魔法少女まどか☆マギカ~After Ten Years of History~ 作:イデスツッラ
――――――――――――――――――――――――――――
そして、一方で―――
長くて綺麗な黒髪を赤いリボンで装飾し、紫と黒を基調としたワンピース姿でその女性は少年の前に現れた。
手にはビニール袋が握られている。恐らく、買い物の帰りなのだろう。
「・・・・・・」
彼女はタツヤのことをジッと見つめてくる。何故この少年が此処にいるのかが分からない、そんな表情であった。
肝心のタツヤはというと、彼女の事を見ながらただあたふたと慌てるだけとなっていた。
確かに会いたいとは思っていたが、いざ目の前に来られると、何を話したらいいのか分からなくなっていたのだ。
「なんであなたが此処にいるの」
「ふぇ!?えぇぇと…そ、それは、あのですね…」
タツヤは何と説明すればいいのか分からず、冷や汗をかきながら目線をキョロキョロさせる。
流石に、貴方に会いに来ました…とは言えなかった。
『僕が連れてきてあげたんだよ』ヒョコ
「!?」
「あっ!!」
タツヤが困っていると、何処からともなくあの白い生き物が現れる。
2人の視線は一気にその生き物に集中し、タツヤは驚きの声を上げる。彼女もまた、その生き物の登場に驚きを隠せないようだった。
『どういうつもりよ』
『どういうつもりと言われても…』
彼女は、その白い生き物に視線を向ける。その視線は、まるで汚い物を見るように冷たい物であった。
「あ、あの~」
その様子を見て、タツヤはたまらず声を掛ける。
「…何」
「こいつ、腹話術とかじゃないですよね?」
タツヤは未だにこの喋る白い生き物の存在が信じられず、その女性に問いかける。
当然だが、タツヤはこのような人の言葉を話す生き物を見た事がない。
彼女の手によって、自分は遊ばれているのではないか…。
そんな事を、少年は思ってしまう。
「そう見える?」
「…見えないです」
しかし、彼女達がそんな悪ふざけをしているようには見えない。
むしろそんな事を考えているタツヤの方が場違いのようであった。
だが、だとしたらこの生き物は一体なんだというのだろうか
少年はますます分らなくなる。
『残念だけど僕はそんなんじゃないよ』
「お前何なんだよ!?」
この生き物によって、再び少女に会う事が出来た。その事はタツヤも感謝している。
しかし、それとは別に少年は我慢できなくなり、校門でした質問を再びその生き物にぶつける。
この生き物は一体何者なのか、何故人の言葉を話せるのか、自分に何の用があるというのか。
分らない事があり過ぎて、何から聞いて良いのかも分らなかった。
「何なのか、か」
「その質問はむしろ僕の方からしたいくらいだよ」
「は?」
しかし、その生き物の返してきた言葉は…少年の考えの斜め上をいくものであった。
「君は一体何者なんだい?何で僕のことが見えてるんだい?」
「はい?」
その生き物はタツヤの方を向いて、本当に不思議だというような口調で言う。
質問を質問で返される形になり、タツヤはますます混乱する。
何故見えるのかなど…此方が聞きたい、とタツヤは心の中で思った。
「僕の姿は才能のある女の子にしか見せていないんだ」
「見たところ才能のひと欠片すら感じない…ましてや、男の子である君がどうして僕の姿を見ることができるんだい?」
白い生き物は、混乱するタツヤに一方的に話しかける。
「何を言っているのかさっぱり分からないんだが…」
しかし、その言葉の一つ一つがタツヤには全く理解出来ない。
才能…見えるのは少女だけ…
いまいち話が見えない状況に、自分に分かるように説明してくれとタツヤは顔を顰める。
『その様子だと君自身にも分からないみたいだね』
そんなタツヤの様子を見て、少し呆れたような口調で話すその生き物。
訳が分からないと言いたいのはこっちだと、ぞんざいな扱いを受けたタツヤは少し泣きたい気持ちになる。
その少女が居なければ、今すぐにでも帰ってしまいそうだ。
「あまり、その子に関わらないで」
だが、そこで今まで黙っていた少女が静かに口を開く。
相変わらず冷たい視線を浴びせながら、タツヤを守るようにその白い生き物をあしらった。
『君は、やっぱり何か知っているんだね、ほむら』
白い生き物は少女に向かってその赤い目を向ける。
少女に向けて何かを訴え掛けるように、意味深な言葉を続けた。
まるで、この少女がタツヤの秘密を知っているかのように―――
「あなたに話すようなことじゃないわ」ファサァ
