない。
キュゥべえも大人しくしているので、現状では特に騒ぎは起こっていない。
起こってはいないのだが…
「(き、気まずい…)」
その静けさが、かえって少年を不安にさせていた。
ほむらは、先程から一言も言葉を発さずに歩き続けている。
まるで、タツヤがいないかのように…ただただ前を見据えて進んでいるという感じであった。
「(なんか…なんか話を…)」
「(いや、でも…また余計な事言って怒らせたら…)」
何とかこの沈黙を打破しようと、ほむらに話し掛けようとするタツヤ。
だが、教会での事がどうしても頭にチラついてしまい、中々勇気を出せずにいた。
このような時に限って、キュゥべえも黙ったままである。
本当にどうしようかと、タツヤは頭を抱えた。
「…き」
「ん?」
だが、そんな沈黙を破ったのは意外にもほむらの方であった。
突然足を止め、その場に立ち止まると、タツヤを見ずに彼女は呟く―――
「教会での事は…悪かったわね」
「えっ」
―――それは、教会で起きた一連の出来事
「私も、少し言い過ぎたわ」
「…ごめんなさい」
ほむらは、タツヤに向けて謝罪の言葉を口にする。
その時の彼女は、さっきまでとは違い…凄く弱々しく見えた。
それこそ、触れば壊れてしまいそうなくらいに―――
少年にとって大きく見えていた筈の背中が、急に小さくなったような気がした。
「い…いや、そんな」
「暁美さんは悪くないですよっ」
そんなほむらを見て、慌てて言葉を返すタツヤ。
「俺が何も知らないのに好き勝手言ったからで…」
「むしろ謝らなきゃいけないのは…俺の方ですから」
今回の事は全て自分の責任であり、ほむらに一切の非はない。
タツヤそう言わずにはいられなかった。
勿論、それが本当のことだと自分自身が思っていたからという事もある。
しかし、一番の理由は―――
今のほむらが、教会で一瞬だけ見せたあの彼女の姿と重なったからだ
直ぐにでも泣き出してしまいそうだった、あの時の彼女と―――
「…ほんと、優しすぎるわね。あなた」
「えっあ、いや…」
ほむらは背中を向けたまま、そんな事を言う。
だが、タツヤとしてはそれが果たして『優しさ』なのかどうかが分からなかった。
あの姿を見ると、何故か彼女を守らなければいけないという使命感に駆られるタツヤ。
実際、守られているのは少年の方なのだが…。
「私はあなたに怪我までさせたというのに」
「あ、それなら」
「なんか大丈夫だったみたいです」
ほむらは自分の矢でタツヤを傷つけてしまったことを後悔していた。
だが、その事だったら心配は要らないと少年は答える。
確かに、最初の頃は痛かった。しかし、今はそうでもない…と。
なにより―――
「大丈夫ってあなたね…」クルッ
「!?」
「あ、あなた…頬の傷どうしたのっ!?」
ほむらは振り返り、タツヤの顔を見て驚愕する。
どうして―――傷が付いていないのか、と
「え?いや、なんか気付いたら消えてたっていうか…」
「そこまで酷い傷じゃなかったみたいですよ」
どうしてと言われても、正直自分にもよく分からない。
ただ、気付いたら痛みが消えて傷も治っていたのだと少年は言う。
タツヤ自身、傷の事はてっきり彼女も知っているのだと思っていた。
傷が治った事も、恐らく魔法が影響しているんだろうなと考えていたのだから。
「(そ…そんなわけない)」
「(あの傷が、そう簡単に治るはずが…)」
「ど、どうかしました?」
ほむらが、少年の顔をまじまじと見つめたまま動かなくなる。
タツヤは彼女にじっと見られたせいか、恥かしくなり思わず視線を逸らす。
「(この子は…一体…)」
「?」
「な、なんでもないわ…」
動揺を隠すようにほむらは視線を逸らし、再び前を向いて歩き始める。
タツヤはそんな彼女の姿を見て、どうしたのかと首を傾げる。
更に、自分の傷の事をほむらが知らないという事実が、タツヤを混乱される。
一体誰が、傷を治してくれたのかと…。
「…」
「…」
その後、タツヤ達の間には再び沈黙が訪れる。
先程の会話のおかげで、そこまで気まずくはない。
だが、やはり少し寂しいと…少年は何か話は出来ないかと話題を探る。
「あのー…」
「…何?」
「さやかさん達は、居なくなる直前まで暁美さんと一緒に居たって聞いたんですけど」
「本当なんですか?」
そこで、ふと少年の頭を過ったのは…例の行方不明事件についてだ。
『まどか』の石碑のことを聞こうとも考えた。
だが、この話題も前々から気になっていた事であった。
なにより、この事件は今日彼女達に会いに行くきっかけになった事だったからc。
「誰から聞いたの?」
「えと、和子s…じゃなくて、早乙女先生に」
「…そう」
和子の話では、事件のせいでほむらは警察の取調べを受けたのだという。
そしてその後、高校を中退したのだと少年は聞いた。
新聞記事に載っていない話だったが、実際のところはどうだったのだろうかと。
「本当よ」
「!!」
ほむらが、タツヤへと振り向かずに短く答える。
その話は、本当だと―――
「な、なんで…」
「大した理由じゃないわ、一緒に戦ってたからよ」
タツヤの問いに対して、動揺する素振りも見せないほむら。
歩くスピードを緩めることなく、前に進みながら彼女は話を続けた。
「私と、美樹さやかと、佐倉杏子と、巴マミ…」
「…」
「ん?」
「…その、4人でね」
途中、話が中途半端なところで切れた事がタツヤには少し気になった。
だが…特に意味はないのだろうと聞き流す。
話によると、ほむらは呉キリカを除く3人と行動を共にしていたという。
呉キリカを除くという部分だけが、和子の話とは少し異なっている。
少年は、先の織莉子の話から恐らくキリカは織莉子と一緒だったのだろうと推測する。
「じゃあ、あの人達は暁美さんの目の前で…」
しかし、その事実は同時に1つの結論を導き出す。
それは…事件の3人が、ほむらが居るところで連れて行かれたということだ。
円環の理という、魔法少女の天国と言われる場所に――――
「こんな事言うのは、アレなんですけど」
「辛くなったり、しなかったですか?」
仲間が―――目の前でいなくなる
そんな経験を、ほむらはこれまで何度もしてきたということ。
1度だけでも、常人の精神ではかなり堪えるだろう。
ほむらはその時どう感じていたのだろうと、少年は考える。
辛いという感情や、悲しいという感情はあったのだろうかと…。
「…別に」
「え」
しかし、そんなタツヤの考えとは…全く別の答がほむらから返ってくる。
「彼女達とは、たまたま魔法少女としての利害が一致していたから一緒に居ただけで」
「それ以上の関係なんて無いもの」
ほむらは言った。
自分とさやかさん達に、特別な接点なんて無かったと。
