魔法少女まどか☆マギカ~After Ten Years of History~   作:イデスツッラ

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第6話「強さはいつも心の中に」chapter 3

 

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

 

―――瘴気内、最深部

 

「…っ‼‼」

 

「リリィ」

 

タツヤ達が瘴気内を駆け抜けている頃、ほむら達は瘴気内の奥底で戦っていた。

 

此処の瘴気の主とも言うべき『深化魔獣』と…

 

 

深化魔獣はその身体を氷の結晶で作り、美しい女性の風貌をしている。

結晶で作られた身体は羽衣のようなもので覆われており、その姿はさながら天女のようであった。

人間であれば、思わず見とれてしまう程である。

 

しかし、相手はあくまでも魔獣。倒さねばならない敵。

 

だが…深化魔獣は瘴気の中を踊るように移動し、ほむらの放った矢を優雅にかわしていく。

 

「それぇぇ‼‼」

 

続けて、ゆまが深化魔獣に向けて衝撃波を放つ。

 

衝撃波は敵の行く手を阻むように、徐々に横幅を広げていき…深化魔獣に迫った。

 

「リィィィィイイイイ」

 

しかし、深化魔獣は衝撃波が迫ると自分の目の前に巨大な氷壁を作り出す。

 

ゆまの衝撃波はその場に現れた氷壁に衝突すると、そのまま打ち消されてしまう。

同時に氷壁も粉々に砕けたが、結果的にゆまの攻撃はその氷壁によって防がれてしまった。

 

「あっ、もうっ‼‼」

 

「駄目だよほむら姉ちゃん、私の衝撃波全然効かない」

 

「リリィイ……」

 

ゆまは自分の攻撃が効かない様子を見て、ガクっと項垂れる。

 

そんな彼女を嘲笑うかのように、深化魔獣は彼女の周りをヒラヒラと舞い踊る。

その姿は傍から見れば綺麗に映るが、彼女達からすれば屈辱以外の何物でもなかった。

 

「弱音を吐いてないで攻撃しなさい」

 

「そうは言うけどさー」

 

ゆまの言う通り、ほむら達の攻撃はこの深化魔獣によって悉く受け流されていた。

 

スピードはそこまでではないが、動きがトリッキー過ぎて行動が全く読めない。

更には、先程のような氷壁によって…正攻法の攻撃は全て防がれてしまう。

 

「リリィィ‼‼」

 

周りを舞っていた深化魔獣は、その場でピタリと止まると…その視線をほむら達に向ける。

 

そして、彼女達の頭上に巨大な氷塊を作り出し、それをそのまま彼女達目掛けて超スピードで落下させた。

 

「来るわよ‼‼」

 

「えっ、きゃあ‼‼」

 

ほむら達は氷塊を辛うじて避けるも、体制を崩し着地した地点でよろけてしまう。

更に、氷塊は地面に落下すると勢いよく砕け散り、その欠片が彼女達に再び襲い掛かる。

 

ほむら達は砕けた氷塊を武器で辛うじて振り払うも、その身体に複数の切り傷を作る。

 

「リィィィィィィィィ‼‼」

 

「くっ」

 

続けて魔獣は辺り一面に吹雪を発生させる。

吹雪はその1粒1粒が氷の礫となって、ほむら達に襲い掛かった。

 

その吹雪によってほむら達は思わず吹き飛ばされそうになり、少しずつではあるがダメージを受けていた。

彼女達は受けたダメージを魔力で回復しつつ、魔獣の攻撃を何とか凌ぐ。

 

しかし…このまま持久戦が続けば、魔力に限界がある自分達が不利なのは明白。

だが、何とか反撃の機会を…と攻撃を耐えるものの、その機会は中々訪れない。

 

「(確かに、この魔獣は…強い)」

 

「(これまで以上に、呪いの力を強く感じる)」

 

 

ほむらは思う、この深化魔獣は今まで以上に強敵であると。

 

織莉子の言っていた事も、あながち間違いではなかったと今更になって実感させられていた。

 

「(一体、どれほどの呪いを…)」

 

「(この魔獣は…)」

 

魔獣の強さは、その魔獣が抱え込んでいる呪いの強さによって変わる。

 

呪い―――

人の恨みや妬み、誰もが一度は抱える負の感情が積りに積もった事で生まれたもの

 

この魔獣は、どんな人間のどのような負の感情によって生まれたのか…

 

そして、その感情は…どれだけのものだったのか―――

 

「リィィィィイイイイィィィィイイイイイイイイイイイイ‼‼‼‼」

 

深化魔獣は、その場で奇声を上げほむら達を威嚇する。

 

しかし、その声は…何処か悲しげで、まるで子供が泣き叫んでいるようにも聞こえる。

誰かに助けを求めているような、そんな叫び声でもあった。

 

 

氷華の深化魔獣―――呪いの性質は『孤独』

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

時は―――今より少し遡る

 

 

「らっしゃせー」

 

 

とある飲食店、店員達が客に向けて声を掛ける。

その言葉は来客した人達に向けられ、その声からは力強く聞こえた。

 

 

「い、いらっしゃいませ…」

 

 

そんな中で、1人場違いであるかのように…声の小さな少女がいた。

 

少女は見るからに弱々しく、何処か怯えているかのように身体を縮ませている。

そんな彼女の声は…当然と言うべきか、客達の耳に届くことはなかった。

 

「…ねえ君、もう少し大きい声出せないの?」

 

「す、すいません…」

 

近くに居た店員は、彼女のあまりに小さい声に苛立ちを見せる。

その言葉に少女はますますビクついてしまい、腰が引けてしまう。

 

とてもじゃないが、接客が出来る状態ではなかった。

 

「はぁーもう此処はいいから、ちょっと冷凍庫から予備の食材とってきてよ」

 

「は、はい…」

 

仕方がないと、店員は溜息を付きながら…少女を接客以外の仕事へと回す。

接客が出来ないのだから、このような処置もやむを得ないだろう。

 

少女は少し落ち込みながら、その場を後にするのだった。

 

「…ちっほんと使えねーな」ボソッ

 

少女に聞こえないように、店員が愚痴を零す。

その表情は、少女に向けた憎悪に満ちている。

 

そしてその言葉は…少女にとって何処までも冷たく、何処までも残酷なものだった.

 

「…さーん、ちょっと良いですかー?」

 

「あ、はいはい今行くよー」

 

他の店員に声を掛けられると、その憎悪に満ちた表情は影を潜め…店員は、接客に戻る。

 

この短時間で、2つの表情を見せた店員―――

人間の…『表』と、『裏』が…垣間見えたような瞬間であった。

 

 

「…はぁ」

 

 

一方で、少女は店の裏にある巨大冷凍庫で食材の整理を行っていた。

 

店の制服の上には薄い上着を羽織り、両手には薄い手袋を付けている。

寒さを防ぐには心許ないが、一時的な防寒には十分だった。

 

 

「やっぱり、私って駄目だな…」

 

 

少女は先程店員に言われた事を気にしているのか、作業中にも終始溜息を付いている。

 

自分の声が小さい事は、自分が一番よく分かっている。

元々引っ込み思案だった自分を変える為に、この仕事を始めたのだ。

 

しかし、実際は中々上手くいかず…こうして裏側に回される事が多くなっていた。

その事を考えると、少女は溜息を付かずにはいられなかった。

 

気温が低いせいか、彼女の吐く息は白く…その姿はなお一層寒そうに見えた。

 

 

「でも、此処に居れば…私も1人じゃないし…」

 

「誰かに…構って貰えるし…」

 

 

それでも、少女は充実感のようなものを感じていた。

 

どんなに怒られようとも、どんなに邪見にされようとも…この場所に居れば、

 

自分が1人ぼっちになることはない…と。

 

少女は、恐れていたのだ。

他者との繋がりを失う事を…1人になることを…

 

『孤独』になることを―――

 

 

「…うん、もう少し頑張ってみよ」

 

「えーと、この食材は…」

 

 

少女は気を取り直し、仕事に取り組む。

 

今は邪見にされているが…頑張っていれば、いつかは認めてくれるかもしれない。

そうすれば、自分は本当の意味で1人ではなくなる。

引きこもりがちだった自分が…『孤独』ではなくなる。

 

そんな、淡い期待をもって―――

 

 

「おい誰だ、冷凍庫開けっ放しにしてる奴は」

 

「え?」

 

 

だが―――

 

 

「閉めるぞー」

 

「えっちょっと待ってっ」

 

バタン

 

 

その期待は―――直ぐに崩れ去ることになる

 

少女が一緒に居てくれると信じていた者達によって―――

 

 

「…嘘」

 

「あ…開かない…」

 

 

近くを通りかかった店員は、少女の存在に気付かず…冷凍庫の扉を閉めてしまう。

少女は慌ててその店員に声を掛けるも、その声が店員に届くことはなかった。

 

急いで少女は入口に駆け寄るも、その扉はビクリともしない。

 

この飲食店では一昔前の冷凍庫を使用していた。

冷気を逃がさないよう…扉は厚くなっており、中からは開けられない仕様になっている。

 

どうあがいても…中に居る少女には開けることは出来なかった。

 

 

「嫌っ‼お願い開けてっ」

 

 

少女は、その場で扉を叩き開けてもらえるよう必死に叫ぶ。

 

外に、他の店員達が居る事を信じて…

 

 

