のじゃロリBBAで抜けません   作:HIGU.V

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前話を読んで、あらすじも読みました?
タグも見て理解していただけた?

まだならもう一度読んでくれると嬉しい。

ここから先は本当に蛇足、つまらないお話だ、
今日は0721の日だから、作者の自己満足だ。

前話から108時間、煩悩の数たったし、いい機会だから投稿します。


森には足の生えた蛇が住んでいるらしい

 

進め進め北の果てまで。

野を超え山越えどこまでも

怨霊はびこる戦場超えれば、金銀財宝目の前だ。

 

そんな陽気な歌を口ずさむ。

 

それは人類の生存圏の最北方に位置する、巨大な山脈の合間。

竜が住むと噂されるダンジョンに行く、向こう見ずな人間を歌った歌だ。

 

男はそれを口ずさみながら、ダンジョンを下っていく。

焦らず着実に、しかしはやる気持ちは早鐘のようで。

上層の外れにある玄室。正規ルートではないという調査が進んで、見向きもされなくなったその部屋。空の箱が隅に申し訳程度にあり、もう空っぽの部屋だと主張しているようだ。

入って向かいの壁面の。右端から17個上から4つ目の石を5回小突く。

すると、転移罠が起動し、彼の姿はどこかへ消えた。

 

ダンジョンを甘く見た新入りが、また一人帰らぬものとなった。

奇妙な言動を覚えていた奴らは、そういえば見なくなったと酒の肴で話題にする。

その程度の話だった。

 

 

 

■■■■

 

 

「途方もないな、困りはしないが」

 

ヨハンが主に、シルヴィアの居城でしていた作業は、時期によって違ってくる。

シルヴィアは宝を愛でることが趣味であるが、コレクションへの愛着は量があるから一部に向けては多少ぞんざいだった。

彼女の宝物庫の整理は、彼が本格的に彼女の雑務をするようになって行っていたことだ。

うず高くそこら中に絨毯のように敷き詰められた金貨の山。隅に積んである、希少本の塔。積み上げられた木箱の中身は貴重なマジックアイテムだろうか?

 

それが、城の広間といえるほどの、100人でダンスパーティーが開けるであろう、広い部屋に埋まっているのだ。まともな人間ならば管理をあきらめるであろう。

しかし、彼には時間だけはあった。

隻腕の彼には、ひとよりも物を運ぶのに時間もかかる。それでも

 

「シルヴィア様、空いてた本棚に本を並べたぞ」

 

「おおっ! ヨハン! なんか宝物庫が、よりきれいになっておるのう!」

 

時間もあり、暇だと言っているのに。整理整頓をしないでため込むだけの竜の本能故か。そんな彼女が少しとっかかっただけで喜んだのを見て。

彼は久方ぶりに、誰かに必要とされ感謝される。そんな当たり前の嬉しさを思い出せた。

 

「もっときれいにしたいが、物資が足らない。商会とやらで買ってよいか?」

 

「む? 好きにしてよいぞ? ヨハンがここをきれいにしてくれるんであれば、多少財が目減りしようが、関係ないのじゃからのぅ。妾は見栄えにも気にする偉大なる銀の竜じゃ」

 

先代の彼女の母がこの巣を持っていたころから、ため込まれ続けている宝物庫。

隻腕での作業も相成って牛歩ではあったが、少しずつ彼は宝物庫の整理を始めた。

して今、彼は彼女より一定の裁量権をもらった。

 

本棚の追加から始まり、陳列棚、高価なガラスケースなんかも手配してみたい。なんて夢想しながら、今日も彼は金貨を箒ではくのであった。

 

 

 

 

 

 

▲▲▲▲

 

「つまらぬ、お前といてもなにも楽しくないのじゃ」

 

「そ、そんな」

 

「客人のおかえりじゃ、案内せい牙兵」

 

そう興味なさげに言い放った後、牙兵に目の前の男を追い返させる。冷たく魔性の美をたたえる相貌は、愛想笑いの一つも浮かばず、銀は銀でも白銀の世界の冷たさだ。

 

その男からすれば、周囲を取り囲む牙兵などその気になれば鎧袖一触。その程度には力があった。しかし、もしそうした場合、ただでさえ不機嫌にこちらを睨む彼女の機嫌を損ねれば……1000年も生きていない生が終わりを迎えるであろう。

これ以上は無理かと、彼は渡すことすらできなかった、彼の一番の貢物をそのままにすごすごと帰っていく。やはり、高望みが過ぎたかという諦めもあったが。

 

 

「ふんっ、つまらぬ。全く何をもって妾に釣り合うと思ったのじゃ? あ奴は?」

 

ありていにいれば、彼女のもとに来ていたのは求婚だった。

営巣期に入ったドラゴンが、あなたに来てほしい巣を作ったと、そんな風に声をかけてきたのだ。

 

「シルヴィア様に釣り合う竜は、同世代にはちょっといないですねぇ?」

 

「むぅ、悪魔よ。であればなぜこんな話を出してきた」

 

商会より派遣されている、その女悪魔を軽く睨む。今回のこの謁見は、商会から話が来たものだった。

 

「だってぇ、シルヴィア様もそろそろお年頃ですからぁ、珍しくチャレンジャーも来ましたしぃ」

 

「……ふんっ、妾は既に偉大な竜だが、まだ番いはいらぬっ!」

 

「そう言って何年ですかぁ? ヨハンちゃんがいなくなってもう────」

 

「────やめろ、いくら貴様とて許さぬぞ」

 

冷たい声。普段の若干舌足らずにしゃべる、のじゃのじゃ言ってる彼女ではない。その言葉を口にするなと、そのことを思い抱えるのは、自分だけだと。

本来竜は恐ろしく嫉妬深い生き物であり、自らの竜の騎士の墓すら、よほど親しくない限り親族にすら参らせない。そんな竜の睨みを前に。

その女悪魔は『失敗したなぁ』と軽く笑うだけ。

それは別に実力や、長年彼女と彼を見てきた信頼によるものではなく、単に彼女の肝が座っているだけだ。

 

「すみません。彼はおいておくとしても。あの貢物が全財産の代表なら、多分金貨が小山一つ程度ですか? そんな総資産のドラゴンじゃ、釣り合いませんからねぇ」

 

「……わかればよいのじゃ、それとふた山ほどはある感じじゃぞ、質があまりないようじゃ」

 

ただでさえ機嫌が悪かったのに、ヨハンの名を聞いて彼女は更に心が逆立つ。メスのドラゴンは年々気性が荒くなる、営巣中は特に。彼女は営巣前ではあるが。

彼女が今立ち去った竜の総資産がわかるのは、ひとえに竜の財宝への嗅覚からだ。彼彼女らが使う言葉は、魔法のような声質を持つ、詠唱を必要としないで超感覚を持つ。

そんな竜達が全財産を差し出すのが求婚の証であり、こうして他所の巣に来る時は全財産の代表の物をもってきて、渡して見せる。それだけで相手はその竜の大凡の財産がわかってしまう。ごまかしは効かないシビアな習性だった。

