魔法少女まどか☆マギカ~After Ten Years of History~ 作:イデスツッラ
――――――――――――――――――――――――――――――
時間は、タツヤ達がそれぞれ帰路に着いた時から少し遡る。
見滝原の都市部にある、とあるビルの中―――
その部屋は、中央に接待用の高そうな椅子やテーブルが設置され、巨大な薄型テレビも配置されている。
普通の会社員では滅多に入れないであろう特別な場所。
「ううー…」カタカタ…
そこで鹿目詢子は一人、目の前のパソコンと格闘していた。
目の前に浮かび上がる画面に睨みを利かせ、デスクに映し出されるキーボードを叩く。
その立派な部屋には似つかわしくない、平社員のような安物のスーツを着て―――
しかし、それでも彼女はこの会社のれっきとした『社長』なのである。
「いよっしゃー!!!」バンッ
「終わったー!!!!」
パソコンとの数時間に及ぶ格闘の末、本日分の仕事を終わらせた詢子はその場で立ち上がり雄叫びを挙げる。
しかし、疲労の為か直ぐに崩れ落ち、椅子の背もたれに背中を預けた。
ガチャ
「失礼します」
「お疲れ様です、社長」
詢子が仕事を終わらせる時間を見計らってか、一人の若い女性が部屋に入ってくる。
女性は労いの言葉を掛け、お盆を持って詢子に近付いて来た。
「ああ、ようやく溜まってた仕事を片付けたよ」
「全く、社長になってもやる事あんま変わんねーな」
背もたれに背中を預けながら、背伸びをして答える詢子。
その女性に見せる詢子の仕草は、もう何年も連れ添っている同僚に見せるような、リラックスしたものだった。
「そうですね」クスッ
それは彼女のほうも同様なのか、立場上は『社長』と『秘書』という関係ではあるが、下手に緊張することもなく詢子に接してくる。
「飲み物、どうぞ」
そんな彼女は詢子に向けて柔らかい笑みを浮かべ、お盆からティーカップを差し出す。
中には綺麗な色をした紅茶…ではなく、働いている人なら誰もが一度はお世話になるだろう、ブラックコーヒーが淹れられていた
「お、サンキュー」
詢子の隣に立つその姿―――
すらりと高い身長に、女性らしく凹凸の均衡がとれたスタイル。
肩まで伸ばした薄い銀色の綺麗な髪の毛を、キャリアウーマンらしくヘアゴムで縛り、
若々しいスーツに身を包み、胸元を装飾したリボン風のアクセサリーが魅力的なその女性は――
「織莉子」
――――美国、織莉子といった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「いやー仕事終わりの一杯は格別だなっ」
詢子は手渡されたコーヒーをスポーツドリンクのように一気に飲み干し、その表情に生気を取り戻していく。
彼女からしてみれば、この一杯の為に仕事をしていると言っても過言ではなかった。
「おじさんみたいですよ?」
「うるせぇ」
織莉子の言葉に、詢子は苦笑いで返す。
「仕事の進行具合はどうですか?」
「まあ、ぼちぼちだな」
「今進めてるプロジェクトも、大筋合意まで持ってけてるしね」
「ま、そのおかげでこちとら毎日残業三昧さ」
詢子はやれやれと言いたそうに、両手を上げる。
今、社長として彼女は1つのプロジェクトを立ち上げている。
それは、詢子が中心となって企画しているもので、打ち合わせや交渉等も全て彼女が取り決めていた。
その為、必然的に彼女の仕事量が多くなっていたのだ。
「わざわざ社長が動かなくても…」
「部下に任せておけば良いのではないですか?」
詢子の様子を見て、怪訝とした表情で呟く織莉子。
実際、詢子の会社は別に少人数というわけではない。
むしろ、社員は普通の会社に比べれば多いほうだろう。
織莉子の言うとおり、社長自らがわざわざ仕事をする必要はないのである。
しかし、詢子は―――
「まあ、確かにそうなんだけど」
「ただ、あたしは何もしないで態度だけデカイ上司ってのが一番嫌いなんだ」
「そんな奴等と同じ真似はしたくないんだよ」
そう、織莉子に返す。
自らが率先してペースメーカーを務めることで、後続を走る部下達を引っ張っていく。
それが自分のスタイルだと、彼女は話した。
だからと言って、仕事の全てを自分がやっているわけではない。
それでは社員が育たない事は、詢子も重々理解している。
こうして自分が中心となって行っている仕事は、全体のごく一部であった。
「そう、ですね」
彼女の言葉から少し間をおき、織莉子は静かに頷く。
詢子の性格を知らないわけではない。彼女の考え方も熟知しているつもりだ。
しかしそれでも、織莉子は彼女の凄さを感じずにはいられなかった。
「ま、うちには優秀な秘書がいるからな」ゴソゴソ
「多少のムリは利くってもんさ」ピッ
『つづいてのニュースは…』
「あ、見たかった番組もう終っちゃったか~」チェッ
詢子は中央にある大画面テレビに電源を入れながら、織莉子の方を振り向き呟く。
テレビでは、主に今日起きたニュースについて取り上げられていた
「いえ、私なんてそんな…」
織莉子は視線を詢子から逸らし、俯きながら応える。
照れているのか、表情は緩み顔が少し紅くなっている。
『続いてのニュースです』
『本日夕方頃、資金を不正に使用した疑いで裁判中の民衆党・小川代表がマスコミに囲まれる中、再度自らの無罪を主張しました』
「うわっ、このおっさんまだ自分の罪認めてねーのかよ。見苦しいにも程があるぞ」
テレビから流れるニュースの映像を見ながら、詢子は溜息を付く。
呆れたというような表情を見せながら、真ん中にあるソファーに腰掛けた。
『だからね、あれは身内が勝手にやった事なの。私は知りません。』
『全くこっちも困るんだよ。君達のようなハイエナのような連中にあること無い事書かれるとね』
『プライバシー権って言葉知ってる、君達?』
テレビには、ふてぶてしい態度を取る年配の男性が映っている。
