魔法少女まどか☆マギカ~After Ten Years of History~ 作:イデスツッラ
タツヤは『魔法少女』である千歳ゆまによって、魔法少女のことやソウルジェムのことを聞かされ魔獣退治に付き合わされる事に。
ゆまと魔獣との戦いの際、襲われそうになったタツヤは、自分でも気付かないうちに不思議な力を発動させる。途中から合流した暁美ほむらは、それがかつての『まどか』の魔法であったことに困惑するも、キュゥべえによる追求からタツヤを逃がすため、彼を無理矢理家に帰らせるのだった。
一方、かつて魔法少女だった美国織莉子も自分の上司である鹿目詢子の息子・タツヤと接触し、妙な違和感を覚える。そんな中、織莉子はキュゥべえによって今見滝原周辺で起きている奇妙な現象について知らされるのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――
ザァァァァァァァアアアア…
ガン ガン ガン…
外は、季節外れの大雨が降っている。
雨風は共に強く吹き荒れ、建物の窓を壊そうとしているかのように勢いよく叩く。
外の桜の花も、全て散ってしまいそうになっていた。
「(…ん?…此処は…何処だ)」
そんな中、少年は目を覚ます。
しかし、その場所は見慣れた天井とは全く違う風景が広がっていた。
いや、正確には…そこも少年にとっては見慣れた場所である。
「(見滝原の、体育館?なんでこんな所に…)」
「(それに俺…なんで制服着てるんだろう?)」
目を覚ました場所は、自らが通う見滝原中学校の体育館であった。
少年…鹿目タツヤの姿は、寝る前に来た寝間着ではなく見滝原の制服である。
タツヤは自分がどうして此処にいるのかが分からず、辺りを見回してみる。
すると―――
――う…うぇぇえ…――
――うわぁぁぁぁぁぁあん!!!!――
「(なんだ…五月蝿いな)」
「(誰かが…子供が、泣いてる?)」
何処からか、子供の泣き声が聞こえてくる。
それは、この嵐に怯えているかのようであった。
こんな公の場で大泣きしている奴は何処のどいつだと、少年は視線を向ける
――うぇっ、うぇえ、ひっく…――
『びぇぇぇえええええええんっ!!!』
しかし、そこに居たのは―――
「(なっ!?あ、あれってまさか…)」
「(俺、か?)」
そう、そこで泣いていたのは―――幼い頃の自分だったのだ
タツヤは目の前の光景が信じられず、その場で固まってしまう。
『ほうら、タツヤ。怖くない、怖くないよ…』
『う…うぅ、こあ゛ぐ…ない』グスッ
少しすると、若い知久が延々と泣き続けるタツヤを慰める。
幼いタツヤは知久に抱きかかえられると、くしゃくしゃになった泣き顔を少しずつ元に戻していく。
その光景を見て、少年は昔は自分も何かと直ぐに泣き出していたなと物思いに耽る。
だが、今はそんな事を考えている時ではない。
幼いタツヤ達は床にシートを張り、一時的にこの場所に来ているようだ。
更に辺りを見渡してみると、他の住人も体育館に集まってきている。
どうやら、この嵐で皆体育館に避難しているようだった。
『きょおーは…んぷ…の?』
『そう・・よ。今日・・・・だ』
泣き止んだタツヤと知久が何かを話している。
しかし、少年は突如その声がどんどん遠くなっていくような感覚に陥り、何を言っているのか聞き取れなくなっていく。
パァァァァア…
「(うわっ)」
すると、タツヤの周りが急に光り輝き始める。
タツヤはあまりの眩しさに目を瞑り、目の前で何が起きているのかが分からなくなる。
そして、そのまま少年は意識を失ってしまうのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
ゴロゴロゴロ…
ザァァアアアア…
「(あれ?)」
タツヤが意識を取り戻すと、その場所は体育館の窓際に変わっていた。
外を見ると、台風が直撃したかのような大荒れの天候が尚も続いていた。
風は今にも窓を割ってしまいそうなくらい強く、雷が落ちるような音も聞こえてくる。
「(何なんだよ、一体)」
少年は今の状況に頭が回らず、完全に混乱していた。
ガシッ!!
「(!?)」
そんな中で、タツヤは突然誰かに腕を掴まれる感覚にとらわれる。
『どこ…ってんだ』
腕を掴んでいたのは、タツヤの母である詢子だった。
詢子は何故か深刻そうな面持ちで、タツヤを見つめてくる。
しかし、声は先程と同様…タツヤの耳には届かない。
何故詢子がそのような表情で自分を見つめているのか、少年には理解出来なかった。
自分は何か悪いことでもしたのだろうかと、少しだけ不安になる。
だが、そこで再びタツヤの意識は途切れてしまう。
――――――――――――――――――――――――――――――
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…
ザァァァァァァアアアア…
「(くそ…何がどうなって…)」
場面が再び切り替わり、今度は体育館の外に立っていた。
空は厚い雲に覆われ、その雲からは大粒の雨が次々と降ってくる。
タツヤは傘も差さず、ただ立ち尽くすようにして目の前の光景に視線を向けていた。
「(!?)」
「(な、なんだこれ…)」
タツヤは目の前に広がる光景に、言葉を失う。
その光景は確かに見滝原のものではあったが、タツヤの知っている見滝原ではなかった。
近くに立つ建物は壊され・、道路は陥没している。
その他ビルが立ち並んでいた筈の見滝原の中央区は、その全てが崩壊しており…文字通り廃墟の町と化していた。
『アーヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!!!』
「(!?)」
目の前の光景に驚いていると、突然不気味な声が辺り一面に木霊する。
それは、この見滝原の光景をあざ笑うかのような狂喜に満ちた笑い声だった。
タツヤは声が聞こえた方向に視線を移す。
気付けば、少年は崩れかけたビルの上に立っていた。
「(なっ…!!)」
声の正体を自分の目で確かめ、タツヤは絶句した。
なぜなら、そこに居たのは―――
『アーヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!!!』
この世のものとは思えない―――宙に浮いたデカイ化物だったのだ
「(なんだ…アレ)」
その化物を見上げながら、少年は息を呑む。
「(魔獣…か、いや、それとは規模が違いすぎるというか…)」
「(女性のような形をしてるけど、逆さまになって浮いてるし)」
タツヤもこのような化物と遭遇したのは、初めてでは無い。
だが、目の前の『それ』は今までの魔獣とは何もかもが違って見えた。
それは、上手く言い表せないが…直感でマズイと思わせるものだった。
まるで…この世界全てに災いを振り撒くような…そんな存在に見えたのだ。
ドォォォォォォォン!!!!
ガガガガガガ!!
「きゃあ!」
「(っ!?こ、こんどはなんだ…何か、爆音みたいな音が?)」
「(それになんだか…一瞬、人が吹っ飛んだように見えたけど)」
タツヤは崩壊したビルから辺りを見回し、声の聞こえた場所を探す。
すると、奥の方で瓦礫を背にして、座り込んでいる人を見つけた。
その人物とは―――
「はぁ…はぁ…」ハァハァ・・
「(えっ!?あれって、暁美さん!?)」
声の主は、少年もよく知る暁美ほむらであった。
ほむらは魔法少女の衣装に身を包み、空を飛ぶ化物と戦っているようだった。
「(ちょ、ちょっと雰囲気が違うけど…あれは間違いなく暁美ほむらさんだ)」
「(なんであんな所に!?それに、あんなボロボロで…!?)」
だが、その姿は酷く…服は破れ、あちこちに傷を作っている。
彼女は、化物相手にかなり苦戦しているようだ。
少年は何故彼女がこんな化け物と戦っているのか分からず、軽く混乱する。
「(と、とにかくっ!!動けないみたいだし…助けないとっ)」
タツヤは混乱する自分を奮い立たせ、とにかく助けようと彼女に駆け寄ろうとする。
しかし―――
「(て、あれ?)」
タツヤの身体は、何故か全く動こかない。
自分の意思に反して、足は一歩たりとも前に出ようとはしなかった
まるで、自分の身体ではないかのように―――
スゥ…
「(え?)」
そして、タツヤが動けない代わりに―――
少年の中から、一人の少女が姿を現し…ほむらに近づいていく。
その少女は、タツヤからは後姿しか見ることは出来ない。
彼女はタツヤと同じ見滝原の制服を着ていて、少年よりも身長が低く、ピンク色の髪の毛を真っ赤なリボンで二つに結っている。
その後姿は初めて見る筈なのに、どこか懐かしい気がして、
体が動かない少年は、ただボーっと彼女の後姿を眺めることしか出来なかった―――
――――――――――――――――――――――――――――
ジリリリリリリリリリリリリリリ!!!!!!!!!
「んあっ!?」
「…あれ?」
そして―――そこで少年は目を覚ます。
今度は、普段から着ている寝間着で…見慣れた天井を見上げながら…。
「また、夢か」
自分の目に映る光景は、いつも通りの自分の部屋。そう…普段と、何も変わらない。
その事実が、今まで見てきた光景が「夢の中の出来事」であったことを物語っている。
意識が徐々に覚醒し、少年はその事を自覚し始める。
そして、少年は…鹿目タツヤは思う。
あの夢は一体何だったのか…と。
見滝原市のあのような光景、少年は見たことが無かったのだ。
仕舞いには、見滝原市を滅茶苦茶に破壊していたあの巨大な化物。
更には、ボロボロになった暁美ほむら。
そして、最後に現れた…あの―――
―――ズキッ
「痛っ!!」
そこまで考えがいくと、タツヤは例の頭痛に襲われる。
頭を内側から鈍器で殴られるような鈍い痛みが、俺の頭を襲った。
「くそ、またかよ…一体何がどうなって」
最近タツヤを困らせている、この頭痛。
理由は、よく分からない。
だが現実…今回の夢問わず、自分の周りで『奇妙な出来事』が起きる時に、この頭痛は起きているように見えた。
『奇妙』―――それは、昨日の夕方に起きた一連の出来事。
人間の負の感情から生まれ、生みの親である人間を襲うという『魔獣』
そして、その魔獣を狩り、人々を守っているという『魔法少女』
まるでアニメでも見ているのではないかと思うくらい、常識を逸した二つの存在。
しかし、それが現実だということは、昨日実際に一部始終を見ていたこの少年が一番よく分かっている。
千歳ゆま
そして、暁美ほむら
2人の魔法少女と出会い、その戦いを目撃していた彼が―――
「おはよう」
「タツヤ」
更には、その魔法少女達と共に行動し、彼女達を戦いの世界へと導いた存在も居たのだ。
耳に大きなイヤリングを付け…そこから更に耳を生やしているような、胡散臭い表情の生き物。
そう、まさに今少年の目の前にいる―――
「…ん?」
「どうしたんだい?朝から酷く間抜けな顔をしているよ」
この白い珍獣のことである。
「…は?」
タツヤは一瞬状況が飲み込めず、その場で固まる。
少年が子供の頃に作った工作物などが飾っている棚の上に、その生き物は居たからだ。
当たり前のように、至極当然のように、澄ました表情で、そいつは居たのだ。
「」テクテクテク・・
「」ガシッ!!