 

閑話休題。彼女は自室を後にして、乱暴に宝物庫の奥の金貨で積み上げられた寝台に向かう。昼寝やくつろぐためだけに使うそこは、寝室に比べて幾分も簡素で、使い古されたこの場に似つかわしくない寝台が1つある。

 

そこには一本の銀の棒がおいてあり、彼女はいつものように、乱暴にドレスを脱ぎ捨ててから、それに足を絡めて胸にかき抱くようにして懐にうずめると、ゆっくりと目をつぶり、微睡みへとふけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い何も見えない通路を進んでいく。細い細いそこは、魔物の気配も、人の気配もない。ただただぐにゃぐにゃと曲がりながら下っていく道。灯り一つない、人が一人ギリギリ通れる程度の幅の道。

 

かかっている罠は、ただ1つ。明かりを灯した物に襲い掛かる毒矢だけが等間隔で天井にある。

 

そんななにも見えない細い通路を彼は静かに進んでいく。手で石壁を触る感覚を楽しみながら。

あんなにも磨いたのに、この感触を忘れていたな。いやわかるわけ無いか。なんて内心笑いながら。

 

気が狂いそうな暗闇をまだ、余裕綽々と。

冥府に続くかのような深淵を、散歩のように。

踏み違えれば、自身の場所さえわからなくなりそうな中を。

 

 

彼はただただ進むだけだ。

 

 

 

 

 

■■■

 

「ヨハンちゃん、この内容でいいのぉ?」

 

 

宝物庫の整理も年単位の整理で何とか形になり。ただの宝置き場から、来客を招いて自慢できるそれになったころ。

彼は人間がまず手に入れることのできない、最上級の契約書を、取引相手の悪魔に見せていた。

 

「草案だが不備はないし、対価もこれで十分だと思うが?」

 

「あ、そっち? いやこれ一枚で城が立つ、大悪魔とも結べる契約書よぉ?」

 

「シルヴィア様が気にしないならいいだろ」

 

実際のところ、彼女の所有物の契約書を勝手に使うのは、大分まずい筈なのだが。彼は宝物庫を良くするための裁量権でゴリ押すつもりだった。

 

それにシルヴィアはもとより金貨や宝石に銀などの、わかりやすく光るものが好きで。壺やら絵画などの芸術品や、マジックアイテムなどの実用品はあまり興味がない。まだかわいい服の方が関心ある程度だった。

竜らしく、子供らしい好みである。

 

 

「確かにシルヴィア様は、たまに買うのドレスくらいですけどぉ」

 

「紫のやつは一度褒めたらよく着るようになった。可愛らしいことに」

 

「ヨハンちゃんも罪な男ねぇ……本当に」

 

彼が取引している悪魔は、シルヴィアが取引の際に人間であるヨハンを使うようになってから、担当が変わり彼女となった。悪魔らしく名前を名乗らない、女悪魔と呼べば片がつく。意外なことに彼女は付き合いの割にシルヴィアにも気に入られていた。

 

「うん、契約内容は『死後最短での人間への生まれ変わり』対価は、『今後すべての精』うーん……少し釣り合ってないけどぉ。契約書の効力とお友達割とヨハンちゃんだからOKかなぁ?」

 

「お前は……なんか、悪魔らしくないな」

 

前の取引をしていた悪魔は、もっとこちらを下に見るように慇懃無礼であった。それでも契約に関してはシビアで誠実だったので、まるで格上で堅気な貴族と話しているようだ。といった程度の印象であり、悪印象はなく悪魔らしい悪魔だと彼は思ったものだ。

 

しかし、目の前の彼女は違う。青肌で、整った容姿を持ち、金髪というのは普通だが。どこか人間臭さを感じる。

 

「まぁ私は人間界育ちでぇ。先祖返りの悪魔なのぉ。ママがハーフでぇ、パパが人間。でもすごぉい力を持ってたからぁ、ひいお祖父様の紹介でこっちに来たってわけぇ」

 

「ほぼ人間ではないか?」

 

人に歴史あり、いや悪魔に歴史ありか。

結ぼうとしている契約がひどい物ではあるので、他に出せるものも考えていたが。何と契約書の添削までしてくれるのだから意外だったが。もちろん全部を信用せず、文献などで裏をとっているが今のところ嘘はつかれていない。

 

「最初は人間として育てられたのだけどねぇ? パパのことぉ堕落させようとしたらぁ。ママと大喧嘩になってぇ」

 

「いや、やっぱ悪魔だな」

 

初手で実の父親を食いに行くのは、悪魔的所業もいいところだろう。思わず冷や汗が垂れる。

手に持っている契約書、もう一度見直しておこう。そう決意しながら。

 

「だって、パパ超絶倫でぇ美味しそうだったんですぅ……結局ママにぃ名前も魂も精も、ぜぇんぶ差し出してから死んじゃったけどねぇ……腎虚で」

 

「悪魔の家系じゃないか」

 

性悪な悪魔に搾り取られ続けて、何もなくなり死んだ男を思い浮かべて。自分も気をつけねばと思い直すヨハン。

だが、そんな様子を見て女悪魔は静かに笑う。まるで自分たちだけが知ってれば良い真実があるかのように。

 

「まぁ、だからぁヨハンちゃんに協力しちゃうんだろうねぇ。悪魔の性は変わらないから」

 

「どういうことだ?」

 

「ううん、なんでもなぁぃ」

 

永遠を契約した伴侶という存在がいた男に入れ込んだ次は。種族の違いを少しでも縮めようとして相手のために悪魔と契約する男。

他の女を見ながら、こちらにも少しだけくれる情。それを求めるのが彼女の救いのない性だった。

 

「まぁざっくり30年以上は貰うからぁ、死なないでねぇ?」

 

「わかっている」

 

しばらくして、彼はその女悪魔と契約を交わした。どうせ使えないのならばと投げやりな理由で。寿命を迎えるときまで、彼は定期的に対価を払い続けていた。

 

シルヴィアは終ぞ、この事を知らぬまま。

女悪魔の心情は誰にも知られぬまま。

彼は契約を結び履行していったのだ。

 

 

 

▲▲▲

 

寝台でまどろむ彼女は夢を見ていた。遠い遠い、まだ二人で暮らしていたころの夢。

────まだ彼の髪が銀色になりきってはいなかった頃

 

「良いのう、金貨の輝きは本当に良いのぅ」

 

「それは何よりだ、シルヴィア様」

 

