魔法少女まどか☆マギカ~After Ten Years of History~ 作:イデスツッラ
一体何が起きたのか、ほむらは分からなかった。
自分があれだけ苦戦した魔獣を、この少年がいとも簡単に吹き飛ばしてしまったのだ。
少年の持っている剣に、それだけの威力はない筈なのに…。
「っ!!」ハッ
「あ…あなた、何してるのよ!?」
暫く呆然としていたほむらであったが、目の前にいるタツヤに慌てて声を掛ける。
「…」
「今此処がどういう状況か分かってるのっ!!」
ほむらは訴える。
今この場は、この少年がいていい場所ではない。
此処はいわば戦場なのだ、それも最前線である。
「…」
「あなたがどうこう出来る相手じゃないのよっ!!」
そんな場所に、『ただの人間』であるタツヤを留まらせるわけにはいかない。
下手をしたら、最悪の展開すらありえてしまうのだから。
タツヤに何が起きたのかは分からない。
だが、今は一刻も早く彼をこの場から離さなければとほむらは考えた。
「…」
「早くキュゥべえと一緒に逃げなさい!!」
ほむらは、タツヤに早く逃げるように声を掛ける。
このまま少年に何かあれば、全てが無駄になってしまう。
タツヤを守るという当初の目的が果たせなくなるのだ。
それだけは、ほむらは何としても避けたかった。
「…」
しかし、ほむらがどんなに大声で訴えかけても、タツヤが反応する様子はない。
彼女と少年の距離で、聞こえない筈がないのに。
少年は本来、人の話を無視するような人間ではない。
その事から考えても、今の状況は異常だった。
「…っ!!あなたは何度…!!」
たまらずほむらは、タツヤに向かって叫ぶ。
何度同じ事を言わせるのだ…と。
それは、かつて『彼女』にも言ったことがある台詞。
だが、ほむらがその言葉を最後まで言い切ることはなかった。
「…」ギロ
「!?」ビクッ
タツヤのいつもとは全く違う視線によって、彼女が言葉を飲み込んでしまったからだ
「(な…何…?)」
タツヤはその場で座り込んでいるほむらを、ただ見下ろしている。
そう、ただただ見下ろしているだけだ。
しかし、その視線にほむらは違和感を覚える。
なぜなら、今の少年の瞳からは、怒りや悲しみ…そして、哀れみ…
そういった人の感情が、全く感じ取れなかったのだから―――
「(こ、怖い…)」
ほむらは、そんなタツヤに恐怖を抱いていた。
いつも見せてくれる、『彼女』に似た暖かい表情が…今の少年にはない。
まるで、誰かに操られている人形であるかのような…そんな錯覚に陥る。
今のタツヤには、本当に…『心』が失われているような状態であった。
「ギィィィイイイイイイイアアアアアアア!!!!」
「!!」
そう彼女が思ったのも束の間…吹き飛ばされていた魔獣が、再び襲い掛かってくる。
タツヤの真後ろまで一気に近付き、爪を突き立てて前足を振り上げる。
魔獣の存在に気付いていないのか、タツヤは彼女に振り向いたまま動かない。
「あ、危ない!!」
ほむらがそう叫ぶが、既に魔獣は攻撃態勢に入っていた。
魔獣の鋭い爪が、この少年を…鹿目タツヤを襲う―――
「…」スゥ
「え…?」
しかし、魔獣の爪がタツヤの体に届いた瞬間―――
少年は、忽然と姿を消した。
本当に消滅したかのように、その場から消えてしまったのだ。
「ギッ!?」
魔獣も目の前にいたはずのターゲットが、突然いなくなり混乱している。
ボロボロのほむらには目もくれず、その場でタツヤを探すように視線を動かし続ける。
「ギ…ギギギ…」
「…」スゥ
すると、タツヤは何の前触れもなく魔獣の後ろに現れる。
気配すら完全に消えていたというのに、唐突に姿を現したのだ。
そして、魔獣の後ろに立ったタツヤは…再度剣を鞘から抜く。
「っ!!」
―――閃光刃―――
シュン
「ギガァァァアアアアアアアア!!!!!」ビュシャァァァァ
「なっ…!?」
少年は再びその姿を消し、今度はほむらの後ろに現れる。
それとほぼ同時に――――魔獣の体全体に刀傷が刻まれた
魔獣は悲鳴を上げ、傷からは漏れ出るように魔力が噴出していく。
「…」カチャン
「(嘘…)」
ほむらが後ろに振り返ると、タツヤは既に鞘に剣を収めていた。
あの魔獣が受けた傷…あれは、間違いなく少年の攻撃によるものだ。
魔法少女として身体能力を強化しているほむらでも捉えられない程のスピードで魔獣を切り刻み、一瞬でほむらの後ろまで移動していた。
「ギ…ギ…ギィィィィ」
魔獣は苦しみながらも、自らの体を修復していく。
魔力が噴出した影響なのか、今の攻撃だけで相当弱っているように見える。
それだけ、今の攻撃が強力だったということだろう。
「ほむらっ」
「キュウべえ…」
暫くして、キュゥべえがほむらの下へと戻ってくる。
それと入れ違うように魔獣がほむらから離れていき、タツヤがそれを追いかけていった。
「あなた、あの子に何したの」
「ぼ、僕は何もしてないよ」
珍獣は彼女の問いに、慌てた様子で返事をする。
今の現象は、キュゥべえのせいではない。
彼の状態は、もはやこの珍獣が何かしたレベルの話ではない。
キュゥべえが出来る事は、付き合いの長いほむらが一番よく知っている。
普通の人間をあんな状態にする力など、この珍獣には無い。
「ただ、タツヤが突然苦しみ始めて…叫んだと思ったら」
「…あんな事になったっていうの?」
「…うん」
キュゥべえも彼女同様、タツヤの急激な変化に頭を悩ませているようだった。
ほむらは、自分が剣を渡してしまったせいかとも考えた。
しかし、あんな事になってしまう程の魔力はあの剣にはなかった。
せいぜい魔獣の攻撃を1回防げるかくらいだ。
本当に、今の現状がほむらには理解出来なかった。
それも、無理もない。
なぜならあの少年は、何処にでもいる普通の中学生“だった”筈なのだから―――
「ギ…ギィィィィ…」
「ギア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
ほむらがそう苦悩している内に、魔獣は再度タツヤに襲い掛かる。
彼女と戦っていた時同様、体全体に炎を纏い突進攻撃を繰り返した。
「…」スゥ…
しかし、その攻撃がタツヤに当たることはない。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
「…」スゥ…
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「…」スゥ…
魔獣の攻撃が当たりそうになる度に、タツヤは姿を消してしまう。
姿を消しては現れ、それを魔獣が見つけては再度攻撃を仕掛ける。
そして、攻撃が当たりそうになれば、また消える。
先程から…その繰り返しだった。
本当に、空間跳躍でも使っているのかと思ってしまうような…そんな動きであった。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!」
「…」
「…」ブン
「グギャァァァァアアア!!!!!」
暫くその流れが続いていたが、タツヤが背後を取ると再び剣で魔獣を斬りつける。
背中を斬られた魔獣は、そのまま前に崩れるように倒れ込む。
少年の攻撃で受けた傷が痛むのか、魔獣は中々起き上がることが出来ない。
しかし、そんな様子を気にする素振りも見せず、少年はゆっくりと魔獣に近付いていった。
「ガァァァアアアアアアアアア…」
「つ…強い…」
まるで赤子を捻るように、魔獣を追い詰めていくタツヤ。
