聖女と魔女と、鈍感冒険者   作:玉露33333

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灰鷹の剣

ゴーレムの拍を読む。

石造りの身体には、動力核から全身に行き渡る律動がある。それは人の心拍よりもずっと遅く、重い。岩盤がゆっくり膨張するような、鈍い脈動。

 

振り下ろされた腕をかわし、壁に背をつけた。通路が狭い。剣を横に薙ぐ空間がほとんどない。

ならば突く。

 

剣先に拍を同調させ、ゴーレムの胴に向けて踏み込んだ。切先が石の隙間に入り、火花が散る。

硬い。だが、割れないことはない。

 

問題は動力核だ。胴体中央で脈打つ水色の光。あれを止めなければ、いくら石を砕いても再生される。

古い守護者ほど動力核の拍が安定しているから、正面からの破壊は効率が悪い。ならば――

 

「同調、転位」

 

声に出して自分を律する。まず合わせる。次にずらす。師範に叩き込まれた手順だ。剣の灰水晶を介して、ゴーレムの動力核の拍に同調した。

重い。想像以上に重い拍だ。まるで山そのものの脈を感じているようで、自分の心臓が引きずられそうになる。

 

歯を食いしばり、同調を保ったまま位相をずらす。

核の脈動を半拍だけ先に送り込む。反転ではなく、微小な転位。

 

効いた。

ゴーレムの動きが一瞬止まる。動力核の光が明滅し、腕が中途半端な角度で固まった。

その隙に、剣を核に向けて突き立てる。水晶の光が砕け散り、石の巨体がゆっくりと崩れ落ちた。

 

通路に粉塵が舞い上がる。咳き込みながら、壁に手をついた。

息が荒い。同調の代償で心臓がどくどくと跳ねている。

 

「……一体目は何とか」

 

立ち上がりかけたとき、足元が揺れた。

 

背後から、石が軋む音。

振り向く。通路の奥から、もう一体の守護者が起き上がってくる。最初の一体が倒されたことで、二体目が目覚めたらしい。

 

同時に、天井から石が落ちた。崩落が始まっている。

 

「嘘だろ……」

 

 

二体目は最初のより一回り大きかった。

通路では戦えない。後ろに下がりながら、出口への道を探る。

 

拍刻板を背負った背嚢が肩に食い込む。重くはないが、これを壊すわけにはいかない。シルヴィアに見せなければならない。

 

天井から砂が降り、石材の隙間が広がっていく。崩落は加速している。

二体目のゴーレムが腕を横に薙いだ。咄嗟に屈んだが、右腕の外側を石の拳がかすめた。

 

痛い。

いや、痛いどころではない。肉が裂ける感覚と、その下の骨が軋む嫌な振動が同時に来た。右腕に深い裂傷。血が剣の柄を滑らせる。

 

「くっ……」

 

剣を左手に持ち替える。利き手ではないが、振れないことはない。

だが、拍の制御は右手のほうが精密だ。同調からの転位は、今の状態では精度が足りない。

 

ならば、力任せだ。

 

天井の崩落が、ちょうどゴーレムの頭上で加速した。

私は錨に全力で自分の拍を固定し、剣を天井の亀裂に突き立てた。灰水晶が高い音を発し、亀裂が走る。

 

石の天井が、ゴーレムの上に崩れ落ちた。

 

轟音。粉塵。視界が白く染まる。

私は転がるように通路を駆け上がり、亀裂の入口から外へ飛び出した。

 

 

山の外気が肺を突き刺す。

斜面に倒れ込み、空を仰いだ。青い空に白い雲が流れている。

 

右腕から血が滴り、岩の上に赤い染みを作った。

見たくないが、確認しなければならない。外套の袖をめくると、肘から手首にかけて深い裂傷が走っていた。骨は見えないが、動かすと胸の奥まで痛みが響く。肋にもひびが入っているかもしれない。

 

背嚢を下ろし、中を確認する。

拍刻板は無事だ。布に包まれたまま、欠けもひびもない。

 

「……よかった」

 

安堵の息をついて、包帯を取り出した。

止血し、回復薬の小瓶を半分だけ飲む。全部飲むと麓まで持たない。痛みが鈍くなる程度で我慢する。

 

避難小屋まで、ここから二刻ほど。歩ける。歩くしかない。

立ち上がり、左手で剣の鍔を叩いた。澄んだ音が返る。剣は無事だ。

 

 

避難小屋に辿り着いたのは、日が沈む直前だった。

石積みの小さな小屋。中に焚き火の跡と、乾いた薪が少し。それだけで十分だ。

 

腰を下ろし、改めて傷の手当をする。包帯を巻き直し、残りの回復薬を温存しながら体力の回復に努める。

 

計測板を取り出し、拍刻板との反応を確認した。

案の定、魔晶石と同じ「双極位相」のパターンが記録されている。しかもそれだけではない。拍刻板には魔晶石にはない、もう一段複雑な波形が重なっている。まるで二つの心臓が同時に脈打つような……

 

これはシルヴィアに見せなければ。

彼女なら、この波形の意味を解読できる。

 

そして、この傷は……

 

右腕の包帯に目を落とす。回復薬で出血は止まったが、裂傷は深い。冒険者ギルドの薬師に診てもらえば塞がるだろうが、内部の拍の乱れまでは治せない。ゴーレムの拍に同調した反動で、右腕の感覚が鈍い。

 

教会の浄化を受けたほうがいいかもしれない。

カミラさんに、治してもらえるだろうか。

 

……迷惑だろうか。

礼拝に通うだけでも気を遣っているのに、怪我の治療まで頼むのは図々しい気がする。

 

いや、でも。

彼女は「怪我の治療を頼むなんて許しません」という人ではない。むしろ、傷を隠して放置したほうが怒られる。あの心配性は本物だ。前に来訪を二週間空けただけで、あれだけ心配された。傷を負って帰ったことを隠したら、もっと大変なことになる。

 

教会に寄ろう。

帰ったら、まず教会だ。

 

小屋の隙間から覗く夜空に、細い月が出ていた。

剣の鍔に額を寄せ、目を閉じる。

 

明日の朝、山を降りる。王都まで五日。

そこには、二つの場所が待っている。

 

白百合の聖堂と、硝子と古書の研究室。

 

私はその二つを思い浮かべながら、石の床の上で眠りに落ちた。

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