夜明けの東門に、三人が揃った。
秋の終わりの空気は鋭く冷たい。暁の鐘が三つ鳴り、門番が重い扉を開く。石畳の上に朝霧が薄く漂っていた。
シルヴィアは研究用の計測機器と触媒瓶を詰めた革鞄を背負い、葡萄色のローブの上に旅用の外套を羽織っている。カミラさんは白いボレロに動きやすい旅装。胸元に双環のペンダントが光っている。
私はいつも通りの灰色の革鎧に、剣と短剣。背嚢には三人分の食料と野営道具。
「行くか」
「うん」
「はい」
三人で東門を抜けた。振り返ると、王都の城壁が朝靄の中にぼんやりと浮かんでいた。
◆
星喰いの塔までは馬で三日の道のりだが、今回は辺境守備隊の早馬を借りて二日で詰めた。ヴェラ隊長が風門の砦で待っていてくれた。
「グレン。また来たか」
「世話になります」
ヴェラ隊長は赤銅色の髪を短く刈り上げた女性で、日に焼けた肌に鋭い目をしている。鉄嵐戦争時代から続く辺境守備隊の隊長だ。
「帝国の工作員は?」
「先週、塔の周辺で三人を確認した。うち一人は計測器を持っていた。撤去しようとしたが罠があって断念。現在もまだ周辺にいる可能性がある」
「情報、ありがたい」
「気をつけろ。帝国の連中は腕がいい。それと——」
ヴェラ隊長が声を低くした。
「塔の拍が、前回お前が来た時より強くなっている。計測板がなくても、近づけばわかるほどだ。守備隊の中にも耳鳴りを訴える者が出ている」
拍の活性化が進んでいる。
石が呼んでいるのかもしれない。律動の石と静寂の石、離れた二つが引き合うように。
「了解した。明朝、出発する」
砦で一晩休んだ。
◆
翌朝。塔が見えた。
荒野の中に、灰色の石塔が聳えている。高さ約三十メートル。周囲には何もない。枯れた草と、岩と、風。
だが、前回と空気が違う。
風に混じって、微かな振動が肌に伝わってくる。計測板を取り出すまでもない。拍だ。塔全体が、鼓動のように脈打っている。
「すごいね、これは」
シルヴィアが計測板を見て目を細めた。
「拍の強度が前回の三倍。活性化が急速に進んでいる。石を回収した影響で、残った台座の拍が不安定になっているんだ」
「時間がない、ということですね」
カミラさんが言った。静かな声だが、緊張が滲んでいた。
「ああ。行こう」
塔の入口。石造りの扉は前回と同じように半開きだった。内部に入ると、壁面に刻まれた古代文字が前回より明るく光っている。青白い光が通路を照らし、蛍光灯水晶がなくても先が見える。
「地下一層。問題なし」
先導する。背後にシルヴィアとカミラさん。隊列はいつも通り。
地下三層で最初の自律結界に遭遇した。壁面の術式が赤く光り、侵入者を検知している。
前回はここを一人で突破するのに、錨を使って気配を消しながら慎重に進んだ。今回は——
「シルヴィア」
「了解。逆相、二拍――今」
シルヴィアが輪環を操作した。結界の拍と逆位相の波が放たれ、術式の光が揺らぐ。
「カミラさん」
「はい。浄化します」
カミラさんが短い祈りを唱えた。浄化の力が、揺らいだ結界の拍を洗い流すように通り抜ける。
赤い光が消えた。結界が沈黙する。
前回、一人で十分かけた突破を、二人の術で三十秒で終えた。
「二人がかりだと速いな」
「私たちがいなくても突破できたんでしょう? 一人で来たときは」
「できたが、倍の時間がかかった。効率が段違いだ」
「ふふ。褒めてくれてるのかい?」
「事実を言ってるだけだ」
シルヴィアが小さく笑った。カミラさんも微かに唇の端を上げた。
地下六層。石造りの守護者が徘徊する区画。
前回はここでゴーレムと戦い、重傷を負った。今回は三人の連携で対処する。
私が前衛で剣を構え、シルヴィアが結界を張り、カミラさんが加護で私の防御を補強する。
ゴーレムが二体、通路の奥から現れた。石の巨体が床を揺らしながら近づいてくる。
「左のは任せろ」
剣の灰水晶に拍を通す。同調、転位。ゴーレムの動力核の拍を読み取り、位相をずらす。
核が一瞬だけ沈黙し、ゴーレムの動きが止まった。その隙に剣を振り下ろし、核を砕く。
二体目に向き直った瞬間、シルヴィアの結界がゴーレムの攻撃を弾いた。
「カミラ!」
「はい!」
カミラさんの浄化がゴーレムの拍を乱し、私がその隙を突いて核を断ち斬った。
石の破片が床に散らばる。粉塵が舞い上がり、しばらくして静まった。
「怪我は?」
「ない。二人とも?」
「大丈夫だよ」
「はい、問題ありません」
三人の連携は、前回の旅で磨かれていた。星喰いの塔に初めて三人で来たときは、まだ互いの動きに迷いがあった。今は違う。
地下九層。方向感覚を狂わせる魔力干渉帯。
前回、ここでは三人の拍がバラバラになりかけた。だが今回は——
カミラさんが賛歌を口ずさんだ。低く、静かな旋律が通路に響く。拍が鎮まっていく。
シルヴィアの逆相制御がそれに重なり、魔力干渉を中和する。
二つの術が自然に補い合っている。押すことと招くこと。遮断することと浄化すること。
「前より楽だね」
シルヴィアが呟いた。
「ええ。前より、合わせやすいです」
カミラさんが応えた。
二人が一瞬だけ目を合わせた。何かを確認するように。あるいは——覚悟を確かめるように。
私にはその視線の意味がわからなかった。ただ、二人の間にある空気が、以前とは決定的に違うことだけは感じていた。
地下十層。十一層。
下に行くほど拍が強くなる。壁面の文字が明るさを増し、青白い光が通路全体を満たしている。空気が重い。呼吸のたびに、肺の中で拍が共鳴する感覚がある。
錨に触れた。灰水晶が澄んだ音で応える。大丈夫だ。
「地下十二層の入口が見えた」
通路の先に、巨大な石扉があった。前回と同じ——台座がある最深部への入口。
だが、石扉は開いていた。
前回来た時は、閉じていたはずだ。
手を上げて二人を止めた。剣を抜く。
「誰かが先に入っている」
シルヴィアが計測板を確認した。
「人の拍を感知。三つ。台座の近くだ」
帝国の工作員。
「どうする?」
「行くしかない。静寂の石を取られる前に」
シルヴィアが頷いた。カミラさんも。
私は石扉の陰に身を潜め、中を覗いた。
直径二百メートルの球状空間。壁面の文字が白く輝いている。前回より遥かに明るい。
中央の台座の前に、三人の人影が立っていた。
黒い外套に、翠嶺山地の紋章。レグノヴァルド帝国の魔術戦士だ。
一人が台座を調べている。一人が周囲を警戒している。そして残りの一人――リーダーらしき男が、台座の下に手を伸ばしていた。
台座の下。
シルヴィアが言っていた。「拍の届かない場所に安置されている」と。完全な遮断区画。台座の直下にあるのか。
男の手が、何かに触れたようだった。
「急ぐぞ」
私は石扉をくぐった。