だから、例え目の前でいなくなったとしても…何も感じることはない。
感情を隠すように…抑揚のない冷たい口調で、ほむらは言い切った。
「でも、俺が暁美さんの家に行ったとき、部屋には写真が…」
「…」
「あれって、巴マミさんや佐倉杏子さんとの写真だったんじゃないんですか?」
タツヤには、ほむらの言葉がにわかには信じられなかった。
何故なら、彼女の部屋には…彼女と彼女の仲間らしき人物が仲良く写った1枚の写真が飾ってあったのだから。
織莉子の話を聞いて思った。
あの写真に一緒に写っている人物は、行方不明になった少女達だとタツヤは分かっていた。
あの写真を眺めるほむらは、とても懐かしそうで…そして、寂しそうな表情をしていた。
だから…いなくなって、何も感じないわけがないと。
「だったら、何?」
「あっいや…」
しかし、それでもほむらは冷たい口調を変えることはなかった。
「そもそも」
「私に、仲間なんて本当はいらないのよ」
「私は、1人でも戦える」
「…誰にも、頼らない」
此方を一切見ることなく、ほむらは言葉を続ける。
あくまでも自分は1人で充分なのだと、そう主張するかのように…。
だが…タツヤには、それが彼女の本当の気持ちだとは思えなかった。
何故なら、その話をする時の彼女は、冷たい態度を装ってはいたものの…どこか哀しげで―――
その言葉に、力強さがまるで感じられなかったから―――
「暁美さん…」
「でも、それって、寂しくないですか…?」
タツヤは、彼女に言った。
1人で生きることは、寂しいだろう…と。
魔獣との戦いは―――いつでも命懸け
そして、例え戦いで生き残ったとしても、その先に待っているものは―――
そんな残酷な宿命を背負い、辛い戦いに立ち向かう魔法少女だからこそ
普通の人間よりも短い人生だからこそ、支えあえる仲間が必要なのではないかと、タツヤは思った。
支えられてばかりの自分が言っても、何の説得力もない。
そう考えても、今のほむらを放っておくことが…タツヤには出来なかった。
「えぇ、全然」
「むしろ、清々するわ」
「余計な事考えなくていいもの」
しかし、それでも―――タツヤの気持ちとは裏腹に、ほむらの態度は変わらない。
少年は思う。
教会での事といい…どうして、彼女は此処まで頑なに1人であることに拘るのだろうと。
まるで―――他人にワザと嫌われて、自分から孤独になろうとしてるみたいである。
何故…どうして…と、タツヤはほむらの行動に頭を悩ませる。
「そう、ですか」
「でも、仁美さんも早乙女先生も…心配してましたよ」
「暁美さんが元気にしているかって」
周りのほむらを知る人達は、皆彼女の事を気にしていた。
事件の事で警察にとやかく聞かれた後、彼女は高校を中退しているのだ、無理もないだろう。
皆心の底から心配していたのだ、ほむらのことを―――
社交辞令とか、そんなものではない。
仁美も和子も…ほむらが元気だと聞いた時、安堵の表情を浮かべていたのだから。
そうやって心配してくれる人がいることは、凄く有難いことだと…少年は思う。
「…」ピタ
しかし、仁美達の話を話題に挙げると、ほむらはゆっくりとその場に立ち止まる。
「私は…貴方達に心配されるような存在じゃないわ」
「え?」
そして、少しの沈黙の後…ポツリとそう呟く。
一瞬、タツヤは彼女が何を言っているのかが理解できなかった。
貴方達に心配される存在ではない。
一般人に心配されるほどやわではない、そう言いたかったのかと。
「私は、もう『人間』じゃなくて『魔法少女』なんだから」
「いやいや!!そんな魔法少女だって立派な人間じゃ…」
突然、何を言い出すのかと…タツヤは軽く混乱する。
まるで、人間と魔法少女が全く別の生き物であるかのような言い分であった。
タツヤは、例え貴方達がキュゥべえと契約した魔法少女だったとしても、元々が人間であることに変わりはない。
そう―――少年はほむらに訴えようとした
だが…
「違うわよ」
「!?」
「貴方達と、私達は違うのよ…」
ほむらは、タツヤの言葉を遮るように言葉を返す。
語尾を強め…自分違うのだと、改めて訴えてくる。
何故、こうまで自分達が『人間』ではなく『魔法少女』なのだと主張するのかが、少年には分からなかった。
魔法少女に魔法や円環の理以外の事で、人間とは決定的に違う何かがあるのかと…。
「だって…私達は…もう」
そんなタツヤに対して、ほむらは此方に振り返り…何かを言いかける。
だが―――
「オオオァァァアアア!!!!!」ドゴォォン
「来たよ!!」
「!?」
再び、地鳴りのような呻き声が辺り一面に木霊する。
周りから静けさが消え、燃え盛る炎がより一層激しさを増していった。
気温も一気に上昇し、タツヤとほむらがいる場所は『灼熱地獄』とでも表現したくなるような場所へと変わり始めていく。
「オオオォォォォオオオオオォォォォオオ!!!!!」ドゴォォン
「くそっ!!」チャキ
火山が噴火したかのような爆発音と共に、先程と同じタイプの魔獣が姿を現す。
魔獣はタツヤ達のいる方向へと体を向け、そのままゆっくりと前に進んできた。
少年は震えながらも、『自分の身は自身で守る』という宣言を有限実効とするため、ほむらから渡された剣を構える。
「あなたは離れてなさい」スッ
「えっ」
しかし、タツヤは前に出ようとするとほむらによって片手で制される。
「邪魔になりたくないんでしょ」
「だったら、大人しく後ろで見てなさい」
「あ…はい」
ほむらの言う通り、タツヤは大人しく後ろに下がる。
武器を持ったからといって急に強くなるわけでもない。
此処は、やはりほむらに任せるのが懸命だろう。
今タツヤに出来る事は、大人しくこの場を離れることだけ。
なんとも情けない話だと、少年は自分の無力さを痛感する。
だが、邪魔をするよりはマシだとタツヤは剣を鞘に納めた。
「オオオァァァァァァァ!!!!」ズゥゥゥン…ズゥゥゥン…
「悪いけど、今機嫌が悪いの」ファサァ
「さっさと消えて」
魔獣は大きな足音を鳴らしながら、タツヤ達へと向かってくる。
ほむらはそんな魔獣と対峙し、自らの魔力で黒い弓を出現させ、それを構えた。
「ガァァァァアアアアア!!!」
「ウ゛ァァァァ「ア゛ア゛ア゛…ア゛ア゛「ガァァアアア…「オォオォォォォォオオオ
「ウ゛ガガガガ…「ガァァアアア」ンヌァァァアアア」アアアアギィィィァァァアアアア
アアアアア」ア゛ア゛ア゛」ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァ」ァァアアアアア!!!!」
最初は1体しかいなかった魔獣も、次第に数が増え…後ろから次々と迫ってくる。
ざっと数えても、10は超えているだろうか。