「きゅいっ!?」
タツヤはその生き物の近くまで歩み寄り、両耳を鷲掴みにする。
少年の行動に、珍獣は何をするんだと言うばかりに足をバタつかせる。
しかし、タツヤはそれに構う事なく、徐に自分の部屋の窓を開けた。
「何勝手に人の部屋に入ってんだ珍獣ー!!!」ブゥゥゥゥン
「きゅっっぷいぃぃぃ!!」ヒューン、キラーン
タツヤは珍獣を窓から思いっきり放り投げる。
なんで奴が自分の部屋に居るのかと、少年は朝から溜息を付く。
気付いた頃には少年の頭痛は治まっていたが、彼は違う意味で頭が痛くなるのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「ふぁ~あ…」
その後、タツヤはいつも通り母を起こし、そのまま洗面台で顔を洗う。
普段よりも寝起きが悪かった詢子は、歯を磨いている間も眠たそうに欠伸をしていた。
どうやら、昨日はあまり寝ていないようだ。
「眠そうだな」
「おお、どっかの誰かさんのせいでな」
最も、その原因を作ったのは…この少年なのだが。
「…ごめんなさい」
昨日は結局、怒った知久の命令でタツヤは風呂場を隅々まで掃除することになった。
掃除が終わるまで風呂に入れなかった詢子が、寝床に着いた時には日付が変わっていたのだ。
睡眠時間が削られる結果になった詢子がこのような状態になるのは、ある意味当然の事であった。
その事もあり、流石に罪悪感を感じたのかタツヤは自分の母に頭を下げる。
「ま、連絡くらいちゃんとしろよな」
「…努力します」
何のために携帯を持たせているのかと、詢子は溜息を付く。
タツヤは確かにそうだと、母の言葉を否定することが出来なかった。
だが…その反面、昨日は仕方ない面もあった。
何故なら、昨日は―――
『まあ、昨日はそんな暇無かったからね』
「ぶぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!」
突如、少年の脳に直接響くように例の珍獣の声が聞こえる。
詢子と同様に歯を磨いていたタツヤは、洗面台にある鏡に向かって盛大に水を吹き出してしまった。
「げほっげほっ」
「おい汚ねーな、どうした」
「いや…別に、何でも」
隣で詢子が怪訝そうな表情で、息子を見つめてくる。
傍から見れば、何の前振りもなく水を吹き出したのだから、驚くのも無理ないだろう。
最もタツヤにしてみても、自分にしか見えない珍獣からテレパシーを受けたとは、流石に言えないのだろう。
『大丈夫かい?』
いつの間にか少年の横にいたキュゥべえが、再びテレパシーを送る。
言葉だけ聞けば心配しているようにも見えるが、表情からそのような感情は一切感じられなかった。
タツヤは先程追い出したばかりなのにと、不満を露骨に顔に出す。
『どこから沸いた』
『僕を虫みたいに言わないで欲しいな』
しかし、それでこの珍獣の態度が変わる筈もなく、普段通りの反応をされてしまう。
タツヤは、キュゥべえの反応に思わず拳を握ってしまうのだった。
「お前、本当に大丈夫か。最近変だぞ?」
キュゥべえが見えない詢子は、その一部始終を見て本格的に心配し始める。
此処最近のタツヤの行動や様子を見て、息子が可笑しくなったのではと不安になった。
「え?あ…ああ、大丈夫、大丈夫!!」
その事に気付いたタツヤは、慌てて母に取り繕いその場をやり過ごそうとする。
タツヤは知っていた。
こういう時の母は勘が鋭いということを。
ほんの些細な行動の変化でも、彼女は直ぐに感付いてくる。
「そ、それよりも早く済ませちゃわないと!!」
その為、タツヤは母に感づかれては色々と不味いと考え、この珍獣に対して無視を決め込む事にした。
「お、おお」
『…』
タツヤは横の珍獣を気にする事無く、詢子と一緒に顔を洗う作業に没頭する。
どんな事を言われようとも、無視するのだとタツヤは心に誓う。
しかし、少年の決意とは裏腹に…キュゥべえはその後特にテレパシーを送ることもせず、ただ此方を見つめてくるだけだった。
その事が返って不気味に見え、一体何が目的なのかと少年は不安に思うのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「じゃ、行ってきます」
「きーつけてなー」
朝食を取った後、いつも通り制服に着替え、タツヤは玄関で靴に履き替える。
そのまま玄関のドアに手を掛け、外に出ようとした。
「待って、タツヤ」
「えっ!?な、何?」
しかし、その途中で突然タツヤは父に呼び止められる。
昨日のことがあったせいか、少年は若干腰が引けた状態で父の方へと振り向いた。
昨日の父の事を考えると、タツヤは今でも足が震えてくる思いだった。
顔は今のように笑っていたが、その表情からはいつもの優しい印象を一切感じることができなかった。
口は笑っていても目が笑っていないとはこういう事を言うのだと、タツヤは肌で感じていた。
「何脅えてるんだい」
「大丈夫、もう怒ってないよ」
息子が怯えているのが分かったのか、知久は笑みを浮かべ話し掛けてくる。
確かに、タツヤ自身も朝食の段階で父が怒っていない事は分かってはいた。
しかし、やはり昨日の今日だとどうしても反射的に身体が萎縮してしまうのだった。
普段どおり接しろと言われても、それは少し無理な話であった。
「ほら、お弁当」
「え?」
そんな息子に向かって、知久は手に持っていた手提げバックを渡す。
中を確認してみると、そこには大きめのハンカチで綺麗に包まれた弁当箱が入っていた。
「学校のパンだけじゃ飽きるだろう?」
「タツヤの好きなもの入れといたから」
弁当箱越しに良い匂いが伝わってくるのが、タツヤにも直ぐに分かった。
確かに、自分の好きなものの匂いだ…と。
恐らく、朝早く起きて作っただろう。
「父さん…」
「次からはちゃんと連絡するんだよ」
「心配するからね」
微笑みながら、知久は言う。しかし、その言葉にはどこか重みを感じる。
恐らく、昨日は本気で息子の事を心配したのだろう。
だからこそ、あそこまで怒ったのだ。
そのことを意識させられて、タツヤは申し訳ない気持ちで一杯になる。
「…うん、分かった」
「ありがとう」
だからこそ、タツヤはきちんとお礼は言わなければならないと思った。
昨日連絡を入れなかった件の謝罪も含めて、少年は素直な言葉を父に伝えるのだった。
「はい、いってらっしゃい」
そう言って、父は息子の背中を押してくる。
お前の言いたい事など、全てお見通しだというような表情を浮かべて―――
「ママも急がないと、織莉子ちゃんが迎えにくるよ」
「おお、それもそうだな」
詢子に隠れがちだが…やはり自分の父も凄い人なのだと、少年は改めて確認する。
いつか自分が大人になったら、この二人のようになれるのだろうか。
そんなことを考えながら、タツヤは家を出た。
――――――――――――――――――――――――――――――
「…で」ピタ
「…」トテトテ、キュップイ
「なんで、お前は付いて来るんだ」
家を出た後、タツヤはいつも通り通学路を歩いていた。
しかし、そこにはいつも通りではない出来事が起きていた。
この白い珍獣が、何故かタツヤの後ろを延々と付いてくるのだ。
絡んで来るということは特になかったが、少年はこの生き物のせいで後ろに妙な違和感を覚えていた。
「別にいいじゃないか、何か問題あるかい?」
外に出てから初めて口を開いたこの珍獣だが、相変わらずの態度であった。
最も、タツヤがキュゥべえと出会ったのは昨日が初めてなのだが…。
それだけ、昨日の出来事が濃かったという事だろう。
「問題はない」
「ただ、凄く!!とっても!!かなり!!」
「目障りだっ!!」
タツヤは鬱憤を全て吐き出すように言い捨てる。
朝からこの珍獣に振り回されてウンザリしていた少年は、憎まれ口の一つでも言ってやりたい気分になっていた。
「その物言いは酷く理不尽だ」
「人権侵害、という奴だね」
「(お前どう考えても人じゃねーだろ)」
「で、結局何の用なんだよ…」
徐々にキュゥべえと話す事が嫌になってきたタツヤが、半ば投げやりな態度で言う。
何か用事があるのだとしたら、手早く済まして学校に行きたいと考えていた。
少年はその場で立ち止まり、この珍獣の言葉を待つ。
「そうだね、強いて言うのであれば…」
しかし次の瞬間、この白い珍獣の口から出てきた言葉は――――
「タツヤ、君に興味が湧いた」
「これから暫くの間、君を観察させてもらうよ」
――――少年の予想の斜め上を行くものだった。
「…は?」
思わず一言、声を漏らす。
タツヤはキュゥべえが言っていることの意味が、何一つ理解出来なかった。
興味? 観察?
珍獣の口から出てきたワードが頭の中で浮かんでは消え、タツヤの脳内を軽くショートさせる。
そして、言った本人はというと…やはり顔色一つ変えず、済ました表情をしていた。
「ま、そういうことだから」
「ま、まてまて!!」
「なんだそれ、聞いてねーぞ!!」
キュゥべえが話を終わらせようとするが、タツヤは納得できず慌てて抗議する。
それもそうだろう。
急に「自分の事を観察する」と言われて、直ぐに理解出来る筈が無い。
「当たり前じゃないか、今言ったんだからね」
「そういう事を言ってるんじゃない!!」
じゃあ何なのかと言いたそうに、キュゥべえはタツヤを見上げる。
今の珍獣は必要最低限の説明はした、とでも言いたそうな表情をしている。
最初から最後まで詳しく説明する気なんて、この珍獣には最初から無かった。
「まあ、いいじゃないか。それに、別に君の許可を取る必要なんてないだろ?」
「(こ、この珍獣めぇぇ)」
口を開けばこのような事しか言わない珍獣との会話で、タツヤは怒りのあまり身体を震わせる。
思わず拳を握ってしまったが、それでも短腹を起こしてはいけないと、その感情を必死に抑えようとしていた。
そんなことをしていると、タツヤは先程の頭痛とは別に頭が痛くなるような感覚に捉われる。
「ああもう、分かったよ!!好きにしろ!!」
もうどうでもいい、そんな感情すら湧いてきてしまう程に―――
「うん、そうさせてもらうよ」
タツヤが思わずそう叫ぶのを、キュゥべえは声色や態度を一切変えることなく受け流す。
「はぁ…」
これからこんな生き物と四六時中行動を共にしなければいけないのかと、少年は溜息を漏らす。
ひょっとして、勢い任せにとんでもない事を言ってしまったのではと、自分の発言を後悔した。
「…」
そんなタツヤを、キュゥべえはじっと見つめる―――
『(そうだ、僕は今まで数多くの人間と契約してきたけど)』
『(君みたいに何の因果も持たずに、それも契約なしで魔法を使える人間を、僕は見たことがない)』
その変わらない表情の奥に、ある“目論見”を抱きながら―――
『(鹿目タツヤ、君は未曾有のイレギュラーだ)』
『(素質を持った少女がこの見滝原で現れない中、君という存在が出てきた)』
『(君は、この現状を変える大きな切り札になるかもしれない)』
『(そのためにも君の傍で、君という人間をじっくり調べさせてもらうよ)』
そう、この珍獣の行動は全て自分達の利益のためのもの。
その考えは、この少年に対しても変わらない。
鹿目タツヤという人間が、何故魔法を使えるのか。
この見滝原で魔法少女が生まれなくなった事と、この少年の存在に何か関係があるのか。
この少年は、自分達にとって“プラス”の存在になるのか―――
そのような考えを、この珍獣は胸に抱いていたのだ。
『(ほむらには悪いけどね)』
「おい」
「え?」
キュゥべえが急に黙り込んだ事に違和感を覚えたタツヤが、改めて視線を移す。
沈黙する珍獣を見て、タツヤは妙な寒気を感じていた。
何故かは理解していないようだが、とにかく嫌な予感がするとタツヤは直感で感じってとっていた。
「お前、何か変なこと考えてるだろ」
「そ、そんなことはないさ」
「胡散臭ぇ」
タツヤが指摘すると、キュゥべえは明らかに先程とは違う動揺した素振りを見せる。
何かを隠している、そんな印象を少年は受ける。
本当にこの珍獣と一緒に居ていいのだろうかと、タツヤは少し不安になった。
「(やれやれ、意外と勘の良い子だね)」
「ほら、学校に行くんだろ?遅れるよ」
「お前に言われなくても分かってるわ!!!」
タツヤは振り向き様に、キュゥべえに向かって叫ぶ。
いつまでもこんな珍獣に構っているわけにはいかない、そう考えたタツヤは学校に向けて再び歩き始めようとした。
しかし、その時―――
「タツヤ…君?」
「え?」
聞き覚えのある声が自分の名前を呼んでいることに気付く。
タツヤはその人物の姿を確認するため、声の聞こえた方向に視線を向けた。
すると、声の主は通学路の近くにいる公園から、驚いたような表情で少年を見つめていた。
「何…してますの?」
その人物はウェーブの掛かった緑色の綺麗な髪を背中まで伸ばし、髪の毛の先を大きめのリボンで結っている。
女性の平均身長よりも少し背が高く、手足がスラッと長くて、膝下まである春物のロングスカートが良く似合った…
志筑仁美、であった。
「あ、仁美さん」
「誰も居ないのに、まるで誰かを怒鳴り付けるようなことを…」
「げっ!!!い、いや…そのっ」
仁美の反応を見て、タツヤは背中に嫌な汗をかく。
どうやら自分とキュゥべえのやり取りを見られたらしいと、内心でかなりの焦りを抱く。
外に出てから特に人とは出会わなかったせいか、キュゥべえが普通の人には見えないという事を失念していたようだ。
タツヤは何とか上手い言い訳を言おうとするが、焦っているせいか言葉が上手く出てこない。
そうしている内に、仁美の表情が見る見るうちに焦りの色へと変化していく。
「まさか…まさかっ」
そして、何か思い至ったような素振りをみせると、目の前で焦る少年に向かって声を上げた。
「学校に馴染めず友達が出来ないから情緒不安定になって挙句の果てに自分の中にエア友達のようなものを作ってそれに話しかけることで気を紛らわしてる、ということですの!?