一撃与えただけで、魔獣に強大なダメージを受けてしまう力。
そして、ほむらでさえ避けることに苦労していた攻撃を、いとも簡単に回避してしまう動き。
本当にあの少年は人間なのだろうかと、一瞬ほむらでも疑ってしまうほどの強さであった。
あまりの実力差に、戦っている魔獣が実はそこまで強くないのではと、錯覚してしまうくらいだ。
「…そう、だね」
「(うん、今のタツヤは本当に強い)」
「(…いや、強すぎる)」
キュゥべえも普段は無表情なその顔を険しくさせ、タツヤを見つめる。
その強さに、ある意味の『不安』を感じながら―――
「(あの強さは、明らかに常軌を逸している)」
「(人間…いや、魔法少女のレベルすら遥かに凌駕しているよ)」
「(一体何者なんだい彼は…)」
キュゥべえもほむらと同じく、固唾を飲んで少年の戦いを見続ける。
考えていることは、ほむらもキュゥべえも同じだった。
あの強さは、一体何なのだと…
そして、その力は…1人の少年が使うにはあまりに強力過ぎると―――
「!!」
「あ、危ない!!」
しかし、ふとほむらがキュゥべえに視線を移している時であった―――
「ガァァァァアアアアアアアアアア」バァァア
「…」
魔獣が勢い良く空に飛び上がり、少年に向けて炎を吐き出す。
そして、魔獣が飛び上がる姿をただ見ていたタツヤの左腕に、その炎が直撃してしまったのだ。
ほむらは唖然とした。
今まで魔獣の攻撃は全て避けていたというのに、どうして今のだけ攻撃を受けてしまったのかと。
「あ…あ…」
「腕が…」
魔獣の炎を浴びたタツヤの左腕は、見るに無残な事になってしまう。
皮膚はドロドロに溶け血液は滴り落ち、肉が裂けて骨が剥き出しになっていた。
そんな少年の腕の有様を見て、ほむらも思わず吐き気を催して目眩がしてしまう。
当然だ、通常の人間なら火傷では済まされない大怪我なのだから。
「…」
だが、何故かタツヤに痛がっている様子はない。
ドロドロに溶けてしまった自分の左腕を、ただただジーっと見つめているだけであった。
それは、明らかに異常な光景であった。
常人だったら激痛で気絶してしまうレベルだろう。
今の少年は、まるで…痛みを感じていないかのようであった。
「…」パァァ
「!?」
しかし、ほむらが吐き気に耐えながらもタツヤの事を心配していると…突如、怪我をした左腕が眩しい光に包まれる
そして、光が収まると―――目の前で信じられない現象が起きていたのだ
「嘘…腕が、元通りに…」
そう、左腕が…傷一つ無い綺麗な状態に戻っていたのだ。
そんな馬鹿なと、ほむらは自分の目を疑う。
普通なら、修復が限りなく不可能に近く、下手をすれば腕を切断しなければいけないほどの大怪我だ。
魔法少女達の中でもあのレベルの怪我を治せるのは、恐らくゆまくらいだろう。
それをタツヤは、一瞬で治してしまった。
強力な治癒魔法を使ったとでもいうのだろうか、
自分が付けた頬の傷もあの力で治してしまったというのだろうか。
そう考えるほむらだが、正直次々とありえない事が起きていて彼女の頭はパンクしそうであった。
「…」ダッ
左腕の動きを確認すると、タツヤは視線を空中にいる魔獣に移す。
そして、剣を構えると地面を蹴り飛ばし、魔獣に向かって空高くジャンプした。
一気に魔獣に近付いたタツヤは、剣を思いっきり頭上に振り上げる。
すると、剣からは刃全体を覆うように黒い電撃が発せられた。
「!!」ブン‼
―――雷鳴斬―――
ビシャァァアア
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛…ア゛ア゛ア゛…ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!」
電撃を纏った状態の剣で、魔獣を斬りつける。
次の瞬間、斬った部分から電撃が広がり…魔獣は体全体にダメージを受ける。
ブゥゥン…
そして、その攻撃の影響を受けたのは…この魔獣だけではない。
「…え?」
「何…あれ…」
タツヤと魔獣が戦っている中、ふとその頭上に視線を移すと…ほむらは違和感を覚える。
瘴気で包まれている筈の空に、何故か光が差し込まれているように見えたのだ。
その事を不思議に思い、差し込まれている光を目で辿ってみる。
すると、信じられない光景が彼女の目に飛び込んできた―――
「嘘…あそこに見えるのって」
「元の、世界?」
そう…そこから見えるのは、瘴気の中からでは絶対に目にすることが出来ない―――
“元の世界”である見滝原市の夜景だった
ほむらは再び自分の目を疑った。
本来、瘴気の中は異世界となっており、呪いが強ければ強いほど元の世界とは切り離された独立した世界を作り出す。
瘴気が出現し始めて…人間を取り込む時以外で、元の世界と繋がることは皆無に等しい筈なのだ。
だが、実際は今…元の世界の様子が見えている。
その部分だけがまるで、空間が引き裂かれているようであった。
「まさか、タツヤの攻撃が瘴気を切り裂いて、元の世界にまで影響を…?」
キュゥべえもその光景に気が付いたのか、驚いたような声を上げる。
そして、この光景の原因はタツヤにあるのだろうと分析する。
「それだけ、あの子の攻撃が強力だっていうの…」
「そういうことになるね」
空間を切り裂き、元の世界にまで影響を及ぼす程の力。
そんな力を、ほむらもキュゥべえも見たことがなかった。
ほむらが知る『彼女』でさえ、そんな事は出来なかったのだから。
「いやあ…これはちょっと想定外だ」
「…」
キュゥべえは尚も戦い続けるあの子を見ながら、話を続ける。
「本当に、彼の何処にあれほどの力が眠っていたんだろうね」
「…」
ほむらは、それを隣で黙って聞き続ける事しかできない。
タツヤはその後も一切ダメージを受けることなく、魔獣を攻め続けている。
その姿から伝わる雰囲気は、まさに『鬼神』そのものだった。
「ほむら、君はやっぱり何か知っているんじゃないのかい?」
「知らないわ」
「私は、本当に…何も…」
「…」
ほむらは嘘など付いていない。
彼女自身も、タツヤの事が本当に分からなかったのだ。
今あの少年の身に、一体何が起きているというのか。
普通ではない現象が次々と起こり、彼女は混乱してしまう。
そう、『彼女』に一体何が起こっているのか、思わず聞いてしまいそうになるくらいに―――
「ガァァァアアア…アアアア…」
「…」ゲシッ
「っ!」ゾク
魔獣は、最早立っているのがやっとの状態であった。
タツヤは、立ち上がろうとする魔獣の直ぐ傍に立ち魔獣を蹴り飛ばす。
そして、無残な姿となった魔獣を無表情で見下ろしていた。
その姿に、ほむらは恐怖すら覚える。
「とりあえず、良かったじゃないか」
「あの魔獣を倒せそうなんだから」
「そう、ね…」
今も尚立ち上がろうとする魔獣を、ほむら1人では倒すことは不可能だっただろう。
だから、結果的には良かったのかもしれない。
だが、何故かほむらは嫌な胸騒ぎを覚えていた。
それは、“目覚めさせてはいけないもの”を、“目覚めさせてしまった”ような感覚―――
その胸騒ぎが気のせいであってほしいと、彼女は切に願った。
「…」スゥ…
タツヤは再び魔獣に近付き、剣を振り上げる。
恐らく、トドメを刺すつもりなのだろう。
タツヤを覆うオーラが更に強くなり、剣先に集中し始める。
そして、魔獣に向けてオーラに包まれた剣を振り下ろそうとした。
…ピシッ
「えっ」
だが、その時だった
ピキィィィン!!
