魔法少女まどか☆マギカ~After Ten Years of History~ 作:イデスツッラ
ん…んぅ…あれ…此処は…
俺、何してたんだっけ…
ああ、そうか。確か変な化物に襲われて…
なんだろう、体が宙に浮いているかのように軽い
何処だ、此処?まさか。三途の川か?
そんなもの、本当にあるとは思ってなかったよ。
まぁ、あんな化物に襲われた後だと、何があっても不思議じゃないなと思えるけど
「俺は、死んだのか…」
―――大丈夫、生きてるよ―――
「え?」
誰?
―――まだ、寝てなきゃ駄目だよ?―――
「あっ…」
―――うぇひひ、もう少し横になっててね?―――
膝枕、か…
「(なんだろう、凄く落ち着く・・・そして、暖かい・・・)」
―――大変だったね―――
「え?」
―――私のせいだから・・・―――
―――私が・・・もっと早く・・・ていればこんなことには・・・―――
何を、言ってるんだろう?
「よく分らないけど、あなたのせいじゃないと思いますよ?」
―――・・・―――
―――良い子に育ったね―――
え?
―――うぇひひ、なんでもないよ―――
…?
―――ごめんね、もう時間が無いみたい―――
「ふぇ?」
―――・・・ちゃんの事、宜しくね―――
「え・・・ちょ、ちょっと」
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
「待って!!!!」ガバッ
「あ、あれ?」
少年は、それまで居た筈の不思議な場所では無く、見慣れた自分の部屋で目を覚ます。
タツヤは不思議に思い辺りを見回すが、やはりそこは自分の部屋であった。
カーテンの隙間から光が差し込んでいる。どうやら今は朝のようだ。
「また、夢・・・だったのか・・・」
今まで自分が居た場所、あそこは一体何だったのだろう。そして、今まで自分と話していた少女は誰だったんだろう。
タツヤは寝起きの覚醒しない頭で、必死に考える。
「え・・・でも、俺、確か買い物の帰りに」
しかし、そこでタツヤはふと我に返る。自分は確か、霧の中で化物に襲われた筈だと。
殺される寸前に、あの河川敷で出会った少女に助けられたのだと。
それなのに、どうして自分の部屋にいるのだろうと少年は不思議に思う。
「って。あれ?」サワサワ
更に、タツヤはもう1つの異変に気付く。それは、自分の身体の事だ。
そう、化物によってボロボロにされた筈の身体が―――
「どこも、なんとも無い?」
傷一つ、付いていなかったのだ。
タツヤはそんな馬鹿なと、身体の各箇所を触り動かしてみる。
しかし、痛みを感じるどころか…むしろ、いつもより調子が良いくらいだった。
一体どういう事だろうと、少年は首を傾げる。
「まさか、ひょっとして」
数秒考えた末、タツヤは一つの結論を出す。
「全部、夢オチ?」
タツヤのひどく間抜けな声が、部屋に響く。
昨日の夜の出来事も、霧の事も、あの化物の事も全て夢だったのではと彼は結論付ける。
きっと、昨日のパーティーの後に寝てしまったのだろうと。
よく考えれば分かることだと、タツヤは思う。
あんなホラー映画に出てきそうな化物が、実際にいるわけが無い。
つまり、全部自分の妄想が作り出した産物に過ぎなかったのだと。
「一体どうしたってんだ、俺…」
タツヤはまいったなと言うように、天を仰ぎながら嘆息を付く。
しかし、そんな時だった。
慌てた様な足音で、誰かがタツヤの部屋に近づいて来る。
ガチャ
「タツヤ、目が覚めたかい?」
「あ、父さん。おはよう」
部屋に入ってきたのは少年の父である知久であった。
知久はその顔に安堵の表情を浮かべている
ドタドタドタ!! ガチャ!!!
