ゴーレムの拍を読む。
石造りの身体には、動力核から全身に行き渡る律動がある。それは人の心拍よりもずっと遅く、重い。岩盤がゆっくり膨張するような、鈍い脈動。
振り下ろされた腕をかわし、壁に背をつけた。通路が狭い。剣を横に薙ぐ空間がほとんどない。
ならば突く。
剣先に拍を同調させ、ゴーレムの胴に向けて踏み込んだ。切先が石の隙間に入り、火花が散る。
硬い。だが、割れないことはない。
問題は動力核だ。胴体中央で脈打つ水色の光。あれを止めなければ、いくら石を砕いても再生される。
古い守護者ほど動力核の拍が安定しているから、正面からの破壊は効率が悪い。ならば――
「同調、転位」
声に出して自分を律する。まず合わせる。次にずらす。師範に叩き込まれた手順だ。剣の灰水晶を介して、ゴーレムの動力核の拍に同調した。
重い。想像以上に重い拍だ。まるで山そのものの脈を感じているようで、自分の心臓が引きずられそうになる。
歯を食いしばり、同調を保ったまま位相をずらす。
核の脈動を半拍だけ先に送り込む。反転ではなく、微小な転位。
効いた。
ゴーレムの動きが一瞬止まる。動力核の光が明滅し、腕が中途半端な角度で固まった。
その隙に、剣を核に向けて突き立てる。水晶の光が砕け散り、石の巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
通路に粉塵が舞い上がる。咳き込みながら、壁に手をついた。
息が荒い。同調の代償で心臓がどくどくと跳ねている。
「……一体目は何とか」
立ち上がりかけたとき、足元が揺れた。
背後から、石が軋む音。
振り向く。通路の奥から、もう一体の守護者が起き上がってくる。最初の一体が倒されたことで、二体目が目覚めたらしい。
同時に、天井から石が落ちた。崩落が始まっている。
「嘘だろ……」
◆
二体目は最初のより一回り大きかった。
通路では戦えない。後ろに下がりながら、出口への道を探る。
拍刻板を背負った背嚢が肩に食い込む。重くはないが、これを壊すわけにはいかない。シルヴィアに見せなければならない。
天井から砂が降り、石材の隙間が広がっていく。崩落は加速している。
二体目のゴーレムが腕を横に薙いだ。咄嗟に屈んだが、右腕の外側を石の拳がかすめた。
痛い。
いや、痛いどころではない。肉が裂ける感覚と、その下の骨が軋む嫌な振動が同時に来た。右腕に深い裂傷。血が剣の柄を滑らせる。
「くっ……」
剣を左手に持ち替える。利き手ではないが、振れないことはない。
だが、拍の制御は右手のほうが精密だ。同調からの転位は、今の状態では精度が足りない。
ならば、力任せだ。
天井の崩落が、ちょうどゴーレムの頭上で加速した。
私は錨に全力で自分の拍を固定し、剣を天井の亀裂に突き立てた。灰水晶が高い音を発し、亀裂が走る。
石の天井が、ゴーレムの上に崩れ落ちた。
轟音。粉塵。視界が白く染まる。
私は転がるように通路を駆け上がり、亀裂の入口から外へ飛び出した。
◆
山の外気が肺を突き刺す。
斜面に倒れ込み、空を仰いだ。青い空に白い雲が流れている。
右腕から血が滴り、岩の上に赤い染みを作った。
見たくないが、確認しなければならない。外套の袖をめくると、肘から手首にかけて深い裂傷が走っていた。骨は見えないが、動かすと胸の奥まで痛みが響く。肋にもひびが入っているかもしれない。
背嚢を下ろし、中を確認する。
拍刻板は無事だ。布に包まれたまま、欠けもひびもない。
「……よかった」
安堵の息をついて、包帯を取り出した。
止血し、回復薬の小瓶を半分だけ飲む。全部飲むと麓まで持たない。痛みが鈍くなる程度で我慢する。
避難小屋まで、ここから二刻ほど。歩ける。歩くしかない。
立ち上がり、左手で剣の鍔を叩いた。澄んだ音が返る。剣は無事だ。
◆
避難小屋に辿り着いたのは、日が沈む直前だった。
石積みの小さな小屋。中に焚き火の跡と、乾いた薪が少し。それだけで十分だ。
腰を下ろし、改めて傷の手当をする。包帯を巻き直し、残りの回復薬を温存しながら体力の回復に努める。
計測板を取り出し、拍刻板との反応を確認した。
案の定、魔晶石と同じ「双極位相」のパターンが記録されている。しかもそれだけではない。拍刻板には魔晶石にはない、もう一段複雑な波形が重なっている。まるで二つの心臓が同時に脈打つような……
これはシルヴィアに見せなければ。
彼女なら、この波形の意味を解読できる。
そして、この傷は……
右腕の包帯に目を落とす。回復薬で出血は止まったが、裂傷は深い。冒険者ギルドの薬師に診てもらえば塞がるだろうが、内部の拍の乱れまでは治せない。ゴーレムの拍に同調した反動で、右腕の感覚が鈍い。
教会の浄化を受けたほうがいいかもしれない。
カミラさんに、治してもらえるだろうか。
……迷惑だろうか。
礼拝に通うだけでも気を遣っているのに、怪我の治療まで頼むのは図々しい気がする。
いや、でも。
彼女は「怪我の治療を頼むなんて許しません」という人ではない。むしろ、傷を隠して放置したほうが怒られる。あの心配性は本物だ。前に来訪を二週間空けただけで、あれだけ心配された。傷を負って帰ったことを隠したら、もっと大変なことになる。
教会に寄ろう。
帰ったら、まず教会だ。
小屋の隙間から覗く夜空に、細い月が出ていた。
剣の鍔に額を寄せ、目を閉じる。
明日の朝、山を降りる。王都まで五日。
そこには、二つの場所が待っている。
白百合の聖堂と、硝子と古書の研究室。
私はその二つを思い浮かべながら、石の床の上で眠りに落ちた。