彼が一部の金貨をさらに愛でられるように壁と敷居を作って、金貨を集めた場所。まさに金貨の山ともいえるほどに、ドラゴンの体のままですら金貨にも潜れるという金貨の湖がそこにあった。

 

しかも、彼が暇なときに金貨を磨いては置きなおしているため、キラキラと眩い光を放っている。ドラゴンにとって最高の癒しスポットである。

 

「ヨハンこれは良い仕事じゃ、ほめて遣わすぞ」

 

「ありがたい幸せです。はいはい」

 

半分以上は彼の拘りというか凝り性による物なので、特に気にしていない。若干の罪滅ぼしの意識があるとかないとか。

彼女もそれが分かっているのかいないのか、不備に関しては特に言及しなかった。

この辺は気分屋である彼女らしくもある。

 

「まぁ、欲しいものがあったら言うのじゃぞ?」

 

「そうですね、考えとく」

 

今度は仰向けに金貨に体を投げ出す。彼が整えた金貨が湖の上に、彼女のなだらかな体が広がっている。静かな湖畔の湖面の様に波立っていない。

 

「時に、ヨハンよ」

 

「なんだ」

 

「お主は金貨が好きではないのか? 人間はみな好きなものかと思ったのじゃが」

 

この世界に流通している金貨は、基本的に古代に悪魔が広めたものだ。人々を堕落させるために。それを真似して人間が作ったりといろいろあったが、世界中どこでも使えるという意味では貴重且つ、普遍的に好まれている。

しかしヨハンは金貨に、というよりも金品にあまり執着を見せないのが、彼女としては不満だった。そもそも給料すら渡していないのだ。

もっともこれは彼女は傅かれるのが当然の生まれと育ちで、そういった概念が薄いから気づいていないに他ならない。

 

「……そうだなぁ」

 

ヨハンは別に金貨が嫌いでもいらないわけでもない。ただ必要以上に欲しいわけではない。勝手に自分の物を彼女の金で買ったりはするが、それも回ってこのダンジョンの管理などにつながるものなので。

そういった意味では一貫している。

しかし、それは人間以上に金貨への執着があるドラゴン相手に、金貨好きじゃない。というのも、少し座りが悪いというか、話の腰を折るような気がして。とっさに思ってもないことを口にする。

 

「俺は、銀貨の方が好きだからな」

 

補助通貨として銀貨銅貨もあり、地方農村などではむしろそちらが主流だ。

大口客の彼女が取引しているために、商会は基本金貨単位での売買しかしてない。その為この宝物庫にはほとんどそれらは存在していないが。

 

「ほぅ。して、その心は?」

 

シルヴィアとて銀貨は知っているが、価値が低いので目の前に金貨があるのに、わざわざ探して掘り出すというものではない。それは彼女のドラゴンとして、知的生命体として当然の判断だ。

 

「銀色の方が、シルヴィア様を思い出して綺麗だからな」

 

なんて、適当なことを言ってみる。困ったら煽てておけば機嫌が取れるなんて。とまでは思っていないが、ヨハンは誤魔化しているだけでからかうような意図はなかった。

 

「んなっ! わ、妾の銀は、そのような安いものではないぞ!!」

 

また、妙な比較ポイントで怒り始めるシルヴィア。

銀メッキが好きなのに、妙なこだわりがある様子だ。まぁ確かに高貴なドラゴンにお前は金貨未満だなんて言えば、殺されてもおかしくはないか。

 

「銀は磨くと、わかりやすく輝くからな」

 

そう言いながら彼は懐から取り出したのは3枚の銀貨。彼によって丁寧に磨かれているのか、そこらの宝石よりも輝き。金貨にも勝らずとも劣らない。そんな輝きがあるそれだ。彼が此処に来たばかりの頃に流石に義手でいきなり金貨を磨くのが怖くて、かろうじてもっていた自分のそれを練習台に使っていた。それだけの話で銀貨はいまだに彼の懐にあった。

 

「お、おおっ!? なんじゃこれは!! ヨハン、これを!?」

 

「はいはい、献上いたしますよ」

 

こうなるのは分かっていたのでそのまま差し出す。金貨の上に座り込んでいる彼女に手渡せば、一度胸にギュッと抱いた後、少し驚いて。その後は顔の前に持って行き恍惚の表情で眺める。

 

慈しむように天井の光に透かしながら、彼女は微笑む。まるで咲き誇る花束をもらった生娘のようだ。もらったのは銀貨というのはいささか以上に即物的だが。

 

「おぉう……よいのう、銀も」

 

「だろ? 」

 

まぁごまかせたであろうと思い彼は宝物庫の整理を続けようと、その場から離れようとする。

 

「ヨハンっ!!」

 

「なんだ? シルヴィア様」

 

その彼の背中に向けて、大声で彼女は呼びかけた。珍しく頬を紅潮させる顔で。

 

「これは、そうじゃな300年後に! 気が向いたら返事を返すからのぅ! お主の願いを叶えてからじゃからの? 泣くんじゃないぞ?」

 

「?? ああ、そうだな」

 

相変わらず時間間隔がぶっ飛んでるなぁ。なんて思いながらも、彼は仕事に戻る。シルヴィアが少しでも喜ぶようなそんな住処にするのが、彼の今の生きる意味だから。久々に願いに関して急かされたので、まぁ忘れるまでは少しだけ距離をおいておくか。なんて考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い暗闇を抜けた先。そこは少しだけ開けた古ぼけた絨毯が敷かれた小さな玄室だ。

隅にはカビの生えた麻袋の中に、保存魔法がかかった少しばかりの水と食料がある。

 

彼は魔法が切れていないことを確認してから、貪るようにそれらを平らげる。

2日間も降りっぱなしだったのだ。それはもう腹も減る。

持ってきた食糧はまだあるが、補給品の方がよっぽど上等だったから。

 

一通り食べ終えた彼は、荷物を枕にして絨毯の上に横になる。毛布を取り出し包まるとそのまま小休止だ。

ここからはもう3日程降りていく必要がある。足場の良くない暗闇の細い通路を下り続けるのだ。

しかし、ここには変わらずモンスターもいない。もう中程までは来たかと考えながら、彼はゆっくりと体を休めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■

 

「ダンジョンの構造を知りたいですかぁ?」

 

「ああ、一応住処のことだしな」

 

彼は同僚というより取引相手の女悪魔と、彼らの商会に間貸ししている、ダンジョン側近くの部屋まで訪れて開口一番そう尋ねた。シルヴィアとの生活の関係上、かなり距離のある故にあまりこちら側までは来ないが、用事があったから仕方あるまい。

 

「まぁ、構いませんけどぉ。持ち出し厳禁ですよぉ? ヨハンちゃん」

 

「当然だ。読んだら燃やしたいくらいだ」

 