「タツヤ!!」
続けて母である詢子も少年の部屋に駆け込んでくる。彼女もかなり慌てた様子だった。
タツヤは自分の両親がどうしてこんなに慌てているのかが分からず呆気に取られる。
2人とも朝からどうしたのだろうと、首を傾げた。
「あんた、どこもなんともないわよね!?」グイグイ
「うわわわわ、何だよいきなり!!どうしたってんだ!?」ユサユサ
詢子は部屋に入ってくるなり、タツヤの肩を揺すり始める。
彼女の顔はかなり強張っている。まるで、タツヤの身に何か起きたかのようであった。
「どうしたんだよ、二人ともそんなに慌てて」
タツヤは詢子の拘束を解き、知久にも合わせて何故慌てているのかと理由を尋ねる。
「あんた、覚えてないの…?」
「? 何が?」
タツヤの言葉に2人は驚き、顔を見合わせる。
自分の息子は一体何を言っているのだと、そう言っているかのように。
その様子を見て、タツヤはますます頭を混乱させる。
「あんた、昨日玄関で倒れてたのよ?」
「は?」
予想していなかったことを言われ、タツヤは間の抜けた声を上げる。
自分が倒れていた?一体何があったというのだと、タツヤの頭は更に混乱する。
「昨日、タツヤが薬を買いに行ったきり中々帰ってこないと心配していたんだ」
「そしたらドアのチャイムが鳴って、開けてみたらタツヤがそこに倒れていたんだよ」
知久が息子を気遣うように、当時の状況を説明する。
昨日、タツヤは確かに薬を買いに出掛けた。しかし、日付が変わっても少年は帰ってこなかったのだ。
知久達はその事を心配し、警察を呼ぼうとまでしたらしいが、タツヤが玄関で倒れているのを見て思いとどまったという。
「起こそうにも、全く起きなくてね」
「とりあえず着替えだけさせて、ベッドで寝かしたんだよ」
「…嘘」
「本当よ、嘘なんかつくはず筈無いだろ」
「流石のあたしもビックリして、二日酔いなんかどっかにいっちゃったわよ」
二人が嘘を付いていないことくらい、態度を見れば分かる。
しかし、タツヤは信じることができなかった
薬を買いに外に出たことは、父が言うのだから間違いない。
だが、その場合あの霧の事も化物に襲われた事も…現実の出来事だったということになる。
そう、つまり―――
「夢じゃ…ない…?」
そういうことになる。
しかし、その場合タツヤ自身の身体の説明が付かなかった。
あの時…確かにタツヤは瀕死レベルの重傷を負った。その時の傷が一晩で癒えるわけがない。
化け物に襲われた時だけが夢だったとでも言うのだろうか?それとも、あの霧に飲み込まれた時からが夢だったのか?いや、もっと前から気を失っていたのかもしれない。
様々な考えが頭の中で浮かんでは消え、タツヤを混乱させる。
――――――――――――――ズキッ
「あがっ!!」
「タ、タツヤ!?」
しかし…そんな時、あの鈍器で殴られたような痛みが再びタツヤの頭を襲った。
その痛みとは、昨日少女と出会った夕方の時、そしてあの化物と遭遇する前後に感じた痛みであった。
「くそっ、なんなんだよ」
昨日から頭を悩ませるような事が起こり過ぎており、タツヤは考えが追い付かない感覚に陥る。
一体、自分の周りで何が起きているというのかと、少年は頭を抱える。
「あ、あんた本当に大丈夫なのか?」
タツヤが嘆息しながら呟くと、詢子が顔色を伺うように覗き込む。
詢子も1人の母親だ。息子の様子が可笑しければ、心配するのが道理だろう。
タツヤは自分の両親に要らぬ心配を掛けることになってしまう。
「だ、大丈夫、大丈夫!!」
「いやー今思い出したよ。実は俺鍵忘れちゃっててさー」
「チャイム鳴らして開けてもらおうと思ったんだけど、足を滑らせて頭をぶつけちゃったんだよね~」
「多分その時、気絶しちゃったんだな、きっと」
「あはは~ドジだね~俺も」
これ以上自分の両親を心配させまいと、少年は早口で咄嗟に思いついた言い訳を並べる。
内容は正直どうかと思うが、ついこの間まで小学生だったタツヤが上手い言い訳を思いつく筈もなかった。
「鍵、掛けてあったかな?」
「か、掛けてあったよ!!」
「いやだなー父さん。だ、大体掛けてなかったら不用心じゃないか!!」