「…」
タツヤが持っていた剣が、粉々に砕けてしまったのだ。
「そんな、どうして…?」
「…多分、タツヤの力に剣がついて来れなかったんだよ」
タツヤは、剣先にオーラを集中させていた。
その時注ぎ込まれた魔力に、剣が耐えられなかったようだ。
ほむらが少年に渡した剣は、かつてさやかが使っていたもの。
彼女の剣は本数を重視しているため、そこまで強度は高くない。
しかし、それでも自分の魔力だけで武器を破壊するなど、前代未聞であった。
「…」
スゥゥ…
「…んぅ」
「!!!」
剣が粉々に砕け、それと同時にタツヤからオーラが消える。
すると、少年に再び異変が起きた。
「あれ…俺、今まで何を…」
「(え…?)」
「(あの子の雰囲気が…?)」
少年の表情に人間らしい暖かさが戻り、雰囲気もほむらの知っているタツヤの“それ”になっていた。
タツヤは、その場で周りをキョロキョロと見渡している。
どうして自分がこんなところにいるのか、理解できていない様子であった。
まるで、今まで何をしていたのか…全く分かっていなかったかのように―――
「…はっ!」
「逃げなさい!」
ふと、ほむらは気付く。
タツヤの武器が砕け、雰囲気が元に戻ったということは、同時に彼が危険に晒されている事をさす。
そう、今の状況は…あまりに危険すぎる。
なぜなら、少年の目の前には―――
「え?」
「ギィィィィイイイイイイイイ…」
あの魔獣が、まだ目の前で生きているのだから…
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」ザクッ
「がはっ!!」ブハァ
「っ!!」
魔獣は再び起き上がると、その鋭い爪をタツヤに突き刺す。
爪は少年の体を貫通し…魔獣はそのまま、体を持ち上げる。
そして、その状態で思いっきり投げ飛ばした。
タツヤは受身すら取ることが出来ず、ゴロゴロと地面を転がり続ける。
「そんな…」
「が…は…あ・・!!!」ビチャ
攻撃を受けたタツヤは、おびただしい量の血液を吐き出す。
当然だ、身体を貫かれたのだから。
「いや…いや…」
「ぐ…ぐぅ…が…」
「い…痛ぇ…」
貫かれた腹部を押さえ、その場で悶える。
あまりの激痛に、少年は立ち上がるどころかまともに動くことも出来なかった。
先程までの少年とは、まるで別人のようだ。
もっとも、今までが異常だっただけで…こうなってしまうのが普通ではあるが…。
「ガア゛ア゛ア゛ア゛!!!」ガッ
「ごふっ」ドカッ
魔獣は再度タツヤに近付き、思いっきり彼を蹴り飛ばす。
タツヤは再度吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がる。
「げ…がぁ…」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」ガスッ
「ごばぁあ…あ…」ビチャ…ビチャ…
尚も、魔獣の攻撃は続く。
先程までのお返しと言わんばかりに、タツヤをいたぶり続けた。
「いやぁぁあああ!!!」
ほむらは、魔獣にいたぶられるタツヤを見て思わず悲鳴を上げる。
しかし、それでも苦しみ続けるタツヤに、魔獣の攻撃が容赦なく続く。
魔獣自身も相当のダメージを負っているためか、特殊な攻撃は行わずにひたすら物理攻撃を繰り返すだけだ。
だが、そんな幼稚な攻撃でも…今の少年には、どれも致命傷になりかねないようなものである。
「くっ!!!」
「ほむら無茶だ、そんな体で」
ほむらは我慢できずに自分の体を引きずるように持ち上げ、その場に立ち上がる。
そんな彼女を見て、キュゥべえが慌てて止めに入った。
「だって!!」
「このままじゃ、あの子が死んじゃうわよ!!」
「無理だよ、今の君はまともに動ける状態じゃない」
「五月蝿い!!!!」
キュゥべえの忠告を無視して、ほむらは弓を取る。
このままでは、タツヤがあの魔獣に殺されてしまうと…。
それだけは、絶対に許さない。
タツヤを助けなければ、自分の来た意味がなくなってしまう。
そう、必死に身体を持ち上げるほむら。
しかし…
「…っ!!」
ほむらの体は立ち上がっただけで、それ以上いう事を聞いてくれない。
魔獣から受けたダメージが、全く抜けていなかったのだ。
むしろ、先程までよりも身体が重くなっている感覚に陥ってしまう。
「なんで…なんでよ…」
「お願い…動いて…!!」
いくら彼女が懇願しても、その身体は…1ミリも動こうとはしなかった。
「このままじゃ…本当に…」
「動いてっ!!ねぇ動いてよ!!!」
ほむらは、タツヤが魔獣に痛めつけられる姿を…ただ指を咥えて見ている事しか出来ない。
「ギ…ギギギ…」
「…が…あ…」ヒョー…ヒョー…
「あ…ああ…嫌…」
そうこうしている内に、タツヤは…既に虫の息となっていた。
全身血だらけになり、四肢の骨は全て砕けてしまっている。
もう、口すらまともにきけないくらいに…ボロボロにされていたのだ。
何時心臓が止まってしまっても、おかしくない状態であった。
「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
それでも、魔獣の攻撃は留まることはない。
倒れているタツヤを、足を振り上げ…踏み潰そうとする。
「いやぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!!!」
ほむらの悲鳴が、辺り一面に木霊する。
お願いだから、あの子を殺さないで―――
そう、懇願するほむら。
タツヤは自分にとって、本当に最後の…であると…。
だが、彼女の言葉が魔獣に届くことはない。
―――波動撃―――
しかし、魔獣の攻撃がタツヤに届きそうになった瞬間―――
「ギッ!?」ビクッ
「ギァァァァァアアアアアアアアアア!!!!」ズザァァァアア
地面を這って進むように現れた衝撃波が、魔獣を襲う。
魔獣はその衝撃波によって、遠くに吹き飛ばされてしまった
タツヤは…まだ、かろうじて生きている。
「あ、あれは…」
ほむらは、少年がまだ死んでいないことに安堵する。
あのような状態のタツヤを見て、安心するのはおかしいのかもしれない。
しかし、それでもほむらは彼が死んでいない事に胸をなでおろしていた。
そして、安心した理由はもう1つある。
なぜなら、今魔獣を襲ったあの強力な衝撃波攻撃…あれは―――
「うん、間一髪…間に合ったみたいだね」
「ほむらお姉ちゃん」
―――千歳ゆまによるものだったから
「ゆ…ゆま…」
ゆまは、障害物を飛び越えながらほむら達に近付いてくる。
その姿を確認すると、ほむらは緊張の糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちた。
彼女の足はガクガクと震えており、再度立ち上がることは厳しそうであった。
「あらら…見事にボロボロだね」
そう言うゆまの衣服にも、所々魔獣と戦った痕跡が残されている。
どうやら此処に来る途中も魔獣と戦っていたようだ。
来るのが遅れたのも、そのせいだろう。
「そうだ、タっくん…」
ほむらの状態を確認すると、ゆまはすかさずタツヤの下へと向かう。
「…あ…あぁ…」ヒュー…ヒュー…
「…ゆ…ま…さ…」ヘ…ヘヘヘ…
タツヤもゆまが来た事に気付いたのか、首だけをゆっくりと彼女へと向ける。
そして、口をパクパクと動かし…顔に無理矢理笑顔を作って、ゆまの名前を呼んだ。
恐らく、ゆまに心配かけないようにしているのだろう。
死にかけているのに、ある意味大したものである。
「…」
ゆまはタツヤの無残な姿を見ると、顔を青ざめさせ…絶句する。
人の無残な姿を見ることに慣れているゆまでも、知り合いがボロボロな姿を見れば言葉を失うのも当然だろう。
「…良かった、間に合って」
自分の手に血が付く事に構うことなく、ゆまはしゃがんでタツヤの頬を撫でる。
それと同時に、治癒の魔力がゆまの指から流れ、少年に伝わっていった。
すると、タツヤの顔の傷が消え流れる血が止まっていく。
治癒魔法によって顔が綺麗な状態に戻ったタツヤは、ゆまに体を預けるようにして目を閉じる。
そして、そのまま眠りについてしまった。
「さ、て、と…」
ゆまは応急処置だけを済ませると、タツヤをその場に寝かせ…ゆっくりと立ち上がる。
少年も、呼吸が安定して今は静かに眠っている。
とりあえず、タツヤが助かった事でほむらは安心する。
「ギィィィイイイイイイイイイイイイイ!!!!!」
「深化魔獣かぁ」
「随分暴れまわってちゃって…」ニコォ…
ゆまは魔獣の方へと視線を向けると、そう言って笑顔を作る。
だから、その笑みは…いつもゆまが浮かべるような『笑顔』とは全くの別物であった。
そう、笑っているけど…笑っていないのだ。
それは―――背筋が凍るような、乾いた微笑み
手を両方ともギュッと握り締め、作った拳を震わせている。
「ガァァァアアアアアアア!!!!」
「ここまでやったんならさぁ」
「とーぜん」
そんな彼女の姿を見て、ほむらは何となく理解する。
あれは、笑っているのではないと
怒っているのだ、それはもう…腸が煮えくり返る程に―――
「つぶされるかくごできてるよね」ギロ
ゆまは笑顔から一変…ほむらでも一瞬恐ろしいと思ってしまうほどの表情を見せる。
彼女があそこまで怒るのも珍しかった。
恐らく、杏子が生きていた時以来だろうか
それだけ、タツヤをあんな状態にした魔獣が許せなかったということか。
「ギガァァァァァァアアアアアアアア!!!!」
魔獣はゆまにターゲットを掛け、翼を広げ突進してくる。