「まだ私が中にいるんですっ‼‼だから開けてっ」

 

 

自分が中に居るのだと、必死になって助けを懇願する。

 

 

「ねえお願いだから、誰か気付いて‼‼」

 

 

「お願い…だから…」

 

 

自分が居ない事に、誰か気付いてほしい。

 

 

「誰か…」

 

 

「1人に…しないで…」

 

 

「…」

 

 

自分を…1人にしないで欲しい

 

『孤独』、にしないで欲しい―――

 

寒さに打ち震え…意識が遠のく中で、彼女はそう願い続けた。

 

 

「おい、スタッフ1人足りなくないか?」

 

「そういえば…でも、他に誰か居ましたっけ?」

 

 

しかし―――

 

 

「そういやあのノロマが居たような…」

 

 

「…さん、彼女に何か仕事頼んでましたよね」

 

 

「あー、んでも別にいいだろ」

 

 

「アイツ役立たずだし」

 

 

その願いが―――店員達に届く事は無かった

 

 

「それもそうっすねー」

 

「ほら、仕事に移るぞー」

 

 

少女と店員達には、その冷凍庫の扉よりも厚い壁が存在していた。

 

それは―――目では直視することが出来ない…心の壁

 

少女と店員達の思いは、あまりにも…あまりにもかけ離れていた。

 

まるで…少女と店員達とでは、元々住む世界が違っていたかのように―――

 

 

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

 

 

――○月△日、市内にある某飲食店にて、女子高校生の遺体」が発見されました。

 

――少女の死因は凍死で…

 

――飲食店でアルバイト中、冷凍庫に閉じ込められたと見られており…

 

 

「あー、くそっめんどくせっ」

 

 

 

――飲食店関係者は警察の調べに対し、気付かなかったと…

 

 

「あのグズが勝手に出られなくなって、勝手に死んだだけじゃねぇか‼」

 

 

――――…

 

 

――――ドウシテ…

 

 

 

「俺は知らねえよっ」

 

 

 

――――ドウシテ、ダレモキヅイテクレカッタノ?

 

 

 

「どいつもこいつも俺のせいにしやがって‼‼」

 

 

 

――――ドウシテ…

 

 

――――ドウシテドウシテドウシテ…

 

 

 

「大体あんなクズが死んだからってなんだってんだよ‼‼‼」

 

 

「あーくそっ」ガンッ

 

 

 

――――ドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ

 

 

 

「あ、なんだよ」

 

 

「…って何処だぁ、此処」

 

 

「寒っ」

 

 

 

――――ドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ

 

 

 

「…え?」

 

 

 

――――ドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ

 

 

「ひっ」

 

「ば、化物っ」

 

 

 

――――ワタシヲ…

 

 

――――ヒトリニシナイデ

 

 

――――ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛

 

 

「ぎゃぁぁぁああああああ‼‼‼」

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼‼‼」

 

 

「あああ…ああ…あ…」

 

 

「…」

 

 

――――………

 

――――…リリィィィィイイ♪

 

 

 

少女の想いは…『孤独』は、1つの大きな呪いを生み出し…そして、1匹の魔獣を生んだ。

 

魔獣は今後…自らの『孤独』を和らげる為に、人を襲う。

 

全ての人間に『呪い』を…『絶望』を振り巻き続ける。

 

それが『希望』を願い…裏切られた少女の、世界への復讐であるかのように―――

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「(…)」

 

 

ほむらは、この深化魔獣の強さを見て…『呪い』の強さを図る。

 

この深化魔獣が、どれほどの呪い(もの)を抱え…

そして、どれだけの人間を『絶望』に陥れたのだろう…と。

 

「(…いえ)」

 

「(例えこの魔獣がどれだけの呪いを抱え込んでいようと…)」

 

「(私のやることは…ただ1つ)」

 

しかし、ほむらは思う―――

 

自分のすることに、変わりはない。

ただただ…この魔獣を倒すことに、全力を注ぐだけである。

 

なにより自分のために、または…友人が護った世界を守るために―――

そして、友人が残した…あの少年を守るために…

 

「ゆまっ」

 

「ん?」

 

「連携して一気に決めるわよ」

 

ほむらは、いつも以上にその目つきを鋭くさせ…ゆまに声を掛ける。

 

1人で駄目なのであれば…力を合わせればいいと、彼女は言った。

 

「…うんっ」

 

「了解‼‼」

 

ゆまは、ほむらに対してそう言って大きく頷く。

 

そして…魔獣にすぐさま臨戦態勢をとった。

力を合わせると言っても、彼女達は特に作戦などを立てることはしない。

 

まるで、相手の考えは目を見れば分かる…そんな印象であった。

 

「リリィィイイイ‼‼‼」

 

「そーれっ」

 

―――波動連弾―――」

 

ゆまはハンマーを振り上げ、衝撃波を連続で放つ。

 

複数の衝撃波は四方八方に分かれ、深化魔獣を囲み一斉に襲い掛かった。

前方からの衝撃波は先程防がれてしまったが、これだけの数を防ぐのは容易ではない。

そう、彼女は考えた。

 

「リリリィィィィイイイイ‼‼‼‼」

 

それでも深化魔獣は自分の周りに氷壁を作り出し、ゆまが放った衝撃波全てを防いでしまった。

 

「それそれそれー‼‼」

 

しかし、ゆまは負けじと続けて衝撃波を放つ。

先程の倍…いや、それ以上の衝撃波を次々と撃っていった。

 

その度に魔獣は氷壁を作り出し、衝撃波を防ぐ。

自らの魔力全てをつぎ込むかのように、ゆまは攻撃を続けた。

 

「リリィイ‼‼」

 

流石に鬱陶しくなったのか、氷壁を作るのを止めその場で飛び上がる。

 

彼女の攻撃を防がず、ジャンプで回避しようとした。

 

「ほむらお姉ちゃんっ今だよ‼‼」

 

しかし、次の瞬間ゆまは声高くほむらに呼び掛ける。

 

一方で、空高く飛び上がった深化魔獣は空中で無防備になっていた。

 

この魔獣は…空中で自由に動けるタイプではない。

したがって、魔獣は空に飛びあがると…一瞬だが隙が生まれる。

その一瞬の隙を、彼女は見逃さなかったのだ。

 

 

―――魔手―――

 

「リリィ!?」

 

 

ゆまの合図を皮切りに、空を飛んで身を潜めていたほむらが深化魔獣の前に現れる。

ほむらは自らの翼を目一杯広げると、その翼の端々から無数の巨大な手を出現させる。

 

巨大な手は一斉に魔獣に襲い掛かり、あっという間に拘束してしまう。

 

無数の手はどす黒く禍々しい形をしており、まるで…捕まえた得物を地獄まで引きずり下ろす存在…そんな印象を受けた。

 

「…っ‼‼」

 

続けて両翼の中央からは、その無数の手の持ち主であるかのような黒い化物が現れる。

その化物は拘束された深化魔獣に対し、敵意をむき出しにして…今にも襲い掛かりそうな勢いであった。

 

その後、ほむらの両翼はエネルギーを溜め始め…そのエネルギーを中央の化物へと送り込む。

すると…化物は口のような部分を開き…送り込まれたエネルギーをその部分へと集中させた。

そのエネルギーは次第に化物の口元で凝縮され、その場に光の球体を作り出す。

 

 

―――ティロ・フィナーレ―――

 

 

次の瞬間―――

ほむらは、その球体から真っ黒なレーザーを発射する。

 

レーザーは拘束され身動きの取れない深化魔獣に一気に迫り、そのままクリーンヒットした。

 

 

「リィィィィイイイイイィィィィィィィィィ‼‼‼」

 

 

ほむらはレーザーを撃ち終わると、魔手を引き深化魔獣の拘束を解く。

 

強力なレーザー砲をまともに喰らった深化魔獣は、崩れ去るように地上に落下していった。

 

「やった‼‼」

 

「…えぇ」

 

瓦礫の中に埋もれてしまった深化魔獣は、ピクリとも動かない。

 

そして、空に浮かんでいるオーロラは徐々に消え…周りを満たしていた瘴気も晴れていく。

深化魔獣と対峙した時に感じる独特の雰囲気のようなものも徐々になくなっていった。

 

「やったよぉほむらお姉ちゃん‼‼‼」

 

魔獣を倒したものだと、思わず喜びを爆発させるゆま。

 

喜びのあまり、後ろからほむらに抱き着いた。

 

「…離れなさい」

 

しかし、一方のほむらは不機嫌そうに呟く。

 

流石に振り払おうとまではしないが、明らかに鬱陶しそうな表情をしていた。

 

「えーなんでー?」

 

ゆまは心底不思議そうに、ほむらの顔を後ろから覗き込む。

 

そのせいか、彼女はほむらから離れるどころか余計に密着する形になってしまう。

それはもう…身体と身体がピッタリとくっ付いてしまうくらいに。

 

「…当たってるのよ、その無駄に発育したものが」

 

ほむらの背中には、ゆまの女性らしく発育したあるものが押し当てられていた。

それが、彼女には個人的に鬱陶しくてしょうがなかった。

 

…そう、あくまでも個人的な理由で…

 

「えー別にいいじゃんー」ムギュー

 

 

 

「…」

 

 

 

「泣くわよ」

 

 

 

「あ、ごめん…」

 

「…」

 

 

ほむらの表情を隠して呟いた一言で、思わず身体を引いてしまうゆま。

 

拘束から解放されたほむらは、横目でチラリとゆまの発育した部分を見る。

そして、自分の同じ部分と比べ…何とも言えない表情を浮かべる。

 

恐らく、今の彼女の気持ちは…当の本人にしか分らないのだろう。

 

「それにしても…」

 

気を取り直して…とでも言うように、ゆまが崩れていく瘴気内を見渡しながら呟く。

 

「最近の魔獣って何なんだろうね?」

 

「なんか、急激に強くなってるような気がする…」

 

それは、最近の魔獣の事についてだ。

 

魔獣は、これまでも彼女達の予想を遥かに上回るペースで強くなっていた。

しかも、此処最近の強化は…常軌を逸している。

 

まるで―――何かの前触れであるかのように…

 

そして、その何かに吸い寄せられているかのように―――

 

「えぇ…そうね…」

 

「…」

 

ゆまの言葉に頷き、そのまま黙りこむほむら。

 

彼女の脳裏には、ある1つの事柄が浮かんでいた。

 

 

『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!!』

 

 

『がぁあ!!!!!!!!』ギィィィン!!!