だが、彼女はその生き物の言葉を意に介さないと言うように、自分の長い黒髪を片手で掻き揚げる。
その仕草がタツヤに大人っぽいという印象を与える。
「やれやれ…相変わらずだね、君も」
その生き物は彼女に対して嘆息をつくような素振りを見せると、再びタツヤへと向き直る。
「それじゃあ、とりあえず自己紹介しておこうか」
「お、おう」
身構えるタツヤに向かって、そう言って笑いかけるその生き物。
その姿が、少年には不気味でしょうがなかった。
「僕の名前はキュウ
「インキュベーターよ」」
「え?」
しかし、その生き物が名乗ろうとした瞬間、彼女が口を挟んでくる。
その生き物が言おうとした名前は間違っていると言うかのように、タツヤに生き物の名前を伝える。
「イ、インベーダー?」
「インキュベーターよ」
「(間違えた…)」
しかし只でさえ難しい名前を、彼女達の声が重なった影響もあり、タツヤは上手く聞き取ることが出来なかった。
少年の間抜けな声が辺り一面に響いてしまう。
「まあ、僕のことはQB(キュウべえ)って呼んでよ」
「キュウべえ、ねえ…」
変な名前だな、とタツヤは思う。
だが、こんな変な生き物が話している事自体が、既に常識では考えられない事態であった為、タツヤはあまり驚かなかった。
「で、結局お前は一体何者なんだ?」
「それは…」
その白い生き物…改めインキュベーターは、少年の問いに対し口を開こうとする。
インキュベーターの表情が変わる事はなかったが、その雰囲気は先程とは明らかに違っていた。
その様子にタツヤも気負され、思わず息を呑む。
「只の珍獣よ」
「え?」
「えっ!?」
だが、再びこの少女…暁美ほむらが口を挟む。
この生き物は、人の言葉を話すただの珍獣である。他の何物でもない、と。
確かにその姿を見れば、そう見えるかもしれない。おまけに人の言葉を話すのだ。それ以外にこの生き物を表現する言葉はないだろう。
もっとも、その言葉に本人が一番驚いている気もするが…。
『ちょ、ちょっとそれはいくらなんでも…』
『この子に説明することなんてないでしょ』
『まあ、そうなんだけど』
ほむらとインキュベーターは、互いに視線を合わせテレパシーで会話する。
この少年に自分達の事を教える必要はない、と。
「???」
当のタツヤは彼女達の会話を聞くことが出来ず、1人蚊帳の外となっている。
何となくこの両者が何かを話している事は分かるが、肝心の内容を理解することが出来なかった。
「とりあえず、こいつは只の変わり者よ。気にしなくていいわ」
「はあ…そう、ですか…」
イマイチ腑に落ちなかったが、タツヤはこれ以上の詮索は必要ないと判断する。
元々彼が真に知りたい情報は、この生き物の事ではないのだから。
かくして、この少年の中でこの生き物が珍獣であるという方程式が確立した。
『そんなぁ』
インキュベーター…キュゥべえにとっては、納得出来る話ではないだろうが…。
「あ、俺は鹿目タツヤっていいます」
そして、このタイミングでタツヤは彼女に向かって自分の名前を名乗る。
よくよく考えると、タツヤはこれまで自分の名前を名乗らずに話していたことになる。
少し失礼だっただろうかと、その時点で少年は思った。タツヤも現状を把握することにいっぱいいっぱいでそこまで考えが回らなかったのだろう。
「そう」
「あの…あなたは『暁美ほむら』さんで良いんですよね?」
「ええ、そうよ」
ほむらはタツヤの言葉に対し、肯定して小さく頷く
その表情からは、つい先程キュゥべえに向けていた冷たいものを感じない。
良く言えば透明感のある、悪く言えば無表情のようだった。
ほむらもキュゥべえと同じく、その表情だけでは何を考えているのか分らない。
「なんか、カッコいい名前ですね」
「え」
だからであろうか―――
先程までの緊張が取れたタツヤは、自らが感じたことをそのまま言葉にする。
そう、タツヤが抱いた―――ほむらへの第一印象を
「なんだろう…そう、なんか「燃え上がれ!!」みたいな感じがして凄くいい名前だと思います」
「そ、そう…ありがとう」
タツヤは彼女の名前について、自分の思ったことを口にする。
ほむらという名前は一風変わった名前ではある。中には変な名前だと陰口を叩く人間もいるだろう。
しかし、タツヤはそんな彼女の名前を格好良いと言ったのだ。
それは、お世辞でもなんでもない。タツヤの素直な気持ちであった。
「…」
「?」
ほむらはその言葉を受けて、驚いたような表情を見せる。
だが、その表情は直ぐに曇ってしまった。
何か不味い事でも言ってしまったのかと、タツヤは不安に思う。