タツヤから受けたダメージが相当残っているのか、ほむらと戦った時の半分もスピードが出ていない。
それでも、あの魔獣が強いことには変わりない。
その事は当然ゆまも分っている。彼女は尚一層、その表情を引き締めた。
「でも、その前に…」バッ
「…!!」
だが、意外にもゆまは魔獣に攻め込むことはせず、ハンマーを使って自分の周りに魔方陣を作り出す。
そのまま詠唱体制に入り、ゆまに鼓動するように周りの魔方陣が光り始めた。
―――不完全な幻影(イミトゥード・ファタズマ)―――
少しすると、魔方陣からゆまの分身が現れ…その分身が魔獣に向かっていく。
これは、佐倉杏子が得意としていた幻影魔法。実際に見たのは、ほむらも初めてであった。
まだまだ杏子が使っていた完成形にはほど遠いが、実戦で使うには十分である。
「…!!」ダッダッダッ
「グガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!」
「…」
魔獣が幻影に気を取られている内に、ゆまはその場で再び魔方陣を作り出す。
そして、その場で両手を合わせ…祈りの体制に入った。
―――天より舞い降りし姫君よ―――
―――我の命に従い、全てを癒せ―――
―――ヘブンズ・ヒール―――
ゆまに反応するように、瘴気に満たされたこの場所が眩い光に包まれる。
光を浴びると、ほむらは自然と力が湧き上がってくるのを感じた。
その光は、天から降り注がれる癒しの光―――
「…ん…んぅ…」
その光を浴びていたのは、ほむらだけではない。
遠くで眠りに付いていたタツヤも、癒しの光を浴びていた。
「…あ」
「あれ…?」サワ
「い…痛くない…?」サワサワ
光を浴びたタツヤが、ゆっくりと起き上がる。
そして、不思議そうに自分の体のあちこちを障り続けた。
ゆまの魔法を受けた体は…骨折はおろか、かすり傷一つ付いていない状態に戻っていた。
一部始終を見ていないのだから不思議がるのも、無理はないだろう。
「大丈夫?」ニコ
「ゆ、ま…さん…」ウェ、ウェヒヒ…
起き上がると、ゆまが傍に駆け寄り笑顔で手を差し伸べる。
手を借りて起き上がったタツヤは、申し訳なさそうに笑い…ポリポリと頭を掻いている。
ゆまの魔法で自分が助かったことを、なんとなく理解したのだろう。
それを見たほむらは、何とか最悪の事態を避けることが出来たと安心する。
自分の力ではない事が、少し残念ではあったが…。
「…」
「あっ、暁美さん」
体の傷が回復したほむらは、ゆま達にゆっくり歩み寄る。
途中…タツヤを一瞥してみるが、少年はやはり普段と変わらない表情をしていた。
その姿を見ると先程までの彼の姿は、本当に幻だったのではないかとほむらは思えてならなかった。
「ありがとう、ゆま」
ゆまのおかげで、ほむらは本来の身体のキレを取り戻す。
腕も、脚も、今は充分に動いていた。
随分と魔力を消費してしまったが、彼女の手持ちのグリーフシードで回復すれば問題ないだろう。
「でも、遅いわよ」
「ごめんごめん」
「でも、ヒーローは遅れてやってくるって言うじゃん?」
「…はあ」
ゆまの調子のいい発言に、思わず溜息を付いてしまうほむら。
だが同時に、今は許してあげようとも思う。
彼女が来ていなければ、自分もタツヤも今頃どうなっていたか分からなかったのだから―――
それよりも、今はやるべき事がある。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
ゆまの幻影相手に戦っていた魔獣が、幻影が消えたと同時にほむら達へと視線を移す。
「じゃ、アレさっさと倒しちゃおっか」
「ええ…」
そう、魔獣との戦いはまだ終わっていない。
散々苦戦してきたほむらだが、そろそろ決着を付けなければと再度気合を入れる。
随分とダメージを与えた筈だ、魔獣もそろそろ限界だろう。
もっとも、ダメージの半分以上はタツヤの攻撃によるものなのだが…。
「えと…あの…」
そのタツヤはというと、彼女達の後ろでオロオロとしている。
状況を上手く飲み込めていないのか、自分はどうすれば良いのかと少し混乱しているようであった。
「あなたは離れてなさい」
「あ…」
「…はい」
ほむらは視線をキュゥべえに向け、タツヤに珍獣の下へと行くよう指示する。
それを聞いた少年は大人しく彼女の言う事を聞き、キュゥべえの下へと向かっていく。
今の状態の彼なら、先程同様避難させておいた方が良いだろう。
剣も、既に砕けてしまっている。
自分で自分を守る事は、恐らく不可能だ。
「ゆま」
「ん?」
タツヤが離れていくのを確認した後、
ほむらは自分のソウルジェムの穢れを取りながら、ゆまに声を掛ける。
ある事を、お願いするために―――
「来てもらったところ悪いんだけど」
「アレは…私に仕留めさせて」
ほむらは言った。
あの魔獣だけは―――私に倒させて欲しいと
あの魔獣を倒したいというゆまの気持ちは、彼女も痛いほど分かる。
だが、それでもほむらは自らの手であの魔獣との戦いにケリを付けたかったのだ。
ほむらは、ただ見ていることしか出来なかった。
タツヤが魔獣と戦っている姿を、そして彼がボロボロにされていく様を、何も出来ずに傍観することしか出来なかった。
そんな自分が、ほむらはどうしても許せなかったのだ。
だからこそ、あの魔獣だけは自分の手で倒したい。
そうしないと、自分の気が収まらないと―――
「…」
「もう、しょうがないなー」
少し考えた後、ゆまはおどけながらそう言う。
ほむらも分かっていた。これは、自分の我侭なのだと…。
それでも、ゆまは理由を詮索する事もなく、ほむらの願いを快く了承する。
ほむらの心情を察してくれたのだろう、本当に有難いことだと彼女は思った。
「じゃ、私は援護に回るから」
そう言って、ゆまはほむらの背後に回る。
ほむらは使用したグリーフシードをキュゥべえに投げると、再度弓を構えた。
「ありがとう」
「貸しだからね?」
にっこり笑いながら、ゆまは言う。
ほむらは、この借りはいつか返さなければと本気で思った。
そして―――
「ギィィィィガァァァァアアアアアアア!!!!」
「行くわよ!!」
「うん!!!」
ほむらは、ゆまと共に再度あの魔獣に攻め入る。
「…」
一方で―――
その様子を、タツヤは未だ状況を掴めないまま…ただボーっと眺めるだけであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「生きてるかい?」
「まあ、なんとかな…」
タツヤは、ほむら達の下から離れ…キュゥべえと一緒にいる。
生きているかと言われ、とりあえず生きていると答えるタツヤ。
だが、正直とてもではないが生きた心地がしなかった。
なんといっても、つい先程まで死に掛けていたのだから。
ゆまがいなければ、今頃自分は…
そう思うと、少年は途端に体が震えてくる思いだった。
「それにしても…」
「なんで俺…あんなところにいたんだろ」
そして、この少年は言う。
何故自分は、あのような戦場のど真ん中にいたのだろう…と。
少年が気付いた時には、あの場所に立っており…そして、目の前の魔獣に襲われた。
「覚えていないのかい?」
「え、何が?」
キュゥべえが少し驚いた様子で少年に問いかける。
無理もないだろう。
先程まで自分がしたことを、何一つ覚えていないと言うのだから。
タツヤとしては魔獣を倒したと思って駆け寄ろうとし、いつもの頭痛に襲われたのだ。
そして、ほむらがダメージを受け、ピンチになり…そして―――
そこで、タツヤの記憶は止まっている。
その時から、あの場所に立っていた時までの記憶がすっぽりと抜けているようだ。
その空白の時間に、一体何が起きたのかが少年はどうしても思い出せなかった。
「…」
「おい、なんとか言えよ」
気付いた時には魔獣に襲われ、その傷もいつの間にか治っている。
知らない内にゆまが応援に駆け付け、今はほむらと魔獣相手に戦っている。
タツヤから見れば、一体何がどうなってるのかと言いたくなる状況だった。
キュゥべえも黙り込んでいる状況に、少年は頭を抱えたくなる。
「ガァァアアアアアア!!!!」
「!!!」
しかし、タツヤが頭を抱えていると、遠くで魔獣の悲鳴が聞こえる。
「…っ!!」
少年は視線を移すと、ほむらが弓であの魔獣と戦っている。
そして、ゆまが後ろから衝撃波で援護していた。
ほむらが放った矢と、ゆまの衝撃波は互いに混ざり合い巨大なレーザーとなり、魔獣を襲う。
「ギィィィイイイイイイ!!!」
「おっ随分弱ってるな、あいつ」
やはり、魔獣は相当なダメージを負っているように見える。
ほむらの怪我もゆまによって治療された、今がチャンスだ。
「…」ジー・・
そう呑気に考えるタツヤを、キュゥべえはただじっと見つめる。
少年は、何故そんなに見られてるのかと不思議に思った。
いいからお前も応援くらいしろと、キュゥべえに視線で訴える。
「イイイイイイイィィィィ…」フラ…フラ…
「あ、アイツまた逃げる気だ!!」
二人による攻撃によって魔獣は窮地に追い込まれていた。
すると、魔獣もこのままでは危険だと判断したのか
二人に背中を見せ、そのままフラフラと地面を這うように逃げ出してしまう。
「ギガァァァアアアアアアアアアア」
「おっとこっちは通行止めだよっ!!」ザッ
しかし魔獣が逃げようとする中、ゆまが即座に回りこみ目の前に立つ。
彼女はハンマーを体全体を使って振り回し、その場で回転し始めた。
次第に回転する速度が上がっていき、ゆまを中心に巨大な竜巻が発生する。
ブオン!
