魔法少女まどか☆マギカ~After Ten Years of History~ 作:イデスツッラ
「あんた、誰だ?」
タツヤは屋根の上に少女が座っているという非常識な状況に戸惑う。
それでも、最近の非常識だらけの日常のせいで耐性が付いてきたのか、内心を顔に出すことなく、タツヤは彼女に対応した。
「う~ん、人に名前を聞くときは、自分が先に名乗るものだよ?」
少年の言葉に、彼女は足をパタパタさせながら応える。
「う…」
タツヤは彼女のその姿を見て、思わず赤面させる。
彼女が両足を動かす度に、スカートがひらひらと舞い上がっていたからだ。
彼女のちょうど真下に位置するタツヤには、どうしてもスカートの中身がチラチラと見えてしまう。
「よいしょっと」
「いっ!?」
そして次の瞬間、彼女は屋根の上からタツヤに向けて飛び降りる。
彼女のスカートは完全にひっくり返り、只でさえ見えそうだったスカートの中身が丸見えになる。
そのことに気付いたタツヤは、慌てて目を逸らした。
女性のスカートの中身を堂々と見ようとする度胸は、タツヤには無かった。
「よっと」
「ん?どうしたの?」
「ふえ!?」
少女はタツヤの目の前に着地し、きょとんとした表情で少年を見つめる。
タツヤはそのことに気付き、身体をビクつかせ妙な声を上げる。
屋根の上から飛び降りて平気なのかとか、そんな疑問など何処かに吹き飛んでしまった。
「あ、分かった」
「さては、スカートの中身が気になったんでしょ?」
「うぇ!?いいいいいいや、け、決してそんなことはっ」
少女に図星を付かれたタツヤは、かなり慌てた様子で彼女に対する。
その顔はみるみるうちに紅潮していき、言葉もしどろもどろになってしまう。
これではいくら口では否定していても、「はい、そうです」と言っているようなものである。
「大丈夫、スパッツ履いてるから見えても平気なんだよ」
「ほら」ピラッ
そんなタツヤに対して、彼女は自分のスカートを持ち上げ、その中身を見せてきた。
確かに、スカートの中身は下着ではなく黒のスパッツであった。
「うわああ!!!」
だが、中学生男子にはそれでも直視するのが難しい光景であることは、言うまでもない。
「分かった!!分かったから!!早くスカートを元に戻せ!!」
タツヤは片手で目を隠しながら、もう片方の手でスカートの端を摘む彼女の手を指差す。
「え、何で?」
「何でって、恥ずかしくないのかっアンタ!?」
「だってこれ下着じゃないから平気だよ?」ヒラヒラ
少女は、タツヤの訴えがよく分からないという顔をしながら首を傾げる。
彼女の両手は、尚もスカートの端を掴んだままだ。
確かに、スパッツは厳密に言えば下着ではない。だが、それでもこの少年には刺激が強すぎた。
「いいからスカートを元に戻してください!!お願いします!!!」
タツヤは半ばヤケクソ気味になり、彼女に向かって叫ぶ。
目を思いっきり瞑った状態で頭を下げ、頼むから言う事を聞いてくれと懇願した。
「んー、まあいいけど」
タツヤの必死の願いが功を奏したのか、ようやく彼女はスカートから手を離す。
それでも声を聞く限りでは、彼女はまだ納得していない様子ではあった。
天然なのか、それともワザとなのか、彼女の行動はタツヤにはよく分からなかった。
何だかよく分からない人に絡まれてしまったと、タツヤは心の中で溜息を付く。
「で、俺に何か用か?」
ようやく彼女のことを直視できるようになったタツヤは、いきなり現れた少女に改めて不信感を募らせる。
彼女のことを警戒するように、身を強張らせ強めの口調で問いかけた。
「むう、命の恩人に向かってそんな言い方無いんじゃないのかなぁ」
しかし、少年の言葉使いが気に入らなかったのか、彼女は不満そうな表情を浮かべる。
その整った顔を膨らませ、可愛く口を尖らせながら呟いた。
「…は?」
しかし、タツヤには彼女の言葉がイマイチ理解できなかった。
命の恩人…とは一体どういう事だろう、とタツヤは疑問に思う。
彼女とタツヤは今日が初対面の筈である。それなのに、何故突然そのような事を言われるのか、タツヤには分からなかった。
「あ、でも気を失ってたから分からないか…」
タツヤの表情を見て、彼女は一人納得するようにうんうんと頷く。
一方で少年は彼女の言っていることが全く理解出来ず、脳内で頭を抱える。
あんまり関わらない方が良いかもしれない、そんな事さえ思い始めていた。
「用が無いなら、俺はこの辺で…」
嫌な予感がしたのか、タツヤはそう言ってこそこそと彼女の横を通り抜けようとする。
本格的に暗くなってきた、早く帰らないと親が心配する。
彼女みたいな見知らぬ人に構っていられないと、タツヤは帰ろうとした。
「はい、ストップ」グイ
「ぐぇ!!」バタン
しかし、タツヤのその行動は彼女に後ろから制服の襟を捕まれることによって止められる。
襟だけを掴まれたせいで首が絞まり、タツヤは呻き声を上げながらその場に倒れた。
「さっきの話聞いてなかった?そっちは危ないって言ってるの」
「げほっげほっ…」
少女は少し呆れたような顔で少年を見下ろす。
タツヤはというと、その場で咳き込み座り込んでしまっていた。
「さっきから何なんだよ…大体アンタ何者なんだ」
タツヤは、そのまま彼女を見上げた状態で問いかける。
いきなり現れて一体何なんだと、少年は不信感を募らせた。
「ゆま」
「は?」
「「アンタ」じゃなくて、私にはちゃんと「千歳ゆま」って名前があるの」
千歳ゆま、彼女は自分の事をそう名乗る。
「それから、あなた中学生でしょ?」
「私は高校生、17歳、あなたより年上なんだよ」
「はあ…」
彼女の言葉に自分よりも年上だったのかと、タツヤは少し驚いた。
見たところ身長はタツヤと同じか、あるいは少し高いかくらいではあるが…。
しかし、話し方が少しだけ子供っぽかった為、少年は自分より彼女が年上だと分からなかったのだ。
「分かった?『鹿目タツヤ』君?」
「っ!?何で俺の名前知ってるんだ!?」
更に、彼女が自分の名前を知っていたことに、タツヤは驚きの声を挙げる。
彼女に名乗った覚えは無いのだが…と少年は疑問を感じ、一体どういうことなのだろうかと眉間に皺を寄せる。。
「この子に聞いたの」
「この子?」
彼女はそう言って、後ろに視線を向ける。
するとそこには――――
「やあ、また会ったね」ピョコ
「うあわ!!生きてた!!!」
「いや、勝手に殺さないでよ…」
あの白い生き物が、彼女の後ろから現れる。
その姿は耳からもう一つ耳が生えているようで、更には金色のイヤリングをしている。
背中には赤い模様が刻まれ、ミニトマトのような小さな赤い目をしている白い生き物。
そう、名前は―――
「Q&Aだっけ?」
「その発想はおかしいよ」
タツヤは惚けたように、その白い生き物に切り返す。
ほむらの言うように、本当に生きていたのかと少年も驚いていた。確かに車に轢かれた筈なのに…と。
「僕の名前はキュウべえだよ」
「え、インキュベーターじゃないのか?」
「覚えてるじゃないか」
「すまん。今思い出した」
「訳が分からないよ」
タツヤに対し、項垂れるようにして呟くキュウべえ。
一方で、訳が分からないのは此方の台詞だと、少年も言い返す。
ほむらの対応を見て、少年もまたその珍獣の扱いが雑になってきているようだ。
なんだかんだ言って、この少年もこの環境に順応してきていた。
「ははは・・・本当に見えるんだねぇ」
タツヤとキュウべえのやりとりを見ながら、彼女…千歳ゆまは呟く。
その表情には、苦笑いを浮かべている。
恐らく、この少年が本来見える筈のないこの珍獣と普通に話している事が不思議だったのだろう。
「アンt…千歳さんは、こいつと知り合いなんですか?」
「まあ、そんなところかな」
「因みに、ほむらお姉ちゃんとも知り合いだよ」
「え、暁美さんとも…?」
ゆまの口から、ほむらの名前が出てきた事にタツヤは驚く。
少年が先程まで行動を共にしていた、『暁美ほむら』の事を…
『まどか』のことを知る唯一の存在である彼女の事を―――
彼女はほむらと知り合いだという。
更には、インキュベーターとも知り合いの彼女は一体何者なのだろうか…と、少年の疑問は絶えることがなかった。
「本当はほむらお姉ちゃんに用があってきたんだけど…」
「家に行ったら、ほむらお姉ちゃんと君が玄関先に話してるところだったんだよねぇ」
「は、はあ…」
彼女は玄関先で彼とほむらが話している時から、その様子を観察していたという。
そうすると、タツヤはほむらとのやり取りを彼女にほぼ最初から見られていた事になる。
少年の中にはその事に対する恥ずかしさと、何処で見ていたのかという疑問が交互に入り混じっていた。
「で、その千歳さんとインキュベーターが俺に何の用なんですか?」
ほむらに用があるのであれば、自分が帰った後にでも会いに行けばいい話である。
それなのに、何故わざわざこっちに来て自分に声を掛けてきたのだろう。
少年は、そう疑問に抱く。
「君はさっきの話を聞いてなかったのかい?」
「君の帰り道が危ないからって言ってるじゃないか」
だがそんな少年に対し、ゆまに代わってキュウべえが皮肉たっぷりな口調で応える。
ゆまが初めにタツヤに言ったこと。この先は危険だとか、魔獣がどうとか…。
魔獣とは一体何者なのだろう、と思いタツヤは軽く混乱する。
「フンッ!!」グリッ
「ぎゅぶいっ!!」
ただ、そんな状況の中でタツヤは言い方にイラッとしたのか、その珍獣を思いっきり踏みつける。
キュゥべえは地面に這いつくばる格好となり、そのまま呻き声を上げる。
「な、何をするんだい!!僕は君にこんな事される覚えは無いよ!!」ジタバタ
「…」グリグリ
「離しておくれよ!!君がどうしてこんな事をするのか理解に苦しむよ!!」ジタバタ
「あえて言うなら、お前なんかウザイ」グリグリ
「そんな理由でかい!?言っとくけど女の子はこんな事絶対にしないよ!!一部は除くけど!!」ジタバタジタバタ
「そうか、残念だったな。俺は男だ」フン!!