自分の名前の事を気にしている人間は、意外と多いのだから。
「ごめんなさい。あまり名前を褒められたことが無くて」
「え?そ、そうなんですか」
ほむらはふっと苦笑いを浮かべ、そんな台詞を口にする。
その様子は、少しだけ気恥ずかしそうであった。
「名前負けしてるもの」
「そ、そんな事無いですよ。暁美さんは・・・!!」
凄く格好良くて綺麗です、とまで言おうとしてタツヤは慌てて口を押さえた。
いきなり良く知らない人物にそんなことを言われたら迷惑だろう、と少年は察したのだ。
後は、少しだけ恥ずかしかったのだろう。
「やっぱり、似てるわね」ボソッ
ほむらは少年に対して小さく何かを呟く。
「ふえ?」
「いいえ、なんでもないわ」
だが、その声はあまりにも小さかった為、タツヤは聞き取ることが出来なかった。
それは、ほむらの少年に対しての第一印象だったのだが…その事を知るには、タツヤにはまだ早いという事だろう。
「それで、あなたは何をしに来たの?」
「あ」
ほむらの言葉に、タツヤは酷く間抜けな声を出す。
此処に来て、少年は彼女に会いに来た本来の目的を思い出した。
そう、タツヤがこの怪しい珍獣に付いてまで彼女に会いたかった理由は―――
「俺、暁美さんに聞きたいことがあるんです」
「だから、この間の河川敷でずっと暁美さんを待っていたんですけど」
「暁美さん、来なかったから…」
「だから、僕がつれてきてあげたんだよ」ヒョコ
タツヤは自分が此処まで来た経緯を彼女に話す。
そして、少年の言葉に合わせる形で、キュゥべえが彼の肩に乗り口を挟む。
この珍獣に全てを見られていたのかと、少年は少し気恥ずかしくなった。
その恥ずかしさを隠すように、タツヤは肩に乗ってきた珍獣を振り払う。
「そう」
ほむらはタツヤの話を聞き終えると、何処か遠くを見つめるように空を見上げる。
それは、まるで何かを思い出しているかのように――――
「いつまでも外で話すのも、ね」
「とりあえず、上がって」
少ししてほむらは自らのアパートのドアを開け、タツヤにそう言う。
外で話すより、部屋の中で話した方が良いだろう、と。
「え、いいんですか?」
「ええ、構わないわ」ガチャ
「そ、それじゃあ…」
タツヤはほむらに招かれるままに、キョロキョロと視線を泳がせながら部屋に入ろうとする。
知らない人、ましては女性の自宅に入ると言う事で少年は酷く緊張していた。
最早、知らない人には云々の話など彼の頭からは抜け落ちていたのだ。
「あ、そうそう」ヒョイ
「え」キュイ
しかし、一方で彼女はというと―――
「あなたは駄目よ」ポイッ
「ちょ」ヒューン
タツヤから離れ、近くの手すりの上に上っていたこの珍獣の長い耳を掴み、アパートの外へと放り投げる。
そして―――
ドン!!
「」グテ・・
珍獣…インキュベーターは、ちょうど外を走っていた車にぶつかり飛ばされてしまう。
数メートル飛ばされ、地面に落下した珍獣はぐったりして動かない。
その姿は、まるで道端に捨てられたぬいぐるみのようであった。
「…暁美さん」
「何?」
「あいつ、車に轢かれましたが」
「あの生物(なまもの)はあの程度じゃ死なないから大丈夫よ」
「そう、ですか」
その光景を見ていたタツヤの言葉に、涼しい顔をして応えるほむら。
本当にそれでいいのかと、少年は首を傾げたが自分に何か出来るとも思えず、無理やり納得する。
そして、少年はキュゥべえを尻目にほむらの自宅へと招かれるのであった。
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「今、御茶を淹れるから。その辺に腰掛けて待っていてくれる」
ほむらは少年にそれだけを言い残し、台所へと消えていく。
「あ、すいません」
ほむらが台所で作業をしている間、少年は目線をキョロキョロと動かし、彼女の部屋を見回す
人の部屋を物色するのは良くないことだと、頭では理解しているつもりなのだが、そこはやはり年相応の好奇心が理性の上をいってしまうのだった。
「(此処で一人暮らししているのか)」
ほむらの住んでいる部屋は、実にさっぱりとしていた。
人が住んでいる割には、そこはあまりに物が少なかった。
娯楽のようなものは一切置いておらず、生活する上で必要最低限の物しか置いていない。
まさに、ただただ寝泊りだけしている部屋、そんな印象であった。
「ん?」
「これって…?」
しかし、そうやってタツヤが部屋を見回していると、ある場所で視線を止める。
そこは、部屋の角にある彼女の机。少年が目を止めたのは、その机の上に置いてある“あるもの”だった。