馴れ馴れしいちゃん付けという呼び名も気にすることなく、自身の寝台よりも大きい羊皮紙に事細かに書かれているそれをじっくりと見つめる。

 

「これだけの大きさに書いても、中層までなのか……」

 

「ええ。上層はほぼ人間とぉ、野良魔物の縄張りにしてぇ。我々はたまに回収するだけ。メインは中層ですねぇ」

 

本当に、広大且つ深淵であるのだと改めて気づかされる。これを徒歩で攻略しようと多くの人間が街まで作っているのだから恐ろしい。

 

「……この横の細いのはなんだ?」

 

「あ、気づきましたぁ? 非常通路です」

 

彼が見つけたのは、髪の細さほどで隅に一本だけ書かれた細い線だ。ぐるりとダンジョンの外側を貫いて居る。

 

「危なくないのか? こんなのを見つけられたら」

 

見ると、上層の方に途切れているところから、この居住区の直ぐ側まで。どこにも交わらないで伸びている。

 

「超強力な結界で囲ってますしぃ、入り口と出口以外からは入れないからへぇきですよぉ。万が一の際にこれで我々だけでも逃げられるように作りましたぁ。先代が」

 

シルヴィアは許可しているらしい、というよりも彼女の母に許可をとって作った通路だとの事。

竜はこんなにも適当なのかとも思ったが、このダンジョン自体もシルヴィアの祖父が作ったものらしい。雄の拘りが雌にとってはどうでもいいだけか。と、どの生物でも変わらない悲哀のようなものを感じ取ったヨハンは、気にしないことにした。

 

 

「歩いて……10日ほどか?」

 

「上からくると5日くらいですねぇ、下りなのでぇ」

 

人間の足でという但し書きはつくがその位だ。悪魔の彼女たちは、ここまで敵に来られて転移門や出口まで行けなくなった場合、ここをゆっくりと昇って退避するのであろう。

多くの人間が、ダンジョンの主が居たであろう最奥に殺到して、手薄になったあたりで上層の外れに出る寸法のようだ。

 

 

「この中間のあたりに、休憩室を作れないか?」

 

「えぇ?」

 

唐突に彼はそう言い放つ。何の意味があってかはあえて聞くまい。なにせ契約者なのだから。

 

「金は俺が(シルヴィア様の財布から)出す」

 

「まぁ、できますけどぉ……よぉし、ヨハンちゃんの頼みなら、お姉さん頑張るねぇ?」

 

商会の立場としても、オーナーの負担でオーナーの意向通りの改装扱いになるであろうし、問題どころか推奨するべき話だ。儲け話は何よりも重い。

 

「おねえ? え? 誰が?」

 

「それはどういう意味のえ? かなぁ? ヨハンちゃぁん?」

 

話してみれば驚くほどに気さくな、この女悪魔。年に数度用事があれば会う程度だが、打てば響く感じは嫌いではなかった。だから契約を持ち掛けたというのもあるが。

 

そんな彼の珍しい軽口を咎めながら、まっすぐに目的だけを見ている彼を見て。

ままならないなぁ、彼女はそう静かにため息をつくのであった。

 

 

 

 

▲▲

 

 

「お・こ・と・わ・り・じゃ!!」

 

巣を見に来てほしいという、1000年ほど年上の竜からの手紙にそう返事を書いて、彼女は封をする。家のシンボルが描かれた封を見ながらため息をついて、後ろに放り投げる。

ワラワラと牙兵が出てきて、それをどこかへと運んでいく一連の流れ。退屈でつまらないが必要な作業だ。

 

全く、雄なら勝負にはその身一つで来んか。これならまだこの前のふた山の奴の方が胆力があったぞ。

竜にとって全財産と言われ代表を差し出されれば、その財産の価値はわかるが。やはり視覚的な物量などで、多少下駄も履けるのもまた事実。そういう意味で巣に招いて、自分を大きく見せるのは正解なのだが、彼女のお眼鏡にはそもそもで叶わなかったようだ。

 

「そんなんじゃ3万を過ぎてまだ未婚じゃぞ」

 

文句を言いながら、彼女は机を後にしてベッドへと倒れこむ。サイドボードに置いてある本にゆっくりと手を伸ばして、ページをめくる。

 

もとより読書は嫌いではなかった、時間が潰れるから。しかし小難しい魔導書や歴史書。哲学書といったものばかりが宝物庫にあるので、気が向いた時にしか読んでいなかった。

 

しかし、心境の変化がいつからかあったのであろう。彼女が以前低俗と切り捨てていた、人間たちが読む娯楽小説を、商会の伝でたまに取り寄せて読む。そういったことをするようになった。

 

人間の寿命や時間への感覚、営巣をしない恋愛観。驚くべきことは多くあり、もっと早く知っていればと思う日もあった。しかしそれ以上に、回りくどいアプローチと求婚で結ばれていく男女の様子などを読むのが、いつしか趣味となっていた。

 

「おいっ! どうしてそこで押さぬのじゃ!? 彼女はずっとお主を待っておるのじゃぞ!?」

 

本の登場人物にヤジを飛ばしながら、ページをめくる。

人間は男も女も弱い、だから群れて生活していて。そうすると群れの意思が自分の意志と相反することもある。その障害を二人で越えようとする。そういう話ばかりであり、よほど人間は窮屈に生きておるのじゃろうと、冷たい頭でそう考えたが。

 

それはそれとして、長年連れ添ったヒロインが、自身の半分も生きていないから。という理由で身を引こうとする主人公に、彼女は不満が爆発している。

 

「年の差がなんじゃ! 妾はっ……」

 

そこまで言って、自分が何を言おうとしていたのかに気が付き、ページをめくろうとしていた手は止まる。

年齢の差、双方の比率ならばともかく。その距離だけは生涯覆す事はできない。

 

「そうか……年の差があると、こんなにも人間は……」

 

10や20の差など、竜からすれば誤差もいいところだ。しかし寿命の1/10以上と言われてみれば。それだけ差があったら、年上は確かに気を使うし、年下も自分は子供に見えるのだと、身を引いてしまう。その可能性に彼女は至った。

 

「そうか……そうじゃったのか、ヨハンよ」

 

そう、彼女は自身の感情が何かを完全には定義していなかったが、ここで一つわかったことがあった。

 

 

 

「妾が大人すぎて、気が引けていたのじゃな……」

 

彼は彼女よりも随分年下だった。

ヨハンはきっと年上のシルヴィア、つまり自分から子供のように見られてしまうから。

あのような態度を取ったのであろう……

 

「全く、儘ならぬのぅ……」

 

 

 

一つ大きくため息をついてから、彼女は再び物語の世界に溺れていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先の見えない闇。闇。闇。

 

3日歩けば抜けられるというのは、頭でわかってても、気が狂いそうになる。闇で目が効く悪魔と違い。彼は真っ暗では何も見えない。かといって明かりの1つでもつければ、毒矢に打たれて終わりだ。

 

それでも、まともな人間なら発狂する道でも、彼の目的地に行くのであれば最適解だった。

普通の大迷宮を下る道であれば、一人では命がいくつあっても足りないし。かといって徒党を組んでも、何年掛かるか分かりもしない。地図こそは頭に入っているが、魔物相手に戦う技術などはある程度しか持っていなかった。

 

この道にもしモンスターが入り込んでいたら。それが夜目の効くものだったら。そう考えれば心が恐怖に押しつぶされる。しかし彼には迷いはない。こんなことで怯むような魂では、そもそも来やしないのだから。

 

遠くにぼんやりと光が見え始める。

 

幻覚だろうか?