「ギュブりゃ!!!」
タツヤはキュゥべえに止めを刺すかのように思いっきり踏み付けると、その珍獣はピクリとも動かなくなる。
傍から見れば、動物愛護団体かなにかに睨まれそうな光景だ。
最もこの不思議な生き物が、そういう対象に入るのかどうかは定かではないが…。
「あの、俺いまいち状況が掴めないんですけど…」
そのまま足でキュウべえを押さえつけながら、タツヤは改めてゆまに疑問を投げ掛ける。
「ほむらお姉ちゃんから何か聞いてないの?」
「へ?…いや、特には」
タツヤはほむらから今の状況に関することを何も聞かされていない。
というより、彼女は自分や周りの事を殆ど話しはしなかったのだ。
タツヤが彼女から聞けた事は、『まどか』の事と友人の事だけである。
それ以外の事を彼女が口にすることはなかった。
「…あ」
しかし、そこでふとタツヤの中である光景が浮かび上がる。
それは、あの化物と遭遇した時のことである。
あの化物が一体何者なのか、少年がほむらに聞いても彼女は何も答えてはくれなかった。
まさか、あれがゆまの言う『魔獣』なのであろうかと少年は仮説を立てる
「いや、でも詳しいことは何も…」
「はぁ、相変わらずだなぁあの人も…」
タツヤの言葉を聞いて、呆れ顔になりつつ溜息を付くゆま。
そして、そのまま何か考え込むように押し黙ってしまった。
「(まだ魔獣は出て来てないみたいだし、少し説明してあげたほうが良いよね…)」
「(私もこの子に聞きたいことあるし…)」
しばらくして、考えが纏ったのか、ゆまは再びタツヤへと向き直る。
その拍子に、ポニーテールにした緑色の髪の毛がゆらゆらと揺れた。
「OKー。詳しいこと教えてあげるよ」
「でも、ここじゃちょっとあれだから、場所変えよっか」
「顔、貸してくれる?」
ゆまは、タツヤに自分の後についてくるように合図する。
その姿を見ながら、タツヤは考える。
正直、自分は彼女の事をまだ信用していない。それなのに、ホイホイとついて行って大丈夫かと、少年は警戒していた。
だが一方で、ほむらと知り合いだと言った彼女の一言が、タツヤに妙な安心感を与えていることも事実であった。
その言葉は、恐らく嘘ではないだろう。そんな嘘つく必要ないのだから…。。
「はあ、わかっ、りました…」
考えた末、タツヤはそう応える。
そのまま少年は、ゆまの後をついていくことにした。
「ゆま、僕を無視しないでおくれよ」ムク・・
「キュウべえー、ついてこないと置いてくよー」
「・・・・」トテトテ
そのまま彼女達は、タツヤの帰り道とは逆の方向を進んでいくのであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――
タツヤは場所を変えると言われた後、見知らぬ道を歩いていた。
しかし、移動の途中でコンビニを見つけるとゆまがその場にピタリと止まる。
「何か食べ物買ってくるねっ」
ゆまはそう言って、1人コンビニの中へと入っていった。
タツヤは、いつの間にか復帰していたキュウべえと共に、彼女の帰りを待っている。
「はあ…」
タツヤは何でこんなことになったのか、と溜息を付く。
彼女によって振り回され混乱していた少年は、外で彼女の帰りを待っている内に落ち着きを取り戻していた。
そして、少年は考える。
最初に声を掛けてきた時、彼女は自分に「また襲われる」と言っていたような気がする。
あの言葉は一体どういう意味なのだろう、と。
「(やっぱあの時のことかな…)」
だが、全く身に覚えがない訳ではない。
彼女の言う『また』という言葉、その言葉でタツヤが思い出すものが一つだけあったからだ。
「ありがとうございましたー」
「お待たせー」トットット
しばらくすると、ゆまがレジ袋を持って戻ってくる。
「はい、君の分」
「あ、ありがとうございます」
ゆまは、レジ袋の中から温かい肉まんを取り出すと、そのままタツヤに差し出す。
少年は若干戸惑いながらも、その肉まんを受け取った。
流石に、毒などは入っていないだろう。
「あ、今お金を…」ゴソゴソ
「あはは、いいのいいの。お姉さんの奢りだよ」
「へ、いや…でも…」
「いいってば。もう、年上の好意には素直に甘えとくもんだぞ」アーン、パク
「は、はあ…」ハム・・
自分の分の肉まんを頬張りながら、少年からお金を貰うことを拒むゆま。
年上と言っても、彼女もまだ17歳なのだからそこまで大人という訳ではない。
そう言った意味で考えると、彼女もまた大人ぶりたい年頃なのかもしれない
「とりあえずさ、身体はもう平気?」
「へ?身体…?」
道中、ゆまは突然タツヤに身体の具合を尋ねてくる。
タツヤはキョトンとした顔で首を傾げる。
別に今は身体の調子は悪くない。それなのに、何故急にそんな事を聞いてきたのかと疑問に思ったのだ。
「結構危なかったんだよー。君、もう少しで死ぬところだったんだから」
ゆまの言葉に、何を言っているのだこの人は、とますます混乱するタツヤ。
しかし、その後直ぐにある出来事が少年の頭をよぎる。
それは、あの化物に襲われた時の事―――
そして、ボロボロにされた筈の身体が、翌日には傷一つ付いていない状態にまで回復していた時の事であった。
「ま、その様子だと大丈夫みたいだね~」
そう言って、ゆまは前に向き直り、再び自分の肉まんを口に入れる。
先程も言ったが、少年の身体に異常な箇所はどこにもない、健康そのものだ。
その事を考え、あの日のことは本当に何だったのかとタツヤは頭を悩ませた。
「君ってさー。ほむらお姉ちゃんとどういう関係なの?」
「ふぇ?」
少し歩くとゆまは再びタツヤへと振り返り、ほむらとの事を聞いてきた。
しかし、どういう関係かと聞かれても…と、タツヤは解答に困ってしまう。
昔会ったことがある…昔馴染みと言えば良いのかなどと少年は思考を巡らせた。
「いや、ほむらお姉ちゃんが自分の家に人をあげるなんて珍しいからさ」
「基本的にあの人、他人と関わろうとしないし」
「うん、皆無だよ」
ゆまと珍獣は。ほむらの事を他人と関わりを持たない人だという。
確かに、ほむらは一見するとかなりの美人である。しかし一方で、どこか冷たい人印象を受けることも確かだった。
他人を寄せ付けないというような、そんなイメージであった。
「ひょっとしてカレシとか?」
「ぶー!!!!!」ゴフッ
ゆまの突拍子もない一言に、タツヤは肉まんを盛大に噴出す。
更に喉にも詰まらせたのか、その場でゴホゴホと咳き込んだ。
「ち、違いますよ!!!」
タツヤは口を拭いながら、大慌てで否定する。
ほむらとは幼少期の事を除けば、ついこの間あったばかりである。
そんな関係である筈がないと、少年は声を大きくして応えた。
そうはっきりと断言できるのも、どこか虚しい気がするが…。
「あ、そう?まあ、そうだよね。ほむらお姉ちゃんに限ってそれは無いよね」
「100%ありえないだろうね」
ゆまとキュゥべえは口を揃えて、ほむらはそんな人間ではないという。
この人達は彼女に一体どんなイメージを持っているんだろうと、タツヤは不思議に思った。
確かに、外見上のイメージはそんな感じなのかもしない。
だが少年は、その表情が彼女の全てではないような気がしていた。
それはあくまでも何となくではあるが、タツヤは家で話をした時のほむらに対し、何処か寂しがっているような印象を受けていたのだ。
「…」
そんな事を考えていたせいもあってか、タツヤは眉間に皺を寄せ難しい顔をしてゆまの後を追う。
「も~そんなに警戒しなくても大丈夫だよ」
ゆまはそんなタツヤの態度を見て、不満そうに口を尖らせる。
未だに彼女のペースについて行けてないのか、少年は無意識の内にゆまとは少し距離を取って歩いていた。
そのこともまた、ゆまには不満だったのかもしれない。
「別にとって食べるわけがないんだから」
「あ、いや…」
確かに、今のところタツヤに危害を加えるような素振りはない。
だが、素性のしれない人ということで、少年はどうしても警戒心を解くことが出来なかった。
ほむらの時は、昔一度会っているということで平気だったようだが、その辺はやはりタツヤも人並みの子供ということであろう。
「付いて来てる時点で、警戒するだけ無駄だと思うけどね」キュップイ
「とりあえず、君に危害を加えるつもりはないから安心してよ」
そんなタツヤの姿を見ながら、ゆまの隣を歩いているキュゥべえにまでそんなことを言われる。