「写真…?」
そう、それは一枚の写真―――
花瓶などの装飾物は殆ど置いていないほむらの部屋であったが、何故かその写真だけは綺麗な写真立てで飾られていた。
まるで、その写真が彼女にとって特別な何かであるかのように―――
「あ、これって暁美さんかな」
その写真に写っていたのは、見滝原中学の制服を着たほむらだった
「卒業生だって前に言っていたけど、本当だったんだ」
更に、その写真にはほむらの他に2人の少女が写っていた。2人共ほむらと同じ見滝原の制服を着ている。
一人は赤い長い髪を頭上で纏めた少女で、少し無愛想な表情で写真に写っている。
もう一人は優しそうな笑みを浮かべる、金髪を縦ロールにした少女であった。
その2人に囲まれて写っているほむらは今と変わらず無表情である。
しかし、その表情は…それでもどこか、嬉しそうにしているように見える。
なぜなら、そう…その写真に写っている2人の少女は…彼女にとって―――――
「…あれ?」
少年はその写真を不思議そうにまじまじと見つめる。
しかし、そこで少年はある事に気が付いた。
それは、写真の片隅に載っている数字だ
「日付が・・・えっ!?10年前!?」
そう、その写真は今から10年前に撮られていたものだということに、少年は気付く。
それは、彼女が見滝原に在学していたのは今から10年前ということ、そして彼女が自分よりも10も年齢が上だという事を意味している。
彼女の年齢を知らなかったタツヤにとって、それは驚愕の事実であった。
「(嘘だろ…)」
タツヤは、そのことを信じることが出来なかった。
少年にとって、彼女は確かに大人びているように見えていた。
しかし、それでもほむらはパッと見ただけではかなり若い風貌をしている為、年齢がそこまで上には見えない。
世の中には、年齢を重ねても容姿が変わらない人がいるとは聞いたことがある。
だが、正直本当にいるとは思わなかったと、少年は驚きを隠せなかった。
「あまり人の部屋を物色するものじゃないわよ」
「うおわわっ!!」
タツヤが写真に気を取られていると、いつの間にか後ろにほむらが立っていた。
彼女はお茶の入ったティーカップを持ち、少年のこと見つめている。
少年は大慌てで後ろを振り返りその様子を確認すると、部屋の真ん中にあるローテーブルの前に何故か星座で座り込んだ。
そして、あたふたと弁論という名の言い訳を始める。
「すすす、すいません!!!つい出来心で…!!」
「はあ、しょうがないわね」
別にかまわないけど、と少年に対しほむらは嘆息をつく。彼女はそのまま、タツヤの前にティーカップを置いた。
ティーカップの中には、綺麗な色をした紅茶が淹れられている。
「遠慮しないでどうぞ」
「あ、す、すいません。いただきます」
タツヤは少し緊張しながらも、とりえず落ち着こうとティーカップに口を付ける。
「あ、美味しい…」
ほむらの入れた紅茶は、タツヤが一口飲んだだけで思わずそう呟いてしまうほど美味しかった。
この少年に香りや舌触りがどうだとかということは分からない。
だが、それでも彼女が淹れてくれた紅茶はとても美味しいと感じた。
「この紅茶美味しいですね」
「そう、ありがとう」
普段からタツヤは知久や仁美が淹れる美味しい紅茶を飲んではいたが、彼女が淹れた紅茶もまたこの2人のものとは違った美味しさがあった。
見たところ、彼女が淹れてくれた紅茶は市販のハーブティーである。
やはり、淹れる人によって紅茶の味っは変わるものなのかと、タツヤはしみじみ思うのだった。
「暁美さん、紅茶淹れるの上手なんですね」
「そうね…」
タツヤは思わず考えていることを口から出す。
しかし、その言葉を聞いたほむらは、ふうと息を吐きながら―――――
「昔、学校の先輩に教えてもらったことがあるのよ」
そんな言葉を口にする。
その時のほむらは、何処か寂しそうな表情を浮かべ―――――机の上の“あの写真”に目を向けていた
「あ、暁美さん?」
「…ごめんなさい」
「少し、昔のことを思い出していたの」
タツヤが声を掛けると、ほむらは少年の方向を向いて応える。
その顔には、ムリヤリ作り笑顔を作っているように見えた。
しかし、彼女がそんな表情を作っている事にタツヤは気付かない。
少年の頭の中は、写真を見るほむらの顔で一杯になっていたのだ。
「その人は…」
「え?」
そして、少年は少し悩んだ末…口を開く―――
「その人は、きっと素敵な人なんでしょうね」
タツヤの口からは、ほむらをフォローするような言葉が出てくる。