ゆまの時もそうだが、魔法少女は1人でこれだけの数を相手にしなければならない。
遠くから見ているタツヤは、本当に大丈夫だろうかと少しだけ不安になる。
「…」
しかし、当のほむらは少年の心配を他所に、動じる姿を一切見せず怯む様子も無かった。
この状況に慣れてしまっているのか、その後姿には余裕すら感じさせる。
「ウガァァ「アアア「アアアア「アアァァァ「ウガァァァアアア!!!!!」ァァァァ!!!!」ァアアアアア!!!!」ァァアア!!!!」アアアアアアアア!!!!!!」
ある程度まで近付くと、複数の魔獣が一斉に襲い掛かってくる。
ほむらに向けて炎を吐き出す奴もいれば、そのまま突進してくる奴もいた。
「…」ヒョイ
しかし、ほむらはその攻撃をいとも簡単にかわしていく。
背中に黒い翼を展開させ、真上に高く飛んでかわす時もあれば、単純にサイドステップやバックステップでかわす時もある。
常人では考えられないような動きを見せ、魔獣の攻撃を次々と交わしていった。
顔色一つ変えることなく魔獣達の猛攻を交わし切ると、ほむらは魔獣から一定の距離を取る。
―――アローレイン―――
そして、魔法で作った一本の矢を魔獣達の頭上高くに打ち込むと、そこから巨大な魔方陣が現れる。
魔方陣は全ての魔獣を覆うように展開され、魔獣達目掛けて無数の矢を降り落としていった。
「アア…ア「アアアア「…ァアアアア…「アアアアァ…「アアア…アァァァアアアアア!!!!」ァァアア…!!!」…アアアア!!!!」ァァアアァァ…!!!!」アアアアァァァ!!!」
魔獣達は自分達の頭上から降ってくる無数の矢に抗うことができず、次々と矢の餌食となっていく。
複数の矢が体に突き刺さり、魔獣達は1体また1体と姿を消していく。
降り下ろされる矢の雨は、最後の1体を完全に駆逐するまで止むことは無かった。
「強…」
一部始終を見て、思わずそんな言葉が漏らすタツヤ。
ゆまも充分強かったが、ほむらはまた圧倒的な強さだった。
あれだけの数を相手にして、強力な魔法を使ったにも関わらず、ほむらは息1つ乱していなかった。
「まあ、彼女はこの町で一番のベテランだからね」
当たり前だよ、とキュゥべえは言う。
それでも、これだけ強くなる為にはどれだけの場数を踏めばいいのか、この少年には想像出来ない。
彼女は、どれだけの修羅場を潜り抜けてきたのだろう。
10年近く戦ってきたのだから、それはもう数え切れない程の戦闘をこなしてきただろう。
むしろ―――
その10年という“時間”すら彼女は越えて戦ってきたのではないか―――
それくらいの事を思わせる強さに少年は思えた。
「終わったんですか…?」
魔獣達が全て消滅して、魔方陣が消えるとその場には再び静けさが戻る。
タツヤは周りを確認しながら、ゆっくりとほむらに近付いていった。
彼女の圧倒的な強さに成す術がなかった魔獣達を見て、少年は安心しきっていたのかもしれない。
「まだよ」
ほむらは未だ先程以上に鋭い視線で、辺り一面を見渡していた。
近付いてきたタツヤに、視線で止まれと合図してくる。
そんな彼女に気圧され、タツヤはその場でピタリと立ち止まった。
「『親玉』がまだ出てきてないわ」
「え、親玉?」
視線を動かし周りを警戒しながら、ほむらが言う。
魔獣が消滅しても未だ瘴気の消える様子はない。
タツヤは、『親玉』とは一体何なんだと疑問を抱く。
ゆまの時のように、巨大な魔獣が出て来るとでも言うのだろうか…と。
「そうでしょ?」
「…そうだね」
ほむらとキュゥべえが、主語の見えない会話を始める。
どちらも、気を緩める様子は一切なく、むしろ警戒を強化しているようだ。
一方のタツヤは、話が読めず…蚊帳の外にいるような気分になる。
「どういう事?おい珍獣、説明しろ」
1人置いてけぼり状態のタツヤは、キュゥべえに事情を説明するよう要求する。
自分だけ話の内容が理解出来ないのは、何となく嫌だったのだ。
「…」
「この瘴気には…」
キュゥべえは少し言いづらそうにして、下を向きながら話し始める。
しかし、キュゥべえの話が最後まで続くことはなかった。
なぜなら、この珍獣がそのまま話をしようとした瞬間―――
「ギィィィィィィィヤ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァッァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「おわっ!!」
これまでの地鳴りのような物とは比べ物にならない程の叫び声が、辺り一面に木霊したから。
タツヤは突然の事で驚き、思わずその場でふらついてしまう。
その声は…それこそ、地獄から這い上がってきたかのような―――
あるいは、このまま大地が裂けてしまうのではと思うような…それくらいの迫力であった。
「…来たわね」
ほむらは、その叫び声を聞くと弓を持つ手に力を込める。
大地を両足でしっかりと踏みしめ、声の聞こえる方向を睨みつけるように体ごと視線を向けた。
ほむらの視線の先には、今ではマグマの溜まり場に変わっている大きな池がある。
叫び声はあの池から聞こえてくるようだ。
声は次第に大きくなり、マグマと化した池が波を立てて荒れ始める。
「ギィィィィィィィイイイイイイイイイ!!!」
そして、マグマが一気に吹き上がると…その中から魔獣らしき謎の化物が現れる。
化物である時点で、魔獣には違いないのだろうが…
それにしても―――
「な、なんだアイツ!?今までの魔獣と全然違うぞ!!」
目の前に現れた魔獣は、今まで見た魔獣とは姿がまるで異なっている。
これまでの魔獣にも確かに違いはあった。
しかし、基本はいつも巨大な人型であった。
だが、この化物は違う。
大きさが人間と大差がなく、魔獣にしては小柄であった。
更には、背中からメラメラと燃える翼を生やし、その他体全体にも燃え盛る炎を纏っている。
両手両足には鋭い爪を持っており、
その魔獣は―――まるで朱雀を思わせるような姿形をしていたのだ
「やっぱり、この瘴気は『深化魔獣』の住処だったんだね」
魔獣の姿を見て、キュゥべえが声を挙げる。
嫌な予感が的中した、とでも言いたいかのように溜息を付きながら
「は、しんか?」
キュゥべえの言葉が気になり、声を漏らすタツヤ。
深化魔獣とは、一体何なのかと…今までの魔獣とは違うのだろうかと疑問を抱く。
「魔獣が呪いの性質によって違うっていうのは、前に説明しただろう?」
「その他にも、形成される呪いの強さによって魔獣は姿形や強さが変わるんだ」
少年の反応を見て、徐にキュゥべえが説明を始める。
何故、あの魔獣が他の魔獣と姿形が大きく異なっているのかということを…
そして、『深化魔獣』とは一体何なのかということを―――