最も、この珍獣の独特の言い回しに少年がイラッとしている事は言うまでもないが…。
「(でも、ゆま。僕としては彼を巻き込むのは賛成しかねるよ)」
「(へ?なんで?)」
「(だって何のメリットも無いじゃないか、彼は僕と契約出来ないんだよ?)」
苛立つタツヤを他所に、キュゥべえはゆまにテレパシーで自らの意思に伝える。
この珍獣は今回の少年の同行には、あまり乗り気ではなかった。
単純に自分の得るものが少ない。そして、この珍獣の『目的』には、この少年の存在は利点が1つもなかった。
「(相変わらず契約の事しか頭に無いんだね~)」
「(いや、それが僕の役割だからね)
ゆまの皮肉に、それが自らの仕事であると反論する珍獣。
この生き物にとって、その『契約』という目的こそが最優先事項なのだ。
「(それに…)」
「(それに?)」
「(いや、何でもないよ)」
更に言えば、キュゥべえにはある一つの懸念があった。
「(それに…多分、ほむらが怒るよね…)」
それは、ほむらの事についてだった。
ほむらはこの少年を自分達の世界に連れ込むことを反対していた。
このような状態になって、彼女になんて説明しようと珍獣は頭を悩ませていたのだ。
「ま、悪いようにはしないって」
「へ?」
暫くの沈黙の後、ゆまが急に言葉を発し、その言葉にタツヤも反応する。
「あ、ううん。こっちの話」
タツヤの声に気付いたゆまは、振り返りながら彼にそう呟く。
少年はよく分からないという表情をしていたが、珍獣とゆまが話していたという事は何となく理解していた。
少年は薄々気付いていたのかもしれない。
あの珍獣を経由することで、テレパシー…つまりは心の中で会話が出来るということを…。
そう考えると、最早ファンタジーの域だなと少年は今更になって、この非常識な状況を再認識するのだった。
「ところでゆま、僕には何か食べ物ないのかい?」
「え?無いよ?」
「え」
「いつも餌あげてるでしょ?」
「いや、アレは餌じゃなくて・・・」
「贅沢言わないの」
「…」
――――――――――――――――――――――――――――――
「うん、この辺で良いかな」
あれから暫く歩いたタツヤ達は、町外れの工場跡地に辿り着いた。
周辺には暗くなったせいか人は見当たらない。確かに、此処なら話を誰かに聞かれることはないだろう。
「あの~」
「ん?何?」
工場跡地に到着すると同時に、タツヤが口を開く。
自分の中にある疑問について、ひとつだけ聞いておきたかったのだ。
「さっきから千歳さんの言ってる『魔獣』って、人型の化物の事ですか?」
そう、ゆまの口から随所に出てくる『魔獣』という言葉。
それが一体何者なのかを、タツヤは確認しておきたかった。
「ああ、やっぱりそこから説明しないと駄目か~」
「本当にほむらお姉ちゃん何も言ってないんだなあ・・・」ハア
タツヤの質問に対し、ゆまはやれやれと大きく溜息を付く。
「うん、そう」コホン
「君が襲われた奴のこと」
咳払いをした後、ゆまはタツヤの質問に答える。
そう、少年の考えは正しかった。
『魔獣』とは、タツヤがあの濃霧に迷い込んだ日に襲われた巨大な人型の化け物のことだったのだ。
「それで、なんで俺が襲われたってこと知ってるんですか?」
あの時、あの場所には自分以外に人はいなかったように思える。
居たとしても、それはあくまでもほむらだけなのであって、彼女は居なかった筈だ。
それなのに、何故あの時の事をそこまで詳しく知っているのか…少年は不思議でならなかった。
ほむらに聞いたのだろうかとも思ったが、彼女があの時の事をべらべらと人に話すような人には見えない。
「ああ、それはね」
「その日、ほむらお姉ちゃんが私の所に来たの」
「瀕死状態の君を抱きかかえてね」
「え…」
だが、タツヤはゆまの言葉に言葉を失う。
ほむらが自分を彼女の所に運んだとは、一体どういう事なのかと。
そして、その事に何の意味があるのだろうか…?と、少年は混乱する。
「さっき言ったでしょ?危なかったって」
そう…少年は確かにあの時、その『魔獣』によって瀕死の重傷を負っていた。
身体を貫かれ、おびただしい量の血液を流し、まさに死にかけの状態であった。
「いや、でも・・・次の日には身体は元通りに治ってて…」
しかし、その傷は翌日には完全に癒えていた。
まるで…化物に襲われた事が、全てが夢であったかのように傷の後すら残されていなかったのだ。
タツヤはその事をずっと不思議に思いながらも、その理由が分らないと言う事であまり考えないようにはしていた。
「うん、私が治してあげたの」
「…は?」
だが、ゆまの口から出たその言葉に、少年は驚愕することになる。
「だから、私が治してあげたの」
「君が魔獣から受けた傷を全部」
「結構大変だったんだから」
彼女は少年の傷を自分が治したと言った。
魔獣によって、ボロボロになった筈の少年の身体を…たった一晩で治したと…。
タツヤは彼女の言っている事を受け入れる事が出来ず、まるで迷路に迷い込んでしまったかのような感覚に陥っていた。
だが、少年の傷一つない今の身体こそが、彼女の言ってることが真実であることを物語っていた。
「…アンタ何者だ?」
混乱している中で、タツヤはなんとか言葉を搾り出す。
あれほどの怪我を一瞬で治してしまうなんて、とてもじゃないが人間のやったこととは思えない。
この人は本当に人間なのだろうか、もしや彼女もまたあの『化物』と同じような存在で、自分は騙されているのではと。
そんな事を考えてしまう。
「あ、まだ言ってなかったね」
しかし、彼女の口から出てきた答えは――――――
「私、『魔法少女』なの」
そんな少年の考えの斜め上をいくような…とんでもない内容であった。
「…HAI?」
少年はまたもや彼女の発言を受け入れることが出来ず、思わずそう呟いてしまう。
この人は一体何を言っているのだと、タツヤは眉間に皺を寄せた。
「…すいません。もう一度お願いします」
タツヤは彼女の言っていることがどうしても信じる事が出来ず、もう1度聞き返す。
確かに、いきなり自分は魔法少女だと言われても普通の人間は信じないだろう。
それは、これまで様々な非常識な出来事を見てきたタツヤでさえ同様であった。
「私ね『魔法少女』なんだ」
だが、少女の回答は同じものであった。
彼女が嘘を付いているようには見えない。こんな時に嘘を付く必要もないだろう。
タツヤは、彼女の言っている事を信じるしか無かった。
「…」ギュー
それでもタツヤは信じられず、近くにいたキュゥべえを持ち上げ珍獣の両耳を思いっきり引っ張る。
「…どうしたんだい?」
「夢でも見てるのかと思って」
「それを調べたいなら、その行動は自分自身にとるべきじゃないかな」
「…言われてみれば、確かにそうだな」
そう言って、キュウべえの耳を離すタツヤ。
夢かどうかを確かめる為に、よく自分の頬を抓るといった行動をとる。
しかし、その行動を自分以外の人間(生き物)にとっても意味はない。
そんな当たり前のことすら考えられないくらい、タツヤの思考回路はオーバーフローを起こしていたのだ。
「それに、これは夢ではないし、彼女が言ってることも真実だよ」
キュウべえはタツヤから離れると、ゆまに近づき彼女の肩に飛び乗る。
そして、改めてこれは夢ではないのだと少年に現実を突きつける。
「彼女は僕と契約した『魔法少女』、君を襲った『魔獣』を狩る者さ」
「契…約…?」
思考回路を修復しつつ、タツヤはキュウべえの話に耳を傾けた。
聞きなれない『契約』という言葉に、少年は疑問を覚える。
「うん、僕はね君達の願いを何でも一つ叶えてあげられるんだ」
「でも、その引き換えとして女の子達に『魔法少女』になってもらってるんだよ」
「『魔獣』と戦ってもらう為にね」
いまいち現実性に欠ける話をされ、タツヤは酷く困惑する。
願いを叶える代わりに、少女達を『魔法少女』にする―――
それが、所謂『契約』であるとキュゥべえの言う。
「願いを叶える?」
「そうだよ、何だって構わない。どんな奇跡だって起こしてあげられるよ」
「お前が…か?うさんくせぇ…」
キュウべえの言葉を、少年は信じることが出来なかった。
こんな胡散臭い珍獣に、そんな力があるとは到底思えなかった。
その少女達は、この珍獣に騙されているのではと直感で感じていたのだ。
「いや、本当だよ」
「まあ、君は無理だけどね」
「あ゛?」
「だって君には才能が無いからね」
「大体男の子だろ?君は」