その先輩は机の上の写真の人物なのかとか、その人は今何をしているのかとか、少年には聞きたいことは沢山あった。
しかし、タツヤは口から出ようとしたそれらの言葉を全て飲み込む。
それらの事は、何故かは分からないが…聞いてはいけないような気がしたから――
「…」
そして、少年の言葉に少し驚いたような表情をしていたほむらは―――
「ええ」
やがて、そう言って小さく頷く。
「気が弱いくせに、変に強がるところがあって」
「凄く、寂しがり屋な人だったけど」
「それでも、あの人は立派な先輩だったわ」
言葉を一つ一つ紡ぐように、どこか懐かしげにほむらはその人物の事を話す。
それは、先輩に対しての建前とか、そんなものではない。
心の底から思っている――――そんな重みのある言葉であった。
そう、それは本人の前では決して言わなかった…彼女自身の本当の気持であったのだ。
「それで?」
「はい?」
少し気恥ずかしくなったのか、ほむらはその話を早々に切り上げ少年に問いかける。
「あなた、私に聞きたいことがあるんじゃないの?」
「あ、はい…」
「そう、ですね」
ほむらにそう諭されたタツヤは、再びその身体を強張らせ…背筋を伸ばす。
それでも、色々と話は脱線したおかげか、部屋に入ったことから生まれた妙な緊張感からは、徐々に開放されつつあった。
タツヤはほむらのその一言をきっかけにして、本題に移る。
「…」ズ…
タツヤは一呼吸置くために、紅茶を飲む
色々聞きたいことがあった為、いざ話そうと思うとどれから聞けば良いのか分からなかった。
「あの…」
それでも、タツヤは自分の中で一番引っかかっていることを第一に聞く―――――
「あなたは、『まどか』のことを知っているんですか?」
あの写真の日付を見た時、少年は年齢と容姿のギャップに驚いた。
だが、それと同時にタツヤの中にあった疑念が確信に変わる。
ほむらはタツヤが子供の頃、河川敷で出会ったあの人なんだと…
それなら、ほむらは『まどか』のことを知っている筈だ。
昔から、タツヤの中で存在し続けている『まどか』―――
その『まどか』がいったい何者なのか、タツヤはどうしてもそれが知りたかった。
「…」
タツヤが『まどか』のことを聞こうとすると、ほむらは表情を引き締め何か考え込むようにそのまま黙る。
それでも、彼女に驚いたような様子は見られない。
まるで、そのことを聞かれることが…分かっているかのようであった。
「知ってるか、と聞かれれば…」
ほむらは自分の紅茶に口を付け、一呼吸入れる。
そして―――――
「…知ってるわ」
そう、ゆっくりと口にする。
「ほ、本当ですか!?」
タツヤはほむらの言葉に目の色を変え、彼女に詰め寄る。
やはり、この人は『まどか』のことを知っていたのだと、自分の中での想像に過ぎなかった『まどか』は、やっぱり実際に居るのだとタツヤは興奮を抑えられなかった。
「お、教えてください!!『まどか』って一体何者なんですか!?」
そんな状態のタツヤは、ほむらに再び『まどか』について聞こうとする。
「まどかは…」
そんなタツヤの様子に、ほむらは動じることはなく――――
「まどかは、私の友達よ」
至って淡々とした口調で――――そう答えた
「へ?友達?」
「ええ」
ほむらは両手を胸に当て、言葉を心の底から搾り出すようにして続ける。
その姿は、まるで何かを思い出しているかのようであった。
「私の、最高の友達」
最高の友達―――――
そう言葉にしたほむらの目は、嘆きや悲しみ―――そんな感情に満ちている。
「最高、の…?」
一方でタツヤは、ほむらのその言葉の意味がよく分からず、首を傾げる。
最高の友達とは、つまり親友ということだろうかと少年は頭を悩ませた。
「あの・・・それ、で・・・?」
「・・・・・」
タツヤは若干ためらいながらも、ほむらにその話に続きがあるかどうか尋ねる。
彼女の答は少年にとって、少し期待外れなものではあった。
その為、タツヤはそれ以外にもまだ何かあるのではと期待する。
しかし、肝心のほむらは再び黙り込んでしまう。
「ごめんなさい。それ以上のことは言えないわ」
「え!?」
そして、少しの沈黙の後―――――
ほむらの口から発せられた言葉は、結果的に言えば…そんな彼の期待を裏切るようなものであった。
「な、何か他に知っていることって無いんですか!?」
タツヤは彼女の言葉を信じることが出来ず、尚も食い下がろうとする。
『まどか』という人物が一体何者なのか、彼女は今何処で何をしているのか、そもそも今生きているのだろうか―――
ほむらに聞きたいことは、この少年は山ほどあった。