 

 

それは、魔獣の異常なまでの強化と…ほぼ同時期に、少年に起きた現象―――

 

強化された魔獣と…互角、いやそれ以上の力を見せ付けた少年。

果たして、それは只の偶然なのか…あるいは、何かしらの関係性があるのか…

仮に関係があるのであれば、あの少年にも危害が及ぶかもしれない。

 

そんな不安が、彼女の中に渦巻いていた。

 

「ほむらお姉ちゃん、どうしたの?」

 

「…何でもないわ」

 

不思議そうに顔を覗き込むゆまに、ほむらは愛想なく答える。

 

今はそんな事を気にしても仕方ない。そう、彼女は結論付ける。

 

「さ、帰るわよ」

 

「あ、待ってよー」

 

あの少年を、巻き込まなければ済む話。

例え、彼にどんな風に思われようとも…自分のやる事は変わらない。

 

今までだって、そうしてきたのだ。

 

そう…ずっと、1人で――――

 

 

「…ィィィ…」

 

 

しかし―――

ほむらが、そうやって自分に言い聞かせている時だった

 

「え?」

 

突如、周りの雰囲気が一変する。

晴れかけていた瘴気が…再び辺りに広がり始め、世界を禍々しい空気に包んでいった。

 

元に戻りかけていた空は、オーロラが再び浮かび上がる。

 

「リリリリィィィィイイイイイイイイイ‼‼‼‼‼‼」

 

そして、次の瞬間―――

それまで瓦礫に埋もれて動いていなかった深化魔獣が勢いよく飛び出してくる。

 

深化魔獣は、その場で巨大な氷塊を作り出し…そのまま打ち出してきた。

 

「!?」

 

「ゆまっ‼」

 

氷塊は真っ直ぐにゆまへと向けて飛んでくる。

 

深化魔獣の行動にいち早く気付いたほむらは、彼女に声を掛ける。

そして、急いで黒翼を広げ、彼女に近付いていった。

 

「きゃぁぁぁああああ‼‼‼」

 

しかし、その行動は一歩遅く…ゆまはその氷塊をまともに受けてしまう。

 

ゆまはそのまま激しく吹き飛ばされ、近くにあった氷山へと衝突した。

 

「大丈夫、ゆま」

 

「う…うん、なんとかね」

 

ほむらはゆまの安否を確認するため、彼女に声を掛けた。

 

その声に応えるように、ゆまはその場でフラフラと立ち上がる。

ダメージは受けてはいるものの、幸い命に別状はなさそうであった。

 

「リリィィィィイイ‼‼‼‼」

 

「気をつけなさい」

 

「あなた、自分の傷を治すのは得意じゃないんだから」

 

「へへ…ごめんね…」

 

ほむらはゆまに肩を貸しながら、そんな忠告をする。

彼女の言葉を受けて、ゆまは思わず苦笑いを浮かべた。

 

回復魔法を得意としているゆまの唯一の弱点―――

 

それは自分自身の回復が苦手だという事。

 

かつて友人の腕の為に魔法少女になった少女と違い、ゆまは自分以外の人間…

それも、全体回復に特化している。

 

その影響もあってか、ゆまは自分自身への回復を苦手としていた。

 

「リリリィィィィ…」

 

「そんな・・あれでも駄目だったの…?」

 

魔獣は傷を負っているが…まだ、余力を残しているように見える。

 

いや、この魔獣もほむらの攻撃によって痛手を負っていたのは事実だ。

先程まで瓦礫の中で動かなかったのは、その傷の修復に努めていたからである。

 

一時的に意識を奥底へと沈めていた為、瘴気内が崩れかけていた…というわけだ。

 

「…くっ」

 

「(本当に…強い…)」

 

全ての事に気付いたほむらは、その顔を一層険しくさせる。

 

持久戦で此処まで苦戦を強いられる魔獣は、流石のほむらも初めてだった。

 

パワーこそ前回の灼熱の深化魔獣に劣る。

だが…それでも、彼女達には十二分に強敵であった。

 

「リリィィ…」

 

「ねぇ、まずいよ…」

 

「さっきので私達の魔力も殆ど残ってないし…」

 

ゆまの言う通り、先程の合体技の影響で…彼女達の魔力は殆ど残っていない。

回復用のグリーフシードも、残りわずかとなっていた。

 

このまま持久戦が続くのなら、不味い事になるかもしれないと彼女達は本能で悟る。

 

「そうね…」

 

ほむらは最初に聞いた織莉子の言葉を思い出す。

正直、此処まで苦戦するとは思っていなかった。

 

最悪の事態も考えられる中で、ほむらは何とか打開策を見出そうとする。

 

「リリリリィィィィィィィィイイイイイイィィィ‼‼‼‼」

 

「来たよ‼‼」

 

「…っ‼‼」

 

だが、そうしている間にも…深化魔獣は再び彼女達に襲い掛かる。

 

このままではまずいと考えながらも、打開策を見出せないまま…彼女達は戦闘態勢をとる。

 

例え自分達がどうなろうと…目の前の魔獣だけは、止めて見せる。

 

そんな一種の覚悟のようなものを持ちながら…。

 

 

 

「暁美さん‼‼ゆまさん‼‼」

 

 

だが、そんな時だった―――

 

 

「え?」

 

 

「うぉぉぉぉおおおおお‼‼」

 

 

少年が…鹿目タツヤが、彼女達の居る場所に到着したのは…

 

「!!」

 

「なっ…」

 

 

ほむらは、タツヤを見て驚愕する。

 

何故…こんな所にあの少年が居るのか、一体何をしに来たのか…と。

 

どうして…なんで…

ほむらの頭の中は、様々な思いで混乱していた。

 

 

―――スターライトアロー―――

 

 

「リィィィィィィィィィ‼‼‼‼」

 

 

一方でタツヤは、左手に先程の双刃を持ち…それを、そのまま弓に変化させる。

そして、何処からか光の矢を取り出し…深化魔獣に向けて放った。

 

タツヤの矢をまともに受けた深化魔獣は、後ろへと一気に吹き飛ばされる。

 

「凄い…」

 

その魔獣の姿を見て、ゆまが思わず声を上げる。

 

自分達が手を焼いていた魔獣を、たった一撃であそこまで後退させる力。

それは、経験豊富な彼女達にも無いものであった。

 

「ゼェ…ゼェ…」

 

「え…嘘…」

 

「タっくん…?」

 

そこでようやく、ゆまもタツヤの存在に気付き…ほむら同様、驚きの表情を浮かべる。

 

今の攻撃が、彼によるものであることに…。

 

「…」

 

「なんで…?」

 

彼女達は、何がなんだか分らないとでも言うように…呆然とその場に立ち尽くしている。

 

タツヤが何をしに来たのか、彼が持っているあの武器は何なのか…

 

そもそも、『あの力』は何なのか…

 

全ての事が、彼女達には分らなかったのだ。

 

 

「え?え?なんでタっくんがこんな所にいるの!?」

 

 

本来ならばこの場にいる筈のない少年が居る事に、驚きを隠せないゆま。

 

それもそうだろう、彼女達が居る場所は瘴気の最深部だ。

タツヤがたった1人で来られるような場所ではない。

 

「僕が連れて来たんだよ」

 

「あ、キュゥべえ!?」

 

しかし、ゆまのその問いに応えるようにキュゥべえが目の前に現れる。

 

自分が彼を連れて来たのだと、隠す素振りも見せず…彼女達に伝えた。

 

「…」

 

一方でほむらは、彼等が現れてから…険しい表情のままとなっている。

 

現れたキュゥべえを睨み付けるように、鋭い視線を浴びせていた。

 

「よかった、無事だったのね…」

 

「お、織莉子も…」

 

キュゥべえの後を追い掛けるように、織莉子も彼女達の下へと到着する。

彼女達の無事な姿を見て、ひとまずは安心しているようだった。

 

ゆまはというと、織莉子まで来た事で…ますます混乱してしまう。

 

魔法少女を引退してからというものの、彼女は瘴気内に侵入する事を控えていた。

織莉子もまた、この場所にいる筈のない者だったのだ。

 

「…何をしているのよ、あなた」

 

「そ、それは…」

 

珍獣に向けていた鋭い視線を、今度は織莉子へと移すほむら。

 