―――烈風破山砲―――
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
竜巻は更に大きくなり激しさを増すと、ゆまの下から離れ、魔獣に向かっていく。
道中の様々な障害物を取り込み、竜巻は弱っている魔獣に容赦なく襲い掛かった。
魔獣はその巨大な竜巻に巻き込まれると、回転しながら空に打ち上げられていく。
「ほむらお姉ちゃん!!今だよ!!」
ゆまが合図すると、竜巻から弾き出され空中で無防備になった魔獣に、ほむらが近付いていく。
「…っ!!」
すると、ほむらの背後には4つの大きな魔方陣が円を描くように現れた。
魔方陣はそれぞれ模様が異なり、色も青、赤、黄色、そして紫となっている。
そして、ほむらはその魔方陣と共に、魔獣に一気に攻勢を掛けた。
ブンッ
―――スクワルタトーレ―――
青の魔方陣から黒い刃を取り出し、魔獣を何回も斬りつける。
ガッ
―――レガーレ・ヴァスタアリア―――
ほむらが魔獣から離れると、今度は黄色の魔方陣が魔獣との距離を詰める。
そして、黄色の魔方陣からは黒い巨大な手が現れ、魔獣を拘束した。
ブンッブンッ
―――異端審問―――
続いて追撃するように、赤の魔方陣から無数の黒い槍が飛んでいき次々と魔獣に襲い掛かる。
「っ!!!」ブゥウン…
バシュ
―――フィニトラ フレティア―――
最後にほむらは、紫の魔方陣から黒い光に包まれた巨大な弓と紫色に輝いた巨大な矢を取り出す。
そして体全体を使って弓を引き、その巨大な矢を魔獣に向けて放った。
「ガァァァァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」
巨大な矢が命中した魔獣は、大きな悲鳴を上げ…そのまま矢と共に地面にめり込んでいく。
そして地面には、底が見えないほどの深い穴が作られた。
肝心の魔獣の姿は、奥深くへと沈んでしまい…確認することができない。
ドゴォォォオオオオン!!!!!
…ァァァアアア…!!!
だが、直ぐに奥深くから大きな爆撃音が鳴り、同時に魔獣の悲鳴も聞こえてくる。
恐らく、その爆発に魔獣が巻き込まれたのだろう。
「こ…今度こそ倒したのか…?」
「多分、ね」
爆発音と魔獣の悲鳴を最後に、この場全体に静けさが戻る。
ゆまは抱えていたハンマーを下ろし、ほむらは翼を閉じて地上に着地した。
その巨大な穴から、魔獣が再び出てくる気配はない。
今度こそ、あの魔獣を倒すことが出来たのだろうか。
「…ふぅ~」
「し…しんどかった…」
その事に安心したのか、タツヤはその場にふらふらと崩れ落ちる。
足がガクガクと震え、とても立てる状態ではない。
完全に緊張の糸が切れてしまっていた。
「あはは、大変だったね」
そんなタツヤにゆまが歩み寄り、声を掛ける。
「いやー、本当…」
大変だったと、少年はその場に腰を下ろし言おうとした。
しかし、少年はその言葉を途中で飲み込む。
「…」
「…あ」
なぜなら、ゆまの後ろにほむらが立っていたから―――
「い…いやーあははは」
「…」
ほむらは息を切らした状態で、タツヤを見下ろしている。
その姿を見て、なんとなく気まずくなったタツヤは思わず愛想笑いを浮かべてしまう。
「…はぁ」
だが―――直ぐにそんな自分が情けなく思い、愛想笑いは大きな溜息に変わる
「結局、俺…足引っ張るばかりでしたね…」
「自分の事も守れず、助けられっぱなし…」
「情けない…」
タツヤは、ゆっくりと話し始める。
自分のことは自分で守ると豪語しておきながら、結果は散々だったと。
結局、逃げてばかりでほむらに迷惑は掛け、死に掛けてゆまに助けられた。
何も出来なかった、それは自分を守ること以前の問題。
やはり、自分は居ない方がよかったのか。
そう、タツヤは肩を落とす。
「タっくん…」
ゆまが慰めるように、タツヤの肩に手を置く。
だが、それがむしろ自分への自虐を駆り立てていた。
魔法が使えるとはいえ、相手は女の子。
男である自分が、女の子に助けられ…慰められる。
タツヤは自分のことが情けなく思えてしょうがなかった。
「…そんな事ないわよ」
だが、少年がそうやって塞ぎこんでいると、ほむらがゆっくりと口を開く。
「え?」
突然そんな事を言われたタツヤは、ほむらに視線を移す。
彼女もまた自分の事を慰めてくれているのだろうか…と。
「むしろ…」
「…」
「あ、暁美さん?」
しかし、ほむらは何かを言いかけて口を閉じてしまう。
何を言おうとしていたのか分からず、少年は首を傾げた。
「(むしろ、助けられたのは私)」
「(あの時、この子が前に出ていなかったら)」
「(今頃、私は…)」
そう、ほむらは決してタツヤを慰めているわけではなかった。
彼がいなければ、彼が戦っていなければ、今自分は此処には居なかった。
だから、タツヤは迷惑など掛けていない。
そう伝えたかったが、何も覚えていない様子の少年に何と伝えれば良いかが分からなかったのだ。
「…」
「?」
ほむらは考え込むように黙り、そのまま何も話さなくなってしまう。
彼女の考えが分からないタツヤには、それが慰めの言葉すら見つからないという風に思えた。
それならむしろ怒ってくれた方が楽だと、少年はますます肩を落とす。
「と、とにかくっ」
「終わったんだから帰ろうよ、ね?」
場に若干気まずい空気が流れ始めると、慌てたようにゆまが間に入る。
ほむらは結局何も言わず、少年から顔を逸らし…遠くに行ってしまった。
「っと、そうだ…グリーフシード回収しとかないと」
ゆまはグリーフシードを探すように、辺りをキョロキョロと見渡す。
魔獣は穴の中で倒れた、グリーフシードがあるとすればその穴の中だろう。
タツヤはそんな事を考えながら、服に付いた砂埃をほろい帰る支度を始める。
「ね、キュゥべえ」
「…」
しかし、少年達が帰宅ムードの中…キュゥべえだけが警戒を解いていなかった。
表情はいつも通りほとんど変わらないが、深刻そうな雰囲気を醸し出していたのだ。
「…どうしたの?」
キュゥべえの様子にゆま達が気付き始めると、再びその場に緊張が走る。
「気付かないかい?」
「え?」
「瘴気が晴れないんだよ」
キュゥべえは辺りを見回しながら、ゆっくり話し始める。
魔獣を倒したというのに、近辺は不気味な雰囲気を出したままであった。
瘴気の中にいる魔獣を全て退治すれば、瘴気が晴れて元の世界に戻る筈である。
一体どういうことかと、タツヤは不思議に思う。
「それに、グリーフシードも見当たらない」
「嘘…それって…」
だが、それが物語っている事実は1つしかない。
魔獣を倒せば必ず落ちる筈のグリーフシードが出て来ない…それは、つまり―――
「ガァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」ドガァァァアアアアン
「えっ!」
「!!!」
あの魔獣が―――まだ生きているという事
「げっ!?」
「ギガァァアアアアアアアぎゃりぃぃぃぃぃいびゃ絵dcふぇれ輪vdzd、fk・kldふぇdfvん銃s、gck:sドェrンv:z・zセdフェb」
「もう、本当にしぶといな」
地獄から這い上がってくるように、魔獣が凄まじい呻き声を上げながら地上に戻ってくる。
魔獣が現れると、ゆまやほむらは武器を構えて直ぐに戦闘態勢をとった。