「…ごめんなさい」
「そ、そんな…」
だが、ほむらはタツヤに対して、ただ…そう繰り返すだけだった。
これ以上貴方に話す事はない、とでも言うかのように彼女はそれ以上の言葉を口にしようとはしなかった。
「そう、ですか」
タツヤはほむらの言葉に思わず落胆してしまう。
ようやく見つけたと思った『まどか』の手がかり―――
しかし、この少年にとって有力な情報を聞き出すことは出来なかった。
「…」
「分かりました」
仕方ないと小さく溜息を付き、タツヤは引き下がる。
もしかしたら、彼女にも何か言いたくない訳があるのかもしれない。
そう考えたタツヤは、それであれば無理して聞き出すなんてことはしたくないと考えた。
とにかく、『まどか』という存在が、自分の妄想ではなかったと分かっただけでも今回は良しとしようと、タツヤは自分に言い聞かせる。
「質問はこれで終わり?」
「あ!! ま、待ってください!!」
ほむらが話を切り上げ、立ち上がろうとするとタツヤは慌てて彼女を呼び止める。
少年にはまだ、彼女に聞きたいことがあったのだ。
そう、それは…先日の夜の出来事…
「あ、あの、俺一週間前に変な化物に襲われて殺されそうになったんですけど」
「そ、その時、誰かが助けてくれて…」
「そ、それって、あの…」
一週間前、タツヤは夜に外出した時、妙な霧に囲また。そして、この世のものとは思えないような化物に少年は襲われた。
しかし、少年は殺される寸前に誰かに助けられる
意識が朦朧とする中、タツヤの瞳に映ったのは…不思議な服を来て、黒い翼を生やしたほむらであった。
「…」
ほむらはタツヤの話を聞き終えると、再び黙り込んでしまう。
顔を隠すように後ろを向いてしまい、表情は分からない。
しかし、やがて何かを決意したかのように――――
「…忘れなさい」
「?」
「その日あったことは…全部忘れなさい」
ほむらはタツヤへと振り返り、真剣な表情をしてそう言った。
「え…え?」
その言葉にタツヤは戸惑ってしまう。
彼にとって、あの日の出来事は未だに夢だったのではという思いがあった。
タツヤはほむらのこの反応を見て、やはり夢ではなかったのだと再確認する。
だが、ほむらの「忘れろ」という発言の意図が少年には分からなかった。
「悪い夢を見ていたと思って…お願い」
「え?え?な、何でですか?大体あの化物なんなんですか!?それに」
少年は納得出来ず、再びほむらに詰め寄る。
事情も何も分からないまま、その時の事を無かったことにするなど、この少年が出来る筈が無かった。
だが―――
「お願いだから…!!」
「っ!!」
ほむらはそんなタツヤの物言いを強い口調で制する。
クールな印象だった先程までとは違い、ほむらは感情をむき出しにしていた。
その表情からは、どこか鬼気迫るものを感じる。
「あなたを、巻き込みたくないのよ」
「だから…」
「あ、暁美さん…?」
話し終わると、ほむらは脱力して座り込んでしまう。
そのせいか、言葉の最後のほうはタツヤには上手く聞き取れなかった。
タツヤはそんなほむらの姿を見て、まるで自分が危ない橋の上を歩いているかのような感覚に陥いる。
「…」
「え…と…」
ほむらはそのまま下を向いて黙り込む。
タツヤもどう声を掛けて良いのか分からず、アタフタと周りを見回すだけになっていた。
「ごめんなさい。取り乱してしまったわ」
「あ、いえ…」
暫く沈黙が続いていたが、やがてほむらは小さく深呼吸をして、その場に座り直す。
落ち着きを取り戻したのか、彼女の表情は先程までのものに戻っていた。
「鹿目タツヤ」
「ふぇ!?は、はい!!」
すると、タツヤはほむらにフルネームで名前を呼ばれる。
少年は突然の事に驚き、素っ頓狂な声を上げた。そのまま少年は座っている状態で背筋を伸ばし、彼女に対する。
すると、ほむらはその表情を再び引き締めて―――
「あなたは…」
「あなたは、自分の人生が尊いものだと思う?」
「家族や友達を大切にしてる?」
「え…」
ほむらの突然の質問に、タツヤは言葉を失う
いきなりどうしたんだろう、なんでそんな事を聞いてくるのか、そんな想いが少年の頭の中をグルグルと駆け巡っていく。
それでも、今日一番の真剣な表情で自分に対するほむらを見ると、タツヤはその答えを出さなければいけないという感覚に陥る。
そして、タツヤはほむらの問いに対し―――――
「大切、ですよ」
「父さんも、母さんも、友人達も…」
「誰一人として、居なくなって欲しくない」
「だって…その人達がいるから、今の自分があるんだって思うから」
