聖女と魔女と、鈍感冒険者   作:玉露33333

28 / 33
再びの最深部、先客の影

夜明けの東門に、三人が揃った。

 

秋の終わりの空気は鋭く冷たい。暁の鐘が三つ鳴り、門番が重い扉を開く。石畳の上に朝霧が薄く漂っていた。

 

シルヴィアは研究用の計測機器と触媒瓶を詰めた革鞄を背負い、葡萄色のローブの上に旅用の外套を羽織っている。カミラさんは白いボレロに動きやすい旅装。胸元に双環のペンダントが光っている。

 

私はいつも通りの灰色の革鎧に、剣と短剣。背嚢には三人分の食料と野営道具。

 

「行くか」

 

「うん」

 

「はい」

 

三人で東門を抜けた。振り返ると、王都の城壁が朝靄の中にぼんやりと浮かんでいた。

 

 

星喰いの塔までは馬で三日の道のりだが、今回は辺境守備隊の早馬を借りて二日で詰めた。ヴェラ隊長が風門の砦で待っていてくれた。

 

「グレン。また来たか」

 

「世話になります」

 

ヴェラ隊長は赤銅色の髪を短く刈り上げた女性で、日に焼けた肌に鋭い目をしている。鉄嵐戦争時代から続く辺境守備隊の隊長だ。

 

「帝国の工作員は?」

 

「先週、塔の周辺で三人を確認した。うち一人は計測器を持っていた。撤去しようとしたが罠があって断念。現在もまだ周辺にいる可能性がある」

 

「情報、ありがたい」

 

「気をつけろ。帝国の連中は腕がいい。それと——」

 

ヴェラ隊長が声を低くした。

 

「塔の拍が、前回お前が来た時より強くなっている。計測板がなくても、近づけばわかるほどだ。守備隊の中にも耳鳴りを訴える者が出ている」

 

拍の活性化が進んでいる。

石が呼んでいるのかもしれない。律動の石と静寂の石、離れた二つが引き合うように。

 

「了解した。明朝、出発する」

 

砦で一晩休んだ。

 

 

翌朝。塔が見えた。

 

荒野の中に、灰色の石塔が聳えている。高さ約三十メートル。周囲には何もない。枯れた草と、岩と、風。

 

だが、前回と空気が違う。

 

風に混じって、微かな振動が肌に伝わってくる。計測板を取り出すまでもない。拍だ。塔全体が、鼓動のように脈打っている。

 

「すごいね、これは」

 

シルヴィアが計測板を見て目を細めた。

 

「拍の強度が前回の三倍。活性化が急速に進んでいる。石を回収した影響で、残った台座の拍が不安定になっているんだ」

 

「時間がない、ということですね」

 

カミラさんが言った。静かな声だが、緊張が滲んでいた。

 

「ああ。行こう」

 

塔の入口。石造りの扉は前回と同じように半開きだった。内部に入ると、壁面に刻まれた古代文字が前回より明るく光っている。青白い光が通路を照らし、蛍光灯水晶がなくても先が見える。

 

「地下一層。問題なし」

 

先導する。背後にシルヴィアとカミラさん。隊列はいつも通り。

 

地下三層で最初の自律結界に遭遇した。壁面の術式が赤く光り、侵入者を検知している。

 

前回はここを一人で突破するのに、錨を使って気配を消しながら慎重に進んだ。今回は——

 

「シルヴィア」

 

「了解。逆相、二拍――今」

 

シルヴィアが輪環を操作した。結界の拍と逆位相の波が放たれ、術式の光が揺らぐ。

 

「カミラさん」

 

「はい。浄化します」

 

カミラさんが短い祈りを唱えた。浄化の力が、揺らいだ結界の拍を洗い流すように通り抜ける。

 

赤い光が消えた。結界が沈黙する。

 

前回、一人で十分かけた突破を、二人の術で三十秒で終えた。

 

「二人がかりだと速いな」

 

「私たちがいなくても突破できたんでしょう? 一人で来たときは」

 