いけませんわ、タツヤ君!!入学早々自分の殻に閉じこもっては!!タツヤ君ならきっと素敵なお友達が出来ますわ!!!」
「違いますよ!!!!」
仁美はかなりの早口で、盛大な勘違い発言をする。
あまりに見当違いな発言だった為、タツヤは思わず大声で叫んでしまった。
仁美は一見すればこの見滝原で五本の指に入る美人である。
しかし、稀にこのようなぶっ飛んだ発想をするところがあった。
「え?で…でも、今…?」
「え、えーと…」
何とか落ち着きえお取戻した仁美が、改めて表情に疑問の色を浮かべる。
タツヤはどうにかこの場をやり過ごそうと、必死に思考を巡らした。
流石に、誰も居ないのに一人で怒鳴るような人間だとは、タツヤも思われたくなかった。
しかし、いくら考えても一向に良い考えが浮かんで来ない。
困った…と、少年は思わず仁美の目の前で頭を抱えた。
「仁美、そのくらいにしてあげなよ」
「タツヤ君が困ってるじゃないか」
すると―――
「ふぇ?」
少年は仁美の後ろからこれまた聞き覚えのある声を聞く。
此方は、男性の声であった。
声の行方を追って、仁美の後ろに視線を移すと、そこには少年が良く知る人物が立っていた。
その人物は背が高く、少し細身の体系で銀色の髪の毛を風に靡かせている。
かつて、音楽界で天才少年と呼ばれ、今や世界を代表するヴァイオリニストとなった――――――
「やあ、暫くだねタツヤ君」
「きょ、恭介さんっ!?」
―――――――上条恭介であった。
「恭介さん、日本に帰って来てたんですね」
上条恭介は仁美と同じく、タツヤが子供の時から世話になっている人だ。
仁美とは婚約関係にあり、現在同棲中である。
二人共見滝原中学の卒業生であり、同級生でもあった。
「うん、と言っても帰ってきたのは昨日なんだけどね」
「まだ時差ボケが酷いよ」
恭介は現在、日本の音楽家としてヴァイオリン片手に世界中を駆け巡っている。
世界中にいる演奏家達と共にコンサートを開いているという。
世界では日本の天才ヴァイオリニストとして名を馳せていた。
そして、時々こうして休養のため日本に帰ってくるという生活を続けている。
「少し遅れちゃったけど、中学校入学おめでとうタツヤ君」
「制服、良く似合ってるよ」
「はは…ありがとうございます」
恭介が自分の制服姿をまじまじと見つめる為、タツヤは少し照れ笑いをしながら応える。
タツヤが最後に恭介と会ったのは、彼が小学生の頃だ。
その為、恭介に見滝原中学の制服姿を見せるのはこれが初めてだった。
「恭介さんは何時まで日本にいるんすか?」
世界中でコンサートを開いているため、恭介が日本にいる期間は短い。
帰国したと思えば、次の日には別の国に飛び立っている事もよくある。
そのため、仁美もそうだが、タツヤとしてもこうして恭介と過ごす時間は貴重であった。
「しばらくは居るつもりだよ、此処最近ずっと世界中を飛び回っていたからね」
「それに、夏には日本でコンサートを開く予定なんだ」
「だから、それまでは日本にいると思うよ」
話によると日本でコンサートを開くにあたって、色々と準備することがあるという。
その事を、恭介は少し嬉しそうに話す。
今回は長期間日本にいられることに、恭介も安堵しているようだった。
世界中を渡り歩く事は、やりがいがある分…それだけ大変だということだろう。
「だから、今度のコンサートは是非タツヤ君にも来てほしいな」
「え!?い、いや…俺は、その~」
予想していなかった誘いに少年は動揺する。目線を恭介から逸らし、思わず口籠ってしまう。
別に嫌だというわけではない。
むしろ、こうして本人から直々に誘ってくれているのだから、嬉しくない筈がなかった。
しかし、タツヤには一つだけ問題があったのだ。
「タツヤ君は恭介さんのヴァイオリンを聞くと直ぐに眠っちゃいますからね~」
「う…」
そう、タツヤは恭介の弾くヴァイオリンの音色を聞くと、途端に眠りに落ちてしまうのだ。
何故かは分からないが、恭介がヴァイオリンを弾き始めると、タツヤはもの凄い勢いで睡魔に襲われてしまう。
その為、タツヤが恭介の演奏を最後まで聞き通せたことは今まで一度もなかった。
因みに、以前コンサートを見に行った際、隣にいた仁美に思いっきり腹を殴られて起きたことはある。
しかし、勿論その時は音色をまともに聞けるような状態ではなかった。
その時の仁美の怖い顔を、タツヤは未だに覚えている。
「ハハ、それだけ気持ちの良い演奏だったってことかな?」
「すいません」
タツヤ自身も聞けるなら最後まで聞きたいと思ってはいた。
だが、演奏を聴くたびに睡魔には勝てずにいる。
なんとかならないものかと、タツヤは頭を悩ませていた。
「そうそう、恭介さんも日本に帰ってきたことだし」
「今度、前に言ってたタツヤ君の中学校入学お祝いパーティーをしませんか?」
「え!?」
タツヤが頭を抱えていると、仁美は以前提案していた入学祝いパーティーの話を持ちかける。
恭介のコンサートのことばかり考えていたタツヤは、その事に思わず声を挙げてしまった。
最近色々な出来事があったせいか、タツヤは以前仁美に言われた事をすっかり忘れていたのだ。
「それはいいね。やろうよ」
「い…いや、いいですよ。前にも言ったけど家でやりましたから」
恭介達に祝ってもらえる事は、少年も素直に嬉しかった。
しかし、二人で過ごせる貴重な時間を自分なんかのために割いて欲しくないとも考えていたのだ。
「いいじゃないか、遠慮はいらないよ?」
だが、そこで恭介が仁美に便乗してくる。
どうやら、恭介も乗り気になったようだ。
「でも…」
「僕がタツヤ君をお祝いしたいんだ、それでも駄目かい?」
タツヤが尚も断ろうとすると、恭介からも改めて祝わせて欲しいと言われてしまう。
本来なら少年側から願い出るところなのだが、妙な形になってしまう。
流石にそこまで言われてしまうと、タツヤも無下に断るわけにはいかなかった。
「は、はあ、恭介さんがそう言うなら」
「お言葉に甘えて…」
「じゃあ、決まりだね」
結局、タツヤは恭介達の提案を受け入れることにする。
本当に良いのかなと、タツヤは苦笑いを浮かべるのだった。
「そういえば、タツヤ君。そろそろ学校に行かないと」
「あ、やべっ!!」
仁美に言われて、タツヤは慌てて時計を確認する。
遅刻とまではいかないが、気付かぬ内に時間が経ってしまっていた。
「ごめん。足止めしてしまったね」
「いや、大丈夫ですよ」
「走れば全然間に合いますから」
実際、少し急げば充分に間に合う時間だったので、それほど問題はなかった。
それでも、油断すると直ぐに時間が過ぎてしまう為、タツヤは走って学校に行くことにした。
「パーティの詳しい日付とかは後で連絡しますわ」
「はーい」
「じゃ、俺はこの辺で」
仁美達に別れを告げ、タツヤは学校に向かって走っていく。
お祝いパーティーと聞いて一度は断ったものの、何だかんだで少年は楽しみだったりする。
あの二人とは子供の時からの付き合いだが、いつもお世話になりっぱなしだとタツヤはしみじみ思う。
特に自分や両親と深い縁があるわけではないのにと、改めて2人に感謝するのだった。
…と同時に、タツヤはふと考える。
あの2人とは、どうやって知り合ったんだろう…と。
恭介達と出会ったのは彼が幼い頃だった為、記憶が曖昧で上手く思い出せないでいた。
「今のは上条恭介と志筑仁美だね?」
タツヤが学校まで走っていると、後ろから付いてきたキュゥべえに声を掛けられる。
恭介達と話していたせいか、タツヤはこの珍獣の存在をすっかり忘れていた。
最も、この珍獣が今まで大人しくしていたというのもまた珍しい事だ。
しかし、タツヤが気になった点はそんな所ではなかった。
「お前なんで恭介さん達の事知ってるんだよ?」
そう、少年が気になったのは…この珍獣が、恭介達を知っているという事。
勿論、恭介達はこの珍獣の事が見えない。その事はこの少年も先の戦いで十二分に分かっている。
それなのに、何故キュゥべえは彼等の名前を知っているのかと、少年は首を傾げた。
「まあ、以前色々あってね」
「???」
だが、キュゥべえは少年の問いに曖昧な答しか出さない。
珍獣の視線は、未だ恭介達がいた方角に向けられている。
その表情は、この珍獣の割には…何処か複雑そうなものに見える。
結局、魔法少女と直接関係がない恭介達とこの珍獣の間に何があったのか…タツヤは分からないままであった。
「まあ、君には関係ないことだよ」
タツヤが色々と考えていると、キュゥべえは彼が拍子抜けするような事を言ってくる。
人が真面目に考えていたのにと、タツヤはこの珍獣の物言いに嫌気がさす思いだった。
そうしている内にも時間は刻々と過ぎていることに気付いた少年は、これ以上構っていられないと、再び学校に向かって駆けていくのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「なんか朝から疲れたな…」
結局、学校まで全力疾走することになったタツヤは、教室に到着した後、机に突っ伏していた。
色々寄り道をしていたせいか、少年が学校に着いたのは朝のホームルームが始まる少し前であった。
自分はいつも遅刻ギリギリだなと、タツヤは少しだけ憂鬱な気分になる。
「よーう、タツヤ!!」
タツヤが机でグッタリしていると、やたら大きい声が彼の目の前で響く。
少年は声だけでそれが誰であるかが分かった。
その声は、良く知る人物からのものだったからだ。
「大輔か…」
タツヤは突っ伏したまま、その名前を口にする。
彼の名前は板垣大輔、小学校の時からのタツヤの友人だ。
自称、リーゼントヘアーをこよなく愛する漢の中の漢…らしい。
物心ついた時から野球をしており、身長はタツヤよりも少し上、尚且つ運動神経が良い。そう…まさに、全身が筋肉で出来ているような少年だ。
タツヤ曰く、脳も筋肉で出来ている為、少し…いや、かなり頭が悪かったりする。
因みに、野球のリトルリーグに所属していた頃から彼はこの髪形だったらしく、他の子が坊主頭の中、かなり浮いた存在であった。
本人曰く、この髪形は漢の勲章なのだそうだ。
しかし、こうして見ると一見不良っぽい印象が強いが、決してそうではない。
毎朝タツヤよりも早く登校してきたり、校則を守る(髪型以外)ところなど、根は真面目な人間なのである。
「ハハハ、相変わらずギリギリの登校だな―!!」
ガハハ、とタツヤはこの彼に豪快に笑い飛ばされる。
相変わらず朝から元気な奴だと、タツヤは軽く溜息を付いた。
全力で走って肩で息をしているような状態の少年にとって、彼の今のテンションは少しキツかった。
「ああ、朝から恭介さん達と会ったりしたからな…」
「なにぃ!?恭介師匠帰ってきてたのかっ!!貴様、何故俺に一言連絡しない!!」
恭介の名前が出た途端、彼はタツヤの机を両手で叩き大声を挙げる。
顔をズイッと近づけ、リーゼントヘアーの先端がタツヤの凸に当たる。
相変わらずコイツの髪の毛は邪魔だなと、少年は嫌そうに溜息を付く。
「俺だって今日知ったんだよ。つか、師匠ってなんだよ…」
彼は恭介と直接面識があるわけではない。
ただ、恭介がこの町では元々有名であることと、タツヤ経由で色々と恭介のことを聞いていた事もあり、彼も恭介の存在を知っていた。
そして彼は、いつの間にか恭介の事を“師匠”と呼ぶようになっていたのだ。
「ああ!?俺が恭介師匠をりすぺくとしてることは知ってるだろうがっ!!」
「いや初耳だよ」
彼は、恭介の事をリスペクト…そう、尊敬していた。
その事を初めて聞かされたタツヤは、意味が分からないと言うようにしかめっ面になる。
それも仕方ないだろう。彼と恭介は明らかにタイプの違う人間だ。
具体的に言えば、大輔→脳筋タイプ 恭介→秀才タイプといったところだろう。
人としての土台からして違うと、タツヤは思わざるを得なかった。
「あの人はう゛ぁいおりん一本で天下布武を成し遂げた漢だぞ!!日本男児として尊敬するわけにはいかねぇだろ!!」
「天下布武って、お前な…」
彼の物言いに、何処の時代の人間だと突っ込みたくなるタツヤ。
確かに恭介は世界を代表する演奏家だが、勿論世界を統一したわけではない。
「この漢・板垣!!