 

瞼を閉じているのか開いているのかもわからないほどの闇だ。ぎゅうと力むほどに思い切りつぶってみると、ぼんやりした光は見えなくなる。

 

ああ、ついに出口だ。

 

逸る気持ちを抑えながら、彼はその光へと歩を進める。

時折休み休みしていたが、それでも3日の行軍だ。体力は確実に奪われている。

 

そして自身の鼓動が聞こえる程に大きくなるのを感じながら、彼は突き当りの扉を開ける。

最初はしかりと瞼を閉じていたのに、それでも刺すような光が目を焼いてくる。

ゆっくりと目を手で覆いながら少しずつ開けてみると、夢にまでみた赤い絨毯と岩肌が広がっていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加齢のせいもあるが、鈍い疲れが溜まった体を起こして、一人となった部屋で彼は起き上がる。

義手で器用に髭を剃り、銀色に染まった自身の髪を整えて、濡らした布で躰を清めてから服を着ていく。袖を通した後、皺一つないのを確認して頷く。

 

長年付き合ったこの義手の良いところの1つは、ふわふわ浮かぶ小石の指を熱すれば、手の感覚で皺伸ばしができる為、美しくこうした服を着れることだろう。

その後部屋を片付け、昨夜の痕跡がないかを確認して自身も部屋を出る。

 

彼の部屋はシルヴィアの居住区の中ではやや外れの方にある小さなものだ。客間は豪勢だが落ち着かず何年も前ににここに移ったが、いろいろ考えると正解だった。

 

倦怠感と嫌になるどころかすっきりとした気持ちで、彼は今日の業務に取り掛かる。とはいってもノルマもなにもない。強いて言うのならば、もうすぐに迫った彼女の嫌いなとても冷えるらしい日────天文魔術的なものらしいが────のために暖炉の点検だけは済ませておくか。といったところか。

 

必要な道具を取りに倉庫へと足を向けると、運がないことにいつもの女悪魔が倉庫から出てきた。

 

「おはようございますぅ。昨日はよく寝れましたぁ?」

 

「……ああ、おかげさまでな」

 

事実嫌いではない契約相手だが。また朝から会うのは勘弁したい。

この女悪魔、悪魔なのに普通に朝型なのだ。

 

「シルヴィア様は?」

 

「まだ寝てらっしゃる、先に暖炉をメンテナンスしようと思ってな」

 

彼女の横をそう返しながら通り抜けて倉庫に入るが、なぜか後ろからついてくる。

 

「良かったんですか?」

 

煤払いを探して物色していると、変わらず後ろにいる女悪魔から質問が飛んでくる。暇なのだろうか? いや、この居住地にいて、暇がないものはいないので仕方がないか。

 

「何がだ」

 

わかってはいるが、しゃくなので恍ける。シルヴィア様ならともかく、この女悪魔に気を遣う義理はないからだ。なにせ対等な契約関係故に。

 

「別に思い立った時点でぇ、眷属なり騎士なりになるように願い出れば。少なく見積もっても100年は生きれたと思いますよぉ? ヨハンちゃんの寿命ならぁ」

 

「……」

 

「でもぉ今みたいに、昨晩みたいに契約の代価を用意し続けてぇ、それで博打打ちなんて、ねぇ?」

 

女悪魔の言っていること自体は正論だ。シルヴィア、偉大なる銀の竜。

昔も今も彼女に抱いている気持ちは、この鈍く罅が入った心でも、変わらず純粋な親愛だ。

情欲を抱くには幼すぎたし、愛を抱くほどには遠すぎた。それでも、この場でずるずると暮らす様になって。3年もすれば彼女がいるからこそ、自身がまだ生きているのだとそう気づいた。気づいてしまったのだ。

 

人間にとっての3年は、とても長い。働いていればあっという間でもあるが、仕事先でも家でもずっと共にいる相手など。こちらに面白がって寄ってくる、世話を焼いてしまうほど隙だらけの少女を、どうして嫌いになれようか?

生きていく意味は見いだせない。それが外に出て暮らす意味は見出せなくなり。彼女のために生きよう。そうなったのは、きっとシルヴィアが思うよりも、ずっと早かったはずだ。

 

人間の心は竜のそれに比べて急流なのだ。

雄大で力強く長い川は、時として龍と例えられるが。水の流れは何もなければ往々にして穏やかであるのだから。

 

 

「それを言うのは、契約に必要なのか?」

 

「ヨハンちゃんに聞きたいだけ。でもぉ、履行の際に考慮はするかもねぇ?」

 

どうせしないであろう、悪魔だから。そうは思っていても、多少自身が煩わしいだけで、爪一枚分でも可能性が厚くなるのなら、言うべきであろう。

 

 

「……好いた女を抱きしめることもできない」

 

「え?」

 

「この腕では、小さな彼女ですら抱きしめることが出来ないんだ」

 

 

馬鹿げていると普通は言うであろう。狂っているとも思うかもしれない。彼が確実な方法を捨てた理由、それはただ単純に義手でなく、自分の腕で彼女を抱きしめたかった。

本当にそれだけの理由で、彼女の願いという招待を使わなかったのだから。

 

「別にこの腕にも体にも文句はない。この体でしか生きていけないのなら、喜んで受け入れただろうが」

 

彼はいつの間にか義手に煤払い用の道具を持っていた。

そして女悪魔に向き直り目を見つめて言い放った。

 

「だが、男なら。好いた女の為に命を懸けてみる。そういうものだろうよ」

 

老齢に入った男の、重い言葉だった。その視線は確かに女悪魔を見ているのに、目には映っていない。彼の瞳の奥にいるのは、あの銀色に輝く少女なのだろう。

 

女悪魔は、小さく母譲りの金色の髪をなでて、何度か前に長い方が好ましいと言われてから伸ばしていたそれを思い出して、馬鹿らしさに笑う。

でも。そういうところこそが彼女の癖であるのだと、熱く冷たくなる心を表情で蓋して笑みを作る。

 