「以前、君が襲われた魔獣は姿形も他と大して変わらない第一段階。いわば一般的な魔獣」
「続いて、この間ゆまと戦ったあの大型の魔獣が第二段階。通称『変異魔獣』」
「呪いの強さが一般よりも強くなって、姿形に特徴が出始めた魔獣だ」
他の魔獣とは大きさや姿形が多少違っている魔獣が、『変異魔獣』―――
「そして、第三段階。『深化魔獣』」
「その姿形にも大きな影響を及ぼすくらい、構成される呪いがより強力になっている魔獣」
「他とは似ても似つかない独特の姿を持っていて、通常の魔獣を手駒に置くことすらある」
そして、更なる変化…進化を遂げたのが『深化魔獣』―――
強さも含めて一番厄介な魔獣であると、キュゥべえは続けた。
深化魔獣とは、魔獣の中でも一番ランクの高い強力な魔獣であると。
ゆまが戦った変異魔獣でさえ、相当の強さであった。
それ以上の強さだと聞いても、タツヤには想像が出来なかった。
そんな化物が相手だと聞いて、ほむらは大丈夫だろうかと不安になる。
「長々と説明してないで、さっさとその子を連れて離れなさい!!」
「来るわよ!!」
少年がそんな事を考えていると、ほむらが急かすように突然大声を挙げる。
彼女の声に反応して、タツヤは視線を前に移す。
前方にいた魔獣は、その燃え滾る大きな翼を広げ…今まさに少年達に向かって来ようとしていた。
「ギィィィィィィィイイイイイイイ!!!!!!」ギュゥゥゥン
「う、うわっ!!」
魔獣が大きな叫び声と共に、少年達目掛けてもの凄い勢いで突進してくる。
タツヤは頭を下げて、間一髪で魔獣の攻撃を回避する。
魔獣が上空を通過すると、その拍子に突風が吹き荒れ、危うく何処かに飛ばされそうになる。
身体から飛んだ炎が通過した場所を示すように、その場で燃え盛っていた。
「タツヤ、こっちだ」
「お、おう!!」
キュゥべえがいつの間にか遠くまで移動し、そこからタツヤに手招きをする。
その場所は、瓦礫など障害物が積み重なっていてバリケードのようになっていた。
人間1人が隠れるには、充分なスペースがある。
この魔獣の攻撃を受ける心配もないだろう。
「あっ暁美さん!!」
タツヤはキュゥべえの下へ駆ける前に、ほむらに視線を向け声を掛ける。
「行きなさい、私は大丈夫よ」
彼女は此方に振り返ることなく、返事を返す。
視線は目の前の魔獣を捉え、ほむらは武器を構えて既に戦闘体制をとっている。
その姿を見て、少年は静かに察する。
これ以上、自分が此処にいても…恐らく足手まといになるだけだろうと。
「…」
「が、頑張って下さい!!」ダッダッ
タツヤは、一言それだけ言い残してほむらに背を向ける。
もっと色々言いたいことはあった。
だが、とりあえず今はこれだけと―――
いざという時の為に、ほむらから渡された剣をしっかり握り締めて、タツヤはキュゥべえの下へと向かった。
「…」
「頑張れ、か」
「ギァァァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
「…来なさい!!」バシュッ
魔獣が再びほむらに目掛けて突進してくる。彼女は弓を構え矢を放ち、魔獣を迎え撃つ。
ほむらと魔獣との戦いが―――今、始まった
―――灼熱の魔獣(深化) 呪いの性質は『家族愛』―――
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
―――黒き閃光(ブラックレイ)―――
ほむらは自分の目の前に魔方陣を展開させ、それを通過させるように矢を放つ。
魔方陣を通り抜けた矢は、黒い巨大な光線へと変化する。
そのレーザー砲のような光線は、目にも留まらぬ速さで次々と魔獣に襲い掛かかった。
「ギギギギギギギギギギギッギギィィィィィィイイイイ!!!!!」ビュゥゥン
「っ!!」チッ
「(速いわね…)」
しかし、魔獣は彼女の放った攻撃全てを交わしてしまう。
他の魔獣よりもサイズが小さいためか、瞬発力に長けているようだ。
魔獣は攻撃を交わしきると、自らの体に炎を纏い再びほむら目掛けて突進する。
ほむらもその攻撃を空を飛んで交わすが、魔獣の動きは速さを増していき、それも難しくなっていく。
「おい、あんな奴本当に暁美さん一人で倒せるのか!?」
ほむらが対峙する魔獣は、恐ろしい程のスピードであった。
そのスピードも時間が経つごとにどんどん上昇していき、今ではタツヤの目では捉えきれない程の速さとなっていた。
最初の頃はほぼ互角の戦いだったが、徐々にほむらが押され始めている。
「難しいかもね」
「難し…っておい!!」
しかし、焦っているタツヤとは裏腹にキュゥべえは落ち着いていた。
ほむらが負けるかもしれない。
そう、珍獣は言い切ったのだ。
少年はこの状況で冷静に分析してどうすると、軽く憤りを感じる。
ほむらが負ければ自分達も危ないのに…と。
「一応、さっきゆまに応援を頼んではおいたけど」
「それまでは彼女一人で持ちこたえなければいけない」
「最悪の展開も考えておかないとね」
「なんでお前はいつもそうやって淡々と…」
そうは言っても、タツヤは分かっていた。この珍獣が、そういう奴なのだということを。
魔法少女の犠牲は、この珍獣にとって痛くも痒くもないことである。
どんなに苦楽を共にした仲だったとしても、インキュベーターにとって魔法少女は消耗品でしかないのだ。
そんなキュゥべえに激しい怒りを覚えるが、タツヤはその感情を必死に抑える。
今は、そんな事をしている時ではなかった―――
「ギィィィィイイイイイイ!!!!」
「くっ!!!」
「あ、暁美さんっ!!」
ほむらは次第に魔獣の攻撃を避けきれなくなり、身体のあちこちに火傷を負い始める。
魔獣は容赦することなく、ほむらに突進攻撃を繰り返した。
明らかに、彼女の方が分が悪い。
「(この魔獣、弓じゃ攻撃が当たらないわね…)」
「(…仕方ない)」
「ギガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」ボァァァアアア
「暁美さん、危ない!!」
トドメを刺すつもりなのか、魔獣はこれまで以上に炎を全身に纏い、まさに不死鳥のような姿へと変貌する。
そして、全身の炎を激しく燃え滾らせ、ほむらに襲い掛かった。
アレをまともに受けてしまえば、いくらほむらでもただでは済まないだろう。
「あまり、この戦い方は人には見せたくないのだけど」ボソッ
だが、ほむらは魔獣の攻撃を避けようとはしなかった。
むしろ…真っ直ぐに前を見つめ、魔獣が迫ってくるのを待っているようだった。
あっという間に魔獣はほむらへと接近する。
そして…そのまま、魔獣の攻撃はほむらに直撃した―――
「…!!」ス・・
ギィィン!!!