貴方が付いていながらこの様は何だと、ほむらは視線で語った。

 

勿論、織莉子も彼を止めようとしたのだが、一部始終を見ていないほむらにその事を伝えるのは困難である。

織莉子は彼女の鋭い視線を、気まずそうに受け流すことしか出来なかった。

 

「ま、まぁまぁ今は良いじゃん」

 

険悪なムードになる2人の間に入るように、ゆまが慌てて声を発する。

 

そう、確かに今は内輪の事で争ってる場合ではない。

彼女達だって、それくらいは分かっていた。

 

「そ…そんな事より」

 

「…ええ」

 

「…」

 

彼女達の視線は、一斉に1つの方向に集中する。

 

その先に、いるのは―――

 

「ハァ…ハァ…」

 

彼女達を戸惑わせる最大の要因である…1人の少年が立っていた。

 

少年は息を整えるように、手を膝に乗せ肩で息をしている。

 

その手には…誰も見たことのないような武器が握られている。

弓のようにも見えるが…それは、2つの独立した剣を重ね合わせたような業物。

 

しかし、その武器は間違いなく魔法少女達が使っている武器と同系統のものであった。

 

「…よし」

 

少年は1つ大きく息を吐き、気合を入れるように声を発する。

 

その視線は強い決意に満ちており、彼女達以上に力強さを感じる。

 

少しずつではあるが…覚醒しようとしていた。

 

鹿目タツヤの中に眠る、“その力”が―――

 

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

 

時は、少しだけ遡る―――

 

「ハァ…ハァ…」

 

「タツヤっ‼あそこだ‼‼」

 

「!!!」

 

タツヤ達は瘴気内を駆け抜け、ほむら達のいる最深部に到達しようとしていた。

 

キュゥべえがその視線の先に彼女達を見つけると、タツヤはその場に立ち止まり様子を伺う。

その右手には、先程見つけた黒い宝石がしっかりと握られていた。

 

「やっぱり、苦戦してるみたいね…」

 

織莉子の言う通り、ほむら達は深化魔獣相手に苦戦を強いられていた。

 

相手に持久戦に持ち込まれ、どうすることも出来ずにいたのだ。

 

「リリリリィィィィィィィィイイイイイイィィィ‼‼‼‼」

 

「あ、危ない‼‼」

 

深化魔獣はそのまま彼女達に襲い掛かる。

その姿を見て、ほむら達は戦闘態勢を取るも…何処となく不安を隠し切れずにいた。

 

このままでは彼女達が危ない。

そう思う織莉子だが、自分にはどうすることも出来ず、ただ声を上げることしか出来なかった。

 

「くっ」

 

しかし、次の瞬間…

 

「くそぉぉおおお‼‼‼」

 

傍にいたタツヤに、再び変化が起こる―――

 

「!?」

 

「うぉぉぉぉおおおおお‼‼」

 

身体に再びオーラを纏わせ、その瞳は純血に染まる。

 

更に、先程見つけた黒い宝石が光を発し始め…

タツヤが先程使用していた双刃に、その姿を変えた。

 

―――スターライトアロー―――

 

タツヤはすかさず双刃を弓に変化させ、身体に纏ったオーラを急激に増幅させる。

そして、そのオーラを一点に集中し1本の矢を作り出した。

 

作り出した1本の矢を、タツヤが深化魔獣に向けて放つと…星のように輝くオーラと共に、その矢は深化魔獣へと迫る。

 

 

「リィィィィィィィィィ‼‼‼‼」

 

 

タツヤの放った矢がヒットすると、深化魔獣は何とか受け止める。

 

しかし、攻撃の勢いを殺す事が出来ず、引きずられるように後ろに大きく後退していった。

そして、深化魔獣はそのまま氷山に衝突し、再びその身体を瓦礫の下へと沈める。

 

「…っ」

 

傍で見ていた織莉子は、彼の力にもはや言葉すら発する事が出来ない。

 

「(やっぱり、この子…)」

 

ただ、その力にある種の『期待』と『不安』を抱いて、彼女は傍でタツヤを見守ることしか出来なかった。

 

そう、タツヤの力の”秘密”に気付いた彼女には…そうする事しか…出来なかったのだ―――

 

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―

 

「…」

 

「織莉子?」

 

険しい表情でタツヤを見つめる織莉子を、不思議そうに伺うゆま。

 

「!? え、えぇ…」

 

それに気づいた織莉子は、慌てて表情を崩し作り笑いを浮かべる。

 

しかし、その表情はお世辞にも笑っているようには見えず…顔が引きつってしまっている。

何かあったのだ、と自分から告白しているようなものであった。

 

「どうしたの?らしくないよ?」

 

何時もは、こんな直ぐに表情に出るような彼女ではない。

 

常に冷静沈着で、表情を崩さないのが彼女のスタイルだ。

 

「…えぇ」

 

「?」

 

こんなに動揺して戸惑う彼女を、ゆまは見た事がなかった。

 

「…」

 

「あ、暁美さん…」

 

そんなやり取りを繰り返す2人を尻目に、ほむらはタツヤに視線を向けその目を鋭くさせる。

 

一方で、タツヤは彼女の行動に多少ビクつきながらも…その視線を一身に受け止め、彼女に対峙した。

 

「…何しに来たの」

 

「…」

 

「此処がどんな場所なのか、まだ理解出来てないの」

 

ほむらは冷たい口調で、タツヤを問い詰める。

 

何をしにきたのか、此処が何処か分っているのか、そもそもどうして来たのか…

容赦のない言葉で、少年を責める。

 

「…俺は」

 

しかし、タツヤはそんな彼女に怯むことなく、言葉を返そうとする。

 

ほむらを見る少年の視線は、どこまでも強く…どこまでも真っ直ぐだった。

魔獣達に怯えたあの頃の表情は、もう何処にもない。

 

「…あなたはっ」

 

しかし、タツヤのその視線が彼女を余計に苛立たせる。

ほむらはギュッと握った拳を震わせ、思わず声を荒らげた。

 

鬱陶しいとか…そんな事を思ったわけではない。

ただ、怯えたままの方が彼女にとって都合が良かったのだ。

 

怯えたまま余計な事に首を突っ込まず、自分達に関わらないようにしていてくれた方が…

 

その方が、少年を守りやすいと思ったから―――

 

「何処までっ」

 

ほむらは自分をどれだけ困らせたら気が済むのかと、タツヤに捲し立てる。

 

滅多な事では表情を表に出さないほむらだが、

少年への苛立ちと…そんな事に苛立っている自分に対しての情けなさが、彼女を動かしていたのかもしれない。

 

しかし―――

 

「すいませんでしたっ‼‼」

 

タツヤの次の行動によって、彼女のその苛立ちは消え去ることになる。

 

「…って、え?」

 

少年はその場で突然深く頭を下げ、ほむらに謝罪の言葉を述べる。

その様子を見て、ほむらは驚き…その場で唖然としてしまう。

 

ほむらには、彼の行動の真意が全く分からなかった。

 

「タ、タッくん…?」

 

「…」

 

そして、それはゆまや織莉子も同じであった。

 

突然どうしたのだろうかと、不思議そうに彼の事を見つめている。

 

「俺は…」

 

「あの時、逃げ出した事をずっと謝りたかったんだ」

 

「どうしても…」

 

彼女達が戸惑う中で、タツヤは深刻そうな表情を浮かべ…徐に話し始める。

 

あの時―――

それは、前回の深化魔獣との戦いでの出来事。

 

彼が謝りたかった事。

それは、あの時のほむらから…そして、魔法少女の真実から…逃げ出してしまった時の事―――

 

タツヤは…どうしても謝りたかったのだ、ほむらに…そして、全ての魔法少女に…

 

それは、自分の為―――そして何より…彼女達の為に―――

 

「…」

 

ほむらは、少年の言葉を聞いて…再び、その表情を引き締める。

 

しかし、そこに先程の苛立ちはなく…その表情は、何処か思い詰めたようなものであった。

 

「それと…」

 

「俺は、もう逃げない」

 

「魔獣や魔法少女の真実から、もう目を背けない」

 

尚も、タツヤは続ける。

 

「ずっと…この道を歩きたい」

 

「暁美さん達と一緒に…」

 

タツヤは自らの想いを打ち明けていくように、言葉を紡いでいく。

 

それは、少年の選んだ…1つの“答”―――

 

彼女達…魔法少女達と共に生きていきたいという、少年の『意思』であった。

 

「それを伝えたかったんだ」

 

「ずっと…」

 

タツヤはそれだけを伝えたくて、この場所…瘴気の最深部までやってきた。

 

「…それをわざわざ言うために」

 

「こんな、所まで…」

 

ゆまは、タツヤに驚くことしか出来なかった。

 

いくら自分達に伝えたい事があったからといって、こんな所まで来るなんて危険が多過ぎる。

そんな事は魔獣退治が終わってからでもいいのではないか…と、織莉子と同様ゆまも思った。

 

「まあ…」

 

「こうでもしないと、前に進めないと思ったから…」

 

しかし、少し気不味そうにしてタツヤは応える。

今伝えるからこそ、意味があるのだと―――

 

確かに、伝えるだけなら…何時でも出来るかもしれない。

だが…戦いが終わるまで待っていたら、自分はまた逃げてしまうかもしれない。

 

今度逃げてしまえば、もう自分は彼女達の前には立てない気がする。

 

そう思ったからこそ、少年は…今此処に立っている。

 