「妬けますねぇ、ヨハンちゃん。ごちそうさまですぅ」

 

「まぁ、それが悪魔に頼るというのは、情けないがな」

 

「そこは、別の女に頼るって言いましょうねぇ?」

 

そう言ってやれば、彼の表情はさらに歪む。苦虫を噛み潰したかのようなそれだ。

そう、その表情だ。嫌悪感はなく有り難みもある、でも本意ではない。

ぐちゃまぜになった感情を向けられている。

 

それだけ、一途にあの少女を思っているのだろう。まさに人間らしく、そして心が壊れているからか、歪んで歪だ。堪らぬ狂おしい。

 

「掃除に戻る」

 

「はぁい、頑張ってね、ヨハンちゃん」

 

逃げるように退散していく彼を見て、彼女は思う。何年ずらせば良い具合になるかを、母譲りの優秀な頭脳で考える。

きちんと自身の心を度外視できるかわからないので、何度も何度も計算し直しておく。

全ては契約者のために。悪魔らしく冷徹に。そして何時か仕事が終われば、髪を切ろうと決めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心を込めて磨いてくれる人がいなくなったからか、少しだけくすんでみえる宝物庫の金貨の湖、いやもはや海。

そこに竜の姿のまま横たわっていた彼女は微睡みから目を覚ます。

いつからかついた、いや正しくは再発した悪い癖だ。

 

ヨハンがいたころは、彼を潰すかもしれないからと竜の形態にはあまりならなかった。いつの間にか宝物庫で服を脱ぐこともやめていた。なんでだったかを思い出そうにも、何度も何度も同じことが短い間にあったのであいまいだ。

 

体を震わせればジャラジャラと、それだけで家が建ちそうなほどの金貨が彼女の銀色の鱗から零れ落ちる。それから人間の姿に戻ると、隣の山の上に脱ぎ捨てていた服を着なおす。

 

首元に違和感を覚えて探ると、いつもつけていた小袋がない。魔力をほとばしらせて探ってみれば、何事はない。寝台の上の銀の腕にかけていたようだ。きちんと回収して首にかけなおす。

チャリンと小さな音がなり、その安っぽさに苦笑いしつつも、改めて彼女は宝物庫を後にする。

 

そろそろ食事をとらねば。

 

ヨハンがいたころは彼に合わせて細かく何度も取っていたが、今は一人食べるだけなので気まぐれだ。空腹か、酒を飲むついでにのどちらかでしか広間へ向かわない。

 

食事をとっていると暖炉が視界に入る。彼がいなくなってから、何度かの寒い日を超えた。最初のそれは恐ろしい寒さに凍えそうになった。

人間の体のまま毛布をくるまって、その毛布に火が付きかけるほどまで暖炉に近づいても、全く震えが止まらなかった。

見かねた女悪魔が、私的には滅多に話しかけてこないに関わらず、彼がたまにシルヴィアの金貨をくすねて買っていたという、恐ろしく強い酒を出して、隣で酌をしてくれた。

妾の金貨でなんてことをと思ったが。その怒りとそのただただ度数が強いだけの味がしない、時折火がつく酒という馬鹿らしい買い物に。そして久方ぶりに彼のことを思い出話として女悪魔と話すことで乗り切った。

それからだろう、時折彼女たちが私的に話すようになったのは。

 

そんな、辛い思い出が湧き上がるが気にせずに食事を続ける。昔使っていたものより、1サイズだけ大きいものを使うようになったカトラリー。そのことを自慢したい相手もいない中、しかし彼女は。

 

 

竜の本能として、死ぬことなく生きていくのであった。変わらぬ日々を。

 

 

永遠に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シルヴィア様ぁ」

 

ふと、そんないつかの食事の風景を思い返しながら、自室で彼女は意識を取り戻す。

はて、何をしていたか? ああそうだ。

また転寝をしてしまっていたか。すこしだけ昔より窮屈に感じる豪奢な椅子に腰かけて、彼女はいつの間にか真横に立っていた、女悪魔に起こされたようだ。

 

「侵入者が、来ましたぁ」

 

「……ほぅ? ついにか」

 

母との約定に従い、彼女が成熟するであろう頃まで、下層に到着するころまでは。彼女による迎撃を禁じられていたが、ついに彼女も竜殺しとの戦いという、また一つの通過儀礼に挑めるのだ。

 

最も、中層の最後に配置されていた。巨大なサイクロプスの集団を突破して疲労困憊になっているであろう、かつ対物理で編成を固めているであろう冒険者の一団を、奇襲気味に襲うという初陣になるように。母と当時の商会側の配慮で固められていたが。

 

「して、誘導の方は?」

 

「大変申し訳難いのですがぁ、既に居住区程近くまで裏道を使われて侵入されましたぁ。敵は一人です」

 

「な、なんじゃと!?」

 

 

まさに寝耳に水。驚きを隠せない。というか裏道なぞあったのかと、宝の湧く畑くらいにしかダンジョンに興味がない彼女は驚いていた。

 

「契約に従い、悪魔商会の悪魔達は直接の戦闘をしません。ソロの侵入者は装備もレベルも大したことはなさそうですぅ」

 

「そうか……運が良いだけの奴か。ここまで来たら、この部屋に誘導せよ、迎え撃ってやろう」

 

 

そう彼女は言って、闘志を高めていく。想定外だが、初の防衛戦である。土足で踏み荒らす輩を蹴散らしてやると気炎万丈だ。

 

「責任をとってというわけではないですがぁ。私は本日で転属となりますぅ。引継ぎ書類は作ってありますので、後任にお渡しください」

 

唐突にそういう悪魔だが、商会は龍の感覚では割と人の入れ替えは頻繁だ。驚くほどでもない。

 

「うむ、そうか……なかなか悪くなかったぞ悪魔よ」

 

ヨハンがいたころからの付き合いは、竜の感覚としては短いが悪い関係ではなかった。

彼女は少しだけ残念に思いながらも、そう言っておく。

 

 

「……シルヴィア様ぁ」

 

「なんじゃ?」

 

 

どこか悲し気な、それでいて嬉しそうな。成熟した悪魔特有の、読めない声音と表情で名前を呼ばれて、思わずまじまじと顔を見る。金貨のような輝く髪と青い肌、大きな尖った尻尾と。どこにでもいそうな悪魔だ。名前も知らないがずいぶん世話になった気がしないでもない。

 

最後の言葉くらいはしっかり聞いておこう、寛大なシルヴィアはそう思った。

 

 

 

「……お幸せに、なりやがれっ!!」

 

べーっと、子供のように舌を出してそう言い捨てて女悪魔は消える。あまりの変わりように怒りより前に驚きと困惑が来る。まるでそう、呆れたようなそんな悪態だった。

まぁ妾寛大じゃし? いいじゃろう、最後じゃし。今度姿を見せたとしたら、その時に問いただせばよいじゃろう。

そう、長命種らしいアバウトな感覚で、彼女は椅子に座りなおす。

 