その男性は自らを囲む報道陣達を睨み付け、毒を吐くように罵倒を続けていた。
「相変わらず無茶苦茶言ってるな、このおっさん」
その姿を見て、なんでこんな奴が議員をやっているのかと詢子は呆れ返る。
今テレビに映っているような人間が、彼女の一番嫌いなタイプであった。
誠意の欠片も見せず、自らの保身の為ならどんな事でもする。
そんな人間が…
「…」
織莉子は詢子の言葉に反応することも無く、ただ押し黙ってテレビを見つめていた。
その表情には先程までとは違い、どこか暗いものを感じさせる。
『まあ、戦えと言われれば、私は最後まで戦いますよ』
『私はあの“美国久臣”のような臆病者ではありませんからね』
「っ‼」
『逃げるように自殺なんて、馬鹿な真似はしませんよ』
そして、その議員がある名前を口にした瞬間、織莉子の身体が固まる。
それは―――――――自分の父の名前であった
かつて議員として活躍し―――
そして、議員として『堕ち』てしまった…彼女の―――
『大体自分に何かやましい事がないかぎりあんな真似は…』
ピッ
尚も議員が続けようとするが、その声は途中で途切れてしまう。
「…何年前の話引き合いに出してんだよ」
表情に憤怒の色を浮かべる詢子によって、テレビが消されたからだ。
「…」
「織莉子…」
詢子が心配そうに声を掛けるも、織莉子は俯いたまま何も話さない。
その態度は落ち込んでいるようにも見えるが、同時に悔しさを滲ませているようにも見える。
自分の父の事を侮辱されて、怒らない人間は少ないだろう。
「…いいんです」
「もう、慣れましたから」
織莉子は弱々しい笑みを見せ、詢子にそう応える。
強がってはいるものの、ショックを受けているのは火を見るより明らかだった。
「それに」
「社内でも、よく言われてますし…」
織莉子は、ある日のことを思い出していた。
それは、自分が秘書の仕事をしている最中、給湯室から聞こえてきた女性社員達の会話―――――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『うちの社長ってさー、なんであんな若い人を自分の専属秘書にしてるわけー?』
『あんた知らないの?彼女、あの美国久臣の一人娘なんだってさー』
社員達は給湯室でお茶を淹れながら、噂話に花を咲かせる。
話の内容は若くして詢子の秘書となった織莉子の話だ。
『まぢ?あの不正をマスコミに追求されて自殺したっていう?』
『そうそう、だからさー彼女も社長とか取り巻きになんか媚びでも売ってんじゃないのー?』
織莉子の父の話は有名だったのか、彼女達も知っていた。
彼女達は織莉子も同じように、何か不正を行ったのではないかと口にする。
そんな事、あるわけないというのに…。
『えー、なんか卑怯くさーい』
『ま、所詮は蛙の子は蛙ってことよねー』
『それもそっかー』
『『あははははははははは』』
給湯室で、彼女達の笑い声が響く―――
『…』
それを織莉子が、裏で聞いていたとも知らずに―――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
聞こえてくるのは、心無い噂話だ。
しかし、それでも織莉子を傷付けるには十分過ぎる内容だった。
自分はそんなことしていない、とその人達に叫びたかった。
媚なんて売っていない。資格もちゃんと取っている。
面接だって、同期社員達と同じように受けてきた。
結果的には詢子の推薦で、彼女の専属秘書を務めることになったけど、それでも自分は卑怯なことなんてしていない。
そう――心の底から叫びたかった。
しかし、出来なかった。
例え、そう叫んだとしても―――誰が自分の事を信じてくれようか。
そう思うと、どうしても声が出なかった。
自分はどうしようもない臆病者だなと、織莉子はつくづく思うのだった。
「他人の言うことは気にすんな」
「え?」
しかし、織莉子が自暴自棄になっていると、それまで黙っていた詢子が口を開く。
「本人のいない所で、そんな事言う奴なんざろくなもんじゃねぇからな」
仕事の時と同じように、その表情は真剣そのものだった。
織莉子自身もその事を察したのか、妙な緊張感を覚え…身体を強張らせる。
「他人の言葉なんて関係ない」
「大事なのは、お前自身がどう思ってるかだ」
「…え?」
詢子の言葉に、固まっていた織莉子の口から疑問の声が漏れた。
その様子を見た詢子は間を置くように一つ息を吐き、尚も続ける。
「なあ、織莉子」
「お前の目には、親父さんはどう映ってたんだ?」
「世間で言われてるような、不正を働いて逃げるような卑怯者に見えてたのか?」
一言、そして一言…ずっしりと重みのある言葉を、詢子は織莉子に投げ掛ける。
それは、彼女の心の中に直接問い掛けているかのようだった。
「そ、そんな事ありません!!」
父に対する詢子の言葉に対して、思わず織莉子は声を荒げる。
「お父さ…、父はそんなことする人ではありませんっ」
「父は、いつも優しくて…」
「この国が幸せになるようにって、いつも考えていて…」
幼い時に母を亡くした織莉子にとって、父親は大切な唯一の“家族”であった。
自分が寂しがらないようにと、いつも傍にいてくれた父。
仕事と家族を上手く両立して、自分に精一杯の愛情を注いでくれた父。
織莉子はそんな父を尊敬していたし、大好きであった。
「だから…だから…っ!!」
だからこそ、父がそんな事をするなど――――織莉子は信じたくなかった。
認めたくなかったのだ。
父が、自分のことを“裏切った”ということを―――――
ポン
「んっ」
織莉子が涙目になりながら声を荒げていると、それを宥めるかのように頭の上に何かが乗る。
「しゃ、社長…?」
それは―――詢子の手の平であった。
「お前がそう思ってるなら」
「それで良いじゃんか」
詢子は織莉子の綺麗な髪の毛を、優しく撫でながら続ける。
「で、でも…」