父の助言を得て自らの本当の想いに気付き、道中…友人の力を借りて、ここまで辿り着いた。

 

支えられて…此処まで来たからこそ、その想いはより強固となって…タツヤを此処まで突き動かしたのかもしれない。

 

「貴方…」

 

織莉子は、少年の想いを知り…ただ一言だけ言葉を漏らす。

 

彼女は、感じ取ったのかもしれない。

タツヤにはあって、自分にはなかった“意志の強さ”を…

 

魔法少女の世界から逃げ出した…自分にはない…

 

「何を、言ってるの」

 

一方で、ほむらは少年の言葉を聞いてなお…その態度を変えようとはしない。

 

「…足手まといよ」

 

タツヤを一蹴するように、ほむらは冷たく吐き捨てる。

 

しかし、彼女の言葉には…先程よりも少しだけ迷いがあるように見える。

声を発するその口は…わずかに震え、少年に対する返事も先程より遅くなっている。

 

多少なりとも、彼女も影響され始めたのかもしれない。

少年の何処までも真っ直ぐな、その“心”に…

 

「…ほむら、彼は」

 

しかし、その変化は微々たるもので他人には分らない。

 

ほむらの態度を見かねたのか、キュゥべえが彼女の下に近付き声を掛ける。

普段は人のフォローなど滅多にしないこの珍獣が、こういう行動を取るのも珍しい。

 

「キュゥべえ、悪い」

 

「少し、黙っててくれ」

 

だが、タツヤはそんなキュゥべえの言葉を…片手で制す。

 

別にキュゥべえの事を邪見にしているわけではない。

ただ…少年の視線は、相変わらずほむらの事を真っ直ぐ見つめていた。

 

自分の事は自分で伝える、そんな彼自身の意思を示しているかのように…

 

「う、うん」

 

キュゥべえは彼の言葉を聞いて、大人しく引き下がる。

 

この珍獣なりに、少年の意思をくみ取ったようだ。

 

「…」

 

「足手まといにしかならないのは…分ってます」

 

タツヤはほむらの目をじっと見つめ、再び口を開く。

 

「でも、だからこそ俺は」

 

「そんな弱い人の為に戦ってくれてる人達の事を…」

 

「ないがしろになんか出来ない」

 

そして、自らの想いを再び言葉に変え始める。

 

自分達は…弱い生き物なのかもしれない。

だが、その事を盾にして…戦いから目を背けるような事はしたくない。

守られて当然なんて、思いたくない。

 

少年は、そう主張する。

 

「タツヤ、君は…」

 

キュゥべえはその言葉を聞き、心底不思議そうに少年の顔を伺う。

 

どうして、この少年は…此処まで自分達に関わろうとするのだろうか。

 

最初は、その力の秘密が知りたくて…少年をこの世界へと連れて来た。

でも、今となってはキュゥべえの方が彼に“導かれて”いる気さえしてしまう。

 

それは、この珍獣でも感じたことのない感覚だった。

 

「こんなに必死に戦ってるのに、誰にも分ってもらえないなんて」

 

「そんなの、寂しいじゃんか」

 

少年は、更に続ける。

 

どうして自分達を守ってくれる人達が、人知れず戦わなければいけないのか。

 

確かに、魔法少女の戦いは他の人達には気付かれにくい。

 

だが、だからといって彼女達が『孤独』になっていいわけがない。

 

「だからさ、魔法少女達の事を知ってる人間が…1人くらい居てもいいと思うんだ」

 

だからこそ…自分が彼女達の戦いを理解したいと思った。

 

理解して、支えたいと…。

 

あの日、自分に出来る事を見つけたいと思った。

だが、自分の予想を遥かに超えるこの世界の様に、思わず逃げ出してしまった。

しかし…それでも少年はこの場所に戻り、そして…必死に考えて答を導き出した。

 

それが、今の言葉だった―――

 

「それに…」

 

「…え?」

 

「それって…」

 

タツヤは徐に先程の黒い宝石を取り出す。

 

ほむらはその宝石を見ると、何故か顔を青ざめさせ…驚きの表情を見せる。

その宝石は初めてみる筈なのに、何処かで“見た”事があるような…そんな印象を受けた。

 

何故かは分らないけど、嫌な予感がする事は確かだった。

 

「リリィィィイイイイイ‼‼」

 

そして、その嫌な予感は別の形で現れることになる―――

 

瓦礫に埋もれていた筈の深化魔獣が、再び姿を現したのだ。

 

「!!」

 

「まさかっもう!?」

 

深化魔獣にいち早く気付いたゆまは、直ぐにハンマーを取り出し戦闘態勢を取る。

しかし、彼女の行動は一足遅く…魔獣はあっという間にタツヤ達の目の前まで移動し、彼等に襲い掛かろうとする。

 

ダメージを受けた深化魔獣の姿は、先程の美しい風貌の欠けらも残っていない。

タツヤ達に襲い掛かるその様子はまさに、人々を襲う…醜い化物のそれであった。

 

「…っ‼」

 

しかし、タツヤはそんな魔獣に怯む事無くその視線を相手に向ける。

 

そして、手に持っている黒い宝石を再び輝かせた。

 

「今、人が話してるだろうが‼‼」

 

「リィィイイ‼‼‼」

 

タツヤは黒い宝石を双刃に変え、深化魔獣に対峙する。

 

魔獣はタツヤに襲い掛かろうと、彼に向けて飛びかかってくる。

 

「邪魔だ‼‼」

 

「リィィギィィィイイイイイイイ」

 

タツヤは双刃にオーラを集中させ…自分に迫る深化魔獣に対して、衝撃波を剣先から飛ばす。

 

刃の形をした衝撃波は深化魔獣を斬りつけ、化物を後方へと吹き飛ばす。

そして、化物は再び瓦礫の中まで吹き飛ばされ、そのまま動かなくなってしまう。

 

「!!!」

 

「…強」

 

タツヤの力に、ほむらは言葉を失い…ゆまは言葉を漏らす。

 

先程と、そして今の攻防を見ただけで彼女達は確信する。

 

彼の力は、

既に自分達の力を超えてしまっている…と―――

 

「…まぁ」

 

「自分の身くらいは、守れるつもりです」

 

そして、タツヤはその双刃をギュッと握りしめ力強くそう宣言する。

 

この力が…タツヤに、自信のようなものを付けさせていた。

 

彼女達と共に魔獣と戦えるという、確かな『自信』を――――

 

「タっくん…?」

 

ゆまは、思わずタツヤに声を掛ける。

始めてあった時、彼は確かに自分達と似たような力を使っていた。

だが、それでもあそこまでの力は無かった筈である。

 

タツヤは…いつの間にあのような力を身に付けたのか…。

彼女には、全く分らなかった。

 

「なんで?とか、聞かないでくださいよ」

 

「正直、自分でもよく分かってないんですから」

 

しかし、ゆまの考えを見透かしたかのようにタツヤが応える。

確かに、タツヤの力は彼自身でも理解出来ていない。

 

力が覚醒した瞬間の事を、彼はなんとなく覚えてはいるものの…

ほぼ無意識の内の出来事だった為、肝心の部分についてはあやふやなままであった。

 

「う、うん…」

 

ゆまは、何処か腑に落ちない部分があるものの…その場で小さく頷く。

 

タツヤの事が気にならない訳ではないが、

本人が分らないと言っている以上、これ以上の詮索は無理だと彼女は判断した。

 

「…」

 

一方で、織莉子はタツヤ達を見て不安そうな表情を浮かべる。

 

少年が力を付け、自分達と行動を共にする事は悪い事ではないと思う。

 

むしろ、それはある意味彼女の望んでいた事だ。

 

だが―――それでも、心配な事がないわけじゃない。

 

「…」

 

「でも、言うほど簡単じゃないよ…それ」

 

少しして、ゆまが再び静かに口を開く。

 

「辛いことばかりなんだよ…この世界って」

 

「…」

 

この世界に留まる事。

それは、戦いの世界に身を置くということ。

 

そして、彼女達は知っている。

戦いは常に危険と隣り合わせであり、辛い事の方が圧倒的に多いということを―――

 

それは、ある意味当然のことだった。

 

「そう…」

 

「戦いは、いつも死と隣り合わせ」

 

その事は勿論、織莉子も理解している。

 

だからこそ、少年の事を陰で認めながらも…彼の言う事に、心から賛同は出来なかった。

 

最も…賛同できない理由は、他にもあるのだが―――

 

「簡単に死ぬのよ、魔法少女って」

 

「知らなかった方が良かったと思う時が…必ず来るわ」

 

織莉子の言うように、魔法少女も死ぬ時は…死ぬ。

今まで…多くの仲間を失ってきた彼女達だからこそ、言える言葉だ。

 

自分達と共に来ても…良い事なんてない。

それでもいいのか、と織莉子はタツヤに問う。

 

危険な場所に足を踏み込む、その“覚悟”はあるのかと―――

 

「確かに、そうかも知れない」

 

織莉子の言葉を聞いて、タツヤは沈黙する

 

そして、少しして…静かに口を開く。

 

「でも、知っちゃったんだ」

 

「だから、知らなかった事になんか…やっぱり出来ないよ」

 

この世界の事を、少年は知ってしまった。

魔獣のこと、魔法少女のこと、襲われている人達のこと―――

 