―――だが
「…え?」
「ギ…ガガ…」
直撃したかに見えた魔獣の攻撃だったが、何故かほむらに攻撃を受けた様子はない。
むしろ、攻撃を仕掛けた魔獣の方がダメージを負っているようだった。
タツヤは何が起きたのかと思い、再度ほむらに視線を向ける。
すると、少年はあることに気付く。
ほむらの持っている武器が―――
「…」
「…槍?」
―――弓ではなく黒い槍に変わっていたのだ
「ガァァァァァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
「っ‼」ブンッ
―――鉄砕鞭―――
「ギガァァァァアアアア!!!!」
再び襲い掛かってきた魔獣に向けて、ほむらは槍を振う。
槍は持ち手の部分が鞭のようにしなり、刃を届かせるように伸縮して魔獣に向かっていく。
あっという間に魔獣の周りを取り囲むと、先端の刃を魔獣の体に突き刺す。
そして、そのまま魔獣を拘束するように縛り上げた。
「っ!!」ブン
「ガァァアア!!!!」
刃が体に喰い込み、魔獣が悲鳴を挙げる。
ほむらは槍をそのまま両手で握り締め、思いっきり下へ振り下ろす。
拘束された魔獣は、そのまま地面へと叩き付けられた。
「なんだ…あの鞭みたいな槍」
ほむらの持つ槍は、伸縮自在でしなるように曲がり魔獣を追尾していく。
そして、鞭で叩くように自分に近付いてくる魔獣を迎撃していった。
タツヤは疑問に思う。
ほむらはこれまで弓を使っていた筈だ。
それなのに、何故急に槍を使い始めたのか…と。
「あれは、杏子の槍だよ」
「えっ」
すると、そんな少年の疑問に答えるように隣で見ていたキュゥべえが呟く。
そして、その言葉にタツヤは驚愕した。
ほむら使っている物が、『佐倉杏子』の槍であるということに
そして、それを彼女が持っているという事実に…。
「ググググググゥゥゥ…」
「ガァァァアアアアアアアア!!!!」バァァア!!
「うわっ」
再度地面に叩き付けられていた魔獣が、今度はその場から頭上のほむらに向けて炎を吐き出す。
意表を突かれたほむらは、その炎をギリギリで交わした。
避けることは出来たが、彼女の翼には焦げた跡が残っている。
その焦げた跡が、あの炎の威力を物語っていた。
「あいつ、あんな攻撃もできるのかよ…」
ほむらの攻撃を受けて、近付くことは困難だと判断したのか
魔獣は、遠距離攻撃に切り替える。
今回の魔獣は、知能が備わっているようだ。
「グガァァァアアアア!!!」バァァア バァァア バァァア
魔獣は体を起き上がらせ、炎を連続で吐き出す。
突進攻撃よりスピードはないものの、連続で攻撃されると避けるのも一苦労だ。
距離が離れてしまうと槍の刃を届かせる前に、魔獣の攻撃を受けてしまう。
弓を使おうにも、攻撃を避けながらでは標準が定まらない。
「っ!!」ガチャ バン!!
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
「いっ!?こ、今度はなんだ…?」
しかし、ほむらは臆することなく、今度は武器を槍から巨大な銃に切り替える。
ほむらは巨大な銃を2つ取り出し、両手に装着する。
両手の銃を同時に発射させると二つの弾丸は螺旋状になりながら重なり合い、1つの大きな弾丸へと変化する。
その大きな弾丸は、魔獣の吐いた炎すら真正面から掻き消し、そのまま魔獣へと命中すると大爆発を起こした。
「あれはマミの武器だね」
「っ!?」
一部始終を見て、再度キュゥべえが口を開く。
今度は、あの銃が巴マミの武器であると、珍獣は語った。
「なんで、そんな他の魔法少女の武器を…」
先程の槍や、今の銃、何故ほむらは、他人の武器を使っているのだろうと少年は疑問に思う。
自分が持っている剣といい、魔法少女の武器は誰でも簡単に扱えるものなのかと。
「それが彼女の魔法の特徴だからさ」
「!?」
タツヤの問いかけにキュゥべえが即座に答える。
それが、ほむらの得意とする魔法であるのだと―――
「彼女の得意魔法は『侵食』」
「自分以外の全ての能力に介入し、その能力をもぎ取ってしまう魔法だ」
「また凄そうな能力だな…」
相手の能力に介入して、自分の物にする魔法。
佐倉杏子の槍や、巴マミの銃が使えるのも、その魔法のおかげである。
しかし、此処でタツヤは思う。
そんな便利な魔法が使えるなら、何故初めから使わなかったのだろうと。
この魔獣との戦いが始まった時、ほむらは弓だけで戦おうとしていた。
他人の武器で戦いたくはなかったのだろうか、と。
「でも、所詮それは偽物の能力に過ぎない」
「その能力を完全に手に入れることはできないんだよ」
「?」
タツヤがそう思い悩んでいる中、キュゥべえは話を続ける。
ほむらが、どんなに他人の能力を魔法で手に入れたとしても、
それは『偽物』でしかなく―――『本物』の能力にはなれない
「どんな能力でも、彼女の『侵食』という能力が次第にその領域を侵していく」
「手に入れた能力を自分色に染め上げてしまうんだ」
「結局、その能力は本来の能力とは似て非なるものになっていく」
他人の能力を手に入れたとしても、それを全く別の能力に作り変えてしまうのだとキュゥべえは説明する。
それは自らの『侵食』という魔法によって―――
そう、『無意識』のうちに…その魔法は『壊れて』しまうのだと―――
「あの翼だってそうだ」
「最初の頃は、飛行能力のあるただの白い翼だったのに」
「今では、あんな禍々しい黒い翼に変化してしまった」
あの翼もほむら本来の魔法では無かった。
当初は天使が背負っているような白い翼だったのにと、キュゥべえは話す。
「あの翼が…」
キュゥべえの話を聞いて、タツヤは考える。
あの翼は、本来誰の能力だったのだろう…と。
教会に石碑が立っていた内の『誰』か…なのかと。
「まあ実際、僕自身も未だに彼女の魔法を測りきれてはいないんだけどね」
「いや、お前が契約したんだろ」
キュゥべえが話の締めに、そんな惚けた発言をする。
その発言を聞いて、自分が契約したのに何を無責任なことをと少年は呆れる。
「僕には彼女と契約した覚えがないんだよ」
「は?」
しかし、キュゥべえはそんなタツヤに対して、見当違いな物言いをしてくる。
契約した覚えがない。
それは、今まで願いを叶えて魔法少女になってもらうという契約をしてきたキュゥべえらしからぬ発言であった。
「不思議だね」
「いや、何を言ってるんだお前は・・・」
この珍獣の言葉の意味も、何故こんなに落ち着いているのかも、タツヤには理解できなかった。
今まで散々ほむらが魔法少女であることをアピールしてきたのに、今更契約はしていませんと言うのだから仕方ない。
そして、少年は疑問に思う。
ほむらは一体何者だというのか…と。
まるで、『別の世界』から来たかのような…そんな感じであった―――
「とにかく」
「彼女本来の魔法自体には、固有の型がない」
「今使っている魔法も『侵食』の力によって生まれた、偽物の能力」
「彼女の能力は、まさにイレギュラー中のイレギュラーだ」
「まるで、本来あった筈の能力を失った代わりとして」
「彼女の祈りが歪んだ形となって生まれた」
「呪われた能力であるかのようにね」
ほむらの戦いを観賞しながら、キュゥべえが彼女の能力について淡々と語る。
彼女の力は、呪われた能力であると―――
魔法少女暁美ほむらを形成していただろう、本来あった筈の能力―――
そして、今の彼女を形成している『侵食』という名の、呪われた能力―――
これらの言葉が、少年の頭の中で引っかかる。
ほむらは、本当に今までどんな戦いを経験してきたのだろうと。