恭介師匠のように世界を蹂躙してやるぜ!!!このぎたー一本でな!!」
そう言って、彼は後ろから一本のギターを取り出す。
恐らく、恭介がヴァイオリンを弾くなら自分はギターでと考えたのだろう。
因みに、彼の家は父親がラーメン家を営んでいる為、彼は将来店を継ぐことになるだろう。
ギターで世界をというのは最初から無理な話だった。
彼の父親は彼と同じく体育会系の人間で厳しく、プロレスラーのような体系をしている。
とても子供が逆らえるような人物ではなかった。
「お前、ギターなんて弾けたっけ?」
「まっっっったくっ弾けん!!!」
「駄目じゃねーか」
彼の言動に、今日何度目かの溜息をつくタツヤ。
「なに、いずれ弾けるようになるさ。部活は軽音楽部に入ったからな」
「へー」
軽音部と聞いて、タツヤは予想外というような表情を浮かべる。
体育会系の彼にしては予想外のチョイスだ…と。
それと同時に、部活の人達は彼を受け入れて大丈夫なのかと心配になる。
相当苦労するのではないかと、タツヤは心の中で部員達にご愁傷様と手を合わせた。
「つか、野球部には入らないのか?」
「あんな部にもう用はない!!このイカした髪型を受け入れてくれなかったんだからな!!」
「いや当たり前だろ」
何処にリーゼント頭の球児がいるのかと、少年は突っ込みを入れる。
同時に、幼い頃から続けていた野球をそのような理由で辞めていいのかと疑問に思った。
最も、彼の運動神経なら少しブランクが開いても直ぐに取り返せるだろうが。
「行くぜ、ろっくんろーる!!」ジャーン
本当に大丈夫か…と、タツヤは彼の様子を冷やかな目で見つめる。
―――キーンコーンカーンコーン
ガラッ
「おーい、板垣。廊下まで響いてるから自重しろー」
すると、ホームルームの合図と共に、彼等の担任が教室に入ってくる。
どうやら彼の声は廊下まで響いていたようだ。あれだけの声を上げていれば当然だろう。
担任も特に驚いている様子はなく、朝から何だと言わんばかりに気怠そうにして大輔を窘める。
「邪魔しないでくれ、まいてぃーちゃー。俺のはーとは今びーとを刻んでるんだ!!」
「何人だよ、お前」
良く分らない言葉を口にする大輔にタツヤが再び突っ込みを入れる。
果たして彼は意味が分かって言っているのか…と。
因みにタツヤ自身はよく分かっていない。彼は英語が苦手なのだ。
「馬鹿言ってないで席に着け。後、学校の楽器を勝手に持ち出すんじゃない」
「それ自分のじゃなかったのかよ!!」
担任の発言を聞いて、タツヤはホームルームが始まる時間にも関わらず大声を上げる。
あたかも自分の所有物のように扱っていた為、タツヤはギターが彼自身の物なのだと思っていた。
一体どうやって持ってきたのかと、少年は再び溜息を付きたい気持ちになる。
「当たり前だ。こう見えてギターは高いんだぞ」
「あ、頭痛くなってきた…」
真顔で応える彼を見ながらタツヤは頭を抱える。
部活の人達は今すぐ彼を受け入れる事を止めるべきだと、少年は真面目に思った。
その後、何故かタツヤも一緒に担任に軽く怒られた後、挨拶が始まる。
少年は何故自分まで…と、とばっちりを受けた事に理不尽さを覚えながらホームルームを受けるのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
ホームルームが終わり、タツヤはそのまま午前の授業を受ける。
その後、時刻は昼となり今は休憩の時間だ。
タツヤは知久から受け取ったお弁当を食べるため、屋上に足を運んでいた。
因みに大輔は勝手に持っていったギターを返しに行き、今頃は顧問の先生に怒られている頃だろう。
「…」ジー
そして、この珍獣は相変わらずタツヤの傍にいる。
ホームルームの時もそうだが、この珍獣は授業中も後ろから少年のことを観察し続けていた。
場所を移動する時も、後ろからトコトコと付いてくる。
それは昼食で屋上まで来た今も変わることはなく、珍獣はタツヤのことをジッと観察してくる。
タツヤ以外の人間にこの珍獣は見えない為、特別問題が起きることは無かった。
だが、この珍獣の事が見えていて、尚且つ観察されているタツヤはたまったものではない。
「…」ジー
「なんだよ、弁当はやらねーぞ」
「いや、いらないよ」
少年の言葉に素っ気ない態度で応えるキュゥべえ。
なら隣に張り付く事を止めろと、少年はイライラしながらおかずを口に入れる。
そのような状態ではせっかく父に作ってもらった特製弁当も、何処となく味っ気が無いように思えた。
早く大輔が戻って来ないかと、タツヤは今日何回目かの溜息を付く。
「…やっぱり君はどうみても普通の人間だね」
そんなことをタツヤが考えていると、ポツリと一言キュゥべえが呟く。
この少年は人間だ、そんな誰が見ても明らかな事をこの珍獣は呟いた。
表情は相変わらず変わらないが、その目はどこまでも不思議そうにタツヤを捉えていた。
「当たり前だろ、他に何があるってんだ」
「前にも言ったかもしれないけど、僕は普通の人間には見えないんだよ」
そんな事は分かっている。
お前のせいで色々と苦労しているのだと、タツヤは返す。
授業中もこの珍獣に対してうっかり声を出してしまい、大輔含むクラス全員から視線を浴びる事が多々あった。
「見せてない、と言った方が正しいんだけどね」
「はあ?どういうことだよ」
「僕は僕と契約するに値する人間にしか姿を見せないようにしてるのさ」
「その方が効率的だからね」
キュゥべえは言う。
特別な人間が自分の姿を見ることができるのではなく、自分達が特別な人間に姿を見せるようにしていると。
特別な人間、つまり『魔法少女』の素質を持った少女達のこと。
あくまでも、その少女達と契約することが自分達の最重要課題なのだと。
「つまり、魔法少女になれる女の子にだけ姿を見せてるってわけか」
成程と、納得したと同時に一つの疑問を抱くタツヤ。
それは、何故自分はこの生き物を見ることが出来るのかということ。
自分は特別な人間では無い。ましてや魔法“少女”になれる人間でもない。
彼はれっきとした“男の子”なのだ。
男の子とは契約できない、それはキュゥべえも言っていた事である。
「まあ本当は、女の子じゃなくてもいいんだけどね」
「は?」
しかし、タツヤは珍獣から返ってきた言葉に驚き、声を漏らす。
魔法少女は、女の子でなくてもいい。
その言葉の真意をタツヤはうまく理解することが出来なかった。
「僕と契約するに値する素質、いわば強い因果を持っていれば本当は誰でも良いんだよ」
「なんだよそれ?」
因果―――
あまり聞きなれない言葉だとタツヤは思う。
当然、それがどういうものなのかはタツヤには分からなかった。
「この世界への、その人の影響力とでも言えばいいのかな」
「その人の存在が、この世界にどれくらい影響を与えるのか」
「そういった力を現しているものだと考えてくれれば良いよ」
「は、はあ…」
分かったような分からないような、そんな難しい表情をタツヤは浮かべる。
その“因果”というものが特別な力なのかどうかも、あまり理解出来ないでいた。
タツヤが分かった事は、とにかくその“因果”が魔法少女になるには必要なのだという事だけであった。
「そういった力はこの世界に生まれてきた以上、普通の人でも少なからず持ち合わせている物なんだけど」
「契約に値する人というのは、そういった力を強く持っている人のことなんだ」
「例えば、歴史を変えるような出来事を起こした人間とか、その国を治めた王様とか」
「そういった人達さ」
その時代時代に名を残してきた人物、歴史を動かしてきた有名人の中にも魔法少女は存在する。
キュゥべえが言っている事を纏めると、そういう解釈になる。
もっとも、そんな事がこの少年にイメージできる筈もないのだが…。
「勿論、普通の人間の中にも強い影響力、つまり強い因果を持つ人はいる」
「ゆまやほむらのようにね」
「だから、そういった因果を強く持っていれば、例え男の子だとしても契約はできるのさ」
ほむらやゆまも、人より強い因果を持っている。だから、彼女達は魔法少女になれたのだ。
だが、タツヤからは彼女達がそこまで特別な人間には見えなかった。
無理もない。
二人とも普通にしていれば、他の人間と何も代わらない只の女性なのだから…。
「じゃあ、実際お前は男とも契約してるのか?」
「いや、してないね」
「あ?」
キュゥべえの返答に、気の抜けた返事を返すタツヤ。
散々男でも契約出来ると話していたのに、実際に契約した事はないという。
今までの話なんだったのかと、タツヤは呆れたように呟いた。
真面目に話を聞いているのが馬鹿馬鹿しくなってきたと、少年は頭を抱えた。
「魔法少女の力の源である魔法を使う為には、その人の感情エネルギーが必要なんだ」
「感情…エネルギー?」
「そう、その人の喜怒哀楽の感情変化によって生み出されるエネルギーのことさ」
「そういったエネルギーを多く持つのが、第二次成長期の女の子達でね」
「だから、必然的に女の子の方が契約する数が増えてしまうのさ」
「ふ~ん…」
感情エネルギー・、タツヤはRPGでいうMPのようなものを想像する。
キュゥべえが言うには感情の変化が激しいほど、そのエネルギーは増大し易いという。
それは、感情の浮き沈みが激しく、様々な想いを抱え込んでいる第二次成長期…要するに、思春期の女の子達が多く持つものと言われている。
「で、結局のところ俺にはその因果かなんかがまるでないと…そう言いたいわけだ」
「そうなんだよ、実際僕は君に姿を見せようとはしていない」
「なのに、君は僕のことが見えている」
「不思議だ、こんなの初めてだよ」
「君は何者なんだろうね」
「いや、知るかよ」
キュゥべえに悪態を付くタツヤだったが、1つだけ気になる事があった。
それは、今朝も見た奇妙な夢のことだ。
崩壊した見滝原…見覚えの無い光景の筈なのに、何故か頭に引っかかっていた。
それだけではない。
あの巨大な化物、夢の筈なのに…少年の頭に妙に残っている。
あれは一体何だったのだろうと、タツヤは不思議がっていた。
それに、奇妙な夢はそれだけではない。
一連の出来事が起きる前からよく見ている夢―――
少年が誰かに話しかけられているような夢…その人は、顔も声も姿も知らない筈なのに、何故か懐かしい印象を与える。
「…」
「…まどか」ボソ
無意識に、その名前がタツヤの口から出る。
誰かは分からない―――だが、口に出す度に懐かしい気分になる名前
『まどかは、私の最高の友達』
昨日、ほむらが言っていた言葉。その意味は、やはり今でも分からない。
ただ、『魔法少女』と『まどか』―――
この二つの言葉には何か関係があるのではないかと、ここ最近の出来事を通じてタツヤは思い始めていた。
「どうかしたかい?」
キュゥべえの声が、タツヤを現実の世界へと呼び戻す。
いつの間にか、珍獣は少年の顔を覗き込んでいた。
タツヤの呟きは、どうやらこの珍獣に丸聞こえのようだった。
「…いや」
「あの人達はあんな化物と毎日のように戦っているのか、てな」
タツヤは考えていたことをキュゥべえに勘繰られたくなかったのか、別の話題を振る。
自分達の知らないところで、あんな化物と戦っているのかと思うと、タツヤは彼女達に頭が上がらなかった。
同時に、怖くないのかとか…私生活に支障はないのかとか、様々な思いが頭の中を駆け巡る。
「それが使命だからね」
それでも、キュゥべえは魔法少女が魔獣と戦っていることが至極当然のように言う。
戦うことが当たり前、そこに疑問を抱くのは可笑しい。
言葉の節々に、そんなニュアンスを含めて―――
「使命…」
「そうさ、彼女達の願いを叶える代わりに、課せられた使命さ」
「この宇宙の寿命を延ばすためのね」
「は?宇宙?寿命?」
宇宙の寿命を延ばす―――
再び、キュゥべえからよく分からない言葉が出てきた事にタツヤは混乱する。
魔法少女が魔獣と戦うことが、どうして宇宙を救う事に繋がるのか…。
タツヤは理解することが出来なかった。
「君はエントロピーという言葉を…」
「いや、君は多分知らないよね」
「…」
キュゥべえに馬鹿にされたような気がして、不満顔になるタツヤ。
だが、この珍獣の言う事も正しかった。
タツヤは今出てきた『エントロピー』という言葉を聞いたことがない。
当然、彼がその言葉の意味を知っているわけがなかった。
「簡単に言うと、この宇宙では生まれるエネルギーよりも減ってしまうエネルギーの方が多いということだよ」
「このまま放っておくとどうなるか、君に分かるかい?」
突然、少年に向けてそんな問いかけをしてくる珍獣。
タツヤは何故そんな事聞かれなければいけないのかと、一瞬ムッとした表情になる。
だが、少年はこれ以上馬鹿にされるのも癪だった為、仕方なく答を出そうと思考を巡らす。
「宇宙のエネルギーってのが…無くなる?」
「うん、半分だけ正解かな」
「厳密には宇宙のエネルギーが無くなる事はないけど、目減りしていることは確かだ」
「この状況が続けば、最悪君達人間どころか僕達インキュベーターまで滅んでしまう可能性すらあるんだ」
キュゥべえはこの状況が続けば、全ての生物が死滅する可能性があると続ける。
その事を聞かされて、タツヤは少し戸惑ってしまう。
当然ながら、宇宙のエネルギーなんてものがある事をこの少年は知らない。
例えあったとしても、それは無限にあるものなのだと思っていただろう。
「だから、僕達は宇宙の寿命を延ばしているのさ」