竜の姿で待っても良いが、やはり少女の麗しいそれが、偉大な竜になる方が畏怖が出るであろう。そうヨハンに聞いたが……一人前の竜となるべく、本来の姿で迎え撃つこととした。

 

彼女は生涯人間をもう二度と食わないと決めているので、餌にはならぬが悪魔に買い取らせるか。

そう思えば、なぜか先ほどの女悪魔が脳内で「それはもう是非に!」と笑顔で高値を持ち掛けてくる姿が幻視されるが、今は置いておく。

 

 

彼女の耳朶に足跡が届く、さあ来るぞと気合を入れて睨みを利かす。

扉の前で止まり逡巡した様子を見せたあと、ゆっくりとドアのノブが回り開いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドアを開けるとまず感じたのは静謐な空気。とはいっても、廊下とあわせて記憶のそれより少しカビと埃っぽい気がする。

それを少し嬉しく思いながら、彼は堂々と歩を進める。

 

ここまで来ても、開幕ブレスで焼かれる可能性もあった。しかし、それはもうその時であり、そんな終わり方なら、あの女悪魔が笑いながら煽りに来て、また彼女の心に刻まれるだろう。

それも悪くないからと恐れる心などなく彼は、とても広いきっと初見ならば私室とは思えないほどのその部屋に入っていく。

 

「……」

 

帰ってきたのは無言だった。ドラゴンならば、彼ら特有の上位者的な視点から、尊大な文句が降ってくるであろうに。そんな言葉が飛んでこない。

そして彼も、勇ましい挑む者の向上など口にしない。ただまっすぐ目の前の銀の竜を見る。

 

波打つような躍動感ある尾。眩く薄暗いこの部屋でなお輝く白銀の鱗。鋭く名剣の切れ味を凌駕するであろう鋭い爪。引き締まり絞られ無駄のない鋼のような肉体。壁のように巨大な羽。知性と力を感じさせる瞳。鋭く少しだけ不揃いな牙。

 

ああ、夢にまで見た、その姿だ。

 

その偉大なドラゴンを前に、彼は本来迷宮の中層程度ならばともかく、下層などに行ける実力は到底ない彼は、鼻息ですら致命になりかねない。

 

しかし、そのままゆっくりと。ゆっくりと歩みを進める。ブレスの距離を抜け、尻尾払いの距離、爪の距離、踏みつけの距離。そこまで近づいて、彼はゆっくりと座り込む。

お互い何もしゃべらぬまま、重苦しい空気がだけが経過する。

 

彼は気にせずに、懐より銀のナイフを取り出し、そしてそれを逆手に持ち、胸の前で持ち上げると────

 

「待てっ!!」

 

その声だけで、空気が震え、ガタガタと周囲の物が震えた揺れた音が響く。

偉大なる銀の竜は、そのまま少し下がって顔を下げ、覗き込むように男を見つめる。その気となれば瞬き一つする時間で、彼はドラゴンのおやつになる。そんな距離でも、彼は言われた通りナイフを自身に向けて振り上げた状態で固まっていた。

 

その眼には好奇心と期待、そして歓喜が溢れている。

 

「人間、名を名乗れ」

 

「トーマスと申します。ええ、ただのトムです」

 

男はそう語る。家名などない風来坊。町人の家に生まれて、周囲の反対を押し切り、異常な才覚のあった、力場魔法の複数同時使用一本で、冒険者としての身を立てた。そんな地方の都市なら一人はいるような男だった。

 

「……そうか」

 

彼女は、小さく落胆する。目の前の男に気づかれないように内心で。

 

歩き方と所作に、なぜか既視感があった。表情の動かし方に、違和感があった。しかしそんなまさかという考えと、その男の飄々とした態度が、そんな疑問符を打ち消していく。

 

ただの気のせいか。そう思考が傾いていき、さてどうするかと実務の方へと切り替わっていく。

目の前の男は竜殺しに来た冒険者。記念すべき一人目の男だが、どうしてくれようか。

 

 

「前世ではヨハンという名で、シルヴィア様にお仕えしてました」

 

ぽろっと、そんな今朝の目玉焼は両面焼きですよと、その程度を伝えるように。こともなげに彼はそう言って、いたずら気に笑って見せる。

 

「────」

 

刹那の間の後、一瞬の空白。前に踏み出そうとする竜の足。一瞬だけ止まり、ポンと小気味良い音で人間のそれへと彼女は姿を化す。

そして、人外の膂力でそのままに、彼女は目の前の男の腹へと飛び込む

 

「────っ!!!」

 

「ごふぅ」

 

男は衝撃と痛みのあまり、ナイフを取り落とし、後ろへと倒れこむ。砲弾を食らったかのような痛みと衝撃だ。

だが、これだ。これを待ち望んでいたのだ。

 

「ヨハン!ヨハンなのか!?」

 

「はい、シルヴィア様。ただいま、戻りました」

 

そして、彼の記憶では50年と、今生の20余年ばかり、それぶりに【両の腕で】初めて彼女をゆっくりと抱きしめた。

 

「なんじゃ、お主!! そうか!! あの、悪魔とっ!!」

 

「はいはい、シルヴィア様、頭がいいのはわかりましたから、落ち着いてください」

 

何度も再会を想定し、シミュレーションすることが生きがい、そして日課となった彼と。完全な不意打ち思考の外からの出会い。その差は如実だった。

 

「はい、契約で再び人間として生まれました。悪魔やドラゴンには、対価がとても用意できなかったので」

 

「あぁぁん、よ゛は゛ん゛ん゛」

 

泣きじゃくるように、否、もう彼女の表情は淑女のそれではなかった。

前にあった時より、拳1つか2つ分背は大きくなっただろうか? 胸と尻も金貨3枚ほどは分厚くなっているだろうか? 少し腰が細くなったのは心配だ。そんなことを思いながらやさしく、何時かしたかのように彼女にゆっくり、慈しむように言い聞かせる。

 

「長かったです、人間的にはですが」

 

「わ、妾も、長かった、主がいなくなってから、またゆっくりになった!」

 

いっぱいいっぱいの彼女は、もう言葉を選んでいない。それでもぐるぐると優秀な頭は回り続けている。彼の寿命、再会までの期間、その方法。女悪魔の最期の言葉、態度。諸々をつなげて、いつの間にか見なくなった、悪魔の契約書やら、いつか減った気がした金貨。すべての点が繋がってほぼ正確な筋道を立てる。

 

「おかえり、ヨハン」

 

「はい、シルヴィア様」

 