「信じてやりなよ、親父さんのこと」
「家族、なんだろ?」
織莉子の気持ちを落ち着かせるように、ゆっくりと言葉を紡いでいく詢子。
「あたしは信じるよ」
「あんたのことも、親父さんのことも」
それは、『上司』が『部下』に伝えるような言葉では無く――――
『母』が、『娘』に囁きかけるような言葉であった。
「社長…」
「ほら、シャキっとしな」
「綺麗な顔が台無しだぞ?」
そう言って、詢子はハンカチでそっと織莉子の涙を拭う。
彼女の表情は先程の母のようなものとは違い、子供のように無邪気なものであった。
「…ありがとうございます」
落ち着きを取り戻した織莉子は、詢子の優しさに感謝するように小さく呟く。
同時に、自分の恥ずかしいところを見せてしまったと顔を紅くした。
「ま、そんな自分を悲観すんなって」
「あんたは『頭脳明晰、容姿端麗、スタイル抜群の美しすぎる秘書』って」
「中沢の馬鹿が言ってたぞ」
織莉子の肩をポンと叩き、高評価の言葉を並べ励まそうとする。
…その言葉を放った人物が誰なのかは、特に気にすることではないだろう。
「ふふ、他人の言うことは気にしちゃ駄目なんじゃなかったんですか?」
そのおかげなのか、織莉子の表情も少しずつ緩み始める。
ぎこちなかった笑顔も、いつの間にか自然に作れるようになっていた。
「なぁに、自分にとってプラスの評価ん時は別さ」
「それを糧に、自分に自信を持つんだ」
「それが、美人のひ け つ♪」
そう自信満々に言ってのける詢子。
織莉子の表情も…すっかり柔らかいものへと戻っていった。
「ま、親父さんの名前は今後もお前に付いて回るだろうけど」
そして、織莉子の様子を見て…詢子は再び彼女の父のことを口にする。
世間に知られている存在だからこそ、その重みは織莉子に圧し掛かるのだと。
「…はい」
そして、その事は織莉子にとって、一番の悩みの種でもあった。
美国議員の娘
美国さん
彼女はそう言われ続けて、今まで生きてきた。
父の名前を経由せずに自分のことを見てくれる人なんて、詢子を含めても今まで僅かしかいない。
そのことは、詢子もよく知っている。
「それでも、『美国織莉子』はお前一人しかいないんだ」
「だったら、越えるしかねぇな」
「自分の名前で親父さんの名前を塗り替えられるように」
それでも詢子は、その現状に負けてはならないと言う。
父の名を背負った上で、強く生きていかなければならない。
そして、父を超えなければならない…と―――
「私が…父を…」
「できます、でしょうか」
詢子の言葉に、織莉子は若干の迷いを見せる。
死してなお、父親は自分にとって偉大な存在。
それを、自分なんかが超えることができるのかと彼女は不安を顔に出す。
「大丈夫だって」
「なんたって、あたしが付いてるんだからな」
しかし詢子はそんな織莉子に向けて、自分が付いていると胸を張る。
だからお前は前を見ろと、詢子は彼女に言って聞かせた。
「…ふふ、そうですね」
それは織莉子にとって、どんな言葉よりも励みになるものだった。
彼女は、それだけ詢子を尊敬しているのだ。
そう…自らの父と、同じくらいに―――
「アンタがいずれこの国を背負うようなビックな人間になったら、あたしはこう言うんだ」
「美国織莉子はあたしが育てた(キリッ、ってな」ウェヒヒ
「ふふふ、頼りにしてますね」
二人の間に―――穏やかな空気が流れる。
それは―――まるで本物の母と娘の間で流れるような、心地の良いものであった。
「うおしっ、じゃあ今日はもう帰るか!!」
「車出せぇい、織莉子」
織莉子は思う。
多分、この人には一生敵わないのだろうと。
「はいっ」
そして、そのような人物に出会えた事を――――彼女は神に深く感謝するのだった。
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社長の専属秘書として、織莉子には詢子を車で家まで送り届けるという仕事がある。
その後、そのまま自分の家まで車を使って帰ることが彼女の日課となっていた。
織莉子が運転席に乗り、詢子が助手席に乗り込む。
『その後、小川代表は記者たちを振りきり…』
「うわ、ラジオでもこの話題かよ」
助手席に座った詢子が気晴らしにとカーラジオを付ける。
しかし、そこで流れてきたのは先程テレビで映っていたニュースと同じ内容のものだった。
詢子はまたやってしまったと思い、チラりと織莉子に視線を移す。
「大丈夫ですよ」
「明日にはその人、雲隠れしてしまいますから」
「病院に検査入院するとかで」
しかし詢子の心配を余所に、織莉子は比較的平気な様子だった。
それどころか、まるでその議員のその後を予知したかのような言葉を述べる。
「なんだ、また占いかなんかか?」
「お前の占いは当たるからな~」
それを聞いた詢子は、織莉子に特別変化がないことに安堵しつつも、彼女の言葉に耳を傾ける。
織莉子のこのような発言は、今に始まったことではない。
彼女は、時々こう言った予言のような発言をすることがある。
詢子はそれを織莉子が占いか何かによって、言っているのだと思っていた。
「ええ」
「私、未来が見えますから」
しかし、実際はそうではない。
彼女も、かつては『魔法少女』として魔獣と戦っていた存在である。
そして―――彼女の固有魔法は『未来予知』
未来に起きる出来事を、知ることができる。
「ははは、お前にしちゃ面白い冗談だ」
その事を知らない詢子が、そんな非現実的な力を信じるはずもなく、彼女の言葉を笑い飛ばす。
もちろん織莉子にとっても、そのように言われることは想定内であった。
「だが…ま、実際のところそんな力使えるんだったら」
「色々楽なんだろうな~」
詢子はそんな事を口にする。
事前に未来が見えれば、仕事・プライベートに関わらず便利なんだろう、と。
それは――――何の力も持っていない人が思い浮かべる、未知への理想。