「グリーフシードを集めて、そのエネルギーを使ってね」
「グリーフシードって、あのキューブの…?」
グリーフシードとは、昨日ほむら達が魔獣を倒した時に出てきた黒いキューブのこと。
タツヤは、ゆまが自分の魔力を回復するためにグリーフシードを使っていたことを思い出す。
あのように小さな物が、宇宙のために何の役に立つのかと少年は疑問に思う。
「そうだよ、アレには魔獣達や魔法少女達の負の感情エネルギーを溜めることが出来るんだ」
「負…マイナス?」
負の感情、それは昨日も少年が聞いた言葉だ。
魔獣達は人からの呪いや妬みといった『呪い』の感情から生まれるという。
彼女達は、その感情をグリーフシードに溜めているという。
「負の感情エネルギーは魔獣の源であるのは勿論、魔法少女の中にも存在するエネルギーでね」
「ゆまのソウルジェムが黒く濁っているのを昨日見ただろう?」
「あ、あぁ」
「あれは魔法を使った分、魔法少女に溜まってしまった負の感情エネルギーを現しているんだ」
「そのエネルギーをグリーフシードで吸収して、それを僕が預るというわけさ」
タツヤはグリーフシードの使い方を説明され、成程と相槌を打つ。
ただの魔力回復アイテムだと思っていた物にそんな秘密があったのかと、珍しくキュゥべえの話を喰い気味で聞く。
「負の感情エネルギーは他のものとは違って、突発的に現れては急速に膨れ上がっていくエネルギーでね」
「その分だけ膨大なエネルギーを生み出してくれるんだ」
「宇宙の寿命を延ばすにはうってつけのエネルギーという訳だよ」
「なんか…随分壮大な話だな、おい」
魔法少女の因果、感情エネルギー、宇宙の寿命、そしてエントロピー。
色々と同時に説明されたせいか、何処から整理すればいいのか、タツヤには分からなかった。
中学生の頭脳レベルでは、この珍獣の説明を一から十まで理解するのは難しかったようだ。
魔法少女が魔獣と戦うことで世界が救われている、それくらいの解釈が精一杯であった。
「そうかもね」
「まぁ要するに僕達は魔法少女達を使って、宇宙の寿命を延ばすエネルギーを回収してるってわけだよ」
「使ってって…お前、まるで魔法少女を道具みたいに」
少年はキュゥべえの魔法少女に対する発言に、むっとした表情になる。
この珍獣は、まるで道具を使っているかのように魔法少女の事を言い表した。
魔法少女とて自分達と同じ人間の筈、そんな表現は可笑しいと。
しかし、この珍獣は―――
「まあそうだね」
「なっ!!」
タツヤはキュゥべえの言葉に思わず絶句する。
キュゥべえは平然とした面持ちで、魔法少女を物として扱っていることを肯定してきたのだ。
表情を一切変えず、淡々とした口調で、特に悪びれる様子もなく。
それが、まるで万人共通の認識であるかのように―――
「これでも僕達は君達人間に大分譲歩しているつもりだよ?」
「君達が家畜を扱っているように、君達を使ってもいいのにさ」
「…っ!!おいこらお前っ!!!」
人を何だと思っているのだと、タツヤは憤りを見せる。
魔法少女は…人間は、珍獣達の都合の良い道具などではない。
一体何様のつもりなのだと、少年は怒りを隠せなかった。
「言っとくけど、君達人間が此処まで進歩出来たのは僕達の干渉があってこそなんだよ?」
「僕達インキュベーターが干渉していなかったら、君達は今でも裸で穴倉暮らしだったろうさ」
「本来なら君達は僕達に感謝すべきなんだよ」
進歩。干渉。
タツヤはキュゥべえが何を言っているのか、全く分からなかった。
人の歴史に、この珍獣が関わっていたから何だというのかと―――
まるで、この珍獣が人間の世話をしてきたかのような言い草だった。
更には、そのようなことを言葉に強弱付けることもなく、ただただ一定のトーンで言われた事がタツヤをますます苛立たせていた。
「この珍獣がっ…!!!」
「待たせたな!!!!」バーン
「!!??」ビクッ
「いやーあの先生、説教が長いったらねーわ」
頭に血が上ってきたタツヤが思わずキュゥべえに掴みかかろうとした瞬間、屋上の扉が勢い良く開く。
すると、扉の向こうから大量のパンを抱えた大輔が能天気な笑みを浮かべながら現れる。
それを見たタツヤは、キュゥべえを掴もうとした手を慌てて引っ込めた。
「ん?どうしたタツヤ、怖い顔してるぞ」
「いや、なんでもない…」
大輔に何か感付かれないように少年は表情を緩めてみるが、それでも表情は険しかったようだ。
タツヤの表情を見た大輔は、不思議そうに少年の顔を覗き込む。
その様子を見て、そんなに自分は怖い顔をしていたのかと少年は少しだけ冷静になった。
「まあいーや、それより飯にしようぜ、飯!!俺腹減っちまったよ」
「うん、そうだな」
疑問の念よりも空腹感の方が上回ったらしい大輔は、そう言ってタツヤから離れる。
そのまま屋上の座れる場所まで移動すると、両手で抱えるように持っていた大量のパンを地面に置く。
その姿をどれだけ食べるのだコイツはと、タツヤは呆れたような表情で見つめる。
『やれやれ…ちょっと話し過ぎちゃったかな』
『!?』
タツヤが大輔に気を取られていると、キュゥべえが少年にテレパシーを送ってくる。
それが聞こえた途端、少年の表情は再び険しくなった。
辺りを見回すと、珍獣は気付かぬ内に遠くへと移動して少年の事を見下ろしていた。
『まあ、僕達は別に君達と敵対したいわけじゃない』
『そのことは分かってよ』
流石に悪いと感じたのか、それともただの礼儀的なものなのか、そんな言い訳染みた言葉を並べるキュゥべえ。
その事がタツヤはいま一つ納得出来なかった。
だが、自分が何を言おうと恐らくこの珍獣は何も感じないだろうと、タツヤは言葉を飲み込む。
タツヤは一連のやり取りで、そのことだけは嫌というほど分かっっていた。
『今の話…』
『ん?』
『今の話、暁美さんやゆまさんは知ってるのか?』
タツヤには、キュゥべえに怒りをぶつけることよりも優先したいことがあった。
それは、あの二人の魔法少女のことだ。
暁美ほむら、千歳ゆま…あの2人は知っているのだろうかと。
自分達がどんな事をしているのか、
自分達がどのように扱われているのか、
そして、どのように思われているのか…を。
『うん、勿論だよ』
『っ!!』
タツヤはキュゥべえの回答を聞いて、下唇を噛む。
魔法少女達は、この珍獣の考えを知った上で、あのような化物と毎晩戦っているのだ。
そう、命がけで…何の見返りも求めずに――――
そのことが、タツヤにはどうしても納得出来なかった。
『なんで、そんな事になってまで…あの人達は…』
タツヤには分からなかったのだ。
そんな扱いを受けてまで、彼女達が戦っている理由が―――
『彼女達には、そうまでして叶えたい願いがあったってことだろうね』
『叶えたい…願い』
少年の疑問に、キュゥべえが抑揚を付けずに応える。
それは、昨日もこの珍獣が話していたこと。
――魔法少女になる代わりに、一つだけなんでも願いを叶えられる――
――どんな“奇跡”だって起こしてあげられる――
その“奇跡”のために、彼女達は戦いの世界に身を置いたのだとキュゥべえは言う。
『まあ、それがどんな願いだったかは僕の口からは言えないけどね』
『…』
少年は、思う。
彼女達はどんな願いをこの珍獣に願ったのだろう―――
彼女達が、何時死ぬか分からないようなリスクを背負ってまで…叶えたかった願いとは一体何なのだろう―――
起こしたかった“奇跡”とは…何なんだろう…と。
しかし、いくら考えてもタツヤには、その事を想像することが出来なかった。
「おーい、タツヤー」ブンブン
「っ!?あ、ああ!!悪い悪い!!!」
「どうした?お前ちょっと変だぞ?」
「だ、大丈夫だって!!」
大輔に目の前で手を振られ、タツヤはようやく我に帰る。
度々難しい表情になっていたせいか、大輔は再度不思議そうにタツヤを見つめる。
タツヤは何とか適当な言い訳をして、大輔を誤魔化す。
朝から似たような状況が続いており、どうにか出来ないものかと少年は頭を悩ませる。
しかし、今はその事よりも…あの珍獣や魔法少女のことの方が頭から離れなかった。
「大輔」
「ん?何だ?」
「お前、何でも一つ願いが叶うなら…何を願う?」
「横浜優勝」
「…お前に聞いた俺が馬鹿だったよ」
「なにおー!!!」
タツヤは魔法少女の事が気になりつつも、大輔と馬鹿話をしながら昼休みを過ごすのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「はあ~、色々準備しなきゃいけないんだな~」
放課後、タツヤは弓道部を終え帰路に付く。
そのまま入部届を提出しようとも考えたが、道具を色々と購入しなければいけない為、今回は保留することとした。
弓自体は学校で貸し出ししているが、袴や矢、弦などは自分で買わなければいけない。
全部揃えるとなると結構なお金が掛かるようだ。
「やれやれ、父さんに頼んでみるしかないよな~」
タツヤの家では、詢子が働き知久が主夫という形を取っているが、金銭管理をしているのは知久の方だった。
その為、詢子は知久からお小遣いをもらって生活している。
詢子はお金を全て酒につぎこんでしまうらしく、金遣いが荒いらしい。
「タツヤ~」
タツヤがこれからの事を下駄箱で靴を履きながら考えていると、後ろから大輔の声が聞こえる。
どうやら、彼も部活帰りのようだった。
「お前、ちゃんと先輩とかにも謝ったんだろうな」
「大丈夫だ、部室入った瞬間スライディング土下座を決めてやった」キリッ
「やることがイチイチ極端なんだよお前は!!」
大輔は楽器を持ち出しただけに留まらず、その後も色々と問題を起こしていた。
その話を受けて、タツヤはその時の先輩達の表情が目に浮かぶようであった。
しかし、彼も今帰りということはとりあえずは部員として受け入れて貰えたようだ。
「まあまあ、いいじゃんか」
「それよりまだ日も高いし、今から楽器屋行こうぜ」
そう言って大輔はタツヤよりも先に靴に履き替え、少年の腕を引っ張ってくる。
なんでも自分に相応しいギターを探しに行くのだそうだ。
何を基準に相応しいか相応しくないのかを判断しているのかは、正直タツヤには分からない。
朝高くて買えないと言っていただろと、少年は心の中でツッコミを入れた。
「え~」
「なんだよ、偶には付き合えよー。最近お前直ぐ帰っちゃうじゃんか」
大輔の言う通り、タツヤは此処最近ずっと学校が終わってはほむらを探しに行くという行動を繰り返していた。
その為、大輔達友人とも軽い疎遠状態になってしまっていたのだ。
彼から不満が出るのも、ある意味当然だろう。
「分かった分かった。付き合うよ」
タツヤは正直帰りたいと思っていたが、帰って何かしたい事があるわけでも無い。
最近付き合いが悪かった事は、タツヤも気にしていたのだ。
大輔を一人で楽器店に行かせたら何するか分からない為、見張っていなければいけない。
その為、タツヤは彼に付き合う事にした。
下駄箱で靴に履き替え、先に靴を履いた大輔の後を追って少年は外に出る。
「おいアレって白女の生徒じゃね?」
「え!?白女ってあのお嬢様学校だろ?うちなんかに何の用だよ?」
「うわっ凄い美人…私達より年上っぽいし高等部の人かな?」
「誰か探してるみたいだね、うちに彼氏がいるのかも」
「マジかよ、リア充爆発しろ」
「まあまあ――――――」
すると、他の生徒がワイワイと騒がしくしているのが聞こえる。
生徒達の視線は校門前に集中している。
どうやら、誰か来ているようだ。
「なんか盛り上がってるな」
「ん?ああ」
「今の人達、白女がどうとかって言ってたぜ」
「白女ねぇ~」
白女と言えば、見滝原周辺では随一のお嬢様学校であり、幼稚園から大学まである有名私立校である。
お嬢様学校と言われるだけあって、通っている学生は仁美のような良いところ出のお嬢様達が通っている学校だ。
タツヤ達には到底縁の無い学校である。
「どれどれ…」
そんなお嬢様がうちの学校に何の用があるのかと、見滝原中学の生徒達がざわついている。
タツヤ自身も興味本位で校門前に視線を移した。
「…え?」
しかし、学生達の視線の先を確認した次の瞬間、少年は思わず硬直する。
なぜなら、その先に映っていたのは―――
「あーーーー!!!!」
「やっと見つけたー!!!」
少年の知っている―――――
というより、昨日色々とお騒がせした人物が白女の制服を着て立っていたのだ。
緑色の髪の毛をポニーテールに纏め、
白女の制服である紺色のセーラー服に身を包んだ彼女は、校門の前でキョロキョロと辺りを見回していた。
千歳ゆま。
昨日帰り道で現れ、自分は魔法少女だと名乗った人物。
そして、魔獣という現実世界ではありえないような化物と少年の目の前で戦い、倒してしまった人物である。
タツヤは彼女を見て、何故彼女が此処にいるんだとか、何故白女の制服を着ているのかとか、様々な思考を巡らす。
「ゆ…ゆまs」
「たーーーーーーくぅぅぅん」ダキッ
「うあぁぁぁぁぁぁぁー!!??」
「」
タツヤの姿を確認したらしいゆまは、もの凄いスピードで少年に近付いてくる。
彼女の名前を呟こうとしたタツヤの目の前まで近付いてくると、思いっきり抱きついてきた。
少年は冷静になろうとするも、頭はパニックになり何がなんだか分からないといった状態になる。
隣に居た大輔に至っては、口を開けたまま固まってしまっていた。
「もう、全然見つからないんだもん!!」
「ずっと探してたのに!!」
そんな事を言いながら、ゆまはタツヤを抱きしめる。