タツヤは言葉を言い終えると、ふぅと小さく息を吐く。
自分の周りに居る人達全てが…自分にとって必要で大切な人達なのだと、少年は続けた。
それが、少年の素直な気持ちだった。
「てぃひひ、なんか恥ずかしいですね」
本人達の前では決して口に出さないようなことを話し、タツヤは気恥ずかしくなる。
顔を掻きながら、ほむらから目を逸らしてしまった。
「・・・・」
一方でほむらはというと一瞬驚いたような表情になるが、直ぐに何か考え込むように俯いてしまった。
そして、ふっと息を吐き…再びタツヤに視線を向ける。
彼女の表情は、何故か先程よりも柔らかくなっていた。
「やっぱり、そっくりね…」
「ふぇ?」
「なんでもないわ」
ほむらが呟いた一言は、少年にはよく分からなかった。
自分が一体誰にそっくりなのかと…タツヤは首を傾げる。
少年がその言葉の意味に気付くのは、もう少し後の話であった。
「もし…」
「もし、その言葉が本当だとしたら」
「もう、私には関わらないほうが良いわ」
「え…?」
ほむらは続けてタツヤに向けて言う。
これ以上、自分に関わってはいけない―――
それは、彼女から少年に向けての忠告であった。
「これ以上、私に関われば…」
「あなたの人生を、壊してしまうから」
ほむらはタツヤにそう訴える。その表情からは、彼女の必死さが伝わってくる。
貴方を巻き込みたくない―――
それは、彼女が心の底から絞り出したような…そんな言葉であった。
「あの、言ってることがよく…」
少年は突然の彼女の行動に、驚き慌てる。事情をよく知らないタツヤが、彼女の言葉に戸惑う事はある意味当然のことであった。
それでも、タツヤはひるまず彼女に真相を確かめようとする。
ほむらに向けて、言っている事がよく分からない、そう言おうとした。
だが、次の瞬間―――
「いっ!?」
「…あなたと私では、住む世界が違うのよ」
ほむらは、自分の手を少年の顔に向けて伸ばし、その細くて長い指でタツヤの頬を触れる。
タツヤは彼女の行動に、緊張で身体を強張らせた。
心臓はドキドキと煩く高鳴り、顔が熱くなっている姿が傍から見ても良く分かる。
「あなたは…」
「あなたの世界を生きて」
「お願い…」
ほむらは、まるで子供をあやすかのように…優しい口調でタツヤに語りかける。
しかし、彼女のその表情は何故か悲しみに満ちている。
その姿は、彼女が負の感情に包まれているかのようであった。
「は・・…はあ」
ほむらのその表情に視線をしまったのか、
タツヤは彼女の言っていることの意味がいまいち分かっていないにも関わらず、タツヤは反論することなく腑抜けた返事を返すだけとなってしまった。
「…そろそろ日が暮れるわ」
「もう、家に帰りなさい」
そして、ほむらは少年から視線を逸らし窓の外を見つめる。
外に広がる空は、茜色から徐々に黒く染まっていく。
その光景は、まるで彼女の心の中を現しているかのようだった。
「…」
少年は彼女の言葉を受け、少しの間沈黙する。
そして―――
「…分かりました」
タツヤはほむらの言う事を素直に聞く。
まだ、少年には彼女に聞きたいことが沢山あった。
だが、これ以上ほむらの下に居てはいけないような気がしたのだ。
それは危ないとかそんな事ではなく、これ以上自分がここに居たらほむらが傷付くのではないかと…
そう、少年は思ったのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「うわ、もう日が落ちる寸前だな…」
あの後、タツヤは帰る準備を早々に済ませ、ほむらの家を出た。
ほむらは玄関先までタツヤを見送り、気をつけて帰るよう声を掛ける。
いつの間にか時は過ぎ、ほむらの家を出る頃には夕方から夜になろうとしていた。
「結局、これといった収穫は無かった気がする…」
タツヤは今日ほむらから聞いたことを、頭の中で整理する。
収穫があったとすれば『まどか』が本当に存在していたことが分かったことだ。
それが分かっただけでも十分だが、タツヤは何となく腑に落ちなかった。
一週間前自分に襲いかかってきたあの化物のことが、殆ど分からなかったからだ。
だが、タツヤは思う。
ほむらが「自分に関わるな」といった理由は、あの化物にあるのではないかと。
「最高の友達…か」
ふと、そこでタツヤはほむらの言葉を思い出す。
『まどか』は自分の友達だ、という彼女の言葉を…
最高の友達―――――その言葉の意味が、タツヤにはよく分からなかった
だが同時に、その言葉には何か特別な意味が込められているのではないかとも感じていた。
