聖女と魔女と、鈍感冒険者   作:玉露33333

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魔女と鈍感冒険者

「よう、シルヴィア。一週間ぶり。これが先週の成果だよ」

 

私は卓上に革のポーチを置いた。中には淡青色の魔晶石が入っている。古代遺跡〈星喰いの塔〉の最深部で拾い上げた代物で、表面に銀糸のような模様が奔り、微かに脈打つような光を宿している。

正直なところ、この石が何なのか、私にはさっぱりわからない。だからこそ、ここに持って来た。

 

「やぁ、グレン。久しぶり。今ちょうど休憩のためのお茶が入ったところだよ」

 

石造りの研究室は、相変わらず硝子器具と古い書物の匂いで満ちている。その中心で、シルヴィアは湯気のたつカップを二つ用意していた。

シルヴィア=ノルン。魔導学院の研究員で、通称〈銀狼の魔女〉。

銀色の髪に、深い藍紫の瞳。整った顔立ちは冷たい印象を与えかねないが、口を開けば人懐っこいボーイッシュな口調で、ころころと表情が変わる。

学院時代からの付き合いだから、もう七年になる。

 

「君の好きなアッサムに少しローズヒップを入れたよ。身体の疲れが抜けるからね」

 

「助かるよ。本当に気が利くな」

 

「ふふ、それほどでも。……今日は随分早かったね。もっと教会でゆっくりしているかと思っていたけれど」

 

言いながら彼女は柔らかく目を細めた。私は椅子に腰かけ、カップを両手で包み込む。ローズヒップの酸味と紅茶の香りが鼻をかすめ、昨夜の徹夜明けの疲労がすっと和らぐ。

ありがたい。シルヴィアの茶は、いつも絶妙だ。

 

「礼拝は短めに済ませた。カミラさんと少し話した程度さ」

 

「ああ、カミラ。聖女様と評判の、あの才媛だね」

 

シルヴィアは微笑んだまま前髪をかき上げた。何か呟いたようにも見えたが、聞き取れなかった。

まあ、大したことではないだろう。

 

「さて、この石を見てほしいんだ」

 

ポーチを開くと、魔晶石が淡い青白い光を放った。シルヴィアは椅子から立ち上がり、私の背後に回り込んで覗き込む。

近い。首筋にかかる息が妙に温かい。

 

「おやおやグレン、どこを見ているのかな? 石ならこっちだよ」

 

「い、いや石を見ていたんだが……近いな、シルヴィア」

 

「そんなことないさ、気のせいだよ」

 

気のせいじゃない。明らかに近い。

だが、こういう距離感は彼女の昔からの癖だ。私が女性慣れしていないだけで、研究者というのはこういうものなのかもしれない。

……たぶん。

 

不意に彼女の指先が私の手に重なった。冷たい硝子板でも渡されるのかと思ったが、そのまま手が触れ合う形になる。

 

「解析台に載せるね」

 

そう言って魔晶石を取り上げ、卓上の水晶盤に置いた。盤の縁にはめ込まれた金属の環——輪環を回す。古語の刻まれた環が回転すると、淡い紫の光が盤面を走り、石の中の光と呼応する。解析の定番道具だ。環の回し加減で読み取る波形が変わる。

 

「ほう……これは面白い。魔力の位相が双極に揺れている。しかも周期が心拍に近い」

 

「心拍?」

 

「そう。人の鼓動とほぼ同じリズムで脈打っている。触媒に使えば、自己再生系の高位術式を代償無しで組めるかもしれない」

 

「それは……すごいのか?」

 

「すごいなんてものじゃない。同時に、ものすごく危険でもある。悪用すれば兵器になりかねない」

 

「おいおい」

 

「だからこそ、私の研究室で厳重に管理する価値があるんじゃないか。無知な貴族の蒐集棚に並べられるより、私と君の手で正しく未来へ繋げよう?」

 