「はぁ!?な…なんで俺を探して…というか抱きつくなぁぁあ!!!!」
タツヤはなんとかゆまを引き剥がそうともがいてみるが、両手でがっちりホールドされているため、ビクともしない。
むしろ、抱きしめる力がどんどん強くなってきていた。
タツヤは自分の身体に彼女の柔らかい部分が当たっている事を、必死に意識しないようにする。
「えー!!せっかくの感動の再会なのにー」
「感動の再会は分かったから!!もう何か色々見られてるから!!!すっごい見られてるから!!!!」
「だから離れろぉぉぉぉぉお!!!!!」
ゆまの事を注目していた校内の視線が、今度はタツヤ達に集中している。
正直、少年には生徒達の視線が痛々しかった。
それにも関わらず、更に抱きしめる力を強めるゆま。
あまりに力が強すぎて、タツヤは物理的な意味で身体を痛くなってくるのであった。
「ぶー、しょうがないなー」
「ゼェ…ゼェ…」
耐えられなくなったタツヤは、なりふり構わず大声で叫ぶ。
それを聞いて、ようやくゆまは少年から離れた。
何故そんなに不服なのだと、タツヤはぐったりした表情で溜息を付いた。
「」
「…」
「はっ!!」
そして、それまで固まった状態だった大輔が正気を取り戻す。
彼には相当衝撃的な光景だったようで、タツヤは何か悪いことをした気分になった。
「おいタツヤ!!」
「っ!?お、おう」
「誰だこの人!!」
大輔はそう言ってタツヤにズイッと身体を寄せる。
しかし、誰だと言われてもタツヤはどう答えたら良いのかが分からなかった。
タツヤも彼女の事は、まだよく知らないのだ。
「え、え~と…」
「君、たっくんのお友達?」
タツヤが回答に困りしどろもどろになっていると、ゆまが少年達の間に割って入ってきた。
「は、はっ!!自分、板垣大輔と申します!!タツヤのダチやってます!!」
ゆまに対して、大輔は顔を真っ赤にしながら早口で答える。
口調からも分かるとおり、相当緊張しているようだった。
大輔は今までスポーツ一筋だったせいか、自分の母親以外の女性に免疫がなかった。
一方で、タツヤは小さい頃から仁美と接してきた為、そこに問題は無かった。
「へー大輔君かあ」
「私、千歳ゆま。宜しくね」
「お、おお…」
「おーい」
大輔に向かって笑顔を見せるゆま。
それを見た彼は、まるで珍しいものでも見ているかのような声を挙げる。
一方でタツヤは、ゆまは誰に対してもこんな感じで接するのかと呑気に思うのだった
「ち、千歳さんはっ、タ…タツヤと、ど、どういうご関係なので、しょう、か!!!」
「(動揺しすぎだろ…)」
背筋をピンっと伸ばし、噛み噛みで話す大輔。
どういう関係と言われても、タツヤとゆまは昨日会ったばかりだ。
そんな事を聞かれても、正直困るというものだ。
「う~ん、どういう関係って言われても…」
流石のゆまも返事に困っているようだ。
流石の彼女も、一般人相手に昨日の事を話す訳にはいかないのだろう。
だがしかし、そうタツヤが少しだけ安心していたのも束の間―――
「…人には言えない関係?(魔法少女的な意味で)」
「(ピシッ)」
ゆまが悩んだ末に出した答、その言葉を受けて大輔は再び固まる。
いや、大輔だけではない。
タツヤ自身もその言葉を聞いた途端、背筋が凍るような感覚に囚われた。
この人は何を言っているのか、と…
「紛らわしい言い方をするなー!!!!!!」
「えー、でも間違ってないでしょ?」
ゆまはタツヤの抗議に対し、首を傾げる。
確かに、先程も言った通り魔法少女の事など一般人には簡単に話せないだろう。
だが、今の言い方をしてしまえば色々と違う意味で捉えられるのは必然だ
ワザとなのか、それとも天然なのか…とにかくゆまの言い方には色々と問題があった。
「ひ…ひ…ひ…」
「人には言えない関係ぇぇぇぇぇえ!!!????」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
―――とある戦場―――
『ふん、貴様とこの場で対峙するのも。これで5度目か』
『そうだな。いい加減、決着をつけたいものだ』
『では、今回で決着を付けようではないか』
『ふん、そうだな』
『『では行くぞ!!宿敵!!!』』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
O ホワン
0 ホワン
。 ホワン
「な、なんと…」
「いや、多分…色々間違ってるぞお前」
ゆまのせいで大輔が妄想の中にトリップしてしまう。
彼の思考の中では、タツヤ達はよく分からない状況になっていたようだ。
長い付き合いのせいか、タツヤは大輔が何を考えているのかは大体理解していた。
「?」
ただ1人理解していないゆまは、未だによく分からないといった表情をしている。
「タツヤ!!!!」
「うおっ!?」
少しの間、自分の妄想の中に入り込んでいた大輔だったが、突然正気に戻りそのままタツヤに詰め寄ってきた。
その拍子に、大輔の髪の毛がタツヤのおでこに再び当たる。
タツヤには、それが鬱陶しくてしょうがなかった。
「俺は知らなかったぞ!!こんな人と、お前がそんな関係だったなんて!!!」
「い、いやいや、だから…」
タツヤが距離を取ろうと後ろに下がるも、大輔は更に詰め寄ってくる。
決して、彼が想像している関係ではないのだが、だからといって彼女の言葉通りの関係でもない。
そう考えると、何故かタツヤ自身も混乱してくるようであった。
「貴様ぁぁぁあああ!!!シラを切るつもりかぁぁぁあああ!!!!」
「だから違うって…」
「うわぁぁあ!!!神様ぁぁぁああ、この者を惨滅する許可を私にぃぃぃぃい!!!!!」
「違…って何言ってんだお前!!??」
突然キレたかと思えば、意味不明な言葉を口走る大輔。
その様子を見て、大丈夫かと心配になってくるタツヤ。
大輔がこんなに取り乱すことは滅多に無い。
だが、どう説明したら彼を納得させられるのか、タツヤには分からなかった。
「畜生ぉぉぉお!!!!お前なんてもう知るか馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!!」ダダダダダダッ
「あ!!おい大輔!!??」
とうとう大輔はそんな捨て台詞を残して、校門へ向けて駆けていってしまった。
タツヤが静止しようとした頃には既に大輔の姿は無く、彼が走った時に出た砂埃だけが残っていた。
明らかに、中学生離れした脚力である。
「愉快な友達だね~」
「…」ジトー
走り去っていく大輔を見ながら、ゆまが能天気に呟く。
そんな彼女を、タツヤは呆れ顔になりながら見つめていた。
「ん?何?」
「いや、別に…」
大輔をあんな風にしたそもそもの元凶は彼女なのだが、その事にゆまはまったく気付いていない。
この人はある意味相当の大物だと、タツヤは思った。
同時に、自分が絶対に悪くないとは言い切れないと、後で大輔には謝っておこうとも思う少年であった。
「てか、それ白女の制服ですよね?」
「そうだけど?」
大輔のことは一先ず置いておき、タツヤはゆまが着ている制服に注目する。
彼女が着ているのは、間違いなく白女の制服だ。
良家出の人だけが入れる、一般人には到底縁のないあの白女の制服である。
「何で着てるんすか?」
「何でって、私が白女の生徒だからだよ?」
「えっ!?」
彼女の返答に、思いっきり大きい声が出てしまうタツヤ。
制服を着ているのだから、彼女がその学校の生徒だと言う事はある意味当たり前なのだが…。
タツヤには、にわかには信じられなかった。
「そ、そこまで驚かなくてもいいでしょ!!」
「いや…だって、あそこはお嬢様学校だって」
タツヤにとって、お嬢様とは…優雅に紅茶を飲む姿が似合う仁美のような女性をいう。
ゆまにそのようなイメージは、今のところ無かった。
「今、サラッと酷いこと考えたよね?」
「すみません…」
確かに失礼極まりないと、タツヤは思った。
お嬢様にも色々あるのだろうと、自分の中で無理矢理納得させる。
それに、彼女の制服姿が非常に似合っているのも事実であった。
ゆまはスタイルが良く、身長もそこそこある為、まるでモデルが制服を着ているようだった。
「(ま、実際見えないところで色々根回ししたんだけどね)」
「(主に織莉子が)」
そう…ゆまの言うように、彼女が白女に入れたのは織莉子が色々と暗躍したからなのだが…
その話は、また別の機会に触れることとしよう。
「え~と…ところで何か用ですか?」
タツヤは自分の中の雑念を振り切り、本題に移る。
ゆまがわざわざ見滝原中学まで来たということは、何か用があるのだろうと。
魔法少女の事で何かあったのだろうかと、タツヤは少し身構えた。
「ん~…とね」
しかし…
「特別、用があるってわけじゃないんだけど」
「」ガクッ
彼女の言葉に、タツヤは思わず崩れ落ちそうになる。
何もないなら…何しに来たのかと、少年は呆れた表情で彼女を見つめた。
あれだけ見滝原の生徒達を騒がしておいて、傍から見ればただの迷惑人であると…。
「此処で立ち話もアレだし、場所変えよっか?」
「なんか、すっごい見られてるし」ハハハ
「…」
ゆまの言う通り、学内にいる見滝原の生徒達の殆どが少年達に注目している。
2人を見ながらヒソヒソ話をしており、タツヤとしては非常に居心地が悪かった。
その事を自覚していたのかと、タツヤは少しだけ安心する。
「よし!!そうと決まれば、早く行こっ」
「あ、ちょっ!!引っ張んないで下さいっ!!」
ゆまはタツヤの腕を掴み、そのままズルズルと引っ張っていく。
その光景によって、タツヤはますます生徒達の注目を集めることになってしまった。
自覚しているのなら、もう少し人目を気にしてくれとタツヤは溜息交じりに思った。
「まあまあ、恥ずかしがらずに」
「いや、それもあるけどっ」
「痛い!!痛いって!!!」ビキビキ
可笑しな方向に引っ張られたせいか、タツヤの腕に痛みが走る。
タツヤから見れば、生徒達の視線も自らの腕も痛いと、色々と散々である。
これだけ注目されてしまえば、他の生徒に顔を覚えられてしまったのではと、少年は憂鬱な気分になった。
結局、その後もゆまに腕に引っ張られ、タツヤは学校を後にするのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「到着~」
ゆまに腕を引っ張られながら歩くこと数分、タツヤ達はある場所に辿り着いていた。
「ここって…」
「そ、昨日の公園」
「もう此処には魔獣の気配はないみたいだね」
そこは、昨日魔獣と戦った場所である公園であった。
タツヤ達が中に入ると、特に人がいるわけでもなく閑散としている。
昨日あれだけ激しい戦闘だったにも関わらず、公園内にそのような痕跡は見当たらない。
それもそうだろう。
魔獣との戦いは異世界で行われているようなものなので、実際にこの公園で戦ったわけではない。
あのような騒ぎが公園で起これば、近隣に騒ぎが起きてしまうだろう。
「お、昨日は暗くてよく分からなかったけど」
「ここからでもよく見えるね~スカイタワー」
「は、はあ…」
ゆまが見上る先には、巨大な塔のような建物が建っている。
見滝原スカイタワー
近日中にオープンする予定の見滝原の新しい施設である。
元々見滝原にあった電波塔と展望台を取り壊し、その二つの役割を重ね合わせた建物だ。
見滝原市の中央に位置し、観光名所としてその高さを売りにしている。
最上階まで登れば見滝原市だけでなく、風見野市やあすなろ市の一望できるのだ。
完成は、1ヶ月後になる予定だ。
「どうしたの?何か疲れてるけど?」
「…」
ゆまが顔を覗き込む姿を、タツヤは無言で睨む。
この公園に到着するまでタツヤは彼女に腕を引っ張られ続けていたのだ。
少年の腕には未だ関節の痛みが走っている。
「疲れた時は糖分採ったほうが良いよ」
「ということで、はい飴あげる」
そう言ってゆまは、棒に刺さった飴を二つ取り出す。
一つは自分の口に運び、もう一つをタツヤに差し出してきた。
「あ、ありがとうございます…」
若干迷いながらも、タツヤはゆまから飴を受け取る。
飴の出所を心配したが、本人が食べているのだから大丈夫だろうと少年は腹をくくる。
そこでふと―――タツヤは昔を思い出す
子供の頃、こんな風に公園で飴を貰ったことがあったと…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そう、それは少年がまだ幼かった頃―――
『ふぇぇえ…パァパァー、マアマアー!!!!』
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁああああん』
幼きタツヤは、知久と詢子と公園に散歩に来ていた。
しかし、タツヤは途中で両親とはぐれ迷子になってしまった。
『だぁああ!!!うっせーな!!!』ガバッ
『昼寝の邪魔すんじゃねーよ!!』
タツヤが泣いていると、近くのベンチで横になっていた少女が起き上がる。
少女は真っ赤な髪の毛を結び、女の子には似つかわしくない短パンとパーカーを身に纏っている。
そして、口には飴のようなものを咥えていた。
『あぅ…』ビクッ
『なんだ、お前。迷子か?』
少女はゆっくりとベンチから降り、タツヤを見下ろしながら近付く。
タツヤはそんな彼女が怖かったのか、ますます目に涙を溜め声を震わせる。
『う…うぅ…』
『親と逸れたくらいでピーピー泣いてんじゃねぇよ』
『男だろ、お前』