「俺にいるのかな…『最高の友達』だって言える人が…」
タツヤ自身も友人は多く、親友と言える友達だって居る。
だが、例えばその人の為に命を賭けられるかと聞かれれば…タツヤは、その問いに応えることは出来なかった。
いつか自分にも出来るのだろうかと、少年は思う。
自分の命すら差し出せると思えるような―――『最高の友達』が…
「…そろそろ暗くなってきたな、早く帰ろ」
そんな事を考えている内に、夕陽は沈み空は闇に包まれ夜に変わっていく。
タツヤは歩くスピードを上げ、先程キュウべえに案内された道を逆走した。
そして、学校まで戻るとタツヤはいつもの帰り道を歩き始める。
だが―――
『そっちに行ったら、また魔獣達に襲われちゃうよ?』
「っ!?」
突然、タツヤは自分に語り掛けてくるような声を聞く。
その声は、昼休みと放課後の時…そう、キュウべえに話し掛けられた時と同じように、脳に直接伝わるものであった。
「だ、誰だ!!」
タツヤはその声に驚き、誰か居るのかと辺りを見回す。
『上だよ、上』
「上?」
タツヤは脳に伝わる声を頼りに上を見上げ、再びキョロキョロと視線を動かす。
「あ…」
そしてタツヤの目は、道沿いに建っている住宅の屋根の上で止まる――――――
「へぇ…やっぱり君、テレパシー通じるんだね」
足を空中に投げ出すようにして屋根の上に座り、タツヤを見下ろしている少女が、そこにはいた。
その人物は、緑色の長い髪の毛を頭上で結った、見知らぬ女性であった――――――
――――――――――――――――――――――――――――――
『あなたは――――』
『あなたは、自分の人生が尊いものだと思う?』
『家族や友達を大切にしてる?』
少年が帰っていった後、ほむらは後悔の念に駆られていた。
何故あの時、自分はあんな質問をあの少年にしてしまったのだろう。何を期待していたのだろう、と。
しかし、その答は彼女の中で既に出ている。ほむらは全く同じ質問を別の人間にしたことがある。
そう、彼女はその時と同じ答えを期待してしまっていたのだ。
あの少年との関係が深い…自分の『最高の友達』と同じ答えを―――
「だって…そっくりなのよ…彼が、あまりにも…」
ほむらには、タツヤが彼女の『生き写し』のように見えた。彼が纏う雰囲気が、あまりにもそっくりだったのだ。
慌ててソワソワする姿が、照れ隠しに笑う姿が、真剣な表情で私を見てくるその姿が…。
ほむらは、どうしてもあの少年の姿に、彼女の友人を重ねてしまう。
あの少年は、彼女ではないと…頭では理解しつつも…。
「どこまで罪を重ねれば気が済むのかしらね、私は」
ふとほむらは、タツヤが見ていた机に飾ってある写真に視線を向ける。
それは、かつて彼女が学生だった時に『思い出作り』として撮った写真であった。
「私に彼女達と思い出を作る権利なんて、無いのにね」
そう自暴自棄になりながら、ほむらは呟く。
自分は、彼女達にどれだけ酷い仕打ちをし続けてきたのだろうと、過去の自分を悔いながら…。
「どうして…」
「どうして私が、私だけが生き残ってるの…」
そう呟くほむらは、自分の頬に何かが流れるのを感じる。
しかし、それが何なのか今の彼女には分からなかった。
なぜなら、彼女はとうの昔に、『人の心』を失ってしまっていたから―――
『最期くらい、ちゃんと先輩でいさせて…ね?』
彼女は――――――思い出していた
『お前と過ごした時間も、悪くなかったぜ』
あの少年と話している内に、脳裏に浮かび上がった昔のことを――――
『頑張って』
吹っ切れた筈だったのに、割り切っていた筈だったのに…
気付けば彼女は、膝を折り…その場に崩れ落ちていた
「私は…私はっ!!」
そして、自分の目から流れる“それ”に構うことなく…
彼女は、空を見上げて――――
「いつになったら…あなたの下に行けるの…?」
「まどかぁ」
彼女は声を上げる。
彼女以外、誰も居なくなった部屋の中で―――
だが、同時に彼女は心の中で思う。
これは自分への罰なのだと。
自分が一人だけ生き残っているのも、自分の身体の時間が、止まってしまっているのも…。
全てが、自らにに科せられた罰―――
仲間を見殺しにし続け、最愛の友人を守ることすらできなかった自分への――――
第2話「わたしの、最高の友達」 fin
【次回予告】
「『魔獣』っていうのはね」
「人間の恨みや妬み」
「そんな人の世の「呪い」から生まれた存在なの」
「それで、私がその魔獣を退治して、この世界で暮らしている人達を守っている」
「『魔法少女』なんだ」
第3話「それぞれが歩んだ、それぞれの道」