色んな事を知ってしまったからこそ、それを見て見ぬふりなんて出来ない。

鹿目タツヤとは、そういう人間であった。

 

「タツヤ」

 

そんな彼の事を不思議そうに見上げながら、キュゥべえは呟く。

 

「なんだよ」

 

「…いや」

 

しかし、タツヤの顔を見ると、キュゥべえは再び顔を背け…口を閉じる。

 

そのまま珍獣は背中を向け、少年の下を去っていく。

 

「全く、君の考えは理解に苦しむよ」

 

「関わる必要のない事に、此処まで頭を突っ込むんだからね」

 

「うるせー」

 

そして、彼に向けてそんな憎まれ口を叩く。

 

だがその一方で、珍獣は…何処か納得したようなものを感じていた。

 

時に人間の“感情”は、自分達の予想を遥かに超えていくものである。

 

そのことを、キュゥべえ…インキュベーターはよく知っているのだから―――

 

「(…そう)」

 

「(…彼の言ってる事は、確かに人の常識では考えられない)」

 

織莉子は少年達のやりとりを見ながら、静かに思う。

 

少年の言っていることは、一見すると自分勝手で滅茶苦茶な事なのかもしれない。

だが―――

 

「(…でも、だからこそ)」

 

「(彼はあの子達にとって…必要な存在になる)」

 

「(そんな、気がする…)」

 

 

そんな無鉄砲な彼だからこそ、織莉子は普通の人とは違う魅力を感じた。

だからこそ、今の彼女達の手助けになるかもしれないと思った。

 

織莉子は、自分の力では見ることの出来ない少年の未来に、1つの希望を見出そうとしていた。

 

「…」

 

「(問題は…)」

 

ただ、その為には乗り越えねばならない問題が…1つだけあった。

 

それは―――

 

「…ふざけないで」

 

「…っ」

 

 

『孤独』を受け入れてしまった―――

 

閉ざされたままの―――

 

 

「あなたは何処まで私の邪魔をすれば気が済むの?」

 

「前にも言ったでしょ。あなた達人間と、私達は違う生き物なのよ」

 

「そんな事、出来るはずないわ」

 

 

彼女の“心”の問題―――

 

 

「それに、私はそんな腑抜けたものはいらない」

 

「私は…1人で戦える」

 

 

ほむらはタツヤの言葉を否定するように、言葉を続ける。

 

自分に彼が言うようなものは必要ないと、冷たく言い放った。

あくまでも自分は、1人で戦い続けるのだと…

 

これまでもそうだったのだから…と

 

そして、これからも―――

 

「だから、あなたのその自己満足な考え方は…」

 

「いい…迷惑なのよ」

 

「…」

 

ほむらは、彼を突き放すように何処までも冷たい言葉を浴びせる。

 

だが、彼女自身もその言葉に傷つき、震えるその手を必死に隠していた。

 

「ほむらお姉ちゃん、いくらなんでもそんな言い方っ」

 

その事に気付く筈もないゆまは、ほむらに食って掛かる。

 

流石に言い過ぎだと、彼の事も少しは考えたらどうかと…そう珍しく語尾を強くした。

彼女も彼女なりに、タツヤの事を思っての行動だったのだろう。

 

「ゆまさん」

 

「え?」

 

「別に、良いんです」

 

しかし、タツヤはそんなゆまの肩に手を置き、彼女を呼び止める。

 

戸惑う彼女に対し、首を横に振り…それ以上はいいと伝える。

あれほど冷たい言葉を浴びせられたにも関わらず、少年は冷静だった。

 

「暁美さん」

 

そして、タツヤは再度ほむらに視線を移し…彼女に声を掛ける。

 

「…」

 

「俺、何となく分っちゃったんです」

 

「暁美さんは…本当はそんな事を言う人じゃないって」

 

「っ‼」

 

顔を強張らせるほむらに対して、タツヤは微笑みながら応える。

ほむらは、その言葉を受けて…思わず声にならないものを上げてしまう。

 

彼女を見る少年の視線は、彼女の心の内を見透かすかのような…どこまでも優しい視線だった。

 

「だって、暁美さんがそういう事を言う時は…いつも」

 

「俺が危険な目に合いそうになってる時だから」

 

「…」

 

タツヤは言葉を続ける。

ほむらが自分に厳しい事を言う時は、いつでも自分を守ってくれる時だと。

 

少年は、薄々気づいていたのかもしれない。

ほむらの声が密かに震え…彼女自身の言葉によって、傷付いていることに―――

 

「それに、1人で良いなんてのも…きっと嘘だ」

 

少年は、更に言葉を重ねる。

 

それは…まるで、閉ざされた扉の前に立ち…彼女に語り掛けているかのようだった。

 

「暁美さんの部屋に飾ってある写真…」

 

彼女と初めてちゃんと話をして、部屋に招いてもらった時…

 

彼女の机には、1枚の写真があった。

 

そこに写るのはほむら自身と、2人の少女―――

 

 

「あの人達って、暁美さんと同じ魔法少女ですよね」

 

「あの教会に、お墓が立ててあった」

 

 

そして、その2人は…彼女と同じ魔法少女の力を持つ存在。

 

 

「…そうよ」

 

 

今はもう…この世界には存在しない、ほむらの数少ない友人達。

 

その事は、一連の出来事で…タツヤも既に知っている。

 

「俺、知ってますよ」

 

「暁美さんがあの人達の事を話す時は…」

 

「凄く優しくて、寂しそうな顔をしてるって」

 

彼女の部屋で話した時もそうだった。

 

普段、ほむらは滅多に表情を顔に出さないが、彼女達の話をする時だけは違う。

彼女達の事を語るその表情は、時に優しく…時に切ない。

 

その事だけでも、彼女達に特別な感情を抱いていることは明白であった。

 

「そんな人が、自分は1人で良いなんて本心で言う筈がない」

 

タツヤは言う。

 

そんな仲間想いな彼女が、仲間が不要などという筈がない…と。

 

むしろ、ゆまや自分など…他人を誰よりも気に掛けているのは、他のだれでもない彼女自身であると―――

 

「暁美さんは俺が危険な目に合わないように」

 

「わざとキツイ事を言って、遠ざけてくれてたんですよね」

 

「いつでも、俺達の事を守ってくれてたんですよね」

 

ほむらの今までの行動は、全てタツヤの事を考えてのものだ。

自ら汚れ役を買ってまで…ほむらは、タツヤの事を守ろうとしていたのだ。

 

ただただ、少年の無事だけを願って…彼女は行動していた。

 

その事に、タツヤは気付いてしまったのだ。

 

「…」

 

ほむら自身も感謝されたくてやっていたわけではない。

むしろ、そんなものは必要ないとさえ…彼女は考えていた。

 

自分を嫌ってくれていた方が、自分から離れていてくれた方が、少年の身に危険が及ぶことがないのだから…。

 

「有難うございます、暁美さん」

 

それでも、少年は彼女に感謝の言葉を述べる。

 

さも当然のことであるかのように…タツヤは深々と頭を下げた。

 

最早、何も不思議ではない。

それが、鹿目タツヤという人間であり、彼自身の本当の気持ちなのだから―――

 

「でも、このままじゃ駄目なんだ」

 

しかし、この少年は今の現状を良しとはしなかった。

 

首を大きく横に振り、彼女達と…自分自身に訴えかけるように、タツヤは言い放つ。

 

「守られてるだけじゃ、駄目」

 

「頼りっぱなしじゃ、駄目なんだ」

 

ただ、一方的に守られているだけでは駄目

 

何時までも、彼女達に任せきりな…弱い自分ではいけないと。

 

「俺も、貴方達を守れるようになりたい」

 

その言葉は、まるで自分に言い聞かせているようにも聞こえる。

 

タツヤは、己に誓ったのだ。

彼女達を守れるような存在になりたい…と。

 

いや、“なりたい”のではない――――

彼女達を守れるくらい強く“なる”のだと…

 

そう、彼は決めたのだ。

 

それが、少年の…鹿目タツヤの「願い」だった―――

 

「だから」

 

だが―――

 

「だから…何」

 

「え?」

 

 

その少年の「願い」を、彼女が―――

 

 

「どうして…どうして、あなたは…」

 

 

受け入れる事は、無かった。

 

 

「あなた“達”は…」

 

「え?」

 

「…達?」

 

 

いや、正確には…受け入れることが出来なかったのだ。

 

なぜなら、その「願い」は―――

 

 

「どうしてっ‼‼」

 

「!!!」

 

 

その願いは…彼女にとって、『昔』を…

 

『彼女』を思い出させるものだったから―――

 

自らを犠牲にして、自分達を守ってくれた…最高の友人の事を―――

 

 

「どうして…そんなに…」

 

「優しすぎて…強すぎるの…」

 

 

タツヤに対して、声を一層荒げるほむら。

 

しかし、その言葉から怒りは見られず…むしろ、悲痛な想いが込められている。

 

彼女の表情は苦悩に歪み、その瞳は…何故か潤んでいるようにも見えた。

 

 

「あ、暁美さん?」

 

 

彼女の突然の変化に、タツヤは驚き慌てる。

 

一体どうしたのだろうと、ほむらの様子を伺うことしか出来なかった。

 

 

「普通の生活を送ろうと思えば送れる筈なのに」

 

「目を背けたって、逃げ出したって、誰も咎めたりしないのに」

 

「なんで、私なんかの為に…そんな命を投げ出すような事するのよ…」

 