しかし、少女は未だに泣き止まないタツヤを見て吐き捨てるように言った。
男なら簡単に涙を見せるな、と―――
『うぅ…泣か、ないっ』グスッ
怖かったからなのか、はたまた幼いながら彼女の言葉に心を打たれたのか
幼いタツヤは彼女の言葉を聞き、必死で涙を堪える。
『へっ、なんだ。お前なかなか根性あるじゃん』
『飴、食うかい?』ス…
少女は幼いタツヤの行動を見て、満足そうに笑みを浮かべる。
そして、彼女は自分のポケットから飴を取り出し少年に差し出す。
それは、今彼女が食べているものと同じものであった。
『あめ…食べう』パクッ
『…たくっ…しょーがねーな』
『あんたの親、あたしも一緒に探してやるよ』
少女は気怠いように真っ赤な髪の毛をかくと、タツヤにそっと手を差し伸べる。
自分も両親を探してやると、彼女は溜息交じりに言った。
それが、彼女なりの『優しさ』だったのだ。
『あう?いっしょ?』
『ああ、一緒だ』
『うわぁ、おねえたん。あいがとっ』
先程まで怯えていた幼いタツヤは、彼女に満面の笑みでお礼を言う。
この無邪気な少年には、少女の不器用な優しさが嬉しかったのだろう。
『…ちぇ、せっかくゆまがマミんとこ行ってるから、久々に一人を満喫しようと思ったのによ』
『また子守りか』ヘッ
そう言う彼女だったが、まんざらでもないといった表情をしている。
彼女も見かけによらず面倒見が良いのだ。
特にこの幼いタツヤのような子に対しては、どうしても世話を焼いてしまう。
それは、彼女を襲った『過去の出来事』が関係しているのだが…。
幼いタツヤにとって、そんな事は知る由もなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「どしたの?」
「い、いや…少し昔のことを…」
タツヤは少しだけ昔のことを思い出していた。
飴をくれた少女の事は、もう顔すら思い出せない。
だが、その時話したことや、一緒に両親を探してくれたことだけはしっかり覚えていた。
ふと、その少女ととゆまは何処となく雰囲気が似ているなと少年は思い至る。
実際に少年の勘は的中しているのだが、勿論タツヤがその事を分かる訳もなかった
「で、結局何しに来たんすか?」
こんな場所までつれてきて、彼女の目的は何なのだとタツヤは再度確認を入れる。
まさか、本当に何も用事がないなんて事はないだろうと。
彼女はそこまで暇な人間ではない筈だと、少年はたかをくくっていた。
「ただ、たっくんに会いたくなって…」
「は?」
突然、そんなことを言い出すゆま。
彼女は少し顔を赤らめ、頬に手を当てながら上目遣いをする。
その言葉を聞いて、タツヤは意味が分からず心の中で取り乱す。
特に深い意味はない筈だと、自分の中で必死に理由を探していた。
「というのは冗談で」
「(ガクッ)」
しかし、次のゆまの一言でタツヤは自分が愚かだった事を知る。
同時に一人で焦っていた自分が酷く馬鹿に見えて、帰りたいとさえ思ってしまった。
「昨日のお礼を言いにきたんだよ」
「お礼…?」
ようやくまともな事を言い始めたゆまに対して、少年は気の抜けた返事で返す。
お礼、と彼女は言った。
それが一体何の事なのか、タツヤには分からなかった。
昨日のことなら、むしろ自分の方がお礼を言わなければいけないのではと…。
「昨日、私がほむらお姉ちゃんに詰め寄られていた時、助けてくれたでしょ?」
「そのお礼」
「ああ、あの時の…」
ゆまが言っているのは、昨日ほむらと合流した後のことだ。
ほむらがゆまに、何故タツヤを瘴気の中に入れたのだと問い詰めていた時、咄嗟にタツヤは自分が勝手に入ったと言った。
ほむらが少年の話を信じたかどうかは別として、ゆまがタツヤの言葉で解放された事は事実であった。
「じゃ、改めまして」
「昨日はありがとね、たっくん」ニコッ
そう言って満面の笑みを向けてくるゆま。
「えっ!?い、いいいや…ど、どういたしまして」
彼女の表情を見て、タツヤは顔を赤らめる。
ゆまの顔を直視することが出来ず、少年は思わず顔を背けてしまった。
「あはっ、照れてるたっくんかーわいいっ」
「ううぅ…」
タツヤは不覚を取られたように思えて悔しがる。
だが、仕方がないのかもしれない。
前述している通り、ゆまはとびっきりの美人なのだ。
そんな彼女に笑顔を向けられれば、誰でもタツヤのようになってしまうだろう。
「で…でも、そんなことの為にわざわざ?」
「うん、そうだよ」
「うちには礼儀とかにすっごい五月蝿い人がいるからねー」
そう、彼女がタツヤの下に来たのは理由がある。
それは、昨日の出来事―――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『…一般人を魔獣退治に巻き込むのは、流石にどうかと思うわ』
『うっ…やっぱり?』
織莉子に自宅まで車で送られた後、ゆまは彼女に起きた出来事を話した。
そして、案の定というべきか…織莉子にもタツヤを巻き込んだ事を指摘されていたのだ。
恐らく、それが普通なのだろう。
『それにあなた、暁美さんに怒られた時、その子に助けてもらったんでしょ?』
『はい…そうです』
『はあ、全く』
巻き込んだうえに助けられるとはと、織莉子は頭を抱えて溜息を付く。
ゆまはゆまで彼女に頭が上がらず、その身体を縮こませる。
2人のその姿は、完全に親子のそれであった。
『…明日その子にちゃんとお礼を言うのよ』
『え!?』
『言 う の よ ?』ニコッ
『は、はい…』ビクビク
織莉子はゆまに対し…タツヤに謝るよう指示する。
その時の織莉子の表情は、ゆまの人生の中でトップ3に入るトラウマになっただろう…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして、その事を思い出したのか、突然顔を青くし身体を震わせるゆま。
タツヤとしては、本当にそれだけの為にわざわざ会いに来たのかと疑問が残る。
だが、彼女としては絶対にしなければいけない事だったのだろう。
勿論…織莉子に言われたからではなく、自分もそうしたかったからでもあるのだが…。
『彼女達には、そうまでして叶えたい願いがあったってことだろうね』
「…」
「あ、あのっ」
「ん?」
そこで、タツヤは昼の出来事を思い出し、ブランコに腰掛けるゆまに声をかける。
再びゆま達に会えたら聞いてみたいことが、この少年にはあったのだ。
「キュゥべえから聞きました」
「魔法少女のこと」
キュゥべえから聞かされた、魔法少女の使命。
その事を、彼女達はどう思っているのだろうとタツヤは気になっていた。
魔法少女になった自分達のことをどう思っているのだろう、と―――
何を願って―――魔法少女になったんだろう、と
「…そっか」
「ゆまさんは…知ってるんですよね?」
「あいつの目的とか」
正直、この少年にはまだ分からないことが多い。
だが…あの珍獣が、魔法少女達を自分の都合の良い駒としか考えていないことだけは理解出来た。
そんな扱われ方をしてまで、どうしてこの人達は魔法少女としての道を選んだのだろうと…
タツヤは、不思議でならなかった。
「うん、まあね」
「何とも思わないんですか?」
「あんな奴に良い様に使われて」
タツヤがその立場であれば、この少年の性格から恐らく我慢できないだろう。
彼女達は怒りを感じたり、理不尽だと思ったりしないのだろうかと。
「う~ん、何とも思わないって言ったら嘘になるけど…」
「それでも、自分で願って魔法少女になったからね」
だがタツヤの考えとは裏腹に、特に悩む様子もなく平然と答えるゆま。
自分で魔法少女になったのだから、ある程度はしょうがないと彼女は気にする事もなく続けた。
「で、でもっ!!」
「あんな危険な目にあってまで…!!」
「お?何、ひょっとして心配してくれてる?」
「えっ!?そ、そりゃ」
「だって…」
ゆまの指摘に対して、タツヤは上手く言葉を出せない。
彼女と少年は昨日会ったばっかりだ。だがそれでも、心配くらいはする。
昨日、実際に魔獣と対峙した時に感じた、あの恐怖感。
目の前で起きた、激しい戦闘。
昨日の出来事だけで、少年は理解した。
これはゲームなんかじゃない、生きるか死ぬかの…命がけの戦いなのだと。
なのに、どうしてそんなに平気でいられるのか。
あの珍獣の訳の分からない目的の為に、どうしてこんな死と隣り合わせのようなことをしなくてはならないのか。
それが、タツヤにはどうしても理解できなかった。
「ま、確かに普通の日常に憧れたりはするけどね」
座っているブランコを漕ぎ、空を見上げながら呟くゆま。
そうは言っても、彼女も普段は白女に通う普通の学生だ。他の人と何一つ変わらない、普通の女の子である。
ただ他の人より、少しだけ役割が増えただけの普通の女の子。
そんな彼女が憧れる、普通の生活とは一体何なんだろうとタツヤは考える。
「友達と、遊んだりとか?」
「うん」
「買い物とか行ったりとか」
「そうだね~」
タツヤは自分が普段行っているようなことを何となく挙げてみる。
こういう何気ない生活が、彼女達にとっては大事なのだろうと。
ただ彼の場合、友人の大輔と一緒にいる時に普通ではない出来事が起きたりもするのだが…。
それはそれでタツヤは飽きないから良いとも考えていた。
「後、え~と…」
「そうだ、両親と」
「え?」
「親と食事しに出かけたりとか…」
そう…親と一緒に過ごす日々も、この少年にとっては大事であった。
自分のことを一番分かってくれて、肩に力をいれる必要のない相手。
両親達と過ごす時間は―――タツヤにとっては大切にしたい時間だった。
そう―――あくまでも『この少年』にとっては
「…」
しかし…その時、タツヤは全く気付いていなかった。
この少年が…親のことを口にした瞬間―――――
「ゆまさんってご両親は…」
「居ないよ」
「一緒…」
「…え?」
―――彼女の顔から
「私の両親は」
「魔獣に殺されたの」
―――笑顔が消えていたことに
「嘘…」
タツヤは、言葉を失う。
自分の両親は魔獣に殺された。
ゆまの口から出てきた言葉を、この少年は信じることが出来なかった。
「嘘じゃないよ」
「今はとある人に引き取ってもらって一緒に暮らしてるの」
「だから、その人が親代わりってところかな」
今までと殆ど変わらない口調で話すゆま。
それでも、先程までの明るさは陰を潜めているような気がする。
自分の弱い所を見せたくない、そんな風に振舞っているようにも見えた。
「あ、あの…」
「ん?」
「…ご、ごめんなさい」
タツヤは、頭を下げずにはいられなかった。
彼女の心の傷を抉ってしまったように思えたから。
自分さえ余計なことを言わなければ、
両親のことを口にする必要はなかったのにと少年は罪悪感を覚えた。
「はは、別にいーよ」
「今の暮らしには満足してるしね」
それでも、ゆまはは再び笑みを浮かべ明るく振舞う。
余計な心配を掛けまいとしているその姿を見て、タツヤは益々申し訳なく思った。
「じゃ…じゃあ、ゆまさんは魔獣に親を殺されたから魔法少女に?」
気まずい雰囲気を変えようと、つい気になっていた事を口にしてしまうタツヤ。
それは、ゆまの魔法少女になった理由―――
この場でそのようなことを聞いて良いものかと、少年は思った。
しかし、だからといって彼女に対して、気の利いた言葉が言えるかと聞かれたら…恐らく無理だろう。
思ったことを口に出すことしか、今の少年には出来なかったのだ。
「んー…」
タツヤに対して、少し気まずそうな表情を浮かべるゆま。
その様子を見て、やはり今聞いてはいけなかったかとタツヤは再び罪悪感を覚える。
「ちょっと違うんだよねー…」
しかし、彼女の返事を聞いてタツヤは自分の耳を疑うことになる―――
「え?」
―――ゆまの口から出てきた言葉は、少年の考えを肯定するものではなかった。
「親が殺されたからっていう理由で魔法少女になろうとは思わなかったよ」
「え?な、なんで…」
タツヤ自身、きっと親のために魔法少女になったのだろうと決め付けている部分があった。
だからこそ、その考えを否定されて戸惑いを隠せずにいたのだ。
「…」
更に言えば、理由はそれだけではない。
「だ、だって親が殺されたりしたら誰だって…!!」
「…誰だって?」
何故か、ゆまの雰囲気が先程までとは違っていた。その事に、少年は違和感を覚える。
彼女に自分の言っている事の真意が伝わっていないような感覚。
ゆまとタツヤとの間に、何か決定的な“ズレ”が生じてきているような…そんな感覚であった。
「か、悲しくなったり…するじゃないですか…」
「それで、仇を討とうとか…」
家族を殺されれば、誰でも悲しくなるだろう。
仇を取れるのであれば、取ろうと思うに違いない。
それが、この少年の考え方であった。勿論、実行するかどうかは別の話なのだが。
タツヤにとって、家族とは―――それ程大切な存在だったのだ。
「…」
しかし、こうして少年が自らの思いを必死に伝えてもゆまの反応が変わる事はない。
2人の間を流れる空気は、相変わらず重いままだ。
「…って言ったら」
「?」
すると、黙っていたゆまが、ゆっくりと口を開く―――
タツヤは彼女から発せられる妙な威圧感に気圧され、思わず息を呑む。
そして、次の瞬間―――――
「何とも思わなかったって言ったら」
「どうする?」
タツヤは、その場の空気が止まった気がした。
「…は?」
ゆまの口から出た言葉を聞いて、タツヤは固まってしまう。
何とも思わなかった―――
確かに彼女はそう言ったのだ。
何が…?