タツヤはというと、キュゥべえと一緒に二人の後ろに隠れる。
「kんr;fc・dr。lgrj¥l;sdkmvWRGL理pvcvj費8っ理hにい¥ア;祖fjlcmv:z、vのrmmzpdkrgmrkg路rrペwpx¥、vリオpsjld!!!!!!!!」
「うわ…」
「…もう壊れかけね」
穴から出てきた魔獣は、翼や胴体が既にボロボロになっていた。
本当に生きているのかと思えてしまうくらいに、原型が分からなくなる程…体が崩れてしまっている。
叫び声も、先程とは違って不気味な奇声に変わっていた。
「いhdんjベf:いbんんjdv米jんfjvねfギkbgjへt0jんfgj:bh根日jんgbjtギpんとpjmkん意gjとjbん意pgbじぇt0gj個bm尾btghjトンmの9dbじぇt0gjmbに尾pbjんfgjgbmbhm尾jmんd後pbmgbネト9vjf0オgレ09グbヒオjンrtky8ウジェgンbt46ウ8ユ5イjkfjmfビジェt!!!!!!」
「ねぇ、なんか様子変じゃない…?」
魔獣はタツヤ達に襲い掛かろうとせず、その場で言葉にならないような奇声を上げている。
その姿にゆま達もどうしたらいいのか分からず、その狂気染みた姿をただ眺めているだけになっていた。
周りには徐々に不穏な空気が流れ始め、雰囲気がどんどん重くなっていく。
凄く嫌な予感がする。
その場に居る全員がそう思いながら、背中に嫌な汗をかいていた。
「っ!!!」
「まずい!!」
その重苦しい雰囲気を一掃するように、キュゥべえが声を上げる。
「自爆するつもりだ!!!」
しかし、その内容は一瞬耳を疑ってしまう程に…信じられないものだった
「うぇえ!?」
「た、大変だ…どうしよう…!!」オロオロ
キュゥべえの言葉を聞いて、思わず変な声を上げてしまうタツヤ。
あの魔獣は、自爆して自分もろともタツヤ達を殺そうとしていると、この珍獣は言った。
タツヤは動揺を隠すことが出来ず、その場でウロウロし始める。
どうしたらいいのかと、頭がパンクしそうになっていた。
「落ち着いてっ!!」
「私とほむらお姉ちゃんで結界を張れば、魔獣1匹の自爆くらいどうって事ないよ」
「えっ!?い…いや、はい」
ゆまが混乱している少年を嗜め、キュゥべえやほむらに駆け寄った。
その言葉を聞いて、タツヤは立ち止まり…ひとまず落ち着こうと努力する。
そう、此方には魔法が使える人間が二人もいる。
爆発の1つや2つ、防げないわけがなかった。
タツヤはこれ以上あの二人に迷惑を掛けるわけにはいかないと自分に言い聞かせ、ほむら達に視線を向ける。
「…」
「…」
しかし、余裕のあるゆまに対して、キュゥべえやほむらの表情は晴れない。
その様子はまるで、少年達が考えているよりも事態は深刻だと伝えているかのようで―――
「ど…どうしたの…?」
ゆまも彼女達の雰囲気に異変を感じ始めたのか、恐る恐る話しかける。
「ゆまの言うとおり、2人で結界を張れば“僕達”は助かるだろうね」
「でも、このままじゃ…」
「見滝原そのものが吹っ飛ぶよ」
「!?」
そしてキュゥべえの発言に、ゆまとタツヤは驚き…思わず息を飲んだ。
確かにほむら達がバリアを張れば、少年達は助かる。
だが…その代わり、見滝原が消えて無くなる―――
キュゥべえは、確かにそう言ったのだ。
そんな馬鹿なと、少年は思った。
キュゥべえは以前話していた、瘴気の中は異世界になっており元の世界とは別物である。
前回も、瘴気の中がどんなに破壊されていても、見滝原はなんとも無かった。
それなのに、どうして今回だけ見滝原に影響が出るというのだろうかと。
「ちょっと何それ!?どういうことっ!?」
その事は、勿論ゆまも分かっている筈だった。
案の定、ゆまはキュゥべえに話の内容について問い詰める。
「上を見てごらん」
キュゥべえは空を見上げるように視線を上に向ける。
タツヤとゆまはそれに釣られるように、瘴気に満ちている空を見上げた。
「…え?」
「あれ?」
すると、空に異変が起きていることにタツヤ達は気付く
「な…なんで、空間が切り裂かれて…」
「元の世界が見えてるの…?」
そう、瘴気に満ちて不気味な色合いになっている筈の空に…見滝原の町並みと綺麗な星空が見えていた。
その事実に、タツヤとゆまは目を丸くして口を開ける。
一体、何がどうなっているのだと…タツヤは何度も目をこすり空を確かめた。
しかし、当然だがその光景が変わることはない。
「あの亀裂のせいで、今この瘴気内は元の世界との境界線が曖昧になっているんだ」
「ほぼ繋がってしまってると言っていい」
「こんな状態であの魔獣が自爆しようものなら…」
「ほぼ間違いなく、元の世界にも影響を及ぼす」
「見滝原は…間違いなく崩壊するよ」
キュゥべえはタツヤ達の隣で空を見上げながら、いつも通り淡々と状況を説明する。
珍獣の態度からは危機感を感じないが、話の内容でどれだけヤバイ状況なのかは分かる。
つまり、あの空にある亀裂のせいで元の世界と瘴気内の異世界が1つになっているということ。
今の状況で魔獣が爆発した場合、元の世界にまで爆風が広がってしまう。
見滝原に、膨大な被害が出てしまうという事だ。
「そ…そんな…」
「な、なんでそんな亀裂があんな所にあるんだよ!!」
そんな危なっかしい物、いつの間に出来たのだと、タツヤは訴える。
前回はそんな亀裂無かった筈だと―――。
一体、何が原因で…とこの少年は思う。
しかし―――
「なんでって、それは君が…」
「…は?」
そう、原因を作ったのは…この少年だ。
彼が剣で切り裂いた影響で、あの状況を作り出してしまった。
だが、肝心のタツヤの記憶が無い以上…その話題は不問であった。
「キュゥべえ」
「…止めなさい」
「…」
タツヤが混乱している中、ほむらがキュゥべえを嗜める。
キュゥべえは何かを言い掛けるが、結局そのまま黙ってしまい…その後の言葉を口にすることは無かった。
勘の鋭いタツヤは、今の彼女達のやりとりで自分が何かしたのだという事を理解する。
だが、記憶が飛んでいるため、何をしたのかがどうしても思い出せない。
そう、どうしても…思い出せなかった。
「で…でも、どうするの!?」
「このままじゃ町がっ」
「!?」
ゆまが魔獣を指差し…慌てたように叫ぶ。
その声に反応するように、タツヤは思考を中断して視線を魔獣に向けた。
そう、今は原因がどうこう言っている場合ではない。
あの魔獣をなんとかしなければいけないのだ。
「ん負ht8vhんyjt9bjgm児56【9xlmq:いづv度240847y5gんvb7gthnyk5んぶhfbへtgkfjhdvg8れhgんgv部fg歩5】【v】fbmんち5f「w!!!!!!!!!!!!」
「う…うわ、本当にやばいぞ…あれ」
魔獣は未だに狂気に満ちた奇声を上げ続けている。
体が不気味に光り始め、周りのマグマや異形物も動きを活性化させ始めていた。
本当に、今にも爆発してしまいそうな勢いである。
このままでは、タツヤ達はおろか見滝原まで崩壊してしまうだろう。
「…」
「ほむら…?」
しかし、そんな時だった。
ほむらが、何か思いつめるような表情をしていたのは―――
「ゆま」フゥ
「ん?」
彼らのやり取りを黙っていたほむらが、何かを決意するように息を1つ吐く。