 

先程とは違い…ほむらは、タツヤに訴えかけるように言葉を続ける。

 

何故、他人の為に自ら危険に飛び込もうとするのか、

どうして、自分なんかの為に…自らの命を危険にさらす真似が出来るのか…

 

 

「私に、そんな価値ないのに…」

 

 

自分に、そこまでする価値はない…そう語るほむら。

 

その言葉は、タツヤに向けられた言葉である。

しかし、その一方で少年とは違う…しかし、よく似た“ある人物”に向けられたものでもあった。

 

 

「暁美さん…」

 

 

ほむらの言葉に、表情を変え…深刻な面持ちとなるタツヤ。

 

 

「あなたには、あなたが居なくなったら悲しむ人が居るのよ」

 

「どうして、その人達の事をもっと考えてあげないの」

 

「そんなあなたが…こんな場所にいちゃいけないのよ」

 

「私なんかと、一緒にいちゃ…」

 

 

ほむらは、更に続ける。

 

自分と少年の違い―――

それは、帰りを待ってくれている人がいるということ。

 

タツヤには、自身を心配してくれる家族や友人がいる。

しかし、ほむらには一緒に戦ってくれる仲間(ゆま達)は居ても…

 

帰りを待ってくれるような…真の友人は、もういない。

 

そして家族は、魔法の力を持ち使命を全うすると決めた時に捨てた。

 

もう、彼女の周りに…自分を想ってくれる人はいない。

 

そんな孤独を受け入れ1人でいることを選んだ自分と、一緒に居てはいけない。

自分と同じ苦しみを味わってはいけないと…ほむらは強く、強く訴えた。

 

それが―――少年を守ることにも繋がると、彼女は思ったから…

 

「…」

 

「あなた達は…強すぎるから」

 

「平気で、誰かの為に命を投げ出す事が出来る」

 

鹿目タツヤという少年は、強い。

普通の人よりも何倍も…下手をすれば、どの魔法少女よりも…

 

それは、力そのものを言っているのではない。

 

“芯の強さ”

 

つまり、『心の強さ』を指している。

 

でも、だからこそとほむらは言う。

少年はその『強さ』を持っているからこそ、どんなに辛い選択でも選べてしまう。

 

かつて、“彼女”がそうであったように―――

 

 

「でも、もう嫌なのよ」

 

 

ほむらは…突然、苦しむように胸を押さえ、その場で跪く。

まるで、その言葉を口に出したくなかったとでも言うように…

 

更に、彼女は声を震わせ…絞り出すように言葉を紡いだ。

 

「知ってる人が…親しくなった人が、目の前で居なくなるのは」

 

 

「あの悲しみには…もう耐えられない」

 

 

それは、ずっと胸の奥底に終ってきた―――

 

自分の、本当の気持ち―――

 

 

「あんな思いするくらいなら…」

 

「私は、一人で良い」

 

 

ほむらは自分でも気付かない内に、自らの想いを吐露してしまっていた。

 

その瞳に溜めた雫を、一粒一粒…地面に落としながら―――

 

彼女の表情には、最早怒りは微塵もなく…ただただ切なさだけが残っているだけだった。

 

 

「ほむらお姉ちゃん…」

 

 

傍で見ていたゆまも、彼女の変化には驚いていた。

 

ゆま自身もこのような表情のほむらは、見たことがなかった。

 

ほむらが抱き続けていた想いを知り、彼女も例えようのない痛みを胸に抱いていた

 

 

「リリィィィイイイイイイ‼‼」

 

 

しかし、そんな時だった。

崖に埋もれていた深化魔獣が、再び彼女達の目の前に現れる。

 

深化魔獣は、ほむら達に襲い掛かろうと彼女達の方角へと飛び立つ。

だが…ほむらやタツヤは、魔獣の存在には気付いておらず…完全に無防備な状態だった。

 

話に夢中になった2人に、深化魔獣が迫る。

 

「…もうっ」

 

「しつこいってばっ‼‼」

 

だが、魔獣の目の前にはゆまが立ち塞がる。

 

「邪魔はさせないよ‼‼」

 

「はぁぁぁああああああああ‼‼」

 

ゆまはハンマーを巨大化させると、更に自らの魔力を武器に注ぎ込む。

 

そして、力を注ぎ込まれたハンマーは、巨大な槍へと変わった。

 

その槍は…かつて、“ある少女”が使っていたものと…酷似した代物であった。

 

「このっ!!」

 

―――マギカ・ブレーデ―――

 

ゆまは、槍へと変化した自らの武器を思いっきり横へと薙ぎ払う。

 

すると、魔獣の目の前にはこれまで以上に大きく、そして鋭い衝撃波が出現し襲いかかった。

 

「リィィイイイイイイイイイイイイイイイイ‼‼」

 

深化魔獣は、ゆまの攻撃によって足止めをくらい…その場で身動きがとれなくなる。

 

 

「…くっ」

 

 

しかし、同時に攻撃をしたゆまも地面に膝を付いてしまう。

先程の戦闘で魔力を消耗した彼女には、この魔獣を足止めするだけで精一杯だったのだ。

 

 

「だからっ」

 

 

ゆまが深化魔獣の相手をしている間―――

 

ほむらは、尚も言葉を続ける

 

 

「もう、お願いだから…私の事はほっといて…」

 

 

もはや、表情を…本音を隠すこともせず、ほむらは続ける。

 

自分の事はどうなっても構わない…だから、タツヤだけは無事でいて欲しい。

それが、今の彼女の唯一の願いだった。

 

親しい人を失う事の『悲しみ』を、誰よりも知っている彼女の言葉だからこそ―――

 

その想いは、どんなものよりも『深く』

そして、どんなものよりも『切ない』ものだった―――

 

 

「暁美さん」

 

 

だが―――

 

 

『ほむらちゃん』

 

 

「え?」

 

 

そんな深く、切なく…そして、冷たくて暖かい想いは―――

 

 

「一人ぼっちになったら」

 

『一人ぼっちになったら』

 

 

「駄目だよ」

 

『駄目だよ』

 

 

一つの希望(ひかり)によって、包み込まれる。

 

 

かつて、誰よりも…どの魔法少女よりも、彼女に優しかった“ある少女”の面影を載せて…。

 

 

「!?」

 

 

ほむらは自分の身に起きた事に直ぐには気付けずにいた。

タツヤが、自分のことを…そっと抱きしめているということを―――

 

そして、そんな中で聞こえてきた懐かしい声…

その声は…ずっと聴きたかった最愛の友人の声だった。

 

だが、タツヤの…彼女の声で聞こえたその台詞は、何処かで聞いたことがあるような…不思議な感覚に囚われるもの。

 

そう…まるで、“自分ではない自分”が…かつて、そこにはいたような…

 

そんな『感覚』―――

 

 

「今、やっと分かった」

 

 

タツヤは、ほむらを自分の両手で優しく包み込むと、そのまま話しかける。

 

 

「あなたは…そうやって、ずっと悲しみと戦ってきたんですね」

 

「俺達を、守るために」

 

 

タツヤは彼女の言葉を聞き、ほむらの胸の内に何となく気付く。

 

ほむらは、きっと仲間を失うことを恐れ…ずっと1人で戦ってきたのだろう。

その悲しみを恐れながらも、たった1人で…自分達人間を守るために戦い続けてきたのだと。

 

それが、どれほど辛い事なのか…タツヤには分らない。

だが、それでも―――

 

 

「でも、だからって貴方が孤独になっていいわけがない」

 

 

このままで、いいわけが無いと少年は思う。

 

ほむらをこのまま1人で戦わせてしまえば、彼女は本当に大事な物を失ってしまうかもしれない。

 

そんな気がしたのだ。

 

 

「俺は、貴方に命を救ってもらった」

 

「だから、今度は俺の番だ」

 

 

少年は、ほむらに対して…新たな決意を固める―――

 

 

「貴方を、1人になんてしない」

 

「俺が、貴方の『心』を守る」

 

 

彼女に、もう悲しい想いをさせないように―――

 

彼女が、孤独を受け入れなくてもいいように―――

 

彼女の『心』が、これ以上壊れてしまわないように―――

 

自分は彼女に何回も守ってもらった。

だから、ほむらに守ってもらった分だけ、彼女の心を守りたい。

 

タツヤは、そう…切に願った。

 

 

「…っ」

 

「心なんて…今の私には…」

 

 

貴方の心を守る。

 

タツヤのその言葉を聞いたほむらは、俯きながら絞り出すように声を出す。

 

『心』

 

その言葉を、彼女は久しぶりに聞いた気がする。

彼女自身、その言葉を久しく忘れてしまっていたから…

 

なぜなら…彼女にとって、その『心』という言葉は、既に意味のない言葉であったから―――

 

 

「私は、もう人じゃないのよ…」

 

 

自分は、『魔法少女』なのだ―――と。

 

人間ではないから、自分に心はないのだと…そう擦れた声で呟くほむら。

 

 

「違うよ」

 

 

だが、彼女のその言葉を少年は否定する。

 

 

「暁美さんは…」

 

「『ほむらさん』は、人間だよ」

 

 

ほむらに優しく語り掛けるように、少年は続ける。

 

背中をさすり…彼女の乱れてしまった綺麗な黒髪を、少しずつ整えながら…

タツヤは、小さな子供に言い聞かせるように言葉を紡いでいく―――

 