どうして…?
どうなって…?
何とも思わなかったって…?
…、家族が…殺されて…も…?
「そ、それって…どういう…」
彼女の言っている意味が、タツヤにはよく分からない。
「…」シュルシュル
「ふぇ!?い、いきなり何をっ!!」
突然、ゆまが自分の制服のリボンを解き始める。
リボンを取り払うと自分の首元を見せるように、片手で制服を引っ張った。
タツヤはゆまの突然の行動に驚き、思わず顔を逸らしてしまう。
それでも、やはり姿が気になってしまい、薄っすら目を開けそのまま視線を彼女へと向けた。
「…え?」
しかし、ゆまの姿を確認してタツヤは自分の目を疑った。
なぜなら、制服の中から現れていたのは…ゆまの白い肌と―――
「そ…それって…」
「これが、私が親が殺されても何とも思わなかった理由」
その肌を汚すように付けられた―――痛々しい火傷の痕だったのだ
一目見れば分かる。
無数にあるそれは、普段の生活の中で付けられたようなものではなく、
人工的に付けられたものであるということが。
「…」
「私ね、小さい頃親に虐待されてたの」
「虐、待…」
ゆまの告白に、タツヤは再び言葉を失った。
虐待―――それは、親が子供に暴力を振るうこと
それを、自分は受けていたのだと…ゆまは無表情で言い放った。
「私のお母さんは何かとお父さんと喧嘩しててさ」
「次第にお父さんは家に帰ってこなくなって」
「それで、お母さんはそれを私のせいだって言って、暴力を振るうようになったの」
「毎日…
毎日…
毎日…」
淡々とした口調で、自分の過去を打ち明かしていく。
人には知られたくない筈の…暗い過去を―――
表情も…先程とはくらべものにならないくらい暗い。
昨日までの彼女と本当に同一人物なのかと、一瞬疑ってしまう程に。
「だから」
「自分の目の前で、その人達が殺されるのを見てもさ」
「何の感情も湧かなかった」
暗い表情のまま、言葉を続けるゆま。
そんな彼女にタツヤはどう声を掛けて良いのか分からず、ただ黙って話を聞くことしかできなかった。
「ゆ、ゆまさん…」
「…と、ごめんごめん。ちょっと嫌な思いさせちゃったかな」
「い、いや…」
タツヤが心配そうに声を掛けると、ゆまは慌てて取り繕おうとする。
表情だけは笑顔に戻ったものの…それが本当の笑顔ではないことは、この少年でも分かった。
「昨日たまたま帰る途中にたっくんとご両親を見つけてさ」
「え?」
昨日、恐らくタツヤが家の玄関で詢子と会った時のことだろう。
あの光景を見られていたのかと、タツヤは驚く。
それと同時に、少しだけ恥ずかしくなった。
「ちょっと羨ましく思っちゃった」
「私の家族の間に、あんな幸せそうな空間なんて…無かったから」
少し俯きながら、ゆまはそう呟く。
髪の毛に隠れているせいか、彼女がどんな表情をしているのかは分からなかった。
「…」
そこで、タツヤは先程感じた違和感―――
自分とゆまとの間に生じたズレがなんだったのかを、何となく理解した。
親に愛された記憶が無いから―――親を大切にするという気持ちが、彼女には無いのだと。
いや、無いというより…“分からない”と言った方が正しい。
だから、家族のために何かをしようという考えには至らなかったのだ。
そう考えると―――タツヤは何故か無性に悲しくなる。
親に大事にされなかった子供の気持ちが、この少年には分からなかった。
そう、親に大事にされて今までを生きてきた…この少年には…。
「あ、あの…」
「何?」
「その…今の家庭では…えっと…」
タツヤは、恐る恐るゆまに尋ねる。
先程話していた同居人とは、どうなっているのだろうかと。
もし、今の“家族”からも暴力を振るわれていたらどうしよう、とタツヤは不安になった。
最も、そんなことを聞いたところで、この少年が出来る事など無いのだが…。
「ああ…大丈夫、さっきも言ったでしょ?今の生活には満足してるって」
「ちゃんと上手くやってるよ」
「こうして学校にも通わせてもらえてるしね」
制服を整えながら、笑顔で応えるゆま。
スカートの端を摘み上げ、少しおどけてみせる。
今度の笑顔は、先程のような無理矢理作ったものではなく、自然と出た笑顔であった。
「そ、そうですか…」
「(…良かった)」
ゆまの言葉を聞いて、タツヤは心の中で安堵する。
その事実が、この少年にとってまるで自分のことのように嬉しかった。
今は何もなくて良かった―――心の底からそう思えたのだ
「ふふ、優しいね。たっくんは」
「えっ!?いいいいや、決してそんな事はぁっ!!!」
ゆまはそう言って、笑顔のままタツヤに近付いてくる。
少年は自分でも分かるくらいに顔を真っ赤にして抵抗した。
確かに、心配ではあった。
だが、良かったと思った理由はもう1つあったのだ。
「照れるな照れるな」ウリウリー
「ええい、おちょくるなー!!」
「ははは」
タツヤは肯定されることが怖かったのだ。
もし―――今でも家族と上手くいってないと言われてしまえば
自分は、恐らく何も言えなくなってしまうからと―――
だから、何もなくて良かったとこの少年は思ったのだ。
「…」
「でも…家族のためじゃないなら」
「一体何のために、ゆまさんは魔法少女になったんですか?」
そこで再度、タツヤはゆまに魔法少女になった理由を尋ねてみる。
止めておけばいいのにと、少年は言った後に後悔した。
だが、ここまでくれば聞いては不味いという事もないだろうと、腹を括っていたのかもしれない。
それに、やはり少年は知りたかったのだ。
彼女が戦うことを受け入れてまで、叶えたかった願いを―――
「…」
「大切な人を、守りたかったから…かな…」
すると、ゆまは少しだけ考えるような素振りを見せると、空を見上げながら呟くように言った。
どこか…寂しそうな表情を浮かべながら―――
「大切な…人…?」
「うん」
「その人のために」
「私は魔法少女になったの」
一言一言を心の底から搾り出すように話すゆま。
その姿が、彼女の口から発せられる言葉の一つ一つが嘘偽りの無い本心であるということを物語っている。
「危険を承知の上で…」
「まあ、その時は必死だったから」
「考えてる余裕なんて、無かったんだけどね」
必死だった。
その言葉を聞いて、よほど大切な人だったのだろうと少年は思う。
家族との間で良い思い出がないという彼女に、それだけ思われている人とはどんな人なのかと。
そして、その人は彼女にとってどんな存在だったのだろうと―――
「それで、その人は今どうしてるんですか?」
「…」
「ゆまさん?」
そんな事を考えながら何気なく呟くと、ゆまは急に黙ってしまう。
突然どうしたんだろうと、少年は声を掛けてみる。
しかし、ゆまは暗くなってきた空を見上げたまま、その場で立ち尽くしていた。
「…どうだろうね」
「…え?」
暫くの沈黙の後、彼女が口を開く。
気のせいか、声のトーンが先程よりも低い。
先程までの雰囲気とは、また少し違うようであった。
「守れる力を持っていたとしても…」
「必ず守れるとは…限らないんだよ」
そう言って、ゆまはタツヤに対して背を向ける。
まるで、自分の顔をこの少年から隠すように―――
「ゆま、さん…?」
「はは、ちょっと難しかったかな?」
ゆまはそう言って、再び顔をタツヤへと向けてくる。
守れる力があっても、必ず守れるとは限らない―――
タツヤは、彼女の言っていることがイマイチ理解できなかった。
「…それって、どういう」
タツヤは彼女に言葉の真意を問おうとする。
これ以上の深入りはどうなのかと思ったが、つい気になり聞いてしまう。
彼女の言葉に“嫌な予感を”を感じながらも…
「こーら、ここから先はプライベートの領域だぞ」
「これ以上追求したら、めっ!!だよ」
しかし、タツヤの顔の前で…人差し指を立て笑顔でそう言うゆま。
少年の言葉は、ゆまによって途中で止められてしまう。
その“彼女”について、何か話したくないことでもあるのだろうか。
「え?で、でもっ」
それでもタツヤは、尚も食い下がろうとする。
直ぐそこで「はい、そうですか」と納得できるほど、この少年も大人では無い。
「ほら、もうすぐ暗くなってきちゃうからっ」
「今日はもう家に帰りなさいっ」
「うぇ!?ちょっ、待っ!!」
すると、ゆまはタツヤの身体を公園の出口に向けさせ、そのまま背中をグイグイと押してくる。
突然帰れと言われてタツヤもどうすれば良いのか分からず、ただ転ばないように気を付けるだけで精一杯であった。
「ほらほら、流石に二日連続で夜遅くに帰るわけにいかないでしょ!!」
「いや、だからって…」
「いいから行くの!!」
言っていることはもっともなのだが、彼女が何故急かされているのかがタツヤには分からない。
此処まで連れてきたのはあなただと、少年も不満顔になる。
やはり、彼女には何か聞かれたらまずいことでもあるのだろう。
「うわぁ、うわわ、分かった!!分かりましたから、押さないでください!!」
タツヤは色々腑に落ちない部分もあったが、このままでは埒が明かないと判断する。
その為、素直にゆまの言う事を聞くことにした。
恐らく、これ以上は言いたくないこともあるのだろう。
深く詮索してはいけないのかもしれない。
タツヤは自分にそう言い聞かせて、無理矢理納得するのだった。
「うん、分かれば良し」
「全く…」ハァ
タツヤはようやく背中を押されることから開放され、溜息交じりに息を吐く。
ゆまの場合、こうやって自由奔放に振舞ってもらった方が良いのかもしれない。
先程までのゆまを見ると、そう思わずにはいられないタツヤであった。
「はは、今日は付き合ってくれてありがと」
「またね、たっくん」
「え?は、はい…また…」
自分の中で意味も無く言い訳をしている内に、少年は公園の出口に辿り着く。
そこで、ゆまに別れの挨拶をすませ、タツヤは公園を後にするのであった。