「できたが、倍の時間がかかった。効率が段違いだ」

 

「ふふ。褒めてくれてるのかい?」

 

「事実を言ってるだけだ」

 

シルヴィアが小さく笑った。カミラさんも微かに唇の端を上げた。

 

地下六層。石造りの守護者が徘徊する区画。

 

前回はここでゴーレムと戦い、重傷を負った。今回は三人の連携で対処する。

 

私が前衛で剣を構え、シルヴィアが結界を張り、カミラさんが加護で私の防御を補強する。

 

ゴーレムが二体、通路の奥から現れた。石の巨体が床を揺らしながら近づいてくる。

 

「左のは任せろ」

 

剣の灰水晶に拍を通す。同調、転位。ゴーレムの動力核の拍を読み取り、位相をずらす。

 

核が一瞬だけ沈黙し、ゴーレムの動きが止まった。その隙に剣を振り下ろし、核を砕く。

 

二体目に向き直った瞬間、シルヴィアの結界がゴーレムの攻撃を弾いた。

 

「カミラ!」

 

「はい!」

 

カミラさんの浄化がゴーレムの拍を乱し、私がその隙を突いて核を断ち斬った。

 

石の破片が床に散らばる。粉塵が舞い上がり、しばらくして静まった。

 

「怪我は?」

 

「ない。二人とも?」

 

「大丈夫だよ」

 

「はい、問題ありません」

 

三人の連携は、前回の旅で磨かれていた。星喰いの塔に初めて三人で来たときは、まだ互いの動きに迷いがあった。今は違う。

 

地下九層。方向感覚を狂わせる魔力干渉帯。

 

前回、ここでは三人の拍がバラバラになりかけた。だが今回は——

 

カミラさんが賛歌を口ずさんだ。低く、静かな旋律が通路に響く。拍が鎮まっていく。

 

シルヴィアの逆相制御がそれに重なり、魔力干渉を中和する。

 

二つの術が自然に補い合っている。押すことと招くこと。遮断することと浄化すること。

 

「前より楽だね」

 

シルヴィアが呟いた。

 

「ええ。前より、合わせやすいです」

 

カミラさんが応えた。

 

二人が一瞬だけ目を合わせた。何かを確認するように。あるいは——覚悟を確かめるように。

 

私にはその視線の意味がわからなかった。ただ、二人の間にある空気が、以前とは決定的に違うことだけは感じていた。

 

地下十層。十一層。

 

下に行くほど拍が強くなる。壁面の文字が明るさを増し、青白い光が通路全体を満たしている。空気が重い。呼吸のたびに、肺の中で拍が共鳴する感覚がある。

 

錨に触れた。灰水晶が澄んだ音で応える。大丈夫だ。

 

「地下十二層の入口が見えた」

 

通路の先に、巨大な石扉があった。前回と同じ——台座がある最深部への入口。

 

だが、石扉は開いていた。

 

前回来た時は、閉じていたはずだ。

 

手を上げて二人を止めた。剣を抜く。

 

「誰かが先に入っている」

 

シルヴィアが計測板を確認した。

 

「人の拍を感知。三つ。台座の近くだ」

 

帝国の工作員。

 

「どうする?」

 

「行くしかない。静寂の石を取られる前に」

 

シルヴィアが頷いた。カミラさんも。

 

私は石扉の陰に身を潜め、中を覗いた。

 

直径二百メートルの球状空間。壁面の文字が白く輝いている。前回より遥かに明るい。

 

中央の台座の前に、三人の人影が立っていた。

 

黒い外套に、翠嶺山地の紋章。レグノヴァルド帝国の魔術戦士だ。

 

一人が台座を調べている。一人が周囲を警戒している。そして残りの一人――リーダーらしき男が、台座の下に手を伸ばしていた。

 

台座の下。

 

シルヴィアが言っていた。「拍の届かない場所に安置されている」と。完全な遮断区画。台座の直下にあるのか。

 

男の手が、何かに触れたようだった。

 

「急ぐぞ」

 

私は石扉をくぐった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。