山腹の斜面を半日登り続け、ようやく目的の場所が見えた。
小塔の跡。
灰褐色の石が積まれた、半壊した塔だ。高さは三間ほどしか残っていないが、かつてはもっと高かったのだろう。崩れた石材が周囲に散らばり、苔に覆われている。入口らしき亀裂が、斜面に口を開けていた。
計測板を取り出す。
震えが強くなっている。王都の鐘と魔晶石が共振したときほどではないが、明らかに何かがこの塔の内部で脈打っている。
「……間違いない。魔晶石と同じ種類の拍だ」
亀裂に身体を滑り込ませた。
中は狭い。大人一人がようやく通れる幅の通路が、螺旋を描いて地下に降りている。壁面は加工された石材で、継ぎ目に古語の刻印が微かに残っていた。
蛍光灯水晶の代わりに火打ち石で松明を灯す。古い遺跡には自律結界が残っていることがある。古代文明が施した自動防衛の仕掛けで、侵入者の拍を感知すると攻撃してくる。こちらが魔術を使えば拍が漏れる。余計な刺激は避けるに限る。
三層ほど降りたところで、通路が広がった。
部屋だ。天井は低いが、四方の壁に文字がびっしりと刻まれている。文字というより、紋様に近い。星綴り文明の古代文字だ。
私は松明を壁に近づけ、一文字ずつ読み取りにかかった。
古代文字の読解は得意とは言えないが、学院時代に基礎課程は修めている。断片的にしか拾えないが、それでも何かは掴めるはずだ。
「……"記録"……"連結"……ここは"二つの"……"拍"」
指で刻みをなぞりながら、ノートに書き写す。
"記録"。"連結"。"二つの拍"。
断片だが、意味のある言葉が並んでいる。少なくとも、この場所が何かの「記録」を目的として造られたことは間違いない。
壁の文字を一通り書き写し、さらに奥へ進んだ。
◆
最奥の部屋は、ほとんど崩壊していなかった。
天井から雨水が滴っているが、壁と床の構造はしっかり残っている。そして部屋の中央に――台座があった。
膝の高さの石の台。その上面に、平たい板状のものが載っている。
薄い石板だ。表面に、見覚えのある模様が走っている。
銀糸。
魔晶石の表面と同じだ。あの銀色の線が、石板の上に精緻な回路のように刻まれている。
「拍刻板……」
学院の講義で習った名前が口をついた。古代文明が拍の術式を恒久的に刻み込んだ記録媒体。教科書の挿絵でしか見たことがなかったが、実物を前にすると、背筋が粟立つ。
計測板を近づけると、針が振り切れそうなほど強く反応した。拍刻板から発せられる振動が、魔晶石のパターンと完全に一致している。いや――一致だけではない。もう少し複雑な何かが重なっているようにも見えるが、ここでの解析は私の手に余る。
これは、シルヴィアに見せなければならない。
慎重に拍刻板を台座から持ち上げた。想像より軽い。背嚢の底に、衝撃を吸収する布で包んで収めた。
壁面の文字ももう一度確認する。読めなかった部分を改めて拾い直し、ノートに書き加えた。
よし。成果は十分だ。帰ろう。
踵を返し、螺旋の通路を登り始めた。
◆
出口まであと一層というところで、空気が変わった。
足元の石が、かすかに震えている。
松明の炎が揺れ、壁の刻印がぼんやりと青白く光り始めた。
自律結界だ。
来たときは反応しなかった。拍刻板を台座から外したことで、均衡が崩れたのだろう。
私は剣を抜き、鍔の灰水晶に掌を押し当てた。錨を起動し、自分の拍を固定する。
通路の壁が動いた。
正確には、壁から「それ」が剥がれるように姿を現した。
石造守護者。ゴーレムだ。
星綴り文明の自動防衛機構。灰色の石で組み上げられた人型の塊が、通路を塞ぐように立ち上がる。頭部はなく、胴体の中央に淡い水色の光が脈打っている。動力核だ。
身体は大きい。通路の幅いっぱいに腕を広げれば、私は逃げ場を失う。
「退いてくれると嬉しいんだが」
返事はない。当然だ。
ゴーレムが一歩踏み出し、通路の石が軋んだ。
来る。
私は背嚢の紐を締め直し、剣を構えた。
拍刻板を守りながら、この狭い通路で石造りの化け物と戦う。
……面白くはないが、やるしかない。
学院時代、師範が言っていた。
「同調は道を作る。位相の反転は斧になる。離脱は命綱だ」
拍を合わせろ。ずらせ。そして、離れろ。
三つさえ守れば、道は開く。
ゴーレムが腕を振り上げた。
私は一歩踏み込み、石の腕が振り下ろされる寸前にその拍を読んだ。