熱を帯びた瞳で私を見上げてくる。

昔からそうだ。未知のものを前にした彼女は、誰より饒舌になる。そして、独占欲が強い。

……石に対しての話だが。

 

「任せるよ。元々そのつもりで持って来たんだ」

 

「ありがとう、グレン」

 

一拍置いて、彼女は小さく付け足した。

 

「やっぱり、君は私の理解者だ」

 

頬がほんのり赤い。照明のせいだろう。

私は深く考えず、カップの残りを飲み干した。

 

 

石の初期解析を終えるころには、窓の外に夕陽が差していた。

 

「来週だが――」

 

「知っているよ。君は教会へは行かず、私の買い物に付き添ってくれるんだろう?」

 

「ああ、よく覚えてくれてたな」

 

「君との予定を私が忘れるわけないだろ?」

 

冗談めかした言い方だが、彼女の声は妙に真剣だった。

 

「大したこと出来ないけど、荷物持ちくらいは任せてくれ。魔法薬の材料って嵩張るだろ」

 

「そうだね。でも本当は、ただ君と歩きたいだけなのかもしれない」

 

「えっ?」

 

「――街の露店で新しい香草が並ぶ季節なんだ。君の剣油に混ぜたら、防腐と殺菌が長持ちするかもしれないと思ってね」

 

ああ、そういう話か。

一瞬何を言われたのかと思ったが、要は研究用の買い出しの話だ。紛らわしい。

 

「ありがたいな。じゃあ来週はよろしく頼む」

 

私は腰の短剣を外し、卓に置いた。刃に淡い欠けがある。

 

「旅の途中で魔法陣を斬り落としたせいで、刃こぼれしていてね。学院の鍛冶棟に出す前に、君に見せておこうと思って」

 

シルヴィアは短剣を手に取り、刃紋を指でそっと撫でた。

 

「君の武器は、君の命そのものだ。粗末にしてはいけないよ」

 

「わかってるさ。おかげでこうして生きて帰って来られた」

 

「……うん。生きて帰って来てくれて、良かった」

 

胸元で指を絡めながら、彼女は視線を伏せた。

何か言いたげな表情だったが、私はうっかり別の話題を口にしてしまう。

 

「そういえばカミラさんも――」

 

「聖女様の話?」

 

急に空気が変わった気がした。

シルヴィアは微笑んだままだが、何かが違う。何がと言われても、うまく説明できない。

 

「え、いや、司祭として立派だなって。……それだけさ」

 

「そう。立派、ね。――まあ、祈りも大事だけれど、君が危険な遺跡に行くたび、実際に役立つのは術式と道具のほうだと思うよ?」

 

「はは、頼りにしてるよ、本当に」

 

私が笑うと、彼女も笑った。

何か大事なことを見落とした気がする。何を、と聞かれても答えられないが。

 

「さて、解析の続きは夜に回す。グレン、今日はもう帰るかい?」

 

「ああ。宿を取ってあるから」

 

「そう。残念だ。――じゃあ、送ろう」

 

研究棟の回廊を抜け、門まで来ると、石畳に伸びる影が二つ並んでいた。

振り向くと、シルヴィアが門柱にもたれて手を振っている。夕陽に照らされた銀髪が、やけに綺麗だった。

 

「来週、楽しみにしているよ」

 

「ああ、じゃあまた」

 

私は歩き出す。

彼女は私の背が見えなくなるまで見送ってくれていた――らしい。振り返らなかったから、知らないが。

 

 

足音が遠ざかったことを確かめてから、シルヴィアは短剣と魔晶石を見下ろした。

口元がかすかにほころんでいる。

 

「……カミラという女がどんなに魅力的でも、関係ない」

 

呟く声は穏やかだが、底に冷たい熱がある。

指先で短剣の欠けをそっと撫でた。

 

「グレンは、私と未知を探すために生きている。私が護る。誰にも渡さない」

 

蒼い瞳が、夕闇の中で静かに光った。

 

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