しかし、知久は自分が鍵を掛け忘れるだろうかと不思議に思う。
タツヤはその事に焦り、慌てて弁明する。此処で変に思われてしまっては、全てが水の泡になる。それだけは絶対に避けたかった。
「うん、確かにそうかもしれないね。とりあえずタツヤが無事でよかったよ」
「う、うん」
自分の息子の言葉に、知久は特に違和感を覚えることなく引き下がる。
知久は元々あまり物事を突き詰めて考えるタイプではない。今回はそんな彼の性格が幸いしたようだった。
タツヤは何とか自分の父を誤魔化す事が出来たと安堵する。
「でも本当に大丈夫かい?もしも体調が悪いんだったら、学校を休んでも良いんだよ?」
「大丈夫だよ。そんなヤワじゃないって」
タツヤは大げさに身体を動かし、知久に自分が全快だということをアピールする。
確かに今の少年に、身体の不具合は見られない。学校を休む必要はないだろう。
「そう」
「だったら、まずはシャワーを浴びて来ると良いよ」
「昨日はお風呂に入ってないんだし」
「そ、そうだね。そうするよ」
タツヤはベットから出ると、そのまま部屋を出て浴室に向かう。
一時はどうなるかと思ったが、何とか危機を脱することが出来たと、タツヤも安心していた。
そのせいか、タツヤは周りをあまりよく見てはいなかった。
「…」
だからかもしれない。
少年が自分の母親の鋭い視線に、気付かなかった。
タツヤは、忘れていたのだ。
自分の母親に誤魔化しが効かないということを―――
――――――――――――――――――――――――――――――
部屋でのやり取りの後、浴室でシャワーを浴びたタツヤは、朝食などを足早に済ませる。
そして、タツヤは学校に行く準備を進めていく。既に制服に着替えており、玄関で靴に履き替えていた。
「それじゃあ、行ってきます」
「タツヤ、本当に大丈夫かい?」
タツヤが玄関のドアを開けようとすると、後ろから知久が声を掛けてくる。
「大丈夫だって、心配し過ぎだよ」
タツヤはそんな知久に振り向かずにそう答える。
実際、身体に異常は殆ど無いので言っていることに間違いはない。
そうして、タツヤは玄関を出ようとした。
「タツヤ」
しかし、門を出たところで詢子がタツヤを呼び止める。
タツヤが振り向いてみると、スーツ姿の詢子が玄関に立っていた。
詢子は腕を組み険しい表情をしている。その姿は、タツヤから見ても迫力を感じる程であった。
「な、何?」
詢子の出す雰囲気のせいか、タツヤは少し口籠もってしまう。
先程の事で母に何か感付かれたのだろうかと、少年は心配になる。
今になって、ようやく自分の母がカンが鋭い事を思い出したのだ。
「…」
だが、詢子はタツヤの顔を見てただただ押し黙っているだけだ。
「…いや、なんでもない」
「なんつーかさ、あんま親に心配掛けるんじゃないよ?」
「あ…うん、ごめん」
詢子の言葉を聞いて、タツヤは嘘がバレてなかったことに安堵する。
しかし、同時にタツヤは両親に心配を掛けてしまったことに対して自責の念を感じた。
2人に迷惑を掛けた事は、紛れもない事実なのだから…。
「分かりゃあいいさ。ほら、さっさと行ってきな」
そう言って背中を叩いて送り出してくる詢子。恐らくタツヤの表情を見て、彼の気持ちを察したのだろう。
こういう所が、彼女のカンが鋭いと言われている由縁なのだろう。
「うん、行ってきますっ」
タツヤはそんな詢子に応えるように、力強く門を出て学校に向かった。
――――――――――――――――――――――――――――――
そう、自分の息子が嘘を付いていることくらい…詢子には分かっていた。
そして、何かを隠していることも…。そのことを問いただそうと彼女は息子を呼び止めた。
しかし―――
「言いたくないことを無理矢理聞きだすってのもな」
自分の息子も子供じゃないのだと思い、直前になって言葉を飲み込んだのだ。
しかし、それでも不安は残る。
「なんか嫌な予感がするんだよな…」
自分の息子が、とんでもないことに巻き込まれていくのではないか――――そんな不安が、詢子を襲う。
だが、彼女が不安を感じる理由はそれだけでは無かった。
「なんか…ずっと前にも、似たようなことがあったような気が…」