そう…あくまでも、それは『理想』でしかない。
「そうでもありませんよ」
「見たくない未来も、見えてしまいますから」
織莉子は、詢子の方を振り向くことなく呟く。
前を向き…車を運転する彼女の表情からは、どこか暗いものを感じさせる。
彼女は、知っているのだ。
未来を…見ることによって―――
「その道を歩んだ先にある」
「抗うことのできない、非情な運命も…」
自分の力では、決して変えることの出来ない『運命』が見えてしまうという事を―――
「織莉子?」
「す、すいません」
「少し、昔を思い出してました」
彼女は、戦うことを辞めた。
未来を見ることを拒絶するように、力を使うことを止めてしまった。
完全に止めたわけじゃない。
ただそれでも、普通の生活に影響が出ない程度に使用範囲を限定してしまっていた
「そういえば社長」
「先日お話した件なんですが…」
身近な人の『最期』を…見たくないから。
親しくなった人の『最期』を、もう見たくないから。
魔獣との戦いの中で―――『魔法少女の運命』をもう見たくないから
「ん?ああ、有給欲しいって話か」
「確か、友達の命日なんだよな」
戦いの中で、大切な友人の最期が見えてしまったから―――
変えたいと願った。
変えたいと死力を尽くした。
でも、変えられなかった。
だから―――彼女は諦めてしまった。
運命は、変えられないのだと。
そして、もう『戦いの中』には戻りたくない、と―――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『私は呉キリカって言うんだ、宜しく織莉子』
『このコーヒーは私には苦すぎるよ、織莉子』
『私と織莉子が組めば、どんな魔獣が相手でも負けはないね!!』
『織莉子を悪くいう奴は、私が許さないっ』
『織莉子は弱くない』
『本当に弱いのは、私のほうだ…』
『織莉子…』
『生き…』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「っ!!」
織莉子は自分の中で浮かんでは消えるかつての友の表情を振り払うように、運転に集中する。
ハンドルを握り締めすぎたのか、手には少し汗を掻いていた。
「いいよ、いいよ。その日はゆっくり過ごすといいさ」
詢子はそんな織莉子の気持ちを察したのか、余計な詮索はせず彼女の頼みを快く承諾した。
「つーか一日と言わず一週間くらい休んだらどうだ?」
冗談交じりに詢子は言う。
これもまた、彼女なりの気遣いなのだろう。
「い、いえ…そんなに休むわけには」
「仕事がありますし」
「それくらい大丈夫さ、仕事の大半は部下に任せてあるんだし」
「あたしの仕事は中沢をパシr(ry 同行させっから」
「は…はあ」
織莉子はそれでいいのか、と首を傾げる。
それでも、詢子が自分のことを考えてくれているということは肌で感じることができた。
織莉子はそんな詢子の優しさに、今はただただ感謝するばかりであった。
後、中沢はまた泣かされるんだろうな、と罪悪感も少し覚えるのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「よーし、我が家にとうちゃーく」
会社を出て数十分、車は鹿目家の自宅前に到着した。詢子は車から出て、背伸びをする。
自宅のリビングには明かりが付いていた。
恐らく、知久が夕飯を作って待ってくれているのだろう。
「ん?」
しかし、ふと詢子はリビングに人影が一つしかないことに気付く。
同時に彼女が周りを確認してみると、何かが此方に近付いてくる姿が見えた。
それは、この時間本来ならリビングの人影の一人にいるであろう―――
「げっ」
「ああ゛っタツヤぁ!?」
―――詢子の息子であった。
「おい、タツヤ。お前まさか、今帰りか?」
「えっいや…てぃひひひひひ」
「笑って誤魔化すな」
母の問いに冷や汗を掻きながら応えるタツヤ。
普通のお店ならもう閉店しているような時間帯だ。確かに、中学生が帰る時間としては少し遅すぎる。
もっともタツヤとしては、ゆま達の魔獣退治に付き合っていたなどとは口が裂けても言えないのだろう。
「社長、この子は…?」
そこで車を一時停止させ、自分も車から出てきた織莉子がタツヤに視線を向ける。
自分より少し低い身長で、見慣れている見滝原の制服。
目付きやその他諸々…どことなく詢子に似ているというイメージをタツヤに持つ織莉子。
「ん?ああ、あたしの息子だ」
「そういや、会うの初めてだっけか?」
「はい」
「ん、誰?」
タツヤは織莉子を見て首を傾けながら呟く。
普段、タツヤがこんな時間に外にいることは殆ど無い。
その為、これまでこの少年が織莉子と顔を合わせることは無かった。
「誰?じゃねえだろ、あたしの秘書だよ」
「秘書?この人が?」
「社長の秘書の美国織莉子です」
「あ、ども」ペコッ
タツヤはこの人がかと視線を移すと、織莉子はタツヤに丁寧に頭を下げる。
それにつられて、少年は慌てて頭を下げた。
「ほら、ちゃんと挨拶しな」ドンッ
「ふぇ!?えっえ…と、鹿目タツヤです」
「母が、いつも…お世話になって、ます」
母に思いっきり背中を叩かれ、タツヤは思わず前に出る。
そして、織莉子の目の前に立つと顔を紅くし、口籠りながら挨拶した。
織莉子もまた…かなりの美人なのだから、少年のこの反応も無理ないだろう。
「ぎこちねーな、おい」
「…うるへー」
タツヤは少し恥かしそうに顔を背けながら、ぶっきら棒に呟く。
先程も言った通り、織莉子もかなりの美人だ。
普段から仁美を見慣れ、最近ではゆまやほむらと顔を合わせているタツヤでも、思わず顔を紅くしてしまう。
「こちらこそお世話になっています」
「社長に似て、しっかりしたお子さんですね」
そんなタツヤのことが可愛く思えたのか、織莉子は優しく笑みを浮かべながら挨拶を返す。
まるで、子供になった詢子を見ているようで…何とも微笑ましかった。