どのような戦いを経験すれば、このような能力を身に着けてしまうのだろう。
自分達が知っている魔獣とは…全く違う「何か」と、戦っていたとでもいうのだろうか。
様々な事を考えるも、タツヤには根本的な部分が全く分からなかった。
「ギィィィィィィア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
「あっ!!」
そんな会話をキュゥべえと繰り広げている内に、ほむらは銃で魔獣を追い詰める。
攻撃を受け続けていた魔獣は、堪らず空へと逃げ出す。
そして、ほむらに背を向けると、そのまま逃走しようとした。
「逃がさない…!!」ドンドンドン
しかし、逃すまいとほむらはすかさず魔獣に向けて銃を構える。
2つの銃から複数の弾丸が放たれ、魔獣の方向へと飛んでいく。
その弾丸は命中する事はなく、その代わりとして魔獣を360°完全包囲するように周囲を埋め尽くしていく。
退路を塞がれた魔獣は、その場で急停止して成す術がないようにうろつき始める。
―――無限の魔弾―――
「ギガァァァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」ドドドドドドドドドン
その複数の弾丸は、一斉に魔獣に向けて襲い掛かる。
逃げ場のない魔獣に、その全ての弾丸が命中した。
そして、攻撃を受けた魔獣はボロボロになり、そのままフラフラと地面に落ちていく。
「や、やった!!」
今度こそ、ほむらの勝ちだと思い、タツヤは自分のことのようにガッツポーズを取る。
「ハァ、ハァ…」
流石のほむらも苦労したのか、その場に降りて肩で息をしている。
弓に槍そして銃と、ほむらの武器捌きは見事なものであった。
他人の武器であるにも関わらず、完全に使いこなしているように見える。
改めて、ほむらは凄い魔法少女なんだと、タツヤは驚嘆する。
「…」
そんな少年を他所に、ほむらは一つ息を吐く。
ほむらが此処まで武器を使いこなすまでには、随分と長い年月がかかっていた。
最初から『彼女達』の能力を使いこなせていたわけではないのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『ハァ・・・ハァ・・・』カラン カラン・・
それは、今より少しだけ昔の話―――
『なんで…』
『なんで…上手くいかないのよ…』
ほむら、人気の少ない場所で黙々と特訓を積んでいた。
導かれてしまったかつての仲間から奪ってしまった武器を、使いこなせるようになるために―――
『…!!』ゴシゴシ
『もう1回…!!』
『やあ、ほむら。精が出るね』
中々思うような成果が出ないほむらの前に、例の珍獣が現れる。
特訓に集中していたのか、ほむらは珍しくキュゥべえの存在に驚く。
声を掛けられるまで、その存在に気付いていなかった。
『!!』
『…何しにきたのよ』
『特に用事はないさ、ただ君の特訓を覗きにきただけだよ』
労いの言葉を掛けに来たのか、あるいは皮肉を言いに来たのか。
それは分からない。
『邪魔よ、あっち行きなさい』
『冷たいなぁ』
ほむらは、そんなキュゥべえを無視して再び特訓に励む。
『…』ブン ブン
『それにしても、僕には分からない』
『どうして君が、マミのマスケット銃や杏子の槍を使いこなさなきゃいけないんだい?』
キュゥべえは彼女の近くでその様子を見続ける。
そして、ふと自分の思っている事を口にした。
彼女の…特訓そのものの意味についてだ。
『…』バン バン
『君には弓があるじゃないか』
『攻撃のバリエーションが増えるに越した事はないけどさ』
ほむらには自身の武器である弓がある。勿論、メインで使う武器は弓だ。
それなのに、何故仲間の武器の使えるようになければいけないのか。
貴重な時間を費やしてまで、その行動に何の意味があるのか。
『…』
『大体、例えマミや杏子の技を使いこなせたとしても、君の魔法の特性上…』
そして何より、彼女の魔法はその者の魔法を手に入れる事は出来ても…完全に自分の者にする事は出来ない。
いくら『今』の彼女達の武器を使えるようになっても、結局意味がなくなってしまうのだ。
それが分かっているにも関わらず、特訓をするほむらの事が…珍獣はどうしても理解出来なかったのだ。
『…あなたには分からないわよ』
『…』
しかし、ほむらは特訓を続ける。
彼女にとって、この特訓は単純な戦力増強のためではない。
それは、この武器を使っていた仲間達への、彼女なりのメッセージであり―――
彼女達という魔法少女が居た事を、忘れないためであった。
『ふーん』
『やっぱり、分からないよ』
しかし、そんな事は当然この珍獣には分からない。
キュゥべえは、彼女の行動の真意が最後まで理解出来ず、首を傾げるだけであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…」
「(どうやら、ほむら1人でも大丈夫だったみたいだね…)」
喜んでいるタツヤの隣で、キュゥべえが静かにほむらを見つめている。
これまでの彼女の特訓を…曲がりなりにも見てきたのだ。
キュゥべえにも、思うところがあったのかもしれない。
そんな事、隣にいるタツヤには分かりはしないのだろうが。
「よし、これで親玉ってのもやっつ」
少年はほむらが敵を倒したものだと思い、ほむらに駆け寄ろうとする。
これで、戦いは終わったのだと…
「け…た…」
しかし――――
―――ズキッ
「ガッ!!!」
突如―――少年の頭を…再び、あの頭痛が襲い始めた
「なんで…また…」
「うわ…が…」
再度、鈍器で頭を殴られているような激痛が少年を襲う。
教会の時よりも、更に痛みが増しているようであった。
堪らず、その場に崩れ落ちるタツヤ。
あまりの痛みに、立つどころか…目を開けることすらままならなかった。
タツヤは、徐々に目が霞んでいくのを感じ始める―――
『お願い!!うちの子が!!うちの子がまだ部屋に居るんです!!!』
『奥さん、無理です!!貴方まで焼け死んでしまいますよ!!!!』
『いや、いやぁぁぁぁあああああああうちの子が!!!うちの子がぁぁぁぁああああ!!!!』
そして、少年が目を瞑ると…また、見知らぬ光景が映し出される。
目の前に広がる光景は…燃え盛るマンションに、必死に消火活動を続ける消防士達。
それに、必死に泣き叫んでいる…1人の母親であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『この度は、本当に申し訳ありませんでした』
『あなたのお子さんを…救うことが出来なかったのは、私達の力不足です』
直ぐに場面は切り替わり、今度は建物の中の映像が映し出される。
消防士達の上官らしき人物が、その母親に頭を下げている。
母親は、娘らしき子供の写真を胸元に抱えていた。
『…』
『…もう、いいんです』
『消防士さん達は、頑張ってくださいましたもの』
『だから…うっう…』
『本当に…申し訳ありません』
母親は涙を堪えきらず、その場で泣き崩れる。
どうやら、抱えている写真の子を火災で亡くしたらしい。
上官達は、そんな母親にただただ頭を下げるばかりとなっていた。
彼女の子供を火の海から、助け出すことが出来なかったと…。
『うっうっ…』
消防署の廊下を歩く母親―――
その瞳には、子を失った悲しみに満ち溢れている。
『いつまでも泣いてても仕方ないわね』
『帰りましょう、あの子の葬式の準備をしなくちゃ…』
しかし、それでも僅かながら『希望』の光も残されているようだった。