それが何時のことだったかは思い出せない――――
ただその時、何か大切なものを失ってしまったような気がすると、詢子は感じていた。
「お前は…いなくならないよな…」
気付けばそんなことを呟く。
何故そんな言葉が自分の口から出てきたのか、詢子には分からなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――
新入生は4月の下旬までは、一部を除いて本格的に授業は無い。大抵の場合、校内でのオリエンテーションや、今後の授業方針の説明などで一日が終わる。
その為時間に余裕があり、学校にいる間もタツヤの頭の中は、昨日の夜から朝にかけての出来事で一杯であった。
「(と、言っても・・・考えてみてもさっぱり分からん・・・)」
結局、あの出来事が夢だったのか
夢ではなかったとしたら、怪我はどうして治っていたのか
そもそも、夢だったとした痛みを感じないのではないか
考えれば考えるほど、タツヤは迷路にでも迷い込んでいるかのような感覚に陥る。
それでも、タツヤの中では一つだけハッキリしていることがあった。
「(あの人にもう一度会えれば・・・何か分かるかもしれない)」
そう…昨日の夕方、そして夜にタツヤを助けてくれたあの女性。
その人にもう一度会えれば、自分の中にある疑問が解けるかもしれない。タツヤはそう考えていた。
「(今日またあの河川敷に行ってみるか)」
タツヤはその女性に会うために放課後、再び昨日の河川敷に脚を運ぶことにする。
昨日の出来事もそうだが、何より彼女は“彼女”のことを知っているかもしれないのだ。
タツヤの頭からずっと離れない、『まどか』のことを―――
「…い、おい、鹿目!!聞いてるのか!!」
と、そこでタツヤは担任に呼ばれていることに気が付く因みに、今は教室ではホームルーム中であった。
「ふぇ?」
「お前、私の話を聞いていなかっただろう?」
「あ・・・」
タツヤが1人で考え事をしている間、ホームルームでは何やら重大な話をしていた。
しかし、話し合いに一切参加していなかったタツヤの頭には・・・正直まったく入っていなかった。
「全く・・・入学式には遅刻してくるし、あまり先生達に目を付けられんようにな」
「す、すいません」
入学式の件もあり、タツヤは早くも担任の先生に目を付けられていた。元々勉強が得意では無い為、タツヤは小学校の頃から学校側の評判はあまり高くはない。
それでも、入学早々評判を落とす事になるとはタツヤも思ってはいなかったが…。
「はぁ、まあいい。そして、鹿目これを見ろ」カツ
「はい?」
先生は一つ溜息を付くと、タツヤに黒板を見るよう指示する。
黒板には何やら表のようなものがびっしりと書かれてある。
「お前保健係な」
「え」
「クラスの係を決めていたのに、お前だけ参加していなかったからな。残り物に振り分けといたぞ」
タツヤのクラスでは、ホームルームの中で誰が何係になるのかを決めている最中であった。
参加していなかったタツヤは、余っていた保険係に割り振られてしまう。
保険係は何かと仕事量が多く、且つ地味な仕事が大半な為、生徒達には人気がない。
「そ、そんなぁ」
そんな仕事を押し付けられてしまったタツヤは、今後はホームルームでもしっかり参加しようと静かに決意するのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
放課後、タツヤは足早に学校を後にし、昨日の河川敷に向かう。
そこまで急ぐ必要もないのだが、少しでも早くあの女性に会いたいという気持ちがタツヤを急がせていた。
昨日の出来事の真相を聞くために、そして『まどか』の事を聞くために―――
更には…
「(いや、あくまでも聞きたい事があるから会いたいだけであって)」
「(決して、やましい気持ちなんて・・・・これっぽっちもないんだが)」
「(まあ、確かに綺麗だなぁとは思ったけど)」
「(…俺は誰に言い訳しているんだ)」
1人で顔を赤くさせるタツヤ。小学校を卒業し、思春期に入ろうとしている少年にとって、彼女は魅力的に見えたのだろう。
そうこうしている内に、少年は昨日の河川敷に辿り着く。