キュゥべえの言う通り、確かに男性では魔法少女になれないだろう。
勿論、理由はそれだけじゃない。
魔法少女になることが出来る少女は限られている。インキュベーターのみにしか分からない『才能』がある少女のみが、魔法少女になれるという。
この珍獣から見て、タツヤにはその『才能』が皆無だった。
「お前どっかいってろ」ヒョイ、ポイ
「ちょ」キュップイー
キュゥべえの言っている事がイマイチ理解出来ないタツヤは、珍獣の耳を掴んで放り投げる。
この少年には、この珍獣がそんな能力持っているとはどうしても思えなかったのだ。
「…しかし、本当にファンタジーだな…」
「ははは、まあ普通はそう思うよね」
タツヤが思わずそう呟くと、ゆまもまた苦笑いを浮かべる。
彼女も突然こんな話をされても、信じる人は少ないだろうという事は自覚していた。
まるで、ゲームやアニメの世界に入っているような感覚だと思う人が圧倒的に多い事も、彼女は理解していた。
「え、じ…じゃあ、ひょっとして暁美さんも…?」
ふとそこで、タツヤの頭にほむらの姿がよぎる。
あの時、彼女は自分を『魔獣』から助けてくれた。そして、その時の彼女はいつもとは違う衣を身に着けていた。
ゆまの言葉を聞いた少年は、不思議だと思っていた彼女の服装にある一つの仮説を立てた。
そう、それは―――
「うん、あの人も魔法少女だよ」
彼女も、『魔法少女』なのではという考え―――
そして、少年の考えは正しかった。ほむらもまた彼女と同じ『魔法少女』だったのだ。
しかし、タツヤもその事については、特に驚きはなかった。
そう考えた方が、色々と都合が良かったのだ。
ただ、敢えて言うのであれば…
「魔法『少女』…」
「こらそこ、『少女』を強調しないの」
「すいません」
タツヤは触れてはいけない事だとわかりつつも、その事に触れてしまう。
あの部屋の写真から考えても、彼女は『少女』と呼ばれる年齢をとうに過ぎている。
だが、それは彼女が長い間その『魔獣』と戦ってきたということだ。
一体どれくらいの間、あの化物と戦ってきたのだろうと、タツヤは複雑な気持ちになる。
「…まあ、あの人の場合、身体は中学生のままなんだけどね」ボソ・・
「へ?」
「うううん、こっちの話」
ゆまが最後に小さな声で呟くが、タツヤには上手く聞き取ることが出来なかった。
「それで、結局『魔獣』って奴は一体なんなんですか?」
タツヤは、今の状況を受け入れようと話を続ける。
彼にとって見れば突拍子もない話ではある。しかし、少年がその『魔獣』に襲われた事も、また事実だ。
これまでのことも、彼の中で全て辻褄が合ってしまっていた。
タツヤは彼女の言っていることを信じるしかなかったのだ。
「『魔獣』っていうのはね」
「人間の恨みや妬み」
「そんな人の世の「呪い」から生まれた存在なの」
「呪い?」
呪いから『魔獣』は生まれる。ゆまはそう話す。
この人が嫌いだとか、あの人が憎いだとか、そういった人間の『負の感情』が魔獣を生み出す元凶になるのだと。
「それで、私がその魔獣を退治して、この世界で暮らしている人達を守っている」
「『魔法少女』なんだ」
ゆまは胸を張り、誇らしげに宣言する。
人間を魔獣の手から守る。少年にとって、それは本当に現実味のない話だった。
そんな存在が、現実に居るなんて思わなかったから。
まるで、漫画やアニメの正義のヒーローのような存在だと、タツヤは思った。
「つまり、人のマイナスな感情があの化物を生み出していると…」
「そう、そんな感じ。うん、中々物分りが良くてよろしい♪」
「ははは…」
ゆまの軽い口調に、タツヤは苦笑いを浮かべる。
その姿は少年にはとても楽観的に見え、正義のヒーローには見えない。
むしろゆまを見ていると、タツヤ自身の調子まで狂ってしまいそうになっていた。
「う~ん…」
「何?まだ信じられない?」
「いや…そういう訳じゃないんですけど…」
タツヤはまだ踏ん切りが付けずにいた。
勿論、ゆまが嘘を言っているようには見えない。最近のことを考えれば、やはり信じるしかない。
だがそれでも、どうしても現実味がないというのがタツヤの正直な気持ちだった。
『魔獣』に『魔法少女』、そんな存在を簡単に「はい、そうですか」と認められなかった。
「やっぱり、男の子はその手の話をあまり信じないんだね」
「女の子なら今の時点で目を輝かせているところだよ」
そこで、いつの間にか戻ってきていたインキュベーターが話に割って入る。
この珍獣としては、此処まで来ても疑心暗鬼な少年が不思議に思えた。
タツヤくらいの年齢の『少女』なら、この手の話は必ずと言って良いほど信じていたからだ。
「どっかいけと言った筈だが」
「そんなこと僕が聞く義理は無いよ」
自分を邪険にするタツヤを軽くあしらうキュゥべえ。
タツヤはその態度を見て、もう少し遠くに投げてやれば良かったと自分の拳を震わせる。
どうにもこの少年と珍獣は相性がよくないらしい。
「それよりもゆま、そろそろ…」
「うん、そうだね」
キュウべえの言葉で何かに気付いたのか、ゆまは視線をタツヤから外し…違う方向に向ける。
彼女の視線の先には見滝原中学が見える、そこはタツヤが帰りに通る筈だった場所だ。
「瘴気があの辺を覆い始めた、魔獣が現れるよ」
「瘴気…って、え?まじか?」
少年はキュゥべえの言葉を聞いて、身体を強張らせる。あの化物がまた現れるのかと、顔を少し青ざめさせた。
流石にこの時間なら学校に人は残っていないだろうが、あの化物が付近に現れるとなれば何が起きるか分らない。
少年は、そんな恐怖を感じていた。
「そうだ、信じられないならさ」
そこで、名案を思いついたかのようにゆまは手をポンッと叩く。
「直接自分の目で確かめればいいんじゃない?」
「どうせ、君を家まで送り届けなきゃいけないんだし」
ゆまはタツヤに提案する。
どうしても信じきれないというのであれば、実際にその眼で確かめれば良いと。
このままではタツヤも家に帰れないのだから一石二鳥だと、彼女は話す。
「…え?」
だが、タツヤには彼女が何を言っているのかが分からなかった。
突然何を言い出すのかと、間抜けな声を出す。
「え?え?ち、ちょっと…」
「よっと」
動揺するタツヤの事を気にすることなく、ゆまは左手の指輪を外す。
「いい?よく見といてよ」
そして、次の瞬間―――
――パアァァア――
「えっ!?」
突如、彼女の指輪が光り始める。
そして―――――その指輪は緑色に光り輝く宝石に変わった。
「なんだ…これ…」
タツヤはその光り輝く宝石を見ながら、思わずそう呟く。
その宝石は、ゆまの手のひらに収まる程の大きさで…卵のような形をしていた。
「これはね『ソウルジェム』っていうの」
ゆまは自分の手の平にその宝石を乗せ、タツヤに見せる。
「ソウルジェム…?」
「そ、魔法少女の力の源」
「へー…これが…」
少年は、突然現れたその『ソウルジェム』を興味深そうにまじまじと見つめる。
力の源と言っていたが、思ったより小さいんだなと、タツヤは思う。
拍子抜けした訳ではないが、タツヤとしてはもっと大きくて派手なものを期待していたのかもしれない。
だが、少年がそんな事を考えている時だった。
――――――――ズキッ
「痛っ!!」
「え?」
彼女の『ソウルジェム』を見ていると、タツヤの頭を鈍器で殴られたかのような痛みが襲う。
それは、一週間前に感じた頭痛と同じものであった。
「なんだ…また…」ズキズキ
ちょうどほむらと初めて会った頃に襲われたも頭痛も、ここ最近は治まっていた。
それなのに、何故突然…と、タツヤは混乱する。
それは、まるで―――――この宝石に反応したようであった。
「だ、大丈夫?」
タツヤの突然の変化に、ゆまが慌てて声を掛ける。
「あ…すいません。もう、大丈夫です」
「ほ、ほんと?」
幸いその頭痛は直ぐに治まり、タツヤはゆまにそう応えた。
本当にこの頭痛は一体何なのだろうと、タツヤは頭痛が治まったにも関わらず頭を抱える。
その姿を見て、ゆまはますます少年のことが心配になった。
「ゆま、少し急いだほうが良い。魔獣達が現れ始めた」
だが、タツヤに声を掛けようとするゆまをキュウべえが呼び止める。
化け物が現れたから今は急ぐべきだと、彼女に伝えた。
「あ、うん。そうだね」
ゆまも何かに気付いたのか、キュウべえにそう頷く。
「じゃ、気を取り直して」
「私が『魔法少女』だって証拠見せてあげるよ」
「ふえ?証拠?」