最も、タツヤは男の子なのだが…。
「そうか~?世話の掛かる馬鹿息子だぞ」
「なぁっ!?」
「ふふ…」
タツヤが詢子に何か訴えているのを、織莉子は笑顔のまま眺める。
母との思い出が少ない織莉子にとって、鹿目親子のやり取りは微笑ましくもあり、少しだけ羨ましくもあった。
しかし、そんな風に詢子やタツヤを眺めている時―――
ザーーーーーーー
「…え?」
織莉子の脳内に――――見知らぬ映像が流れ込んできた
それは壊れたビデオテープを見ているようで、何が映っているのかよく分からなかったが、普通の人からは感じないような違和感を持たせるものだった。
「ふぇ?」
「あ、あの…何か?」
「あっ」
「い、いえ…」
その映像のせいで、タツヤに近付いていた織莉子は慌てて離れる。
彼女のその様子を見て、タツヤはキョトンとした表情を見せた。
「(今の…何…)」
「(この子の…未来?)」
タツヤに対して、未来予知の能力が反応したのかと織莉子は考える。
同時に、勝手に反応しないように抑えつけてある筈なのだが…と頭を悩ませた。
しかし、肝心の映像の内容が分からない以上、彼女が分かる事は一つも無かった。
「よーし、じゃあ織莉子。あたし達はそろそろ家の中に入るわ」
「あ、はい。では私もこれで失礼します」
「おう、お疲れさん」
詢子は織莉子に背を向けながら手を振った。
そして、自宅の方へと足を進めていく。
「ほら、タツヤ。家の中に入るぞ」
「…は~い」
「失礼します」ペコ
「え、ええ」
タツヤは再び織莉子に頭を下げ、詢子の後を追うように自宅へと足を向けた。
織莉子は少年のことが気になりつつも、これ以上気にしていても意味が無いと判断する。
今はとにかく帰ろうと、詢子達をそのまま見送るのだった。
「ところでタツヤ、お前ちゃんと家に遅くなるって連絡入れたんだろーな?」
「え~と…」
「…入れてないんだな」
ガチャ
「遅 か っ た ね タ ツ ヤ」ニコリ
「」
「あぁ~あ…」
――――――――――――――――――――――――――――――
「そろそろ私も…」
詢子達を見送った後、織莉子は自身も自宅に帰るため車に乗り込もうとする。
しかし、車内に入ろうとドアに手を掛けようとした時だった。
「おーい!!」
「え?」
どこからか、聞き慣れた声が聞こえることに気付く。
辺りを見回してみると、家の屋根を蔦って誰かが此方に近付いてくるのが見えた。
普通なら、そんな方法で近付いている人間なんていない。
しかし、織莉子はそんな風に自分に近付く人物を知っている。
「織莉子―!!」
「ゆ、ゆま?」
声の主は、彼女の『同居人』でもある千歳ゆまによるものだった。
ゆまは屋根からジャンプしてあっという間に距離を縮め、織莉子の目の前で着地する。
「やっぱり織莉子だ、こんな所で何してんの?」
「仕事の帰りよ。あなたこそ、いままで何してたのよ」
「私は魔獣退治の帰りだよー」
織莉子が不思議そうな表情で聞くと、ゆまは少しぐったりしながら応える。
疲れたとでも言いたそうに、彼女は身体を伸ばした。
「ここ見滝原よ?」
風見野はどうしたのよと織莉子は言う。
見滝原が現在暁美ほむらの担当地域だということは彼女も知っている。
風見野を担当しているゆまが本来此処にいる筈がない、と彼女は疑問を抱いた。
「織莉子に頼まれた荷物をほむらお姉ちゃんに渡すついでだよ」
「ああ、そういえばそうだったわね」
そこで自分がゆまにお使いを頼んだことを織莉子は思い出す。
分量を間違えて夕食を作りすぎてしまい、ほむらにお裾分けしようと考えた。
彼女は油断すると直ぐに魔法少女としての肉体を盾にして食事をとらなくなるので、調度良いと思ったのだ。
「それで、ちゃんと渡してくれた?」
「うん、渡したよ」
「嫌々だったけどねー」
まいったと両手を挙げるジェスチャーをとりながら、ゆまは溜息交じりに応える。
「相変わらず嫌われてるわねぇ」
とは言うが、彼女が素直に受け取らない事は想定内だった。
だが、暁美ほむらという人物は押せば断れきれない性格だという事も彼女は知っていた。
だから、ゆまが無理矢理渡せばどうにかなるだろうと考えていた。
「何であんなに嫌ってるんだろうねー」
暁美ほむらは、かつて魔法少女としての“価値観の違い”により対立した相手。
織莉子が一線から退いた今でも、ほむらは織莉子のことを嫌っていた。
「まあ…」
「彼女にも色々あるのよ」
ほむらからして見れば、たった一人友人を失っただけで戦えなくなってしまった自分のことを、不甲斐無いと感じているのだろう。
逃げた、と言われても仕方ないと彼女は思う。
彼女だって、今まで何人も『友人』と言える人物を失っている筈なのだから…
「(それに…)」
恐らく、彼女が自分を嫌っている理由はそれだけじゃないのだろうと、彼女はうすうす感付いていた。
詳しい理由は分からない。
だが、自分は自分の知らないところで、彼女の“何か”を奪ってしまったのだろう、と―――――
「ふ~ん」
「ま、いいや」
興味が無さそうな素振りで、ゆまはそっぽを向く。
「ん?あれって…」
「たっくんだ、お家此処にあったんだー」
ふと、ゆまが目の前にある鹿目家のリビングに視線を向ける。
すると、そこには今日魔獣退治に同行させた鹿目タツヤが見え隠れしていた。
「何?あなた社長の息子さんと知り合いだったの?」
「社長?それは分からないけど、たっくんの事は知ってるよ」
「といっても、今日会ったばかりなんだけどねー」
織莉子の言葉に応えながら、ゆまは鹿目家の様子を伺う。
家族の帰りを満面の笑みで迎える父(但し、目は笑ってない)
それに応える母
そして、何故か母の後ろに隠れ震えている息子。
そんな光景が、ゆまの目には映った。
「家族、仲良さそう…」
ポツリと、誰にも聞こえないような小さな声でゆまが呟く。
外から眺めていても分かる、家族の仲睦まじさ。