まだ日が高いせいか、周りには散歩している人や遊んでいる子供も目立つ。
タツヤはとりあえずはと近くのベンチに腰掛け、昨日の女性が付近を通るまで待つことにした。
「来るかな…?」
「・・・」
だが―――
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「(来ない…)」
その女性は、タツヤの待つ河川敷に来ることはなかった。
タツヤは念の為、日が暮れるまで河川敷で待っていたのだが、全てが徒労に終わってしまう。
昨日此処に来たからといって、今日も同じ場所を通るとは限らないのだろうか。
タツヤは、そう落胆する。
「今日は、もう帰るか」ハァ
タツヤは1つ大きな溜息を付き、ゆっくりと腰を上げる。
日が暮れ時刻も遅くなってきた事から、今日のところは家に帰ろうと決めた。
しかし、それでも…また明日も此処であの女性を待とうと、タツヤは考えるのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――
タツヤはあの日から毎日のように、放課後は例の女性と出会った河川敷に向かい彼女を待ち続けていた。
だが、彼女が河川敷に姿を現すことは一度も無かった。
最初はベンチに座って彼女を待つだけだったタツヤも、日にちが立つにつれて河川敷の周りを探索したり、近くで散歩をしている家族などに話を聞くなど何とか彼女の情報を集めようとした。
しかし、それでも有力な情報を得ることは出来なかったのだ。
そして何の収穫も得られないまま日付は進み、あの夜の出来事から一週間が経とうとしていた―――
「あ~、何で来ないんだよ~」
タツヤは昼休み、学校の屋上にある広場でうな垂れるように寝転がっていた。
「もう来ないのかな…」
昼食用のパンをかじりながら、少年はそんな事を考える。
八方塞な状態の中、どうしてもマイナスな考えが頭をよぎってしまっていた。
「でもまあ、どっちみち他に手がかりなんて無いしなぁ」
だがタツヤにとって、彼女が誰なのか…そして、何処に住んでいるのかが分からない以上、手がかりはあの河川敷しかない。
そう、子供の頃と一週間前の計2回会った、あの河川敷しか―――
「たかだか一週間空回っただけだ。もうちょっとだけ頑張ってみるか」
少年は、後ろ向きになりかけた心を奮い立たせ、空に向かって声を上げる。
どんな時でも前向きになれる事が、タツヤの長所であった。
「さて、そろそろ教室に戻るかな」ヨッコイショ
少年は身体を一気に起こし、屋上の入り口に向かう。
――――ジ…
そんな時だった―――
「…ん?」
起こした瞬間、立ち上がったところでタツヤは妙な視線を感じる。
まるで、遠くから誰かが自分の事を見ているような…そんな感覚だった。
「誰か、居るのか?」
タツヤは他に誰かいるのかと、辺りを見回してみる。しかし、屋上に自分以外の学生はいない。
それでもタツヤは、視線のことが気になり周りをくまなく見渡す。
「って、あれ?」
すると、タツヤは屋上の端の方で視線の正体を見つける。
そして、その正体は…やはり人ではなかった。
「…」キュイ
視線の主は兎のような…猫のような…不思議な白い生き物であった。
その生き物は屋上のフェンスの上に登り、タツヤの事をじっと見つめている。
「なんだ、視線の正体はお前か。此処屋上だぞ、どこから入ってきたんだ?」
タツヤは人ではなかったことに少し安心したのか、その不思議な生き物に不用意に近付く。
その生き物は全体的に白く、所々に赤い模様がある。そして、耳が妙に長いのが特徴的だった
近くで見るとその生き物は、普通の野良猫とは明らかに違って見えた。
「(・・・あれ?)」
その生き物に近付いたところで、ふと…タツヤは頭の中にある引っかかりを感じる。
「お前、どっかで見たことある…」
「ってそうだ、あのとき確かあの河川敷で…」
そう…タツヤは、その生き物が河川敷であの女性と話していた時に、視線を向けていた生き物だと気付く。
あの時は空が暗くなり掛けていたため、姿までは詳しく見えていなかった。その為、この生き物があの時と同じ奴だと直ぐには分からなかったのだ。
「なんで、こんなところに…」
