私が思っていた以上にファミリアの財政は不味いらしい。
お酒の販売は好調だった筈が上納金は増えて、集金日も増えました。
一度に入れるヴァリスは減っても、毎回設定金額に届いていないとステイタスの更新もソーマの配布も無し、当然ながら追い詰められる連中も居るわけで、先日は十八階層で見付かったという人工ダンジョンの瓦礫撤去の人員に募集した団員が貴重な金属を持ち逃げしようとしたらしいし、うちのファミリアの信用は低下するばかり。
「久し振りだなあ、アーデ」
「痛い目見たくなけりゃ有り金寄越しな。どうせサポーター風情が設定金額に届いちゃいないだろ?」
まあ、カヌゥ達程じゃなかった連中だってこうなりますよね。
ホームの裏口に呼び出した私に手を伸ばし、不足分を手に入れようだなんて、これで上手く行ったら、今後もするのでしょう?
どうも今日が酒が貰える日なのに少し足りないらしいですね。
「・・・・・・」
私は黙って差し出された手に財布を近付け、相手の愚劣な笑みを眺める。
此方が心配になる程のお人好しなベル様の笑顔とは全く違う、血だって比べ物にならない位に不味そうなのが臭いで分かるし、触るのさえ不愉快な気分ですよ
「そうそう。素直に従っていれば俺達だって優しくして……あっ?」
こんな事があるだろうと分かっていたので用意した空の財布だからだろう、怪訝そうな顔が直ぐに怒りに染め上げられ、それが苦悶のひょうじょうになった。
「ぎゃあああああああああああああっ!?」
財布を受け取ろうとした手を財布と一緒に握り、文字通り骨が砕ける力で握る。
骨が折れて、砕けて、肉に突き刺さり皮膚を突き破って一部が見える状態になった手を更に握りしめれば暴れるんですが私は離さない。
「お、おい……」
もう一人も何が起きているのか分からないのか立ち尽くすだけ……あーあ。
鼻に届いた尿臭、見れば手の骨を砕かれた男は股間を濡らして気絶してしまい、私が手を離すと派手に倒れ込む。
「おい、おいっ! ……テメェ!」
「こんな風になってから状況を理解するだなんてサポーター風情とは違う冒険者様はお凄いんですね。尊敬してしまいます」
「この! 殺す!」
男はナイフを持ち、切っ先を私の顔面に向かって振り下ろした。
「なっ!?」
「あれれ? どうなさったんですか? まさか役立たずのサポーターに止められる筈が無いですよね? 本気でやって良いんですよ?」
私は指でナイフを挟み込んで止め、必死に押し込もうとするのを笑いながら眺める。
……成る程、あの連中が私を虐げた理由が少しだけ分かった気がします。
楽しいんですね、こういうのって……。
「じゃあ、もう時間ですし私は行きますね」
男をナイフと一緒に引き寄せ、顔面に拳を叩き込む。
拳がめり込み、骨が砕けるのが伝わって来る。
鼻と眼下の辺りに小さな拳の跡が深々と刻まれて、目を覚まして治療してもちゃんと目が見えるのかはわかりませんが……無関係ですね。
「……おや? ソーマ様、どうかなさいましたか?」
ふと上を向けば音が気になったのか窓から此方を見ているソーマ様と目があった。
面倒ですね、馬鹿みたいになる酒をばらまく役立たずの癖に。
「この二人が上納金を奪おうとして、最後にはナイフで殺されそうになっただけですよ。二人の有り金はちゃんと全部入れますし、リリはお咎め無しで構いませんよね?」
「……ああ、悪いのはその二人だろう」
興味無さそうに言うと窓を閉める姿を眺め、気絶した二人の財布を抜き取るとホームに入っていた。
「更新が終わった。飲んだら出て行くように」
私は別に酒に溺れている訳じゃないし、上納金だって入れずに脱退金の貯金に当てたかったのですが、ちょっと問題が生じてしまいました。
……血って恩恵を受けていない人のは凄く不味そうなんですよね。
余所者は目立ちますし、オラリオは何かと都合が良い。
まあ、大勢いる所は無理でしょうし、厄介そうなので大勢が所属しているファミリアは避けた方が良いですし、ソーマ・ファミリアは論外。
別の零細ファミリアにでも所属して細々とやって行くかと思いながらステイタスが大して変わらないのを見ているとスキルの欄に新しいのが増えていました。
急に強くなったのも血が飲みたいのも更新で得た力じゃないから反映されないんですね。
・血液接種で一時的に能力向上
・対象との相性で効果に影響
「……ふーん」
このスキルのせいで嫌疑を掛けられる可能性はありますが、発現したのは今日ですし、血を直接吸っている所を見られなければスキルの為だと誤魔化せますし……。
お酒は嫌いですが、一度飲んだ時の幸福感は忘れられない。
だから差し出されたお酒を一口飲んで……吐き気がする味だった。
「おぇっ! ソーマ様、このお酒痛んでませんか? 酷い味ですよ」
口の中に残ったのをペッペッと吐き出し、うがいがしたいのでさっさと出て行きますが、ソーマ様が唖然としていたのは少し笑えますね。
あー、それにしても酷い味でした。
「……痛んでなどいないが。あの者は何故酒の影響も出ていないのだ……?」
「ベル様ベル様! 今日も頑張りましょうね!」
「うん! 今日は何処まで進む?」
今まで碌でもない冒険者に会って来ましたが、今の雇い主は善人なので気に入っています。
ええ、今は兎も角、その内にサポーターにちゃんとした分け前を与えるのが馬鹿に思えて来るんでしょうが……。
「あれ? リリ、今日は新しい武器を持って来たんだ」
「ええ、丁度引退する方がうちのファミリアに居まして、ちょっとご相談して
今日、私は指の骨が完全に砕けて使い物にならなくなった方から平和的なお話をして飴玉一個程度の値段で譲って貰った両手持ちの斧を持ち込んでいます。
元の設定金額なら私から奪わなくて良かった方の武器ですし、まあ、それなりのお値段はしたのでお得な買い物ですよね。
「じゃあ、ベル様。今日も少し休みましょうか。何時も通りリリが先に見張っていますので」
ダンジョンの一角の小部屋、壁を破壊してモンスターの出現を防いだ私はベル様を眠らせる。
今の実力じゃ少し大変な所に来ているので素直に寝てくださいますし……本当に都合が良い。
まあ、目を合わせるだけで眠気を誘えるようになったのも有りますけれど。
「……では、ご馳走になります」
モンスターに負わされた傷に口を付け、寝起きの立ち眩みに混ざる程度しか影響が出ない量の血を飲む。
不味い血は大量に飲まないといけませんが、ベル様の血は美味しいし少しでお腹が一杯になるので本当に出会えて良かったです。
……ナイフ?
いやいや、あんな神聖文字が刻まれたナイフなんて盗んだら足が着きやすいから血が美味しいベル様とお別れする必要があるじゃないですか。
「それにしても本当に不味いお酒でしたね。……変化が起きてから味覚が変わったんでしょうか?」
さて、そんな事よりも食後の運動をしませんと。
斧を手に小部屋の前の通路を進む。
向こうにモンスターが行かないように注意しながら、私は現れたモンスターの頭を叩き割った。
「モンスターは……味が論外な気がします」