だけど、声に出たのはそんな言葉で。でもそれで充分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お主を偉大なる竜の騎士に、任命するのじゃ」

 

「はい、光栄です」

 

 

泣き止んで、少しだけ待てと下がった彼女が、化粧を直し、服を変えて戻ってきた後、改めて。

彼女の私室の中央二人は向き合っていた。

竜のもとへとたどり着き、死闘を選ぶことなく友誼を結んだ、偉大な冒険者への褒美だ。

 

「これ以外が良いなどと、文句は言わせぬぞ」

 

「願ってもないことだ、シルヴィア様」

 

 

きっと時間また有限。でも今度は、最初から。二人は同じ方向を。いや、お互いを見て始める時間。彼は彼女の為に傅いた。しかし、今度は独りよがりではない。

彼女は彼を重用する。しかしそれもまた独りよがりではない。

 

 

二人はそう。

 

一緒にいましょう。その約束で。

楽しく暮らそう。そう誓って。

死ぬまで共にいよう。そう願って。

 

また変わらぬ暮らしを始めるのであった。

 

それは、愛であり、しかしその愛が何の愛によるかは、ゆっくりと彼らが決めていけばよい。

時間は、また、たくさんあるのだから。

 

寝台の上から移されて、宝物庫の奥底に鎮座された銀の義手に、二人が手をつなぎ微笑む姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

fin

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▲■

 

 

「竜の騎士と竜は一心同体。お互いの全てを共有する」

 

「どうした、シルヴィア様?」

 

彼女は機嫌よく隣にいるヨハンと名乗るようになった青年に微笑む。うきうきと聞こえそうな、まるで散々今まで思うようにやられた事の意趣返しが出来るかと。

 

悪戯の成否を見守る子供のような、ようやっと罠にかかった獲物を見る狩人のような。そんな何とも言えない、顔だ。

 

「この宝物庫の物は、全てヨハンの物。ヨハンの財産でもあるというわけじゃ、そして妾もお主の物、お主も妾の財産じゃ」

 

「ああ、そういう契約だな、竜の騎士は」

 

おかしいことは言っていない。竜を倒した褒美のようなものなのだから、竜の全てを手に入れる。それだけの話でもある。

 

「お主の願いは叶えて、ヨハンを食らった。そうじゃな?」

 

「ああ、生きたままでは無かったが、その通りだな」

 

 

そして、彼女は最初の契約、竜の誓いを果たした。もとはただの彼の願いを叶えるものだったが、誓いによって結ばれた約定だった。

 

「あれから何度も妾も考えた。妾のような偉大なる銀。世界で最も尊い竜が一つ。それに相応しい相手など、世界を探してもおらぬのじゃから」

 

「ああ、婚約が延期になるのか」

 

竜の騎士がいれば、結婚をしてなくてもその間は普通である。それは彼も知っている。しかし

 

 

「余は、いや妾はな。実はあの時が初めての物だったんじゃよ? 今でこそ違うが、釣り合う竜もおらなんだからのう」

 

彼女はゆっくりと、首にかけていた袋を外して、中身を取り出す。

そこには、定期的に磨かれているのだろう、輝く3枚の銀貨があった。

 

「ん…ああ。昔あげた奴か」

 

彼が昔何気なく渡したそれ。どうせ銀貨を持っていても使わないかぁという理由で、なけなしの貨幣。人間として死んでいる以上、これは彼の【全財産】であり、そのまま全財産の代表である。

 

「おぬしが、全財産を渡して、約定通り願いをかなえて、しっかりと返事を考えたのじゃ。するとどうじゃ?」

 

 

彼女は、妖艶に笑う、それはとても少女が浮かべるそれではない。ただただ、待ち望んだ男がこちらに手を伸ばしてきた。その瞬間を逃すことのない、一人の乙女のそれだった。

 

 

「なんと、妾と同じほどの財産を、否。この銀貨3枚分妾より多い財を持つものから、求婚されてしまったのじゃな?」

 

慈しむように数枚の銀貨をつまみ上げて見つめて、そしてヨハンを見るシルヴィア。子供のような体躯はほんの少しだけ育ち、少女のそれになってはいるが。しかして、生きた期間は長い女は。

偉大な母の薫陶をしっかり受け継いでいた。そう、財にしり込みしている内に、気に入ったら捕まえて自分の物にしろ。番いは略奪してでも奪い取れ。

 

 

「受けるぞ、ヨハン」

 

「…え?」

 

「おぬしの求婚、妾は受諾する。まずは竜の里に行って、里長や長老たち、なにより両親にあいさつじゃ」

 

 

ゾワリと、まるで悪魔の契約書に署名をしたとき、いやそれ以上の悪寒を覚えたヨハン。そう彼は、もう自身の意思では死ねない。

 

では竜の騎士の寿命なら?

 

これから向かう竜の国の里に、嫉妬と欲深い生き物の竜達の住処に。人間を騎士にしてしまう程に人間を気にいる種族である竜の偉大な歴史に。

 

 

「騎士と生涯を添い遂げるために、竜が無理を通した記録がないとでも?」

 

「あ、ああぁ、そうだな」

 

「もう二度と、妾の傍を離れるでないぞ、ヨハン。とこしえに、な?」

 

それは、最後の最後に彼女が仕掛けた甘い罠。一度他の女に縋ったのは許すが、もう二度と他を見ることは叶わせない。

未来永劫、また転生しても逃れられないであろう、彼の宿業が定まった。

 

幸せな罠だった。

 

 

「ずっと一緒じゃぞ? ヨハン」

 

「……ああ、シルヴィア、様」

 

少しだけ引きつって笑みと、妖艶な花のような笑み。

対照的な二人は手をつないだまま、部屋を後にするのであった。

 

 

 

 

めでたしめでたし









すまない、またなんだ。
ロリという私の性癖外の存在にすれば、可愛いヒロインができると思ったんだ。

でもその分いつものように愛に狂う要素が入っていってしまったんだ。
本当に申し訳ないが、私はこういうのしか書けないんだ。













あとがき

沢山の読了、感想、評価誠にありがとうございます。
短編という形ですが、驚くほど沢山の方に触れていただき、誠に驚いております。
他の中編なんか目じゃない速度で伸びていき変な声が出ました。

この蛇足はそんな皆様を思ってたら、ウッ ってでた物です。
上品なものではありません。

気分を害したら申し訳ない。
でもかきたかったので……

途中で生えてきた女悪魔ちゃんは、趣味ゴリゴリに入れてます。
拙作の過去作を読んでる人は何か思うところがあるかもですが、
大したことではないです。


なんでのじゃロリで抜けなかったか、蛇足の方にほんのり書いて見たけど伝わってると嬉しい。
感想お待ちしております。

これいる?

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  • いらなかった
  • もっといる
  • もういらない
  • ちくわ大明神

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