タツヤはその生き物の目の前まで足を運ぶと、徐に手を伸ばす。
あの時の生き物が、どうしてこんな場所に居るのかが少年には分からなかった。
しかし、その時―――
『君は』
「…ん?」
『やっぱり僕のことが見えるんだね』
「…はい?」
突如、頭に直接語りかけてくるような…不思議な声が聞こえる。
「え…」
タツヤは屋上の出入り口から誰かに声を掛けられたのかと思い、後ろを振り返る。
だが、出入り口には誰もいない。
そう、屋上にいるのはタツヤと――――――――――此処にいる白い生き物だけだった
「ま、まさか…」
それらの状況を踏まえて、タツヤはある1つの結論を見出す。
今、自分に語り掛けたのは…目の前にいる―――
―――キーンコーンカーンコーン
と、そこでタイミングを計ったかのように、昼休み終了のチャイムが鳴る。
「うわっ、午後の授業が始まるっ」
「と、とにかく、今は教室に戻らないと・・・!!」ダダッ
タツヤは白い生き物の事が気になりつつも、授業に遅れまいと足早に屋上を後にする。
誰もいない出入り口を出て、階段を駆け下り教室へと戻っていく。
『…』
その姿を、白い生き物はただただジッと見つめていた。
まるで、この少年を観察でもしているかのように―――
「(さっきのは…気のせい、だよな…?)」
白い生き物に対し、言葉では言い表せない何かを感じるタツヤ。
それは、河川敷や霧の中であの女性に感じたものと同じものであったが、少年がそのことに気付くことは無かった。
――――――――――――――――――――――――――――――
午後の授業はホームルームであった。具体的に言えば、体育館で部活動勧誘会が行われた。
体育会系の部活から、文科系の部活まで色々な部活が新入生にアピールを行う場である。
ある部活は実際の練習風景を動画で公開し、またある部活はその場で実技をやってみせるなど、それぞれの部活が部員をゲットするために、趣向を凝らしたアピールを行う。
実技に関しては、それぞれ部内のレギュラー陣が行っている為、迫力があり新入生の反応も上々であった。
そして、部活動勧誘会が大反響の中終了すると、クラスでは何処の部活に入るかと言った会話が飛び交う。
「タツヤー、部活どこにするー」
「んー、そうだなぁ」
タツヤの周りも例外ではなく、下駄箱で帰りの支度をしながらクラスの友人達と部活動について話していた。
新入生の間では、体育会系なら野球部やサッカー部が、文化系なら軽音部辺りがやはり人気のようであった。
しかし、そのような中でタツヤが一番興味を持った部活はというと…
「弓道部、かな」
そう、弓道部であった。
「えー、なんでまたそんな地味なとこなんだよー」
タツヤの答に、一斉に不満を口にする友人達。
それもその筈だ。弓道部は勧誘会の中で紹介の仕方が一番地味だったのだ。
流石に体育館で矢を射ることも出来ず、袴を着た部員達が簡単な説明をするだけに留まっていた。
正直、あの説明で部員が勧誘出来るとは思えない。
それは、新入生みんなの意見であった。
「いや…なんとなく?」
しかし、どうして?と友人に聞かれても…タツヤもそう言うしかなかった。本当に、ただなんとなくなのだから。
別に野球やサッカーが嫌いなわけではない。
ただ、それでもタツヤの中で一番印象が強かったのが弓道部だったのだ。
恐らく、自分の母親が元弓道部だからだろうと少年は考える。
理由はそれだけ、そう…それだけなのだ。
「まあ、いいや。それでタツヤ、俺達これからゲーセン行くけどお前どーする?」
「あー」
友人の誘いにタツヤは困ったような声を上げる。今日もまた、例の河川敷に行こうと思っていたのだ。
しかし、タツヤは誘われた時くらいは付き合うかなと迷う。
河川敷やあの女性の件については、今は少し滞っている状態だ。
偶には息抜きも必要だろうかと思い、タツヤは友人の誘いを受けようかと考える。
『こっち』
だが、そう思った時だった―――
「―――ッ!?」
タツヤは、昼休みの時と同じく脳に直接響くような声を聞く。
「だ、誰だ」
「うぉっ」
タツヤはその声に驚き、辺りを見回す。
周りにいた友人達もまた、タツヤの突然の行動に驚いた。
『こっちだよ』