確かな家族の絆が、そこにはあった。
そして、それは―――――彼女の家庭には、なかったものだった
「…羨ましい?」
織莉子が、心配そうな面持ちで声を掛ける。
近くにいた彼女には、ゆまの呟きが聞こえてしまっていた。
織莉子も彼女の家庭の事は、よく知っていたのだ。
「ちょっとだけ、ね」
ゆまは一瞬寂しそうな笑みを浮かべる。
彼女が鹿目家を見て何を感じたのか、その表情だけではよく分からない。
「でも、もう大丈夫」
それでも、直ぐにゆまはその表情を引き締める。
その瞳からは、力強さのようなものを感じた。
「約束したもん」
「強くなるって」
空を見つめ、一言一言自分に言い聞かせるように呟く。
そこには既に―――かつての幼くて弱々しかった彼女はいない。
「それに、私は一人じゃないし」
「ゆま…」
織莉子に視線を向けて、そう宣言する。
「あ、そーだ」
「はい、これ」
突如、ゆまが何か思いついたかのように手を叩く。
そして、服のポケットに手を突っ込むと何かを取り出し、織莉子に手渡した。
「え?あ…」
「織莉子の分のグリーフシード」
「そろそろ浄化しないとマズイでしょ?」
ゆまが手渡したのは、今日魔獣を狩った時に手に入れたグリーフシードだった。
魔法少女のソウルジェムは魔法を使う使わない関係なく、少しずつ穢れていく。
勿論、織莉子のソウルジェムも例外では無い。
戦うことを止め、自力でグリーフシードを回収できなくなった織莉子は、ゆまが回収したグリーフシードによって自身のソウルジェムを浄化していた。
「そう、よね…」
グリーフシードを見つめ、小さく呟く。
彼女からこれを貰う度に、織莉子は複雑な心境になっていた。
ありがとう、という感謝の気持ちは勿論ある。
しかし、それと同時に申し訳ないという気持ちも湧いてきていた。
社会人として働き、『人』として自立したように見える織莉子。
だが、『魔法少女』としての彼女は自立することが出来ず…誰かに頼りながら生きていかなければいけなかったのだ。
「あ…」フラッ
「え?きゃ!?」
そうな織莉子を見ていると、ゆまは突然自分の視線が歪むのを感じる。
足元が覚束無くなり、彼女はそのまま織莉子の方へと倒れこんだ。
「(なんだろ、魔力は回復したのに…)」
「(疲れが残ってたのかな?)」
ゆまは自分の身体の異変に困惑しつつ、織莉子に身体を預ける。
「大丈夫?」
「えへへ、ちょっと疲れちゃった…」
「本当?」
「だいじょーぶ、だいじょうーぶ」
魔法少女として戦いは今に始まったことではない、疲労があってもその気になれば自分の足で立てる。
だが、スーツ越しでも感じることができる織莉子の温もりが気持ち良く、ゆまはそのまま彼女に身体を預けていた。
「…車、乗っていきなさい」
「家に帰りましょう」
「うん…」
ゆまはそのままの状態で、目を瞑りながら頷く。
「えへへ、織莉子のおっぱい枕フカフカー」
ゆまが織莉子の胸元に顔を埋め、大きく息を吸い込み、もぞもぞと顔を動かす。
「止めなさい」ペシッ
「いてっ」
「全く、もう…」
そんなゆまを織莉子は幼子を叱るように、平手で頭を叩く。
「じゃっ帰ろ、織莉子」
織莉子から離れたゆまが、車の助手席側のドアに近付き、早く開けろと催促する。
織莉子はやれやれと溜息交じりに息を吐き、鍵を開ける。
そして、二人で車に乗り込み鹿目家を後にした。
気付けば――――彼女の中で渦巻いていた葛藤は、ゆまの笑顔によってかき消されていた。
「(…ありがとう)」
面と向かって言うのが恥ずかしかった織莉子は、心の中でゆまに感謝するのだった。
「ところでゆま」
「あなた、学校の成績相当悪いそうね」
「えっ」
しかし、そんな中で…
「このままじゃ卒業どころか、3年生にすらなれないかもって担任から電話が来たわ」
「まだ4月なのに…」ハァ
織莉子はこれ以上ないってくらい深い溜息を付く。
魔法少女としては合格でも、学生としてのゆまはイマイチのようであった。
「あのインテリ眼鏡~」グヌヌ…
「まあ、良い成績取れとは言わないけど…」
「卒業だけはちゃんとしてね?」
「うー」
まるで、駄目な子供を咎めるように織莉子は言う。
「(よーし、こうなったら魔法で・」
「ゆま」
「ん?」
「魔法使っちゃ駄目よ?」
「え?」
「駄目よ?」ニコッ
「え~と…」
「だ め よ?」
「ふふっ」ニッコリ
「は、はい…」
どうやら、ゆまにとって…彼女は立派な『母親』のようだ。
――――――――――――――――――――――――――――――
その後―――
「ZZZ…」
「寝ちゃった…」
「よっぽど疲れたのね」
車で自宅へ向かうこと数分、助手席に座ったゆまは静かに寝息を立てていた。
道路を走る車の数も少なく、聞こえる音は織莉子が車を運転する音とゆまの寝息だけとなっていた。
その静けさが、彼女には少し寂しく感じる。
「そうだね」
「きゃっ!?」
そんな雰囲気の中…織莉子が運転していると、彼女の視界の端から白い生き物が現れる。
驚きのあまりハンドル操作を誤ってしまい、車体が少しだけ揺れる。
幸いにも対向車線には何も通っていなかった為、事故が起きることはなかった。
「やあ、暫くだね織莉子」
「キュゥベえ…」
その白い生き物は、彼女達にとって切っても切れない関係にある存在。
良く言えば魔法少女達のパートナーであり、悪く言えば彼女達の管理人的存在―――
インキュベーター…キュゥべえである。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか」
「運転中よ、急に話しかけないで」
珍獣の存在を確かめると、織莉子はこれまで見せたことがないような険しい表情になる。
その鋭い視線は、運転中ではあるものの…はっきりとその白い生き物を捕らえていた。
「それはすまなかったね」
「それで、何か用?」
彼女は珍獣に対し、抑揚の無い口調で冷たく吐き捨てる。