そして、ゆっくりとゆまに歩み寄り声を掛けた。
「この子の事、お願い」
「?」
「…え?」
ほむらは、そう言ってタツヤに視線を送る。
それは、あの魔獣と鉢合わせになる前にタツヤに送ってきた冷たい視線とは違い―――
どこまでも…暖かいものであった。
その視線を受けたタツヤは、一体どうしたのだろうと疑問を抱く。
「私が…魔法であいつを閉じ込める」
「自爆は防げないけど、元の世界に影響が出ない程度には軽減できるでしょ」
「だから、あなたは結界を張ってこの子と自分自身を守りなさい」
ほむらは自分があの魔獣を何とかすると、静かに宣言する。
そして、タツヤとキュゥべえのことをゆまに任せる。
この時、タツヤは魔法でなら本当に何でも出来るのだなと安直に考えていた。
そう、この時の少年は―――そう楽観的に考えていたのだ
「ほ、ほむらお姉ちゃん…」
「まさか、正気かい?」
そんなタツヤとは裏腹に…ゆま達は顔を青ざめさせ、ほむらを見つめていた。
まるで、ほむらの言った事が信じられないというような、そんな表情をしていた。
「え?どういう…こと?」
タツヤは状況が上手く飲み込めず、ほむら達に視線を送る。
彼女達の間に流れる空気はピリピリとして痛く、そして場には重苦しい雰囲気が流れていた。
それを感じ取った少年は、一転してほむらが何をしようとしているのか不安になる。
「ほむらは…黒翼の魔法を使って、自分ごと魔獣を閉じ込める気なんだ」
「な…!!」
タツヤは、キュゥべえの発言に耳を疑う。
黒翼の魔法、それはほむらの背中にあった黒い翼のこと。
彼女はその翼を使い、自分ごと魔獣を閉じ込めようというのだ。
「そ、そんなことしたら、暁美さんが!!」
タツヤやゆま、そして見滝原は助かったとしても、彼女自身がただでは済まない。
そう、“何も知らない”少年は訴える。
「…」
「駄目ですよ!!そんなことしたら、暁美さんがあいつの自爆に巻き込まれちまう!!」
「それこそ、死んじゃいますよ!!!!」
タツヤはほむらに詰め寄り、彼女を止めに入る。
ほむらがどう考えているかは分からない。
だが、タツヤはほむらを犠牲にしてまで助かろうなどと思ってはいない。
どんなに他の誰かが助かったとしても、誰か1人でも欠けてしまえば意味がないのだと―――
「死なないわよ」
「えっ!?」
しかし、ほむらはタツヤに向かって…少し間を置いて、言った。
「死なない…私は、死なないの」
―――自分は、死なないのだと
「…いえ」
「もう、私は死んでいるようなものなのよ」
ほむらはタツヤから顔を背け、自分の表情を隠すようにして静かに呟いた。
言い終わった後、彼女は下唇を噛み表情を歪める。
その言葉だけは、口にしたくなかったと言わんばかりに―――
「は…は?」
タツヤは、ほむらの言っている事が全く理解出来なかった。
死なない…もう死んでる…
一体何を言っているのだと、タツヤは混乱する。
ほむらはこうして自分と話し、息もしている…体も動いている。
何処からどう見たって“生きて”いるではないか…と。
いくら魔法少女だからと言って、“既に死んでいる”何てことがあるわけない。
この時のタツヤは、そう思っていたのだ。
「ゆま」スチャ…スイッ
「あ…」パシッ
「それ、ちゃんと持っててね」
ほむらは、自分の左手にはめられた宝石を外し…ゆまに投げ渡す。
その宝石はほむらの手から離れると、卵型のソウルジェムに形を変えた。
ゆまはソウルジェムを渡されると、それを大切そうに胸に抱える。
「…え、ソウルジェム?」
タツヤはこの2人が何をしているのか分からず、その場に立ち尽くす。
どうして、自分のソウルジェムをゆまに渡したのだろうか…と。
その行動の真意が、この少年にはどうしても理解出来なかった。
「後、悪いけど…」
「これが終わったら…身体の再生、お願いね」
「…うん、分かった」
混乱する少年に構うことなく、話を進めていくほむらとゆま。
身体の再生、そう彼女達は言う。それは、魔獣が自爆した後の話。
あの魔獣の爆発をまともに受ければ、損傷どころか体が粉々になり下手をすれば再起不能になってしまうだろう。
「ちょ…ちょっと、何してるんですか…」
「…」
タツヤは、再度ほむらの前に立ち…彼女達を止めようとする。
「だから…駄目ですって…」
「…」
ほむらがどういうつもりなのか、タツヤには分からない。
「このままじゃ…本当に…」
タツヤは再度訴える。
だが、このままでは体が跡形もなく吹っ飛び…ほむらが死んでしまう。
これはゲームではない、紛れもない現実。
だから、死んでしまえば―――
「タツヤ」
…生き返ったりは、絶対にしないと――――
「魔法少女はね」
「ソウルジェムが本体なんだ」
「…は?」
だが―――
キュゥべえは言う。
魔法少女は、ソウルジェムが本体であると―――
それは、少年が知らない…魔法少女の、最後の秘密。
「…」
「は…はは、何言って…」
しかし、タツヤはキュゥべえに何を言い始めるのかと笑いながら言う。
勿論、それは心の底からの笑みではない。
奴の言った事が冗談であって欲しいという願望から生まれた、作られた笑顔。
信じられないのも、無理はない。
魔法少女の本体が…本来の姿が、あのようなちっぽけな宝石なのだと急に言われても…
信じられるわけが、なかった。
「本当さ」
「彼女達の肉体は、言わば外付けハードディスクみたいなもの」
しかし、キュゥべえはそんなタツヤに…躊躇することなく現実をぶつけてくる。
「魔法少女になるという事はね、タツヤ」
「自分の魂を、ソウルジェムに変える…ということなんだよ」
魔法少女の、最後の秘密。
ソウルジェムに隠された真実という…暗い現実を―――
有無をいわさず、情け容赦なく…タツヤに突きつけた。
「…嘘…なんで…」
「彼女達に普通の肉体で魔獣と戦ってくれというのは、酷な話だろ」
「だから、僕達インキュベーターは彼女達の魂をソウルジェムという目に見える形に変えることで、守りやすくしてあげたのさ」ニコッ
キュゥべえは何の悪びれもなく、自分のしてきた事を赤裸々に告白していく。
願いを叶えた少女の、魂を抜き取って…ソウルジェムという宝石に変える。
それが自分達の仕事なのだと、この珍獣は満面の笑みを浮かべて言い切った。
少年は、その事に怒りを覚えることもなく…その話をただただ聞いている。
そう…本当に、何も考えずに放心状態となって話を聞いているだけであった。
「そのおかげで、彼女達は魔力が尽きるかソウルジェムが砕かれないかされない限り」
「心臓が破けようが、血液を全部抜かれようが…」
「絶対に死なないってわけさ」
「その気になれば、痛みだって完全に無くせるだろうね」
尚もキュゥべえの話は続いていく。
ソウルジェムが傷付かない限り、魔法少女はどんな攻撃を受けようとも倒れることはない。
まるで、魔法少女の体は…魔獣と戦う為の道具に過ぎないというように―――
ほむらが言っていた言葉…
自分達は、死なない
自分達は既に―――
「本当…なんですか?」
タツヤは、声を震わせながらゆまに全てが真実であるかを確かめる。
「…うん」
すると、ゆまは気まずそうにコクンと小さく頷く。
その表情は、いつものゆまとは比べ物にならないくらいに暗いものであった。
「なんで…黙ってたんですか…?」