ゆまはタツヤにそう伝えると、突然集中するように目を瞑る。
イマイチ今の状況が理解出来ないタツヤは、彼女の行動の意図が分からずにいた。
証拠とは一体何の事だろうか、と頭を抱えるタツヤ
「えい!!」
――パアァァアアアアア――
「うわっ!?」
だがそんな事を考えていると、ゆまの掛け声に反応するかのようにソウルジェムが突然輝き始める。
タツヤはあまりの眩しさに、眼を閉じてその場で怯んでしまった。
光が収まると一体何が起きたのかと、タツヤは恐る恐る瞼を開く。
すると…そこには―――――
「♪」ニャンッ
―――――猫耳をつけたゆまが立っていたのだった。
「」
タツヤはゆまの姿に言葉を失った。
開いた口が塞がらないとでも言うように、タツヤは口を開けたままその場で固まる。
その表情は、本当に間抜けなものであったと、タツヤは後で思うのだった。
「…い、お~い、大丈夫~」ブンブン
「はっ!!」
ゆまが眼前でひらひらと手を振ることで、タツヤはようやく意識を取り戻す。
少年がゆまに視線を向けると、そこにはやはり猫耳姿のゆまが立っていた。
正式には、猫耳のような白い帽子である。
そして、全体的に髪の毛の色と同じ緑を基調とした衣装。
肩を出したノースリーブタイプの服装に、スパッツが少し見えるくらいの短めのスカート。
胸の部分を少し大きめのリボンで装飾し、十字架のようなアクセサリーを首から掛けている。
その姿は、まさに『魔法少女』とでも言うかのような、メルヘンチックな姿であった。
「…コスプレじゃないですよね?」
「違うよっ」
タツヤのとんちんかんな質問に、流石のゆまも声を大きくする。
勿論、タツヤだってそんなことは分かっている。
しかし、少年の心は現状のこの光景を受け入れることを拒否していたのだ。
「なんだ…これ…」
その一言しか、タツヤの口からは出て来なかった。
自分の目の前で次々と起こる摩訶不思議な出来事に、タツヤは心の中で「もうお腹一杯です」と嘆くのであった。
「よーし、じゃあ魔獣をやっつけに行こっか!!」
そんなタツヤの事を気にすることなく、ゆまはそう高らかに宣言する。
少年は彼女のその姿を見て、深く溜息を付く。
「じゃあ、ちょっとジッとしててね」
「え?」
ゆまはそう言って、タツヤの後ろに一瞬で回りこむ。
突然の出来事に驚き、タツヤは慌てて後ろに振り返ろうとした。
しかし――――
むぎゅ
「 ! ! ! 」
その行動は少しだけ遅く、タツヤはゆまに後ろから思いっきり抱きしめられてしまう。。
「な…ななななな何してんだアンタ!!」
「え?いや、普通に歩いて行くのだと遅いから一気に飛んでっちゃおうかなって」
「だから、少しの間だけ動かないでね」
「ええ!?」
ゆまはそう言って、タツヤの腹回りに手を伸ばし、がっちりホールドする。
一方で、「動かないで」と言われたタツヤだったが、そんな言葉は頭の中には入っていなかった。
何故なら――――
むぎゅむぎゅ
少年の背中に、何やら柔らかい感触が伝わっていたからだ。
「それじゃ、いくよ」ピョン
「うわわっ!!」
ゆまはタツヤを抱きかかえたまま、空高くジャンプする。
そして、そのまま住宅地の屋根を飛び移りながら移動し始めた。
傍から見れば、とんでもない身体能力である。これが、魔法少女の力というものなのだろう。
「ち、ちとせしゃん!?お、俺自分の足で行きますからっ!!」
タツヤはあまりの勢いに舌を噛みそうになり、その呂律の回らない口でゆまに訴える。
今の少年に、背中にある感触を気にするほどの余裕は無かった。
ゆまに抱きかかえられた状態のタツヤにとって、彼女の移動方法は遊園地の絶叫系アトラクションとは比べ物にならないほどのスリルだった。
更に言えば、少年とはいえ普通の男子があまり体格の変わらない少女に後ろから抱きかかえられているという状況は、少年にとって少し恥ずかしかった。
「う~ん」
タツヤの訴えに反応したのか、ゆまが何か考え出す。
だが、少年にしてみれば考えるより前にこの状況を何とかして欲しかった。
とりあえず、一回止まってこの拘束を解いてくれ…と。
「その「千歳さん」って呼ばれ方、なんか違和感あるんだよね」
「ゆまで良いよ」
「えっ!?い、いや、そうじゃなくて…!!」
だが、タツヤの思いも虚しくゆまは見当違いな発言をし始める。タツヤは彼女に対し、思わず声を荒げてしまった。
この人は自分の話を全く聞いていなかったのかと、再び頭を抱えたくなる。
「じゃあ、私は君のことを「たっくん」って呼ぶね」
「た…!!」
突然の彼女の発言にタツヤは顔を赤くする。
少年がまだ幼かった頃、確かに「たっくん」と呼ばれていた事はある。
だが、中学生になってまでそのような呼ばれ方をされるのは、この少年にとって少し恥ずかしかった。
だが、今するべき話はそんな事ではなかった。
「人の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!!!」
「あぁ、駄目だよたっくん。動いたら危ないよっ」
「たっくんって言うなぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!」
結局、そんな何処か緊張感のないやりとりを続けながら、タツヤはゆまに運ばれていくのだった――――
本当にこの人のペースにはついていけない、そう思うタツヤであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「酔った…」
あれから結局、タツヤはゆまに抱きかかえられたまま移動する羽目となり、現在に至る。
この少年からしてみれば、足の届かない空高くで上下に激しく揺れながら運ばれた為、目的地に到着した時にはかなりグロッキーな状態になっていた。
「ほらほら、どうしたの。だらしが無いぞ~」
だが、そんなタツヤをゆまは能天気な口調で励ます。
少年は心の底から誰のせいだと言いたかったが、生憎そんな皮肉を言える状態ではなかった。
「元気だしていこうよ、たっくん」
「たっくんって言うな…」
「え~なんで~」
「なんでって…そりゃ…」
タツヤは彼女の問いに言葉が詰まる。なんでと言われても、正直大した理由はない。
強いて言うのであれば、背中が痒くなるような恥ずかしさを感じるといったところだろうか。
だが、タツヤにはその事を上手く説明することが出来なかった。
「じゃあ何て呼べばいいの?」
「えっ!?え~と…」
突然そう言われても、とタツヤは再び返答に困ってしまう。
というのも、少年は普段からあまりあだ名で呼ばれた事が無かった。普通に「鹿目」や「タツヤ」としか呼ばれた事がなかったのだ。
子供の頃は「たっくん」と呼ばれていたかもしれないが、それは大分昔の話であった。
「特に案が無いなら『たっくん』で良いよね」
「えっ」
「はい決定」
「…」
無茶苦茶だよ、とタツヤは今日何度目かの深い溜息を付く。
自分はいつまでこの人に振り回され続けるのだろうと、泣きたくなる思いであった。
「じゃ、そろそろ行こっか」
タツヤの苦悩も知らずに、ゆまはそう言って前に進み始める。
仕方なく、少年も後に付いていく。
「あ…」
すると、見覚えのある光景が彼の目の前には広がっていた。
「き、霧が…」
一週間前少年の目の前に現れた霧が、道路全体に広がっていたのだ。
そう、少年が迷い込み…『魔獣』に襲われたあの霧である。
そして、その道路はタツヤが普段から使っている通学路であり、彼が先程進もうとしていた道もこの道路であった。
「やっぱり、君は『瘴気』も見えるんだね」
「へ?」
すると、横に居たキュゥべえがそんな事を言い始める。
タツヤは何の事か分からず首を傾げた。
「たっくんがあのまま先に進んでいたら、今頃コレの奥底に迷い込んでるところだっんだ
よ」
そう、もしタツヤが彼女の忠告を無視して帰路についていたら、この霧に飲み込まれていただろう。
少年は自分の気付かない内に、彼女によって助けられていたのだった。
「この霧、一体何なんですか?」
タツヤは目の前に広がるこの薄気味悪い霧に警戒する。
「これが『瘴気』だよ」
すると、ゆまの代わりに、キュゥべえ…インキュベーターが答える。
「『瘴気』?」
「簡単に言うと、魔獣が出すオーラみたいなものさ」
「魔獣はああやって自分から『負』のオーラを出して纏っているんだよ」
「あの中は異空間になってて、魔獣の住処になってるのさ」