それでも、この珍獣の表情が崩れることはなかった。
「用なんて特に無いさ」
「ちょっと世間話でもしようかと思っただけだよ」
その珍獣は、織莉子の視線や言葉を気にすることなく淡々と話し始める。
「あなたとする世間の話なんて、私は持ち合わせていないわ」
織莉子は視線を再び前に移し、冷たくあしらうように言い捨てる。
そのまま、その生き物の存在を自分の頭の中から消すかのように、黙って車の運転を続けた。
「やれやれ…君もほむら同様、僕に冷たいね」
「自覚してるのにわざわざ会いに来るなんて、悪趣味ね」
織莉子にとって、この珍獣との思い出に良いものはない。
むしろ、この生き物を見ていると魔法少女として戦ってきた当時の苦い記憶が蘇ってくる。
正直、もうこの生き物には会いたくはなかった。
「まあ、そう言わないでよ」
「僕はまだ、君の復帰を諦めたわけじゃないんだ」
織莉子の気持ちを知ってか知らずか、彼女の気持ちをあざ笑うのかのように、キュゥべえは続ける。
『魔法少女』を辞めた彼女を、再び自分達の世界に引きずり込む為に―――
彼女の気持ちを知っていたとしても、この珍獣がそんなことを考慮する筈もなかった。
「…」
「当然だろ?君は僕と契約した魔法少女なんだ」
「僕からしても契約した以上、ちゃんと働いてもらわないと割に合わない」
相も変わらず、淡々と話を続けるキュゥべえ。
彼女の過去のトラウマなど関係ない、魔法少女ならその役目を果たせ、と―――
「ま、君は既に“少女”って言える年齢じゃないけどね」
「あなたは私を貶しに来たのかしら?」
「そんなつもりはないんだけどね」
キュゥべえとしては、淡々と…ただただ淡々と自分の主張を続けているだけ。
しかし、その一言一言が織莉子の癇に障る。
別に年齢の事を言われて怒っているわけではない。
ただ、この珍獣にその事を指摘されると何となく馬鹿にされた気分になるのだ。
「最近は特に魔獣が強くなってきててね」
「それぞれの個性が、より強くなってきてるんだ」
キュゥべえの言っている事にも、一理ある。
今日ゆまが戦った魔獣から見ても分かるように、最近の魔獣達は力を付けてきている。
たった数年でここまで急激に力が強くなったというのは、今まで前例が無い。
そういう点から見ても、今の状況はあまり良いという風には言えなかった。
「そう…」
「おまけに見滝原や風見野は、今魔法少女が不足している現状でもある」
「君の力を借りたい気にもなる僕の気持ちが、分かってもらえるかい?」
今の段階で、見滝原周辺には魔法少女は織莉子含め3人しかいない。
そして、現役で戦っているのはほむらとゆまの2人だけだ。
キュゥべえとしても、少しでも戦力を増やしたかったいと考えていた。
「…魔法少女が不足してるなら、新しい子と契約しにいきなさい」
「それがあなたの仕事でしょ?」
織莉子は不機嫌な面持ちのまま、キュゥべえに言い捨てる。
魔獣が強くなる一方で、見滝原ではゆまが契約して以降、新しい魔法少女が生まれていない。
戦力が足りなくなるのは、ある意味当然の事であった。
「う~ん…」
「そうしたいのは山々なんだけどね」
織莉子のもっともな指摘に対して、キュゥべえは珍しく言葉を濁す。
「何よ…」
キュゥべえの意味深な言葉に、今まで興味なさげに話していた織莉子が反応する。
何かあったのかと、今日初めて彼女が珍獣の発言に耳を傾けた。
「此処数年、見掛けないんだよ」
「契約に値する素質を持った人間を、さ」
しかし、キュゥべえの口から出た言葉は、未来予知ができる織莉子でも予想できないような内容だった。
契約できる人間がいない―――
それが本当の事だとしたら、
これはインキュベーターがこの地球という星に来て以来、起きたことがない未曾有の出来事だろう。
「どういうこと、それ…」
「僕にも分からないよ」
「とにかく見滝原と風見野は今、ほむらとゆましか戦える魔法少女がいないんだ」
理由はこの珍獣にも分からない。
単純に才能のある少女がいないのか、あるいは全く違う理由なのか…。
とにかく、魔法少女の人数を増やすことが出来ない今、残っている魔法少女を頼るしかない。
そういった理由で、今回織莉子に白羽の矢が立ったという訳だ。
「…あすなろ市は?」
キュゥべえの話を半信半疑で聞いていた織莉子は、徐にある町の名前を挙げる。
その町は見滝原、風見野の近くに存在しており、
見滝原同様、町の規模が大きく設備が整えられた近未来都市であり―――
「あそこは僕の管轄じゃないから分からないよ」
「まあ、ジュゥべえからそういった報告受けてないし、大丈夫なんじゃないかな?」
そして―――今現在でも魔法少女達の活動が活発的に行われている場所でもあった
「だったら、そこから応援呼べばいいじゃない」
「あそこは確か魔法少女の組織があった筈よ」
「う~ん」
「『プレイアデス聖団』かぁ」
あすなろ市は他の町とは違う点がある。
それは、魔法少女達が集団で行動しているという点である。
それぞれが魔法少女として、それぞれの使命を背負い同じ目標を持って活動する集団。
それが、『プレイアデス聖団』である。
聖団というだけあって、あすなろ市は魔法少女の絶対数も他と比べて圧倒的に多い。
あそこなら、一人か二人くらい援軍に回してもらえるのではないか、と織莉子は言う。
「彼女達、扱いずらいから苦手なんだよねぇ」
「は?」
しかし、肝心のキュゥべえはというと、イマイチ乗り気になれないという感じであった。
できればその手段だけは使いたくない、キュゥべえは暗にそう言っているようにも見える。
「君達人間だって、危ない宗教とやらには手を出したくないんだろ?」
「それと同じさ」
「何言ってるのよ、あなた…」
訳分からないわ、と言いたそうに織莉子は溜息を付く。
いつもなら此方が何を言おうが、無理矢理にでも絡んできたキュゥべえがこんな反応を