前を見よう、自分の子の分まで生きていこう…と。
そんな『希望』の光が―――
『ぎゃははは…まじっすかー?』
『おう、まじよまじ』
『あの母親うるせったらーなかったわー』
『…え?』
しかし、その『希望』の光が…徐々に曇り始める。
母親が立ち止まった場所にある、消防士達の控える部屋から聞こえてくる声によって―――
『でも今その母親此処に来てるんですよねーこんな話してマジやばくないっすかー』
『大丈夫だろ、今頃うちのお偉いさん達が頭下げてるだろーよー』
『まあ、そうっすよねー』
『でも、あの時子供助けに炎の中に入れば。…さんは英雄だったんじゃな
いですかー?』
『ばーか、なんで俺がガキ1人の為に命張らなきゃいけねぇんだよ』
『漫画やアニメの見すぎだぞーぎゃははははははー』
母親の瞳の中にある『希望』の光が、どんどん…どんどん曇っていく。
そして、その代わりとして…底の見えない『何か』が、母親の瞳を支配していった。
『そうっすよねー今時そんな熱苦しい消防士いないっすよねー』
『そうそう、ぶっちゃけあの時、まだ火も廻りきってなかったから、行こうと思えば行けたんだけどさー』
『めんどくさくてよー』
『ぎゃはははははー、いやー流石っすね』
『あ…あああああ…』
それは、『絶望』という―――底なしの闇
『よせよ、照れるじゃねーか』
『それよりよ、今晩キャバクラ行こうぜ』
『このゴタゴタのおかげで休み取れたしよー』
『いいっすねーお供しますよ』
『あーあ、取り残されたのがガキじゃなくてかわい子ちゃんだったら、俺も助けに行ったんだけどなー』
『まあまあ、今度いい子紹介しますよ』
『おう、楽し…』
『ああ…あああああ…』
『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!』
『絶望』が、母親を満たしていく。
前に進もうとした『希望』の光を掻き消して―――
母親から闇が溢れ出していく。
その闇は、消防士達に対しての『憎しみ』を生み、『呪い』を生み出していく―――
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『うぃひっく…畜生馬鹿女がぁ~』
『ちょっと触るくらい良いじゃねーか、それがてめぇらの仕事だろー』
『ったく、あんなクズ女やっぱ駄目だわー、ひっく』
そして、彼女から溢れ出した『呪い』は―――
『ギィィィィイイイ…』
『あん?何処だぁ此処』
『ギィィィアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!』
―――魔獣として、具現化した
『!!!』
『な、なんだぁ!?』
『グア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!』
『ひっば…化物っ!!!』
『(憎い…)』
『(憎い、憎い、憎い…)』
『(憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!!!!!!!!)』
『や…やめろぉ、こっちくんなぁ!!!』
『誰か…誰か助け…』
『ガァァァアアアアアアアアアアア』
『ぎゃぁぁぁあああああああ!!!』
『あああああ!!!!!熱いっ熱いっ熱いっ熱いっ熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱熱!!!!!!』
『誰か…誰か助けて…!!』
『助けt…』
『…』
『ギィィィイイイイイイイイイイ!!!!!!!!』
母親の娘に対する愛情が、消防士への憎しみを…『絶望』を生んだ。
その『絶望』は、いつしか『呪い』へと変わり、無差別に人を襲う魔獣を生む。
『希望』の光を掴むことは、時として困難である。
様々な試練を乗り越え、人として成長しなければならない。
でも、『絶望』に堕ちていくのは…人にとって、造作もないことだ。
1度、『絶望』という底なしの闇に沈めば、人間はその負の感情を何処までも膨らましていく。
そして、その闇から抜け出すことも…人間にとって、また困難な事。
『人間』とは…そういう生き物なのだから。
どんなに足掻こうとも、人間は『絶望』から―――絶対に逃げられない
「が…は…!!」
「タツヤ、大丈夫かい?」
「が…があ…」
タツヤが頭痛で苦しんでいるところに、キュゥべえが近寄る。
しかし、珍獣に構う力が今の少年には残されていない。
少年には自分の脳内に浮かんだ光景の意味が分からなかった。
映像の内容が目の前にいる魔獣の生まれた要因である事は、何となく分かる。
しかし、何故それが自分の脳内に流れ込んできたのかが分からなかったのだ。
「ハァ…ハァ…」
「!!」
「あの子…また…!」
ほむらもタツヤの異変に気付いたのか、体を引きずりながら空を飛び、少年の方角へと向かう。
だが、その一瞬の油断がほむらにとって、命取りになってしまう―――
「ガァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」バァァア
「えっ、きゃ!!」
倒した筈だった魔獣が、再び起き上がりほむらに向けて炎を吐き出す。
彼女は、その攻撃を避けきることが出来ず、まともに受けてしまう。
「あ、ほむら!!!」
「…くっ」
「ギィィィ…ガァァァァァ…」
ほむらは、攻撃を受けた影響で地上に落下してしまう。
体のあちこちに酷い火傷を負っており、まともに動ける状態ではなくなってしまう。
魔獣は息を吹き返したのか、そんな状態の彼女にゆっくり近付いてくる。
「あ…暁美さん…」
「あっ!!…が…」
ズキッ…ズキッ…
霞む目を必死に開き、タツヤはほむらに呼び掛ける。
だが、頭痛のせいで上手く言葉が出せないでいた。
ほむらは、自分に気を取られたせいであんなことになったと、頭痛に襲われる中…自責の念に駆られる。
そう、あれは…自分のせいだと…
「ぐっ…」
「ほむら、無事かい」
キュゥべえがほむらの下へ向かい、声を掛ける。
「キュ、キュゥべえ」
「早く、あの子を連れて逃げなさい…」チャキ
ほむらはキュゥべえを一瞥すると、ふらふらと立ち上がる。
そして、弓を取り出し魔獣へ向けて構えた。
あの魔獣には弓での攻撃は効果が薄い。
だが、ほむらには…もはや他の武器を使えるような力が残っていなかった。
本来自分の物ではない武器を使うには通常よりも魔力を消費するのだ。
「そんな状態で戦うつもりかい、無茶だよ」
キュゥべえとほむらの会話を聞きながら、タツヤは再び思う。
自分がこんな事にならなければ…ほむらは、魔獣の攻撃を受けなかった筈だと。
結局、自分は足を引っ張ってしまった…と。
あれだけ、威勢の良いことを言っていたのにだ。
ズキッ…ズキッ…ズキッ…
「あなた達が逃げられる時間くらい作るわよ…」
自分のせいでこのままでは、ほむらが…襲われるかもしれない。
そう考えたタツヤは、自分が何とかしなければと頭痛に襲われる身体を引きずる。
しかし、当然だが今の少年に…ほむらを助けられる『力』はない。
ズキッ…ズキッ…ズキッ…ズキッ…
「ほ、ほむら」
「早く!!!!」
その事実が、少年にはたまらなく悔しかった。
ズキッ…ズキッ…ズキッ…ズキッ…ズキッ…
自分に、もっと『力』があれば…と―――
ズキッ…ズキッ…ズキッ…ズキッ…ズキッ…ズキッ…
そう、『力』が―――
ズキッ…ズキッ…ズキッ…ズキッ…ズキッ…ズキッ…ズキッ…
あの魔獣を、倒すくらいの『力』が―――
ズキッ!!!!