暁美ほむらは、魔法少女である前に1人の“人間”である、と―――

 

 

「だって、自分以外の誰かの為に」

 

 

黒髪を綺麗に下ろすと…タツヤは、ほむらの正面を向く。

 

彼女の瞳の奥底を見つめるように視線を合わせた。

そして、徐に片手を彼女の頬に近付け―――

 

 

「こんなに、暖かい涙が出せるんだから」

 

 

彼女の頬を伝う雫を、ゆっくりと拭う。

 

それは、彼女自身が忘れてしまった…もう一つの、人としての証―――

 

『涙』であった―――

 

 

「うっ…」

 

 

ほむらは、その時になって…ようやく自分が涙を流していることに気付く。

 

もう、長らく使っていなかった『涙』という言葉―――

 

それは、人としての自分を捨てたのだという…1つのケジメでもあった。

人として感情を、自らの『心』と共に、胸の奥底に閉じ込めてしまっていたのだ。

 

だが―――

 

 

『ねぇ…』

 

「(!?)」

 

 

ほむらは、タツヤとはまた違う声を…その胸の奥底で聞く。

 

その声もまた…聞き覚えのある懐かしい声であった―――

 

 

『もう、いいんじゃないかな?』

 

『素直に…あの頃の自分に戻っても…』

 

 

それは、かつて『人』だった頃の自分の姿―――

 

身体が弱く、いつも誰かの守ってもらってばかりだった自分の姿が…そこにはあった。

 

「(私は…)」

 

ほむらは、自らの胸の奥で…もう1人の自分、人としての『心』を持った自分と対面する。

 

もう一人の自分は真っ直ぐに自分の事を見つめてくる。

“弱き者”として、自分の中に閉じ込めていた筈だったのに…

 

何故か今となっては、自らの方が弱々しく思えた。

 

 

『ずっと…我慢してたんだもんね』

 

『あなたも…』

 

『私も…』

 

 

もう1人のほむらは、彼女に近付き…そっと手を握る。

そして、タツヤ同様ほむらに優しく語り掛けた。

 

ずっと、ほむらは人としての感情を押し殺して戦い続けてきた。

 

悲しくても…

 

寂しくても…

 

全ては友人が救った世界を守るために…

 

正解の見えない迷路に、迷い込んでしまった事を自覚しつつも―――

 

「…」

 

『大丈夫、あの子ならきっと受け入れてくれるよ』

 

下に俯くほむらに、もう1人の彼女は更に続ける。

 

あの少年になら、本当の自分をさらけ出してもいいのでは…と。

 

本当は、どの魔法少女よりも弱くて…どの魔法少女よりも泣き虫で…どの魔法少女よりも寂しがりやで…

 

どの魔法少女よりも…『人間』であった自分を―――

 

 

「うっ、ひっく…」

 

「う…うぁあ…」

 

 

ほむらは、その言葉をきっかけに耐えきれなかったかのように…声を漏らす。

 

大粒の涙を地面に落とし、そのまま地面に膝を付いた。

 

 

『そしたら…』

 

『私も…』

 

 

泣き崩れるほむらを、もう1人の彼女はそっと抱きしめる。

そして、耳元で聞こえるか聞こえないかの声を上げ…

 

その姿を、光の結晶へと変えた―――

 

結晶はそのままほむらに同化していくように、彼女の中へと入り込んでいく。

 

『人』としての彼女が、彼女の中へと溶け込んでいく。

 

それは、彼女が…

 

 

「あああああ…うぁあああああ……」

 

 

暁美ほむらが―――

人としての自分を、取り戻した瞬間であった。

 

固く閉ざされていた扉が、ゆっくりと開いたような気がした。

 

開けたのは、1人の少年の『心』の温もり―――

 

その暖かさによって、少しずつ氷が解けていくように…

 

彼女の中で止まってしまっていた『時間』が、動き始めたような気がした―――

 

「…ほむらさん」

 

自分の胸元で泣き崩れるほむらを、タツヤはそっと抱きしめる。

 

背中に手を置き、その綺麗な黒髪を優しく撫でた。

 

「今日までずっと1人で、頑張ってきたんだもんな」

 

そして、そっと呟くように…彼女に語り掛ける―――

 

「だから…」

 

「今は、泣いて良いんだよ」

 

今まで悲しみを我慢して、必死に戦ってきた彼女を少年が包み込む。

 

その姿は、さながら…戦士を癒す『神様』のようであった

 

「うっ…ひっく…」

 

「大丈夫」

 

「もう、貴方は1人じゃない」

 

これからは、自分が傍に居る。

それにゆま達だって…彼女を支えてくれている。

 

だから、孤独を受け入れなくて良いと、タツヤは続けた。

 

「あああ…あああぁ…」

 

ほむらは少年の胸の中で、まるで子供のように泣き続ける。

 

それは、今まで我慢していたものが、プツンと切れてしまったかのように―――

 

 

『暁美さん紅茶のおかわり、いる?』

 

『こら、これでも私は先輩なのよ』

 

『暁美さんの技名、徹夜で考えてきたのっ』

 

 

そして、彼女の脳裏に浮かぶ光景は―――

 

 

『ったく、しょうがねーなー』

 

『ほら、食うかい?』

 

『後で飯奢ってよ、それでチャラにするからさ』

 

 

かつての友人達との、切なくて…暖かい思い出―――

 

 

 

『転校生』

 

 

 

 

『悔いが残らないように、ね』

 

 

それらは、ほむらの胸をキュッと締め付け…凍り付いた心を温めてくれる。

 

次から次へと流れてくる涙の中には、彼女達への『想い』が詰まっていた。

 

 

「…みん、な」

 

 

そして―――

 

 

『ほむらちゃん』

 

 

「…ぁ」

 

「まどかぁ…」

 

 

ほむらの中で…1つの想いが再熱する。

 

それは―――

彼女達と共に、一番会いたかった“彼女”の下へと…

 

“導かれたかった”という、気持ち―――

 

タツヤ達の事をないがしろにしているわけではない。

しかし…自分だけが、取り残されてしまったという現実に、彼女の心は…涙を流さずにはいられなかった。

 

「暁美さん」

 

 

少しだけ離れた場所で見ていた織莉子が、そっと呟く。

 

 

「(ずっと…我慢してたのね)」

 

「(いえ、我慢していたというよりむしろ…)」

 

「(忘れていたのかもしれない)」

 

「(誰かに、すがりつくということを…)」

 

 

いつの間にか、ほむらは人としての在り方を忘れてしまっていたのだろう…と。

 

そんな中で、誰にも頼らずにたった1人で戦ってきた彼女が、初めて見せた自らの弱さ。

 

それは、お世辞にも綺麗とは言えない。

しかし…それでも、目の前の少年にすがりつき人目を気にせず涙を見せる彼女の姿は…

 

どこまでも、“人間”のようだった―――

 

「ほむらお姉ちゃん…」

 

彼女の見せた一面は、周りにいる全ての者に驚きと…笑顔を与える。

 

誰もが、知っていたのだ。彼女が、無理をしていることを…

 

ゆまもまた、彼女の変化を見て微笑みを浮かべる。

 

彼女が、人の心を取り戻してくれて本当に、良かった…と―――

 

ゆま達の間には、不思議と安らぎの時間が流れ始めていた。

 

 

「リ…ィ…」

 

 

だが―――

 

 

「!?」

 

「リィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ‼‼‼」

 

 

ゆまがほんの一瞬だけ見せた隙を、逃さないとでも言うように…

 

深化魔獣が彼女の攻撃から抜け出してきたのだ。

 

「しまっ」

 

「タっくん危ないっ‼‼」

 

深化魔獣は、タツヤ達の頭上に巨大な氷塊を作り出す。

 

危険を察知したゆまが、タツヤ達に伝えようと大声を上げる。

もはや、彼女に深化魔獣を止めるほどの魔力は残ってはいなかった。

 

「え?」

 

「リリリリリリリィィイイイイイイイイイイ‼‼」

 

しかし、タツヤが気付いた頃には…

 

既に、深化魔獣によって氷塊が振り下ろされてしまっていた。

 

巨大な氷塊はそのままタツヤ達に迫ってくる。

 

「なっ!?」

 

「くそっ間に合えっ」

 

魔獣の攻撃に気付いたタツヤは、すかさず先程の黒い宝石を双刃に変える。

そして、迫ってくる氷塊を打ち砕こうとした。

 

しかし、彼の行動は少し遅く…氷塊は今にもタツヤ達に衝突しようとしている。

このままでは、タツヤとほむらは共に氷塊の下敷きにされてしまうだろう。

 

「…っ‼‼」

 

そう、誰もが思った瞬間だった―――

 

「…え?」

 

突然、タツヤの身体が宙を舞う。

 

そして…彼だけが、その場から離れるように吹き飛ばされていった。

 

まるで、タツヤに氷塊が当たらないよう…誰かが彼を移動させたかのように…

 

そう、それは―――

 

「ほむらさんっ」

 

「…」

 

ほむらが、残っている魔力を振り絞り…彼に使った魔法だった。

 

今の彼女に、2人を移動させる程の魔力は残っていない。

だから…ほむらはタツヤだけを、その場から移動させた。

 

 

「(ありがとう)」

 

 

「(ごめんね)」

 

 

あくまでも、“彼を守る”という…自らの誓いを果たすために―――

 

 

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