見せるのも珍しい。
そのプレイアデス聖団と関わる事に、何か不都合でもあるのだろうか。
「とにかく、あの集団とはあまり関わりたくないんだよ」
「ああ、そう…」
イマイチ納得ができない織莉子だったが、キュゥべえがこれ以上詳しいことを話すことはなかった。
織莉子も珍獣の反応が気になりつつも、特に自分やゆまに影響のある話ではないと判断するのだった。
「…うにゅ?」
「どったの~」
織莉子とキュゥべえが話していると、今まで眠りについていたゆまが声を上げる。
寝ぼけているような声を出し、身体を回転させ織莉子の方に顔を向ける。
まだ半分は寝ているらしく、目は開いてはいなかった。
「どうもしてないわ」
「まだ家に着かないから、眠ってて?」
「ふぁ~い…」
「ZZZZZ…」
織莉子はゆまに向かって、母が赤子をあやすように優しく呟く。
ゆまはそれを素直に聞き入れ、再び静かに寝息を立て始める。
年相応の寝顔を浮かべるゆまの表情を横目で見た織莉子は、キュゥべえのせいで引きつっていた表情を和らげた。
「ゆまと上手くやってるみたいだね」
「ええ、まあね」
「色々…あったもの」
「本当に、色々…」
キュゥべえを見て呼び起こされる、織莉子の記憶。
それは、ゆまを自分が引き取ることになった数年前の出来事―――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「前に言ったよな?」
そう、それは―――
「落とし前は付けてもらうって」
ゆまの事を本当の妹のように可愛がってきた『佐倉杏子』の―――
「…こいつの世話は、任せたぞ」
『最期』の、願いだった―――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「私は、この子を一人前に育てる義務があるのよ」
「魔法少女としてじゃない」
「一人の、人間として…」
佐倉杏子は、もうこの世にはいない。
彼女は魔法少女としての役目を終え、導かれてしまった。
魔法少女の楽園と呼ばれる―――『円環の理』に―――
「それが、私なりのケジメの付け方よ」
残されたゆまを任されたのは、自分。
だからこそ――――自分は責任を取らなければいけない
彼女を独りにしないように、自分が背負った『宿命』に押し潰されないように―――
佐倉杏子がゆまにそうしたように――――『親友』が自分にそうしてくれたように
いなくなった彼女の分まで自分がゆまを見守っていこう、と。
織莉子は自分の中で、固く誓っていたのだ。
「へぇ、そうかい」
「で、結局復帰は考えてくれないのかい?」
キュゥべえは織莉子の言葉に特に興味を持つことなく、いつも通り淡々と自分の目的だけを遂行しようとする。
彼女達の『願い』や『約束』の事など、この珍獣にとって興味の湧く話題ではない。
この珍獣が興味ある事は、あくまでも魔法少女としての役目を果たすかどうかだけ。
仕方がない。
この珍獣には、人間達にとって『大事な物』が欠落しているのだから。
「…お断りするわ」
そして織莉子は、キュゥべえに拒絶の意思を伝える。
この珍獣に対して、いらぬ事を口走ってしまったと彼女は少し後悔していた。
「やれやれ、どうやら今日はここまでのようだね」
「しかたない、僕はもう行くよ」
「ええ、そうして頂戴」
ようやく折れたキュゥべえは、尻尾を振りながら背中を向ける。
その姿を確認することなく、織莉子はただ前を見つめながら冷たく言い捨てた。
「じゃあまた会いに来るよ、織莉子」
顔だけを織莉子に向けて話すキュゥべえだったが、織莉子はそれを無視して運転を続ける。
キュゥべえは静かに首を横に振り、閉まった窓を通り抜け、夜の暗い町並へと姿を消していった。
「(私は、この道を選んでしまった)」
「(だから、もう引き返さない)」
キュゥべえがいなくなり、再び静けさを取り戻した車の中で、織莉子は思う。
「(ゆまや暁美さんとは少し違う道だけど…)」
「(それでも私は、前に進まなくちゃいけない)」
振り返ってはいけない、立ち止まってはいけない。
そんなことをしたら…自分は自身を保てなくなる。
そして、やがては他の魔法少女同様―――導かれてしまうだろう
この世界を見守る『女神』によって―――
「(それに、それはきっとゆまや暁美さんも同じだから)」
「(だからこそ私達は、歩き続けなくちゃいけない…)」
「(それぞれが歩んだ、それぞれの道を)」
歩みを止めてはいけない―――
織莉子は自分に再度そう言い聞かせる
そして、自宅へ向けて先が見えない真っ暗な道路を、ただひたすらに進み続けるのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
一方、その頃―――
「エエエェェェェェェエエエ…」
「変な声上げてないで手を動かそうか、タツヤ」ニコニコ
「」ガチャガチャ
「これでもかってくらい、食器を洗わされている息子の姿がそこにはあった」
「社長、少し黙ってください」
タツヤは、帰宅して早々…知久の怒りの笑顔に出迎えられた。
事が事だけに、帰りが遅くなった理由を満足に話せなかった少年は、こうして父から罰を受けている。
「タ ツ ヤ」
「(ビクッ)」
「このお皿、まだ汚れが残ってるよ。洗い直そうか」ニコニコ
「(お、終わらん…)」
「(こりゃ相当怒ってるな)」
「それが終わったら、次はお風呂を掃除してもらおうかな」
「「え?」」
「勿論、ちゃんと出来なかったらやり直しだから」
「ま、まてまてっ!!あたし、そろそろ風呂に入りたいんだけど…」
「何 か 言 っ た か い ?」ニッコリ
「タツヤ頑張れ!!死ぬ気で頑張れ!!」
「」
「ほら、また手が止まってるよ」
「こんなのって無いよ!!!絶対おかしいよ!!!!!」
鹿目家の夜はもう少しだけ続きそうだ―――
第3話「それぞれが歩んだ、それぞれの道」 fin