インキュベーターは淡々とした口調で話を続ける。
あの霧の中は、そんな風になっていたのかとタツヤは驚く。
確かに少年が以前あの霧に取り込まれた時は、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「本来なら、普通の人は外から瘴気を直視することが出来ない筈なんだけど…」
「本当、君は何なんだろうね」
キュゥべえは心底不思議そうな声で、少年に対する。
この霧…「瘴気」は自分や魔法少女、そしてその「才能」がある者しか見ることが出来ない。
この少年に、見える筈がない…と。
「まあ、今はそんなこと考えてる場合じゃないね」
「見たところ、此処の魔獣はそれほど強大じゃないみたいだよ」
キュウべえはそう言ってゆまの肩に乗る。
「まあ、こっちとしてはありがたいよ」
「一般人もいるしね」
やはり自分も行くことになっているのかと、タツヤは再確認する。
しかし、少年はイマイチ乗り気がしなかった。
この少年にとって見れば、この霧には嫌な思い出しかないのだからある意味当然だろう。
「たっくん?」
「うわっ!!」
気持ちが顔に出ていたのか、ゆまが少しだけ心配そうにしてタツヤの顔を覗き込んでくる。
タツヤは驚き、慌てて顔を逸らす。
いきなり彼女の整った顔が目の前に現れ、少年はそうするしかなかったのだ。
「大丈夫だよ」
「ちゃんと家まで送り届けてあげるから」
「信じて、ね?」
ゆまはタツヤを安心させるように、そう言って微笑んでくる。
その表情は何処までも優しく…そして、まるで赤ん坊をあやしているかのような声色であった。
「うっ」
タツヤはそんな彼女の表情を見て、顔を赤くさせる。
彼女の言葉に安心したのもあるが、同時にその表情がとても綺麗に思えたから。
そう、彼女の突拍子もない行動に隠れがちだが、ゆまもほむらと同じくらいの美人なのだ。
「(…って何を考えてるんだ俺は!!)」ブンブン
タツヤは自分の如何わしい感情を振り払うように、頭の上で両手を振り回す。
別に綺麗な女性を綺麗だと思う事は如何わしい事ではないのだが、タツヤにはそういう事はまだ分からないようだ。
「どうしたの?」
「え!?いやっ!?ナンデモナイデスヨ!!」ハハハ
そんなタツヤの行動を見て、首を傾げるゆま。
少年は、身振り手振りを駆使して慌てて弁明する。
焦りなのか、後ろめたさなのか、後半は完全に声が裏返っていた。
「ふ~ん」
「ま、いいや」
「それじゃ、そろそろ行こっか」
ゆまは少し考えるような素振りを見せたが、直ぐにタツヤへと向き直る。
そして、タツヤに合図を送ると同時に、霧の中へと歩み始めた。
「あ、ち…ちょっとっ!!」
タツヤもゆまの後を付いていくように、先へと進み始める。
何だかんだ言っても、結局タツヤはゆまの事を信用することにした。
この短時間に色々なことがあったが、彼女の人柄を何となく理解していた。
その事がタツヤにこの行動を取らせたのだろう。
「(どっちみちこのままじゃ家に帰れない訳だし…な)」
覚悟を決めたタツヤは、ゆまとキュウべえと共に再び霧の中に入っていくのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「うわ…何だ、此処…」
霧の中は…そう、奇妙な雰囲気を醸し出していた。
内部には霧の外同様、家や道路があり、建物の配置だけを見れば普段の通学路と殆ど同じだ。
ただ―――その全てが異質だった。
家は、人が住めそうに無い歪曲した建物に、道路沿いの木は、まるでアマゾンにでも植えられていそうな不気味な植物に、それぞれ変形していた。
その他にも、その場所にあった物全てが異様な形に変形しており、見る人におぞましいといった印象を与えている。
タツヤ達が暮らしている世界とは、似ているようで全く似ていない世界、そんな感じであった。
先程のキュウべえが言っていた通り、そこは…まさに『異空間』となっていたのだ。
「何か…俺が前に入った時と随分違うな」
しかし、少年は思う。
その場所は以前彼が迷い込んだ霧の内部とは、微妙に異なるのではないかと。
というより、あの時は周りが霧に覆われていて、こんな風景一切見えなかったのだ。
「魔獣によって形成される瘴気は違うからね」
タツヤが辺りを見回していると、後ろからキュウべえが付いてくる。
少年の言葉に反応するように、魔獣と瘴気について解説を始める。
「魔獣ってみんな同じじゃないのか?」
「勿論だよ」
「それぞれの魔獣を形成している呪いのタイプが違うからね」
「全ての魔獣が似ているようで、全くの別物なんだと考えた方が良い」
キュウべえは、相変わらず表情を全く変えることなく淡々と説明する。
それに若干のフラストレーションを感じつつも、タツヤは黙って話を聞く。
この珍獣が言うには、依然彼が襲われた魔獣と今回の魔獣は全く別のタイプだという。
「此処の魔獣、多分芸術家さんかなんかが作り出した奴だね」
「自分の作品を誰かに盗作されたとか、そんなところでしょ」
そして、先に霧の中に入り先に進んでいたゆまが戻ってくる。
辺りを見回し、この瘴気の主である魔獣について語り始めた。
「千歳さん、分かるんですか?」
「まあ、長年魔獣狩っていると、大体ね」
「てかコラ、私のことは下の名前で良いって言ったでしょ」
ゆまはタツヤを指さしながら、魔獣とは全然関係ない事を指摘してくる。
自分の事は名前で呼べと、少年に向かって再度通告してきた。
「ええ~」
「なんでそんなに嫌そうなの!?」
「だって…」
なんだか恥ずかしいと、タツヤは彼女の申し出をやんわり断る。
確かに、ゆまの事は信用できると少年は思っている
だが、その事と呼び方とは全く別の話だった。
「なんだったら『ゆまちゃん』でも良い…」
「それは全力で遠慮する」
「…ぶー」
タツヤの言葉に、ゆまは顔を膨らませ不満そうな表情を浮かべる。
イマイチ緊張感に欠ける彼女に少年も肩の力が抜けてしまう。
こんなことしている場合じゃないのでは、とタツヤは疑問に思う。
だが、その時だった―――――――
「きゃああぁぁあああぁあアアアアアアァアアアア゛ア゛゛ア゛ア゛!!!!!!」
女性の断末魔のような叫びが、辺り一面に木霊したのだ。
それは…まるで、この世の終わりであるかのような叫び声だった――――
「!!??」
「な…何だ!?」
タツヤは叫び声に反応して、声が聞こえた方向に振り向く。
その叫び声はタツヤ達のいる場所よりも、もっと奥の方から聞こえてくるようだ。
「ひょっとして、もう既に人が取り込まれて襲われてるんじゃ…」
「ええっ!!??」
人が襲われている。
その言葉を聞いた時、タツヤの中で…あの時の出来事が脳裏を過る。
あの時、タツヤはギリギリのところでほむらに助けてもらった。
だが、その助けがなればゆまの言うとおり少年は殺されていただろう。
「た、大変だ。早く助けないと!!」ダッ
もし、自分の時と同じように誰かが襲われているのなら、一刻も早く助けに行かないと手遅れになるかもしれない。
そう感じたタツヤは、声の聞こえた方角へと走り出す。
自分に何が出来るのかとか、そんな事を分からない。
とにかく何とかしないとという気持ちが、タツヤの身体を勝手に動かした。
「あっ、ちょっと待ちなさい!!」
慌ててゆまがタツヤを制止するも、その言葉が彼の耳に入ることなく、タツヤは瘴気の奥へと駆けていった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「確か…この辺の筈だけど…」ゼェゼェ・・
タツヤは耳に残る叫び声を頼りに、その声が聞こえた方角をひたすら進んでいく。
声の大きさから言って、それほど遠くでは無いと声の主を必死に探した。
「おーい、誰かいるかー!!」
タツヤがそう声を挙げるも、誰の返事も返ってこない。
あの叫び声がして以降、タツヤの周りはすっかり静まりかえっていた。
その事が、かえってこの霧…『瘴気』の中を不気味な雰囲気にさせる。
「っ!!」
嫌な予感がしたタツヤは、早く声の主を探そうと歩くスピードを速める。
手遅れになる前に見つけなければと、タツヤは更に奥へと進む。
だが、タツヤが再び走り始めようとした時だった。
――――――ドサ
「ん?」
何かが倒れるような音が、タツヤの耳に入る。
少年はその音に敏感に反応し、辺りを見回してその正体を確かめる。
「あっ!!」