その声は、タツヤ達のいる場所から真っ直ぐ行った先の校門から聞こえる。
タツヤは声の出所を見つける為、校門へと視線を送った。
「あっ」
「…」キュップイ
すると、そこには―――やはりというべきか、昼休みの時の白い生き物がいた。
白い生き物は校門の前に立ち、その赤い目でタツヤの事をじっと見つめている。
「(やっぱり、あいつなのか)」
あの生き物が自分に語りかけてきているのだろうか、とタツヤはその生き物を凝視する。
普通に考えれば、生き物が人間の言葉を話すわけがないのだが、あの霧での出来事を経験した上だと、なんでもありだと思えてしまう。
「タ、タツヤ?」
「ふぇ?」
そこで、タツヤの挙動不審な行動を見て不思議に思ったのか、友人が怪訝とした顔で彼の事を呼ぶ。
ようやく友人達の存在を思い出したタツヤは、その声に驚き思わず変な声を上げてしまった。
「どうしたんだよ?急に辺りをキョロキョロしたりして」
「い、いや、ほら校門の方に変な生き物が…」
タツヤは校門にいる白い生き物のことを指差す。
だが―――
「はあー?何言ってんだ、お前。何もいねえーじゃんか」
「え?」
友人は言う。
そこには―――何もいない、と
「い、いや居るだろ!?あそこに白い生き物が!!」
その言葉に、タツヤは驚きを隠せずにいた。それもそうだろう、タツヤの目には確かにその白い生き物が見えているのだから。
タツヤは友人達にそんなわけないと、もう1度その生き物がいる校門を指差す。
「お前、頭大丈夫か?熱でもあるんじゃねーのか」
しかし、それでも友人達は彼の言葉を信じてはくれなかった。
あくまでも彼等は、校門の前にはそんな生き物はいないと言い張ってきたのだ。
「(一体、どういうことだよ…)」
少年は困惑する。何故、他の人達はあの生き物が見えないのだろうか、と。
まさか本当に、自分の勘違いあるいは妄想か何かなのではないだろうかと疑心暗鬼になってしまう。
そう、目の前には本当は何もいないのではないかと、思ってしまう程に…
『僕の姿は、君にしか見えないよ』
「えっ」
だが、その少年の考えを切り崩すように、その生き物は彼に語り掛ける。
自分の姿は、他の人間には見えない。
確かに、その生き物はそう言ったのだ。
「(お前か、俺の頭の中に話しかけてくるのは・・・?)」
『うん、そうだよ』
タツヤは見様見真似で、その生き物に頭の中から話しかける。返事をしてきた様子を見て、タツヤはようやく話しかけてきた相手が、あの生き物だったことを確信した。
だからといって、この事態を完全に呑み込めたわけではない。
むしろ、タツヤはますます何がなんだか分からないという感覚に陥っていた。
「(な、なんなんだ・・・お前・・・)」
タツヤは恐る恐るその生き物に尋ねる。
お前は、一体何者なのだ、と…。
『説明してあげてもいいけど・・・此処じゃちょっと、ね』
タツヤに対し、その生き物は後ろを向いて立ち上がり、顔だけを彼へと向けて言った。
『僕についてきてよ』
「(は?)」
白い生き物はそのクリクリとした赤い目を少年へと向け、話を続ける。
まずは自分に付いて来て欲しいと、学校の外へと歩き出そうとしていた。
タツヤはいきなり何を言い出すのかと、その場で混乱する。付いてこいと言われて、簡単について行って良いものかと、少しだけ悩んだ。
『君は、『ほむら』に会いたいんだろ?』
「(ほむら・・・?)」
だが、その悩みも直ぐになくなる事になる。
『あぁ、そうか。君は名前を知らないんだね。あの時、君を助けた女の子のことだよ』
「(あ・・・あの人のことか!?)」
あの人、それはタツヤがここ数日探していた女性の事だ。
そういえば、とタツヤはあの日の河川敷での事を思い出す。
この生き物と出会ったのも、その時が最初であった。この白い生き物も彼女と何か関係があるということだろうか。
タツヤは混乱する頭を必死に回転させ、そんな推論を立てる。
結果的にその考えは正しいのだから、この少年も中々勘が鋭い。
『うん、そう。だから、ほむらに会いたいなら僕について来てよ』トテトテ・・・
そう言って、その生き物は校門の先に歩き出す。
「(あ、おい待てよ!!)」ダッ!!