―――…あるよ―――
「(…え?)」
そんな時だった。
タツヤの脳内に、誰かが語り掛けてきたのは―――
―――貴方には、その力があるよ―――
「(なんだ…誰?)」
その声は、何処かで聞いた事があるような…懐かしい声。
―――あの魔獣とは比べ物にならない程の力が―――
―――貴方の中には眠っているんだよ―――
「(何を…言って)」
声の主は言う。
少年の中には、魔獣を超える力が眠っていると―――
―――だから、その力を解き放って―――
少年が目を瞑ると、その声の主が目の前に立っているのが分かる。
その人物は、小さな少女のようで真っ白な衣装に身を包んでいる。
―――さあ、手伝ってあげる―――
何故か顔は塗り潰されたように真っ黒で、その表情は分らない。
しかし、その姿はまるで天使のようである。
そう、彼女の声の全てを…受け入れてしまいたくなるように―――
―――力を解放するんだよ―――
「(あ…)」
少女の声と同時に、少年の意識が薄れていく。
何かに包まれるような感覚に囚われ、凄く気持ちが良かった。
そして、少年は…どんどん…どんどん…眠くなって―――
意識は、深い闇へと落ちていく―――
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「…」
「タツヤ、行こう」
ほむらの下から戻ってきたキュゥべえは、タツヤに声を掛ける。
彼女の意思を汲み取り、少年を逃がそうとする。
「って、タツヤ?」
しかし、そこでキュゥべえは…少年の“異変”に気付く。
「あ…あ…あ…が…」
――――ドクン…
――――ドクン…ドクン…ドクン…
突然、目の前で痙攣しているように震え出すタツヤ。
言葉にならない声を出し、目を見開く。
「タツヤ、どうしたんだい」
キュゥべえは今まで見たことのない状態になる少年に慌てて問いかける。
しかし、その声は少年の耳には届かない。
――――ピキ…ピキピキ…
そして―――
少年の中に眠る『それ』は、まるで守っていた殻を破るように―――
「あ…が…あ…ア…ア…アッ!!!」
――――パリンッ
『解放』される―――
「ウアァァァァァァァァァァァァァアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
「!?」ビクッ
「…」ガク
「…」
タツヤは突然奇声を上げると、まるで電源の切れたロボットのようにガクッと項垂れる。
そして、そのまま再び…動かなくなる。
「タ、タツヤ…?」
キュゥべえは、恐る恐るタツヤの顔を覗き込む。
しかし、どうにもその足取りは重い。
今、珍獣はタツヤに対して『恐怖』という感情に似た何かを感じていた。
こんな事は、この珍獣も初めてのことだったのだ。
「…う」
「…の、た…」
少しすると、タツヤは何かうわ言のように呟き始める。
その声はあまりに小さく、キュゥべえでも聞きとれない。
「…は戦…」
「…は…生…」
タツヤはブツブツと呟き続ける。
その言葉の一つ一つには、『希望』とも『絶望』とも違う感情が入り混じっている。
“それ”が一体何なのかは…今は、誰にも分らない。
「…」ダッダッ!!
「あ、タツヤっ」
そしてタツヤは、キュゥべえを無視して走り去ってしまう。
少年が向かうその先には―――守るべき存在である少女の姿があった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「痛っ!!」ズキッ
ほむらはあの子とキュゥべえを逃がすため、魔獣を引き付ける。
だが、彼女にはもはや戦える程の体力は残っていなかった。
彼女の体は、この魔獣の攻撃によってボロボロになっていたのだ。
魔力はまだ残ってはいるが、体が動かなければ意味がない。
彼女は、治癒魔法が得意ではなかった。
ゆまがいれば、まだ違っていたのだろうが…。
そんなほむらに、魔獣は容赦なく襲い掛かってくる。
それが分かっていても、彼女は動くことが出来なかった。
「(私は…此処で死ぬの…?)」
「(…それも、良いかもね)」
「(死ねば…みんなに)」
「(まどかに会えるもの…)」
こんな事を考えたら、まどかに怒られるだろうかとほむらは思う。
最後まで『希望』を捨てないで…と―――
だが、それでもほむらは思う。
自分は、目の前の『希望』を捨ててでも…もう1度『彼女』に会いたいと。
「…」
ほむらは、これが自分の『運命』なんだと受け入れ、静かに魔獣が近付くのを待つ。
タツヤの事は、きっとゆまが守ってくれる筈だと。
「でも…」
「最後まで守ってあげられなくて…ごめんな…」
ほむらは少年への最後の言葉を口にしようとする。
だが、そんな時だった―――
「ああぁぁぁぁ!!!!!!」
「…え?」
ほむらの方へと…魔獣以外の何かが、此方に向かってくる。
一体誰なのだろうと、ほむらは声の聞こえた方角へと視線を向ける。
ゆまが助けに来たのかと思ったが、その声は明らかにゆまのものではなかった。
「ギィィィイィイイイイイ!!!!」
「・・・!!」
近付いてくるものの正体が分からないまま…魔獣が彼女の目の前まで迫ってくる。
魔獣はほむらのトドメを刺そうと、片脚を振り上げ鋭い爪を向けた。
もう駄目だと、ほむらは目を瞑る。
しかし―――
「がぁあ!!!!!!!!」ギィィィン!!!
「!!!」
―――突然、彼女の目の前に少年が現れた
そして、あろうことか少年は、鞘から剣を抜き魔獣を斬りつけた。
「ギッ!?グギヤァアアアアア!!!!!」ズザァァァァアアア
魔獣は自らの爪で、少年の剣を防御する。
しかし、その反動によって魔獣は後ろに吹き飛ばされ、その勢いで建物に激突する。
「…な」
「な、なんで…」
ほむらは、目の前に広がる光景を見て…自分の目を疑った。
なぜなら、彼女の視線の先には――――
「…」コォォォ…
不思議なオーラを身に纏い、雰囲気の変わった―――
―――鹿目タツヤが…立っていたのだから