すると、公園らしき大きな広場に…女性が倒れているのを見つけた。
霧が濃くなってきたのか、その女性の事がタツヤからはよく見えない。
少年は急いで女性に駆け寄り、その場に腰を下ろす。
「おい、大丈夫か!?」
横を向いて項垂れるように倒れている女性に、タツヤは声を掛ける。
しかし、返事は無い。女性はぐったりしており、ピクリとも動かない。
タツヤはその女性に更に近づき、彼女を抱き起こそうとした。
ビチャ…
「…ん?」
だが、そこでタツヤは…女性に触れた左手に違和感を覚える。
それは、生暖かくてべっとりとした何かに触れたような感触だった。
タツヤは再び嫌な予感を覚えを覚え、恐る恐る自分の左手を確認する。
「…な」
タツヤは自分の左手を見て、声を失った。
少年の手に付いていた生暖かいものは、赤い液体であった。
そう…それは紛れも無く、その女性の血液だった―――――。
「ひっ…!!」
タツヤは慌ててその女性から離れようとする。
しかし、タツヤが触れた影響なのか、横向きだった女性の身体がゴロンと仰向けになった。
そこで――――少年は初めて気付く。
その女性の身体に更に『違和感』があることに―――――――
横向きに寝ていたから、よく分からなかった。
人間の身体にある筈の部分が――――――その女性には無かった事に
その女性の、片側の腕と脚が…失われていた事に――――
「う…うわぁぁああ!!!!」
タツヤは叫び声をあげ、その場に尻餅をつく。
腰が抜けてしまったのか、そのまま自分を引きずるようにして後ろに下がる。
「うぷっ」
そして、目の前の無残な光景を目の当たりにした少年は、思わず吐き気を催してしまう。
引き千切られている人の身体を見てしまったのだ、無理もないだろう。
子供に見せるべきものではない。
慌てて手を口に当て、タツヤは吐きそうになるのを必死に抑えた。
「たっくん!!」
そこで、タツヤの後を追ってきていたゆまがその場に駆けつける。
「たっくん、大丈夫!?」
「ち…千歳、さん…」
ゆまは尻餅を付いている少年に駆け寄ってくる。
しかし、ショックが大きすぎたのかタツヤは上手く返事が出せなかった。
「ゆま、人が…」
「…」
続けて到着したキュウべえが、目の前に倒れている女性に気付く。
ゆまもまた女性の姿を見て、その表情を曇らせた。
「あの…俺…その…」
タツヤはゆまに何とか状況を説明しようとするが、やはり声が上手く出せない。
未だに身体は固まり、腰も抜けたままとなっていた。
自分が傷を負った時よりも他人の無残な姿を見てしまった時の方が、精神的なダメージが大きかったようだ。
「キュウべえ、たっくんの事見ててね」
「分かった」ピョン
ゆまは怯えているタツヤをキュゥべえに任せ、その女性に近づいていく。
慣れているのかゆまは少年と違って、彼女の姿を見ても動揺することはなかった。
「大丈夫かい?」
「あ…あぁ」
少しだけ落ち着いてきたタツヤは、傍に居るキュウべえの呼びかけに応える。
キュウべえもまた、目の前の無残な光景に顔色一つ変えず…涼しい顔をしていた。
まるで、この状況に対して…何も感じていないかのように―――
「…」
ゆまを見てみると、なにやら女性のことを調べている。
無残な光景にも関わらず、目を逸らすことなくゆまはその女性の身体に触れる。
先程までの能天気な表情と違い、顔を引き締め真剣な面持ちをしている。
「その人どうだい、ゆま」
「うん、まだかろうじて生きてるみたい」
「これなら助けられるよ」
「…え?」
ゆまの言葉に、タツヤは一瞬耳を疑った。
「彼女を助けられる」
彼女は…今はっきりとと言ったのだ。
こんな状態の人を一体どうやって、とタツヤは疑問に思う。
「よく見ておくといいよ」
「これが彼女の力だ」
「ふぇ?」
キュウべえの言葉に、タツヤは思わず間抜けな声を漏らす。
「――再生の活力――」
ゆまはその女性に自らの掌を向け、何やら呪文のような言葉を呟く。
すると―――
パァァアアア…
「うわっ」
次の瞬間、その女性の身体が光り輝き始める。
タツヤは突然の光に驚き、あまりの眩しさに目を背けてしまった。
少しすると、彼女達を覆っていた光が治まり始める。
一体何が起こったのかと、タツヤは再びゆまに視線を向けた。
「…え?」
そして―――タツヤは目の前に広がる光景に目を疑う。
少年は自分の目を擦り再度確認してみたが、やはりその光景は変わらなかった。
その光景とは、無残な状態になっていた女性の身体が―――――――
「…」
――――――――全て元に戻っているというものであった。
「え?え?どうして?なんで?」
タツヤは目の前の光景を信じる事が出来ず、錯乱する。
女性の身体の傷が治っているのは勿論、引き千切られていた片腕や片脚まで元通りになっていたのだ。
それは、元の世界であれば絶対にありえない出来事であった。
「彼女の得意技は治癒魔法さ」
「あれくらい造作も無いよ」
「治癒…魔法…?」
魔法――――
キュウべえの口から出てきたその言葉に、タツヤの身体は固まってしまう。
魔法少女の力…彼女の、千歳ゆまの力であるとキュゥべえは言う。
あんな状態の女性を、一瞬で元通りにしてしまうその力に…タツヤは目を丸くすることしか出来なかった。
「この人、本当に大丈夫なんすか?」
タツヤはそう言いながら、倒れている女性に恐る恐る近付いていく。
そして、少年が再度彼女の身体を確認すると、やはり彼女の身体には傷一つ無かった。
さっきまでの姿が、本当に嘘のようであった。
「うん、今は気絶してるけど多分大丈夫だよ」
ゆまの言う通り、彼女は確かに息もしている。
どうやら、大丈夫のようだ。
「その人は、瘴気に取り込まれてしまったんだろうね」
「取り込まれた…?」
キュウべえの言葉を聞き、タツヤは自らの時のことを思い出す。
自分もあの霧に吸い込まれる形で、この世界に来てしまった。
彼女も似たような感じで、この霧の中に迷い込んだのかとタツヤは推測する。
「魔獣は人の負の感情に狙いをつけて襲ってくるんだ」
「人間のその感情に付け込んで、瘴気の中に取り込んでね」
キュウべえの話を、タツヤは黙って聞き続ける。
人の感情に付け込む―――
その言葉を聞いて、タツヤは再び自分の時のことを思い浮かべる。
瘴気に取り込まれた時、果たして自分はその『負の感情』を抱えていたのだろうか…と。
どちらかというと、物理的に取り込まれたような感覚だったと少年は思った。
「なにはともあれ、間に合って良かったよ」
ゆまは、心底ホッとしたようにそう呟く。
さっきの真剣な表情、そして今の安堵の表情。
彼女のそれぞれの表情を見て、やはりこの人は悪い人ではないのだと少年は改めて感じた。
「本当にあるんだな…」
タツヤは女性とゆまに視線を交互に移しながら、徐に呟く。
「どう、少しは信じてくれた?」
すると、その言葉を聞いていたのか…ゆまはタツヤに近付き、笑顔で彼の顔を覗き込む。
自分を疑っていた少年に、彼女は自信ありげに話した。
「え!?」
「え、え~と…」
「は、はい…」コク
タツヤはしどろもどろになりながらも、首を縦に振る。
こんな光景を目の前で見せられたら、彼女が本当に特別な力を持つ『魔法少女』なのだと少年は信じるしかなかった。
今初めて、タツヤは彼女達『魔法少女』の存在を受け入れるのであった
「っていうか、駄目だよ。勝手にどっか行ったら」
「魔獣に襲われたらどうするの?」
ゆまは顔をズイッっと近付け、タツヤに注意する。
「す、すいません…」
タツヤは目と鼻の先にある彼女の顔に、内心ドキドキしながら応える。
確かに、少年の行動はよくよく考えれば無謀なものだっただろう。
それでもあの時、少年の身体は勝手に動いていたのだ。
なんとかしなければ
そんな思いだけが、この少年を突き動かしていた。
「君は考えるより先に身体が動くタイプなんだね」
少年の考えている事を見抜いたかのように、キュゥべえが声を掛ける。
確かに、タツヤはどちらかというと頭より先に手や足が動くタイプの人間だ。
その辺りは、母の詢子に似たのだろう。
「人の心を読むなよ…」
「おや図星かい。これはあくまで僕の予想でしかなかったんだけど」
「この野郎…」
タツヤはこの珍獣の言葉に対する怒りを、何処にぶつけようかと両手を震えさせる。
少年は、後でこの珍獣を痛い目に会わせようと静かに決意する。
だが、そんな時だった―――――。
ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛
「(ビクッ!!)」
タツヤは聞き覚えのある呻き声を聞く。
この世の物とは思えないような…恐ろしい怒号が、辺り一面に木霊する。
「え!?い、今のって…」
タツヤは身体を強張らせながら、辺りを見回す。
あの化け物が近くにいるかもしれない、そんな考えがタツヤは再び動揺させる。
「ゆま」
「うん、近いね」
キュウべえとゆまも声に気付いたのか、その場で立ち上がり周りを確認する。
ドーン…
ドーン…
ドーン
「うわっ」
すると、タツヤ達が立っている場所は地震が起きたように揺れ始める。
タツヤは驚きながらも、倒れないように脚に力を入れた。
瘴気が濃くなってきたのか、辺りに嫌な風が吹き始め…気分が悪くなってくる。
ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛
呻き声は次第に大きくなり、タツヤ達へと近付いてくる。
そして、少年達の目の前には――――――
「ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア!!!!!!」
少年が出会った、あの化物…『魔獣』が現れたのだ。
「で、でた…」
タツヤ達の目の前に現れた、巨大な人間型の化物。
その化物は、あの時のと化け物とは少しだけ形が違うように見える。
だが、タツヤはその化物からあの時と同じ嫌悪感を覚えていた。
この魔獣も、間違いなくあの化け物と同じ存在なのだと、本能的に感じていたのかも知れない。
「ゆま、任せたよ」
魔獣が現れると、キュウべえはタツヤの肩に乗りゆまに声を掛ける。
タツヤはその珍獣を振りほどこうかと考えたが、今の少年にそんな余裕は無かった。
その魔獣と対峙することで、少年の中で走馬灯のようにあの時の記憶が蘇ってくる。
タツヤは恐怖のあまり…今にも崩れ落ちてしまいそうな状態だったのだ。
「怖い?」
「ふぇ!?」
「足、震えてるよ?」
ゆまにそう指摘されるほど、今のタツヤは怯えきっていた。
手も、足も、自分では制御できない程に震えている。
「だ、だだだだだだ大丈夫、こ…これは武者震でっ」
タツヤはゆまに何とか強がってみせる。
しかし、その声は本人でも分かるくらい震えていた。
「大丈夫だよ」
ゆまはそんな状態のタツヤにそっと近付く
そして―――――
「言ったでしょ、ちゃんと送り届けるって」
優しく包み込むように、タツヤの震える手に自分の手を乗せる。
子供をあやすような柔らかい口調で、少年に語りかけながら―――
「なっ」
タツヤはゆまの行動に一瞬身体を強張らせる。
しかし、同時にその手の暖かい温もりに、少年は自身の緊張が少しずつ解けていくのを感じた。
そして、徐々に少年の身体の震えも治まっていく。
「ち…」
「…ゆま、さん」
「あは、やっと名前で呼んでくれたね」
タツヤはそこで初めて、彼女の事を苗字ではなく名前で呼ぶ。
特に意識したわけじゃない。それでも、タツヤは無意識のうちにゆまの事をそう呼んでいたのだ。
先程まではあの魔獣に怯えていたタツヤであったが、今は何故か彼の心は安心感で満たされていた。
ゆまの温もりが自分にそう感じさせているのか、タツヤにはよく分からなかった。
「じゃあ、その人のこと見ててね」
ゆまはタツヤにそれだけ言い残すと、彼の手を離しその場から離れる。
「ふっ!!」シュン
そして、両手を合わせて力を込めるようにすると、重ねた両手が突如として光り出し…
彼女と少年達の間を遮る光の壁のようなものが出来上がる。
タツヤは一体何が起きたのかと、恐る恐るその壁に手を伸ばすした。
コンコン
「うわっ、なんだこれ」
タツヤと彼女との間は、その光の壁で仕切られている。
この少年の力ではビクともしない。
少年が辺りを見回すと、その壁は彼らを囲うように形成されていた。
「その中にいれば安全だからね」
ブオンッ!!
タツヤにそう言い残すと、ゆまは再びその手を光らせ…先端が猫のような形をしたハンマーを出現させる。
ハンマーはそのまま地面に落ちると、ズドンという辺りが震えそうな凄い音が聞こえる。
その音を聞く限り、そのハンマーは相当の重さがあるように見える。
「それじゃあ、サクッと終わらせちゃうから!!」
しかし、ゆまはそのハンマーを片手だけでヒョイと持ち上げ、魔獣に立ち向かっていった。
タツヤはその光景を、ただただ後ろから見守ることしか出来なかった。
――――――――――――――――――――――――――――――
一方、その頃―――
「…はぁ」
タツヤの居なくなった自宅で…ほむらは何をする気にもなれず、ただボーっと椅子に腰掛けていた。
気付かぬ内に夕日は沈み、窓から見える空は暗くなっている。
どれくらいの時間そうしていたのか、彼女にも分からなかった。
「とりあえず、夕食にしようかしら…」
このままでは駄目だと思ったのか、ほむらはその重い腰を上げ立ち上がる。
そして、タツヤと会う前に行ってきたコンビニで調達した食料に手を伸ばした。
ビニール袋の中には、菓子パンや保存の出来る冷凍食品が入っている。
だが、買ってきてから長時間放置していたせいか、冷凍食品は氷が溶けてしまい…ぐしゃぐしゃになってしまっていた。
流石に不味いと思ったのか、ほむらはひとまず冷凍食品を冷凍庫にしまう。
「…これだけでいいわね」
ほむらはビニール袋から菓子パンを一つだけ取り出し、封を開ける。
彼女の夕食は、この菓子パン一個だけだ。
彼女は此処何年、自炊というものをしていない。
そんなものは自分にとって無意味なことだと、彼女は思っていた。
身体に悪いとか、栄養管理をちゃんとしろとか、五月蠅い人は言うかもしれない。
だが、そんなものは自分達『魔法少女』には関係ない。極端な話、自分達の『魂』さえ無事なら…身体は動くのだから。
それが、彼女の考えだった。
「あら?」
「ソウルジェムが…」
再び椅子に腰掛け、ふとテーブルに置いてある自分のソウルジェムに視線を向ける。
すると、彼女のソウルジェムが紫色に光り輝いていた。どうやら近くに魔獣が現れたらしい。
彼女は口に入れようとしていた菓子パンを袋に戻し、光っているソウルジェムに手を伸ばす。
魔獣が現れたのなら、早急に退治しに行かなければならないと、彼女は直ぐに支度を始める。
何時もなら魔獣が現れたらキュゥべえが知らせに来るのにと、若干の違和感を覚えながら…。
~♪~ ~♪~ ~♪~
「あ、携帯が…」
ほむらが外に出るためにソウルジェムを指輪に変えていると、椅子に放置してあった彼女の携帯が音を発する。
「(メールね…)」
こんな時に誰からだと、ほむらは内容を確認する。
最も彼女の携帯のアドレスを知っている人間は限られている為、特定は容易ではあった。
「…ゆまからだわ」
メールを送ってきた相手は、ゆまであった。
彼女が知っている唯一の魔法少女―――――千歳ゆま
恐らく、そう言ってしまっても…過言では無いのだろう。
『ほむらお姉ちゃんへ』
『お姉ちゃんのお家に行こうとしたら、近くに魔獣の反応があったから、退治しとくね☆』
ゆまからのメールの内容は、彼女が倒しに行こうとした魔獣についてだった。
先に自分が見つけたから、自分がその魔獣を倒しに行く。
メールの内容は、そんなところであった。
「…あなたの担当は風見野市でしょう」
どうやら、既に彼女が魔獣退治に向かったようだ。
それなら自分が行くまでもないだろうか。彼女も今や独り立ちした立派な戦士なのだから…
そんな事を考え、ほむらは自分の中の張りつめたものを緩めながらメールを確認する。
『あ、それとね。今「鹿目タツヤ」君と一緒にいるんだけど』
「え?」
だが、そんな彼女の事を再び震え上がらせるような内容が、ゆまからのメールには書かれていたのだ。
『魔獣倒すついでにその子も家に送り届けとくから、じゃーねぇノシ』
「なっ!!」
メールを読み終わると、ほむらの表情は一気に険しくなる。
何故あの少年が彼女と接触しているのか、と彼女は珍しく慌ててしまう。
だが、今はそんなことを考えている場合では無かった。
彼女からのメールによれば、あの少年はゆまと一緒にいるということになる。
一緒、それはつまり…魔獣退治の現場にあの少年が…
「…馬鹿っ!!!」ダッ!!
ほむらは居てもたってもいられず、鍵を掛ける時間すら惜しみ玄関から飛び出る。
そして、大急ぎでソウルジェムが反応する場所へと向かうのだった。