「おい、タツヤ!?」
「わ、悪い!!急用思い出したから俺帰るわ!!」
タツヤは呼び止める友人に適当に理由をつけ、急いでその白い生き物を追うのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
白い生き物は少年を誘導するように、近すぎず遠すぎずの距離を保ち、前を先行する。タツヤは普段通らないような道に若干戸惑いつつも、その生き物の後ろを付いていった。
そして、タツヤは移動しながらも混乱している頭で必死に考える。
あの生き物はいったい何者なのか
なんで人の言葉を話せるのか
なんで自分にしか姿が見えないのか
何故、あの女性のことを知っているのか―――――
疑問が次々と浮かんでは消え、考えれば考える程深みに嵌っていくような感覚に陥る。
最早、常識で考えられる範囲を超えているのではと、考える事を諦めてしまいそうになる程であった。
「(とにかく今はあの生き物について行くしかないか)」
怪しい人間に付いていってはいけないという、よくある両親の教えに反する形になるがとタツヤは小さく呟く。
最も相手は人間ではなく不思議な生き物の為、その教えが当てはまるのか疑問ではある。
それでも、ここまで来たら後には退けないと、少年は尚も白い生き物についていく。
そして、十分程歩くと白い生き物はアパートらしき建物の前で止まった。
『ここだよ』
タツヤは建物の前まで辿り着くと、再び脳に直接響く声が聞こえる。
その建物は少しお洒落な造形をしたアパートで、何となく他の建物よりも異彩を放っている。
この場所にあの女性がいるのかと、タツヤは建物をじっと見つめる。
『それじゃあ、僕はここで』キュップイ
「(あ、おい!!)」
建物までタツヤを導くと、その生き物は屋根に飛び移りそのまま屋根をつたってどこかに行ってしまう。
その場所には、タツヤのみが残されてしまう。
「…ここが」
白い生き物の存在気になりつつも、少年は再び目の前の建物に目を向ける。
そして、少年は恐る恐るアパートの敷地内に入り、周りを探索し始めた。
すると、タツヤは一つの表札を見つけ、その場に立ち止まった。
その表札にはこう書かれていたのだ。
―――――――――暁美ほむら、と
その表札を見て、タツヤは考える。
白い生き物が言っていた「ほむら」という名前、その名前が表札には刻まれていたのだ。
あの生き物が言っていたことが本当なら、ここがあの人がいる。タツヤはそんなことを考えながら、その表札をまじまじと見つめる。
「え~と、あ・・・あかつ・・・いや、違うか。あ・・・あけ・・・」
タツヤはその表札の名前を読み上げる。
しかし、中学生になったばかりの少年には難しく、タツヤは表札の前でしどろもどろになってしまう。
「“あけみ”よ」
すると―――
「えっ」
表札の前でタツヤが一人ブツブツと呟いていると、横から声が聞こえる。
少年はその声に驚き、声が聞こえた方角に振り向く。
「”あけみ ほむら”って読むのよ」
その視線の先には、少年が此処数日間ずっと探していた少女が立っていた。
あの時と同じように、長い黒髪を赤いリボンで装飾して…
「どうして・・・・ここが・・・」
少年の事を、その黒く綺麗な瞳でじっと見つめながら―――
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「う~ん」
タツヤがほむらの自宅に訪れ、ほむらと再会した頃―――
その様子を近くの家の屋根の上から見ていた少女がいた。
「ほむらお姉ちゃんに用があってきたんだけど…」
「何か取り込み中みたいだね~」
少女は片手に望遠鏡を持ち、タツヤ達のことを観察する。
そして、もう片方の手には何故か駄菓子が握られていた。
「というか、あの男の子…あの時の…?」
「キュウべぇのことも見えてるみたいだし・・・・」
「どういうこと?」
少女はその片手に持った駄菓子を口に運びながら首を傾げる。
その拍子に、彼女の緑色の長い髪がユラユラと揺れる。そう…少女は、その特徴的な緑色の髪を纏めポニーテールにしていた。
彼女のその姿は…幼い頃とは似ても似つかない程、綺麗な女性の風貌へと変わっていた。