「隠してた…訳じゃないんだけど…」
「やっぱり、言いづらくて…」
「…そんな」
ゆまはタツヤに1度も目線を合わせる事なく、静かにそう呟く。
自分の本当の姿がこんな小さな宝石だなどと、誰も言いたくない。
ほむらやゆまにとって、この事実は永遠に秘密にしておきたかった事なんだろう。
普通の人間であるこの少年には、特に…
「だから、言ったでしょ」
「私達は、もう『人間』じゃないのよ」
「あ…暁美さん…」
ほむらが、タツヤに向けてそう口を開く。
それは…あの魔獣に出会う前に、少年に言った言葉。
自分達は人間ではない、魔法少女なのだと―――
彼達とは…違うのだと…
「ゆま、悪いけどもう1つ頼まれてくれる?」
ほむらはそのままゆまに振り返り、徐に自分の頭に手を伸ばす。
「このリボン…預ってて」ス・・
「え?」
そして、髪の毛を装飾している赤いリボンを解き、2本ともゆまに渡した。
「これは、私の命よりも大切なものだから…」
このリボンだけは、無くすわけにはいかない。
そんな想いを、込めるように―――
「…う、うん」
リボンを渡されたゆまは、ポカンと口を開きながらほむらを見つめる。
そして、首だけをコクンと動かし、小さい子供のように返事をした。
「…あ…あ…」
「鹿目タツヤ」ファサァ…
「!!!」
リボンを外し…少し髪の毛が乱れたほむらは、手でそれを整える。
そして、落ち着いた口調でタツヤの名前を呼んだ。
未だ混乱状態にあった少年は、その言葉によって現実に引き戻される。
視線を向けると、タツヤはほむらにじっと見つめられていた。
「…大丈夫よ」
「あなたは…私が守るわ」
「例え、どんな手を使ってでも…」
ほむらはまるで赤子をあやすかのような優しい声で、タツヤに話しかける。
その表情は、どこまでも暖かくて…教会での彼女とはまるで別人のようであった。
自分だけのために戦っている、そう言ってタツヤに弓を向けていた…あの時のほむらとは…
「それじゃ、もう時間がないから」
「…あ…え…うわ…」
そう言って、ほむらはタツヤから目を逸らす。
一方のタツヤは…何かを言おうとするが、言葉が上手く出て来ない。
それだけ、彼は精神的に参っていたのかもしれない。
「ゆま、お願いだから100メートル以上離れないでね」
「動けなくなるから」
「…うん」
ゆまにそう声を掛けたほむらは、ゆっくりと足を魔獣に向けて進める。
タツヤも…ゆまも、その後姿をただ見送ることしか出来ない。
「…じゃ、行ってくる」バサッ
それだけ言い残して、ほむらは背中から再度黒い翼を出現させ魔獣の下へと飛んでいく。
「あ…」
「暁美さん!!!!」ダッ
タツヤは…ほむらを追いかけようと、その場から駆け出そうとする。
どんな理由があろうと、どんな存在であろうと…
彼女が、目の前で粉々になる姿をタツヤは見たくなかったのだ。
「タっくん!!!」ガシッ
しかし、途中でゆまに捕まり、タツヤは足を止めてしまう。
「駄目だって!!!もう時間がないよ!!!」
魔獣の様子がいよいよおかしくなり、体の光り方も異常性が増してきている。
本当に何時爆発してしまっても不思議ではない状態になっていた。
今近付く事が危険であることは、火を見るより明らかだった。
今は大人しくしていた方が、彼女達に迷惑が掛からないということも、タツヤは分かっている。
「うわぁぁ!!!嫌だっ!!!暁美さん!!!」
「タっくんってば!!!!」
「うわぁぁああああああああ!!!!!」
だが、少年は尚もほむらを止めようと…ゆまの拘束を振り解こうとする。
見境無く、その場で叫び散らしながら―――
何故、こんなに必死になるのか。
それは、恐らく―――
ソウルジェムがどうにかならない限り、魔法少女が死なないという事実を認めたくないから。
だから、こんなにも必死にほむらを止めようとするのだろう。
爆発に巻き込まれて、体が粉々になっても…彼女が死なないという現実を、見たくないがために…。
「…」
「…ごめんなさい」
「あなたを、巻き込んでしまって…」
タツヤ達がそうこうしている内に、ほむらが魔獣の目の前に立つ。
「jcんjgt49pthんvcjdvベrpgk・DJbgv理gへrんv重f34位尾jんbヴhrjtkb:qfpろjvんfぐ3r5とrkfvmんkふぃvhんprtぐおtんvふぃhヴぉえrtyん54ぐvyf9うjhtrkyh3589ヴjfkvgrひt8ぐrwjvんgvhrごrhgrgpr!!!!!!!!!!!!」
「…」
「…痛覚、完全遮断」
「…」
ファサァ…
―――侵食する黒き翼―――
ほむらの背中に広がる黒い翼が、禍々しい姿となり…空間全体に広がっていく。
次第にその黒い翼は、魔獣とほむらを包み込むように、その形を変化させていった。
そして、タツヤやゆまの視線の先には――――ほむらの魔法によって、小さいドーム型の障壁が作られた
「っ!!」ブゥゥン
「あっ!!!」
ゆまはその障壁を確認すると、無言で目の前に結界を張る。
タツヤはその結界によって行き先を阻まれ、更にはゆまに押さえつけられることで身動きがとれなくなった。
少年は、それでもゆまを振り解こうと暴れまわる。
そんな事をしても、最早手遅れだというのに―――
「いうhrウvhrんgtr5hg9wrgじょvんるいぐj35ptfgんwrgv9う0j5tgmん34くぃfg9ろjhん!!!!!!!!!!!!」
障壁の中から、魔獣の断末魔のような奇声が聞こえる。
そして、次の瞬間―――
バァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
凄まじい爆発音が、辺り一面に響き渡った。
ほむらが作った障壁から激しい閃光が漏れ出し、爆風が障壁を貫通して広がっていく。
爆風は瘴気内に瞬く間に広がっていき、マグマと化した池や燃え盛る異形物を次々と吹き飛ばしていく。
「ぐぅ!!!!」
激しい爆発音と爆風に、結界を張っているゆまも思わず声を上げる。
そして、タツヤを守るように自分の体を覆い被せた。
「あ…あ…あ…うわあ…あ…」
爆発音が響いている間、タツヤはずっと視線の先にある障壁を見つめ続ける。
障壁は、爆発に耐えながらも…徐々に形を崩していく。
爆風だけでもここまで酷い事になっているのだから、あの障壁の中はもっと無残な光景になっているに違いない。
しかし、その光景をタツヤはただ見続けることしか出来なかった。
少年は、ゆまに抱きかかえられたまま…その場に崩れ落ちる。
「う…うわぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!!!!!」
「ほむらさぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!!」
そして、大声でほむらの名前を叫び散らした。
大粒の涙を…顔面一杯に流しながら―――
第5話「犯した罪 科せられた罰」 fin
「…逃げるつもりは無かったんだ
でも、目の前に広がる現実に…俺は耐えられなかった
自分の中に押し寄せる負の感情に…勝てなかったんだ…目を背けたんだ
そして、結局あの人達を…
俺は…
あの人達と、関わっちゃ…いけなかったんだ…」
再会の物語 終章
第6話「強さはいつも心の中に」